異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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「己が身を削っての献身、誠に結構です。結構ですがナンセンスです」


 識の水晶に捧げられ、情熱を失ってしまった人の成れの果てである、サーディユニオム教の幹部『啓識』。

 ほとんどの事に反応を示さず、城からの資金援助が打ち切られても構わないとすら語っていたのに、唯一トライラム教会にだけは強い拒絶の反応を見せた。


 現状で満足しようという教義を持ち、大切なものに優先順位をつけて高望みをしないというサーディユニオム教から見れば、教義に準じて己の身を削り、孤児や困窮者を助ける為にボロボロになっていたトライラム教会の事が理解できないようだ。

 それどころかトライラム様が齎した祝福の力、職業の加護こそがこの世界の競争社会のを形作る元凶だとして嫌悪している始末だ。


 うちの家族にはトライラム教会の信徒が多いので、場にちょっとした緊張感が漂い始めているのを感じる。

 けれど余計な口は挟まず、俺と啓識たちのやり取りを黙った見守ってくれるようだ。


「え~と……。サーディユニオム教の考えは分かった。分かった上でいくつか質問してもいいかな? 貴女達の教えを否定したいわけじゃないけど、ウチは比較的敬虔なトライラム教徒だからさ」

「何なりとお聞きください。トライラム教会の方にサーディユニオム教の教えを説くのは日常業務と言ってもいいくらいですから。私共への配慮は無用です」


 にっこりと微笑みなんでも聞いてくれと口にする啓識の女性。

 一見穏やかな雰囲気にしか見えないが、トライラム教会の教徒と名乗ったことで微妙に臨戦体勢を取られた気がする。


「っと、横槍を入れちゃったけどカレンはもういいの? こっちの話は長くなるかもしれないから、まだ話が済んでいないならそっちを……」

「構わんよ。私は視察と確認に来ただけだからな。啓識の言っていたことが本当か調査するのは私の仕事ではないし、サーディユニオム教のトップと顔繋ぎが出来ただけで充分だ」

「顔繋ぎなど恐れ多い。こちらこそ皇帝陛下にお会いできて光栄です。サーディユニオム教を皇帝陛下が訪れた記録はございませんから、大変貴重な体験をさせていただいております」


 歴代の皇帝もサーディユニオム教を訪問したことは無かったのか。

 帝国の為に識の水晶に捧げられた識贄たちを哀れんで出来たのがサーディユニオム教の始まりらしいのに、資金援助だけして交流は絶っていた?


 かつての同胞の変わり果てた姿を見たくなかった?

 いや、帝国ではサーディユニオム教への風当たりが強かったらしいし、オーダーディフューザーへの影響を懸念して会いに来ることが出来なかったんだろうか?


「カレンがいいなら遠慮無く話をさせてもらうね」


 まぁいい。カレンも啓識も納得済みならこっちの話をさせてもらおう。

 啓識の人たちも穏やかな笑みを浮かべてどうぞと聞く体勢を取ってくれているけど、やはりどこか挑戦的な雰囲気を感じるな。


「カレンからはサーディユニオム教は新たな信徒の獲得に苦労していると聞いてる。教義を説くのが日常業務ということは勧誘活動も行なわれているということだよね? でも勧誘活動って現状に満足しようってサーディユニオム教の教義に反する行為ではないの?」

「ふふ。勘違いされるのも無理はありませんが、私共の目的は勧誘ではなく布教です。現状維持を至上とし、他者と争わずに分相応に生きることこそが平穏に生きる秘訣だと信じておりますので、その考えを1人でも多くの方に知っていただきたいのです」

「新たな信徒が獲得できなければサーディユニオム教の存続が危ぶまれたりするんじゃないの? そういった事態には直面したことはなかったのかな?」

「ありがたい事に、サーディユニオム教の教義に賛同してくれる方は常にいらっしゃいます。トライラム教会に比べれば取るに足らないほどに矮小な存在かもしれませんが、宗教規模拡大を狙った無理な勧誘活動を行なう必要性は感じておりません」


 ふぅむ。スラスラと答えてくれるな。

 ひょっとしたら訊かれ慣れている質問なのかもしれない。


 勧誘ではなく普及活動か。信徒から金銭を受け取っていないのはトライラム教会も一緒だけど、元識贄の啓識が運営しているサーディユニオム教は、組織としての欲望みたいなものがないんだろうな。

 トップに私欲が無いから成立する、特殊な組織になっている感じか?


「次に聞きたいのは、貴女たちが変世の3女神を信仰している点かな。人の住めない原界を作り変えた女神様の行ないは現状維持の教えに反する行為ではないの? これも訊かれ慣れているかもしれないけど」

「ふふ。ええ、よく聞かれますね。訊かれ慣れている事を指摘された事は初めてですが」


 口元に拳を当てて静かに笑う啓識の女性。

 その微笑には挑発的な雰囲気はなく、肩の力を抜いて本当におかしそうに笑っているように感じられた。


「変世の3女神の行ないがサーディユニオム教の教義に反しているとは思いません。なぜなら原界は人の生きられる世界では無く、作り変えは必須だったのですから」

「なるほど。必要な労力は惜しまないということね。維持する必要の無い状況、変えなければいけない状況に直面した場合は積極的に行動する、それが優先順位を決めるということか……」

「おお、敬虔なトライラム教会の信徒だと仰った割には、私共の考えを殆ど正確に理解してくださったようですね?」


 感心したように大きく目を見開き、うんうんと何度も小さく頷く啓識の女性。

 この様子だと、サーディユニオム教の教義が誤解される事は少なくなさそうだ。


「人が平穏で幸福に暮らすためには最低限の生命活動、社会活動は必須です。私共の教えはそれを放棄するのではなく、必要な物を選び取ることです。その判断基準として、物事の優先順位をハッキリさせるべきだと説いているわけです」

「その最低限の生命活動に職業の祝福が含まれていないのは何故なのかな?」

「……本当にしっかりとサーディユニオム教の狭義を理解されているようで驚きます。皇帝陛下を娶り、このように沢山の女性を愛する方が私共の教えをご理解いただけるとは思いませんでした」


 今度は感心と言うよりも驚愕に近い感じで驚いてみせる啓識の女性。


 ……確かに皇帝であるカレンや建国の英雄リーチェ、スペルド王国第1王女のシャロなんてそうそうたるメンバーを家族に迎えるような男が、現状維持や最低限の活動で満足するとは思わないだろうな。

 色と欲に溺れた男なのだろうと判断されても仕方ないかな? 色にはどっぷり溺れてるわけだし?


「サーディユニオム教の教義をそこまでご理解されているのでしたら、我々が祝福の神トライラムの齎した加護の力を受け入れない理由にも察しが付いているのではありませんか?」

「検討はついてるけど、貴女達の前でサーディユニオム教の教義を説くのは流石に……」

「間違っていても構いませんので、どうか貴方の考えをお聞かせ願えないでしょうか? トライラム教会を信仰しながらサーディユニオム教にも理解を示してくださる方というのは本当に稀少なのです。なのでお考えを伺いたいと思いまして……」


 答え合わせというわけでは無いのだろうけれど、啓識の口から職業の祝福を受け入れない理由を聞いてしまったらその考え方をどうしても意識してしまうだろう。

 だから自分たちの思考に影響される前の俺の考え方に触れておきたいということかな?


 恐らくだけど……と前置きしてから、自分なりの解釈を披露する。


「祝福の神トライラム様が職業の加護を齎す前にも人間たちは生きていることが出来たわけだから、職業の加護はサーディユニオム教の考える最低限の生命活動に含まれていないってことじゃないの?」

「……続けていただけますか」

「続けてって言われてもな……。職業の祝福は魔物を狩るごとに強化される事は周知の事実だ。だから職業の祝福が存在する限り人々は競って魔物を狩るのを止められない。それはサーディユニオム教が説く現状維持の教義に反する行為だから受け入れられないんじゃないの?」

「……素晴らしい。なんと素晴らしいのでしょう……! 私共サーディユニオム教の教えに触れることなく、その教義の真髄を完璧に理解されているなど信じられません……!」


 微妙に熱を感じる反応を見せる啓識の皆さんだけど、そこまで感動する様な話じゃないでしょ。

 今までの話の流れを考えれば行き着く答えだし、サーディユニオム教がトライラム教会を強く否定している事も理解できる考え方だと言える。


 ただ、トライラム教会が世界中の人々に信仰されているこの世界では、トライラム様最大の功績である職業の加護を否定するような考え方を持つ人が少ないんだろうね。

 俺は鑑定と職業設定のおかげで職業の祝福をゲームデータっぽく捉えてしまったところがあるから、他の人に比べて客観性の高い考え方を持つことが出来たのかもしれない。


「……一応改めて言っておくけど、うちの家族は敬虔なトライラム教会の信徒だし、俺自身も祝福の神トライラム様を信仰してる。サーディユニオム教の考え方に理解は示せるし共感できる部分もあるけど、俺は職業の加護を否定する考え方は出来ないよ?」

「構いません。というよりもそんな貴方がサーディユニオム教の教義を理解し、共感してくださることに価値があるのです。他者を理解することが争いを無くし、手を取り合って生きる道だと信じておりますので」

「重要なのは勧誘ではなく布教ってわけね」

「ふふ。自分たちの考えを理解してもらえるというのは嬉しいものですね。突然の皇帝陛下の訪問に身構えておりましたが、貴方のおかげで今日はとても良い日になりました」


 サーディユニオム教の教義を客観的に説明しただけなのに、失った熱さえ感じさせるほどの喜びようだ。

 つまり普段はそれほどまでに理解を得られないんだろうな、この教えって。


 でもサーディユニオム教の『必要以上に頑張らなくていい』、『必要なことだけをこなし衝突を避けて生きよう』という考え方は現代日本で生きていた俺には結構刺さる考え方でもある。

 資本主義が悪いとは言わないし、競争社会こそが社会を発展させる重要な要素なのは否定しないけれど、競争に興味が無い者や競争に敗れた者が落ち着ける場所があるのは素晴らしいことだと思う。


「サーディユニオム教の教義については良く分かった。次は教義とは関係ない事を聞かせてもらえるかな?」

「なんでもお聞きください。喜んでお答えいたしましょう」


 微妙に声が弾んでいる啓識の皆さんに、色々な事を質問する。


 まずは城へ襲撃があった事を伝え、その犯人たちに心当たりはないかと聞くと、そのような強い熱を持った信徒は居ないし、そのような者たちから協力を求められても応える者はいないという話だった。

 元識贄の啓識たちが運営するサーディユニオム教なので、神器を奪還する計画を立てたのかもしれないと疑ったが、それを聞いた啓識たちは一様に微妙な表情をして同じ事を口にした。『もう神器には関わりたくない』と。


「識贄として役目を全うした事に後悔はありません。お城の皆様も約束された報酬を必ず支払ってくださいましたから。ですがやはり私共は1度神器に殺されたようなものだとも思うのです……」


 家族が重病を患ったり、金銭的に困窮したりと識贄になった理由は様々だけど、役目を果たして熱を失ってしまったこと自体には後悔はないそうだ。

 けれど熱を奪われたことで喜びや感動を感じることも極端に減り、ただ消費されていく残りの人生に空しさだけを感じる啓識も少なくないという。

 もしも識贄を経験せずにサーディユニオム教に傾倒できていたら……と考えない日は無いそうだ。


 後悔する姿はとても演技には見えず、サーディユニオム教が識の水晶強奪に加担していた可能性は限りなく低いと思えた。


「疑って済まなかった。今のところ相手の出方を待つしかなくてね。少しでも手掛かりが欲しかったんだ」

「気になさらないでください。というか、神器が奪われたなど公表して良かったのですか……?」

「それこそ気にしないで。対面を気にして捜査を遅らせるより、恥や外聞を捨てて行動しなきゃいけない時ってだけだよ。それこそ優先順位って話だね」


 適当な事を言ってはぐらかしたけど、俺もカレンも既に識の水晶に興味は無いんだよねー。

 恐らく気分の良くない事を聞いてしまっただろうから、その不快感の矛先をカルナスたち襲撃犯に向けさせたってだけだったりする。


 ……だからそんなに嬉しそうな顔をしないで欲しいなぁ? 優先順位なんて普通に使う言葉だからね?


「さっきサーディユニオム教は規模の小さい団体だと言ってたけど、具体的にはどの程度の組織なのかは教えてもらえる?」

「本当に小規模ですよ? ここフラグニークを含めて4箇所しか拠点はありませんし、信徒は500名を行ったり来たりといった所です。いつかはダン様がお住まいのスペルド王国でも教えを説いてみたいものですが、流石にこれは高望みになりましょう」


 全員で500人規模とか本当に少ないな。

 確か去年の時点でトライラム教会が預かっていた孤児がそれくらいだったんじゃなかったっけ?


 う~ん……。宗教団体としてトライラム教会と対立するのはあまり良くないけど、サーディユニオム教の教義自体はもう少し広まってもいい気がするな。

 今までは国民皆が困窮していたスペルド王国だけど、景気が一気に良くなった王国はこれから競争が激化していくかもしれない。

 そんな時にサーディユニオム教の頑張らない教えは、競争に疲れた人たちの拠り所として機能してくれる可能性もある。


「因みに俺が拠点と資金を用意したら、スペルド王国で布教活動を行なうつもりは、というか行なう余裕はある?」

「…………は?」

「「「はぁっ……!?」」」


 固まる啓識の皆さんと、飛び上がる我が家の愛しい家族たち。

 
 いや、別にサーディユニオム教の布教活動に協力するつもりはないんだよ?

 だけど客観的に見た場合に、急激な変化についていけない人の避難所みたいな場所も必要だと思うんだよねー。


 スペルド王国ではトライラム教会がその役目を担ってくれるかなーと思っていたけれど、多分サーディユニオム教の方が適任だ。

 どちらかを否定するのではなく、どっちも受け入れていいとこ取りを狙っちゃいましょうねー。
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