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Ⅱ
4:亡命
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ホールセンでの滞在予定は三日間。初日に領主館を訪問し歓待を受けた後、翌日は宝石商を訪問し、ティアラにつける石を選び、その後、ホールセンの小高い丘の上にある皇室の別邸に滞在した。
レオノーラは、その日の夕方、護衛を交代してもらい、市中でカトリーヌと食事をする約束をしていた。
「レオ!こんなに早く再会できるとは思ってなかったわ 」
領主の娘たちの護衛をしているカトリーヌとは、昨日領主館で再会した。
「滞在が短いから急に誘ったけど、大丈夫だったの?」
「大丈夫よぉ。今は、お嬢様方の日中の外出の護衛と基本的なマナーのレッスン講師が主な仕事だから、夜はきちんと自室で過ごせてるの 」
港に近い賑やかな通りに面した食堂で、一緒に食事をした。お互いに今の仕事の様子や、卒業後に起こった出来事などを話した。
「オレインは、今、その向こうの港湾警備隊に配属されて、主に外国船の入港審査をしているわ。今日、ちょうど夜間警備の日だったから、誘ったけど来れなくて。残念がってたわよ 」
ちょうど、食堂のある建物の向こうの沖に、外国の商船が停まっていて、屋根の端からその船体の一部が覗いていた。
「外洋船って大きいのね。湖で浮かんでる釣り船しか見たことなかったから、びっくりしたわ。あんなに大きくて、ちゃんと浮くのね 」
重そうな鉄の塊が、荷物を積んで水に浮くことが信じられなかった。
「仕組みは私にはよくわからないけど、蒸気機関で動くからものすごく速いし、ここから西共和国まで4日で着くらしいわよ 」
へぇ~と感心する。この港の山二つ向こうの軍港には、帝国が持つ戦艦などもある。話は尽きなかったが、そろそろ警護の交代の時間になるから、と名残惜しくまたの再会を約束して別れた。
別邸への道を歩きながら、帝都とはまた違うホールセンの賑やかさを堪能する。夜遅い時間でも多くの店が開いており、あちこちで帝国の共通語ではない言葉が聞こえる。路地の奥の方では怪しい雰囲気の集団もいて、帝都より治安もだいぶ悪そうだ。とはいえ、活気があり、町が若い感じがする。
『同じ帝国内でもこんなに違うのだから、あの向こうはどんなものだろう。』
レオノーラは海の向こうに想いを馳せた。
別邸の外壁に沿って歩き、鬱蒼とした裏手の林の方へ向かう。大きな木の枝が外壁の外から別邸の庭にせり出したようになっている場所の下の方を探ると、腰の高さほどの古い城戸があった。
『これか』
取手や鍵の部分が随分と錆びついていて、長く使われていないことがわかる。大きな音を立てないようにして、錆びついた部分を削り、取手に鎖を引っ掛けて、力任せに引いた。下に噛んでいる土を削ぐようにして城戸が開いた。
『良かった、使えた』
ここが利用できなければ、外壁を上から越えなくてはならなかったので、少しホッとする。中を覗くと暗くてよく見えないが、重なった枝の向こうに微かに建物の灯りが見えた。城戸を少し戻し、上から大きな枝を被せてわかりにくくしてから離れた。
来た道を戻り、衛兵に市中のお土産と言って、先ほどの食堂でもらったミートパイを手渡す。
「ずっと立ってると、まだまだ夜は寒いわね。まだ、温かいから良かったら食べて 」
門を抜けて建物の周りをぐるりと回る。昼に一度確認したが、先ほどの城戸へ続く場所をもう一度確認し直した。建物周りを警護する衛兵と出会う。
「ご苦労さま。ミートパイ買ってきたから詰め所に置いとくわ。後で休憩の時に食べて 」
そう、声をかける。ありがてぇ~と喜ぶ二人に手を振って、建物入り口にある詰め所に行き、制服に着替えてフロレンティアの部屋へ向かう。
部屋の前で立っている護衛と交代して、扉を背に部屋の奥に耳を澄ました。まだ、部屋の中には侍女たちがいるようだ。
しばらくして、「それでは、おやすみなさいませ」と侍女たちが出て、隣の部屋へと入って行く。今日見た宝石の話などをしながら、侍女たちが寝衣に着替えている様子がうかがえる。
侍女は寝衣に着替えたら、余程のことが無い限り廊下へは出ては来ない。そこからさらに時間を待つ。隣の部屋での動きが感じられなくなってから半時、フロレンティアの部屋の扉を小さくコツンと叩く。静かに中から扉が開きレオノーラはそこに体を滑り込ませた。
「急ぎましょう 」
囁くように声をかけると、フロレンティアは、すでに街の娘が着るシャツとスカートに着替えていた。部屋の明かりを落とし、ベッドサイドのわずかなランプだけで準備を整える。髪染め粉で髪を黒く染め、黒いマントを羽織る。レオノーラも黒いマントを身につけた。外を見回る衛兵が窓に続くテラスの横を通り過ぎたのを確認した後、そっと扉を開け外に滑り出る。
「足下が暗くて見えづらいので、気をつけて 」
隣の部屋の侍女たちに気取られぬように、扉を静かに閉め、フロレンティアの手を取り、手すりを超える手助けをする。庭を横切り、城戸のある茂みまで小走りで進む。その間ずっとフロレンティアの手を握っていた。
外壁に被さるように垂れ下がる枝を除け、城戸へと向かう。石壁を這う蔓をむしりとり、城戸を押し開け、先にフロレンティアを通してから、自分も城戸を抜けた。
「さぁ、こちらへ 」
再び、フロレンティアの手を取り、暗い小道を進む。小道の出口に当たるところにマントを羽織った誰かが立っていた。顔を伏せながら近寄って、確認する。フロレンティアが声を発した。
「サイモン‥‥」
「お嬢さん、お久しぶりですね。元気でしたか?」
サイモン=アナンがいつもの飄々とした雰囲気で微かに笑顔を向けた。
「フロレンティア様。私はここまでです。この先はアナン先生と共にお行きください。アナン先生、必要なものは港でオレインから受け取っていただけましたか?」
「えぇ、大丈夫。ちゃんと全て受け取って確認しました。商船への乗り込みは早朝ですが、今日の夜のうちに渡船に乗せてくれるようです 」
レオノーラは、昨日、領主館で歓迎の宴が催されている間にオレインと会い、全ての事情を話した上で協力を得た。発覚を防ぐためにギリギリまで4人以外の誰にもこのことは漏らさないようにしてきたが、出国のリスクを最小限にするためにはこの協力は不可欠だった。オレインが必ず協力してくれるという確信もあった。
「フロレンティア様、お行きください。どうか、お元気で。あなたの幸せを心から祈っています。きっといつか再びお会いできますよ 」
そう言って、フロレンティアを抱きしめた。フロレンティアは潤んだ瞳で、レオノーラを見つめた後、頬にそっとキスをして、
「レオ様もどうかお元気で。そしてお幸せになって 」
涙をこぼさぬように我慢するかのような笑顔を浮かべた。そして、サイモンに導かれて市中に向かって去って行った。レオノーラはその姿をしばらく見つめた後、踵を返して別邸に戻った。
・・・・・・
「フロレンティア様! フロレンティア様! 大変ですわ、お嬢様さまが寝所においでにならない!」
翌朝、侍女がフロレンティアのためにお湯を持って部屋に入っていった。レオノーラが交代の護衛と部屋の外で話をしていると、侍女が部屋から飛び出てきて叫んだ。慌てて詰め所にいる護衛も呼びつけ、衛兵を総動員して邸内を探す。
「昨夜の護衛中に異変を感じることは無かったのですが。テラスに続く扉の鍵が開いていますね。もしかしたら、眠れずに庭を散歩されているのかも、衛兵はもう一度庭を、我々護衛と侍女の方々は邸内を捜索しましょう 」
その後、邸内と近辺を捜索したが、フロレンティアが見つからないため、領主館へ連絡し、さらに捜索の動員を要請した。もしかしたら、ホールセンへの訪問が楽しくて、お一人で市中へ散策に出られたかもしれない、ということを想定として口にした。
領主館の警備兵と連携を取るため、別邸のある丘から馬を走らせながら、港の方を見ると、昨夜、沖に泊まっていた商船が、船尾をこちらに向けて遠く去っていく様子が見えた。
『無事に乗れただろうか』
そう思いを馳せながら、フロレンティアの前途を祈った。
終日かけて市中を探したが、フロレンティアは見つからず、別邸に戻ることもなかったので、
「宮廷へ向けて、フロレンティア様が行方不明であると早馬を出してください 」
と指示を出した。別邸内では侍女たちが悲嘆に暮れ、衛兵や護衛たちはどうしてこんなことに、と愕然としていた。レオノーラは『皇宮での仕事をクビになったら劇団で働くのもいいな』と自分の演技力にちょっと笑った。
皇宮に早馬が着くのと同じくして、フロレンティアの父であるグレゴール宰相、そして婚約者であるアビエルに向けてフロレンティアからの手紙が届いた。その手紙には、『どうしてもこの結婚をすることは耐え難く辛い。故にこの国を去り別の場所で生きていこうと決心した。どうか探さないで欲しい』と書いてあった。この手紙にバスケス公爵グレゴールは烈火の如く怒り狂った。
「あの娘が、自分でこのようなことを画策できるはずがない!絶対に手引きをした者がいるはずだ。従者を取り調べ、娘の周りで不穏な動きをしていた者がいないか早急に調べよ!足取りを辿り必ずや娘を見つけ出せ!」
この声に、従者たちの取り調べと同時にフロレンティアの足跡を辿る捜索が行われた。フロレンティア失踪から二日後には、帝都から国軍の調査班を率いたアビエルが到着し捜査の指揮を取った。
「殿下、このようなことになり誠に申し訳ございません。失踪前夜の護衛担当は私でした。フロレンティア様の異変に全く気づかず‥‥この失態の全責任は私にあります 」
到着したアビエルの足下にひれ伏し、謝罪をした。
「‥‥護衛として職務怠慢だな。帝都に戻り次第、その責任について議論しよう。しかし、まずはフロレンティアの動向だ。か弱い令嬢のこと、今頃どうしているか実に心配だ。辛い思いをしていないといいのだが 」
心配そうにため息をつきながら話すアビエルのその言葉を聞いて、周りの侍女たちが泣き崩れる。
調査班は実に優秀で、その日のうちに別邸からフロレンティアが城戸を使い外へ出たこと、城戸付近の足跡から、同行者がいたことを突き止めた。同行者の足跡はかなり大きいことから男性であると確定され、侍女たちからは密かに『駆け落ちでは』という声も上がった。
その後数日かけてホールセン領内を捜索したところ、陸路を使って国外に出た形跡がなかったため、おそらく船を使ったであろう、と判断された。しかし、入出国の警備班からは、港付近でフロレンティアの様相に似た娘を見たという報告は一向に上がらなかった。
これ以上の捜査は進展が見られないとなり、ホールセン領主に後を託し、レオノーラ一行は、皇太子と共に帝都へ帰還することになった。
レオノーラは、その日の夕方、護衛を交代してもらい、市中でカトリーヌと食事をする約束をしていた。
「レオ!こんなに早く再会できるとは思ってなかったわ 」
領主の娘たちの護衛をしているカトリーヌとは、昨日領主館で再会した。
「滞在が短いから急に誘ったけど、大丈夫だったの?」
「大丈夫よぉ。今は、お嬢様方の日中の外出の護衛と基本的なマナーのレッスン講師が主な仕事だから、夜はきちんと自室で過ごせてるの 」
港に近い賑やかな通りに面した食堂で、一緒に食事をした。お互いに今の仕事の様子や、卒業後に起こった出来事などを話した。
「オレインは、今、その向こうの港湾警備隊に配属されて、主に外国船の入港審査をしているわ。今日、ちょうど夜間警備の日だったから、誘ったけど来れなくて。残念がってたわよ 」
ちょうど、食堂のある建物の向こうの沖に、外国の商船が停まっていて、屋根の端からその船体の一部が覗いていた。
「外洋船って大きいのね。湖で浮かんでる釣り船しか見たことなかったから、びっくりしたわ。あんなに大きくて、ちゃんと浮くのね 」
重そうな鉄の塊が、荷物を積んで水に浮くことが信じられなかった。
「仕組みは私にはよくわからないけど、蒸気機関で動くからものすごく速いし、ここから西共和国まで4日で着くらしいわよ 」
へぇ~と感心する。この港の山二つ向こうの軍港には、帝国が持つ戦艦などもある。話は尽きなかったが、そろそろ警護の交代の時間になるから、と名残惜しくまたの再会を約束して別れた。
別邸への道を歩きながら、帝都とはまた違うホールセンの賑やかさを堪能する。夜遅い時間でも多くの店が開いており、あちこちで帝国の共通語ではない言葉が聞こえる。路地の奥の方では怪しい雰囲気の集団もいて、帝都より治安もだいぶ悪そうだ。とはいえ、活気があり、町が若い感じがする。
『同じ帝国内でもこんなに違うのだから、あの向こうはどんなものだろう。』
レオノーラは海の向こうに想いを馳せた。
別邸の外壁に沿って歩き、鬱蒼とした裏手の林の方へ向かう。大きな木の枝が外壁の外から別邸の庭にせり出したようになっている場所の下の方を探ると、腰の高さほどの古い城戸があった。
『これか』
取手や鍵の部分が随分と錆びついていて、長く使われていないことがわかる。大きな音を立てないようにして、錆びついた部分を削り、取手に鎖を引っ掛けて、力任せに引いた。下に噛んでいる土を削ぐようにして城戸が開いた。
『良かった、使えた』
ここが利用できなければ、外壁を上から越えなくてはならなかったので、少しホッとする。中を覗くと暗くてよく見えないが、重なった枝の向こうに微かに建物の灯りが見えた。城戸を少し戻し、上から大きな枝を被せてわかりにくくしてから離れた。
来た道を戻り、衛兵に市中のお土産と言って、先ほどの食堂でもらったミートパイを手渡す。
「ずっと立ってると、まだまだ夜は寒いわね。まだ、温かいから良かったら食べて 」
門を抜けて建物の周りをぐるりと回る。昼に一度確認したが、先ほどの城戸へ続く場所をもう一度確認し直した。建物周りを警護する衛兵と出会う。
「ご苦労さま。ミートパイ買ってきたから詰め所に置いとくわ。後で休憩の時に食べて 」
そう、声をかける。ありがてぇ~と喜ぶ二人に手を振って、建物入り口にある詰め所に行き、制服に着替えてフロレンティアの部屋へ向かう。
部屋の前で立っている護衛と交代して、扉を背に部屋の奥に耳を澄ました。まだ、部屋の中には侍女たちがいるようだ。
しばらくして、「それでは、おやすみなさいませ」と侍女たちが出て、隣の部屋へと入って行く。今日見た宝石の話などをしながら、侍女たちが寝衣に着替えている様子がうかがえる。
侍女は寝衣に着替えたら、余程のことが無い限り廊下へは出ては来ない。そこからさらに時間を待つ。隣の部屋での動きが感じられなくなってから半時、フロレンティアの部屋の扉を小さくコツンと叩く。静かに中から扉が開きレオノーラはそこに体を滑り込ませた。
「急ぎましょう 」
囁くように声をかけると、フロレンティアは、すでに街の娘が着るシャツとスカートに着替えていた。部屋の明かりを落とし、ベッドサイドのわずかなランプだけで準備を整える。髪染め粉で髪を黒く染め、黒いマントを羽織る。レオノーラも黒いマントを身につけた。外を見回る衛兵が窓に続くテラスの横を通り過ぎたのを確認した後、そっと扉を開け外に滑り出る。
「足下が暗くて見えづらいので、気をつけて 」
隣の部屋の侍女たちに気取られぬように、扉を静かに閉め、フロレンティアの手を取り、手すりを超える手助けをする。庭を横切り、城戸のある茂みまで小走りで進む。その間ずっとフロレンティアの手を握っていた。
外壁に被さるように垂れ下がる枝を除け、城戸へと向かう。石壁を這う蔓をむしりとり、城戸を押し開け、先にフロレンティアを通してから、自分も城戸を抜けた。
「さぁ、こちらへ 」
再び、フロレンティアの手を取り、暗い小道を進む。小道の出口に当たるところにマントを羽織った誰かが立っていた。顔を伏せながら近寄って、確認する。フロレンティアが声を発した。
「サイモン‥‥」
「お嬢さん、お久しぶりですね。元気でしたか?」
サイモン=アナンがいつもの飄々とした雰囲気で微かに笑顔を向けた。
「フロレンティア様。私はここまでです。この先はアナン先生と共にお行きください。アナン先生、必要なものは港でオレインから受け取っていただけましたか?」
「えぇ、大丈夫。ちゃんと全て受け取って確認しました。商船への乗り込みは早朝ですが、今日の夜のうちに渡船に乗せてくれるようです 」
レオノーラは、昨日、領主館で歓迎の宴が催されている間にオレインと会い、全ての事情を話した上で協力を得た。発覚を防ぐためにギリギリまで4人以外の誰にもこのことは漏らさないようにしてきたが、出国のリスクを最小限にするためにはこの協力は不可欠だった。オレインが必ず協力してくれるという確信もあった。
「フロレンティア様、お行きください。どうか、お元気で。あなたの幸せを心から祈っています。きっといつか再びお会いできますよ 」
そう言って、フロレンティアを抱きしめた。フロレンティアは潤んだ瞳で、レオノーラを見つめた後、頬にそっとキスをして、
「レオ様もどうかお元気で。そしてお幸せになって 」
涙をこぼさぬように我慢するかのような笑顔を浮かべた。そして、サイモンに導かれて市中に向かって去って行った。レオノーラはその姿をしばらく見つめた後、踵を返して別邸に戻った。
・・・・・・
「フロレンティア様! フロレンティア様! 大変ですわ、お嬢様さまが寝所においでにならない!」
翌朝、侍女がフロレンティアのためにお湯を持って部屋に入っていった。レオノーラが交代の護衛と部屋の外で話をしていると、侍女が部屋から飛び出てきて叫んだ。慌てて詰め所にいる護衛も呼びつけ、衛兵を総動員して邸内を探す。
「昨夜の護衛中に異変を感じることは無かったのですが。テラスに続く扉の鍵が開いていますね。もしかしたら、眠れずに庭を散歩されているのかも、衛兵はもう一度庭を、我々護衛と侍女の方々は邸内を捜索しましょう 」
その後、邸内と近辺を捜索したが、フロレンティアが見つからないため、領主館へ連絡し、さらに捜索の動員を要請した。もしかしたら、ホールセンへの訪問が楽しくて、お一人で市中へ散策に出られたかもしれない、ということを想定として口にした。
領主館の警備兵と連携を取るため、別邸のある丘から馬を走らせながら、港の方を見ると、昨夜、沖に泊まっていた商船が、船尾をこちらに向けて遠く去っていく様子が見えた。
『無事に乗れただろうか』
そう思いを馳せながら、フロレンティアの前途を祈った。
終日かけて市中を探したが、フロレンティアは見つからず、別邸に戻ることもなかったので、
「宮廷へ向けて、フロレンティア様が行方不明であると早馬を出してください 」
と指示を出した。別邸内では侍女たちが悲嘆に暮れ、衛兵や護衛たちはどうしてこんなことに、と愕然としていた。レオノーラは『皇宮での仕事をクビになったら劇団で働くのもいいな』と自分の演技力にちょっと笑った。
皇宮に早馬が着くのと同じくして、フロレンティアの父であるグレゴール宰相、そして婚約者であるアビエルに向けてフロレンティアからの手紙が届いた。その手紙には、『どうしてもこの結婚をすることは耐え難く辛い。故にこの国を去り別の場所で生きていこうと決心した。どうか探さないで欲しい』と書いてあった。この手紙にバスケス公爵グレゴールは烈火の如く怒り狂った。
「あの娘が、自分でこのようなことを画策できるはずがない!絶対に手引きをした者がいるはずだ。従者を取り調べ、娘の周りで不穏な動きをしていた者がいないか早急に調べよ!足取りを辿り必ずや娘を見つけ出せ!」
この声に、従者たちの取り調べと同時にフロレンティアの足跡を辿る捜索が行われた。フロレンティア失踪から二日後には、帝都から国軍の調査班を率いたアビエルが到着し捜査の指揮を取った。
「殿下、このようなことになり誠に申し訳ございません。失踪前夜の護衛担当は私でした。フロレンティア様の異変に全く気づかず‥‥この失態の全責任は私にあります 」
到着したアビエルの足下にひれ伏し、謝罪をした。
「‥‥護衛として職務怠慢だな。帝都に戻り次第、その責任について議論しよう。しかし、まずはフロレンティアの動向だ。か弱い令嬢のこと、今頃どうしているか実に心配だ。辛い思いをしていないといいのだが 」
心配そうにため息をつきながら話すアビエルのその言葉を聞いて、周りの侍女たちが泣き崩れる。
調査班は実に優秀で、その日のうちに別邸からフロレンティアが城戸を使い外へ出たこと、城戸付近の足跡から、同行者がいたことを突き止めた。同行者の足跡はかなり大きいことから男性であると確定され、侍女たちからは密かに『駆け落ちでは』という声も上がった。
その後数日かけてホールセン領内を捜索したところ、陸路を使って国外に出た形跡がなかったため、おそらく船を使ったであろう、と判断された。しかし、入出国の警備班からは、港付近でフロレンティアの様相に似た娘を見たという報告は一向に上がらなかった。
これ以上の捜査は進展が見られないとなり、ホールセン領主に後を託し、レオノーラ一行は、皇太子と共に帝都へ帰還することになった。
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