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外伝:ロウとルグレン

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 トルネア辺境領の冬は厳しい。日が昇ってしばらく経つが、吐く息はどこまでも白い。

「ねぇ、ロウ! 絶対に手加減しないでね!」

 目の前で、剣を握り、自分に向かっている今年9歳になる少女は、辺境領騎士団の副団長、カイレン=ドミートリーの娘のルグレンだ。

 カイレンの妻は、ルグレンを産んですぐに亡くなってしまったので、カイレンは騎士団の警備隊の詰所によく娘を連れて来ていた。今年から剣を持って鍛錬に参加していいと言われた少女は、今は剣を振ることに夢中のようだ。

『手加減するなって言われたって、しなきゃ怪我するだろうに』そう思いながら、

「わかったよ。ちゃんとやれよ? 怪我するからな」

 剣を合わせ、はじかせる。とても筋はいいが、所詮9歳の少女だ。力が足りない。しばらく剣を合わせているうちに疲れが見え始め、スピードが落ちてくる。上げるタイミングがずれたところを、カン!と叩いて剣を落とした。

「あっ!」

 叩かれて痺れた手首をルグレンがさする。

「戦ってる途中で、あ、とか、きゃ、とか言うと舌を咬むからダメだって言ったろ? 口は閉じて歯を食いしばっとけよ」

 冷たく言って、剣を拾う。ルグレンが上目遣いに睨んで、ムッとした顔をする。

「きゃ、とか言ってないし」

「おい、ロウ、副団長が呼んでるぞ」

 同じ騎士団の仲間が訓練場の入り口から声をかける。

「悪いな、ルギー。後は誰かに相手してもらえよ」

 今の騎士団の中で一番年若い自分が、必然的に下の見習いの子たちの練習相手になっている。
 まぁ、女の子の騎士見習いは、別に剣術に秀でなくてもいいのだ。マナーや語学、一般人よりも少し上程度の護身ができれば十分だ。

 ルグレンは、他の女の子と違って自分たちと同じように訓練を受けたがる。ほどほどでいいのに、とローレンスはいつも思っていた。

「いいよ、もう。一人で素振りするから」

 剣を受け取って、ぷい、と横を向き拗ねてしまったルグレンを置いて、詰所へ向かう。

「カイレン、俺をお呼びですか?」

 カイレンだけでなく団長のオルソンもそこにいた。

「ローレンス、おまえ、王宮学院に行く気はないか?」

 オルソンが唐突に話をし始める。

「王宮学院ですか? それは、俺にとっては願ってもない話ですが・・・・俺でいいんですか? それはベリテア伯爵さまにも了承いただける話なんでしょうか?」

 少々、驚く話である。辺境領騎士団には子爵や男爵の子息もいる。あまり身分というものが重視されないこの土地ではあるが‥‥自分は孤児だ。身分以前に、身柄を認める家系そのものがない。

「どなたかの従者、ということですか?」

「いや、そうじゃない。まぁ、お前だけではなく、リケイドとパーシヴァルの3人で行ってもらうのはどうかと思っているのだ」

 リケイドとパーシヴァル、二人とも真面目で堅実な自分の友人だ。そして、自分も含めどちらかと言えば恵まれていない家庭で育っている。リケイドの家は母と妹の三人暮らし。パーシヴァルは、祖母と二人暮らしだ。

「とてもありがたい申し出だと思うのですが、なぜ、我々なんですか?」

「それは、お前たちが優秀で真面目だからだよ。ベリテア伯爵は、出自に関係なく優秀な者を求めている。まぁ、例えば裕福な家の子息なら自分たちの金で学院へ行けるだろう? 伯爵は、有能なのに機会を与えられない若者がいるのは良くない、とお考えなのだ。もちろん、卒業して戻ってくればおまえたちにはこの辺境領のために大きな働きが求められる。どうだ? 行ってみる気はあるか?」

 十六年前、自分はこの辺境領の渓谷の岩場で、息絶えた母親とともに見つけられた。恐らく北の戦地から逃れてきたのだろう。母は生まれたばかりの自分を守るように抱えて冷たくなっていた、と聞かされた。本当かどうかはわからない。でも、この土地の善良な人たちは、そんな自分を温かく育ててくれた。物心つくまでは教会で他の子どもたちとともに生活し、その後、領主館で下働きをしながら生活をした。

 副団長のカイレンが、

「おまえは、小さいくせによく気がつく。騎士団の鍛錬に参加してみろ。筋が良ければ騎士見習いにしてやる」

 そう言って自分を引っ張り上げてくれた。馬に乗ることも剣を振ることも自分に合っていたようで、面白いように腕が上がった。そして、そんな自分をカイレンも団長のオルソンも可愛がってくれた。

「はい、ぜひ、行かせてください。そして、必ずこの領地のために力を発揮できるようにいたします」

 自分に与えられた幸運に、この貴重な機会に心から感謝した。
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