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Ⅱ
34:ルーテシア外交9
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翌日、砕氷船の視察から戻り、次の日の出立に備えて荷物の整理や今回の外交の報告書類の作成に追われていると、アビエルに呼ばれた。
「レオニー、ちょっと来てごらん」
衣装部屋へ行く。
「ウィレム王太子が土産として、先日工房で見た羊毛の織物をいくつもくださった。何を作るといいと思う?」
さまざまな色に染め上げた美しい羊毛の織物生地が積まれてあった。
「‥‥すごい、なんて綺麗な生地。何を作るって、帝都に持ち帰って皇帝陛下や皇后陛下のためのお衣装にお使いにならなくては」
レオノーラはうっとりしながらその生地にそっと触れる。
「美しいですね。手触りも素晴らしい」
手触りを楽しむように生地にそっと触れるレオノーラを後ろから抱きしめて、アビエルは嬉しそうに頬を寄せる。
「おまえは本当に物を作ることが好きなんだな。この中で一番好きな色はどれ?」
どれも光沢があって、羊毛でできているとは思えないほどのさらっとした手触りだ。
「この薄い青味がかった生地は素敵。ほら、こうして角度によって光のあたり具合で銀色にも見える。この生地に銀糸で刺繍をしたら素敵でしょうね。袖口と裾に薔薇の蔓を這わせて、身ごろの中心に向かって伸びるように配置して、ボタンを真鍮の少し濃い色で薔薇の花の形にするの。まるで森の王子様という感じになるわ。アビエルに良く似合うと思う。ダンスを踊ったらその裾がフワッと舞って素晴らしいんじゃないかしら。襟と袖口だけこっちの白い生地を当ててもいいと思うわ。それにこっちの…」
レオノーラの止まらない創作意欲にアビエルは笑い出してしまった。
「全部、レオニーにお任せで衣装を作ってくれとお願いしたら、素晴らしいものがいくつもできそうだな」
「そんな、こんな素晴らしい生地、素人の私が何かを作るなんて無理よ。恐ろしくてハサミが入れられないわ。でも、作れたら楽しいでしょうね」
「私の儀礼服じゃなくて、自分のものは作りたいと思わないのか?」
「私の? こんな高級で希少な生地で作ったものを纏って行くところは無いわ」
「うーん、夜会用のドレスとか?」
レオノーラは眉間に皺を寄せてアビエルを振り返る。
「ドレスは胃が痛くなるから着ません。絶対に」
アビエルがわざとらしく残念そうな顔をする。
「ドレス、似合っていたよ? 美しかったじゃないか。あのドレスは好みじゃなかった?」
「ドレスの問題では無くて、それを着る私の問題。思い出すとあの時の胃の痛みを思い出すから、もうその話はおしまい」
「残念だな、あの夜の思い出は私の中では美しい思い出なんだが、レオニーの中では胃の痛い思い出なのだな。二人の大事な思い出の夜だと思っていたのに‥‥」
眉を下げていかにも残念そうな顔を作って言う。レオノーラはあの日のことを思い出して耳を赤くする。
「どうして、アビエルはそうやってちょっとイヤらしいことを言うのかしら。この間、嫌なことは嫌と言っていいと言いましたよね。そういう恥ずかしい話は嫌よ」
アビエルはレオノーラの耳朶を齧りながら囁く。
「思い出すと、嫌か?」
吐息が耳にかかり、レオノーラの背筋が震える。
「‥‥そうじゃなくて、その、ちょっとイヤらしいことを言って恥ずかしくさせるのが・・・あっ」
耳朶を唇で喰みながら、気づけば胸元のボタンをはずし、アビエルの手が胸当てのホックも外して中に入り込んでいた。
「もう‥‥ダメよ、アビエル。もうすぐ晩餐に行かなくては‥‥ん」
ぷくりと立ち上がった赤い蕾を指で摘まれ、思わず呻く。
「ダメならダメって言っていいって‥‥ちっとも聞いてくれない‥‥あっ」
首筋に唇を落とし吸い付きながら、アビエルはレオノーラの胸を揉みしだきながら言い訳をする。
「体に聞いたら、ダメって言ってないから‥‥」
その時、部屋の扉がノックされ侍従頭のルイスの声がした。
「殿下、晩餐会の準備に参りました」
アビエルは胸を触る手を止めず、首筋に唇を当てたまま、いつも通りの声で答える。
「今、レオニーに服の準備してもらっているから、すまないが湯をもらってきてくれ」
かしこまりました、とルイスが下がって行く音が聞こえた。レオノーラはアビエルの体を押しのけて距離を取る。
「‥‥アビエル、こんなことしてはダメ」
震える指先で胸当てを戻し、シャツのボタンを留めた。
「ルイスさんが戻ってくる前に服を出しておかなくては‥‥」
消え入りそうな声で呟いて衣装棚を確認する。アビエルが手前に置いてある儀礼服を取り、片方の手でレオノーラの腰を抱く。
「困らせて、すまなかった。もう少し、ちゃんと理性的に振る舞えるように努力する」
ギュッとレオノーラの体を引き寄せて、こめかみにキスをしながら呟く。
「本当は、一瞬だって離れたくないんだ。ずっと触れていたい。どうしたらこの気持ちが抑えられるのかわからない」
レオノーラだってそう思っている。触れ合えば触れ合うほどもっと近くに寄り添いたいという気持ちが湧いてしまう。腰に回されたアビエルの手を優しく撫でながら、ため息をつきながらレオノーラが囁いた。
「‥‥一つになるのは、晩餐会の後までお預けよ。準備しましょう」
その言葉にアビエルが驚いたようにレオノーラの顔を覗き込み、恥ずかしくて頬を赤くしている姿を見ながら、嬉しそうに唇に軽くキスを落とす。
「よし、準備しよう」
そして、手に持った儀礼服をトルソーにかけ、満面の笑みを浮かべた。
ルーテシア滞在の最後の晩餐で、アビエルは王家に対し礼を述べ、今後の帝国とルーテシア王国の友好関係についての宣言をした。今後、互いに隣国として有益となる国交を結び、より一層の発展を誓うというものだった。強く宣言を述べるアビエルをレオノーラは頼もしく見つめた。
翌朝、王家の見送りを得てトルネア辺境伯領へと帰途についた。行きに泊まった河辺の町に一泊した後、国境の関所にはよらず辺境伯領の城に2日目の夜に辿り着いた。ベリテア伯爵はアビエルの到着を待ち侘びでいたようで、馬車が城の前庭に入るや否や駆け寄ってきた。
「殿下、二日前にクレイン領主より知らせがあり、ゴルネアがルーテシアとの休戦について帝国の力を借りたいと書簡を寄越したそうです。帝都の方へは、この件を知らせるべくすでに早馬が走っております。殿下にはこちらでお伝えするのが早いかと、お帰りをお待ちしておりました」
アビエルは表情を変えずに応える。
「そうか、細かいことについては帝都に戻り宰相たちと話をしよう。まずは、クレイン領のベルトルド伯に書簡を送って今後の流れについてお伝えしておこう。もちろん、ベリテア殿にも連携を取ってもらわねばならない。執務室で話をしよう」
ベリテア伯爵を伴って執務室に向かいながら、レオノーラを振り返り声をかけた。
「レオニー、ゴルネアとの会談の際の書類を見たい。後で執務室に持って来てくれるだろうか」
まったく表には出していないが、思う通りに進んだことに興奮しているのがレオノーラにはわかった。
ひとまず、冬の間は戦況が止まることもあり、具体的な休戦へ向けての話し合いは次の春になると考えられた。ルーテシアへは簡単な通達を送り、後ほど詳細を帝都から連絡するとだけにした。
アビエルは、慌ただしく話し合いを終えると、帝都での調整のために翌朝早くにトルネア辺境伯領を立った。彼が期待する平和への道筋が大きく開いたことにレオノーラも興奮が抑えられなかった。
「レオニー、ちょっと来てごらん」
衣装部屋へ行く。
「ウィレム王太子が土産として、先日工房で見た羊毛の織物をいくつもくださった。何を作るといいと思う?」
さまざまな色に染め上げた美しい羊毛の織物生地が積まれてあった。
「‥‥すごい、なんて綺麗な生地。何を作るって、帝都に持ち帰って皇帝陛下や皇后陛下のためのお衣装にお使いにならなくては」
レオノーラはうっとりしながらその生地にそっと触れる。
「美しいですね。手触りも素晴らしい」
手触りを楽しむように生地にそっと触れるレオノーラを後ろから抱きしめて、アビエルは嬉しそうに頬を寄せる。
「おまえは本当に物を作ることが好きなんだな。この中で一番好きな色はどれ?」
どれも光沢があって、羊毛でできているとは思えないほどのさらっとした手触りだ。
「この薄い青味がかった生地は素敵。ほら、こうして角度によって光のあたり具合で銀色にも見える。この生地に銀糸で刺繍をしたら素敵でしょうね。袖口と裾に薔薇の蔓を這わせて、身ごろの中心に向かって伸びるように配置して、ボタンを真鍮の少し濃い色で薔薇の花の形にするの。まるで森の王子様という感じになるわ。アビエルに良く似合うと思う。ダンスを踊ったらその裾がフワッと舞って素晴らしいんじゃないかしら。襟と袖口だけこっちの白い生地を当ててもいいと思うわ。それにこっちの…」
レオノーラの止まらない創作意欲にアビエルは笑い出してしまった。
「全部、レオニーにお任せで衣装を作ってくれとお願いしたら、素晴らしいものがいくつもできそうだな」
「そんな、こんな素晴らしい生地、素人の私が何かを作るなんて無理よ。恐ろしくてハサミが入れられないわ。でも、作れたら楽しいでしょうね」
「私の儀礼服じゃなくて、自分のものは作りたいと思わないのか?」
「私の? こんな高級で希少な生地で作ったものを纏って行くところは無いわ」
「うーん、夜会用のドレスとか?」
レオノーラは眉間に皺を寄せてアビエルを振り返る。
「ドレスは胃が痛くなるから着ません。絶対に」
アビエルがわざとらしく残念そうな顔をする。
「ドレス、似合っていたよ? 美しかったじゃないか。あのドレスは好みじゃなかった?」
「ドレスの問題では無くて、それを着る私の問題。思い出すとあの時の胃の痛みを思い出すから、もうその話はおしまい」
「残念だな、あの夜の思い出は私の中では美しい思い出なんだが、レオニーの中では胃の痛い思い出なのだな。二人の大事な思い出の夜だと思っていたのに‥‥」
眉を下げていかにも残念そうな顔を作って言う。レオノーラはあの日のことを思い出して耳を赤くする。
「どうして、アビエルはそうやってちょっとイヤらしいことを言うのかしら。この間、嫌なことは嫌と言っていいと言いましたよね。そういう恥ずかしい話は嫌よ」
アビエルはレオノーラの耳朶を齧りながら囁く。
「思い出すと、嫌か?」
吐息が耳にかかり、レオノーラの背筋が震える。
「‥‥そうじゃなくて、その、ちょっとイヤらしいことを言って恥ずかしくさせるのが・・・あっ」
耳朶を唇で喰みながら、気づけば胸元のボタンをはずし、アビエルの手が胸当てのホックも外して中に入り込んでいた。
「もう‥‥ダメよ、アビエル。もうすぐ晩餐に行かなくては‥‥ん」
ぷくりと立ち上がった赤い蕾を指で摘まれ、思わず呻く。
「ダメならダメって言っていいって‥‥ちっとも聞いてくれない‥‥あっ」
首筋に唇を落とし吸い付きながら、アビエルはレオノーラの胸を揉みしだきながら言い訳をする。
「体に聞いたら、ダメって言ってないから‥‥」
その時、部屋の扉がノックされ侍従頭のルイスの声がした。
「殿下、晩餐会の準備に参りました」
アビエルは胸を触る手を止めず、首筋に唇を当てたまま、いつも通りの声で答える。
「今、レオニーに服の準備してもらっているから、すまないが湯をもらってきてくれ」
かしこまりました、とルイスが下がって行く音が聞こえた。レオノーラはアビエルの体を押しのけて距離を取る。
「‥‥アビエル、こんなことしてはダメ」
震える指先で胸当てを戻し、シャツのボタンを留めた。
「ルイスさんが戻ってくる前に服を出しておかなくては‥‥」
消え入りそうな声で呟いて衣装棚を確認する。アビエルが手前に置いてある儀礼服を取り、片方の手でレオノーラの腰を抱く。
「困らせて、すまなかった。もう少し、ちゃんと理性的に振る舞えるように努力する」
ギュッとレオノーラの体を引き寄せて、こめかみにキスをしながら呟く。
「本当は、一瞬だって離れたくないんだ。ずっと触れていたい。どうしたらこの気持ちが抑えられるのかわからない」
レオノーラだってそう思っている。触れ合えば触れ合うほどもっと近くに寄り添いたいという気持ちが湧いてしまう。腰に回されたアビエルの手を優しく撫でながら、ため息をつきながらレオノーラが囁いた。
「‥‥一つになるのは、晩餐会の後までお預けよ。準備しましょう」
その言葉にアビエルが驚いたようにレオノーラの顔を覗き込み、恥ずかしくて頬を赤くしている姿を見ながら、嬉しそうに唇に軽くキスを落とす。
「よし、準備しよう」
そして、手に持った儀礼服をトルソーにかけ、満面の笑みを浮かべた。
ルーテシア滞在の最後の晩餐で、アビエルは王家に対し礼を述べ、今後の帝国とルーテシア王国の友好関係についての宣言をした。今後、互いに隣国として有益となる国交を結び、より一層の発展を誓うというものだった。強く宣言を述べるアビエルをレオノーラは頼もしく見つめた。
翌朝、王家の見送りを得てトルネア辺境伯領へと帰途についた。行きに泊まった河辺の町に一泊した後、国境の関所にはよらず辺境伯領の城に2日目の夜に辿り着いた。ベリテア伯爵はアビエルの到着を待ち侘びでいたようで、馬車が城の前庭に入るや否や駆け寄ってきた。
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「レオニー、ゴルネアとの会談の際の書類を見たい。後で執務室に持って来てくれるだろうか」
まったく表には出していないが、思う通りに進んだことに興奮しているのがレオノーラにはわかった。
ひとまず、冬の間は戦況が止まることもあり、具体的な休戦へ向けての話し合いは次の春になると考えられた。ルーテシアへは簡単な通達を送り、後ほど詳細を帝都から連絡するとだけにした。
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