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Ⅱ
24:ルーテシア外交2
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食事の後、トレーを片付けていると、アビエルが静かにお茶を淹れながら尋ねた。
「ドミニクに求婚を受けたのだろう?」
顔を上げると、アビエルはこちらを見ずにカップに湯を注いでいた。
「‥‥はい、驚きました。そんなふうに思っていただいているとは考えていなかったので 」
空の食器を置いたトレーを部屋の扉の外に出す。ガスパルは夕食を取りに行ったまま戻って来ないようだった。扉を閉めて鍵をかけると、アビエルがテーブルにカップを並べ、お茶を注いでいた。
「ドミニクはいい奴だ。有望だしな。求婚を受けようとは思わなかったのか?」
相変わらず、顔を上げずに問い続ける。
「そうね。ドミニクさんはとてもいい方だわ。でも、結婚したいとは思わなかったから、求婚は受けませんでした 」
椅子に腰掛けながらそう応えると、アビエルが顔を上げてこちらを見る。
「私との誓いがあるからか?その誓いがお前を縛っているのではないのか?」
表情を隠し、平静を装いながらも、アビエルの言葉には微かな緊張があった。
「お前は、結婚して、子を成して幸せな生活を送ることもできるのだ。私との誓いに縛られなくても生きていっていい 」
レオノーラはテーブルに置かれたアビエルの手に触れた。
「私の幸せは、アビエルと一緒にいることでしか築けないわ。分かっているのに、どうしてそんなこと‥‥」
一人で国を背負うことを強いられてきた「私の可愛い王子様」は、いつだって自信がないのだ。こんなに自信満々に見えるのに。そして、国を変える大きな権力と類まれな能力を持っているというのに。
人に感情を見られないように徹底して皇帝教育を受けてきたため、表情を隠すのが上手い。でも、本当はすぐに泣きそうになって、寂しくなって、不安になる。
レオノーラは触れた手をギュッと握り、微笑んだ。
「今、ここでアビエルといられてとても幸せよ。だから、そんなふうに言わないで 」
アビエルはレオノーラの手にキスを落とし、頬擦りをした。
「‥‥分かっている。分かってはいるが、お前の幸せを、当たり前の日常を、私が奪っているのではないかと苦しくなるんだ 」
レオノーラはアビエルの頬をそっと手のひらでさすって笑って答えた。
「確かに平凡な日常ではないかもしれないわね。でも、平凡よりも波乱万丈の方が飽きない人生かと思いうわ 」
アビエルは、しばらくその手の感触を味わうように目を閉じ「そうだな、その方がお前らしいな」と小さく笑った。そして二人でお茶を飲み、手を繋いで寝台に向かい、ゆっくりと愛を確かめ合った。
・・・・・・
自分の胸に頬をつけて寝息を立てるレオノーラが愛おしくて堪らない。興奮の後の少し火照った肌と重ねたキスで腫れた唇。全てが自分との愛の証のようでいつまでも見ていたくなる。滑らかな背中から腰へと手を滑らせ、優しく撫でる。
レオニー、私のレオニー。何度繋がっても少しも足りない。いつか、おまえに求婚できる日が来たら、その時はどうか笑顔で応えて欲しい。
形の良い尻の下を手で掬うようにして、レオノーラの体を自分の体の上に乗せる。シーツをかけながら抱きしめて、髪の中に鼻を埋めた。髪を洗った時につけたのだろう香油の匂いがほのかにする。からまった足の先にレオノーラの足首のチェーンが触れる。今、この二人のいる空間にだけアビエルの望む幸せの全てが存在していた。
「‥もう部屋に戻った方がいいわよね 」
目を閉じたままレオノーラが掠れた声で言う。
「朝までここにいていい。そういうことを気にしない者たちを選んで連れてきたのだ 」
すると彼女の眉間に皺が寄った。
「大事な外交会談なのに、どうしてそんな人選なの?大丈夫なの?本当に私が護衛をしていいならその方がいいんじゃないの?」
眉間の皺にキスをしながら、笑って応える。
「そうだな、護衛はレオニーにしてもらうことにしよう。そのほうがずっと一緒にいられる。しかも安心だ 」
そう返すと、眉間の皺を緩め胸に頬を擦り付けながらモゴモゴとレオノーラが言う。
「本当に部屋に戻らなくても大丈夫?」
その可愛い言い方に笑みが溢れる。
「大丈夫。朝まで一緒にいよう。」
「本当に、本当?」
「本当だ 」
そう言ってつむじに優しくキスを落とす。レオノーラは安心したのか、またすぅすぅと寝息を立て始めた。その寝息を聞きながらいつしかアビエルも深い眠りに落ちていた。
次の日、起きて部屋の外を覗くとやはりガスパルはいなかった。
「彼は本当に皇宮の護衛なの?あまりに変なのだけど‥‥」
アビエルは肩をすくめるだけで応えなかった。
朝食は食堂で他の従者たちと一緒に取った。アビエルもレオノーラの隣に座り同じ食事を取る。侍従頭が皇太子のために色々と皿を取り寄せてきたが、アビエルが気にしなくていい自分で取るから、と声をかけるとそのあとは特にかいがいしく世話をしにくることはなかった。
朝食後、市場の視察に出かけた。市場を管理している商人組合の組合長が案内をしてくれるらしい。なるべく目立たない格好で出かけることにして、護衛はレオノーラとガスパルの二人だけだ。
市場を見回っていると、小さな女の子が駆け寄って来て、
「皇太子殿下に差し上げます!」
と言って花束をくれる。また、中央広場では本来は春先に行われる豊穣祭の踊りを少女たちが披露してくれた。
以前にルグレンと来た時よりも市場の規模が広がっているように感じる。組合長の説明では、幹線道路ができるという触れ込みでかなり商人が集まってきているという話だった。
市場での視察を終え宿に戻ると、従者たちが出発の準備を終えていた。
「では、ルーテシアに向かうとしよう。」
アビエルのその言葉で馬車の一行は町を抜けて北を目指し進み始めた。
「ドミニクに求婚を受けたのだろう?」
顔を上げると、アビエルはこちらを見ずにカップに湯を注いでいた。
「‥‥はい、驚きました。そんなふうに思っていただいているとは考えていなかったので 」
空の食器を置いたトレーを部屋の扉の外に出す。ガスパルは夕食を取りに行ったまま戻って来ないようだった。扉を閉めて鍵をかけると、アビエルがテーブルにカップを並べ、お茶を注いでいた。
「ドミニクはいい奴だ。有望だしな。求婚を受けようとは思わなかったのか?」
相変わらず、顔を上げずに問い続ける。
「そうね。ドミニクさんはとてもいい方だわ。でも、結婚したいとは思わなかったから、求婚は受けませんでした 」
椅子に腰掛けながらそう応えると、アビエルが顔を上げてこちらを見る。
「私との誓いがあるからか?その誓いがお前を縛っているのではないのか?」
表情を隠し、平静を装いながらも、アビエルの言葉には微かな緊張があった。
「お前は、結婚して、子を成して幸せな生活を送ることもできるのだ。私との誓いに縛られなくても生きていっていい 」
レオノーラはテーブルに置かれたアビエルの手に触れた。
「私の幸せは、アビエルと一緒にいることでしか築けないわ。分かっているのに、どうしてそんなこと‥‥」
一人で国を背負うことを強いられてきた「私の可愛い王子様」は、いつだって自信がないのだ。こんなに自信満々に見えるのに。そして、国を変える大きな権力と類まれな能力を持っているというのに。
人に感情を見られないように徹底して皇帝教育を受けてきたため、表情を隠すのが上手い。でも、本当はすぐに泣きそうになって、寂しくなって、不安になる。
レオノーラは触れた手をギュッと握り、微笑んだ。
「今、ここでアビエルといられてとても幸せよ。だから、そんなふうに言わないで 」
アビエルはレオノーラの手にキスを落とし、頬擦りをした。
「‥‥分かっている。分かってはいるが、お前の幸せを、当たり前の日常を、私が奪っているのではないかと苦しくなるんだ 」
レオノーラはアビエルの頬をそっと手のひらでさすって笑って答えた。
「確かに平凡な日常ではないかもしれないわね。でも、平凡よりも波乱万丈の方が飽きない人生かと思いうわ 」
アビエルは、しばらくその手の感触を味わうように目を閉じ「そうだな、その方がお前らしいな」と小さく笑った。そして二人でお茶を飲み、手を繋いで寝台に向かい、ゆっくりと愛を確かめ合った。
・・・・・・
自分の胸に頬をつけて寝息を立てるレオノーラが愛おしくて堪らない。興奮の後の少し火照った肌と重ねたキスで腫れた唇。全てが自分との愛の証のようでいつまでも見ていたくなる。滑らかな背中から腰へと手を滑らせ、優しく撫でる。
レオニー、私のレオニー。何度繋がっても少しも足りない。いつか、おまえに求婚できる日が来たら、その時はどうか笑顔で応えて欲しい。
形の良い尻の下を手で掬うようにして、レオノーラの体を自分の体の上に乗せる。シーツをかけながら抱きしめて、髪の中に鼻を埋めた。髪を洗った時につけたのだろう香油の匂いがほのかにする。からまった足の先にレオノーラの足首のチェーンが触れる。今、この二人のいる空間にだけアビエルの望む幸せの全てが存在していた。
「‥もう部屋に戻った方がいいわよね 」
目を閉じたままレオノーラが掠れた声で言う。
「朝までここにいていい。そういうことを気にしない者たちを選んで連れてきたのだ 」
すると彼女の眉間に皺が寄った。
「大事な外交会談なのに、どうしてそんな人選なの?大丈夫なの?本当に私が護衛をしていいならその方がいいんじゃないの?」
眉間の皺にキスをしながら、笑って応える。
「そうだな、護衛はレオニーにしてもらうことにしよう。そのほうがずっと一緒にいられる。しかも安心だ 」
そう返すと、眉間の皺を緩め胸に頬を擦り付けながらモゴモゴとレオノーラが言う。
「本当に部屋に戻らなくても大丈夫?」
その可愛い言い方に笑みが溢れる。
「大丈夫。朝まで一緒にいよう。」
「本当に、本当?」
「本当だ 」
そう言ってつむじに優しくキスを落とす。レオノーラは安心したのか、またすぅすぅと寝息を立て始めた。その寝息を聞きながらいつしかアビエルも深い眠りに落ちていた。
次の日、起きて部屋の外を覗くとやはりガスパルはいなかった。
「彼は本当に皇宮の護衛なの?あまりに変なのだけど‥‥」
アビエルは肩をすくめるだけで応えなかった。
朝食は食堂で他の従者たちと一緒に取った。アビエルもレオノーラの隣に座り同じ食事を取る。侍従頭が皇太子のために色々と皿を取り寄せてきたが、アビエルが気にしなくていい自分で取るから、と声をかけるとそのあとは特にかいがいしく世話をしにくることはなかった。
朝食後、市場の視察に出かけた。市場を管理している商人組合の組合長が案内をしてくれるらしい。なるべく目立たない格好で出かけることにして、護衛はレオノーラとガスパルの二人だけだ。
市場を見回っていると、小さな女の子が駆け寄って来て、
「皇太子殿下に差し上げます!」
と言って花束をくれる。また、中央広場では本来は春先に行われる豊穣祭の踊りを少女たちが披露してくれた。
以前にルグレンと来た時よりも市場の規模が広がっているように感じる。組合長の説明では、幹線道路ができるという触れ込みでかなり商人が集まってきているという話だった。
市場での視察を終え宿に戻ると、従者たちが出発の準備を終えていた。
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