異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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702 ※閑話 失伝 過ち

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「ガルオース。君はいつまでも若々しくて羨ましいよ……」


 研究所に戻った母を見送り、独りアルフェッカの地に残された俺が、自分の特別性に気付くのにあまり時間は必要なかった。

 アルフェッカの人々は事ある毎に俺の寿命の長さを羨み、俺にしか使えない精霊魔法の力を恐れ、神を模した俺の美貌を称え、母から学んだ俺の知識を必要としていたから。


 母が俺の許婚を連れて戻るまでは100年以上の月日が必要で、その間に俺はすっかり王としての自覚と責任に使命感と高揚感を感じるようになった。

 特別な俺は、神に選ばれた存在の俺はそうではない凡百の民を導く義務があるのだと、信じて疑わないようになっていった。


 ……しかしそれと同時に、いずれ来る母との再会に言い様のない不安を抱くようになっていく。


 かつて母と旅した日々を思い出す。

 あまりにも隔絶した身体能力、何でも生み出す神の如き精霊魔法。


 王たる俺から見てもあまりに隔絶した母の存在。

 この世界を形作った女神の1人で、この世界の常識から逸脱するほどの特殊性を放つ母がアルフェッカに姿を現したとき、果たして俺は王で居られるのだろうか……?


 あの母が俺に協力してくれないなんて思わないが、万が一意見を違えたその時には……。

 俺は来る日も来る日も母の襲来する日をシミュレートし続けるようになり、その結果母の撃退にも成功することが出来たのだった。


 母の連れて来た俺の許婚のベルベッタは、極上の容姿に理性的な思考を秘めた最高の女性だった。

 彼女は母を排除した俺を嫌いながらもエルフ族の未来を優先し、生涯俺の妻としてエルフの子供を生み続けてくれると誓ってくれた。


 俺を嫌う妻との情事はいつも事務的で、口付けすら許されることはなかったが……。



 しかし、ベルベッタを娶り、エルフ族の人口が少しずつ増えてくると、順調だったアルフェッカの統治に翳りが差し始めるようになる。

 唯一無二であった王の力は遺伝し、王の唯一性と特別性が子孫繁栄と共に失われていったのだ。


 かつて見た母のような隔絶した性能を持ち合わせていない俺は、特別性が薄れ始めると民の支持も得られなくなっていった。

 やがて独裁的な振る舞いを許されるほどの立場ではなくなってしまった俺は、今まで虐げてきた民たちの反逆を恐れ、アルフェッカの外にエルフ族の拠点を求めたのだった。





「なにっ!? 母が、メルトレスティがアルフェッカを訪れていただとぉっ!?」


 久方振りに妻のベルベッタが話しかけてきたかと思えば、そのとんでもない用件に度胆を抜かれてしまう。

 確かに仕留め損なったのだから、いつかまた対峙しなければならないとは思っていたが……!


「何故だ!? 何故息子である俺に報告しなかった!?」

「……どうして貴方に報告する必要があるわけ?」


 母の来訪という全てを台無しにしかねないほどの要素を、王である俺に隠していた妻に怒鳴る。

 しかし問い詰める俺に対し、ベルベッタは落ち着いた様子で小さく鼻で笑ってみせた。


「貴方はもう母さんと決別したんでしょ? 今更母さんの息子面しないでくれる?」

「くっ……! な、ならなぜ今になって俺に報告してきた……!? 報告の義務が無いと言い張るなら、黙っていればいいだけの……」

「あっはっは! 決まってるでしょ!? 母さん無しではなぁんにも出来ないボンクラの貴方に、もう母さんとは取り次いであげないって教えてあげただけよっ!」


 俺の憤る顔が楽しくて仕方ないと言わんばかりに、なんの遠慮も無く腹を抱えて大笑いするベルベッタ。

 普段は言葉も目も合わせない妻が楽しげに俺を嗤う姿に、不覚にも魅力的だと感じてしまう。


 未だに母を敬愛してやまないベルベッタは、母を亡き者にしようとした俺には一切心を開く気が無く、俺の子供を何人生んでも心を閉ざしたままだった。


「母さんに習った知識と精霊魔法、他の人より長めの寿命で王の座には居座ってるけど、貴方の権威はもうすっかり錆び付いちゃってるみたいじゃない。神に選ばれたとか嘯いておきながら、竜人族やドワーフ族に対抗出来ないその非力な体じゃあ、ねぇ?」

「それがどうしたっ! 俺には神器が……! 神から預かった王権がある!」

「へ~? 神器って貴方のだったんだぁ? いつも違う人が使ってるから、てっきり別の人が王様になるかと思っちゃったっ!」


 妻に責め立てられながらも、俺はなんだか不思議な感覚に囚われてしまう。


 いつも無機質な表情で事務的に俺を受け入れているベルベッタの笑顔はなんと美しいのだろう……。

 元々俺好みの容姿をしていたというのに、笑顔など見たことはひょっとして1度も……。


「自分じゃ扱えない神器を、導くはずの民の命を差し出して無理矢理使ってるだけの癖に、なぁにが神から預かったよ? 預かることすら録に出来てないじゃない、このボンクラっ」

「それはお前だって仕方ないことだと分かっているはずだろう!? この世界では母たちのような魔法強化が行えないのだから、テレス人だった母たち以外に神器を扱うことなど……」

「そう。私も貴方も神様なんかじゃないの。貴方は母さんと違って特別でも何でも無い。ただ1番始めに産まれたエルフだというだけ。だっていうのに勘違いした誰かさんは、自分を特別だと思い込んでしまって、けれど結局母さん無しでは自分の地位すら守ることが出来なかったのよねぇ?」


 くすくすと楽しげに俺に向かって呪詛を吐くベルベッタ。

 誰よりも美しい妻が最も魅力的な瞬間が俺を憎んでいる時だなんて、こんな悲劇があっていいのか……!


 自分でも言い表せない感情に身動きが取れないでいると、ベルベッタは鈴のなるような美しい声で俺の心を更に抉る。


「そうそう、その魔法強化だけど……。実は母さん、もう万人に普及させるシステムを完成させているんだよ?」

「なっ!? そ、そんな話は聞いて……! いや、それならば何故普及させていないのだ!? 母の開発していた魔法強化システムは、この世界を生きる為に絶対に必要なものだと……」

「あっはははははは!! そんなの貴方のせいに決まってるでしょー!? どっかの馬鹿が母さんに向かって崩界なんて放ったものだから、ボロボロになった母さんは魔法強化システムの普及どころじゃなくなったんじゃないっ!」

「なっ……。俺の、せい……?」

「崩界によって傷ついた母さんは、これから長い長い眠りに就くそうよ? それはエルフの寿命よりも遥かに長い時間だって言ってたわ。誰かさんのせいで、この世界に絶対必要な魔法強化の普及が数千、或いは数万年単位で遅れるのよぉ?」


 俺を貶めるのが楽しくて仕方ない様子で、再会した母との会話を報告してくるベルベッタ。


 妻に会いに来た時の母は、妻を救出する為に最低限の治療だけを施して外に出たらしい。

 しかし母の力を持ってしても、崩界で傷ついた魂を短期間で修復する方法は見つからず、魔法強化の普及を断念せざるを得なくなったのだそうだ。


「民を導くと言いながら、この世界の誰よりも他人様に迷惑をかける王なんて笑っちゃうわぁ。導くどころか居ない方が良かったわね? 貴方なんてっ」

「ふっ、ふざけるなぁっ……! 魔法強化システムが完成しているのであれば、なにを置いても普及を優先すべきだろうが……! 自分が動けないなら、王である俺に普及を託すとか、いくらでも……」

「はぁ~? 母さんの期待と信頼を裏切ってアルフェッカを支配した貴方なんかに、母さんが託すものなんてあるわけないでしょ」


 俺の怒りに一片の共感も示さず、馬鹿馬鹿しいと切って捨てるベルベッタ。

 妻の表情には怒りや嘲りを通り越して、理解不能な者に対する恐怖に近い感情が浮かんでいた。


「貴方が母さんを拒絶したのよ? 下らない王様ごっこに酔って、この世界を本当に案じてくれていた女神様たちの想いを踏み躙り、人々を愛した母さんの想いを否定した。だから貴方も捨てられたの」

「確かに母を排除しようとしたことは認めよう! だが俺は女神たちの……! テレス人たちの想いを否定したことなど1度も……」

「あの優しい母さんが、今後数千から数万年に渡って人々が苦しむ事を飲み込んでまで魔法強化システムの普及を先送りにしたのよ。貴方の薄っぺらい弁解の言葉で覆せるような覚悟じゃないから」


 俺の言葉を遮って、呆れたように吐き捨てたベルベッタは、そのまま俺に背を向ける。

 これ以上、俺と話すことなど何も無いとでも言うかのように。


「100人以上産んであげたし、もういいでしょ? 子供はみんな里に置いていくから、あとは王様ごっこでも何でも勝手にどうぞ」

「ま、待てベルベッタ! 置いていくとはどういうことだ!? お前はいったいなにを言って……!」

「3女神様の顔を立てて貴方の子供を産んであげたけど、母さんを拒絶して繁栄したエルフなんて種族に興味は無いのよ、私はね。私は女神様たちと母さんが愛した人たちと共に生きるわ」


 妻が静かに決別を宣言する。

 夫である俺のことだけでなく、エルフ族という種族そのものにも興味が無いと断言する。


「さようならガルオース。大嫌いな貴方と肌を重ね、貴方の子供を育てるのは苦痛で仕方なかったわ。子供共々、もう2度と私の前に姿を現さないで」

「待っ……!」


 あまりに強烈な拒絶の言葉に、引き止める言葉すら満足に口にすることが出来なかった。

 去っていく妻の背中を見ながら、そう言えば妻に名前を呼ばれたのは初めてだったかもしれないなどと、今考えるべきではない事が何度も俺の頭をよぎった。


 結局この時を最後に、妻ベルベッタの姿を見ることはなかった。

 俺の下を去った妻は、その後アルフェッカで俺以外の男と何人も関係を持ち、恋多き愛に飢えたエルフとして過ごしたのだと人伝に聞いた。


 妻の話を聞く度に、どれだけ愛しても眉1つ動かしてはくれなかった彼女の姿を思い出し、彼女に愛された全ての男に嫉妬と憎悪の炎を燃やした。





「何処だ……!? 俺はいったい何処で間違ってしまったんだ……!?」


 最愛の妻が去ってから、俺は今まで過ごした日々を何度も何度も思い返した。


 どうすればベルベッタは俺を愛してくれたのか。

 どうすれば俺は王として君臨し続けることが出来たのか。


 何度考えても、どれ程考えても答えは出ず、ままならない己の人生をただただ呪った。


「俺の居なくなった世界で……! 王である俺の居ない世界で魔法強化を広めるだとぉ……!」


 ままならない人生への呪詛は、そのまま母への憎しみへと変わっていった。


 母があの日俺を拒まなければ……!

 過去の確執に囚われず、この世界に魔法強化を普及させていたならば……!


 俺は今でも王としての優位性を保っていられて、ベルベッタが俺の下を去ることもなかったはずなのだ!


「このままでは……! このままでは絶対に澄まさんぞぉ……! 俺の名はガルオース……。女神を模して造られた、王である事が約束された存在なのだっ……!!」


 絶対にメルトレスティを出し抜き、王としてこの世に君臨してみせる。

 呪いにも似たその想いだけが日に日に強まっていくのが分かった。


 しかし、いくら長命なエルフ族とは言え、母が目覚める数千年以上先の世界まで命を繋ぐ方法などない。

 このままでは王たる俺がなすすべも無くこの世界から消滅してしまう。いったいどうすれば……!


「……そうだ。俺には神器があるじゃあないか。分からないことは聞けばいいのだ」


 テレス人にしか扱えない……、俺が使用するには代償を必要とする神器『識の水晶』。


 それまでの俺であれば、代償を嫌って神器を使用することは無かったはずだった。

 けれど後の無い状況と母への怒りが、俺を禁忌の道へと誘った。


「答えろ識の水晶! 俺が数千年、数万年後の世界でも王として君臨できる方法を!!」


 神器に問いかけた瞬間、俺の中で最も大切だったものへの興味が失われていく。

 王であろうとする情熱、特別でありたいという欲求が消滅していき、俺の中に残ったのは母への、人生への憎悪と呪いの念だった。


 識の水晶から受け取った回答を、その身に宿った呪詛と憎悪を満たす為に使う事にする。


「これより貴様はエルフェリアを名乗り、王の直系として振舞う事を許す。今後は最も精霊魔法に長けた者と血を紡ぎ、王にその身を返すいつかに備えるのだ」


 最も精霊魔法の扱いが上手い者を選抜し、王の器を継承するよう指示を出す。

 王の直系という身分の代わりに精霊魔法の修練を義務付け、いつか俺に相応しい肉体を捧げてもらうのだ。


 肉体の準備が整ったら、次は俺の魂を継承しなければならない。


「これより俺は精霊の間に入り、世界樹にその身を捧げることになる。3日ほどしたら中に入り、精霊の間に残された神器をアルフェッカに託してくるのだ。神に選ばれたエルフ族も、人と共に生きる決断をした、その証だと言ってな」


 王とは別に里を治める者を里長として選定し、俺の死後のエルフの里の運営を託す。

 王家エルフェリアには俺の器の作成に専念させ、実務は別の者に任せてしまう方が効率がいいらしい。


「さぁ世界樹よ! 今こそ俺の想いに応え、我が精霊魔法を神器に宿せぇ!!」


 かつて母に聞かされた、この世界の根幹を支える世界樹の役割と、その機能。

 魔力を受け止め、そして別の物を生み出すという世界樹の機能を使って、俺の精霊魔法に俺の意思と呪詛を載せ、神器に俺の呪いを込める。


 許さない。絶対に許さない。

 王たる俺を認めず、受け入れなかった世界など、存在していていいはずがない。


 俺から逃れて遥か未来に繁栄を約束されているのなら、俺の呪詛も時間を越えて、母の愛した民を害そう。


 もう王でなくてもいい。人でなくなっても構わない。

 俺は自分の全存在を賭して、王を否定したこの世界を否定してやるのだ。


 優しい世界だっけ……?

 そんなもの、僕が全部壊してあげるよ、母さん。
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