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24:一つになる想い

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 頬を撫でる指の感覚に、うっすらと目を開けると、アビエルが肘をついてレオノーラの頬に触れていた。

「眠ってないの?」

 思ったよりもかすれた声が出た。

「眠ってしまったら、これが夢になってしまいそうで怖いんだ。これも、いつもの夢かもしれない。だから、できるだけ長く見ていたいと思って 」

 アビエルはけそうな微笑みを浮かべ、レオノーラを見つめている。

「まだ朝まで時間があるから、もう少し眠ったほうがいい 」

「そんな顔で見られたら、眠れなくなってしまいました。アビエル様も、少しはお休みください 」

「‥‥‘様’は要らないよ。最中は名前を呼んでくれただろう?」

 レオノーラの白い肌がパッと赤みを帯びた。

「あ、なんでそんなことを‥‥。アビエル様は本当に意地悪ですね 」

 アビエルは愛おしそうに見つめ続けている。

「無理ですよ。うっかり外で呼んでしまったら大問題です。そんな器用にできませんから 」

「別に言い換えなくていい。ずっと名前で呼んでくれれば、それでいい 」

 そう言いながら、アビエルは体を寄せてのしかかってきた。

「そんな問題じゃなくて、あの、ちょっと待って、アビエル様、あ‥‥」

「呼んで 」

 アビエルは両腕を頭の上にまとめ、体で押さえつけた。太ももを膝で割り、首筋から胸にかけて細かく口づけを落とす。レオノーラは、片手で乳房をいじられながら、息も絶え絶えにあえいだ。

「なんでそんな意地悪を‥‥。あ、アビエル様、やめ‥‥」

 そう言った瞬間、アビエルがレオノーラの胸の頂を口に含んだ。

「んん‥‥」

 レオノーラは震えながらうめきを抑えようと、下唇を噛んだ。

「呼んで 」

 アビエルは顔をあげ、レオノーラの噛んでいる唇をほぐすように口づけをした。

「は‥‥アビエル‥‥」

 まるで吐息のような声でそうつぶくと、アビエルはそれに応えるように、全力でレオノーラを愛し始めた。



 次に目を覚ました時には、外はすっかり明るくなっていた。

 二人はまるで繭に包まれているかのように、丸くなって抱き合いながら眠っていた。アビエルの金色の髪はくしゃくしゃで、まるで赤ん坊のようだ。

 レオノーラは彼のたくましい胸に顔を埋め、その匂いを深く吸い込む。乾いた汗と温かな肌の香りが混ざり合い、まるで陽だまりの窓辺のような心地よい匂いがした。思わず口元に笑みが浮かぶ。胸の奥から幸せが溢れ出して止まらない。胸に鼻を押し付けて匂いを嗅いでいると、

「レオニー、くすぐったいんだが」

 と、アビエルが目を閉じたまま口角を上げてレオノーラを抱きしめた。レオノーラは鼻を胸にこすりつけながら、くぐもった声で答えた。

「お日様の匂いがするなって思って」

「汗臭くないか?」

「全然臭くないわ。むしろいい匂い。大好きよ」

 アビエルは、レオノーラの肩にかかった髪を優しく撫でながら大きなため息をついた。

「今の言葉で胸がまって、死ぬかと思った」

 彼はレオノーラの顔を見つめながら、そっと唇を寄せる。そして、今度はお返しとばかりにレオノーラの胸の間に顔を埋め、鼻をクンクンと動かす。ふわふわの髪がレオノーラの顎をくすぐるように掠めるのが愛おしくて、彼の頭を胸に抱き寄せながら髪をいた。

「そうだな、このまま死んでもいいかもしれない」

 アビエルが胸に鼻をこすり付けながら、レオノーラのお腹の辺りを撫でて物騒なことを言う。レオノーラは彼の頭を撫でながら、つむじに軽く口づけを落とした。

「死にたくなったら、まずは一緒に逃げましょう。世界中を駆け巡れば、そのうち誰も追いかけてこなくなるかも」

 レオノーラはクスクスと笑い、彼のふわふわの髪をちょっとかじってみた。

「でも、私はあなたを一生かけて守るって誓ってるから、死んだら困るわ」

 アビエルは体を起こし、レオノーラの顔を覗き込んで愛おしそうに見つめた。

「じゃあ、私も生涯をかけてレオニーを守ると誓おう。お互いを守り合えば、最強のチームだろ?」

 彼はレオノーラの手の甲に優しく口づけをした。その瞬間、二人のお腹が同時にグゥ~と鳴った。あまりのタイミングの良さに、二人とも吹き出してしまった。

「朝ごはんはもう残っていないかもしれないが、食堂に行けば何かあるだろう。行こうか」

 アビエルはベッドから降りてシャツを拾い上げた。レオノーラは昨日のドレスしかなかったので、それを手に取り仕方なく身に着ける。

「さすがに部屋に戻って着替えないと。でも、本当にこのドレス、いつから用意していたの?こんなに豪奢なものをすぐに用意できるなんて思えないんだけど」

 そう問いかけると、アビエルはニヤリと笑って答えた。

「ちょうど一年前、帝都に戻った時に注文しておいたんだ。レオニーのサイズは甲冑を作るときに測ったし、素材も自分で選んだんだよ。素晴らしい出来だろ?」

 リボンベルトをうまく結べずにモタモタしていると、アビエルが背後に回って、レオノーラの髪をかき上げてリボンを結んでくれた。

「昨日、広間に入ってきた姿を見て、あまりの美しさに声を失ったよ。ずっとこの姿が見たくてたまらなかったのに、想像以上に美しくて、誰にも見せたくないと思ってしまった」

 彼はレオノーラを後ろから抱きしめ、耳元でささやいた。

「‥‥後悔はしていないけど、昨日のことは少し性急すぎたと反省している。他の男たちと踊っている姿を見て、どうしようもなくなってしまったんだ。いろいろ無理をさせた。すまなかった」

 彼が首筋に口づけを落とすと、レオノーラは横を向いて彼の頬に軽くキスをした。

「大丈夫。私はか弱い令嬢じゃないから、このくらいで立てなくなったりしないわ。それに、私が望んだの。あなたと一つになりたくてたまらなかったから」

 その言葉を聞いて、アビエルはレオノーラを振り向かせ、深くキスをした。彼の手が、せっかく着たドレスの腰のあたりを撫で始める。

「着替えしなきゃ‥‥」

 かすれた声でレオノーラが抵抗すると、彼はささやいた。

「いいよ、もう。何も着なくても」

 アビエルが結んだばかりのベルトを解こうとした瞬間、レオノーラのお腹が再び大きな音を立てた。二人は一瞬動きを止めて、そして笑い出した。

「まずは、お腹の虫をしつけてからだな」

 そう言って部屋の扉から廊下を伺い、誰もいないのを確認してからそそくさとレオノーラの部屋を目指した。

 ・・・・・・

 その日から学院を離れるまでの間、二人は誰よりも幸せで、誰の目にも幸せそうに見えた。交流会の翌日、食堂に何か食べ物がないかと探しに行ったとき、ルートリヒトに出会った。「おはよう」と声をかけた瞬間、彼は目を細めて「へぇ~」という顔をした。

「アビエル、君は表情を隠すのがとても上手いけど、今はどうしようもなく色気がれて、何も隠せていないから 」

 そう言って、ルートリヒトはクククと笑いながらアビエルの肩をポンポンと叩いた。アビエルはほんのり耳を赤くし、片眉を上げて黙っていた。

「僕は、来週の半ばにはこちらを立つ予定だ。離れる前に、幸せそうな君が見られてとても嬉しいよ 」

 そう告げると、彼はレオノーラの方を向いて、口元を弓なりにしてニヤッと笑った。

「レオも同じくらい幸せそうだね。色々あるのは分かってるけど、今は良かったねって言っておくよ 」

「そうか、来週か。寂しくなるな。帝都に来たら必ず声をかけてくれ 」

 アビエルがそう言うと、ルートリヒトは「当たり前だよ。皇太子の友人なんて最強カードを使わないわけがない」と冗談めかして答えた。


 少しずつ皆が去っていく。レオノーラたちも出立の予定を、交流会から二週間後と決めていた。


 コルネリアとルイーズが立つとき、二人は滂沱ぼうだの涙を流して別れを惜しんだ。

「レオ様、この学校でレオ様に会えて本当に良かったです。どうか、これを受け取っていただけますか?」

 コルネリアはライオンの刺繍が入ったハンカチをレオノーラに手渡した。

「どうか、これを見て私を思い出してくださいね 」

 そして、去っていく馬車から身を乗り出すようにして、いつまでもいつまでも手を振っていた。


 デイジーが立つとき、アルフレッドは離れがたそうにギュッ彼女を抱きしめていた。

「必ず毎冬、毎夏、帝都の別邸へ行くわ。アルも機会があればホールセンを訪れてね。約束よ。手紙を書くわ。絶対返事頂戴ね 」

 一生懸命に言葉を紡ぐデイジーに対して、アルフレッドは立ち尽くしたまま、少しでも声を発したら耐えられなくなるかのように、ただ頷くだけだった。そして、デイジーの馬車が見えなくなっても、ずっとその先の木立を見つめ続けていた。

 レオノーラとアビエルは、二人に許された時間を少しでも大事にしようと、ずっと一緒に過ごし、夜は睦み合った。誰から見ても多くの問題を抱える二人だったが、周りの誰もそれを非難したり、否定したりしなかった。

・・・・・

「みんな帰ってしまって、すっかり寂しくなったわね 」

 人気のなくなった浴場で、ルグレンと二人、浴槽の淵に腰掛ける。三年生たちが去り、夏休みで他の学年も少なくなっているため、浴場は閑散としていた。

「ルグレン、明後日には立つのね。寂しくなるわ。ホールセンには護衛として行くことがあるかもしれないけど、辺境領は遠すぎるね 」

 カトリーヌとオレインは、二日前に旅立っていった。外交に出る主君に付き添ってホールセンの港に来ることがあれば、必ず会おうと約束した。

「そうね。私も帝都に行くことはほとんどないかもしれない。でも、何かあれば必ず手紙を書くわ 」

「私も手紙を書くわ。結婚するときは絶対に連絡してね。帝都から贈り物を送るから。本当はお祝いに駆けつけたいけれど、働き始めたら難しいでしょうし 」

 浴場の天井から、ぴちゃん、ぴちゃんと雫が落ちる音が静かに響く。

「ねぇ、レオ。あなたは今、すごく幸せそう。アビエルもよ。彼はずっと何かを耐え忍ぶ修行僧みたいだったから。あんなに華やかな見た目でしかも皇太子なのにね 」

 ルグレンはふふふと笑い、少しためらいながら続けた。

「もし、もしレオがもう帝都で仕事ができないとか、帝都にいられなくなるような事情ができたら、私を頼って。辺境領は、人が隠れ住むには最適だから 」

 この学院で出会って親しくなった人たちは、皆、身分に関わらず自分に優しかった。学院に来て多くの学びを得たことが何よりの幸運だと思ったが、本当の宝は、たくさんの人との出会いだと気づく。

「ありがとう、ルグレン。その時は、何か素敵な新しい名前を私につけてね 」

 涙目になりながら冗談めかして言うと、ルグレンの肩に自分の肩をつけて寄り添った。鼻をすすり始めたルグレンにつられ、レオノーラもせっかくこらえた涙がこぼれてしまい、結局二人は裸で抱き合って号泣した
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