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17:再会

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 翌日からは視察が続いた。イズルカ島にある国が運営する開発施設で最新の蒸気機関を見せてもらう。現在あるものより熱を逃しにくく改良されたもので、形も随分小さい。さすが蒸気機関の開発の進んだ国だ、と感じる。技術者派遣の取り決めと技術提供の権利の問題などを話し合った。

 ヤイバル諸島へは製紙技術の視察に向かった。ヤイバルでは、紙は物を書くだけでなく、窓に利用されたり、工業品の一部に利用されたりしている。かなり強度の強いものも繊維の組み方によって作ることができる。これは、ヤイバルにしか生えない特殊な繊維を持つ植物があるからだ。視察の間の数日間はヤイバルの国主が持つ別邸に滞在した。

 ヤイバル滞在2日目の夕刻。繊維加工の工場を視察して帰ってくると、アイリーナが別邸を訪ねて来ていた。たまたま、自分もヤイバルに来たので、郷土料理の美味しい店に誘いたくて訪問した。良かったらどうかと。その夜は特に社交の予定もなかったので、喜んで誘いを受けた。

 店に入って席に案内されている途中で、向かう席に座っている女性がレオノーラの姿を見て立ち上がる。その姿に涙があふれた。

「フロレンティア様!」

 小さく名前を叫び、周りを気にせず走り寄って互いに抱きしめ合った。

「レオ様。お会いしたかった」

 二人とも涙が止まらず、抱き合ったまま名前を呼び合った。

「まぁまぁ、気持ちはわかるがここは他にもお客様がいますから、まずは掛けませんか」

 同じ席にいたサイモン=アナンが立ち上がって、昔と同じように飄々として笑いながら声をかける。

「アナン先生お久しぶりですね」

 涙を拭きながら、サイモン=アナンと握手する。レオノーラはフロレンティアの隣に座り、再び両手を握りしめる。

「お久しぶりですね。本当に会えて嬉しいです。アイリーナさんからフロレンティア様のご活躍は伺っています。会社を興されたのですよね。すごいですね」

 ギュっと手を握ったまま、興奮が収まらない。

「レオ様、私がこちらに来てから大変だったのではありませんか? 皇太子妃を逃がした罰で遠方に左遷されたと聞いています。苦労なさったのでしょう?」

 フロレンティアの目にまた涙が溜まっていく。

「いいえ、いいえ、帝都以外の場所でいろいろな人と関わって良い経験がたくさんできました。今は再び帝都に戻って殿下の近くでお仕事していますし、何も大変なことなどありません」

 話していると互いにまた涙がポロポロとこぼれだす。

「お二人とも思いがあふれてしまうわね。とはいえ、私だって殿下やレオノーラさんとお話をしたいのよ。まずはお食事を注文しませんこと?」

 アイリーナの言葉で、互いしか見えてなかったフロレンティアとレオノーラは恥ずかしそうにテーブルに向き合う。

「アビエル様もお久しぶりです。私がこちらへ来てからも内々にたくさんのご支援をいただきました。本当にありがとうございます。やっとお礼が伝えられました」

 フロレンティアがアビエルに向き合い、感謝の言葉を伝えた。

「いや、国内の動きが慌ただしくて、あらかじめアナンに頼んでおいたこと以上は何もできなかった。連絡を取ることもままならなくて、ずっと気にしていたんだ。5年前にアイリーナさんに会った時に様子を聞いて本当に安心したよ」

 アイリーナの注文した料理が運ばれてきて、料理を堪能しながら、フロレンティアの亡命から今に至るまで話を聞いた。

「結局、帝国を出る前にサイモンやアビエル様が十分に準備をしてくださっていたので、それほど生活の上で大変だと感じることはありませんでした。学院で1年生活したので身の回りのことをするのもそれほど抵抗がありませんでしたし。本当に私は恵まれていたと思います」

 フロレンティアは話をしている間も片手でずっとレオノーラの手を握っている。昔と同じように白くて小さい女性的な手。でも、あの頃と違って、仕事をしている手だな、とレオノーラは感じた。

 西共和国に来て、最初はサイモンの所属する研究所で研究補助員として働き、その後、学校で化学や薬学、生物学の学びを受けながら研究員になった。やりたかった化粧品の開発をするために、サイモンと二人で研究室を立ち上げ、作った商品を最初は少量から販売し始めた。アイリーナたちの団体が中心となって商品の良さを広めてくれたことで、徐々に注文が増え、それを機に研究室を化粧品会社へと転換したのだと言う。

「フロレンティア様は素晴らしいですね。本当にご自身のやりたかったことをやり遂げられたのですね。尊敬します」

 握った手に力を込めて、レオノーラはフロレンティアに微笑みかけた。

「何もかもレオ様が私に力をくださったおかげなのです。もし、レオ様に出会うことがなければ、きっと今頃、私は、皇宮で生きながら死んだような生活を送っていました。レオ様との出会いこそが私の幸運だと思っていますわ」

 フロレンティアは瞳に涙を溜めてまた泣きそうになっている。それを見たレオノーラもまたうるうるとなってしまう。

「もう、どうして二人ともすぐに泣きそうになっちゃうのよ。嬉しい再会なんでしょ? 笑顔、笑顔」

 アイリーナが湿っぽさを払いのけようと陽気な声をかける。

「そうそう、今日はちっちゃなエイミーちゃんはお留守番なの?」

 アイリーナがそういうと、フロレンティアが、指で目じりの涙を拭いて、サイモンの方を向く。

「今日は、サイモンの実家に預けてきたの」

「フロレンティア様、お子さんがいらっしゃるの?」

 レオノーラは驚きと喜びでついつい大きな声を出してしまい、周りの客から注目を浴びてしまった。

「そうなの、レオ様。私、お母さんですのよ。びっくりでしょう?」

 フロレンティアが、ふふふと笑う。研究室を立ち上げるときに、サイモンと結婚して一緒に暮らし始めたのだと言う。

「フロレンティア様の娘さんだなんて、絶対に可愛いに決まっていますね。お会いしたかったです」

「子どもは本当にかわいいですわ。子どもができて、親の気持ちをよく考えるようになりました。我が子ってこんなに可愛いのだ、と。そしてこんなに愛情をかけてしまうものなのだと感じて‥‥それから、母のことをよく考えています。アビエル様、母は元気にしていますでしょうか」

 フロレンティアはアビエルに向き直る。

「皇后の侍女として皇宮で元気に過ごしておられるよ。フロレンティアがこちらへ来るのと同時に、バスケス家を出て皇宮に住まわれているから安全に暮らせていると思う」

 フロレンティアがほっとした顔をする。そのあと、少し言いよどんでアビエルに聞く。

「お父様の件なのですが、本当に噂のような恐ろしいことが起こったのですか?」

 アビエルが眉間に皺を寄せて、どこまで話すべきかと考えるような難しい顔をする。

「どこまで聞き及んでいるか知らないが、『神聖皇派』に襲われたことは事実だ」

 フロレンティアが口元に手をやって、目を見開く。

「この国まで手が伸びることは絶対に無いと思うが、やはり君の所在は知られない方がいい。だから、もう少しお母上との書簡のやり取りなどは我慢して欲しい。必ず帝国に帰ったら今回の話をお伝えすると約束する。そして‥‥君の御父上を救えなかったことは本当に申し訳ない」

 アビエルは頭を下げた。

「いいえ、アビエル様には何の責任もありませんでしょう? もともと父は皇室信望者でしたし『神聖皇派』とも関わりがあったのです。それが、そんな‥‥なんて怖い集団なの」

 そう言ってフロレンティアは身震いする。サイモンがその肩を抱いて、優しく宥める。

「大丈夫だよ、ティア。私があなたを守るから。そんな奴らは近づけさせない」

「そういう集団をカルトというのよ。『神聖皇派』は帝国において危険なカルト集団として扱われているのでしょう? そんな集団に関わっていると思われる人は西共和国には入国できないわ」

 アイリーナがフルーツワインを飲みながら鼻息を荒くする。そして、さぁさぁ、暗くて怖い話はおしまいにして、サイモンがどうやって15も年下のフロレンティアを口説いたのかを聞きましょう! といつも飄々としているサイモンを首から頭の先まで真っ赤にさせるようなことを言って、テーブルを沸かせた。

 楽しいひと時はあっという間に過ぎ、もう店が閉まるという時間まで話が尽きなかった。

「ヤイバルの港にエイミーを連れて必ず見送りに伺います。ぜひ娘に会ってくださいね」

 別れ際、フロレンティアがレオノーラの手を両手で握ってそう約束した。



 店の前で三人と別れ、アビエルと歩いて別邸に向かう。

「フロレンティア様がお元気そうで本当に良かった。とてもお幸せそうでした」

 アビエルがマントの中に手を入れ、レオノーラの腰を引き寄せる。

「そうだな、とても幸せそうだった」

 夜風がアビエルの金色の髪をささやかに揺らす。

「レオニー‥‥おまえは、今、幸せか?」

 腰に回した手に少し力を入れて、でも、前を向いたままレオノーラに聞く。

「私は、おまえを幸せにできているだろうか。何も‥‥まだ、何も与えてやれない私に、おまえを幸せにすることはできるんだろうか? 」

 アビエルが苦し気な表情で言い始めたところで、レオノーラがアビエルの前に立ちふさがって、その口に手をあてた。

「私は、今とても幸せですよ。そして、アビエルは間違っているわ。私は幸せにしてもらわなくても、あなたといることで幸せになれるの。幸せにしてやろう、だなんて、さすが皇太子様は傲慢でいらっしゃいますね」

 口元に笑みをたたえながら、揶揄からかうように言ってアビエルを見つめ、ぎゅっとアビエルのマントの首元を掴み、顔を引き寄せて口づけをした。そして、唇を離して空色の瞳を見つめながら、アビエルの頬を撫でて言う。

「だから、アビエルも私といることで、ただ幸せだと思ってくれたら嬉しいわ」

 アビエルは、頬を撫でる手を取ってその手の平に口づけを落とすと、レオノーラを強く抱きしめた。

「おまえといて、幸せじゃないことなんて一瞬たりともないよ。レオニー、私とともにいてくれてありがとう」

 レオノーラは、微笑みながらアビエルの胸元に頭をグリグリと押し付けた。それから顔を上げて満面の笑顔でアビエルを見つめて言った。

「アビエル、私と一緒にいてくれてありがとう」

 アビエルは胸にこみ上げるものに耐え切れず、再びレオノーラを胸元に抱きしめた。そして、零れ落ちそうな涙をこらえるために、目を瞑りレオノーラのつむじに唇を押し付け、じっと立ち尽くした。自分の腕の中にあるかけがえのないものを少しでも長く感じ続けていたかった。



 ヤイバルの港でフロレンティアの娘のエイミー『アメリア』に会うことができた。フロレンティアと同じタンポポの花のような淡い金色のふわふわの髪をした天使のような女の子だった。

 他の従者の手前、フロレンティアたちに、こっそりとしか会えないのが残念だったが、いつか、きっと近い未来にもう一度会えることを願って互いに涙して抱き合った。
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