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Ⅰ
18:学院の日々9
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学院に新しい年が訪れた。
初々しい新入生たちは、どこで何をすればいいのか分からず、戸惑いながらウロウロしている。その姿はどこか微笑ましいものだ。
「何かお困りですか?」と声をかけると、学生たちは決まって講義室の場所を尋ね、そして必ずといっていいほどレオノーラの顔を見て、頬を赤らめる。最近では、女性だけでなく男性までもが顔を真っ赤にして拳で口元を隠すものだから、さすがのレオノーラも、人に声をかけるのを少し躊躇うようになってしまった。
フロレンティアの入学によって、愛憎劇が繰り広げられるのではないかと期待されていたが、結果はその予想を裏切った。
しばらくは、フロレンティア、アビエル、そしてレオノーラの三人が遠巻きに観察されていたが、フロレンティアが「レオ様!レオ様!」とレオノーラに付きまとい、周囲の人々の劇場型ドラマへの期待はあっけなく鎮火してしまった。
コルネリアたちは、「生意気だわ!私たちのレオ様になんて馴れ馴れしいの!」とフロレンティアに抗議するも、彼女の持つ帝都時代のレオノーラの情報と、学院でのレオノーラに関する情報を共有し合うことで、いつしかウィンウィンの関係が築かれた。互いに「お姉様方」「よき妹」と呼び合うようになり、フロレンティアは下級生たちのリーダーとして認められるまでに至った。アルフレッドの言う通り、フロレンティアは存外タフな性格のようだった。
吐く息が白くなり始めた頃、大広間で朝食を取っていると、窓際のテーブルでフロレンティアがマギーや同級生たちと笑いながら食事をしている姿が目に入った。
「あんなにレオ様、レオ様ってくっついていたのに、最近はあまり寄って来なくなったな 」
アビエルが頬杖をついてその様子を眺めながら呟く。
「いいお友達がたくさんできたようですよ。毎日やることがたくさんあって、お忙しそうです 」
レオノーラがそちらを見ながら穏やかに答える。
「まぁ、それでいいんだが、おまえは寂しくないか? あれだけベタベタされていたのに、急に冷たくなったとか思わないのか?」
「フロレンティア様が幸せそうにされているのを見ると、私も嬉しくなりますね。別に、寂しくはありませんよ 」
レオノーラは笑って答える。アビエルはしばらくレオノーラの顔を眺めた後、視線を逸らして「ふん、おまえは全く…」と小さく呟いた。
果実水を飲みながらルートリヒトがアビエルに聞いた。
「神聖祭の前に部隊連携の最終演習があるよね。あれ、連携計画書もう出した?」
「今頃何を言ってるんだ。あれは先月までだったろう?補給部隊の内容や看護訓練も含めて、初回提出後すでに修正案も出してあるぞ 」
アビエルが淡々と答える。それを聞いたルートリヒトは、眉間に皺を寄せる。
「僕とかガウェインとか、もう指揮官やらなくていいんじゃない?全部アビエルがやればいいと思うんだけど 」
「部隊が一つだと戦闘訓練の意味がないだろう。どこと対峙するんだ 」
はぁ?というように、アビエルが目を細めた。
ルートリヒトは机に顔を伏せて「うわーん、めんどくさい…」と嘆く。
「アビエルの部隊の軍隊長はアルなんだね。てっきりレオだと思ってたよ 」
ガウェインが優雅に食後のお茶を飲みながら言った。
「以前の雪中行軍で索敵をした時、アルよりレオニーの方が状況判断と場面把握に長けてると感じたんだ。だからレオニーには斥候をやってもらう。大きな部隊を動かすには、アルのように大雑把に人をまとめる方がうまくいく 」
アルフレッドは、褒められているのか貶されているのか判断がつかず、微妙な表情を浮かべた。
「しかし、どうして野外演習っていつも冬場なんだろうね。春のお花が咲く頃にやらせてくれたら、少しはマシだと思うのに 」
ルートリヒトがまだ愚痴をこぼしている。
「一番苦しい時期にやっておけば、後はどの季節でも楽だろうってことじゃないですか?」
レオノーラがそう言うと、「優等生め!」とルートリヒトは口を尖らせた。
そこへルグレンが寄ってきて、
「ルートリヒト、うちの部隊だけまだ部隊連携の計画書が出ていないから、補給物資の算出案が出せないよ。早くしてちょうだい 」
とさらにルートリヒトを追い込んでいた。
・・・・・・
雪が舞い落ちる前に、学院では部隊連携の演習が行われた。騎兵や歩兵、看護兵、後方支援部隊まで、まるで国軍の遠征を再現するかのように、人数こそ実戦の五分の一に過ぎないが、リアルさを追求していた。
学院の建物を背に、雪中行軍とは逆の湖へと続く山間部が舞台となった。各部隊の軍旗が風になびき、どこか祭りのような雰囲気が漂っていた。それを見て、レオノーラは皮肉な笑みを浮かべて、本当の戦場では、こんな気軽な気持ちではいられないわね、と心の中で呟いた。
彼女はクラークとともに馬を駆り、相手陣営を偵察する。
「ガウェインの陣営に動きがあるわ。二軍に分かれて進軍するつもりのようね。クラーク、伝令を頼むわ。」
クラークは迅速に本陣へと戻っていく。その背中を見送りながら、レオノーラはふと思った。やっていることは戦争の真似事だけれど、連携を取り策を考えるという練習は、戦争以外の社会活動にも大いに役立つ。しばらくして、クラークが戻ってきた。
「本陣も動きを察知していたようだ。目立つ動きの方は泳がせて、もう一方を少数精鋭で囲むつもりだそうだ 」
「わかった。包囲部隊が有利になる地形を探りに、谷を調べましょう。ルートリヒトの陣営に挟まれたら厄介だもの 」
二人は再び馬を駆り、谷へと向かった。
三日間にわたる演習は、アビエルの部隊が優位を占めて幕を閉じた。勝敗を決めるわけではないが、どれだけ相手の陣地に侵入し、捕虜を獲得できたかが評価される仕組みだった。計画提出を面倒くさがっていたルートリヒトだが、後方部隊の耐久力を高めた案によりほとんど損害を出さずに済んだことが評価された。
「その案、ルグレンの修正案だったわよね?」
浴場で湯に浸かりながら、レオノーラは問いかけた。
「ふふん、そうよ。良かったでしょ?」
ルグレンは得意げに目を細めた。
「北方辺境では、辛抱強さが勝敗を分けるの。少数で無謀に動き回ると寒さにやられるし、森では人間以外の存在とも戦わなきゃならないの。物資も小分けにするのはいいけど、常に動いて分散すると命取りになるのよ 」
ルグレンは、自らの領地で得た経験を基に作戦を練り、実践してみたようだった。
「最近の辺境地域、状況はどう?」
「うーん、北方の小競り合いが激化しているから、不法入国者が増えているかもね。夜盗やスパイ活動に転じる可能性もあるから、警戒が必要よ 」
辺境と帝都では、他国に対する意識に温度差がある。
「でも、帝国は平和ね。ここにいると、隣国が戦争をしているなんて信じられないわ 」
ルグレンはそう言って肩をすくめた。
「そうね。演習じゃなくて本当に戦争してるんだものね 」
レオノーラは、静かにそうつぶやいた。
・・・・・・
自室に戻ると、ちょうどアビエルが部屋から出てくるところだった。
「おかえり。ちょうど食堂に行こうかと思っていたところだ 」
並んで回廊を歩きながら、さきほどのルグレンとの話を始める。
「隣国のゴルネアとルーテシアは、長い間領土争いを続けているんだ。ゴルネアは、かつて遊牧民だったゴーダ族が統一して作った国で、北方全体を自国としたいと望んでいる。一方のルーテシアは、大陸の西側から領土を広げてきた国だ。二国の国境にあるヘレイラの町は、大陸の中心に位置し、多くの人々が行き交う貿易の要所なんだ。そんな土地をめぐって、争いが絶えないのは当然と言えるだろう 」
レオノーラは静かにアビエルの話に耳を傾ける。
「ヘレイラは大陸の中央にあって、大きな運河があり、平坦で気候も安定している。北にあるゴルネアにとっては、喉から手が出るほど欲しい土地だろうな 」
とはいえ、ヘレイラはもう何百年も前からルーテシアの領土である。ゴルネア側からすれば奪還だが、ルーテシアから見れば侵略にほかならない。
「先の戦では、我が帝国はルーテシア側に立ってゴルネアと戦い、ゴルネアが劣勢になったところで、停戦協定を締結する手助けをしたんだ。ゴルネアから見れば、我が国は敵同然だろうな 」
辺境付近に流れてくるゴルネアからの移入者に対して、帝国の人々は決して親切ではない。戦争の傷跡がまだ生々しいからだ。
「家族を奪われ、土地を追われた人々の恨みは、停戦によって簡単に消えるものではない。その恨みがいずれ再び争いを呼ぶ。一度戦争が起これば、その応酬は続いていく。だからこそ、先代皇帝も現皇帝も、対話による解決を目指し、帝国の平和を守ろうと尽力されてきた 」
アビエルは遠くを見つめながら、静かに続けた。
「私も、その意志を継いでいきたいと思っている。私なりの方法で 」
「アビエル様は、必ずや良き皇帝になられるでしょう 」
そう確信を持って告げると、アビエルはその言葉には応えなかった。
・・・・・・
「レオ様、神聖祭の交流会では、私とファーストダンスを踊っていただけますか?」
フロレンティアが腕にしがみついてお願いしてくる。
「抜け駆けはダメという厳しいルールがあるんじゃないのか?」
横で食事をしていたアビエルが茶化すように言う。
「ちゃんとお姉様方には許可をいただきました。私には今年しかありませんので 」
フロレンティアはうるうるとした瞳で訴える。
「もちろん、喜んで、フロレンティア様。楽しい交流会にしましょう 」
そう告げると、フロレンティアは顔を赤らめながら答えた。
「はい!嬉しいですわ。ワクワクしてしまいます 」
「お姉様方から聞きましたが、昨年、アビエル様と二人で素晴らしいダンスを踊られたそうですね。私も見たかったですわ 」
向かいに座っていたアルフレッドが、思い出したように顔を上げる。
「アビエルのカーテシーが本当に美しかったな 」
「では、フロレンティア様と、それ以上に素晴らしいダンスをいたしましょう 」
微笑むと、フロレンティアはさらに顔を赤らめ、アルフレッドは半ば冗談っぽく「顔面凶器め…」と目を細めた。
「そういえば、コルネリアが、最近レオの親衛隊に男性が増えたって言ってたね。去年のダンスの影響かな。」
「そうなんですの。男性信奉者が増えましたわ。下級生の間で私の布教活動が成果を見せているのかもしれません!」
フロレンティアが得意げに笑い、その姿にレオノーラもつい口元を緩めた。
隣で、アビエルが一瞬手を止めた。
「レオニー、お前はそういうのを面白がるところがあるから、気を付けておけよ。あまり人の心を弄ぶのは良くないぞ 」
いつになく冷たい口調だ。
「すみません。皆様が遊んでくださるので、つい嬉しくなってしまって。気をつけます 」
調子に乗りすぎたか、と反省した。その様子を見て、ルートリヒトが意味ありげに口元を上げた。
初々しい新入生たちは、どこで何をすればいいのか分からず、戸惑いながらウロウロしている。その姿はどこか微笑ましいものだ。
「何かお困りですか?」と声をかけると、学生たちは決まって講義室の場所を尋ね、そして必ずといっていいほどレオノーラの顔を見て、頬を赤らめる。最近では、女性だけでなく男性までもが顔を真っ赤にして拳で口元を隠すものだから、さすがのレオノーラも、人に声をかけるのを少し躊躇うようになってしまった。
フロレンティアの入学によって、愛憎劇が繰り広げられるのではないかと期待されていたが、結果はその予想を裏切った。
しばらくは、フロレンティア、アビエル、そしてレオノーラの三人が遠巻きに観察されていたが、フロレンティアが「レオ様!レオ様!」とレオノーラに付きまとい、周囲の人々の劇場型ドラマへの期待はあっけなく鎮火してしまった。
コルネリアたちは、「生意気だわ!私たちのレオ様になんて馴れ馴れしいの!」とフロレンティアに抗議するも、彼女の持つ帝都時代のレオノーラの情報と、学院でのレオノーラに関する情報を共有し合うことで、いつしかウィンウィンの関係が築かれた。互いに「お姉様方」「よき妹」と呼び合うようになり、フロレンティアは下級生たちのリーダーとして認められるまでに至った。アルフレッドの言う通り、フロレンティアは存外タフな性格のようだった。
吐く息が白くなり始めた頃、大広間で朝食を取っていると、窓際のテーブルでフロレンティアがマギーや同級生たちと笑いながら食事をしている姿が目に入った。
「あんなにレオ様、レオ様ってくっついていたのに、最近はあまり寄って来なくなったな 」
アビエルが頬杖をついてその様子を眺めながら呟く。
「いいお友達がたくさんできたようですよ。毎日やることがたくさんあって、お忙しそうです 」
レオノーラがそちらを見ながら穏やかに答える。
「まぁ、それでいいんだが、おまえは寂しくないか? あれだけベタベタされていたのに、急に冷たくなったとか思わないのか?」
「フロレンティア様が幸せそうにされているのを見ると、私も嬉しくなりますね。別に、寂しくはありませんよ 」
レオノーラは笑って答える。アビエルはしばらくレオノーラの顔を眺めた後、視線を逸らして「ふん、おまえは全く…」と小さく呟いた。
果実水を飲みながらルートリヒトがアビエルに聞いた。
「神聖祭の前に部隊連携の最終演習があるよね。あれ、連携計画書もう出した?」
「今頃何を言ってるんだ。あれは先月までだったろう?補給部隊の内容や看護訓練も含めて、初回提出後すでに修正案も出してあるぞ 」
アビエルが淡々と答える。それを聞いたルートリヒトは、眉間に皺を寄せる。
「僕とかガウェインとか、もう指揮官やらなくていいんじゃない?全部アビエルがやればいいと思うんだけど 」
「部隊が一つだと戦闘訓練の意味がないだろう。どこと対峙するんだ 」
はぁ?というように、アビエルが目を細めた。
ルートリヒトは机に顔を伏せて「うわーん、めんどくさい…」と嘆く。
「アビエルの部隊の軍隊長はアルなんだね。てっきりレオだと思ってたよ 」
ガウェインが優雅に食後のお茶を飲みながら言った。
「以前の雪中行軍で索敵をした時、アルよりレオニーの方が状況判断と場面把握に長けてると感じたんだ。だからレオニーには斥候をやってもらう。大きな部隊を動かすには、アルのように大雑把に人をまとめる方がうまくいく 」
アルフレッドは、褒められているのか貶されているのか判断がつかず、微妙な表情を浮かべた。
「しかし、どうして野外演習っていつも冬場なんだろうね。春のお花が咲く頃にやらせてくれたら、少しはマシだと思うのに 」
ルートリヒトがまだ愚痴をこぼしている。
「一番苦しい時期にやっておけば、後はどの季節でも楽だろうってことじゃないですか?」
レオノーラがそう言うと、「優等生め!」とルートリヒトは口を尖らせた。
そこへルグレンが寄ってきて、
「ルートリヒト、うちの部隊だけまだ部隊連携の計画書が出ていないから、補給物資の算出案が出せないよ。早くしてちょうだい 」
とさらにルートリヒトを追い込んでいた。
・・・・・・
雪が舞い落ちる前に、学院では部隊連携の演習が行われた。騎兵や歩兵、看護兵、後方支援部隊まで、まるで国軍の遠征を再現するかのように、人数こそ実戦の五分の一に過ぎないが、リアルさを追求していた。
学院の建物を背に、雪中行軍とは逆の湖へと続く山間部が舞台となった。各部隊の軍旗が風になびき、どこか祭りのような雰囲気が漂っていた。それを見て、レオノーラは皮肉な笑みを浮かべて、本当の戦場では、こんな気軽な気持ちではいられないわね、と心の中で呟いた。
彼女はクラークとともに馬を駆り、相手陣営を偵察する。
「ガウェインの陣営に動きがあるわ。二軍に分かれて進軍するつもりのようね。クラーク、伝令を頼むわ。」
クラークは迅速に本陣へと戻っていく。その背中を見送りながら、レオノーラはふと思った。やっていることは戦争の真似事だけれど、連携を取り策を考えるという練習は、戦争以外の社会活動にも大いに役立つ。しばらくして、クラークが戻ってきた。
「本陣も動きを察知していたようだ。目立つ動きの方は泳がせて、もう一方を少数精鋭で囲むつもりだそうだ 」
「わかった。包囲部隊が有利になる地形を探りに、谷を調べましょう。ルートリヒトの陣営に挟まれたら厄介だもの 」
二人は再び馬を駆り、谷へと向かった。
三日間にわたる演習は、アビエルの部隊が優位を占めて幕を閉じた。勝敗を決めるわけではないが、どれだけ相手の陣地に侵入し、捕虜を獲得できたかが評価される仕組みだった。計画提出を面倒くさがっていたルートリヒトだが、後方部隊の耐久力を高めた案によりほとんど損害を出さずに済んだことが評価された。
「その案、ルグレンの修正案だったわよね?」
浴場で湯に浸かりながら、レオノーラは問いかけた。
「ふふん、そうよ。良かったでしょ?」
ルグレンは得意げに目を細めた。
「北方辺境では、辛抱強さが勝敗を分けるの。少数で無謀に動き回ると寒さにやられるし、森では人間以外の存在とも戦わなきゃならないの。物資も小分けにするのはいいけど、常に動いて分散すると命取りになるのよ 」
ルグレンは、自らの領地で得た経験を基に作戦を練り、実践してみたようだった。
「最近の辺境地域、状況はどう?」
「うーん、北方の小競り合いが激化しているから、不法入国者が増えているかもね。夜盗やスパイ活動に転じる可能性もあるから、警戒が必要よ 」
辺境と帝都では、他国に対する意識に温度差がある。
「でも、帝国は平和ね。ここにいると、隣国が戦争をしているなんて信じられないわ 」
ルグレンはそう言って肩をすくめた。
「そうね。演習じゃなくて本当に戦争してるんだものね 」
レオノーラは、静かにそうつぶやいた。
・・・・・・
自室に戻ると、ちょうどアビエルが部屋から出てくるところだった。
「おかえり。ちょうど食堂に行こうかと思っていたところだ 」
並んで回廊を歩きながら、さきほどのルグレンとの話を始める。
「隣国のゴルネアとルーテシアは、長い間領土争いを続けているんだ。ゴルネアは、かつて遊牧民だったゴーダ族が統一して作った国で、北方全体を自国としたいと望んでいる。一方のルーテシアは、大陸の西側から領土を広げてきた国だ。二国の国境にあるヘレイラの町は、大陸の中心に位置し、多くの人々が行き交う貿易の要所なんだ。そんな土地をめぐって、争いが絶えないのは当然と言えるだろう 」
レオノーラは静かにアビエルの話に耳を傾ける。
「ヘレイラは大陸の中央にあって、大きな運河があり、平坦で気候も安定している。北にあるゴルネアにとっては、喉から手が出るほど欲しい土地だろうな 」
とはいえ、ヘレイラはもう何百年も前からルーテシアの領土である。ゴルネア側からすれば奪還だが、ルーテシアから見れば侵略にほかならない。
「先の戦では、我が帝国はルーテシア側に立ってゴルネアと戦い、ゴルネアが劣勢になったところで、停戦協定を締結する手助けをしたんだ。ゴルネアから見れば、我が国は敵同然だろうな 」
辺境付近に流れてくるゴルネアからの移入者に対して、帝国の人々は決して親切ではない。戦争の傷跡がまだ生々しいからだ。
「家族を奪われ、土地を追われた人々の恨みは、停戦によって簡単に消えるものではない。その恨みがいずれ再び争いを呼ぶ。一度戦争が起これば、その応酬は続いていく。だからこそ、先代皇帝も現皇帝も、対話による解決を目指し、帝国の平和を守ろうと尽力されてきた 」
アビエルは遠くを見つめながら、静かに続けた。
「私も、その意志を継いでいきたいと思っている。私なりの方法で 」
「アビエル様は、必ずや良き皇帝になられるでしょう 」
そう確信を持って告げると、アビエルはその言葉には応えなかった。
・・・・・・
「レオ様、神聖祭の交流会では、私とファーストダンスを踊っていただけますか?」
フロレンティアが腕にしがみついてお願いしてくる。
「抜け駆けはダメという厳しいルールがあるんじゃないのか?」
横で食事をしていたアビエルが茶化すように言う。
「ちゃんとお姉様方には許可をいただきました。私には今年しかありませんので 」
フロレンティアはうるうるとした瞳で訴える。
「もちろん、喜んで、フロレンティア様。楽しい交流会にしましょう 」
そう告げると、フロレンティアは顔を赤らめながら答えた。
「はい!嬉しいですわ。ワクワクしてしまいます 」
「お姉様方から聞きましたが、昨年、アビエル様と二人で素晴らしいダンスを踊られたそうですね。私も見たかったですわ 」
向かいに座っていたアルフレッドが、思い出したように顔を上げる。
「アビエルのカーテシーが本当に美しかったな 」
「では、フロレンティア様と、それ以上に素晴らしいダンスをいたしましょう 」
微笑むと、フロレンティアはさらに顔を赤らめ、アルフレッドは半ば冗談っぽく「顔面凶器め…」と目を細めた。
「そういえば、コルネリアが、最近レオの親衛隊に男性が増えたって言ってたね。去年のダンスの影響かな。」
「そうなんですの。男性信奉者が増えましたわ。下級生の間で私の布教活動が成果を見せているのかもしれません!」
フロレンティアが得意げに笑い、その姿にレオノーラもつい口元を緩めた。
隣で、アビエルが一瞬手を止めた。
「レオニー、お前はそういうのを面白がるところがあるから、気を付けておけよ。あまり人の心を弄ぶのは良くないぞ 」
いつになく冷たい口調だ。
「すみません。皆様が遊んでくださるので、つい嬉しくなってしまって。気をつけます 」
調子に乗りすぎたか、と反省した。その様子を見て、ルートリヒトが意味ありげに口元を上げた。
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