異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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842 ※閑話 後悔

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「ねぇクラーラさん。貴女達のお店も、私たちシュパイン商会と専属契約を結ぶ気は無いかしら?」


 ある日突然、大量の物資を持った商会がクラメトーラの地を訪れた。

 クラメトーラ全体を潤すにはあまりにも足りない量の物資だったとはいえ、グルトヴェーダの地を越えて物資を運び込んだという事実に心が震えたのを覚えている。


 クラマイルとクラクラットに半分ずつ物資を卸したその商会はそれだけに留まらず、クラクラット中の職人たちと顔を繋いで片っ端から専属契約を持ちかけているそうだ。

 まさかこんな街外れの小さく寂れた店にまで顔を出すとは思わなかったけど……。


「お客様が当店の商品を全部買っていただいた事には心からお礼申し上げます。ですが……」

「ふぅん。その反応だと色好い返事じゃなさそうねぇ?」

「いえ、ありがたい話なのは分かっているんです。ですが夫は職人として未熟で、鉄製武器と鋼鉄製武器しか作れません……」


 職人として修行をつけてもらえなかった夫のティッタは、60を過ぎても青鉄製の武器すら作れないのだ。

 クラクラット中の職人に声をかけているという目の前の女性の要求に、夫が応えられるとはとても思えなかった。

 
「それに職人連合との折り合いも悪く、素材も最低限しか回してもらえておりません。なのでとてもお客様の期待に応えられるとは思えなくて……」

「素材ならウチからいくらでも提供できるわよ? 王国でも素材の管理は各種ギルドが調整してるけど、販売さえしなければ自分たちで集めた素材の扱いは自由だから」

「そ、素材を回してもらえるのか……!? いくらでもって、本当に……!?」


 女性の話に夫のティッタが食いついた。

 職人連合に突き放され、職人として腕を磨くこともできず、素材も満足に回してもらえなくても武器屋にしがみ付いた夫の、僅かに残った職人としての情熱が刺激されたみたいだ。


 でも、この女性から素材の提供を受けるという事は、職人連合とは完全に袂を分かつことになる。

 クラクラットで職人連合に見放される恐ろしさを誰よりも知っている私には、どうしても女性の話に乗る決断は出来なかった。


「……この人の話に乗ろうぜお袋。親父が鉄製武器と鋼鉄製武器しか作れなくても契約してくれるって言ってんだ。ここで乗らない手はねぇだろ」


 そんな私に構わず返事をしたのは、職人でもなんでもない、ノッキングスレイヤーに所属している息子のティモシーだった。


「息子さんの仰る通り、鉄製武器、鋼鉄製武器が作れれば充分よ。今スペルド王国では魔物狩りを始める人が殺到してるから、むしろ安価な武器が大量に必要なの」

「で、ですが貴女達から独自に素材の提供を去れている事が知れれば、今度こそ私たちは職人連合に……」

「いい加減にしろお袋っ! いつまで自分たちを冷遇してきた連中に媚び諂って生きりゃあ気が済むんだよっ!!」


 お客様がいらしているというのに、ティモシーが声を張り上げて私を怒鳴りつける。

 ああもう本当にこの子ったら、時と場合を弁えないんだから……!


 だけどいつも怒鳴りつければ直ぐに口を噤むはずのティモシーは、この日は私が窘めても構わず声を張り上げてくる。


「職人連合に頭を下げて尻尾を振っても、奴等は俺達家族を蔑ろにするだけじゃねぇか! 素材の提供もその人がしてくれるなら、職人連合なんかの顔色を窺う必要なんて1つもねぇだろ!」

「なんて事を言うのティモシー……! 貴方もドワーフなら、職人たちを貶めるような事を言っては……」

「お袋こそ、たった今親父っていう最も身近な職人を貶めているじゃねぇか!! 家族である親父よりも、その親父を苦しめてきた職人連合を優先する必要が何処にあるってんだ!!」

「……っ!!」


 いつもの癇癪なんかじゃなく、本気で私に怒りをぶつけてくるティモシーの言葉に、初めて圧倒されてしまう。

 私こそがティッタを貶めていると指摘され、頭を思い切り殴られたような衝撃を受けてしまう。


 私、今まで一緒に職人連合からの嫌がらせに耐え続けてきたはずのティッタよりも、私とティッタを苦しめ続けてきた職人連合に見放される事を恐れたの……?


「職人連合に親父やお袋がどれだけ苦しめられてきたか、俺はずっと見てきてんだよ! いい加減目を覚ませお袋! 職人連合なんざ、我が家にとっては呪いでしかねぇんだよっ!!」

「ティモシー……。貴方……」

「ダンの野郎も言ってたじゃねぇか! お袋は最後の最期でいつも職人連合に媚びてるってよ! 家族が蔑ろにされようが、親父が職員として孤立させられてようが、お袋はいつも最後に職人連合を選びやがるんだ!!」

「……ダンさんがこの店に来ていた? これはちょっと調べる必要がありそうね……」

「今親父は職人として、素材を提供してくれるっていうその女の人の提案に乗ろうとしたはずだ! 職人を尊重するって言うなら親父の意見を尊重しろよ! 結局お袋こそが1番親父を愚弄してんだって、いい加減気付きやがれーーっ!!」


 ティモシーの捲し立てた言葉に、私は1つも言い返すことが出来なかった。

 下手に大きな工房の子供として育ってきたせいで、職人連合の事を必要以上に尊重してしまい、私こそが1番ティッタを追い詰め、ずっと苦しめてきたの……?


 項垂れる私の前では、ティッタがティモシーに情熱を灯した眼差しを向けている。

 職人としてのティッタは、私よりもティモシーの言葉に魂を震わされたようだ。


「……ティッタ。本当にいいの? この人のお話を受けたら、もしかしたら私たちはクラクラットを追われる事になるかもしれないわよ……?」

「ふん。満足に物も作らせてくれんクラクラットになんぞに未練などない。俺はクラクラットを捨てる事になっても、武器職人として武器を作れる道を選ぶ。……クラーラ。お前が一緒に来てくれなくてもだ」

「……っ。そこまでの覚悟が出来ているなら、私ももう何も言わないわ。乗りましょう、キャリアさんの提案に」

「ありがとう。実はそんなに私の話に乗ってくれるお店は多くなくてね。とてもありがたいわ」


 にやりと笑っておどけて見せるキャリアさん。

 やっぱりクラクラットの職人で、職人連合と表立って事を構えるドワーフは少ないのだろう。


 けれどその事を不安に思う私はもういない。

 職人連合が私たちを助けてくれた事など1度だって無かったのだと、ティモシーに気付かされてしまったから。


 ティッタを促して、キャリアさんが差し出した右手を握らせる。


「仮に私たちとの契約が元で本当にクラクラットを追われる様な事があったら、責任を持って新たな生活の場も用意するわ。その辺は安心してちょうだい」

「そこまでしてもらう必要は無いさ。俺も職人の端くれだ。自分の生活くらい自分の腕で守ってみせる」

「頼もしいじゃない。これからよろしくね、ティッタさん」


 キャリアさんと笑顔で握手する夫の姿に、私はこの瞬間本当の意味で職人連合から解放された想いがした。


『クラーラさんとティッタさんは周りの意見を無視して我を通したのに、最後の最期で我を通しきれなかったから幸せになれなかったんだよ?』


 以前、娘の夫を名乗る男性に言われた言葉が頭をよぎる。


 もう私は……いいえ、私たち家族は、自分たちの幸せを貫く事を躊躇わない。

 家族に捨てられ、ドワーフの教えに疑問を持っても誰よりも幸せになってくれた娘のように、私たちも形振り構わず幸せを追い求めようと、私は1人心に誓ったのだった。


 ……けれど私のそんな覚悟はなんだったのかと思うほどに、それからの日々は拍子抜けするほど順調だった。





「あら? 貴方達、家を構えられる程度の蓄えがあるの? ならいっそ王国側に引っ越さない?」


 キャリアさんの提案で私たちはクラクラットの地を捨てて、グルトヴェーダを越えた先に建設中の都市、メトラトームへと引っ越した。

 街の外に見えるグルトヴェーダの山々を見るたびに、クラメトーラを出るのがこんなに簡単だったなんてと、なんだか少し悔しくなった。


 以前娘の夫から受け取ったお金を元に新居を構え、シュパイン商会から提供される素材を元に寝る間を惜しんで武器を作るティッタ。

 そのひたむきな姿に、まだ夫婦になる前の情熱に溢れていた夫の姿が重なった。


 武器職人であり続ける為に、職人連合に許されたあの店を営む事が夫のためなのだと信じていたけれど……。

 ティモシーが言ったように、あの店こそが夫を縛り押さえつけていたのだと確信した。


「親父。お袋。俺も武器職人になって店を手伝うよ。それで時間を作ってさ。2人も職業浸透を進めようぜ。護衛なら俺に任せてくりゃいいから」

「ティモシー……。お前……」

「結局親父にもお袋にも認めてもらえなかったけどよ。俺がノッキングスレイヤーで魔物を狩ってたことも、これで無駄にゃならなかっただろ?」


 長年ノッキングスレイヤーとして魔物を狩り続けてきたティモシーはあっさりと武器職人に転職を果たし、シュパイン商会の依頼を手伝ってくれるようになった。

 そうして出来た空き時間に私と夫をアウターに連れ出し、毎日毎日私たちの職業浸透を進めてくれた。


 商人だった私はティモシーの勧めで旅人になり、インベントリが使えるようになったことでシュパイン商会からの素材提供をスムーズに行なうことが出来るようになった。

 そして夫のティッタは、30年以上も作りだすことが出来なかったブルーメタル製の武器を作れるようになったのだった。


「順調みたいねクラーラさん。ウチに納入してくれる武器の量も増えてるし、最近はブルーメタル素材の武器も作ってくれてるみたいじゃない?」

「これも全部キャリアさんに誘っていただいたおかげです……! 最近は夫も息子も活き活きしてて、まるで家の中に明かりが灯ったみたいで……!」


 インベントリが使えるようになった私は、装備品の素材を自分から受け取りに行くようになった。

 その時ちょうど居合わせたキャリアさんに声をかけられて、2人で暫し近況を報告しあう。


 キャリアさんはこのメトラトームの建設の指揮を執っているほどの商人なので、普段はあまりお会いできない。

 久しぶりにキャリアさんにお会いできた私は歳が近いのも手伝って、ついつい話に花を咲かせてしまった。


「へぇ? 行商人になったんだ? 便利でしょ、行商人の職業スキル」

「はいっ。本当に日常生活が一気に楽になって驚きましたよっ。60を超える私が井戸の水を片手で軽々持ち運べるんですからっ」

「あっはっは! 今のクラーラさんは自信に満ち溢れていて、クラクラットでお会いした時とは別人みたいね? ……これならダンさんにもティムルにも満足してもらえるかしら?」

「え? ごめんなさいキャリアさん、今なんて仰ったんですか? ちょっと最後の方が良く聞こえなくて……」

「こっちの話よ。気にしなくていいわクラーラさん」


 なんでもないわと肩を竦めながら、これ以上語る事はないとばかりにお茶を啜って口を閉じるキャリアさん。

 今、かつて見捨ててしまった娘の名前をキャリアさんの口から聞いた気がするけど、流石に気のせい……よね?


「貴女達の成功の一助を担うことが出来て嬉しいわ。貴女達のおかげでウチもかなり稼がせてもらってるの」

「いえいえっ! こちらこそありがとうございますっ……!」

「クラーラさんの家みたいに、もっと装備を作れる職人を揃えたいんだけどさぁ……。なっかなかドワーフたちは私を信用してくれなくて参っちゃうわよ」

「それは仕方ないかもしれませんね……。ドワーフたちは基本的にクラメトーラを出ようとは思いませんから」

「あ~。ドワーフ族の価値観って奴? 人間族の私には理解できないのよねぇ」


 ドワーフ族の私の前で、何の遠慮もなくドワーフ族の価値観に疑問を呈するキャリアさん。


 私もドワーフ族として、ここはキャリアさんの言葉に憤りを覚えなきゃいけない場面なのかもしれないけれど……。

 今の私にはキャリアさんの疑問を否定することなんて出来そうもないな……。


「ねぇクラーラさん。クラメトーラの地よりも新天地を選んだ貴女に、改めて聞いてみてもいいかしら?」

「え? えっ……と、はい。私に答えられる事であれば……?」

「じゃあ聞かせてもらうわ。どうしてドワーフたちはあんな場所で生活してるの? 今のクラーラさん達みたいに、もっと暮らしやすい場所に引っ越せばいいじゃない」

「……っ!? そ……れはっ……」


 私を真っ直ぐ見詰めるキャリアさんの瞳の中に、首を傾げる幼い娘の姿が見えた気がした。


 それはかつてティムルが私に投げかけた疑問で……。

 娘の言う通りクラメトーラを出た私たちは、こんなにあっさり充実した生活を送れるようになって……。


 思い悩む私を、キャリアさんはただ静かに見詰めている。

 けれどその瞳は、私の答えを聞くまで絶対に解放しないと言っているように感じられた。


「……本当に、どうしてあんな場所に拘っていたんでしょうね。あの土地に拘らなくなった途端に、こんなにも楽に生活が出来るのに……」

「あら? クラーラさんだって始めは私との契約を渋っていたじゃない。だから答えてくれると思ったんだけど」

「あの時の自分を思い返すと、顔から火が出る想いですよ……。あの男性が言っていた通り、私って本当にどうでもいいことしか見ていなかったんだなって……」


 余計なものに囚われず、真実だけを真っ直ぐに見詰めたかつての娘は、余計なものばかりに拘る私の手を振り払って、遂には全ドワーフ族の頂点に立つ職人にまで成長したのだとティモシーに教えられた。

 大切なものだけを見詰める娘の瞳に私の顔が映っていなかった事実が、今更ながら酷く悲しく感じられる。


 あの時ティッタの手だけを握り、職人連合の手を振り払ってクラメトーラを出ていれば、娘とも笑い合って過ごす未来もあったかもしれなかったのに……!


「……ここまでにしておきましょ。私も興味本位で聞いただけで、クラーラさんを追い詰める気は無いから」


 キャリアさんの疑問に答えることが出来ず、かつての娘の問いかけを突き付けられて言葉に詰まる私に、キャリアさんはもう充分よと引いてくれた。

 けれど私はキャリアさんと別れたあとも、私の頭には娘に投げかけられた疑問がずっとこびり付いていた。


 何日も何日も思い悩んで、それでも答えを見出せなかった私は、夫のティッタに悩みを打ち明けた。


「決まってる。ドワーフには馬鹿しか居なかっただけだ」

「ティッタ。もっと真面目に……」

「俺もお前もどうしようもないくらいに、娘を捨ててまで下らない事に拘る馬鹿だっただけだ。ティムルを蔑ろにしてまであんな枯れ果てた土地で生きる意味なんて、何処にもありゃしなかったってのにな……」

「……ティッタ」


 まるで懺悔のように呟いた後、私に背を向けて武器作りを再開するティッタ。

 夫の背中からは激しい後悔が漂っているような気がして、夫も本当は娘の事を見捨てたりはしたくなかったのだと今更ながらに気付かされた。


 そもそも私、ティッタが娘の名前を口にしたことすら記憶に無いかも……。

 ギャーギャーとティムルの顔を見ては口汚く罵っていたティモシーは、あれはあれでティモシーなりに妹に向き合っていたのかもしれない……。


『私たちには血縁以外の繋がりなんて、1つだって無いんですからねー?』


 先日訪ねてきてくれた娘の言葉が思い起こされた。

 本当に私たち母娘は、血縁以外の繋がりなんて何1つ築くことが出来ていなかったのね……。


 かつて捨ててしまった娘は美しく逞しく成長し、止まったままの私たちを見限って誰よりも幸せになってくれた。

 もう私が貴女の母親面をする資格なんてないけれど、決して貴女の耳にも届かないけれど、それでもあの時言えなかったこれだけは言わせて欲しい。


 結婚おめでとう、ティムル。

 母さんは貴女を不幸にしか出来なかったから、ダンさんに誰よりも幸せにしてもらいなさいね……?


 けれど祈るような私の呟きは誰の耳に届くこともなく、メトラトームの喧騒の中に消えていってしまうのだった。
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