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遠距離恋愛の始まりと、思い出の品。
しおりを挟むダニエルがバーシャルへと出発する日は、内示を受けてからわずか五日後と決まった。
仕事の引き継ぎや、荷物の準備で忙しいはずだが、ダニエルは時間を作ってはエミリアに会いにやって来た。
バーシャルの話を伝えた時に、珍しくエミリアが取り乱した為、心配をしたのかもしれない。
考えてみれば、彼氏が転勤で遠距離恋愛なんて、良くあることだよね。
私ってば中身まですっかり小娘慣れして、動揺しちゃって恥ずかしい。
一人で大丈夫だってところを見せて、安心してお仕事に行ってもらわないと!
ただでさえ、危険な任務なんだから。
大事なお役目の前にこれ以上負担をかけてはいけないと思い、エミリアは元気に振る舞ってみせることにした。
「あら、ダニー様、またいらしたの?お忙しいんだから、時間ができたなら休んだほうが体のためなのに。」
気合いを入れて、ツンとした素振りで言ってみる。
冷たいと思われるだろうが、これもダニエルの心残りをなくす為だ。
「プッ、そんなこと言うなよ。俺はエミィといる時が一番安らぐんだ。」
ダニエルはやっぱり大人で、エミリアの強がりを笑って聞き流してはエミリアを甘やかす。
短時間一緒に過ごすと、また慌ただしく去っていく。
ダニエルに何も出来ないエミリアは、もどかしくて堪らなかった。
「なあ、エミィ。俺達、もう普通の婚約者だよな?婚約者(仮)はいらないよな?」
バーシャルへの出立前夜、また顔を出したダニエルが唐突に訊いてくる。
余裕がありそうな表情を浮かべながら、チラチラとエミリアを確認してくるあたり、実は自信がないらしい。
今更な質問に笑いそうになるエミリアだったが、ダニエルはずっと気にしていたようだ。
「うーん、そうですねぇ、三年間浮気をせずに、無事に戻ってくると約束してくれるなら、取ってあげてもいいですよ?」
「ヨッシャー!!長かったなー、(仮)!」
この期に及んで交換条件を出してみたが、ダニエルは無邪気に喜んでいる。
こういう、いつまでも子供っぽいところがズルいよね。
もう二十九歳なのに・・・って、あれ?
前世で私はこの頃には死んでたってことは、いつの間にかダニー様に歳を越されてたんだ!
出会った時から、お姉さん気分で接していた部分があった為、エミリアは静かに衝撃を受けていた。
気付かぬふりをしていたが、ダニエルはとっくにエミリアの前を歩き、エミリアの手を引いていたのだ。
「じゃあ、あと三年待てば、エミィは俺の嫁さんか。」
「三年もあるんですよ?」
呆れたエミリアだったが、ダニエルは軽く答える。
「たった三年だ。何年待ったと思ってる?」
ようやくここまで来たかーと小さく呟くダニエルは、感慨深そうに頷いていた。
翌日、エミリアはダニエルの見送りに騎士団宿舎の前まで向かった。
多くの人が旅立つ騎士を一目見ようと、駆けつけていた。
こんなに人がいたら、ダニー様とは話せないかもしれないな。
手を振って気付いてもらえればいいか。
キョロキョロとダニエルを探していると、シーラに声をかけられた。
「エミィ様、こっちこっち!」
呼ばれるまま建物の影へと足を向けると、すぐにルシアンの声も聞こえてきた。
「いいからちょっと顔を貸せ!」
「なんだよ、もうすぐ出発だぞ?」
不満げに現れたのはダニエルで、エミリアの存在に気付くと驚き、目を見開いた。
「ダニー様?」
「エミィ?なんでこんなところに・・・」
見つめ合ったまま動けずにいると、ルシアンが説明してくれた。
「俺達からささやかなプレゼント。少しだけど、別れを惜しんでくれ。」
そう言うと、シーラと共に去っていった。
「あいつ、たまには役に立つよな。」
ルシアンが怒りそうな台詞だが、ダニエルは嬉しそうだ。
エミリアは、バッグからクッキーを取り出すと、ダニエルに差し出した。
「ダニー様、クッキーです。小腹が空いた時にでも。あと、いつものハンカチ。今度渡せるかわからないので、一応。」
五歳の時に初めて手作りのハンカチを渡してから、約束通り毎年ダニエルに贈っていた。
バーシャルの状況がわからない為、一枚だけ先に渡しておくことにしたのである。
「ありがとな!俺のコレクションがまた増えた。」
変なことを言い出すダニエルに、ハテナマークを浮かべていると、種明かしとばかりにダニエルが一枚のハンカチを取り出した。
「あーっ!それは私が最初に縫ったハンカチ!!」
見覚えのあるそれは、五歳のエミリアが小さな手で縫ったハンカチであり、少々歪んでいる。
「そうだ。俺の宝物だな。あとこれも。」
歪なハンカチを取り返そうとジャンプするエミリアをかわし、ダニエルが制服の上着を少し捲る。
そこには、これまた昔見た、オレンジのアップリケが付いていた。
「ええっ!なんでこのシャツを!?ダニー様、正気ですか?これ着ていくつもり?」
上着を戻し、ハンカチやクッキーをしまいながら、ダニエルは当たり前のように言う。
「エミィとの思い出の品だからな。全部持っていく。」
「いやいや、じゃあ何も、今着ていかなくても・・ぶふっ」
まだ文句を言っているエミリアの口を、ダニエルの唇が塞いだ。
何が起きたか理解出来ないまま、口を噤んだエミリアの頭を撫でると、ダニエルはエミリアのおでこにもう一度キスをした。
「行ってくる。」
一言告げると、騎士の群れに合流する為に踵を返した。
は?
ここでする?
喋ってる途中に?
慌てて我に返り、建物の影から通りへ戻ると、まさに騎士達が出発するところだった。
「ダニー様!!」
照れているのか、怒っているのか、はたまた拗ねているのかよくわからない感情で名前を呼べば、ニヤッと笑い、軽く手を振って行ってしまった。
なんだか悔しい!
次会ったら覚えてなさいよ!
赤い顔をしながら、エミリアはいつまでもダニエルの背中を見送っていた。
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