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琉夏の目標
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放課後。俺は人が消えた教室に残って、A4の白紙を前に頭を悩ませていた。
次に投稿する動画のシナリオを検討しているのだが、全然アイデアが出てこない。自宅でも図書室でもダメだったので、気分転換に教室を選んでみたものだが。明日は琉夏と打ち合わせがあるというのに。このままでは間に合わない。
というよりも。
「はぁ」
一本目の動画がなかなか再生されない事実が頭にへばりついている。労力が割に合わないのもそうだが、せっかく作ったものを見てもらえないことが何よりつらい。早くもモチベーションを失いかけていた。
「どうすっかなー」
俺が頭を抱えたそのとき。
「――なになに、辞めたくなっちゃった?」
俺が振り返ると、琉夏が近くで立っていたのだ。今日は帰ったと思っていたから驚いた。夕日のオレンジ色が、琉夏の端正な顔を照らす。青春ドラマのワンシーンのような、よくできた光景だ。
「あ、いや……」
はっきり返事ができないことが、俺の本心をほのかに表していた。
「一万はないにしてもさ、もっと再生されると思ってた。琉夏って……人気あるし、だからサムネで見てくれるんじゃないかって」
「無名の人が初めて投稿したら、だいたいこんな再生数だよ? 一桁で終わる人も考えたら健闘してるほうだって」
「そうなのか……」
下調べもせずにY-Tuberに挑戦した愚かさが、今のメンタルに表れている気がした。凡人あるあるだろう。しかし俺とは対照的に、こんなの当然と、琉夏は割り切っているように見えた。
琉夏は窓辺に寄り、
「たかがクラスで一番かわいいくらいで、Y-Tubeで人気者になれるほど甘くないよ。そんなのたいした武器にもならない」
「クラスで一番かわいいって自覚はあるんだな」
「だってみんなそう言うもん」
琉夏は冗談めかしく笑う。そんな表情を見れば、俺の心もほぐれてしまう。その魅力的な姿をもっと多くの人に届けられたら――。少し前の俺なら独占を望んでいただろうに。すっかり考えが変わっていた。
「わたしの好きなY-Tuberは美人なんだけど、スイーツにすごく詳しいんだよね。老舗のお店も、最近のお店も知ってるし、聞かれたらすぐに情報が出てくる。説明もわかりやすくて、動画もすごく見やすい」
「顔を出さなくても伸びてるY-Tuberだっているしな」
「そうそう」
琉夏はうなずき、
「前に沢村くんがさ、『取り柄がない』って一斗くんに言ってたじゃん。正直なところ、わたしもこれといった取り柄ってないんだよね」
「え? そんなことないだろ?」
寂しげにぼやいて目を伏せる琉夏に、俺は目を丸くして反応した。
「勉強が得意ってわけでもないし、スポーツだって才能を発揮したこともないし。かわいいって褒められるけど、ほんとそれだけなのかな」
彼女はコンプレックスを吐露した。
「だから」
琉夏は顔を上げて、
「せめて、多くの人を魅了したいんだ。トークでも企画でも、たくさんの人を楽しませたい。それができる自分を取り柄にしてみたいって思ってる」
「琉夏……」
「わかってたけどさ、全然再生されなくて悔しいよ! もっと見てほしいよ! ……けど、今のわたしの実力で投稿を続けても伸びないと思う」
琉夏は右手のこぶしをぐっと、力強く握り締め、
「楽しんでもらうために企画を練りたい。おもしろく見てもらうような編集スキルやトークスキルも身に付けたい。で、たくさんの人に楽しんでもらうのがわたしの目標。本気でそう考えてるから」
そうして俺に眼差しを向けて、
「一斗くんは、どうかな?」
「俺は……」
「無理に付いてきてほしいとは、言わないから」
「そうか……」
今の浅海琉夏にとって、俺の役目は他の男子でも替えが利くのだろう。暗にそう言われた気がした。
「……」
俺は口を閉じ、琉夏の瞳を見た。本気の目の色をしている。
「ははっ」
俺は力なく笑って、
「誘ったのは誰だっけな? まさか忘れてないよな?」
「それじゃあ……」
「付いていくに決まってる」
俺も目に力を込め、琉夏に返した。
「俺も、もっと多くの人に見てもらいたいから」
――俺の好きな人。浅海琉夏の夢を叶えたいと、思えたから。
正直のところ、俺自身がY-Tuberとして目立ちたいとは思っていない。けれど、琉夏の夢を手伝って、琉夏をみんなに知ってもらえるように足掻いて、そして替えの利かない男として俺を見てほしいから。
それが、俺の決意だ。
下心上等。
「一斗くん……」
俺の決意を表情で汲み取ってくれたのか、琉夏は握ったこぶしを俺に突き出して、
「そんじゃ、改めてよろしく」
俺もこぶしを突き出し、こつんとぶつけて、
「ああ、よろしく」
◇◇◇
「次の動画なんだけど――……」
その日の帰り。熱が冷める前に、さっそくカフェで打ち合わせすることになった俺と琉夏。
「前の動画を見返してみたんだけど、ぎこちなさがあるんだよねー。カップルとして不自然な感じだったし……。あ、そうだ。今度の土曜日、デートしない?」
「で、でーとぉ!?」
「企画も話し合いたいけど、仲間として親交を深めたいと思いまして」
「オッケー。いつでも空いてるから!」
仲間という建前だが、俺は即答。
「じゃあ、まずは映画館だよね。これは絶対にエピソードトークにできる! それと――……」
ルンルンでデートプランを考える琉夏に、俺はニヤけてしまいそうになり、慌ててアイスコーヒーを口に含んだ。
しかしまあ。
疑似カップルのY-Tuber仲間という間柄だが、この先は己の下心や煩悩とも戦っていかなければなさそうだ。
クラスで一番かわいい子――浅海琉夏を目の前に、俺はそう思うのであった。
次に投稿する動画のシナリオを検討しているのだが、全然アイデアが出てこない。自宅でも図書室でもダメだったので、気分転換に教室を選んでみたものだが。明日は琉夏と打ち合わせがあるというのに。このままでは間に合わない。
というよりも。
「はぁ」
一本目の動画がなかなか再生されない事実が頭にへばりついている。労力が割に合わないのもそうだが、せっかく作ったものを見てもらえないことが何よりつらい。早くもモチベーションを失いかけていた。
「どうすっかなー」
俺が頭を抱えたそのとき。
「――なになに、辞めたくなっちゃった?」
俺が振り返ると、琉夏が近くで立っていたのだ。今日は帰ったと思っていたから驚いた。夕日のオレンジ色が、琉夏の端正な顔を照らす。青春ドラマのワンシーンのような、よくできた光景だ。
「あ、いや……」
はっきり返事ができないことが、俺の本心をほのかに表していた。
「一万はないにしてもさ、もっと再生されると思ってた。琉夏って……人気あるし、だからサムネで見てくれるんじゃないかって」
「無名の人が初めて投稿したら、だいたいこんな再生数だよ? 一桁で終わる人も考えたら健闘してるほうだって」
「そうなのか……」
下調べもせずにY-Tuberに挑戦した愚かさが、今のメンタルに表れている気がした。凡人あるあるだろう。しかし俺とは対照的に、こんなの当然と、琉夏は割り切っているように見えた。
琉夏は窓辺に寄り、
「たかがクラスで一番かわいいくらいで、Y-Tubeで人気者になれるほど甘くないよ。そんなのたいした武器にもならない」
「クラスで一番かわいいって自覚はあるんだな」
「だってみんなそう言うもん」
琉夏は冗談めかしく笑う。そんな表情を見れば、俺の心もほぐれてしまう。その魅力的な姿をもっと多くの人に届けられたら――。少し前の俺なら独占を望んでいただろうに。すっかり考えが変わっていた。
「わたしの好きなY-Tuberは美人なんだけど、スイーツにすごく詳しいんだよね。老舗のお店も、最近のお店も知ってるし、聞かれたらすぐに情報が出てくる。説明もわかりやすくて、動画もすごく見やすい」
「顔を出さなくても伸びてるY-Tuberだっているしな」
「そうそう」
琉夏はうなずき、
「前に沢村くんがさ、『取り柄がない』って一斗くんに言ってたじゃん。正直なところ、わたしもこれといった取り柄ってないんだよね」
「え? そんなことないだろ?」
寂しげにぼやいて目を伏せる琉夏に、俺は目を丸くして反応した。
「勉強が得意ってわけでもないし、スポーツだって才能を発揮したこともないし。かわいいって褒められるけど、ほんとそれだけなのかな」
彼女はコンプレックスを吐露した。
「だから」
琉夏は顔を上げて、
「せめて、多くの人を魅了したいんだ。トークでも企画でも、たくさんの人を楽しませたい。それができる自分を取り柄にしてみたいって思ってる」
「琉夏……」
「わかってたけどさ、全然再生されなくて悔しいよ! もっと見てほしいよ! ……けど、今のわたしの実力で投稿を続けても伸びないと思う」
琉夏は右手のこぶしをぐっと、力強く握り締め、
「楽しんでもらうために企画を練りたい。おもしろく見てもらうような編集スキルやトークスキルも身に付けたい。で、たくさんの人に楽しんでもらうのがわたしの目標。本気でそう考えてるから」
そうして俺に眼差しを向けて、
「一斗くんは、どうかな?」
「俺は……」
「無理に付いてきてほしいとは、言わないから」
「そうか……」
今の浅海琉夏にとって、俺の役目は他の男子でも替えが利くのだろう。暗にそう言われた気がした。
「……」
俺は口を閉じ、琉夏の瞳を見た。本気の目の色をしている。
「ははっ」
俺は力なく笑って、
「誘ったのは誰だっけな? まさか忘れてないよな?」
「それじゃあ……」
「付いていくに決まってる」
俺も目に力を込め、琉夏に返した。
「俺も、もっと多くの人に見てもらいたいから」
――俺の好きな人。浅海琉夏の夢を叶えたいと、思えたから。
正直のところ、俺自身がY-Tuberとして目立ちたいとは思っていない。けれど、琉夏の夢を手伝って、琉夏をみんなに知ってもらえるように足掻いて、そして替えの利かない男として俺を見てほしいから。
それが、俺の決意だ。
下心上等。
「一斗くん……」
俺の決意を表情で汲み取ってくれたのか、琉夏は握ったこぶしを俺に突き出して、
「そんじゃ、改めてよろしく」
俺もこぶしを突き出し、こつんとぶつけて、
「ああ、よろしく」
◇◇◇
「次の動画なんだけど――……」
その日の帰り。熱が冷める前に、さっそくカフェで打ち合わせすることになった俺と琉夏。
「前の動画を見返してみたんだけど、ぎこちなさがあるんだよねー。カップルとして不自然な感じだったし……。あ、そうだ。今度の土曜日、デートしない?」
「で、でーとぉ!?」
「企画も話し合いたいけど、仲間として親交を深めたいと思いまして」
「オッケー。いつでも空いてるから!」
仲間という建前だが、俺は即答。
「じゃあ、まずは映画館だよね。これは絶対にエピソードトークにできる! それと――……」
ルンルンでデートプランを考える琉夏に、俺はニヤけてしまいそうになり、慌ててアイスコーヒーを口に含んだ。
しかしまあ。
疑似カップルのY-Tuber仲間という間柄だが、この先は己の下心や煩悩とも戦っていかなければなさそうだ。
クラスで一番かわいい子――浅海琉夏を目の前に、俺はそう思うのであった。
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