24 / 161
Ⅰ
24:一つになる想い
しおりを挟む
頬を撫でる指の感覚に、うっすらと目を開けると、アビエルが肘をついてレオノーラの頬に触れていた。
「眠ってないの?」
思ったよりも掠れた声が出た。
「眠ってしまったら、これが夢になってしまいそうで怖いんだ。これも、いつもの夢かもしれない。だから、できるだけ長く見ていたいと思って 」
アビエルは溶けそうな微笑みを浮かべ、レオノーラを見つめている。
「まだ朝まで時間があるから、もう少し眠ったほうがいい 」
「そんな顔で見られたら、眠れなくなってしまいました。アビエル様も、少しはお休みください 」
「‥‥‘様’は要らないよ。最中は名前を呼んでくれただろう?」
レオノーラの白い肌がパッと赤みを帯びた。
「あ、なんでそんなことを‥‥。アビエル様は本当に意地悪ですね 」
アビエルは愛おしそうに見つめ続けている。
「無理ですよ。うっかり外で呼んでしまったら大問題です。そんな器用にできませんから 」
「別に言い換えなくていい。ずっと名前で呼んでくれれば、それでいい 」
そう言いながら、アビエルは体を寄せてのしかかってきた。
「そんな問題じゃなくて、あの、ちょっと待って、アビエル様、あ‥‥」
「呼んで 」
アビエルは両腕を頭の上にまとめ、体で押さえつけた。太ももを膝で割り、首筋から胸にかけて細かく口づけを落とす。レオノーラは、片手で乳房を弄られながら、息も絶え絶えにあえいだ。
「なんでそんな意地悪を‥‥。あ、アビエル様、やめ‥‥」
そう言った瞬間、アビエルがレオノーラの胸の頂を口に含んだ。
「んん‥‥」
レオノーラは震えながら呻きを抑えようと、下唇を噛んだ。
「呼んで 」
アビエルは顔をあげ、レオノーラの噛んでいる唇をほぐすように口づけをした。
「は‥‥アビエル‥‥」
まるで吐息のような声でそう呟くと、アビエルはそれに応えるように、全力でレオノーラを愛し始めた。
次に目を覚ました時には、外はすっかり明るくなっていた。
二人はまるで繭に包まれているかのように、丸くなって抱き合いながら眠っていた。アビエルの金色の髪はくしゃくしゃで、まるで赤ん坊のようだ。
レオノーラは彼の逞しい胸に顔を埋め、その匂いを深く吸い込む。乾いた汗と温かな肌の香りが混ざり合い、まるで陽だまりの窓辺のような心地よい匂いがした。思わず口元に笑みが浮かぶ。胸の奥から幸せが溢れ出して止まらない。胸に鼻を押し付けて匂いを嗅いでいると、
「レオニー、くすぐったいんだが」
と、アビエルが目を閉じたまま口角を上げてレオノーラを抱きしめた。レオノーラは鼻を胸にこすりつけながら、くぐもった声で答えた。
「お日様の匂いがするなって思って」
「汗臭くないか?」
「全然臭くないわ。むしろいい匂い。大好きよ」
アビエルは、レオノーラの肩にかかった髪を優しく撫でながら大きなため息をついた。
「今の言葉で胸が詰まって、死ぬかと思った」
彼はレオノーラの顔を見つめながら、そっと唇を寄せる。そして、今度はお返しとばかりにレオノーラの胸の間に顔を埋め、鼻をクンクンと動かす。ふわふわの髪がレオノーラの顎をくすぐるように掠めるのが愛おしくて、彼の頭を胸に抱き寄せながら髪を梳いた。
「そうだな、このまま死んでもいいかもしれない」
アビエルが胸に鼻を擦り付けながら、レオノーラのお腹の辺りを撫でて物騒なことを言う。レオノーラは彼の頭を撫でながら、つむじに軽く口づけを落とした。
「死にたくなったら、まずは一緒に逃げましょう。世界中を駆け巡れば、そのうち誰も追いかけてこなくなるかも」
レオノーラはクスクスと笑い、彼のふわふわの髪をちょっとかじってみた。
「でも、私はあなたを一生かけて守るって誓ってるから、死んだら困るわ」
アビエルは体を起こし、レオノーラの顔を覗き込んで愛おしそうに見つめた。
「じゃあ、私も生涯をかけてレオニーを守ると誓おう。お互いを守り合えば、最強のチームだろ?」
彼はレオノーラの手の甲に優しく口づけをした。その瞬間、二人のお腹が同時にグゥ~と鳴った。あまりのタイミングの良さに、二人とも吹き出してしまった。
「朝ごはんはもう残っていないかもしれないが、食堂に行けば何かあるだろう。行こうか」
アビエルはベッドから降りてシャツを拾い上げた。レオノーラは昨日のドレスしかなかったので、それを手に取り仕方なく身に着ける。
「さすがに部屋に戻って着替えないと。でも、本当にこのドレス、いつから用意していたの?こんなに豪奢なものをすぐに用意できるなんて思えないんだけど」
そう問いかけると、アビエルはニヤリと笑って答えた。
「ちょうど一年前、帝都に戻った時に注文しておいたんだ。レオニーのサイズは甲冑を作るときに測ったし、素材も自分で選んだんだよ。素晴らしい出来だろ?」
リボンベルトをうまく結べずにモタモタしていると、アビエルが背後に回って、レオノーラの髪をかき上げてリボンを結んでくれた。
「昨日、広間に入ってきた姿を見て、あまりの美しさに声を失ったよ。ずっとこの姿が見たくてたまらなかったのに、想像以上に美しくて、誰にも見せたくないと思ってしまった」
彼はレオノーラを後ろから抱きしめ、耳元で囁いた。
「‥‥後悔はしていないけど、昨日のことは少し性急すぎたと反省している。他の男たちと踊っている姿を見て、どうしようもなくなってしまったんだ。いろいろ無理をさせた。すまなかった」
彼が首筋に口づけを落とすと、レオノーラは横を向いて彼の頬に軽くキスをした。
「大丈夫。私はか弱い令嬢じゃないから、このくらいで立てなくなったりしないわ。それに、私が望んだの。あなたと一つになりたくてたまらなかったから」
その言葉を聞いて、アビエルはレオノーラを振り向かせ、深くキスをした。彼の手が、せっかく着たドレスの腰のあたりを撫で始める。
「着替えしなきゃ‥‥」
掠れた声でレオノーラが抵抗すると、彼はささやいた。
「いいよ、もう。何も着なくても」
アビエルが結んだばかりのベルトを解こうとした瞬間、レオノーラのお腹が再び大きな音を立てた。二人は一瞬動きを止めて、そして笑い出した。
「まずは、お腹の虫をしつけてからだな」
そう言って部屋の扉から廊下を伺い、誰もいないのを確認してからそそくさとレオノーラの部屋を目指した。
・・・・・・
その日から学院を離れるまでの間、二人は誰よりも幸せで、誰の目にも幸せそうに見えた。交流会の翌日、食堂に何か食べ物がないかと探しに行ったとき、ルートリヒトに出会った。「おはよう」と声をかけた瞬間、彼は目を細めて「へぇ~」という顔をした。
「アビエル、君は表情を隠すのがとても上手いけど、今はどうしようもなく色気が漏れて、何も隠せていないから 」
そう言って、ルートリヒトはクククと笑いながらアビエルの肩をポンポンと叩いた。アビエルはほんのり耳を赤くし、片眉を上げて黙っていた。
「僕は、来週の半ばにはこちらを立つ予定だ。離れる前に、幸せそうな君が見られてとても嬉しいよ 」
そう告げると、彼はレオノーラの方を向いて、口元を弓なりにしてニヤッと笑った。
「レオも同じくらい幸せそうだね。色々あるのは分かってるけど、今は良かったねって言っておくよ 」
「そうか、来週か。寂しくなるな。帝都に来たら必ず声をかけてくれ 」
アビエルがそう言うと、ルートリヒトは「当たり前だよ。皇太子の友人なんて最強カードを使わないわけがない」と冗談めかして答えた。
少しずつ皆が去っていく。レオノーラたちも出立の予定を、交流会から二週間後と決めていた。
コルネリアとルイーズが立つとき、二人は滂沱の涙を流して別れを惜しんだ。
「レオ様、この学校でレオ様に会えて本当に良かったです。どうか、これを受け取っていただけますか?」
コルネリアはライオンの刺繍が入ったハンカチをレオノーラに手渡した。
「どうか、これを見て私を思い出してくださいね 」
そして、去っていく馬車から身を乗り出すようにして、いつまでもいつまでも手を振っていた。
デイジーが立つとき、アルフレッドは離れがたそうにギュッ彼女を抱きしめていた。
「必ず毎冬、毎夏、帝都の別邸へ行くわ。アルも機会があればホールセンを訪れてね。約束よ。手紙を書くわ。絶対返事頂戴ね 」
一生懸命に言葉を紡ぐデイジーに対して、アルフレッドは立ち尽くしたまま、少しでも声を発したら耐えられなくなるかのように、ただ頷くだけだった。そして、デイジーの馬車が見えなくなっても、ずっとその先の木立を見つめ続けていた。
レオノーラとアビエルは、二人に許された時間を少しでも大事にしようと、ずっと一緒に過ごし、夜は睦み合った。誰から見ても多くの問題を抱える二人だったが、周りの誰もそれを非難したり、否定したりしなかった。
・・・・・
「みんな帰ってしまって、すっかり寂しくなったわね 」
人気のなくなった浴場で、ルグレンと二人、浴槽の淵に腰掛ける。三年生たちが去り、夏休みで他の学年も少なくなっているため、浴場は閑散としていた。
「ルグレン、明後日には立つのね。寂しくなるわ。ホールセンには護衛として行くことがあるかもしれないけど、辺境領は遠すぎるね 」
カトリーヌとオレインは、二日前に旅立っていった。外交に出る主君に付き添ってホールセンの港に来ることがあれば、必ず会おうと約束した。
「そうね。私も帝都に行くことはほとんどないかもしれない。でも、何かあれば必ず手紙を書くわ 」
「私も手紙を書くわ。結婚するときは絶対に連絡してね。帝都から贈り物を送るから。本当はお祝いに駆けつけたいけれど、働き始めたら難しいでしょうし 」
浴場の天井から、ぴちゃん、ぴちゃんと雫が落ちる音が静かに響く。
「ねぇ、レオ。あなたは今、すごく幸せそう。アビエルもよ。彼はずっと何かを耐え忍ぶ修行僧みたいだったから。あんなに華やかな見た目でしかも皇太子なのにね 」
ルグレンはふふふと笑い、少しためらいながら続けた。
「もし、もしレオがもう帝都で仕事ができないとか、帝都にいられなくなるような事情ができたら、私を頼って。辺境領は、人が隠れ住むには最適だから 」
この学院で出会って親しくなった人たちは、皆、身分に関わらず自分に優しかった。学院に来て多くの学びを得たことが何よりの幸運だと思ったが、本当の宝は、たくさんの人との出会いだと気づく。
「ありがとう、ルグレン。その時は、何か素敵な新しい名前を私につけてね 」
涙目になりながら冗談めかして言うと、ルグレンの肩に自分の肩をつけて寄り添った。鼻をすすり始めたルグレンにつられ、レオノーラもせっかく堪えた涙がこぼれてしまい、結局二人は裸で抱き合って号泣した
「眠ってないの?」
思ったよりも掠れた声が出た。
「眠ってしまったら、これが夢になってしまいそうで怖いんだ。これも、いつもの夢かもしれない。だから、できるだけ長く見ていたいと思って 」
アビエルは溶けそうな微笑みを浮かべ、レオノーラを見つめている。
「まだ朝まで時間があるから、もう少し眠ったほうがいい 」
「そんな顔で見られたら、眠れなくなってしまいました。アビエル様も、少しはお休みください 」
「‥‥‘様’は要らないよ。最中は名前を呼んでくれただろう?」
レオノーラの白い肌がパッと赤みを帯びた。
「あ、なんでそんなことを‥‥。アビエル様は本当に意地悪ですね 」
アビエルは愛おしそうに見つめ続けている。
「無理ですよ。うっかり外で呼んでしまったら大問題です。そんな器用にできませんから 」
「別に言い換えなくていい。ずっと名前で呼んでくれれば、それでいい 」
そう言いながら、アビエルは体を寄せてのしかかってきた。
「そんな問題じゃなくて、あの、ちょっと待って、アビエル様、あ‥‥」
「呼んで 」
アビエルは両腕を頭の上にまとめ、体で押さえつけた。太ももを膝で割り、首筋から胸にかけて細かく口づけを落とす。レオノーラは、片手で乳房を弄られながら、息も絶え絶えにあえいだ。
「なんでそんな意地悪を‥‥。あ、アビエル様、やめ‥‥」
そう言った瞬間、アビエルがレオノーラの胸の頂を口に含んだ。
「んん‥‥」
レオノーラは震えながら呻きを抑えようと、下唇を噛んだ。
「呼んで 」
アビエルは顔をあげ、レオノーラの噛んでいる唇をほぐすように口づけをした。
「は‥‥アビエル‥‥」
まるで吐息のような声でそう呟くと、アビエルはそれに応えるように、全力でレオノーラを愛し始めた。
次に目を覚ました時には、外はすっかり明るくなっていた。
二人はまるで繭に包まれているかのように、丸くなって抱き合いながら眠っていた。アビエルの金色の髪はくしゃくしゃで、まるで赤ん坊のようだ。
レオノーラは彼の逞しい胸に顔を埋め、その匂いを深く吸い込む。乾いた汗と温かな肌の香りが混ざり合い、まるで陽だまりの窓辺のような心地よい匂いがした。思わず口元に笑みが浮かぶ。胸の奥から幸せが溢れ出して止まらない。胸に鼻を押し付けて匂いを嗅いでいると、
「レオニー、くすぐったいんだが」
と、アビエルが目を閉じたまま口角を上げてレオノーラを抱きしめた。レオノーラは鼻を胸にこすりつけながら、くぐもった声で答えた。
「お日様の匂いがするなって思って」
「汗臭くないか?」
「全然臭くないわ。むしろいい匂い。大好きよ」
アビエルは、レオノーラの肩にかかった髪を優しく撫でながら大きなため息をついた。
「今の言葉で胸が詰まって、死ぬかと思った」
彼はレオノーラの顔を見つめながら、そっと唇を寄せる。そして、今度はお返しとばかりにレオノーラの胸の間に顔を埋め、鼻をクンクンと動かす。ふわふわの髪がレオノーラの顎をくすぐるように掠めるのが愛おしくて、彼の頭を胸に抱き寄せながら髪を梳いた。
「そうだな、このまま死んでもいいかもしれない」
アビエルが胸に鼻を擦り付けながら、レオノーラのお腹の辺りを撫でて物騒なことを言う。レオノーラは彼の頭を撫でながら、つむじに軽く口づけを落とした。
「死にたくなったら、まずは一緒に逃げましょう。世界中を駆け巡れば、そのうち誰も追いかけてこなくなるかも」
レオノーラはクスクスと笑い、彼のふわふわの髪をちょっとかじってみた。
「でも、私はあなたを一生かけて守るって誓ってるから、死んだら困るわ」
アビエルは体を起こし、レオノーラの顔を覗き込んで愛おしそうに見つめた。
「じゃあ、私も生涯をかけてレオニーを守ると誓おう。お互いを守り合えば、最強のチームだろ?」
彼はレオノーラの手の甲に優しく口づけをした。その瞬間、二人のお腹が同時にグゥ~と鳴った。あまりのタイミングの良さに、二人とも吹き出してしまった。
「朝ごはんはもう残っていないかもしれないが、食堂に行けば何かあるだろう。行こうか」
アビエルはベッドから降りてシャツを拾い上げた。レオノーラは昨日のドレスしかなかったので、それを手に取り仕方なく身に着ける。
「さすがに部屋に戻って着替えないと。でも、本当にこのドレス、いつから用意していたの?こんなに豪奢なものをすぐに用意できるなんて思えないんだけど」
そう問いかけると、アビエルはニヤリと笑って答えた。
「ちょうど一年前、帝都に戻った時に注文しておいたんだ。レオニーのサイズは甲冑を作るときに測ったし、素材も自分で選んだんだよ。素晴らしい出来だろ?」
リボンベルトをうまく結べずにモタモタしていると、アビエルが背後に回って、レオノーラの髪をかき上げてリボンを結んでくれた。
「昨日、広間に入ってきた姿を見て、あまりの美しさに声を失ったよ。ずっとこの姿が見たくてたまらなかったのに、想像以上に美しくて、誰にも見せたくないと思ってしまった」
彼はレオノーラを後ろから抱きしめ、耳元で囁いた。
「‥‥後悔はしていないけど、昨日のことは少し性急すぎたと反省している。他の男たちと踊っている姿を見て、どうしようもなくなってしまったんだ。いろいろ無理をさせた。すまなかった」
彼が首筋に口づけを落とすと、レオノーラは横を向いて彼の頬に軽くキスをした。
「大丈夫。私はか弱い令嬢じゃないから、このくらいで立てなくなったりしないわ。それに、私が望んだの。あなたと一つになりたくてたまらなかったから」
その言葉を聞いて、アビエルはレオノーラを振り向かせ、深くキスをした。彼の手が、せっかく着たドレスの腰のあたりを撫で始める。
「着替えしなきゃ‥‥」
掠れた声でレオノーラが抵抗すると、彼はささやいた。
「いいよ、もう。何も着なくても」
アビエルが結んだばかりのベルトを解こうとした瞬間、レオノーラのお腹が再び大きな音を立てた。二人は一瞬動きを止めて、そして笑い出した。
「まずは、お腹の虫をしつけてからだな」
そう言って部屋の扉から廊下を伺い、誰もいないのを確認してからそそくさとレオノーラの部屋を目指した。
・・・・・・
その日から学院を離れるまでの間、二人は誰よりも幸せで、誰の目にも幸せそうに見えた。交流会の翌日、食堂に何か食べ物がないかと探しに行ったとき、ルートリヒトに出会った。「おはよう」と声をかけた瞬間、彼は目を細めて「へぇ~」という顔をした。
「アビエル、君は表情を隠すのがとても上手いけど、今はどうしようもなく色気が漏れて、何も隠せていないから 」
そう言って、ルートリヒトはクククと笑いながらアビエルの肩をポンポンと叩いた。アビエルはほんのり耳を赤くし、片眉を上げて黙っていた。
「僕は、来週の半ばにはこちらを立つ予定だ。離れる前に、幸せそうな君が見られてとても嬉しいよ 」
そう告げると、彼はレオノーラの方を向いて、口元を弓なりにしてニヤッと笑った。
「レオも同じくらい幸せそうだね。色々あるのは分かってるけど、今は良かったねって言っておくよ 」
「そうか、来週か。寂しくなるな。帝都に来たら必ず声をかけてくれ 」
アビエルがそう言うと、ルートリヒトは「当たり前だよ。皇太子の友人なんて最強カードを使わないわけがない」と冗談めかして答えた。
少しずつ皆が去っていく。レオノーラたちも出立の予定を、交流会から二週間後と決めていた。
コルネリアとルイーズが立つとき、二人は滂沱の涙を流して別れを惜しんだ。
「レオ様、この学校でレオ様に会えて本当に良かったです。どうか、これを受け取っていただけますか?」
コルネリアはライオンの刺繍が入ったハンカチをレオノーラに手渡した。
「どうか、これを見て私を思い出してくださいね 」
そして、去っていく馬車から身を乗り出すようにして、いつまでもいつまでも手を振っていた。
デイジーが立つとき、アルフレッドは離れがたそうにギュッ彼女を抱きしめていた。
「必ず毎冬、毎夏、帝都の別邸へ行くわ。アルも機会があればホールセンを訪れてね。約束よ。手紙を書くわ。絶対返事頂戴ね 」
一生懸命に言葉を紡ぐデイジーに対して、アルフレッドは立ち尽くしたまま、少しでも声を発したら耐えられなくなるかのように、ただ頷くだけだった。そして、デイジーの馬車が見えなくなっても、ずっとその先の木立を見つめ続けていた。
レオノーラとアビエルは、二人に許された時間を少しでも大事にしようと、ずっと一緒に過ごし、夜は睦み合った。誰から見ても多くの問題を抱える二人だったが、周りの誰もそれを非難したり、否定したりしなかった。
・・・・・
「みんな帰ってしまって、すっかり寂しくなったわね 」
人気のなくなった浴場で、ルグレンと二人、浴槽の淵に腰掛ける。三年生たちが去り、夏休みで他の学年も少なくなっているため、浴場は閑散としていた。
「ルグレン、明後日には立つのね。寂しくなるわ。ホールセンには護衛として行くことがあるかもしれないけど、辺境領は遠すぎるね 」
カトリーヌとオレインは、二日前に旅立っていった。外交に出る主君に付き添ってホールセンの港に来ることがあれば、必ず会おうと約束した。
「そうね。私も帝都に行くことはほとんどないかもしれない。でも、何かあれば必ず手紙を書くわ 」
「私も手紙を書くわ。結婚するときは絶対に連絡してね。帝都から贈り物を送るから。本当はお祝いに駆けつけたいけれど、働き始めたら難しいでしょうし 」
浴場の天井から、ぴちゃん、ぴちゃんと雫が落ちる音が静かに響く。
「ねぇ、レオ。あなたは今、すごく幸せそう。アビエルもよ。彼はずっと何かを耐え忍ぶ修行僧みたいだったから。あんなに華やかな見た目でしかも皇太子なのにね 」
ルグレンはふふふと笑い、少しためらいながら続けた。
「もし、もしレオがもう帝都で仕事ができないとか、帝都にいられなくなるような事情ができたら、私を頼って。辺境領は、人が隠れ住むには最適だから 」
この学院で出会って親しくなった人たちは、皆、身分に関わらず自分に優しかった。学院に来て多くの学びを得たことが何よりの幸運だと思ったが、本当の宝は、たくさんの人との出会いだと気づく。
「ありがとう、ルグレン。その時は、何か素敵な新しい名前を私につけてね 」
涙目になりながら冗談めかして言うと、ルグレンの肩に自分の肩をつけて寄り添った。鼻をすすり始めたルグレンにつられ、レオノーラもせっかく堪えた涙がこぼれてしまい、結局二人は裸で抱き合って号泣した
10
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
【R18】貧しいメイドは、身も心も天才教授に支配される
さんかく ひかる
恋愛
王立大学のメイド、レナは、毎晩、天才教授、アーキス・トレボーの教授室に、コーヒーを届ける。
そして毎晩、教授からレッスンを受けるのであった……誰にも知られてはいけないレッスンを。
神の教えに背く、禁断のレッスンを。
R18です。長編『僕は彼女としたいだけ』のヒロインが書いた異世界恋愛小説を抜き出しました。
独立しているので、この話だけでも楽しめます。
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる