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第2話
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「お嬢様、お目覚めになられて下さい」
女性の声で目覚めると、不機嫌そうな女が私を見下ろしていた。
初対面の相手だけど、不思議と誰だかわかる。
この人は私の――後に悪女と呼ばれた、アレーヌ・ビ・アクセレイ侯爵令嬢に仕える侍女だ。
「お目覚めになられたのでしたら、さっさとお着換えください。私達は食事の用意を致しますので」
侍女は寝ている私から、面倒くさそうに布団を引っぺがした。
その言葉遣いや態度は、侍女としては明らかに宜しくない。
私の中にはこの世界の情報や、アレーヌの終生の知識があった。
なので、先ほどの態度も、そもそも、侯爵令嬢に自分で着替えをさせるというのも論外な話である。
だが彼女達は堂々とそれを行う。
何故なら、アレーヌは下の者達から侮られていたからだ。
無礼を働いても問題ないと思われる程に。
部屋にいた二人の侍女は、ぼーっとしている私に聞こえる様な舌打ちをしてから出ていった。
これが他の貴族の家なら、彼女達はその場で追い出されていた事だろう。
それ相応の罰を受けた上で。
「はぁ……」
彼女達の態度に呆れつつ、ベッドから起き上がり私は姿見で自分の容姿を確認する。
鏡の中には、菫色——青紫――の目と髪をした、頬のこけた6歳の少女が映っていた。
――彼女の名は、アレーヌ・ビ・アクセレイ。
この娘の望んだ復讐をする事。
それが神から与えられた私の使命。
そしてこの使命を達成した時、私は自らの願いを叶えて貰える。
正確には、そのための力が貰えると言った方が正解ね。
「にしても……ガリガリね」
彼女からは、子供特有の丸みの様な物が全く感じられない。
骨と皮だけの様な体つきに、バサバサで水気の無い髪。
それはまともに食事が摂れず、栄養が足りていない証拠だった。
「全く、本当に碌でもない環境だわ」
彼女は親に愛されていなかった。
寧ろ憎まれていた程だ。
その事を知っている使用人達は、侯爵令嬢という高い身分であるはずのアレーヌを常日頃から堂々と馬鹿にしていた。
因みに、彼女がその事に気付くのは10歳を超えた辺りの話だ。
何せそれまでは外出が許されず。
周囲の貴族の令嬢子息と交流を持てなかったため、使用人達の態度がおかしいという事に気づく事すら出来なかったのである。
ま、その一年後――知恵と権力の使い方を学習しだした彼女に、それまでの侍女達は追い出されてしまう訳だが……
「まだお着換えになられていないのですか?」
食事のトレーを持って戻って来た侍女が、不満げに此方を睨みつけた。
そういえば戻ってくる際、ドアをノックしてないわね。
女性の部屋にノックなしで入るなんて……ていうか、よくよく考えたら、そもそも出ていく時にドアを閉じてすらなかったわね。
そりゃドアが開けっぱなしなら、ノックなんてないか。
ってそういう問題じゃない。
ほんっと、やりたい放題してくれてるわ。
「全く!着替え位ぱっぱと終わらせて下さいな!」
私が無視すると、侍女がイラついたのか声を荒げる。
貴方達……子供だからって完全に舐めるみたいだけど、後数年でここから追い出されるんだけど分かってる?
まあ今回はそんな程度では済まされないんだけど。
アレーヌは子供だったため、彼女達をただ家から追い出すだけだった。
それに不満を持った使用人達は、逆恨みから彼女に関する悪い噂を吹聴して回る事になる。
その事がどれ程、後々アレーヌの心を傷つけた事か。
当然、彼女達は神に指定された報復対象である。
なので追い出す程度で終わらせたりはしない。
「お嬢様が着替えたくないんなら、もうそのままで構いません!早く席について食事を摂ってください!私達は忙しいんですから!」
部屋にあったテーブルの上に、侍女達が運んできた皿を乱雑に並べる。
皿自体は何枚もあるが、その全てに申し訳程度の食べ物の切れ端が置かれているだけの状態だった。
高級料理だから量が少ない?
そんな訳がない。
親に嫌われてるとは言え、仮にも侯爵令嬢である。
彼女に用意されているのは最高級の料理だ。
それを目の前の侍女や他の使用人達が、途中で勝手につまんでいるためこうなってしまっていた。
このふざけたつまみ食いは、アレーヌが栄養失調で倒れるまで当たり前の様に続く。
まあ流石に死なれたら不味いと思ったのか、それ以降はそう言った事は無くなるが。
――勿論、私はそうなるのを長々と待つつもりはない。
「料理長を呼んできなさい」
私は侍女に命じる。
アレーヌに料理を用意しているであろう、料理長を呼んで来る様に。
何のために?
勿論、責任の所在をハッキリさせるために、である。
女性の声で目覚めると、不機嫌そうな女が私を見下ろしていた。
初対面の相手だけど、不思議と誰だかわかる。
この人は私の――後に悪女と呼ばれた、アレーヌ・ビ・アクセレイ侯爵令嬢に仕える侍女だ。
「お目覚めになられたのでしたら、さっさとお着換えください。私達は食事の用意を致しますので」
侍女は寝ている私から、面倒くさそうに布団を引っぺがした。
その言葉遣いや態度は、侍女としては明らかに宜しくない。
私の中にはこの世界の情報や、アレーヌの終生の知識があった。
なので、先ほどの態度も、そもそも、侯爵令嬢に自分で着替えをさせるというのも論外な話である。
だが彼女達は堂々とそれを行う。
何故なら、アレーヌは下の者達から侮られていたからだ。
無礼を働いても問題ないと思われる程に。
部屋にいた二人の侍女は、ぼーっとしている私に聞こえる様な舌打ちをしてから出ていった。
これが他の貴族の家なら、彼女達はその場で追い出されていた事だろう。
それ相応の罰を受けた上で。
「はぁ……」
彼女達の態度に呆れつつ、ベッドから起き上がり私は姿見で自分の容姿を確認する。
鏡の中には、菫色——青紫――の目と髪をした、頬のこけた6歳の少女が映っていた。
――彼女の名は、アレーヌ・ビ・アクセレイ。
この娘の望んだ復讐をする事。
それが神から与えられた私の使命。
そしてこの使命を達成した時、私は自らの願いを叶えて貰える。
正確には、そのための力が貰えると言った方が正解ね。
「にしても……ガリガリね」
彼女からは、子供特有の丸みの様な物が全く感じられない。
骨と皮だけの様な体つきに、バサバサで水気の無い髪。
それはまともに食事が摂れず、栄養が足りていない証拠だった。
「全く、本当に碌でもない環境だわ」
彼女は親に愛されていなかった。
寧ろ憎まれていた程だ。
その事を知っている使用人達は、侯爵令嬢という高い身分であるはずのアレーヌを常日頃から堂々と馬鹿にしていた。
因みに、彼女がその事に気付くのは10歳を超えた辺りの話だ。
何せそれまでは外出が許されず。
周囲の貴族の令嬢子息と交流を持てなかったため、使用人達の態度がおかしいという事に気づく事すら出来なかったのである。
ま、その一年後――知恵と権力の使い方を学習しだした彼女に、それまでの侍女達は追い出されてしまう訳だが……
「まだお着換えになられていないのですか?」
食事のトレーを持って戻って来た侍女が、不満げに此方を睨みつけた。
そういえば戻ってくる際、ドアをノックしてないわね。
女性の部屋にノックなしで入るなんて……ていうか、よくよく考えたら、そもそも出ていく時にドアを閉じてすらなかったわね。
そりゃドアが開けっぱなしなら、ノックなんてないか。
ってそういう問題じゃない。
ほんっと、やりたい放題してくれてるわ。
「全く!着替え位ぱっぱと終わらせて下さいな!」
私が無視すると、侍女がイラついたのか声を荒げる。
貴方達……子供だからって完全に舐めるみたいだけど、後数年でここから追い出されるんだけど分かってる?
まあ今回はそんな程度では済まされないんだけど。
アレーヌは子供だったため、彼女達をただ家から追い出すだけだった。
それに不満を持った使用人達は、逆恨みから彼女に関する悪い噂を吹聴して回る事になる。
その事がどれ程、後々アレーヌの心を傷つけた事か。
当然、彼女達は神に指定された報復対象である。
なので追い出す程度で終わらせたりはしない。
「お嬢様が着替えたくないんなら、もうそのままで構いません!早く席について食事を摂ってください!私達は忙しいんですから!」
部屋にあったテーブルの上に、侍女達が運んできた皿を乱雑に並べる。
皿自体は何枚もあるが、その全てに申し訳程度の食べ物の切れ端が置かれているだけの状態だった。
高級料理だから量が少ない?
そんな訳がない。
親に嫌われてるとは言え、仮にも侯爵令嬢である。
彼女に用意されているのは最高級の料理だ。
それを目の前の侍女や他の使用人達が、途中で勝手につまんでいるためこうなってしまっていた。
このふざけたつまみ食いは、アレーヌが栄養失調で倒れるまで当たり前の様に続く。
まあ流石に死なれたら不味いと思ったのか、それ以降はそう言った事は無くなるが。
――勿論、私はそうなるのを長々と待つつもりはない。
「料理長を呼んできなさい」
私は侍女に命じる。
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