【完結】悪役令嬢を期待されたので完璧にやり遂げます!

櫻野くるみ

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耳にした噂話

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それは夏の暑さがやわらぎ、日の短さを感じるようになったある放課後のことだった。
図書室からの帰り道、一人校内を歩いていたマリアンヌは、ふと自分の名前が聞こえた気がして足を止めた。

「マリアンヌ様、よく我慢なさっていらっしゃるわよね」
「ええ、本当に! わたくしだったらお父様にお願いをして、とっくに婚約解消しているところですわ」
「マリアンヌ様ほどの方なら、たとえ王家との婚約が駄目になろうとも引く手あまたでしょうし、名前に傷が付くとも思えませんものね」

夕方の校舎には残っている人もまばらだからか、気を抜いた令嬢たちが空き教室で噂話に興じているらしい。
それは珍しくもないありきたりな光景だったが、耳にしたのが噂されている張本人ともなれば事情も変わってくるというもので……。

マリアンヌはこっそり教室の窓へと身を寄せると、人気のない廊下で息を潜めた。

◆◆◆

国有数の名家、オーズリー公爵家の長女としてマリアンヌは生まれた。
公爵令嬢として目を引く存在だと幼い頃から自覚していた彼女は、令嬢の良き手本となるべく努力を怠らなかった。
その結果、十歳の時に第一王子の婚約者に選ばれ、マリアンヌの名はますます世間に知れ渡ることとなった。

そんな彼女は若い女性が噂好きなことなど重々承知しているし、自分の名前が噂にあがることなどへっちゃらだった――と言いたいところだが。

マリアンヌには貴族令嬢としてよろしくない習性があった。
噂話の内容が気になって仕方がないのである。

それは自分が世間でどういう評価をされているかはもちろん、一番興味があるのは周囲の期待に応えられているかという点だった。
望まれている令嬢像を完璧に再現することに心血を注いでいたと言ってもいい。
その為、マナー違反とわかっていながらも夜会の合間に物陰から聞き耳を立ててしまうこともしばしばで……。

これはある意味職業病の一種、マリアンヌが公爵令嬢であるがゆえの弊害と言えるのかもしれない。

今日もマリアンヌは『令嬢ならば戯言の一つや二つ、ドーンと構えて聞き流すくらいの余裕があってしかるべき!』と頭では思いつつも、野次馬根性丸出しで耳をそばだてることを止められないのだった。

ふむふむ、やっぱりジャルダン様と私の噂みたいね。
まあ、それも当然と言えば当然よね。
あの王子ってば私という完璧な婚約者がありながら、すっかり男爵令嬢に骨抜きにされているのだもの。
私も外野の令嬢の立場だったら、こんな面白い噂話を見逃さなかっただろうし。
……うん、今のところ私は悪く言われていないみたいね。

彼女の思考からもおわかりになる通り、マリアンヌの内面は淑女からは程遠いものであったが、それを知る者は数少ない。
家族すらマリアンヌこそ令嬢の鑑だと信じて疑わないのだから。
悪く言われることを恐れて淑女の面を被り続けた結果、真の令嬢だと皆の口に上る機会が増え、ますます内容が気にかかってしまう――なんとも哀れな悪循環である。

「ご覧になりました? 今日のランチタイム」
「もちろんですわ。殿下はまたあの男爵令嬢とご一緒でしたわね」
「ええ! あの女、殿下に腕を絡めてまるで婚約者気取りで。勝ち誇ったような顔が忘れられませんわ」

マリアンヌが聞いているとも知らず、教室内での会話は続いていた。
声の違いから、噂をしているのは三人の令嬢のようだ。
中には聞き覚えのある声も混じっている。

ふーん、今日もあのお二方は人目も憚らずに仲睦まじく過ごされたってわけね。
……自分の立場も考えずに困った方たちだこと。

第一王子のジャルダンが男爵令嬢のロザリーに入れあげていることは、学園に通う人間なら誰もが知っている。
『ロザリーこそが私の運命の相手なのだ』と、王子自らが吹聴しているのだからそれも当然のことだった。
しかも二人はところかまわず密着し、大声で愛を叫びあっているのだ。
まるでマリアンヌへ当て付けるかのように……。

いやいや、愛って囁くものだと思っていたのだけど、あの方たちは舞台俳優でも目指しているのかしら?
元々私は殿下のことなんてちっとも好きではないし、もうお父様が婚約破棄に向けて動いているというのに。

失恋の痛みなど全く感じないマリアンヌは、思わず遠い目をしていた。
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