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「ん、ふう、ん……」
水瀬みずせ綾香あやかはそっと目をつむった。男の熱い舌がねっとりと自分の舌に絡み、甘いカクテルの残り香に頭がくらくらしてくる。
「お前、甘い……な」
わずかに舌が離れ、低く、かすれた声が鼓膜を刺激した。
(似てる……。の声に)
うっすらと目を開けると、熱を帯びて光る相手の瞳がかすんだ視界に映し出された。
深い口付けに翻弄ほんろうされ、ぼうっと立っていた綾香の背に大きな手が回る。続いてドレスのファスナーが下ろされる音がした。
綾香の体をおおっていたブルーのサテンドレスが、するりと滑り落ちる。深い襟ぐりに青色の小花を散らしたデザインで、薄いブルーのオーガンジーを重ねたブライズメイドのドレス。今日は妹である綾菜あやなの結婚式だったのだ。
くすり、と笑い声がした。
「何だか不満そうだな……脱がされたくなかったのか?」
(せっかく綾菜がオーダーしてくれたのに。しわになっちゃう)
綾香は少し憎らしくなって前に立つ男を見上げた。身長一七〇センチの綾香が自分を小さく感じるほど、彼は背が高い。男性にしては整いすぎとも言える顔立ちは、どこか肉食獣のような雰囲気をただよわせ、黒の礼服がそのすきのなさを強調していた。
レースの下着の上から、そっと胸を包まれる。大きな手に揉みしだかれて、思わず溜息と共に甘くかすれた声を上げた。
「あ……ん……」
今、自分がこうしていることが信じられない。今日初めて会った男と二人でホテルにいるなんて。つかさという名前、そしてあの人――妹の結婚相手である海斗かいとさんの親戚だってことしか知らないのに。引き返すなら今のうち――心のどこかで、そう思う自分がいる。でも……
真っ白なウエディングドレスを着た妹の隣に並ぶ、白いタキシード姿の海斗。
綾香の頭に彼の顔が浮かんだ。幸せそうに笑うあの人の笑顔が。
――ずきん、と胸の奥が痛くなった。
綾菜にだって、あの人にだって、この思いは知られていない。これからも自分一人の胸の中にずっと閉じ込めておくつもりだ。
それでも、二人が結婚式を挙げた今夜だけは……この痛みを一人で抱えていたくない。飲み過ぎたカクテルの魔法が、綾香をとらえて離さなかった。
(お願い……今夜だけは)
躊躇ためらうもう一人の自分を振り払うように、綾香は男の体に手を伸ばし、その首にすがりついた。
「一人に……しないで」
切羽詰せっぱつまった声。それを聞いた男は、力強く綾香を抱きしめ、耳元でささやく。
「離してくれと言っても離さない」
背筋が震えた。あまりにも彼と似ている、その〝声〟に。そのまま綾香はたくましい腕に抱き上げられ、ベッドへと運ばれていった。

「あああっ……!」
経験したことのない感覚の波に、綾香は翻弄ほんろうされ続けていた。がされた下着の中に隠されていた白い肌は、男の唇と指が触れるたびに、ぴくぴくと小刻みに震えた。
「感じやすいな。お前」
執拗しつように胸のいただきを舐められ、時に強く吸われる。そのたびに、綾香の口からあえぎ声がれた。もう片方のいただきも、長い指にもてあそばれる。もう、何も考えられない……考えたくない。
普段なら絶対出てこない感情が、今、綾香をこの場に縛りつけていた。
「あ、あああんっ!」
いつの間にか、大きな手が綾香の太腿ふとももを割り開いていた。秘所を探られ、背中がびくんと反る。
柔らかなひだをなぞるように動く指。その動きに合わせて頭のてっぺんからつま先まで、びりびりと甘いしびれが走る。
「ん、あ、いやっ……!」
今までにない熱さとたかぶりが、綾香を襲った。ぬちゃっ、と恥ずかしくなるような水音がベッドの上に響く。綾香は目をつむり、首を横に振った。
「本当に、嫌か?」
含み笑いをしながら、白い肌にあとを残していく男の唇がひどく熱い。舌が、指が、綾香の体の敏感なところをあばいていく。
突然、花びらに隠された突起を摘ままれて、思わず甘い悲鳴を上げた。くぷり、と二枚のひだの間に彼の指が埋まる。その指の先が動くたび、痛みのような、しびれのような感覚に包まれた。
「だっ……て……っ、あんっ……!」
――初めてだから。二十七歳の今まで、何も、知らなかったから。こんな荒々しい感情も、意識が飛びそうな快感も。
自分の肌にこすれる、張りのある肌が心地よい。素肌同士が触れ合うと、こんなに気持ちいいんだ……
綾香は手を伸ばして、男の厚みのある胸板をでた。すると、「んっ……」と低くかすれた声が聞こえて、思わず胸が熱くなる。
(本当に似てる……)
目をつむると、あの人がここにいるようで……彼は他の女性と――妹と結婚したのだから、そんなことはあり得ないのに。
(でも、今だけ……)
夢を見たい。あの人が私を求めてくれているって。ずっと隠していた、報われない私の思いに、気が付いてくれていたって。
うっとりとした笑みを浮かべて、綾香は呟いた。
「……海、斗さ……」
――その途端、時間がぴたり、と止まった。
「ん……?」
綾香は重いまぶたを開ける。あれほど自分をむさぼっていた唇も手も、全ての動きを止めていた。
綾香の目の前にあるのは、冷たく光る漆黒の瞳。まだ全身のうずきが収まらない綾香は、次の瞬間、男の口かられた言葉に凍りついた。
「海斗……?」
(しまった! 私、今……っ)
思わず顔を引きらせた綾香を見て、男の顔から表情が消える。
「お前、あいつと関係があるのか」
「……」
おどすような声色に、さっきとは違う理由で背筋が震えた。男の声からは先ほどまでの激情が消え、代わりに抑え切れない怒りが込められているのが分かる。綾香は何も言えず、ただ震えながら男の冷たい瞳を見返すだけだった。
彼は、何もまとっていない綾香の体を頭からつま先までざっと見た後、体を起こしてベッドから離れた。綾香は足元でくしゃくしゃになっていたシーツを震える指先で引っ張り上げ、頭から被る。
男が服を着る気配はしたが何も言えず、彼に背を向けてシーツの中で震えていた。涙がじわりとにじんでくる。
「今日、あいつが結婚したから……」
低い声にびくり、と肩が震える。
「俺を代わりにしたのか」
断定にすら聞こえる口調に、小さく「ごめんなさい」と返すのがやっとだった。
「馬鹿にするな」
吐き捨てるようにそう言い残し、男は部屋を出て行った。
やるせなさや罪悪感など、様々な思いがモザイクのように入り混じる。残された綾香はそんな心を抱えながら、一人泣き続けることしかできなかった。
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