70 / 111
第2章 アカデミー1年生
45 セイルの心
しおりを挟む「じゃあセイルは、意識はあるって事ですか?」
「そうね。ワタシ達の会話も聞いてると思うわよ。ただ身体と精神を繋ぐ糸が切れてる感じね。」
目の前で、アルトが異形の女と話している。よかった、アルト、無事だったんだな...。その通り、俺には意識がある。
あの日、シャルが助けに来てくれた事まで覚えている。逃げろ!って言いたかったけど、声が出なかった。
でもシャルは強かった。魔具も持ってなさそうなのに魔法の糸を使い、武器を奪い立ち向かった。なによりその身体能力。前にも思ったが、同い年とは思えない。いや、大人だって敵わないだろう。細かい傷を負いながらも、あいつは戦い続けた。
そして何やら角が生えた男と魚の女が来た。その女が俺たちに血を飲ませると、身体中の痛みが引いていくのが分かった。そのまま強い眠気に襲われる。意識がなくなる直前に、シャルがリアに口付けてるのが見えた。後でからかってやろう。と、決意しながら眠りにつく。
だが目を覚ますと、体が動かない事に気付いた。ついでに声も出ない。どうやら俺の精神は身体から離れているようだ。
俺がそんな状況になってから10日ほど経った。多分。リアとアルトはとっくに元気になってるのに、俺は情けないな...。
どうやら俺の家族には知らせていないらしい。ありがたい。じいちゃんとばあちゃんが知ったら魂だけ飛んで来そうで怖い。どうやらシャルの家に泊まってる事にしてくれたらしい。父親は知らん。
「何かちょっかい出してみようか。」
「擽ってみる?」
「いや、せっかくだしこの臭い魚を嗅がせてみない?」
「何がせっかくなんだ?どうせなら顔に落書きでもするか。」
「貴方も同レベルですわよ。このペンを鼻に突っ込んでみましょうか。ちゃんと洗ってありますので。」
上からアルト・リア・イシアス様・サルファーロ様・ヴァレンシアンジュ様だ。貴族3人。俺が戻ったら覚えとけよ。
だが友人達はこうやって毎日来て俺に話しかけてくれる。領地に帰るとか言ってたのに。それが、すごく嬉しい。言わないけど。おい、ペンが近付いてくる...!
「何してるんだ君達は。」
子供しかいなかった医務室に誰か入ってきた。確かセッキと言ってたか。外見は人間ではないが恐ろしさは感じない。
それにこの声。以前シャルが本と会話してた時に聞いた声だ。あの時は何語かもわからなかったが、今は共用語を話している。
「なぜセイルは鼻にペンが刺さっている?」
ヴァレンシアンジュ様。ぶっ飛ばす。
みんな目が泳いでいる。何でだろうね?じゃねえーよ!
「まあいい。」
よくない。
「セイル、私の声が聞こえているな?君の今後が決まったので伝えに来た。
まずあの父親は君を手放した。なので今後はゼルブルークが父、マリーが母。シャルが兄でマルベリーが妹。だが君を育てるのは私だ。そして居住は学生寮。シャルの隣だ。
シャルによると君は騎士団に入団希望だな?私は今後騎士団で剣術指南役をする。今から行くから、君も来い。強くなりたければ強い者を良く見ておけ。」
そう言ってセッキは俺を抱えた。そう。俺は騎士になりたいんだ。
最初は母を守れなかった自分が悔しかったから。あの事故は防げたんだ。俺が幼い子供じゃなくて、力のある大人なら母さんを守れた!
次は今俺を育ててくれているじいちゃんばあちゃんを守りたいから。あのクソ親父に引き取られ、唯一よかったのはあの2人に会えた事。母さんの事も知っていて、俺を大切に育ててくれてる。俺は、大事な人を守る力が欲しかった。
「あの、セイルは大丈夫ですか?」
「心配いらない。ここで寝てるよりずっといい。さて、飛ばすぞ。」
アルトが慌ててペンを抜く。もっと早く抜いてくれ...。
え?ちょい、おい。待て。なぜ窓に足をかけている?ここは1階だけど、玄関じゃありませんよ?
「「「あーーーー!!!」」」
友人達の声が遠ざかる。俺も叫びたかった...って、すげえ...!魔法も使ってないのにこの速さ、安定感。この人は何者なんだろう。シャルに似た何かを感じる。いつか、教えてくれるだろうか?
しかし、これからはシャルが兄か...。悪くない。ただ兄貴ぶってきたら、笑い飛ばしてやる。
考え事をしていたらあっという間に王城だ。セッキはいつから顔パスになったんだ...?
「先生!!」
セッキの姿を確認するやいなや、騎士達が整列する。前会った隊長もいるな。その隣は...医務室でも会った、シャルの父親じゃねーか!!!あ、俺の父親にもなったんだっけ。なんか照れるな。
「その少年は...たしか【宝珠】の?」
「セイルだ。私の一番弟子。今は動けないので安全な椅子を用意しろ。」
「はいっ!!」
あっちゅー間に俺は椅子の上に座らされた。よく見えるように配慮されている。そして始まった指導に、俺は驚く事しか出来なかった。
セッキの剣は見慣れない細い物だ。だがその剣で騎士達を圧倒している。一対一では言わずもがな。多数でかかっても一太刀も届かない。一番善戦したあの英雄もあっさり負けた。すげえ...。
こんな凄い人が、俺を一番弟子だと言ってくれたのか?この人に教われば、俺はもっともっと強くなれる?シャルの隣に立てる?
俺は、シャルを恨んではいない。いやまあ、文句は言うつもりだが。「お前がぶっ飛ばした腐ったデブが暴走したじゃねーか!このアホ!!」くらいはいいだろう。多分あいつは俺に謝ってきそうだから、俺は伝えなきゃいけない。
もう、いい。俺がもっと...お前くらい強ければよかったんだ。だから、お前と並べるように俺、特訓したんだ!もうお前の弱点にはならないぜ!って、言ってやるんだ!!
今シャルは行方不明らしい。でも絶対戻ってくる。だから、それまでに俺は強くなる。ずっとずっと強くなる!!その為にも、いつまでも休んでる場合じゃねえんだよ!
目の前で繰り広げられる剣戟。騎士達は何度でも立ち向かう。だがセッキはどれだけ相手にしても息も切らさない。俺も、セッキのように、強くなりたい...!だから!!
「セッキ...さん。俺にも、稽古をつけてくれ!」
「やっとか。さあ、かかってこい。」
ニヤリと笑うセッキ。俺は椅子の横に置かれた剣を手に、突撃した。
もちろん勝てる訳はない。だが、いつかセッキにだって勝ってみせる!!!
「あ。待て。」
ズシャアアアァアァ!!と俺はスライディングした。俺の決意を返せえ!
「シャルの記憶が流れてきた。現在彼は大賢者を名乗る老婆と共にいる。傍らには四大元素の王達もいるらしい。」
は?
「「はあああぁぁぁぁぁ!!!?」」
養父と俺の声が重なった。
同時刻。子供組は玖姫に。大人組は岩鬼に同じ事を告げられ、同じく絶叫していたのだった。
0
お気に入りに追加
141
あなたにおすすめの小説
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
前回は断頭台で首を落とされましたが、今回はお父様と協力して貴方達を断頭台に招待します。
夢見 歩
ファンタジー
長年、義母と義弟に虐げられた末に無実の罪で断頭台に立たされたステラ。
陛下は父親に「同じ子を持つ親としての最後の温情だ」と断頭台の刃を落とす合図を出すように命令を下した。
「お父様!助けてください!
私は決してネヴィルの名に恥じるような事はしておりません!
お父様ッ!!!!!」
ステラが断頭台の上でいくら泣き叫び、手を必死で伸ばしながら助けを求めても父親がステラを見ることは無かった。
ステラは断頭台の窪みに首を押さえつけられ、ステラの父親の上げた手が勢いよく振り下ろされると同時に頭上から鋭い刃によって首がはねられた。
しかし死んだはずのステラが目を開けると十歳まで時間が巻き戻っていて…?
娘と父親による人生のやり直しという名の復讐劇が今ここに始まる。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
全力で執筆中です!お気に入り登録して頂けるとやる気に繋がりますのでぜひよろしくお願いします( * ॑꒳ ॑*)
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~
りう
ファンタジー
「国王から、正式に婚約を破棄する旨の連絡を受けた。
ユーフェミア、お前には二つの選択肢がある。
我が領地の中で、人の通わぬ屋敷にて静かに余生を送るか、我が一族と縁を切り、平民の身に堕ちるか。
――どちらにしろ、恥を晒して生き続けることには変わりないが」
乙女ゲーの悪役令嬢に転生したユーフェミア。
「はい、では平民になります」
虐待に気づかない最低ランクに格付けの家族から、逃げ出します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる