最後の人生、最後の願い

総帥

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第2章 アカデミー1年生

45 セイルの心

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 「じゃあセイルは、意識はあるって事ですか?」

 「そうね。ワタシ達の会話も聞いてると思うわよ。ただ身体と精神を繋ぐ糸が切れてる感じね。」



 目の前で、アルトが異形の女と話している。よかった、アルト、無事だったんだな...。その通り、俺には意識がある。




 あの日、シャルが助けに来てくれた事まで覚えている。逃げろ!って言いたかったけど、声が出なかった。
 でもシャルは強かった。魔具も持ってなさそうなのに魔法の糸を使い、武器を奪い立ち向かった。なによりその身体能力。前にも思ったが、同い年とは思えない。いや、大人だって敵わないだろう。細かい傷を負いながらも、あいつは戦い続けた。

 そして何やら角が生えた男と魚の女が来た。その女が俺たちに血を飲ませると、身体中の痛みが引いていくのが分かった。そのまま強い眠気に襲われる。意識がなくなる直前に、シャルがリアに口付けてるのが見えた。後でからかってやろう。と、決意しながら眠りにつく。



 だが目を覚ますと、体が動かない事に気付いた。ついでに声も出ない。どうやら俺の精神は身体から離れているようだ。





 俺がそんな状況になってから10日ほど経った。多分。リアとアルトはとっくに元気になってるのに、俺は情けないな...。

 どうやら俺の家族には知らせていないらしい。ありがたい。じいちゃんとばあちゃんが知ったら魂だけ飛んで来そうで怖い。どうやらシャルの家に泊まってる事にしてくれたらしい。父親は知らん。






 「何かちょっかい出してみようか。」

 「擽ってみる?」

 「いや、せっかくだしこの臭い魚を嗅がせてみない?」

 「何がせっかくなんだ?どうせなら顔に落書きでもするか。」

 「貴方も同レベルですわよ。このペンを鼻に突っ込んでみましょうか。ちゃんと洗ってありますので。」


 上からアルト・リア・イシアス様・サルファーロ様・ヴァレンシアンジュ様だ。貴族3人。俺が戻ったら覚えとけよ。

 だが友人達はこうやって毎日来て俺に話しかけてくれる。領地に帰るとか言ってたのに。それが、すごく嬉しい。言わないけど。おい、ペンが近付いてくる...!





 「何してるんだ君達は。」

 子供しかいなかった医務室に誰か入ってきた。確かセッキと言ってたか。外見は人間ではないが恐ろしさは感じない。
 それにこの声。以前シャルが本と会話してた時に聞いた声だ。あの時は何語かもわからなかったが、今は共用語を話している。



 「なぜセイルは鼻にペンが刺さっている?」


 ヴァレンシアンジュ様。ぶっ飛ばす。

 みんな目が泳いでいる。何でだろうね?じゃねえーよ!



 「まあいい。」

 よくない。


 「セイル、私の声が聞こえているな?君の今後が決まったので伝えに来た。

 まずあの父親は君を手放した。なので今後はゼルブルークが父、マリーが母。シャルが兄でマルベリーが妹。だが君を育てるのは私だ。そして居住は学生寮。シャルの隣だ。
 シャルによると君は騎士団に入団希望だな?私は今後騎士団で剣術指南役をする。今から行くから、君も来い。強くなりたければ強い者を良く見ておけ。」


 そう言ってセッキは俺を抱えた。そう。俺は騎士になりたいんだ。
 最初は母を守れなかった自分が悔しかったから。あの事故は防げたんだ。俺が幼い子供じゃなくて、力のある大人なら母さんを守れた!
 次は今俺を育ててくれているじいちゃんばあちゃんを守りたいから。あのクソ親父に引き取られ、唯一よかったのはあの2人に会えた事。母さんの事も知っていて、俺を大切に育ててくれてる。俺は、大事な人を守る力が欲しかった。
 


 「あの、セイルは大丈夫ですか?」

 「心配いらない。ここで寝てるよりずっといい。さて、飛ばすぞ。」



 アルトが慌ててペンを抜く。もっと早く抜いてくれ...。
 え?ちょい、おい。待て。なぜ窓に足をかけている?ここは1階だけど、玄関じゃありませんよ?



 「「「あーーーー!!!」」」





 友人達の声が遠ざかる。俺も叫びたかった...って、すげえ...!魔法も使ってないのにこの速さ、安定感。この人は何者なんだろう。シャルに似た何かを感じる。いつか、教えてくれるだろうか?

 しかし、これからはシャルが兄か...。悪くない。ただ兄貴ぶってきたら、笑い飛ばしてやる。



 考え事をしていたらあっという間に王城だ。セッキはいつから顔パスになったんだ...?






 「先生!!」

 セッキの姿を確認するやいなや、騎士達が整列する。前会った隊長もいるな。その隣は...医務室でも会った、シャルの父親じゃねーか!!!あ、俺の父親にもなったんだっけ。なんか照れるな。


 「その少年は...たしか【宝珠】の?」

 「セイルだ。私の一番弟子。今は動けないので安全な椅子を用意しろ。」

 「はいっ!!」

 あっちゅー間に俺は椅子の上に座らされた。よく見えるように配慮されている。そして始まった指導に、俺は驚く事しか出来なかった。





 セッキの剣は見慣れない細い物だ。だがその剣で騎士達を圧倒している。一対一では言わずもがな。多数でかかっても一太刀も届かない。一番善戦したあの英雄もあっさり負けた。すげえ...。




 こんな凄い人が、俺を一番弟子だと言ってくれたのか?この人に教われば、俺はもっともっと強くなれる?シャルの隣に立てる?

 俺は、シャルを恨んではいない。いやまあ、文句は言うつもりだが。「お前がぶっ飛ばした腐ったデブが暴走したじゃねーか!このアホ!!」くらいはいいだろう。多分あいつは俺に謝ってきそうだから、俺は伝えなきゃいけない。

 もう、いい。俺がもっと...お前くらい強ければよかったんだ。だから、お前と並べるように俺、特訓したんだ!もうお前の弱点にはならないぜ!って、言ってやるんだ!!



 今シャルは行方不明らしい。でも絶対戻ってくる。だから、それまでに俺は強くなる。ずっとずっと強くなる!!その為にも、いつまでも休んでる場合じゃねえんだよ!
 目の前で繰り広げられる剣戟。騎士達は何度でも立ち向かう。だがセッキはどれだけ相手にしても息も切らさない。俺も、セッキのように、強くなりたい...!だから!!







 「セッキ...さん。俺にも、稽古をつけてくれ!」



 「やっとか。さあ、かかってこい。」

 ニヤリと笑うセッキ。俺は椅子の横に置かれた剣を手に、突撃した。
 もちろん勝てる訳はない。だが、いつかセッキにだって勝ってみせる!!!

















 「あ。待て。」



 ズシャアアアァアァ!!と俺はスライディングした。俺の決意を返せえ!


 「シャルの記憶が流れてきた。現在彼は大賢者を名乗る老婆と共にいる。傍らには四大元素の王達もいるらしい。」


 は?







 「「はあああぁぁぁぁぁ!!!?」」



 養父と俺の声が重なった。




 同時刻。子供組は玖姫に。大人組は岩鬼に同じ事を告げられ、同じく絶叫していたのだった。

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