異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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792 ※閑話 失伝 湖流の瞳

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「ど、どこだここは……!? 周りは……海、なのか……!?」


 見渡す限りの大海原に、思わず独りごちてしまう。


 自分が置かれた状況が理解できない……。

 い、一体俺に何が起こったっていうんだ……!?


 ある日突然広がり始めた絶望の雲が空を覆いつくした時、足元が眩く光ったような記憶はある……。

 けれどそのあと何が起きて、どうしてこんな場所に自分が居るのかが全く思い出せなかった。


「……あっ! あっ、あれひょっとして人じゃないか!?」


 呆然と目の前の海を眺めている事しか出来なかった俺の視界の端に、海の手前の砂浜で倒れている人が見えた。

 まるでたった今海から流れ着いたように見えるその人影に嫌な予感がチラついたけど、頭をよぎる最悪の結果を振り払うように無我夢中で駆け出した。


「……良かった! 息してる……!」


 なんとか倒れていた人影に近付き確認すると、倒れていた女性は出血などもしておらず、静かに寝息を立てていた。

 状況は何も変わっていなかったけれど、自分以外に生きた人間がいる事実だけでも心強かった。


「怪我してないのは良かったけど、どこも濡れた様子はないな……? 漂着したんじゃないのか……?」


 とりあえず女性を日陰に移動させて目覚めるのを待っていると、砂浜に倒れていたのに濡れた様子がなかったのが気になった。


 そもそも俺自身が海から少し距離がある場所で目覚めたんだったな……。

 俺もこの女性も、この島には流されて辿り着いたわけじゃはないのか?




「えっと……地面が眩しいくらいに光ったのは憶えてるけど……。その後はなにも……」


 ほどなく目覚めた女性に話を聞くも、彼女もまた自分の置かれた状況がまるで理解できない様子だった。

 言葉は通じるし、最後に記憶している光景も俺とほぼ変わらなかったから、彼女と俺は元々同じ地域に住んでいたのかもしれない。


 お互いの出身地には心当たりがなかったけれど。


「大丈夫ですか!? 意識は、俺の声は聞こえますか!?」

「あ、こっちにも居たわ! 急いで助けなきゃ!」


 目覚めた女性と一緒に島の探索を開始すると、到る所に意識を失った人々が倒れている事に気付いた。

 その人たちも俺達同様、地面が光ったと思ったあとの記憶がなく、自分がどうしてこんな島にいるのか分かる者は1人も居なかった。


 幸いな事に誰1人として目立った外傷はなく、出身地域も国もバラバラなはずなのに何故か言葉が通じたおかげでコミュニケーションを図るのは問題なかった。

 目を覚ました人たちと協力し合って島中を探索したところ、250人近い人がこの島で怪我もなく倒れていたようだ。


「とりあえず島の環境を把握しよう」


 人の捜索がひと通り済んだ後は、全員で協力して情報収集を開始した。

 島の回りにだって何があるか把握しなきゃいけないし、島の外に出られるのかも知りたかった。


 そうして島の調査を進めた結果、希望と絶望の両方を味わうことになる。





「この島の資源は豊富で、飲み水にも食べ物にも困らない……。だが島から脱出するのはほぼ不可能ってこった……」

「ええ……。大型で獰猛な生物が海にはウジャウジャいるみたい。砂浜まで追いかけてくるらしいわ。幸い襲われた人たちに怪我は無かったそうだけど、海に入るのは自殺行為みたいね……」


 島から出られない。

 その事実は島に居合わせた人々の心を絶望で曇らせた。


 いくら資源が豊富とは言え、サバイバル知識が豊富な人なんてそうそう居ないし、キャンプや大工仕事に慣れた人でも何の道具も準備も無しに無人島で生き残れるわけじゃない。

 だから1番の望みは助けを待つことだったのだけれど……。


 ここがどこかも分からず、調査の為に海に出ることも出来ないなんて……!

 液化できる人でも逃げ回るのが精一杯だなんて、そんなのもう手詰まりじゃないかよぉ……!


 水と共に生きる俺達ですら生きていけないほどの危険な海の環境に、仕方なく島の内部で生活する日々。

 しかしそうしていると、みんな少しずつ奇妙な事に気付き始めた。


「やっぱりこの島……誰かが住んでいた形跡がある……!」


 海に出られないので仕方なく島の内部に目を向けると、そこには無人島とは思えない痕跡が僅かに残されていた。


 島の中央の湖近くで見つかった、釣竿のような4本の細くてしなる丈夫な棒。

 所々で見つかる何かを燃やしたような跡。

 森の中で見つかった、ハンモックのような4つの朽ちたロープ。


 どれもかなり時間が経って痛んでいたけど、人工物にしか見えなかった。


「どうやら人が住んでいたのはかなり昔っぽいけど……。文明人が住んでいたって事は道具なんかも見つかるかもしれない……! いや、むしろ案外近くに人里があるんじゃないか……!?」


 かつて人が住んでいたなら、今は無人島になっていても近くを船が通る可能性もゼロじゃない。

 人が住んでいた痕跡に希望を見出した俺達は、助けが来るまで頑張ろう、絶対に諦めずにこの島を出ようと支え合いながら、助けが来るのを待ち続けた。


 ……しかし俺達が待ち望む迎えの船は、待てど暮らせどやってはこなかった。





「くそっ! ケルビーさんもやられちまった……! なんでみんな海に出ちまうんだよぉ……!」


 定期的に告げられる仲間の訃報。


 助けを待つ日々に疲れた人たちは、待っても来ない救助を見限り自分の力で脱出を試み始めた。

 しかし海獣たちを突破することは出来ず、島から見える範囲すら越えられずに捕食されてしまう。


 ……始め250人いた仲間たちは、気付くと200人を下回ってた。


「島にいれば安全なのに……。どうして越えられる見込みも無い海に救いを求めちまうんだよぉ……!?」

「……安全なだけで生きていけるほど、人の心は強くないってことなのかしらね。なまじ液化なんかを使えるから、余計に諦めがつかないのかもしれないわ」


 ……そう。それまで近代的な生活を送っていた俺達は、生き残れるってだけでは満足できなかったのだ。


 助けを期待できるなら、それまでの間くらい自制する事はできるだろう。

 けれど海獣の脅威に晒され、現在地も分からないままで、救いを諦めた人が自棄を起こしてしまうのだ。


 先の見えない生活に、自分の仕事を放棄してひたすら快楽に溺れる者も出始めている。

 このままじゃ全滅は時間の問題だ……! 何か手を打たなければ……。でも、いったいどうすればいい……?


「……ただ生きていくだけならこのままでも続けられる。けれど心の方が先に参っちまってるってことだよな。なら、その心を何とかしてやれればまだ立て直せるってことか?」

「理屈じゃそうだけど……実現するのは難しいわ。いつかきっと迎えが来るなんて言っても気休めにもならないし、島の外は液化でも対抗できない海獣たちで溢れてるもの。こんな状況じゃ希望なんて……」

「……それだ」


 諦めに満ちた彼女の言葉に、俺は神託を授かったような衝撃を受ける。


 先に希望が見えないからこそ、人は絶望して自棄を起こしてしまうんだ。

 なら闇夜を照らす灯台のように、目指すべき将来への希望を提示してやることが出来れば、みんなもまた前向きになってくれるかもしれないじゃないか……!


「そうだよ、希望だよっ! 希望さえ示してやれれば、きっとみんなはまた前向きになってくれるはずだ!」

「だからぁ……。それをどうやるかって話でしょ? この絶望的な環境で、どうやって希望なんて抱けって……」

「絶望的な環境を変えてやれば、自ずと希望は見出せるんじゃないのかっ!? そうだ、俺達はまだ立ち直れるはずだっ……!」

「ちょっ、どこに……いったいなにする気なのっ!?」


 背中に聞こえる声を振り切るように部屋を飛び出し、一直線に海へと走った。

 そして眼前に広がる大海原を、息を乱したままで睨みつける。


 液化が使える俺達にとって、本来海とは味方になり得る筈の存在なんだ。

 なのに海獣たちが跋扈しているせいで液化能力に余計に絶望してしまい、暴走してしまう者が後を絶たないなら……!


「救助が来るかどうかは俺達には分かりようもない。ならもう1つの絶望、海獣たちに対抗できないって環境を覆してやるっ……!」


 この日から俺はひたすら海に潜り、海獣たちの生態を研究しながらどうすれば海獣たちに一泡吹かせてやれるのかということばかりを考えて日々を過ごした。


 元々あまり運動などしてこなかった俺は、液化を使っても始めは殆ど浜から離れられなかった。

 何度も逃げ帰り、何度も傷だらけになりながら、それでもただ海獣たちを憎み続ける日々が過ぎていく。


 客観的に見て、俺もある意味自暴自棄になっていたんだろうな。

 島の外に救いを求めた人たちと違って海獣たちに怒りを向けたってだけで、多分この時の俺は既に正気じゃなかったんだ。


 けれど、人の狂気ってのは伝染しちまうものなんだ。

 特に、絶望に覆われた閉塞的な環境では……。


「すっげぇなリーダー! イッカクを仕留められるなんて信じらんねぇ!」

「浮かれ過ぎんなよ? 確かに今回の成果は大きな1歩と言ってもいいが、罠なんかに頼ってるようじゃ海獣に対抗できるとは言えねぇ。正面からどんな海獣でもぶっ殺せるようにならねぇとな」

「うおおおっ! 痺れるぜリーダー! アンタなら必ずっ、いつか必ず海獣共を蹴散らしてくれるって信じてるぜぇっ!」

「俺がじゃねぇ。俺達全員でやるんだよ。俺達は海獣どもになんざ屈しねぇ。だろ?」

「うおおおおっ! 一生アンタについていくぜリーダー! 俺の弟を殺しやがった怪獣を、いつかこの手でぶち殺してやらぁっ!」


 狂気は伝染し、そして正気ではできなかったことを少しずつ達成し始める。

 血気盛んな仲間と連携し、協力し、相談し、罠に嵌め、腕を磨き、道具を開発して海獣共を殺しまわる。


 頼もしい仲間が一緒でも犠牲者が出てしまうことも珍しくはなかったけれど、今まで殺される事を待つしかなかった海獣を殺して回る俺達は、次第に英雄視され始めた。

 海獣に絶望し海に逃げる者は居なくなり、島のみんなは俺の願い通りに前向きな姿勢を取り戻すことが出来たのだ。





 けれど既に狂気に染まりすぎていた俺は、かつての自分の願いも想いも狂気に忘れ、ひたすら怪獣を殺すことだけを考え続けた。

 そして殺意と狂気に浸かり切った頃、その想いに魂さえも歪に変質し始める。


「なんだこれ……。液化が、変わった……?」


 それまでは精々水の中で長く息が出来たり、水の抵抗を減らして泳ぐ速度をあげる程度のことしかできなかった液化が、ある日を境に全く別な能力へと変わり果ててしまった。

 液化発動中は海獣たちに気付かれる事はなくなり、海獣共を遥かに凌駕する速度で水中を移動できるようになったのだ。


 液化状態なら岩や丸太すら簡単に持ち運べて、またそれらを高速で撃ち出す事もできるようになった。

 更に撃ち出した物質は水の抵抗を殆ど受けず、海中に逃げる海獣共すら易々と貫いて見せるのだ。


「おおおおっ!! また湖流様が大物を仕留められたぞーーーっ!」

「湖流様っ! 湖流様ーーっ!」


 コリウという俺の名は、いつしか『湖流』という島の英雄の名として語られるようになった。

 島のみんなは俺の背中に憧れ、いつか海獣共を蹴散らして大海原に進出していく自分の姿を夢見るようになった。


 自分が作り上げた新たな液化を、俺は惜しむことなく島のみんなに伝えようと思った。

 俺が死んだ後も、島のみんなが海獣たちなんかに殺される事は無いようにと願って。


 ……けれどどれだけ教えても、俺の編み出した新たな液化を使える者は現れなかった。


 俺にだけ許された新たな液化は湖流化と呼ばれるようになり、特別な才能が無ければ会得出来ないものなのだと諦めが漂い始めた時だった。


「こ、これは湖流化……!? 間違いないっ! 湖流様の御子が湖流化に成功されたぞーっ!!」


 俺以外に誰も会得できなかった湖流化は、湖流化を得た後に授かった俺の子供達は当然のように使うことが出来た。

 そしてその事実は島の希望の灯となると共に、島の生活を一片させるには充分すぎる大事件だった。


「さぁ湖流様ぁ……。私にも湖流様の御子を授けて下さいませぇ……」


 島の女たちは競って俺との子供を望むようになり、俺以外の男たちには見向きもしないようになっていった。

 湖流化が使える子供を産んだかどうかで島での扱いが大きく変わってしまうので無理も無い話だと思うけれど、暇さえあれば子作りをせがまれ、かつて俺を慕ってくれていた男たちに敵意を向けられるのが辛くて仕方が無かった。


 一生俺についてきてくれると言ってくれたかつての仲間たちは、少数の女たちと共に海に消え、そして海獣共の腹に中に収まってしまった。

 いつしか島には俺と関係を持った女と俺の血を継いだ子供しか居なくなり、名前の無かったこの島はいつの間にか『湖流の里』と呼ばれるようになっていた。


「貴方は何も悪くないわ……。貴方はずっと島の人たちの事を考えていただけだったのにね……」


 この島でずっと一緒に歩み続けてきた妻の胸で、毎晩のよう泣き続けた。


 島の人たちを前向きにしたかった。自棄を起こして命を捨てて欲しくなかっただけだったのに……。

 いつしか俺自身が人々の絶望に変わり、みんなを死に追いやってしまうなんて、俺は一体どうすれば良かったのかな……?


「きっと貴方が居なかったら、私たちはとっくに全滅していたわ……。貴方が希望であり続けてくれたからこそ私たちは子供を望み、繁栄を願うことが出来たのよ……」


 妻の言っている事を疑う気なんて微塵も無い。

 確かにあのままだったら加速度的に人が減っていき、今この時すら迎える事は出来ていなかったかもしれない。


 けれど、とてもそんな風に客観的に考えられないよ……。

 俺はただ、みんなと一緒に生きていきたかっただけなのに……。


 かつての仲間たちが去ってから毎夜泣き続けるだけのかつての英雄に因み、島の中心に広がる汽水湖は後に『湖流の瞳』と名付けられたのだった。
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