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Ⅲ
20:秘密の部屋
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業務の時間を極力明るいうちに終わらせられるように努力をしよう、と話し合って渋々レオノーラは研究棟の部屋での寝泊まりを承諾した。
アビエルに案内されて中に入る。寮の部屋より少し広いその部屋にはすでに寝台が置いてあって、毛足の長いラグが敷いてあった。蒸気機関の研究棟なので、建物上部に大型の貯水タンクが設置されており、なんと蛇口から湯が出る仕様になっている。
「アビエル、これは、素晴らしすぎるわ‥‥」
部屋を作ってもらったことにはまだ納得しきれていないが、湯の出る幸せには勝てない。
「この部屋にずっと住んでしまいそう‥‥」
「住めばいい」
笑顔で即答するアビエルの満足そうな顔が、レオノーラの中にしてやられた感を生む。なんでこの人はこう私の弱いところを熟知しているのか。憎たらしくも嬉しい。
「ここで泊まったら、早朝には一度寮に戻るし、騎士団の朝の鍛錬にも参加するわ。甘やかされて緩まないように気をつけておかないとね」
ふん、と鼻息を荒くして自分に気合を入れる。それを何やら含んだ笑顔でアビエルが見ている。
「部屋の鍵は、一階からはいる階段の入り口の鍵と部屋の鍵の二つだ。研究棟の入り口には護衛がいるから安心していていい。それから、こっちにももう一つ扉がある」
寝台のある側の奥にもう一つ扉があった。クローゼットか何かかと思っていたが違うらしい。
アビエルが一緒に来るように誘う。ついて行くと扉の中は小さな小部屋のようになっていて、その先にまた扉がある。その扉を開けると見慣れた光景が見えた。
「え?」
レオノーラは開いた口が塞がらなかった。目の前にあるのは自分の執務室だったからだ。扉から抜けて、今出てきたところを振り返る。普段見慣れたキャビネットの奥のカーテンのかかった壁が隠し扉になっていた。
「え?」
あまりの驚きに語彙が消滅してしまう。アビエルが口にこぶしをあてて、笑いを抑えきれずに震えている。
「執務室から入れるようにしてみたんだ。とはいえ、できればレオニーはちゃんと建物の入り口から入った方がいい」
笑いを抑えながら言うアビエルの話を聞いて少し冷静になってきた。
「ここは緊急用の出入り口ってこと?隠し部屋みたいで面白いけど、ふざけすぎていないかしら」
呆れた顔でアビエルに言う。ここから帰らないですむ方法が何かないかと悩んでいた時から、もしかしてずっとこれを考えていたのだろうか。
「まぁまぁ、これにも意味が十分あるよ。ひとまずは、こういう部屋を用意しましたよ、という紹介だ。今日の仕事はまだ終わっていないだろう? 仕事に戻ろう」
そういって、レオノーラの肩を掴んで執務机の椅子に腰かけさせると、こめかみにキスを落として、機嫌良さそうに続き扉の向こうの自分の執務室に戻っていった。
できるだけ明るいうちに業務を終わらせよう、そう話し合ったにも関わらず、明日の会議の資料と明日までに出さねばならない諸国へ送る書簡が出来上がったのはすっかり日が暮れてからだった。
「レオニー、すっかり暗くなってしまったな。なかなか明るいうちに業務を完了させるのは難しい。すまないな。せめて、会議の数がもう少し減ってくれると助かるが」
アビエルに今日しなくてはならない業務が完了した、と報告に入ると、それを眺めてサインをしながら、申し訳なさそうなセリフを心のこもらない感じで言ってほほ笑む。
「夕飯を用意するように伝えてあるから、一緒に食べよう。今日は寮に戻らないからゆっくり食べればいい」
ベルを鳴らすと使用人が夕飯のトレーを持って入って来た。お茶を入れてソファに向かい合わせに座る。
「いつこんな細工をしたの?まったく気づかなかったわ」
レオノーラが食事を取りながら奥の隠し扉を見る。そしてその後アビエルを胡散臭そうに見つめる。
「研究棟を作り始めてすぐに、レオニーが外務大臣に呼ばれて半日向こうの部署へ行っただろう?その間だ」
アビエルは、レオノーラの視線をまったく気にせず、ナイフとフォークで骨付き肉から器用に骨を抜き去り、大ぶりの肉を口に入れる。
「そんな前から‥‥まったく気が付かなかったわ。部屋の仕様の変化に気づかないなんて、私は本当に緩みまくっているわね」
眉間に皺を寄せて、ふぅ、とため息をついて肉を切り分けて食べる。
「心配しなくていい。私がおまえに気づかれるような雑な策を練るわけがないだろう?」
「そうでしょうけど‥‥」
レオノーラは憮然として茹でたニンジンをフォークで突き刺して皿の上のソースにつける。
「ねぇ、アビエル。他に私はどういうところに気をつけておいた方がいいのかしら」
その言葉に、アビエルは一瞬手を止めて、そしてすぐに口の中に肉を放り込んだ。
「あまり気にしなくていい。杞憂に終わればそれに越したことはないし、予防線を張っているだけだから」
そう話すアビエルの表情をじっと見つめながら、レオノーラは自分のフォークを皿に置いた。
「じゃぁ、その予防をさらに確実にするとしたら、私が気をつけておくことは何? すべき行動は? お願いだから、ただ私を守ってやろう、なんて思わないで欲しいわ」
レオノーラの真剣な表情と言葉にアビエルも食べるのを止めた。そして、レオノーラの目を見つめながら何かを逡巡して、言葉を選ぶように口を開いた。
「もし、宰相や大臣のうちの誰か‥‥特にアーノルドやペイトンあたりが、私のいない時におまえを呼びに来て、皇宮の外へ連れだそうとしたら、必ず、私の許可を取るように言ってくれ。恐らくひどく怒って無理を言うか、立場の違いを利用して厳しく問い詰めるかもしれない。それでもできる限りの時間稼ぎをして欲しい。執務室前の護衛が私を呼ぶ手筈になっている。間に合わない時は、無礼を承知でそこから逃げていい。約束してくれ」
アビエルの真剣な表情に、自分が置かれている立場の危険さがひしひしと伝わる。即位が決まったことがいろいろなことの引き金になってしまう可能性がある。
「わかったわ。私はもともと無礼だから大丈夫。他にも何かあれば伝えて。念には念を入れておいた方がいいでしょう?」
そう言ってアビエルの手の甲に手を重ねる。
「おまえに窮屈な生活をさせたくない。できれば普段通り何も気にせず過ごして欲しい。まだ、先は長いんだ」
アビエルが肩を落としてため息をつく。
「会議に出るたびに、くだらない皇室継承の大事さを説かれて、徒労感でいっぱいになる。目の前の皺だらけの顔を見ながら早く死んでくれないか、と思い続けてる。そうしたら少しは憂いが減るのにって」
アビエルは、ソファに首をのけぞらせて目を瞑り、額に手をやり、長い息を吐く。
「この国を一番いい時期に富の分配とともに解体する、なんて大層なことを言っておきながら、その実、もうそんなのどうでもいいか、と思うほど投げやりになってるんだ。私にはおまえさえいればいいのに、連れて逃げれば良かったのに、くだらないことを始めてしまったせいでどんどん自分の首を絞めてる気がする」
レオノーラはアビエルの隣に座りなおし、優しくその頭を掻き抱いた。
「でも、あなたはやり始めたことをすべて上手くやり遂げているわ。持って生まれたしがらみをそのまま次に投げてしまおうとしないからこそ苦しいのよ。優しすぎるの」
「死ねばいいのに、と思うやつらが山ほどいるのに?」
「それは、誰にでもいるわよ。あなたが、『死ねばいいのに』って思ってる人たちは、放っておいても私たちより先に死ぬわ。 その時に私も一緒に『死んでくれて良かった』って思うから」
レオノーラはアビエルの金色の髪を優しく後ろに撫でつけるように梳いた。
「だから、苦しまないで。 逃げてもいいし、放り投げてもいいし、じたばたもがいてもいいわ。二人でするなら何がどうなっても幸せよ、私は」
アビエルの頬を両手で包んで、諭すように言うと、優しく口づけを落とした。そして頬をくっつけて囁く。
「私は厚かましくて傲慢だから。私との未来の為にあなたがやろうとしていることが全部嬉しいの」
アビエルは、レオノーラの体に回した腕に力を入れて抱きしめると、首筋に唇を押し当ててくぐもった声で呻いた。
「レオニーは確かに魔女だな」
「傾国の?」
「救いの」
「そういうのは魔女ではなくて、女神とか言わないのかしら」
レオノーラは笑いながら言う。
「おまえと話すと、心に溜まった黒いものが綺麗さっぱり一掃されてしまう。魔法みたいだよ」
アビエルはレオノーラの首筋に唇を押し当てたまま、彼女の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。レオノーラはアビエルの背中を回した手でポンポンと叩いて、さすった。
「私のお腹のしつけの悪い虫が、文句を言い始める前に食事を再開しましょう」
そう言って、アビエルのフォークに肉を刺して、彼の口に近づける。それを口にぱくんと入れると、アビエルはお返し、とばかりにフォークにニンジンを突き刺してレオノーラの口元に差し出す。それをぱくんと口に入れる。そしてまたアビエルのフォークに野菜を刺して、彼の口元に差し出す。しばらくその応酬を続けた後、どちらともなく笑い初めてしまい、止まらなくなった。
「こんなふうにバカみたいなことができるのも、レオニーとだけだな。はぁ、幸せだ」
そう言って、アビエルはレオノーラにキスをする。
「そうね、お肉味のキスができるのはアビエルとだけね」
レオノーラが笑いながらそう言うと、おまえのはニンジン味だったぞ、と返ってきた。じゃぁ、二人ともお茶味にしてわからなくしましょう、と言ってお茶を入れ始める。アビエルがソファにだらりともたれて、お茶を入れるレオノーラをじっと見つめる。
「ありがとう、レオニー」
カップを持ってアビエルの隣に座り、テーブルにそっと置いた後、アビエルに向き直る。
「ありがとう、アビエル、一緒にいてくれて」
アビエルがレオノーラの肩を抱き寄せ、深く口づけをしながら掠れた声で聞く。
「後で、部屋に行っていい?」
レオノーラがふふふ、と笑いながら目線をさっきの扉にやる。
「その扉を使うんでしょう? なんだか、秘密の部屋でいけないことをしている感じ」
お茶を飲み終わると、使用人を呼んで食器を片付け、二人で執務室を出た。アビエルは宮殿へ、レオノーラは隣の建物の2階へ向かう。
部屋に入りお湯を溜めて体を拭いた。寮の部屋のものより少し大きい寝台は清潔なシーツがかかりふかふかだった。部屋にはレオノーラのサイズに合った寝衣が用意されていて、アビエルの計画性が実によく見える。レオノーラはそれすらも愛おしくて笑ってしまう。
寝衣に着替えて寝台に座っていると、奥の扉が開き、アビエルが現れた。急いで湯を使ったのだろう。まだ髪が濡れている。レオノーラはその姿にどうしようもない愛おしさを感じて、満面の笑みを浮かべて両手を広げる。
「お待ちいたしておりました」
その言葉にアビエルはただレオノーラを掻き抱いた。そして、愛の言葉を際限なく囁きながら、小さな寝台の上で隙間なく体を繋げ合った。
アビエルに案内されて中に入る。寮の部屋より少し広いその部屋にはすでに寝台が置いてあって、毛足の長いラグが敷いてあった。蒸気機関の研究棟なので、建物上部に大型の貯水タンクが設置されており、なんと蛇口から湯が出る仕様になっている。
「アビエル、これは、素晴らしすぎるわ‥‥」
部屋を作ってもらったことにはまだ納得しきれていないが、湯の出る幸せには勝てない。
「この部屋にずっと住んでしまいそう‥‥」
「住めばいい」
笑顔で即答するアビエルの満足そうな顔が、レオノーラの中にしてやられた感を生む。なんでこの人はこう私の弱いところを熟知しているのか。憎たらしくも嬉しい。
「ここで泊まったら、早朝には一度寮に戻るし、騎士団の朝の鍛錬にも参加するわ。甘やかされて緩まないように気をつけておかないとね」
ふん、と鼻息を荒くして自分に気合を入れる。それを何やら含んだ笑顔でアビエルが見ている。
「部屋の鍵は、一階からはいる階段の入り口の鍵と部屋の鍵の二つだ。研究棟の入り口には護衛がいるから安心していていい。それから、こっちにももう一つ扉がある」
寝台のある側の奥にもう一つ扉があった。クローゼットか何かかと思っていたが違うらしい。
アビエルが一緒に来るように誘う。ついて行くと扉の中は小さな小部屋のようになっていて、その先にまた扉がある。その扉を開けると見慣れた光景が見えた。
「え?」
レオノーラは開いた口が塞がらなかった。目の前にあるのは自分の執務室だったからだ。扉から抜けて、今出てきたところを振り返る。普段見慣れたキャビネットの奥のカーテンのかかった壁が隠し扉になっていた。
「え?」
あまりの驚きに語彙が消滅してしまう。アビエルが口にこぶしをあてて、笑いを抑えきれずに震えている。
「執務室から入れるようにしてみたんだ。とはいえ、できればレオニーはちゃんと建物の入り口から入った方がいい」
笑いを抑えながら言うアビエルの話を聞いて少し冷静になってきた。
「ここは緊急用の出入り口ってこと?隠し部屋みたいで面白いけど、ふざけすぎていないかしら」
呆れた顔でアビエルに言う。ここから帰らないですむ方法が何かないかと悩んでいた時から、もしかしてずっとこれを考えていたのだろうか。
「まぁまぁ、これにも意味が十分あるよ。ひとまずは、こういう部屋を用意しましたよ、という紹介だ。今日の仕事はまだ終わっていないだろう? 仕事に戻ろう」
そういって、レオノーラの肩を掴んで執務机の椅子に腰かけさせると、こめかみにキスを落として、機嫌良さそうに続き扉の向こうの自分の執務室に戻っていった。
できるだけ明るいうちに業務を終わらせよう、そう話し合ったにも関わらず、明日の会議の資料と明日までに出さねばならない諸国へ送る書簡が出来上がったのはすっかり日が暮れてからだった。
「レオニー、すっかり暗くなってしまったな。なかなか明るいうちに業務を完了させるのは難しい。すまないな。せめて、会議の数がもう少し減ってくれると助かるが」
アビエルに今日しなくてはならない業務が完了した、と報告に入ると、それを眺めてサインをしながら、申し訳なさそうなセリフを心のこもらない感じで言ってほほ笑む。
「夕飯を用意するように伝えてあるから、一緒に食べよう。今日は寮に戻らないからゆっくり食べればいい」
ベルを鳴らすと使用人が夕飯のトレーを持って入って来た。お茶を入れてソファに向かい合わせに座る。
「いつこんな細工をしたの?まったく気づかなかったわ」
レオノーラが食事を取りながら奥の隠し扉を見る。そしてその後アビエルを胡散臭そうに見つめる。
「研究棟を作り始めてすぐに、レオニーが外務大臣に呼ばれて半日向こうの部署へ行っただろう?その間だ」
アビエルは、レオノーラの視線をまったく気にせず、ナイフとフォークで骨付き肉から器用に骨を抜き去り、大ぶりの肉を口に入れる。
「そんな前から‥‥まったく気が付かなかったわ。部屋の仕様の変化に気づかないなんて、私は本当に緩みまくっているわね」
眉間に皺を寄せて、ふぅ、とため息をついて肉を切り分けて食べる。
「心配しなくていい。私がおまえに気づかれるような雑な策を練るわけがないだろう?」
「そうでしょうけど‥‥」
レオノーラは憮然として茹でたニンジンをフォークで突き刺して皿の上のソースにつける。
「ねぇ、アビエル。他に私はどういうところに気をつけておいた方がいいのかしら」
その言葉に、アビエルは一瞬手を止めて、そしてすぐに口の中に肉を放り込んだ。
「あまり気にしなくていい。杞憂に終わればそれに越したことはないし、予防線を張っているだけだから」
そう話すアビエルの表情をじっと見つめながら、レオノーラは自分のフォークを皿に置いた。
「じゃぁ、その予防をさらに確実にするとしたら、私が気をつけておくことは何? すべき行動は? お願いだから、ただ私を守ってやろう、なんて思わないで欲しいわ」
レオノーラの真剣な表情と言葉にアビエルも食べるのを止めた。そして、レオノーラの目を見つめながら何かを逡巡して、言葉を選ぶように口を開いた。
「もし、宰相や大臣のうちの誰か‥‥特にアーノルドやペイトンあたりが、私のいない時におまえを呼びに来て、皇宮の外へ連れだそうとしたら、必ず、私の許可を取るように言ってくれ。恐らくひどく怒って無理を言うか、立場の違いを利用して厳しく問い詰めるかもしれない。それでもできる限りの時間稼ぎをして欲しい。執務室前の護衛が私を呼ぶ手筈になっている。間に合わない時は、無礼を承知でそこから逃げていい。約束してくれ」
アビエルの真剣な表情に、自分が置かれている立場の危険さがひしひしと伝わる。即位が決まったことがいろいろなことの引き金になってしまう可能性がある。
「わかったわ。私はもともと無礼だから大丈夫。他にも何かあれば伝えて。念には念を入れておいた方がいいでしょう?」
そう言ってアビエルの手の甲に手を重ねる。
「おまえに窮屈な生活をさせたくない。できれば普段通り何も気にせず過ごして欲しい。まだ、先は長いんだ」
アビエルが肩を落としてため息をつく。
「会議に出るたびに、くだらない皇室継承の大事さを説かれて、徒労感でいっぱいになる。目の前の皺だらけの顔を見ながら早く死んでくれないか、と思い続けてる。そうしたら少しは憂いが減るのにって」
アビエルは、ソファに首をのけぞらせて目を瞑り、額に手をやり、長い息を吐く。
「この国を一番いい時期に富の分配とともに解体する、なんて大層なことを言っておきながら、その実、もうそんなのどうでもいいか、と思うほど投げやりになってるんだ。私にはおまえさえいればいいのに、連れて逃げれば良かったのに、くだらないことを始めてしまったせいでどんどん自分の首を絞めてる気がする」
レオノーラはアビエルの隣に座りなおし、優しくその頭を掻き抱いた。
「でも、あなたはやり始めたことをすべて上手くやり遂げているわ。持って生まれたしがらみをそのまま次に投げてしまおうとしないからこそ苦しいのよ。優しすぎるの」
「死ねばいいのに、と思うやつらが山ほどいるのに?」
「それは、誰にでもいるわよ。あなたが、『死ねばいいのに』って思ってる人たちは、放っておいても私たちより先に死ぬわ。 その時に私も一緒に『死んでくれて良かった』って思うから」
レオノーラはアビエルの金色の髪を優しく後ろに撫でつけるように梳いた。
「だから、苦しまないで。 逃げてもいいし、放り投げてもいいし、じたばたもがいてもいいわ。二人でするなら何がどうなっても幸せよ、私は」
アビエルの頬を両手で包んで、諭すように言うと、優しく口づけを落とした。そして頬をくっつけて囁く。
「私は厚かましくて傲慢だから。私との未来の為にあなたがやろうとしていることが全部嬉しいの」
アビエルは、レオノーラの体に回した腕に力を入れて抱きしめると、首筋に唇を押し当ててくぐもった声で呻いた。
「レオニーは確かに魔女だな」
「傾国の?」
「救いの」
「そういうのは魔女ではなくて、女神とか言わないのかしら」
レオノーラは笑いながら言う。
「おまえと話すと、心に溜まった黒いものが綺麗さっぱり一掃されてしまう。魔法みたいだよ」
アビエルはレオノーラの首筋に唇を押し当てたまま、彼女の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。レオノーラはアビエルの背中を回した手でポンポンと叩いて、さすった。
「私のお腹のしつけの悪い虫が、文句を言い始める前に食事を再開しましょう」
そう言って、アビエルのフォークに肉を刺して、彼の口に近づける。それを口にぱくんと入れると、アビエルはお返し、とばかりにフォークにニンジンを突き刺してレオノーラの口元に差し出す。それをぱくんと口に入れる。そしてまたアビエルのフォークに野菜を刺して、彼の口元に差し出す。しばらくその応酬を続けた後、どちらともなく笑い初めてしまい、止まらなくなった。
「こんなふうにバカみたいなことができるのも、レオニーとだけだな。はぁ、幸せだ」
そう言って、アビエルはレオノーラにキスをする。
「そうね、お肉味のキスができるのはアビエルとだけね」
レオノーラが笑いながらそう言うと、おまえのはニンジン味だったぞ、と返ってきた。じゃぁ、二人ともお茶味にしてわからなくしましょう、と言ってお茶を入れ始める。アビエルがソファにだらりともたれて、お茶を入れるレオノーラをじっと見つめる。
「ありがとう、レオニー」
カップを持ってアビエルの隣に座り、テーブルにそっと置いた後、アビエルに向き直る。
「ありがとう、アビエル、一緒にいてくれて」
アビエルがレオノーラの肩を抱き寄せ、深く口づけをしながら掠れた声で聞く。
「後で、部屋に行っていい?」
レオノーラがふふふ、と笑いながら目線をさっきの扉にやる。
「その扉を使うんでしょう? なんだか、秘密の部屋でいけないことをしている感じ」
お茶を飲み終わると、使用人を呼んで食器を片付け、二人で執務室を出た。アビエルは宮殿へ、レオノーラは隣の建物の2階へ向かう。
部屋に入りお湯を溜めて体を拭いた。寮の部屋のものより少し大きい寝台は清潔なシーツがかかりふかふかだった。部屋にはレオノーラのサイズに合った寝衣が用意されていて、アビエルの計画性が実によく見える。レオノーラはそれすらも愛おしくて笑ってしまう。
寝衣に着替えて寝台に座っていると、奥の扉が開き、アビエルが現れた。急いで湯を使ったのだろう。まだ髪が濡れている。レオノーラはその姿にどうしようもない愛おしさを感じて、満面の笑みを浮かべて両手を広げる。
「お待ちいたしておりました」
その言葉にアビエルはただレオノーラを掻き抱いた。そして、愛の言葉を際限なく囁きながら、小さな寝台の上で隙間なく体を繋げ合った。
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