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第二の嫌がらせ(私物廃棄編)
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「ただいまー」
「おかえりなさいませ、お嬢様。首尾の方は?」
屋敷では執事見習いのアレンがソワソワしながら待っていた。
こんな彼は珍しかったが、マリアンヌは今日の騒動を興奮気味に語って聞かせる。
「……で、ロザリーったら私がしょっちゅう虐めているみたいなイメージを植え付けようとしていて。やるわね、あの子。でも先に実習室へ行かせたお友達にもアリバイがあるわけだから、私たちはそろって濡れ衣を着せられたってみんなは思ってくれたみたい」
「それはそれは、さすがお嬢様ですね。……ベリックとやらは要注意だな」
「え? 何か言った?」
「いえいえ。確か次はロザリー様の私物を捨てるんでしたよね。壊すのは可哀想だからと」
「そうそう。腕が鳴るわー」
右腕をブンブン振り回すマリアンヌを、アレンが意味ありげに見つめていた。
◆◆◆
三日後、マリアンヌは第二の嫌がらせを決行することにした。
あれからロザリーは悲劇のヒロインのように、マリアンヌに告げられた悪口を言いふらしているらしい。
それはもう、あることないこと――ほとんどがないことばかりだが――言いまくっているおかげで、ますます信用をなくしているとか。
それを慰めるジャルダンにも冷ややかな視線が注がれるのは仕方のないことだった。
えーと、ロザリーの教科書はっと。
うわ、落書きばかりじゃないの。
まあいいわ。
さきほど使ったばかりであろう外国語の教科書を、体育の授業で誰もいないロザリーの教室からこっそり盗み出し、くるくる丸めて水に弱い紐で軽く結ぶ。
マリアンヌは棒状になった教科書を持って校舎の屋上に立つと――力任せに遠くへと放った。
高度を保った教科書は、やがて校舎裏に広がる湿地地帯の手前に吸い込まれるように落ちて行った。
なかなかいい場所である。
さすが強肩の私。
あそこならもうすぐフィールドワークの三年生が通るはずだから、教科書に気付いて持ち帰ってくれるといいんだけど。
まあロザリーなら、教科書がなくなっただけでも私がやったと騒ぎ立てるに決まっているし。
拾われるかどうかは運しだいだったが、もしあれだけ遠い場所で発見されたのならマリアンヌが犯人だと疑われることはまずないだろう。
教科書は新しいものを貰えるはずだから、私物がなくなったと言ってもロザリーのショックも少ないはずだ。
マリアンヌは何事もなかったようにその後の授業を受けると、やがて昼食の時間になった。
いつも行動を共にしているクラスメイトの令嬢たちと食堂で談笑しながらランチを楽しんでいると。
「マリアンヌ様、あんまりですわ! 私の教科書を外に捨てるだなんて……。いくら私が目障りだからってひどすぎます!」
つかつかと近寄ってきたロザリーが、突如キンキンとした声でマリアンヌを責め始めた。
その手には泥が付いた教科書が握られていて、嫌がらせが上手くいったことを悟ったマリアンヌは内心ほくそえむ。
「突然やって来て何をおっしゃるかと思えば。どうしてマリアンヌ様があなたの教科書を捨てなければならないのかしら?」
「そんなの私の存在が気に入らないからに決まってるじゃない。ジャル様の寵愛を独り占めする私が許せないのよ」
「まあ、ぬけぬけとなんてことを!」
友人らがマリアンヌをかばう様にロザリーとやりあっている。
前回、マリアンヌと一緒に悪口を言っていた仲間だと言いふらされたことで、彼女たちも頭に来ているのかもしれない。
食堂中の視線が向けられピリピリとした空気が流れる中、良く通る凛とした声が響いた。
「ちょっといいかな」
「レックス殿下!」
その声の主はジャルダンの弟、第二王子のレックスだった。
切れ長の瞳を持ち、聡明そうな顔付きをしているレックスは、ジャルダンとは全く似ていない。
レックス様が出てくるとは予想外だったわね。
でもここの兄弟は仲が悪いくせに、レックス様は昔から私になついてくれているから大丈夫よね?
不安そうな顔をしているマリアンヌを気遣う様に、レックスが優しい声で話しかけてきた。
「邪魔をしてごめんね、義姉上。とても聞いていられなくて。良かったら僕に任せてもらっても?」
「レックス様、せっかくの昼食時間を邪魔してしまい申し訳ございません。皆様まで巻き込んでしまって……」
マリアンヌがレックス、友人、周囲の学生に頭を下げると、すかさずレックスが側にやってきて彼女の肩に手を置いた。
「そんな他人行儀なことを言わないで欲しいな。誰も義姉上を悪く思ってなどいないよ。悪いのはもちろん……ねえ?」
レックスがロザリーをちらっと見た後に周囲に問いかけると、思いきり首を縦に振る学生たち。
マリアンヌは自分の想定より大事に発展してしまったことに内心慌てていた。
「おかえりなさいませ、お嬢様。首尾の方は?」
屋敷では執事見習いのアレンがソワソワしながら待っていた。
こんな彼は珍しかったが、マリアンヌは今日の騒動を興奮気味に語って聞かせる。
「……で、ロザリーったら私がしょっちゅう虐めているみたいなイメージを植え付けようとしていて。やるわね、あの子。でも先に実習室へ行かせたお友達にもアリバイがあるわけだから、私たちはそろって濡れ衣を着せられたってみんなは思ってくれたみたい」
「それはそれは、さすがお嬢様ですね。……ベリックとやらは要注意だな」
「え? 何か言った?」
「いえいえ。確か次はロザリー様の私物を捨てるんでしたよね。壊すのは可哀想だからと」
「そうそう。腕が鳴るわー」
右腕をブンブン振り回すマリアンヌを、アレンが意味ありげに見つめていた。
◆◆◆
三日後、マリアンヌは第二の嫌がらせを決行することにした。
あれからロザリーは悲劇のヒロインのように、マリアンヌに告げられた悪口を言いふらしているらしい。
それはもう、あることないこと――ほとんどがないことばかりだが――言いまくっているおかげで、ますます信用をなくしているとか。
それを慰めるジャルダンにも冷ややかな視線が注がれるのは仕方のないことだった。
えーと、ロザリーの教科書はっと。
うわ、落書きばかりじゃないの。
まあいいわ。
さきほど使ったばかりであろう外国語の教科書を、体育の授業で誰もいないロザリーの教室からこっそり盗み出し、くるくる丸めて水に弱い紐で軽く結ぶ。
マリアンヌは棒状になった教科書を持って校舎の屋上に立つと――力任せに遠くへと放った。
高度を保った教科書は、やがて校舎裏に広がる湿地地帯の手前に吸い込まれるように落ちて行った。
なかなかいい場所である。
さすが強肩の私。
あそこならもうすぐフィールドワークの三年生が通るはずだから、教科書に気付いて持ち帰ってくれるといいんだけど。
まあロザリーなら、教科書がなくなっただけでも私がやったと騒ぎ立てるに決まっているし。
拾われるかどうかは運しだいだったが、もしあれだけ遠い場所で発見されたのならマリアンヌが犯人だと疑われることはまずないだろう。
教科書は新しいものを貰えるはずだから、私物がなくなったと言ってもロザリーのショックも少ないはずだ。
マリアンヌは何事もなかったようにその後の授業を受けると、やがて昼食の時間になった。
いつも行動を共にしているクラスメイトの令嬢たちと食堂で談笑しながらランチを楽しんでいると。
「マリアンヌ様、あんまりですわ! 私の教科書を外に捨てるだなんて……。いくら私が目障りだからってひどすぎます!」
つかつかと近寄ってきたロザリーが、突如キンキンとした声でマリアンヌを責め始めた。
その手には泥が付いた教科書が握られていて、嫌がらせが上手くいったことを悟ったマリアンヌは内心ほくそえむ。
「突然やって来て何をおっしゃるかと思えば。どうしてマリアンヌ様があなたの教科書を捨てなければならないのかしら?」
「そんなの私の存在が気に入らないからに決まってるじゃない。ジャル様の寵愛を独り占めする私が許せないのよ」
「まあ、ぬけぬけとなんてことを!」
友人らがマリアンヌをかばう様にロザリーとやりあっている。
前回、マリアンヌと一緒に悪口を言っていた仲間だと言いふらされたことで、彼女たちも頭に来ているのかもしれない。
食堂中の視線が向けられピリピリとした空気が流れる中、良く通る凛とした声が響いた。
「ちょっといいかな」
「レックス殿下!」
その声の主はジャルダンの弟、第二王子のレックスだった。
切れ長の瞳を持ち、聡明そうな顔付きをしているレックスは、ジャルダンとは全く似ていない。
レックス様が出てくるとは予想外だったわね。
でもここの兄弟は仲が悪いくせに、レックス様は昔から私になついてくれているから大丈夫よね?
不安そうな顔をしているマリアンヌを気遣う様に、レックスが優しい声で話しかけてきた。
「邪魔をしてごめんね、義姉上。とても聞いていられなくて。良かったら僕に任せてもらっても?」
「レックス様、せっかくの昼食時間を邪魔してしまい申し訳ございません。皆様まで巻き込んでしまって……」
マリアンヌがレックス、友人、周囲の学生に頭を下げると、すかさずレックスが側にやってきて彼女の肩に手を置いた。
「そんな他人行儀なことを言わないで欲しいな。誰も義姉上を悪く思ってなどいないよ。悪いのはもちろん……ねえ?」
レックスがロザリーをちらっと見た後に周囲に問いかけると、思いきり首を縦に振る学生たち。
マリアンヌは自分の想定より大事に発展してしまったことに内心慌てていた。
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※この作品は、旧作を加筆、修正して再掲載したものです。
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