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[22] 来訪
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ひきつづき蒼龍亭2階に下宿中。
もうちょい仕事が安定してきたら別の宿に移ることを考えてもいいころ合い。りっちゃんと相部屋なのはいいがさすがに狭さを感じてきた。
金をいくらか貯められるぐらいには余裕はある。店主から出ていくようせかされてるわけではないのでのんびり考える。
目覚めて朝食をとりに階段を降りていけば騒がしい雰囲気。朝から誰やらが談笑してる様子。
うち1人は店主の声で本当に珍しいこともあるものだと思う。もう1人、低く響く声でどこかで聞いたことがあるような気がした。
降りていきながら考えるも思い出せない。
食堂に入ってカウンターを見ればこちらにがっしりとした大きな背中を向けている人物がいて、確かに見覚えがあるなと思っていたところ、すでにりっちゃんは走り出していた。
私が止める間もなく、りっちゃんはその大男に接近すると飛び上がってその背中にケリを喰らわせようとする。瞬間、男は振り返って片手でりっちゃんの右足を受け止めた。
顔じゅうの髭という髭をわしゃわしゃ生やした、目つきの鋭い悪人面。さすがの私も思い出す――他でもない院長だった。
院長とはつまり私とりっちゃんがちょっと前まで世話になっていた孤児院の院長である。そこで私たちは育った。その前のことは知らない。
孤児院に捨てられてたのか、あるいは別の場所に捨てられていたのを院長が拾ってきたのか。細かいことは聞いていないし興味もない。
とにかく彼は私たちが大きくなるまで育ててついでに多少の読み書きとそれから冒険者としての基礎の基礎まで教えてくれた。本当にありがたい話。
この店に所属しているのも院長の紹介状があったからで、つい最近知ったことだが、彼も過去にはこの街で冒険者をやってたようで暴れ熊なんて呼ばれていたらしかった。
突然の再会に喜びより驚きや戸惑いが大きい。
もう二度と会うことはないだろう、とまでは思っていなかったが、こちらから会いに行かない限り、出くわすことはないだろうなとなんとなく思っていた。
それが別れて1年もたたないうちに再会することになるとは。
現実的な距離で言えば孤児院のある前に住んでた場所とこの街はそこまで離れていない。街道にそって歩いていけば、健康な脚という条件付きだが、1週間もたたずにたどり着くだろう。
「おはようございます。お久しぶりです」
なんとか戸惑いを押し隠しつつ私は挨拶する。
「おう、久しぶり。2人とも元気そうだな」
りっちゃんを片手で捕まえたまま、そう返してきた。なんてことない普通のやりとり。
それにしても――いったい何の用なのだろうか?
この街にやってくるのは不可能でも何でもない。どちらかと言えばたやすい方だ、それなりに力があるなら特に。けれどもわざわざ理由もなしに訪ねてくることはない、はず。
そのあたりの疑問が顔に出ていたのだろう。
私はそういうのを隠すのが案外苦手だ。りっちゃんよりは上手だという自負はあるけど、それはりっちゃんが素直に感情を出す性格だからであって、比較対象としてあんまりあてにならない。
「短剣だ」
院長はぽつりとこぼす。その一言だけで私には思い当たるものがあった。
まずい。非常にまずい。まさか追いかけてくるほどのものとは思っていなかった。
「倉庫から短剣1本持ち出したろ」
言いながら院長の目はぎろりとりっちゃんの方を睨む。
そこまであたりがついているのか。ほぼ確信していると考えた方がいいかもしれない。
視線を向けられたとうのりっちゃんは、しばし宙を眺めて何のことなのか考えた後(とぼけていたわけではない)、腰に差していた短剣をすらりと抜き放つと高々と掲げてみせた。
「どうだ、かっこいいだろ!」
窓から差し込む朝の光にその青い刃はきらきらと輝いて、りっちゃんの立ち姿も相まってかっこよく決まっていたが、さすがの私でも今はそんなこと言ってる場合ではないのでは? と心の片隅で思った。
ポーズをとっているりっちゃんは無視して院長は短剣だけに視線を集中している。じろじろとそれを子細に眺めてから深くため息をつくと
「やはりお前が持ち出していたか」
と呆れたようにつぶやいた。
冷たい汗が私の背中を流れた。
孤児院の倉庫にあった短剣をりっちゃんが勝手に持ち出した、そこまでは私の前に考えていた通りだった。けれどもその短剣を追いかけて院長は街までやってきたらしい。
何か、そこまでするほどの意味が、この短剣にはあるのだろうか?
院長は眉間にしわを寄せて何事かを考えている。
「修復したのはだれだ?」
「あいつだよ」
その問いかけに店主が答えて、鍛冶屋の名前をあげた。
「あー、あいつか……あいつならまかせてしまっても……」
院長は低くうなってさらに考え込んでから、不意にぱんと手を叩いた。
「リッカ、お前にそれはやるから、しっかり管理しろよ」
「了解だ。まかせとけ!」
言いながらりっちゃんは青い短剣を腰の鞘へと納める。
それでもう院長の方も納得したのか、店主の方に向き直るとさっきまでの雑談のつづきを始めていた。
もうちょい仕事が安定してきたら別の宿に移ることを考えてもいいころ合い。りっちゃんと相部屋なのはいいがさすがに狭さを感じてきた。
金をいくらか貯められるぐらいには余裕はある。店主から出ていくようせかされてるわけではないのでのんびり考える。
目覚めて朝食をとりに階段を降りていけば騒がしい雰囲気。朝から誰やらが談笑してる様子。
うち1人は店主の声で本当に珍しいこともあるものだと思う。もう1人、低く響く声でどこかで聞いたことがあるような気がした。
降りていきながら考えるも思い出せない。
食堂に入ってカウンターを見ればこちらにがっしりとした大きな背中を向けている人物がいて、確かに見覚えがあるなと思っていたところ、すでにりっちゃんは走り出していた。
私が止める間もなく、りっちゃんはその大男に接近すると飛び上がってその背中にケリを喰らわせようとする。瞬間、男は振り返って片手でりっちゃんの右足を受け止めた。
顔じゅうの髭という髭をわしゃわしゃ生やした、目つきの鋭い悪人面。さすがの私も思い出す――他でもない院長だった。
院長とはつまり私とりっちゃんがちょっと前まで世話になっていた孤児院の院長である。そこで私たちは育った。その前のことは知らない。
孤児院に捨てられてたのか、あるいは別の場所に捨てられていたのを院長が拾ってきたのか。細かいことは聞いていないし興味もない。
とにかく彼は私たちが大きくなるまで育ててついでに多少の読み書きとそれから冒険者としての基礎の基礎まで教えてくれた。本当にありがたい話。
この店に所属しているのも院長の紹介状があったからで、つい最近知ったことだが、彼も過去にはこの街で冒険者をやってたようで暴れ熊なんて呼ばれていたらしかった。
突然の再会に喜びより驚きや戸惑いが大きい。
もう二度と会うことはないだろう、とまでは思っていなかったが、こちらから会いに行かない限り、出くわすことはないだろうなとなんとなく思っていた。
それが別れて1年もたたないうちに再会することになるとは。
現実的な距離で言えば孤児院のある前に住んでた場所とこの街はそこまで離れていない。街道にそって歩いていけば、健康な脚という条件付きだが、1週間もたたずにたどり着くだろう。
「おはようございます。お久しぶりです」
なんとか戸惑いを押し隠しつつ私は挨拶する。
「おう、久しぶり。2人とも元気そうだな」
りっちゃんを片手で捕まえたまま、そう返してきた。なんてことない普通のやりとり。
それにしても――いったい何の用なのだろうか?
この街にやってくるのは不可能でも何でもない。どちらかと言えばたやすい方だ、それなりに力があるなら特に。けれどもわざわざ理由もなしに訪ねてくることはない、はず。
そのあたりの疑問が顔に出ていたのだろう。
私はそういうのを隠すのが案外苦手だ。りっちゃんよりは上手だという自負はあるけど、それはりっちゃんが素直に感情を出す性格だからであって、比較対象としてあんまりあてにならない。
「短剣だ」
院長はぽつりとこぼす。その一言だけで私には思い当たるものがあった。
まずい。非常にまずい。まさか追いかけてくるほどのものとは思っていなかった。
「倉庫から短剣1本持ち出したろ」
言いながら院長の目はぎろりとりっちゃんの方を睨む。
そこまであたりがついているのか。ほぼ確信していると考えた方がいいかもしれない。
視線を向けられたとうのりっちゃんは、しばし宙を眺めて何のことなのか考えた後(とぼけていたわけではない)、腰に差していた短剣をすらりと抜き放つと高々と掲げてみせた。
「どうだ、かっこいいだろ!」
窓から差し込む朝の光にその青い刃はきらきらと輝いて、りっちゃんの立ち姿も相まってかっこよく決まっていたが、さすがの私でも今はそんなこと言ってる場合ではないのでは? と心の片隅で思った。
ポーズをとっているりっちゃんは無視して院長は短剣だけに視線を集中している。じろじろとそれを子細に眺めてから深くため息をつくと
「やはりお前が持ち出していたか」
と呆れたようにつぶやいた。
冷たい汗が私の背中を流れた。
孤児院の倉庫にあった短剣をりっちゃんが勝手に持ち出した、そこまでは私の前に考えていた通りだった。けれどもその短剣を追いかけて院長は街までやってきたらしい。
何か、そこまでするほどの意味が、この短剣にはあるのだろうか?
院長は眉間にしわを寄せて何事かを考えている。
「修復したのはだれだ?」
「あいつだよ」
その問いかけに店主が答えて、鍛冶屋の名前をあげた。
「あー、あいつか……あいつならまかせてしまっても……」
院長は低くうなってさらに考え込んでから、不意にぱんと手を叩いた。
「リッカ、お前にそれはやるから、しっかり管理しろよ」
「了解だ。まかせとけ!」
言いながらりっちゃんは青い短剣を腰の鞘へと納める。
それでもう院長の方も納得したのか、店主の方に向き直るとさっきまでの雑談のつづきを始めていた。
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