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うさぎと狼。

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ワンピースを借りて着替えが終わったクレアだったが、ここでマクレーン家の使用人に見つかるわけにもいかず、現在は使用されていないアイリーンの部屋に潜んでいる。
夫人はエドガーを呼びに部屋を出て行き、戻り次第3人で今後について話し合うことになっていた。

「お待たせ、クレアちゃん。誰にも見られないように移動するのってドキドキするわね」

部屋に戻ってきた夫人は、人目を避けてコソコソするのがスリルがあって楽しかったらしい。
エドガーは辺りの気配を確認してからそっと扉を締め、呆れたように母親を嗜めた。

「遊んでいる場合ではありませんからね」

「わかっているわよ。私にいい考えがあるの!!」

3人で輪になると、夫人は意気揚々と言った。
夫人の提案はこうだ。

強盗団に屋敷を襲われたクレアは、自力でなんとか逃げ出し、たまたま辺境伯の所領へ向かう馬車に助けられた。
そのまま乗せてもらったクレアは、辺境伯夫人のアイリーンの元へと駆け込み、無事に保護されたーー。

「我ながら完璧な作戦じゃないかしら。アイリーンなら上手くやってくれるでしょうし、クレアちゃんに傷が付くこともないわ」

そうなのだ。
一度誘拐されたとなると、貴族令嬢だと特に傷物扱いをされてしまうことが多い。
念の為、両家と騎士団以外にはクレアが行方不明の話は伏せてあるが、なにぶん昼間の犯行だったので強盗の噂は広まってしまっている。
ワンピースが残されていたことまで拡散してしまった後では、尚更クレアの評判に関わってしまうだろう。
ーークレア自身はあまり気にしていないのだが。

「そうだな、幸いクレアのお転婆は有名だし、先に『敵の目を誤魔化そうと、服を脱いで逃げ出した』という話にしておけば、信憑性と説得力があるな」

はい?
そんなもの、どこにあるのかしら?
不自然でしかないわよね。

「意味がわからないわ。どうして私が下着姿で逃げることに説得力があるのよ?そんな令嬢いるはずないじゃない」

「いや、安心しろ。クレアならいける」

「ええ。クレアちゃんの行動力なら、そのくらい皆さん納得するでしょうね」

そうなの!?
私の評判ってどうなってるのよ……。

「それに、辺境伯の領地に行けば、変身の謎も解けるかもしれないし」

クレアが密かにショックを受けている間に、夫人は意味深な言葉を残し、アイリーンに手紙を書く為に自室へ戻ってしまった。
どうやらうまく取り計らってくれるみたいだ。


気付けばエドガーと2人きりで残された空間に、クレアは少し緊張を感じていた。

「なんだか落ち着かないな」

頭をかき、視線を反らしながらエドガーが独り言のように話し出した。

「そうね……」

クレアも上手く言葉が続かない。
昨夜はうさぎになって逃げてしまった分、更に気まずさが増していた。

あー、もう!
なんでエド相手に私はこんなに緊張しているのかしら?
確かにエドの色々な部分を知ってしまったけれど。
それにしても、こうやってきちんと顔を合わせるのって3年ぶりなのよね。
昨日はバタバタしていたし。

クレアがチラっとエドガーに視線をやると、やはり記憶の中のエドガーよりかなり身長が伸びている。
可愛らしさが残っていた顔も、頬がシュッとしまり、精悍な顔付きに変わっていた。

なんだかエドじゃないみたい。
逞しくなって、会わない内にすっかり大人の男性になっていたのね。

そんなエドガーにうさぎ姿とはいえ、抱っこされていたことを思い出し、クレアは悶絶しそうになった。

「その服、姉貴のだろ?似合ってるな」

「そ、そう?ありがとう」

突然褒められ、とりあえずお礼を言ったクレアだったが、次第にじわじわと笑いが込み上げてきた。

ぷっ、エドが服を褒めるなんて初めてじゃないかしら?
しかもそんな真っ赤な顔で言わなくても。

クスクス笑っていると、エドガーが拗ねた。

「なんだよ、何がおかしいんだよ」

「だって、そんな無理に褒めなくてもいいのに。でもエドはこの3年で随分変わったのね」

「無理なんてしていない。変わったのはクレアのほうだろ?……綺麗になっててびっくりした」

エドガーの言葉に、クレアのほうが呼吸が止まりそうなほどに驚いていた。

「な、何を言っているのよ。エドらしくないわよ?そんなこと言ったことなかったじゃない」

「言わなくてもずっと思ってた…………クレア!!」

急に真面目な声で名前を呼ばれ、クレアも思わず「はいっ」と返事をしてしまう。
怖いほど真剣な表情でクレアの前に立ったエドガーは、クレアの両手を取ると、優しく握った。

「俺は子供の頃からクレアが好きだ。ずっと可愛いと思っていたし、いつか結婚すると決めていた」

突然始まったエドガーの告白に、クレアは咄嗟に逃げようと、くしゃみを試みたが、両手を塞がれて鼻を擽ることすら出来ない。

どうしよう、エドと向き合おうって思ってたけれど、恥ずかしくてやっぱり無理!
でも逃げられない!!

焦るクレアを見下ろすエドガーは、まさにうさぎを狙う狼のようだった。

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