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4:神を信じる人々

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 グレゴールが悲惨な死を遂げた事件を受けて、『神聖皇派』は危険分子として、多くが捕らえられ公開処分された。アビエルは、この毒虫たちを徹底的に駆除したいと常々考えていた。しかし、長く仕える高位貴族の中には皇室信望者が多い。上澄みだけを排除しても、根源を絶たないといくらでも湧いてくる。何か決定的に根源を叩く理由が欲しかった。

 できればレオノーラを側近として自分の近くに置きたい。しかし、グレゴールの件を考えると、皇宮内に巣食うこれらの脅威を排除しない限り、何が起こるかわからず、踏み切れなかった。アビエルが一向に皇太子妃を決めないことも、皇室信望者たちが不穏な動きを見せる理由の一つだった。

 夜会の度に、大臣たちは自分の縁続きの娘を次々と紹介してきた。アビエルがレオノーラを気に入っているということを受け、娘たちの体をコルセットで細く絞り、髪を黒く染めるなど、様々な画策をする。アビエルはどの娘にも等しくダンスを求め、にこやかに対応し、その容姿を賛辞したが、その後に自らアプローチすることはなかった。

 業を煮やしたアーノルド宰相が、不敬を承知で諫言かんげんをお許しください、と言い出した。

「殿下、結婚は形だけでも良いのです。殿下の御子であれば、妃となった者が養育すれば、それは皇太子となります。このままでは、臣下も国民も、殿下が今進めておられる帝国の発展を次に誰が引き継ぐのかと不安に感じます。どうか、妃を迎えることを真剣にお考えください 」

 アビエルは執務机の書類に目を通しながら、顔を上げることなく答えた。

「そうだな、実に不敬だし、不愉快だな。何度も言っているだろう。今は国政に集中したいのだ。それに私は妃を迎えることに興味がない。女性に興味がないと公言しておいてもいいぞ 」

 アーノルド宰相は、ぐっと顎を引いて抑えた声で続けた。

「あの者に子を産ませても良いのです。そのことを外には漏らさず処理いたしましょう。妃となる者も、それを決して口外せず、我が子として育てます。殿下の御子が帝国を繋いでいくことに違いはありません 」

 アビエルは手を止め、顔を上げずに静かな声でアーノルド宰相に問い返した。

「あの者とは、誰のことだ?」

 アーノルド宰相は息を飲み、返答を渋った。

「誰のことを言っているのか、と聞いている 」

 アビエルの声が厳しさを増す。アーノルド宰相は止めていた息を吐き、つばを飲み込んでようやく答えた。

「殿下にはお分かりでしょう。レオノーラ=ヘバンテスのことです。あれならば、殿下のお眼鏡にかなうのでしょう?ただ‥‥あれは皇太子妃にはなれません。次の皇太子の母親として公にすることもできません。そこはご理解いただきたい。そのための妃選びなのです」

 アビエルは、レオノーラを「あの者」や「あれ」と呼ばれることに激しい怒りを覚えた。彼が言うことすべてに納得できなかった。だが、ここで怒りをあらわにすれば彼女の立場はさらに悪くなるだろう。

「アーノルド宰相。繰り返し言うが、私は女性に興味がないのだ。結婚にも、子どもにもな。今はとにかく国のことに集中したい。後継者についてはいずれ考える。今はその話をしないでくれないか 」

 そう言って再び書類に目を落とし、サインを続けた。アーノルド宰相はそれ以上言及できず、「大変、失礼いたしました」と詫びて出て行った。

 アーノルド宰相が出て行ってしばらくして、アビエルは自分の手元でペンが折れていることに気づいた。拳に力が入りすぎて折ってしまったのだ。あふれたインクで書類を汚さないように、近くにあった紙で壊れたペンを包み、手を拭った。『次の皇太子・・・・そんなものはこの国にもういらない』さっきの宰相の言葉を思い返しながら、アビエルの心はさらに固まった。
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