クロノスエコー

第2章:導くピース

　三津木は契約書の重さを手に感じながら、東京の賑やかな街を歩いた。彼女の心は、疑問と疑念の渦に巻き込まれていた。この仕事を引き受けることで、一体何に巻き込まれるのだろうか？
　彼女は深いため息をつき、自分の思考を整理しようと街角で立ち止まった。これは単なる遺物の問題ではない。数年前に何が父に起こったのか、その真実を突き止める必要があった。DARPAのために動くことが、その真実を探る唯一の方法ならば、彼女はそれを受け入れるしかなかった。彼女は決意を固め、背筋を伸ばした。リスクは高いが、彼女はいつものように真実に向かって直進する決意を新たにした。やるべき仕事がある。目的を持って進む彼女の一歩は、意志の強さを映し出していた。
　まずは情報と物資を集めることから始める。その第一歩は、『ロサン・ギャッツォ』という名のチベットの隠居僧を見つけ出すことだ。彼は遺物などの背後にある神秘的な歴史に精通していると噂されている。歴史家であり古美術商でもある三津木にとって、彼女の能力を最大限に発揮するときが来ていた。解決すべき謎があり、真実の解明を阻むものは何もなかった。彼女の前には、まだ見ぬ道が広がっていた。広尾の静かな一角にある小さな寺に到着すると、彼女はその静けさに心が落ち着いた。伝統的な勾配の屋根、石の道、静かな岩の庭。これらは都市の喧騒から離れた別世界のようだった。深呼吸をして、三津木は寺の中に足を踏み入れた。内部はろうそくの光で照らされ、お香の香りが漂っていた。一番奥には、目を閉じて瞑想する老僧が座っていた。彼の目がゆっくりと開いたとき、三津木は息を呑んだ。
「ようこそ、航。君を待っていたよ」と老僧は言った。
三津木は驚いた。「どうして私の名前を...？」と彼女は問いかけた。
老僧は穏やかに微笑み、「座ってください」と座布団を指さした。
座布団に腰を下ろすと、老僧は彼女を見つめ、
「ここまで来た君は、答えを求めている。あなたのオーラがそれを物語っている」と語った。
　三津木は心を落ち着かせ、「アーティファクトについて教えてください。あなたはその歴史の専門家だと聞いています」と言った。
老僧は目を閉じてしばらく沈黙した後、「その歴史は複雑で、長い。しかし、探求することは正しい。それは、時の本質そのものに関わるものだからだ」と語った。
彼は目を開けて三津木に向き直り、「出来事は周期的に繰り返される。アーティファクトは時からのメッセージを解き明かす鍵なんだ」と言った。
ミツキは一言一言に耳を傾けた。これは彼女が探し求めていた知識だった。僧侶の導きにより、彼女は父の仕事の真実に一歩近づいた。真実はすぐそこにある。
彼女は熱心に質問した。
「アーティファクトにはどんなメッセージが込められていますか？そして、父のDARPAでの仕事とはどう関連していますか？」
老僧はうなずいて、「あなたの父は偶然にも、アーティファクトの秘密と時のメッセージについて知ってしまった。またそれを利用しようとする者たちがいる」と説明した。
　彼は立ち上がり、彫刻の施されたキャビネットから古代の巻物を取り出し、広げて見せた。「この巻物には、アケナテンのアミュレットが施されたアーティファクトが描かれている。それは時からのメッセージを解き明かす力を秘めている」と彼は言った。三津木は巻物をじっくり観察し、心を高鳴らせた。これは彼女が探していた具体的な手がかりだった。
　彼女は尋ねた。「このアーティファクトはどこにありますか？」
老僧の表情は少し険しくなった。「その場所は不明だ。しかし、そのアーティファクトは影を歩く者たちに守られている」と彼は言った。
三津木は寒気を感じたが、彼女の決意は固まっていた。どんな犠牲を払っても、そのアーティファクトを見つけ出さなければならない。父のために、そして真実のために。
　老僧は慎重に巻物を巻き直し、「覚えておくがいい。アーティファクトは鍵だ。あなたの直感を信じて。そうすれば、真実への道が開かれるだろう」と言った。
三津木は老僧に深く頭を下げ、「ありがとうございます。あなたの導きは、この先も私の道しるべとなります」と感謝の意を表した。
彼女が立ち去ろうとすると、ピースが一つに組み合わさるような感覚が彼女を包み込んだ。彼女の使命は、今や明確になっていた。アーティファクトを見つけ出し、その秘密を解き明かし、父の運命の真実を暴くことだ。彼女の準備は整っていた。


　広尾の寺を後にし、中野の活気ある街に足を踏み入れた。彼女は未知の冒険への一歩を踏み出し、心に秘めた熱い情熱を感じていた。彼女の決意は揺るがない。父の魂が彼女を取り囲み、前へと促しているようだった。彼女は、この新たな旅に立ち向かうために必要な全てを心に秘めていた。彼女の冒険が、いま始まるのだった。三津木は眩しい日差しを浴びながら、新たな決意を胸に中野ブロードウェイの裏通りを歩いた。通りを進むにつれ、彼女は賑やかな街のエネルギーに包まれ、やがて人気のコンセプト・バー「パープル・ミラージュ」の前に立った。

　店内に足を踏み入れると、彼女を迎えたのは紫色の照明とニューウェーブのシンセサイザー音の響きだった。店内はカラフルなカクテルを手にした談笑する若者たち々で活気づいていた。三津木は目を輝かせながら、カウンターの後ろに立つ、80年代ファッションを身に纏ったバーテンダーのハルに目を向けた。
「久しぶり！航」ハルが温かい笑顔で彼女を迎えた。
「いつものドリンクでいい？」
「うん、お願い」と三津木が応えて、バーカウンターのスツールに座った。
ハルは手際よく彼女のドリンクを作りながら、「どうしてたの？ここに来ない間に何かあった？」と尋ねた。
「うん、ちょっとね。新しい仕事が忙しくて。それに、研究もあるし、いくつかのトラブル？にも巻き込まれて」と三津木が冗談めかして答えた。ハルは彼女の言葉に驚きの表情を浮かべた。
「詳しいことは後で話すわ。でも、ひとつ聞きたいことがあるの。"アケナテンのアミュレットが施されたアーティファクト"って聞いたことある？」と三津木が切り出した。
ハルは一瞬考え込んでから、「その名前は聞いたことないな。でも、調べてみるよ」と答えた。
「それって、お父さんの事件と関係があるの？」
三津木は頷き、「そう、それが鍵になるかもしれない。だから、できる限りの助けが必要なの」と説明した。
ハルは優しい笑顔で彼女を見つめ、「大丈夫、僕がついてるよ。昔みたいに、一緒に真実を探ろう」と言った。
三津木は感謝の微笑みを返し安心感を覚えた。ハルの支援があれば、これからの挑戦にも立ち向かえると感じた。


　彼女はバー内を見渡し、ガレ風ランプの灯りが照らすテーブルで楽しそうに談笑する若者たちの姿を眺めた。会話の声とポップミュージックが混ざり合い、店内にはエネルギーに満ちた雰囲気が広がっていた。
　ハルは三津木の隣のスツールに滑り込んで、「そのアーティファクトについてもっと教えて。どうしてそれがお父さんと関係あると思うの？」と尋ねた。
三津木は小声で答えた。「ある情報源からなの。アーティファクトには、時にまつわるメッセージがあるらしいの。そして、最後にそれが見られたのは、お父さんがいたときだったのよ」
　ハルの目が驚きで広がった。「本当に？じゃあ、それがお父さんの失踪に関わる手がかりになる可能性があるってことだね？」
「そう。もしアーティファクトが見つかれば、お父さんの謎に近づけるかもしれない。でも、強力な遺物だから、危険な人たちもそれを狙っているの」

「だから、ハルの助けが必要なの。もしアーティファクトについて何か分かれば、それが私にとって大きなアドバンテージになるの」と三津木はハルに訴えた。
　ハルは確信を込めてうなずき、「ちょっと探ってみるよ。何か情報が入ったらすぐに連絡する」と約束した。
三津木は安心の表情を浮かべた。ハルからの情報でアーティファクトを見つけることに、またさらに近づけるかもしれない。
　
　その時、ハルは何かを思いついたように言った。「あ、それとこれも見てほしいんだ。最近手に入れたんだけど、航の仕事に役立つかもしれないよ」
彼はカウンター越しに小さな革のポーチを滑らせた。
三津木はポーチを手に取り、中に何かが入っていることを感じた。彼女は期待と不安の入り混じる表情でハルを見た。
「中には何が？」と彼女が尋ねると、ハルは謎めいた笑みを浮かべ、「開けてみて」と答えた。
　三津木はゆっくりとポーチの紐を解き、中から小さな真鍮製の鍵を取り出した。鍵には複雑な模様が刻まれており、何か古い物語を秘めているように見えた。
「この鍵は一体？」と三津木が問いかけた。
「その答えを探すのは、航の役目だよ」とハルが答えた。
「その鍵はとても古く、大切な何かを開けるものだって聞いた。詳細は分からないけど、きっと航なら何か分かるはずだよ」
三津木は鍵を手にして考えを巡らせた。彼女の古美術品への知識が、この新しい謎を解き明かすカギになるかもしれない。
「分かった、この謎は私が解明する。もしかしたら、これがアーティファクトへの道を開くかもしれない」と彼女は決意を新たにした。
ハルは三津木の勇気を讃えるように笑い、「何か分かったら知らせて。いつでもここにいるから」と言った。
　三津木は店を後にし、中野の夜に溶け込んでいった。鍵は彼女の手の中で脈を打ち、新たな冒険への扉を開く約束のように思えた。真実が彼女を待っている。彼女の探求は、まだ始まったばかりだった。

　新しい手がかりに活力を得て、ネオンに彩られた街を意味ありげに歩いた。ポケットの中で小さな重みとして感じられる謎の鍵は、彼女の好奇心を掻き立てていた。彼女は思いを巡らせながら歩き続けた。父が姿を消した時、彼は時からのメッセージが隠されたとされる、古代エジプトのアーティファクトを追っていた。そして今、ハルから受け取ったこの鍵が、その謎とどう関係しているのか。どのように結びつくのか？
　三津木は大通り沿いの店々を鋭い眼差しで観察した。メイド喫茶やアニメグッズの店が並ぶ中、彼女は見慣れたアンティークショップを発見し、ひらめきを得て店内へと足を踏み入れた。
　店内の年季の入った木の香りと埃のにおいが彼女を迎えた。カウンターの向こうにいた店主は、彼女を見ると目を輝かせた。
「三津木さん、どうも」と店主が歓迎の言葉をかけた。
「何かお探しですか？」
三津木は鍵をカウンターに置き、真剣な面持ちで言った。
「この鍵を見てもらえますか？私が今取り組んでいる仕事に関わるかもしれないんです」
店主は鍵を手に取り、詳細に観察した。彼は細工を指でなぞりながら、
「これはチベットの手工芸ですね。複雑な模様が特徴的です。18世紀後半、乾隆時代の作品と見て間違いないでしょう。保存状態も素晴らしい」と評価した。
彼は三津木に尋ねた、「これは一体何を開ける鍵なんです？」
三津木は首を横に振り、「それが分からないんです。何か手掛かりがあれば」と願いを込めた。
店主は軽く頷きながら、「この鍵には歴史がありますね。ただの埃をかぶった古い鍵ではない。もっと深い意味があるでしょう」と三津木に鍵を返した。
　三津木は鍵を手に取り、新たな目的を見出すのを感じた。彼女は店主に感謝の言葉を述べ、店を後にした。新しい手がかりが道を照らし、真実への道を指し示していた。彼女は父の謎を解明するため、一歩一歩確実に前進していた。