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アシュレイ・ウィスタリア

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 少女に唆され、私はまんまと騎士団を除隊された経緯を語って聞かせる事になってしまった。

 揺れる馬車の中、私の正面でしてやったりと笑う少女の笑顔に腹が立って仕方ない!


 腹が立って仕方ないが、約束は約束だ。

 騎士たる者、ひとたび口にしたことを違える訳にはいかないからな。話してやろうじゃないか。


「さて、どこから話したものかな……。そう、あれは私が8歳の頃、初めて剣を振る事を許された日のことだった……」

「あ、ちょっとそこから聞くのは時間的に厳しいですね。済みませんが、貴女が騎士団から追放された経緯に絞って話していただけます?」

「私が騎士を志すきっか……。話せと言ったくせに注文をつけるんじゃないっ!」


 なんなのだまったく!

 話せと言うから話してやろうとしているのに、今度は聞いていられないだとっ!


 くっ……! しかし確かに時間的な猶予はさほど無いか。

 如何に馬車がゆっくりと走ってるとはいえ……ゆっくり走ってるとはいえ、まだ街に着かないのか?


「おや、どうしました? やっぱり私に話すのはやめておきます?」

「む、話さんとは言ってないだろう! お前に出鼻を挫かれたせいで、話しにくくなっただけだっ!」

「いやいや、流石にお姉さんの半生をがっつり聞いてられませんって……」


 呆れ顔の少女に、無性に恥ずかしさを覚えてしまう。

 し、仕方ないだろう!? 今まで剣の稽古ばかりで、会話術など意識したことはなかったのだ……!


「今回お聞きしているのは、貴女が抱えている事情です。先ほどの話の流れから察するに、貴女はきっと騎士団内の不正に気付いてしまわれたんですよね? でもお姉さんはそれを告発することが出来なかった。そこまでは既に把握してますよ」


 私に任せておいては埒が明かないと踏んだのか、丁寧に順序立てて話の流れを整理する少女。

 自分が聞きたいこと、既に察している事を並べ立て、その上で何処から話せばいいのかを私に示してくる。


「私が聞きたいのは、どうしてお姉さんが不正を告発できなかったのか、その1点です」

「ななな、なんなのだお前は!? な、なぜ騎士団で不正があった事を知っているのだっ!? も、もしや私の心の中を読めるとでも言うのかっ!?」


 こ、こいつ……! 少女にしか見えないが、騎士団の不正を暴く為に動いている何者かなのかっ!?

 
 そういえば聞いた事があるぞ……! シルヴェスタ王国諜報部隊の噂を……!

 王直属の部隊で、通常の組織では取り締まれない悪を裁くと言われている、影の執行者達……!


 実在さえ怪しまれていた組織ではあるが、まさかこのような少女が……!?


「あー……。お姉さん、なんか盛大に妄想を膨らませていらっしゃるようですけど、先ほど私とした会話、覚えてらっしゃいます?」

「ば、馬鹿にするんじゃないっ! 数分前の記憶を忘れるワケないだろう!?」

「お姉さん、一旦落ち着いて。先ほどまでの私との会話を思い出してくださいます? あの流れで、騎士団の不正とお姉さんの騎士団追放を連想しない人って、そうそう居ないと思いますよ?」

「な、なんだと……?」


 疲れた様子の少女に言われて、先ほどまでの会話を思い出してみる。


 少女の話してくれたエピソードに対して、私は隠れた悪事への告発について彼女に質問しているな……。

 そして私は元騎士、今日付けで退団したことも彼女には伝えてある……。


 ……あれ? もしかして私、殆ど自白済み……?


「し、しまったあああああ! 殆ど喋ってるうううう!? き、貴様ぁ! なんという巧みな話術なんだっ……! 大人をこうも見事に手玉に取るとは何者だぁっ!?」

「え、えぇ~……。お姉さんってもしかしてバk……じゃなくて脳き……でもなく単細b……っととと。……えーと、とても素直な方でいらっしゃるんですね。ちょっとだけ騎士団の方を見る目が変わりそうです」

「む? 確かに私は昔から家族や友人に、素直で実直だと言われてきたな。ふ、先ほどの話術といい、どうやら人を見る目は確からしいな?」

「……なんでしょう。お姉さんに悪気が一切ないのは分かるんですけど、今までこんなに虚しい気持ちになったことって、ひょっとして生まれて初めて……?」


 む? まだ話を始めてもいないのに、何故か少女が頭を抱え出したな。

 少女なりに大人の女性が抱える悩みの大きさに触れて、どうしたらいいのか分からなくなっているのか?


「ふんっ。今さら自分の吐いた言葉に後悔しても遅いぞ? まだ話し出してもいないうちからその調子では、私の話を最後まで聞けるのやら……」

「お姉さんはもうちょっと自分の吐いた言葉に後悔してくださいよ……。確かにこの調子だと私のほうが持たないので、早く本題に入ってください……」


 そうだな。こんな事を話している場合ではない。

 この少女には私が騎士の誇りを捨て去ったと言った言葉を、絶対に撤回させなければならないのだから。


 たとえ騎士団を追放されようとも、騎士の誇りまで失ってたまるものか……!


「私が騎士団を辞めるきっかけとなったのは、副団長から通達された、奴隷商人の調査任務だったのだ」

「え、えええ……。この人ガッツリ実名公表してるんですけど……。でも突っ込んだら話進まないから、このまま放置するしかないわね……」

「む、何か言ったか? 言ってない? ふむ、まぁいい」


 慌てて首と両手を振る少女を少しいぶかしむが、話が進まないので今は置いておこう。


「お前もこの国に住まう者なら説明の必要もないだろうが、人身売買はこの国では重罪だ。しかし禁止国だからこそ、この国の住人には高値がつくらしくてな。違法な奴隷商が後を絶たないのだ」

「嘘でしょ……。騎士団員が奴隷商人と繋がっているの……!?」


 少女の小さな呟きは、私の耳には届かなかった。


 違法な奴隷商は、女・子供ばかりを狙う卑劣な連中だ。絶対に野放しは出来ない。

 だからこそ、私はあの男の誘いに乗ってしまったのだが……!


「最近とある貴族が悪事を暴露されてな。かなり大きい作戦があったのだ。その為その日は団長を始めとした多くの団員は、とある貴族を取り締まる為に出払っていたのだ」

「最近王国騎士団が動いた貴族の取り締まりというと……、ランペイジ伯爵家……?」

「そして団長の留守を任されていた副団長から、その日の夜、奴隷取引が行われるという情報が齎された」

「……図ったようなタミングですが、上から齎された情報を疑うのは難しい、か……。奴隷取引と聞いて放置も出来ないでしょうし……」


 私の言葉を聞くたびに、いちいち1つ1つ吟味している様子の少女。

 しかし話し慣れていない私は少女の様子に気付くことなく、一方的に会話を続ける。


「団長の留守を預かっている自分は詰め所を離れるわけにはいかない。そして多くの団員は出払っていて人手も足りていない。だが人身売買を見過ごすわけにもいかなくて困っている、とな」

「平時でしたら馬鹿馬鹿しいまでの適当な理由ですけど、突発的に起こった任務と奴隷取引の発覚が偶然重なったと言えば、違和感を持つのは無理ですか……」

「副団長に頼られたと思った私は、1人で現場を押さえにいくと志願したのだ。これでも剣の腕には自信があったからな」

「……かなり危険な状況だとは思いますが、被害者を見捨てるわけにはいかなかった、という訳ですね」

「そうだ。それに仮に失敗しても、副団長が事情を知っているというのも心強かったのだよ。なにかあれば事情は全て騎士団に伝わるはずだからな」

「確かにそうですね。上司が事情を知っているということは、任務に失敗しても救援が期待できるということになるわけですか」


 少女が私の説明を正確に汲み取ってくれる。

 もし私が死ぬようなことがあっても、私が帰還しなければ事情を知っている副団長から、違法商人たちの追跡捜査が行われると信じて疑っていなかったのだ。あの時の私は……。


「1人現場に赴いてみると、情報通りに人身売買が行われ始めたのだ。だから私は現場に乱入し、全員を捕縛した」

「あら? そこでは何も起こらなかったんですね」

「しかし私が捕縛した相手は、自分たちは何もしていない。演劇の練習をしていただけだと喚いて、決して罪を認めようとはしなかった。だが犯罪者がつまらない言い訳をするのは世の常だ。どうせ今回も嘘だろうと、私は全く取り合わなかったのだが……」

「取り調べた結果、全員が役者である事が証明された、ということですか」


 私の説明を先回りした少女が、両腕を組んで頭を傾げている。

 その様子に私は、少し薄気味悪い何かを感じ取ってしまったけれど、その感情が一体なんなのかは自分でもう良く分からなかった。


「ちなみにお姉さんが捕らえた方々は、他国から来た旅の一座だったりしませんでした?」

「……お前、本当に心を読んでるんじゃないだろうな?」


 まだ説明が及んでいない部分を言い当てられ、ゾクリとした感覚が背中を伝った。

 しかし少女が説明を促してくるので、嫌な気持ちを振り払って改めて説明を再開する。


「お前が言った通り、捕縛した相手は全員他国から来た旅の一座だったのだ。変な場所で練習していたのは、ノルドに来たばかりで土地に疎かった為、と説明されてな」

「まぁ……。嘘だと断ずるのも難しい理由ですね」

「何度も劇の練習だと説明したのに、全く取り合ってくれずに連行されたと、身元が証明されてから非常に激怒してしまってな。国際問題になりかけたんだよ」


 相手は平民だったとは言え、王国騎士である私が一切の説明を取り合わずに拘束してしまったのは事実だった。

 だからシルヴェスタ王国では他国の者をこのように扱うのかと、私が思っていた以上に大きな問題に発展しかけてしまった。


「……人身売買と間違えたということは、商品役の人間も居た訳でしょう? その人たちは現場ではなにも言わなかったのですね?」

「……その通りだ! 演劇だ練習だと喚き立てていたのは商人風の男達だけで、誘拐されてきたようにしか思えない女性たちは、私に口々に礼を言っていたのだっ! しかし取調べでは、そんなことを言った覚えは一切ない、演劇の練習だと言ったのに聞き入れてもらえなかったと証言したのだっ!」


 助けてくれてありがとう! これで家族の元に帰れます!

 口々に告げられた感謝の言葉は全て、私を陥れるための嘘だったのだ……!


「ここでようやく私も騙された事に気付き、副団長からの情報提供の事実と自分の身の潔白を訴えたんだが、副団長からの返答は、情報提供の事実などないというものだったのだよ……!」

「ということは、始めからお姉さんが目的だったという話になりますよね? お姉さんはその副団長に狙われる理由とか、心当たりはあるんですか?」

「……まぁな。忌々しい話ではあるが。順を追って話すぞ」


 結局はこの話もその後の話も、全てがあの男の手で繋がっていたのだ。

 だったら私に起こったこと全てを話した方が分かりやすいだろう。


「国際問題になりかけたと言ったな? その為事実確認や旅の一座の出身国などの調査で、私の処分までは少し時間が出来たんだ」


 私の興した不祥事は国際問題となったことで、正式に第三者期間による本格的な調査が必要になった。

 おかげで皮肉にも、私への処分は保留となったのだった。


「だが勿論、私は市民に暴行を加えた騎士ということになっているので、通常任務には参加させてもらえなかった。そんな私に命じられたのが、騎士団の資料整理だった」

「……聞いてますよ。続きを」

「最初は真面目に資料整理を行なっていたんだが、過去に騎士団を退団した女性騎士の資料が、なんだか多いような気がし始めたのだ。確かに女性騎士なら結婚や出産で退団してもおかしくはないのだが、それにしても10代で、しかも自主退団ではなく除名処分になった女性騎士の数が、あまりにも多すぎるのではないのかと」


 逆に男性の除名処分者は殆ど居ないのも気になった。

 まるで、女性を狙って除名処分に追い込んでいる者が居るかのような、そんな記録に思えた。


 自分も当事者になったからこそ気付けた、小さな違和感だったのかもしれない。


「資料を調査していくうちに、私は1つの事実に辿り着いた。女性騎士の除名処分が増え始めたのが、今の副団長である男が入団した後から始まっていたんだ」

「副団長になってから、ではなくて入団してすぐに始めてたんですか……。随分お盛んなことですね。というかそんな資料が残っているのでしたら、流石に他の誰かも違和感を持つのでは?」

「それが忌々しい事に、副団長のメルセデスは普段から非常に女性に人気があってな。沢山の女性に言い寄られている姿は騎士団員の中では有名な話なんだよ」

「メルセデス……。確かに第1騎士団の副団長の名前ですね……」

「私も女性騎士の退団数が異常だと思い、団長に聞いてみたんだ。そうしたら団長は『若い女性騎士がメルセデスに懸想して、逆恨みで暴行を起こしてしまう事がよくあるんだ』と言われてしまったのだ」


 あの時はまるで目の前が真っ暗になってしまったかのような絶望感を感じた。

 騎士団内で不正……いや、犯罪が行われているというのに、団長は犯人を疑う素振りも見せなかったのだから。


「団長がこう認識しているということは、他の団員達の認識も同じなのだろう。古参騎士何人かに話を聞いてみたが、羨ましいだの美形は大変だなだの、メルセデスを疑う者は1人も居なかった」

「興奮のあまり実名を晒しているのは今さらですけど、いくらなんでも被害者の女性たちが黙っていないでしょう? 彼女たちはか弱い淑女ではなく、研鑽を積んで騎士になった女性たちなのですから」


 そこまで話した少女は、ふと何かに気付いたように、少し冷たい視線を私に向けてくる。


「……って、そう言えば私の目の前に、まさしく泣き寝入りした女性騎士様がおりましたね?」

「ぐっ……。ま、まあ今は私の話はいいのだ」


 彼女の冷たい眼差しから逃げるように、説明を再開して気を紛らわせる。


「私もその女性騎士たちの話を聞いてみたかったのだが、私は外出を禁じられている身だったからな。確かめる術はなかった。だが私と同じ目に遭った女性全員が私と同じ理由で口を閉ざしたとは流石に思えない。彼女達が口を噤む何らかの理由があるはずだ」


 騎士団の資料が改竄されていない正しい情報だとするならば、メルセデスが入団してから毎年1人か2人は女性騎士が除名処分を受けている。

 被害者は少なくとも10人以上、場合によっては20人に届くかもしれない。その全員が告発を諦めたというのは、どう考えてもありえないだろう。


「お姉さんが騎士団に隠れて女性を食い物にしている副団長に騙されて、濡れ衣を着せられて騎士団から追放されたのまでは分かりました」

「ぐっ……!」

「ですが、やはり分かりませんね? ここまでの話だけでは、お姉さんが告発を諦めた理由にはなりません」

「……っ」

「どうして貴女はそこまで怒りに震えながらも、その副団長の告発を諦め、大人しく騎士団を追放されることになったのか。大人の貴女が抱える複雑な事情とやら、話していただけます?」


 ……確かにここまでの話だけでは、私が副団長に屈したか弱い乙女のような話で終わってしまう。


 くっ……! 話さねば、話さねばならんのか……!

 未だ誰にも口にしたことがない団長への私の想いを、この少女に暴露せねばならないのか……!?


「あ~……。ひょっとして、その副団長さんのご身内が騎士団にいらっしゃったりするんですか?」

「ななななぁっ!? 何故それをっ!? メルセデスと団長が兄弟だと、なぜ知っているのだぁっ!?」

「なるほど。団長さんとご兄弟なわけですか……。そして団長さんは貴女から見て、騎士団にはなくてはならない存在だと思えるくらいに素晴らしい騎士なのですね?」

「う、うむっ! 団長ほど素晴らしい騎士は他には居ない! 弱きを助け強きを挫く、真の騎士と言っていいだろう!」


 射抜くような少女の眼光に、私の心はざわめき立つ。

 胸の内を言い当てられて狼狽した瞬間に、今度は団長のことを褒められて、私は少女の言葉に便乗する形で必死に団長を誉めそやし話題を逸らした。


「最近では、長年隠れて平民を虐げていた貴族の捕縛を任されたほどの騎士でな!? その厚い信頼は、シルヴェスタ王国騎士団の歴史の中で最年少で騎士団長まで上り詰めた実績が物語っているだろう!」

「うっわ、いきなり饒舌すぎでしょ。分かりやす過ぎますよお姉さん……」

「なな、なんのことかなぁっ!?」

「つまりはこういうことです? 騎士団長は沢山の市民を守っている立派な騎士だから、副団長の不正の処罰が波及して騎士を続けられなくなったら多くの市民が困ってしまう。だから弟の不正を暴けずに泣き寝入りしたと?」

「そそそ、そういうことだ! 私は決して色ボケ女ではないっ! それに団長が騎士団を辞めてしまうのは、市民にとっても大きな喪失だ! だから私は苦悩し、なにも行動することができなかったのだぁっ!」

「……はぁ~。やっぱり馬鹿じゃないですか、お姉さん」

「え……」


 気付くと少女の雰囲気が変わっていた。

 まるで抑えきれないほどの怒りを無理矢理抑え込んでいるかのような、凄まじい怒気を孕んだ雰囲気を纏い始めている。


 それは私がメルセデスに抱いた感情などとは比べ物にならないほどの圧力を感じさせた。


「団長が居なくなったら市民が困るから、副団長の食い物にされている女性の被害には目を瞑る。貴女今こう言ったんですよ? 御自身で言った言葉の意味、分かってますか?」

「そ、そんなことは言っていない! そ、そんなつもりで言ったわけでは……」

「じゃあどんなつもりで言ったんです? これならまだ、好きな男を破滅させたくないから、と言われたほうが幾分かマシですよ」

「……っ」


 少女の闇色の瞳に射抜かれ、私は言葉を失ってしまう。

 上っ面だけの私の言い訳の言葉など聞く価値も無いとばかりに、少女の瞳は私の本質を見詰め続ける。


「貴女今、悪人に泣かされている人を見捨てましたよね? 団長の為に、副団長に泣かされた人を、仕方ないと切り捨てましたね? そしてその理由を、市民が困るからなどと、全く関係のない人たちに責任転嫁しましたね?」

「…………っ!?」


 ……少女の言葉に自分でも驚くほどの衝撃を受ける。


 私は今、何を口走った……?


 団長が辞めては市民が困るから、女を食い物にしている副団長を告発できなかった。

 騎士である団長を守る為に犯罪を見逃し、犯罪に泣く市民を自らの意思で見殺しにする。


 確かにそういう意味の発言を、してしまったんじゃないのか……?


「私が貴女に騎士失格と言った意味が分かりましたか? 自分の吐いた言葉に後悔しても遅いと言ったのも貴女です」

「あ……あ、ぁ……」

「ねえお姉さん。貴女、今気付きましたよね? 自分が守るべき市民よりも、騎士団長を優先してしまった事に。副団長の手によって被害者となった女性達よりも、想いを寄せる騎士団長の身を案じましたよね?」

「ち、違う、違うんだ……。そうじゃ、そうじゃ……ない、んだ……」

「さて、お姉さんに伺いましょう。お姉さんが騎士の誇りを捨てたという私の発言。この期に及んでもまだ撤回しろと仰いますか?」

「わ、たしは……たとえ騎士団を追放され、ても……。騎士としての誇りだけは、失うわけには、いかない、って……」

「ふぅん。で? 今の貴女は、騎士の誇りを失っていないのですか?」


 騎士の誇り……。って、なんだった、っけ……。


 私が目指した、本当の騎士……。

 ブルーノ団長みたいに、弱きを助け、強きを挫く、本物の騎士……。


 弱きを見捨て悪意に屈した今の私は、いつの間にか本当に騎士としての誇りまで……。


「……ねぇお姉さん。失ったのなら、取り戻してみようとは思いませんか?」

「…………え」


 少女の言葉が理解できず、私は間抜けに聞き返してしまう。


 けど、失った誇りを、取り戻すって……?

 自分で捨ててしまったものを、もう取り返しが付かないものを、いったいどうやって……。


「お姉さん。忘れてませんか? 貴女はまだ生きているし、副団長もまだ健在のままです。まだ何も始まってないんですよ」

「まだ、なにも……?」

「お姉さんは1度副団長に破れ、騎士としての誇りも見失ってしまったようですけど、生きていれば取り返しなんていくらでもつくんです」


 生きていれば取り返せる。

 少女の言葉が私の胸の奥に火を灯す。


 私はあの男に完膚なきまでに敗北してしまったというのに、それでも取り戻せるものが残っているのか……?


「1度負けたくらいで膝を折るのが騎士ではないでしょう? 守るべき者の為に何度でも立ち上がるのが本当の騎士ではないのですか?」

「本当の、騎士……。団長みたいな、本物の騎士……?」

「挫折に心砕かれ、悪意に絶望し足を止めるような者が騎士になれると? 心砕かれた今こそ、貴女は立ち上がって本物の騎士とならねばいけないんです。泣かされた女性達と、何よりその団長の為に」


 絶望した今だからこそ、立ち上がるのが本物の騎士……?

 メルセデスの悪事を暴く事が……、団長の為、って……? 本当、に……?


「先ほど言いましたが、悪事と言うのはいつか必ず暴かれるものなんです。遅いか早いか、違いはそこにしかありません。今は団長殿は悪事を知らない状況なんでしょう? でも今後は分からないんですよ? 弟の悪事を、どこかのタイミングで知ってしまうかもしれない。そしてその時団長はどうなりますか?」

「メルセデスの犯行を知った団長が、どうなるか……?」

「弟を庇って不正に目を瞑る? そうすれば今の貴女と同じく騎士の誇りを失い、騎士として死んでしまう事になるでしょう。正義を貫き弟を告発する? 長年に渡って女性騎士を食い物にしてきたのです。騎士としての誇りを持ったまま、死罪となることもありえましょう。だってその副団長の悪事は、もう騎士団の中では収まらないのですから……」

「……え? 今のって、どういう……」

「貴女は団長にどうなって欲しいのですか?」


 私の問いかけには答えず、症状は真っ直ぐに私を見詰めて問いかける。

 まるで団長の命運を、私こそが握っているとでもいうかのように。


「騎士としての誇りを失った抜け殻になって欲しいのか、それとも騎士の誇りを持ったまま死んで欲しいのか。貴女が何もしなければ、いずれこの2つのどちらかの結末を迎えるでしょう」

「そんなの……! そんなの選べるわけ……!」

「だけど今なら! 弟の悪事に全く気付いていない今であれば、処分は免れなくても、誇りも命も失わずに済ませられるかもしれないのです! でも貴女が何もしない限り、この未来は決して訪れない未来なんですよ、お姉さん!」


 そうだ。メルセデスを裁いてしまえば、団長だって無事ではすまない。


 私は団長にまで誇りを失って欲しくない。

 でも、誇りを守りぬけたとしても、団長には死んで欲しくない。


 私が何かをすれば、今なら団長の未来を変えられる……? 本当に……?


「お姉さん。貴女は除名された女性騎士の資料という、戦う為の武器を既に持っているんです。貴女が決断すれば、副団長を断罪できる可能性は充分にあるんですよ。これから犠牲になる人も居なくなり、貴女が愛する団長の命も誇りも守られる。その為の武器を、貴女は既に持っているというのに……」


 少女の瞳が暗く光る。

 ゆっくり動く馬車の中で、私を見詰める少女の漆黒の瞳だけが強く輝いているように思えた。


「ねえお姉さん。貴女、やられっぱなしでいいんですか?」
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