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長編作品
ざまぁ代行 アシュレイ・ウィスタリア編 旧05
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※こちらは書き直し前の旧verとなります。
当時のままの文章をそのまま残してありますので、もしも誤字・脱字の報告があったとしても修正は受け付けません。当時の遺構のようなものです。
大幅に加筆・修正をしている為、恐らくはアルファポリス様の規制にはひっかからないかと思いますが、仮に公開停止処分等を受けた場合は再公開の予定はありませんのでご了承ください。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アシュレイ様のお相手をするには実力が足りませんが……。どうぞ宜しくお願い致します」
「いや、相手を買って出てもらえただけでもありがたい。1人では出来る訓練にも限界があるからな。
アン殿。こちらこそよろしく頼む」
メルセデスに挑む為、私は腕を磨かなくてはいけない。
しかしチロルの指示で、私はこの屋敷の外に出る事を禁じられてしまった。
1人では体力作りと型の稽古くらいしか出来ないかと困っていたところ、侍女のアン殿が私の稽古相手を買って出てくれた。
なんでもチロルを含め、この屋敷の住人は多少の武術の心得があるらしい。
一介の商人の娘や、その娘に雇われている侍女たちに武術の心得が必要なのだろうか?
そうアン殿に問いかけると『適度な運動は、心身の健康を保つのにとても有益な習慣ですよっ』と、とても爽やかな笑顔で返答をいただけた。
うむ。有益なら仕方ないな。そういうものだと割り切ろう。
実際に木剣で手合わせをしてみたところ、流石に騎士団員には1歩2歩劣るものの、その剣の技量は非常に高く、訓練相手としては充分すぎる相手だった。
「アン殿。貴女の技量には感服した。さぞや厳しい鍛錬を積まれたのであろうな」
「恐れ入ります。ですが私ではアシュレイ様の稽古相手が何とか務まる程度……。
アシュレイ様の実力を大きく伸ばすのは難しいのが現実ですよね」
……そうなのだ。
アン殿には感謝しているし、とても良い鍛錬をさせてもらってはいるのだが、あの男を圧倒するためには不十分であると感じてしまう。
現時点ではあの男と私の実力には大きな隔たりがある。それを短期間で埋めようというのだ。普通の訓練をしていても仕方が無いのではないだろうか……。
くそっ! 地道な努力こそが重要なのはわかってはいるが、いつあの男と立ち会うのか分からない状況というのはことのほか堪えるものだ……。
「アシュレイ様。これはお嬢様が仰っていた事なのですが、今回の件は情報こそが鍵を握ると申しておりました。
基礎技術を磨く他に、アシュレイ様はなにかもう一手用意するべきなのでは無いかと愚考致しますわ」
「情報? 実戦に情報が何の意味を持つと言うのだ? 剣を合わせれば、そこからは互いの実力以外に雌雄を決する要素などないだろう?」
「ええ。アシュレイ様がそのようなお考えであるのは理解しております。そしてそれは、相手の男も同じように思っていることでしょう。
今アシュレイ様は戦闘中に情報などなんの役に立つのか、という発想が生まれましたね? それを無駄だと切り捨てず、突き詰めて欲しいと思うのです。考え抜いた結果、情報など意味が無いという答えに辿り着いても構いません。ですが何も考えずに切り捨ててはいけません。そういうところが相手に付け込まれる隙となるのですから」
ふむぅ? 結局同じ事ではないのか?
しかしアン殿は冗談や軽い気持ちで言っている雰囲気ではない。私の成長の為に真剣に相談に乗ってくれているのだ。
ならば私が軽い気持ちで返答して良い言葉ではないな。
「……正直な話、私はあまり頭を使うのが得意ではなくてな。何も考えずに剣を振るえと散々指導されてきたのだ。
アン殿の言葉を軽んじるつもりは決して無いが、戦闘の最中に頭を使う事で剣が鈍ってしまわないか、少々不安に思う」
「それではまずは手合わせをしていない時に、色々なことを考えてみてはいかがでしょうか? 例えば、今日の手合わせの良かったところ、悪かったところ。メルセデスという男を圧倒する為の作戦や必要な技術、今のアシュレイ様に必要な要素は何か、などなど。
いきなり頭を使って戦闘するのは難しいでしょう。ですが頭を使う事を訓練することは出来ます。まずは出来ることから始めましょう。アシュレイ様が1歩先に進む為に」
……なるほどな。
頭を使うのが得意ではないからこそ、その苦手分野にこそ成長の伸びしろがあるということか。
それに、1日中訓練だけをして過ごすのは現実的に無理な話なのだ。必ずどこかで休息を取らなければならない。
そういった時に無駄に時間を過ごすくらいならば、アン殿の言ったように頭を使う訓練にでも費やした方が有意義というものか。
「お邪魔致します。アンさん、来ましたよー?」
「お待ちしてましたよ2人とも。今日は宜しくお願いしますね」
む? アン殿と話をしていると、私よりも若そうな2名の侍女が新たにやってきた。
話を聞くに、アン殿が呼んだ呼び寄せたように聞こえるが。
「申し訳ありませんが、私1人でアシュレイさんのお相手をするのは少々荷が重過ぎますので、手伝いを呼ばせていただきました。
こちらの2人はシルとマリーと申しまして、私の後輩に当たります。
1人では力が及びませんが、数で補おうというお話ですね。この2人にとっても良い訓練となりましょう」
「ほう? 本当にチロルの使用人は皆戦えるのだな。
アシュレイ・ウィスタリアだ。訳あってチロルの世話になる事になった。2人ともよろしく頼む」
「「宜しくお願い致します」」
こうして私が暇さえあれば3人に相手をしてもらって腕を磨く日々を過ごしている間に、チロルは私が伝えた過去の女性騎士団員の調査を進めているらしい。
どういう伝手なのかは想像も出来ないが、私が閲覧していた騎士団の資料も調べなおしているらしい。
「アシュレイさんが言っていた通り、過去の資料に改竄された痕跡はないそうですね。隠蔽や改竄を行うと、かえって目立つとでも判断したのでしょうかね?
おかげで除名された女性騎士団員のご実家を尋ねることは簡単だったのですけど、思った以上に協力が得られなくてですね。少々くたびれております」
「なぜ協力が得られないのだ? メルセデスの不正を知らないにしても、実の娘や家族が陥れられたのだぞ? そこで家族が協力しないことなどありえるのか?」
「アシュレイさん。貴女自身も私と会った日に仰っていたじゃないですか。行くアテが無いと。
恐らく被害女性のご家族が協力を渋っているのは、アシュレイさんが想像した通りの理由からだと思いますわよ?」
「あっ……」
そのような恥晒しは娘ではない、ということか……!
くそぉっ! 彼女達は何も悪くないというのに……!
「メルセデスは世間的には、婚約者一筋に生きる誠実な男性という評価を受けております。その上で、その高い剣の腕と甘いマスクから、女性に非常に人気のある男らしいですね。
念願の騎士団に入団した若い娘が、美貌の剣士に惚れて暴走してしまうというシナリオは、周囲の人間には理解しやすい動機のようですよ。
当たり前の事を言いますけど、疑念というのは相手を疑わなければ持つことが出来ません。完全に信用している相手に対しては、多少の違和感を感じても『そんなはずはない』と振り払ってしまうのが人というものですから。
メルセデスという男は、自分自身がどう見られているかを良く分かっているようです。忌々しいことですねぇ」
「ぐっ……! 確かに私もメルセデスの情報を鵜呑みにしてしまったからな……!
今思えば、騎士団が出払ったタイミングでの情報伝達、しかも私のような若輩者だけにあんな情報を渡すわけが無いというのに……!」
「そしてメルセデスに陥れられてから資料整理をすると、貴女はすぐに違和感に気付いたのでしょう? そういうことなんですよ。
他の団員も、兄である団長殿も、副団長に一切の疑念を抱いていないのです。だから小さな違和感はあっても、気のせいかな? とスルーしてしまうんでしょうね。騎士団には素直な方が多そうですし」
確かにチロルの言う通り、謹慎処分を言い渡されたあとだからこそ、自分と同じような目に遭った女性団員の資料に目が留まったんだと思う。
「この国の騎士団は不正や癒着などが行われないように、騎士団長には厳しい監査の目が向けられます。そして各団長も自分の団からそう言った悪党を出さないように、厳しいチェック体制が敷かれているはずなんですが……。
副団長というのが逆に盲点だったのかもしれませんね。国による厳しい監視の目は向けられず、兄である団長から機密情報を盗むことも、他の団員に比べれば容易い事でしょう。
それとメルセデスの美貌ですよねぇ。あの男の容姿は若い女性を狂わせても無理がない、そう周囲が納得してしまっているのが問題ですよ。まったく、女性を馬鹿にしすぎです。やはりどこか男社会なのかもしれませんね、騎士団というのは」
「ちっ……。言いたくは無いが、女性を軽んじる空気は多少はあるかもしれないな。技術は磨けば対等になれるが、身体能力はどうしても男女差が出やすい部分だ。
それに女性は結婚や出産での退団者も多く、あまり騎士団内で成り上がる者がいない。上に立つのが男ばかりなら、組織も男を優先に形作られるのは仕方ない部分だと思う」
それを男尊女卑と言ってしまうのはあまりにも乱暴だ。
実際男性騎士と比べて働ける期間も短く、数も圧倒的に少ないのだから。どうしたって優先順位は低くなるだろう。
「そうそう。それで被害女性のご実家は訪ねることが出来たわけですけど、実際に除名処分を受けた騎士には1人も会えなかったんですよ。全員が除名された日以降の足取りが途絶えております。これはやはり、メルセデスが何らかの組織と繋がりがあって、女性騎士を連れ去ったと見るのが妥当ではないですかね?
私とアシュレイさんが出会った場所は一般人が通る場所ではありませんし、城と騎士の詰め所に好き好んで近付く者などめったに居ませんからね。襲撃するには適した場所と言えるでしょう」
「よりにもよって、騎士団詰め所と街を繋ぐ連絡通路で、被害者女性を連れ去っていたというのか……!?」
「普通ならありえない犯行現場でしょうけどね。メルセデスが情報をリークすれば話は別です。丸腰の女性騎士が単独で街に向かうタイミングが分かるわけですし、騎士団の動きもある程度は読めるわけでしょう?
そして偶然通りかかるような市民も殆ど居ませんから、想定外の事態も起こりにくい。騎士団員だからこそ目を付けた犯行場所ですよね、まさに」
いったい……、いったいなんなのだ、あのメルセデスという男は……。
これでは騎士団員が悪事に手を染めたのではなくて、悪事を行う為に騎士団に入ったかのようではないか……!
「さてアシュレイさん。うちの侍女と研鑽を積んでいるようですけど、修行は順調ですか?
実は決戦の日まで、あまり時間は無いかもしれませんよ?」
「――――詳しく聞かせてくれ」
「作戦の詳細は明かせませんが、メルセデスを追い込む作戦を計画中です。あの男は兄であるブルーノ団長に与えられる情報を盗んでいる可能性が高いので、騎士団全体に嘘の情報を流し、メルセデスを罠に嵌めます。
悪人というのは騙す事には慣れていても、自分が騙されるとは思わない幸福な思想の持ち主が多いですからね。恐らく作戦自体はスムーズにいくと思うんですよ。
問題は我々の方ですよアシュレイさん。作戦は少なくとも1月以内に決行されます。たった1月で、貴女はメルセデス・グレイを叩き伏せる実力を身につけなければいけません。
アシュレイ・ウィスタリアさん。貴女の成長を信じても宜しいですか? メルセデス・グレイを確保できるかどうかは、貴女次第なんですよ」
「1ヶ月以内に、メルセデスを上回れというのか……。
正直私自身はそんなことが出来るとは思えない。それほどに私とあの男の実力には隔たりがあったからな。
だが私が奴を倒せなければ、奴を捉えることは出来ないというんだな? チロルは」
「その通りです。今回は騎士団全体にダミー情報を流すわけですから、正規の騎士団の協力は期待できません。メルセデスを捕らえる為には、私達が自力で奴を倒す以外に手はありませんね。
10年に1人の天才剣士と評されるメルセデス・グレイを、上回る覚悟はありますか? アシュレイさん」
チロルが挑戦的な笑みを向けてくる。
出来るものならやってみろ、そう顔に書いてあるようだ。
面白い。その挑戦、受けてやろうじゃないか!
「……覚悟は出来た。任せてもらおうか。
勝ち目がないからと奴に背を向けるわけにはいかない。2度も騎士としての誇りを捨て去るわけにはいかないのだ!
今はまだ勝ち筋さえ見えぬが、必ずや決戦までに奴を上回ると約束する! これ以上奴に泣かされる者を出すわけにはいかないからなっ!」
「アシュレイ・ウィスタリア。貴女の覚悟は受け取りました。
お膳立てはお任せください。必ずやその男を勝負の場に引きずり出してみせましょう。
後は貴女の覚悟を信じます。貴女の覚悟がメルセデス・グレイを上回ってくれると信じましょう」
いったいどのような方法でメルセデスを動かすのかは分からないが、チロルがやると言ったのだから、必ずメルセデスは引きずり出されるのだろう。
後は私の問題だ。
王国騎士団を隠れ蓑に、団長の信頼を裏切り、女性騎士を食い物にするだけでは飽き足らず、守るべき市民まで脅かすあの外道に剣を届かせるのは私の役目だ。
1人の騎士として、あの男を逃すわけにはいかないのだ。
必ず捕らえて見せるぞ。メルセデス・グレイ!
当時のままの文章をそのまま残してありますので、もしも誤字・脱字の報告があったとしても修正は受け付けません。当時の遺構のようなものです。
大幅に加筆・修正をしている為、恐らくはアルファポリス様の規制にはひっかからないかと思いますが、仮に公開停止処分等を受けた場合は再公開の予定はありませんのでご了承ください。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アシュレイ様のお相手をするには実力が足りませんが……。どうぞ宜しくお願い致します」
「いや、相手を買って出てもらえただけでもありがたい。1人では出来る訓練にも限界があるからな。
アン殿。こちらこそよろしく頼む」
メルセデスに挑む為、私は腕を磨かなくてはいけない。
しかしチロルの指示で、私はこの屋敷の外に出る事を禁じられてしまった。
1人では体力作りと型の稽古くらいしか出来ないかと困っていたところ、侍女のアン殿が私の稽古相手を買って出てくれた。
なんでもチロルを含め、この屋敷の住人は多少の武術の心得があるらしい。
一介の商人の娘や、その娘に雇われている侍女たちに武術の心得が必要なのだろうか?
そうアン殿に問いかけると『適度な運動は、心身の健康を保つのにとても有益な習慣ですよっ』と、とても爽やかな笑顔で返答をいただけた。
うむ。有益なら仕方ないな。そういうものだと割り切ろう。
実際に木剣で手合わせをしてみたところ、流石に騎士団員には1歩2歩劣るものの、その剣の技量は非常に高く、訓練相手としては充分すぎる相手だった。
「アン殿。貴女の技量には感服した。さぞや厳しい鍛錬を積まれたのであろうな」
「恐れ入ります。ですが私ではアシュレイ様の稽古相手が何とか務まる程度……。
アシュレイ様の実力を大きく伸ばすのは難しいのが現実ですよね」
……そうなのだ。
アン殿には感謝しているし、とても良い鍛錬をさせてもらってはいるのだが、あの男を圧倒するためには不十分であると感じてしまう。
現時点ではあの男と私の実力には大きな隔たりがある。それを短期間で埋めようというのだ。普通の訓練をしていても仕方が無いのではないだろうか……。
くそっ! 地道な努力こそが重要なのはわかってはいるが、いつあの男と立ち会うのか分からない状況というのはことのほか堪えるものだ……。
「アシュレイ様。これはお嬢様が仰っていた事なのですが、今回の件は情報こそが鍵を握ると申しておりました。
基礎技術を磨く他に、アシュレイ様はなにかもう一手用意するべきなのでは無いかと愚考致しますわ」
「情報? 実戦に情報が何の意味を持つと言うのだ? 剣を合わせれば、そこからは互いの実力以外に雌雄を決する要素などないだろう?」
「ええ。アシュレイ様がそのようなお考えであるのは理解しております。そしてそれは、相手の男も同じように思っていることでしょう。
今アシュレイ様は戦闘中に情報などなんの役に立つのか、という発想が生まれましたね? それを無駄だと切り捨てず、突き詰めて欲しいと思うのです。考え抜いた結果、情報など意味が無いという答えに辿り着いても構いません。ですが何も考えずに切り捨ててはいけません。そういうところが相手に付け込まれる隙となるのですから」
ふむぅ? 結局同じ事ではないのか?
しかしアン殿は冗談や軽い気持ちで言っている雰囲気ではない。私の成長の為に真剣に相談に乗ってくれているのだ。
ならば私が軽い気持ちで返答して良い言葉ではないな。
「……正直な話、私はあまり頭を使うのが得意ではなくてな。何も考えずに剣を振るえと散々指導されてきたのだ。
アン殿の言葉を軽んじるつもりは決して無いが、戦闘の最中に頭を使う事で剣が鈍ってしまわないか、少々不安に思う」
「それではまずは手合わせをしていない時に、色々なことを考えてみてはいかがでしょうか? 例えば、今日の手合わせの良かったところ、悪かったところ。メルセデスという男を圧倒する為の作戦や必要な技術、今のアシュレイ様に必要な要素は何か、などなど。
いきなり頭を使って戦闘するのは難しいでしょう。ですが頭を使う事を訓練することは出来ます。まずは出来ることから始めましょう。アシュレイ様が1歩先に進む為に」
……なるほどな。
頭を使うのが得意ではないからこそ、その苦手分野にこそ成長の伸びしろがあるということか。
それに、1日中訓練だけをして過ごすのは現実的に無理な話なのだ。必ずどこかで休息を取らなければならない。
そういった時に無駄に時間を過ごすくらいならば、アン殿の言ったように頭を使う訓練にでも費やした方が有意義というものか。
「お邪魔致します。アンさん、来ましたよー?」
「お待ちしてましたよ2人とも。今日は宜しくお願いしますね」
む? アン殿と話をしていると、私よりも若そうな2名の侍女が新たにやってきた。
話を聞くに、アン殿が呼んだ呼び寄せたように聞こえるが。
「申し訳ありませんが、私1人でアシュレイさんのお相手をするのは少々荷が重過ぎますので、手伝いを呼ばせていただきました。
こちらの2人はシルとマリーと申しまして、私の後輩に当たります。
1人では力が及びませんが、数で補おうというお話ですね。この2人にとっても良い訓練となりましょう」
「ほう? 本当にチロルの使用人は皆戦えるのだな。
アシュレイ・ウィスタリアだ。訳あってチロルの世話になる事になった。2人ともよろしく頼む」
「「宜しくお願い致します」」
こうして私が暇さえあれば3人に相手をしてもらって腕を磨く日々を過ごしている間に、チロルは私が伝えた過去の女性騎士団員の調査を進めているらしい。
どういう伝手なのかは想像も出来ないが、私が閲覧していた騎士団の資料も調べなおしているらしい。
「アシュレイさんが言っていた通り、過去の資料に改竄された痕跡はないそうですね。隠蔽や改竄を行うと、かえって目立つとでも判断したのでしょうかね?
おかげで除名された女性騎士団員のご実家を尋ねることは簡単だったのですけど、思った以上に協力が得られなくてですね。少々くたびれております」
「なぜ協力が得られないのだ? メルセデスの不正を知らないにしても、実の娘や家族が陥れられたのだぞ? そこで家族が協力しないことなどありえるのか?」
「アシュレイさん。貴女自身も私と会った日に仰っていたじゃないですか。行くアテが無いと。
恐らく被害女性のご家族が協力を渋っているのは、アシュレイさんが想像した通りの理由からだと思いますわよ?」
「あっ……」
そのような恥晒しは娘ではない、ということか……!
くそぉっ! 彼女達は何も悪くないというのに……!
「メルセデスは世間的には、婚約者一筋に生きる誠実な男性という評価を受けております。その上で、その高い剣の腕と甘いマスクから、女性に非常に人気のある男らしいですね。
念願の騎士団に入団した若い娘が、美貌の剣士に惚れて暴走してしまうというシナリオは、周囲の人間には理解しやすい動機のようですよ。
当たり前の事を言いますけど、疑念というのは相手を疑わなければ持つことが出来ません。完全に信用している相手に対しては、多少の違和感を感じても『そんなはずはない』と振り払ってしまうのが人というものですから。
メルセデスという男は、自分自身がどう見られているかを良く分かっているようです。忌々しいことですねぇ」
「ぐっ……! 確かに私もメルセデスの情報を鵜呑みにしてしまったからな……!
今思えば、騎士団が出払ったタイミングでの情報伝達、しかも私のような若輩者だけにあんな情報を渡すわけが無いというのに……!」
「そしてメルセデスに陥れられてから資料整理をすると、貴女はすぐに違和感に気付いたのでしょう? そういうことなんですよ。
他の団員も、兄である団長殿も、副団長に一切の疑念を抱いていないのです。だから小さな違和感はあっても、気のせいかな? とスルーしてしまうんでしょうね。騎士団には素直な方が多そうですし」
確かにチロルの言う通り、謹慎処分を言い渡されたあとだからこそ、自分と同じような目に遭った女性団員の資料に目が留まったんだと思う。
「この国の騎士団は不正や癒着などが行われないように、騎士団長には厳しい監査の目が向けられます。そして各団長も自分の団からそう言った悪党を出さないように、厳しいチェック体制が敷かれているはずなんですが……。
副団長というのが逆に盲点だったのかもしれませんね。国による厳しい監視の目は向けられず、兄である団長から機密情報を盗むことも、他の団員に比べれば容易い事でしょう。
それとメルセデスの美貌ですよねぇ。あの男の容姿は若い女性を狂わせても無理がない、そう周囲が納得してしまっているのが問題ですよ。まったく、女性を馬鹿にしすぎです。やはりどこか男社会なのかもしれませんね、騎士団というのは」
「ちっ……。言いたくは無いが、女性を軽んじる空気は多少はあるかもしれないな。技術は磨けば対等になれるが、身体能力はどうしても男女差が出やすい部分だ。
それに女性は結婚や出産での退団者も多く、あまり騎士団内で成り上がる者がいない。上に立つのが男ばかりなら、組織も男を優先に形作られるのは仕方ない部分だと思う」
それを男尊女卑と言ってしまうのはあまりにも乱暴だ。
実際男性騎士と比べて働ける期間も短く、数も圧倒的に少ないのだから。どうしたって優先順位は低くなるだろう。
「そうそう。それで被害女性のご実家は訪ねることが出来たわけですけど、実際に除名処分を受けた騎士には1人も会えなかったんですよ。全員が除名された日以降の足取りが途絶えております。これはやはり、メルセデスが何らかの組織と繋がりがあって、女性騎士を連れ去ったと見るのが妥当ではないですかね?
私とアシュレイさんが出会った場所は一般人が通る場所ではありませんし、城と騎士の詰め所に好き好んで近付く者などめったに居ませんからね。襲撃するには適した場所と言えるでしょう」
「よりにもよって、騎士団詰め所と街を繋ぐ連絡通路で、被害者女性を連れ去っていたというのか……!?」
「普通ならありえない犯行現場でしょうけどね。メルセデスが情報をリークすれば話は別です。丸腰の女性騎士が単独で街に向かうタイミングが分かるわけですし、騎士団の動きもある程度は読めるわけでしょう?
そして偶然通りかかるような市民も殆ど居ませんから、想定外の事態も起こりにくい。騎士団員だからこそ目を付けた犯行場所ですよね、まさに」
いったい……、いったいなんなのだ、あのメルセデスという男は……。
これでは騎士団員が悪事に手を染めたのではなくて、悪事を行う為に騎士団に入ったかのようではないか……!
「さてアシュレイさん。うちの侍女と研鑽を積んでいるようですけど、修行は順調ですか?
実は決戦の日まで、あまり時間は無いかもしれませんよ?」
「――――詳しく聞かせてくれ」
「作戦の詳細は明かせませんが、メルセデスを追い込む作戦を計画中です。あの男は兄であるブルーノ団長に与えられる情報を盗んでいる可能性が高いので、騎士団全体に嘘の情報を流し、メルセデスを罠に嵌めます。
悪人というのは騙す事には慣れていても、自分が騙されるとは思わない幸福な思想の持ち主が多いですからね。恐らく作戦自体はスムーズにいくと思うんですよ。
問題は我々の方ですよアシュレイさん。作戦は少なくとも1月以内に決行されます。たった1月で、貴女はメルセデス・グレイを叩き伏せる実力を身につけなければいけません。
アシュレイ・ウィスタリアさん。貴女の成長を信じても宜しいですか? メルセデス・グレイを確保できるかどうかは、貴女次第なんですよ」
「1ヶ月以内に、メルセデスを上回れというのか……。
正直私自身はそんなことが出来るとは思えない。それほどに私とあの男の実力には隔たりがあったからな。
だが私が奴を倒せなければ、奴を捉えることは出来ないというんだな? チロルは」
「その通りです。今回は騎士団全体にダミー情報を流すわけですから、正規の騎士団の協力は期待できません。メルセデスを捕らえる為には、私達が自力で奴を倒す以外に手はありませんね。
10年に1人の天才剣士と評されるメルセデス・グレイを、上回る覚悟はありますか? アシュレイさん」
チロルが挑戦的な笑みを向けてくる。
出来るものならやってみろ、そう顔に書いてあるようだ。
面白い。その挑戦、受けてやろうじゃないか!
「……覚悟は出来た。任せてもらおうか。
勝ち目がないからと奴に背を向けるわけにはいかない。2度も騎士としての誇りを捨て去るわけにはいかないのだ!
今はまだ勝ち筋さえ見えぬが、必ずや決戦までに奴を上回ると約束する! これ以上奴に泣かされる者を出すわけにはいかないからなっ!」
「アシュレイ・ウィスタリア。貴女の覚悟は受け取りました。
お膳立てはお任せください。必ずやその男を勝負の場に引きずり出してみせましょう。
後は貴女の覚悟を信じます。貴女の覚悟がメルセデス・グレイを上回ってくれると信じましょう」
いったいどのような方法でメルセデスを動かすのかは分からないが、チロルがやると言ったのだから、必ずメルセデスは引きずり出されるのだろう。
後は私の問題だ。
王国騎士団を隠れ蓑に、団長の信頼を裏切り、女性騎士を食い物にするだけでは飽き足らず、守るべき市民まで脅かすあの外道に剣を届かせるのは私の役目だ。
1人の騎士として、あの男を逃すわけにはいかないのだ。
必ず捕らえて見せるぞ。メルセデス・グレイ!
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