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14:学院の日々7

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 春が訪れ、薬事学の授業の一環として、薬草採取の野外演習が行われた。これは希望者のみが参加する授業だったが、レオノーラは興味をそそられたので参加してみることにした。薬事学やくじがくの教授は、サイモン=アナンという西共和国から来た飄々ひょうひょうとした雰囲気の人物だった。

 西共和国は複数の島国から成る共和制国家で、どの国も王政を持たず、各国から選出された元老院議員が評議会での選挙を通じて共和国元首を決定する。各国はそれぞれに自治権があり、民族も多様だ。サイモンはヤイバルという国の出身で、薬事学の教授が留学先で知り合い、指導のためにこの学院へ招かれた。ヤイバルは、他国に先駆けて薬草の人工栽培を行い、いち早く創薬そうやくを始めた国である。

「葉の裏が黄色くなっているものは、成長しすぎてアクが強く、薬を作るのには向きません。もちろん、苦くても効能はありますが、できれば苦い薬は飲みたくないでしょう?飲みにくい薬が効くなんてのは嘘ですからね 」

 校舎裏にある山に入り、配られた冊子にある薬草を探すことになった。

「それぞれの薬草の特徴の下に育て方が書いてありますよね。その育て方は、その植物が育ちやすい方法です。なので、そこを見て、どういった環境で育つかを想像してみてください。適当に探していたら、欲しい時にその薬草を見つけられませんよ 」

 焦茶色のローブをまとった細身のサイモンが、木の枝で周りの葉を叩きながら、生徒たちを森の奥へと導いていく。

 薬草を採取して学院に戻ると、その加工方法を学ぶことになる。水に成分を抽出しやすいもの、火で炙ると気化しやすい成分を持つもの、温めると効果が失われるものなど、さまざまだ。

 薬事学の授業は女性たちに人気があり、「保湿成分の高い美容液を作りたい」とか「痩身薬が作れないかしら」といった、やや不純な目的で取り組む者も多い。もちろん、本来の目的は治療に役立つ薬草を学び、活用することなのだが、このちょっと変わった外国人教授は、

「どんな目的でも興味を持って取り組むことが学問を深めるのです 」

 と女子生徒の要望に応えるように、保湿に効くハーブの成分などについて講義をしてくれた。レオノーラはこの教授の授業がとても気に入っていた。

 授業が終わると、教室の奥でアビエルがサイモンと話をしているのが見えた。アビエルは薬事学を取っていないが、よくサイモンを訪れている。どうやら西共和国の政治について情報を得ようとしているようだ。

「レオニー、今度は薬も作るのか 」

 こちらに気づいたアビエルが歩いてきた。サイモンも後ろからついてくる。

「ヘバンテスさん、この間の効能添加のレポート、なかなか面白かったですよ。あなたは発想が豊かですね。今後の授業でも、いろいろな考えを聞かせてくださいね 」

「ありがとうございます、アナン先生。今日の演習、とても勉強になりました 」

「そうですか。それは良かった。そうそう、今日ヘバンテスさんが見つけたキノコ、傘の裏をあぶるとものすごくよく眠れるよ。誰かを眠らせたい時には、ぜひ試してみて 」

 サイモンは面白そうに笑って、少し物騒ぶっそうなことを言った。

 ・・・・・・

 夏の気配と共に、闘技大会が近づき、授業の合間にも鍛錬場から剣の音が響くようになった。毎朝、アビエルとの鍛錬を終えた後、浴場で汗を流し、食堂で朝食をとるのが日課だ。アビエルはすでに着替えを済ませて待っており、数名の学生に囲まれて話をしていた。

「おはよう、レオ。今年の剣術の優勝候補二人で毎朝鍛錬を続けるなんて、他の人たちの戦意をぐから良くないよ 」

 声をかけてきたのは、ホーウェン=クレイブライト。有名な建築家の息子で、平民科の生徒だ。レオノーラが席に着きやすいように椅子を斜めによけてくれた。
 
 アビエルの隣の席はいつも1つ空いていて、自然と自分が座ることになる。席に着き話題に耳を傾けると、どうやら政治学の話で盛り上がっているようだ。

「君主を立てているからといって、必ずしも独裁になるとは限らないだろう?法律もあるし、君主が議会を無視して政治を行うことなんてないと思うよ 」

「でも、その議会の権限が法律でどこまで定められるかにもよるだろう?法律自体が独裁的だと、いくら議会が機能していても意味がないじゃないか 」

「小さな領土ほど、領主の鶴の一声で何でも決まることが多い。むしろ、大国になればなるほど君主国家の方が安定するように思うけどな 」

 集まっている者たちは、貴族科、騎士科、平民科の生徒が混在こんざいしていた。アビエルが時折、「議会議員を公平に選出する最適な方法ってどうしたらいいんだろうな」「法律を改定する際に、それを客観的に監修する機関が必要だと思うか」など、話題を振っていた。

 次期皇帝を囲んで、忌憚きたんなくこんな議論ができるのはすごいことだと思う。

「おはよ~う。みんな、朝から元気すぎでしょ。さっき小鳥が鳴き始めたばかりだってのに、もっと朝を優雅に過ごすべきだよ 」

 気だるげなガウェインが、トレーにパンとフルーツをいくつか、それとスープをのせて声をかけてきた。

「ガウェイン、そっち空いてるぞ 」

 アビエルが席を指すと、

「いや、いい。お部屋で仔猫ちゃんが待ってるし、部屋で一緒に食べるよ 」

 じゃぁね~~~と言って、去っていった。

 寮のルールでは、誰かとの同衾どうきんは禁止されている。禁止はされているが、罰則などはないため、実際はかなり自由だ。先ほどまで熱く政治談義をしていた会話がぴたりと止まり、皆が去りゆくガウェインの背中をじっと見つめる。

「俺も仔猫ちゃんと朝ごはん食べたい…」

 誰かがぼそりとそうつぶやくと、一気に「誰が可愛い」とか「隣に座ったらいい匂いがした」という話になった。さっきまでの高尚こうしょうな議論はどこへ行ったのか、レオノーラは思わず笑ってしまう。

 隣を見ると、アビエルが黙々と朝食をとりながら眉間みけんに皺を寄せていた。
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