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迫る別れの時

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アリスは十五歳になった。

乙女ゲーム、『ときラビ』の開始時期が近付いているのを嫌でも肌で感じてしまう。
それだけ村中がソワソワと落ち着かない様子なのだ。

「なあ、アレはどうなってる?」
「ああ、アレなら準備万端だ。リハーサルも済ませたしな」

アレとぼかしてはいるが、アリスの両親を馬車の事故死に見せかける計画のことを指しているのは明白だった。
村のあちらこちらで、アレとかソレと言った単語が飛び交っている。

うーん、こんな大っぴらに計画している時点で、わざわざ曖昧な言葉を使う意味がわからないんだけど。
リハーサルまでしているんなら、いっそ堂々としてたらいいのに。
そもそも、事故死じゃなくて失踪とかじゃ駄目なの?
まあ、どうせゲームのあらすじが変わるから無理とかいうんだろうな。
この世界の人って真面目というか、融通が効かなさ過ぎる……。

なかば呆れて、何に使うのか大きな木材が運ばれていく様子を眺めているアリスの隣で、モニカがなにやら真剣に練習している。

「『なんでこんな田舎に貴族の馬車が!?』……いや、違うな。『なんでこんな田舎に貴族の馬車が!?』」

例のモニカの決め台詞だ。
はっきり言って、一回目と二回目との違いがわからないし、そんなに練習するほどのことだろうか。
しかも、道行くご近所さんはアリスを見つけると意味ありげに微笑み、拳を握ってみせてくる。
「ファイト!」と言っているみたいだが、え、私にどうしろと?

そして、事故が起こる前日がやって来た。
正しく言えば、事故を前日なのだが。

「いよいよ明日だね。おじさんたちのお葬式が明後日で、その日にあんたに男爵家のお迎えが来るはずだから、明後日にはアリスはこの村を出ていっちゃうんだね」

モニカが少し悲しそうに笑った。
なんだかんだで生まれて十五年、幼馴染みとしてずっと一緒に育ってきたのである。
アリスはなんだか急に心細くなってしまった。

「ねえ、モニカも一緒に行こう? 貴族なら同居人が一人や二人増えたって変わらないんじゃない?」
「何馬鹿なこと言ってんの。そんなこと出来る訳がないでしょ? たまには手紙でもちょうだいよ。あ、あたしの推しは商人の息子だから。頭の回転が早くて、自由な感じが好きだったんだよねー」

モニカ、お前もか!!
みんな好き勝手に自分の推しを私に押し付けないで欲しい。

「期待には応えられないと思うよ? 私、恋愛するつもりないし」

素っ気なく言ったのに、モニカは全く気にも留めない。

「あはは、そんなの無理だって。周囲が放っておかないもん。いい加減腹を括りな!」
「いやだ……」

ぶうたれている私の正面にモニカは向かい合うようにして立つと、そっと右手を差し出してきた。

「今までありがとね。ヒロインの幼馴染みなんて、あたしにとっては最高のモブだったよ。もうゆっくり話せる機会は無さそうだから今言っとく。王都に行っても元気でね!」

どうしようもなく涙がこみ上げてしまい、モニカの笑顔が滲んでいく。
アリスの口から頼りない声が漏れた。

「モニカ……私、行きたくないよ……モニカとずっと一緒にいる……」
「何言ってんの! それじゃあゲームが始まらないでしょ? 私は……ここから応援してるから……あんたも頑張って…………」

モニカの声も震えだし、二人の間に長い沈黙が落ちたが、先に空気を変えるように明るく声を発したのはモニカだった。

「あ、私、明日の準備を手伝わなくっちゃ。明日は忙しいぞー! あんたも早く帰りなさいよ? じゃあね!!」

そう一気に告げると、アリスの右手を取ってブンブンと大きく二度振ってから去っていった。
アリスはモニカの手のひらの温もりが残る右手を握りながら、彼女の背中が見えなくなってもしばらく佇んでいた。

◆◆◆

家に帰ると、いつも通りの両親がいた。
明日事故に合う予定の人たちにはとても見えない。
……まあ、普通はそういうものだが。

「おかえり、アリス。少しいいか?」

父に話しかけられ、明日の段取りについて最終確認をすることになった。
いやいや、段取りって……と突っ込みたくなる気持ちはあるが、ここまできたので大人しく従うことにする。

「簡単に言ったらこうよ。朝、私たちが家を出ます。アリスが見送ります。通りで私たちが馬車に轢かれます。アリスが駆け付けます。翌日お葬式があります。男爵家のお迎えが来ます。アリスが村を去りますーーどう? 分かりやすいでしょう?」

母の説明に、アリスはガックリと肩を落とした。

軽い……、軽過ぎる……。
親子の今生の別れなんだよね?
そんな説明でいいの!?

「分かりやすいけども! もうちょっと悲壮感とか深刻さとかないの!?」

アリスが憤ると、父がフォローに入った。

「ほら、あまりシリアスになるのも如何なものかと。実際は死なないわけだし」
「それはそうかもしれないけれど……」

そこでようやくアリスは気付いた。
両親がわざと明るく振る舞っているのだと。

「まあ、ただのお芝居だしね。二人とも緊張して本番でトチらないでよ? 笑っちゃうから」

アリスが明るく冗談を言うと、両親も笑って頷く。
こうして家族三人の最後の夜は更けていったのだった。

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