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[15] 坊主

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 干し肉をかじりながら栗木が言った。
「俺、干し肉作って生計立てようと思うんだけどどうかな」
「いや本業にすればコストの問題で妥協の必要もでてくるかもしれない。僕は干し肉に対してそんな態度でのぞみたくはない」と佐原が真面目に返す。
「そうだな。これからも趣味の範囲でつきあってくのがいいか」栗木はなおも干し肉を名残惜し気に眺めながらそうつぶやいた。
 篠崎は何言ってんだこいつらと思ったが口には出さなかった。

 そんな会話を交わしていた3人のテーブルにどんと断りなしに割って入った男がいて、年齢は50か60かといったところ、頭がきれいに禿げ上がっていて、城では見たことない黒いゆったりとした服を着ていた。
 なんとなくそこから連想されたのは坊主つまりは宗教関係者で、城とはまた別の権力機構に属する人間で、警戒すべきかなと一瞬思ったが、そのくにゃりとした赤ら顔を見てまあとりあえずいいやと思った。
 坊主は持ってたコップからぐいっと一口飲むと篠崎ら3人を順々にゆっくりと眺める。気おされたというより反応に困っていたところ、もう一口煽ってからその坊主は口を開いた。
「お前ら、いい勇者か、悪い勇者か、どっちだ?」

 何と答えればいいのかよくわからなかった。栗木と佐原の顔をみたところ、2人も同じように戸惑っているのが見てとれた。
 仕方がないので篠崎は自分なりに考えて自分なりの言葉でそれに正直に答えることにした。
「よくわかりません」

「何がよくわからんのだ?」坊主は問いを重ねる。
「まず自分たちが勇者であるというのがよくわかりません。次に勇者であるとしてもいいことも悪いことも、特に大したことは何もしてないので、いい勇者とも悪い勇者とも言えません。強いて言うなら普通の勇者です」
 話している途中で我ながらずいぶんとつまんない解答だなと思ったが、まあおもしろさを求められてるわけでもないだろうし気にしないことにした。

 坊主はあごに手をやってしばらく考えた後で、手近にあった椅子を持ってきて3人のテーブルについた。勝手に干し肉に手をつけるとがじがじとかじりついて葡萄酒を飲み干す。
 それからこちらの戸惑いがちゃんとわかっていたのか、「わしの名はゾキエフ。そこの教会の坊主だよ。お前さんらに興味があってね」と自ら名乗った。
 先の質問から黙っていた栗木は、彼にしては真剣な顔つきになって、どこか不機嫌そうな口調になりながら、ゾキエフに尋ねた。「そもそも勇者っていったい何なんすか?」

 投げ出された質問に今度はゾキエフの考える番だった。干し肉を咀嚼しながらゆっくりと言葉をまとめようとしているのがその表情からわかった。
「……古い古い詩があってな」
 そう言うとゾキエフはおもむろに立ち上がる。そうして咳ばらいをひとつした。

「黒い霧立ち込める沼地で、魔物の王は生まれいづる。だれもそれを止めることはできない。魔王の軍勢はすべてを飲み込む。世界は闇につつまれる。けれどもあきらめてはならない。どんなに濃い闇の中でも光は必ずさしてくる。彼方の世界より勇者は現れる。その光の名のもとに勇者は闇を切り裂き進む。正義の刃に魔王は倒れ伏し、世界から暗黒は振り払われる」
 今までの調子とはうってかわったその朗々とした響きに食堂中が静まり返る。

 ゾキエフは歌い終えて席に着くと葡萄酒(自分のでない)を一息にあおった。
「小僧ども、どうだ、何かわかったか?」
 再び食堂はざわめきだす。喧騒の中で篠崎は詩の意味を考えてみた。
 なにか入り組んだ比喩表現があって内容がわかりづらいとかそういうことはなかった。要約すると魔王出現、世界征服、勇者来訪、魔王滅亡、平和到来みたいな感じ。

 うーん、何と言っていいのかこれは……そう思いながら栗木の方を見るとなんとも呆れた顔をしている。
「つまんない詩だな」ばっさりと切り捨てた。
「そうだろう。わしもそう思う。ありきたりで何の技巧もないつまらない詩だ。内容も乏しい」
 栗木の感想に心底同意するようにゾキエフは深くうなずく。それから「もちろん、ここだけの話だがな」と付け加えてにやりと笑った。
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