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682 ※閑話 失伝 決別
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「『エルフ族』か……。テレスの民を再現した事は間違いないけれど、ルーラーズコアには認めてもらえなかったってことかな……」
安らかな寝息を立てている少年の頭を撫でながら、私はどうしたらいいのか分からない気持ちでいっぱいになってしまう。
先日とうとうナーチュアクレイドルから、1人の男性テレス人が誕生した。
しかし悲願だったその生命はルーラーズコアによってエルフ族と命名され、私たちテレス人とは別の生命であると判断されてしまったようだった。
確かに魔法強化具合が違いすぎるから、魔力だけを見たら同じ種族とは判定出来ないかもしれないけどさぁ……。
「『みんなを犠牲にしてまでテレス人を存続させなくたっていい』……。そんな私の本音が反映されちゃったのかもね……」
私に魂を譲渡した3人は、テレス人の存続を心から望んでいたはずだ。
だからテレス人の創造に失敗したのはきっと、残された私がそれを本気で望んでいなかったから……。
独りになって考えれば考えるほど、3人に合わせる顔がなくなってしまう。
「……3人に合わせる顔も無いけれど、だからと言って今更投げ出すことも出来ないよね」
どれだけ嘆いても、もう3人は居ないんだ。
どれだけ悔いても、この少年をこの世に生み出した責任は取らなきゃいけないんだ。
これからたった独りでこの少年の人生を背負わなければ行けないと思うと不安で押し潰されそうだったけれど、私にはもう逃げる場所なんて残されていなかった。
「え、『ドワーフ族』? 『竜人族』? 『人間族』って……」
少年を連れて数百年ぶりに研究所の外に出ると、この世界の常識は大きく変化を遂げていた。
異世界から訪れたかつての人々はルーラーズコアによって新たな種族名を与えられ、完全にこの世界の住人として暮らしていた。
既に自分たちが異世界からの異邦人であることを覚えているものなど、もう誰も居なかった。
私はナーチュアクレイドルで女性エルフの創造を試みながら、少年のエルフと共に世界を旅する事にした。
「へ、変世の3女神ぃ……!?」
最早自分たちが異邦人であったことも忘れ去っていたこの世界の人たちだったけれど、コル、ミル、カルのことはこの世界を生み出した3人の女神として伝えてくれていた。
どうして私の名前だけが伝わっていなかったんだろうと思い返してみると、私って殆ど研究所に引きこもってて人前に姿を現さなかったからなんだろうなぁ……。
「え? 母さんと3人の女神様はご友人だったんですか……!?」
「そうだよー。3人ともすっごく素敵な人でね? 自分よりも他人のことを思いやる、とっても優しい人たちだったんだ。貴方の体はそんな素敵な女神様を模して形作られているんだよー?」
「僕の体は、女神様を模して……」
私をたった独りでこの世界に置いていったことはまだ許していないけど……。
それでも3人がこの世界から忘れられていない事がなんだか無性に嬉しかった。
3人は献身的にこの世界に尽くしてくれていたから、語り継がれている神話もとても好意的なものばかりだった。
なんだか友人として誇らしい気分になっちゃうなぁ!
あ、そうだ。折角3人が女神として敬われているなら、それを利用しない手はないよねっ?
「こ、これが変世の3女神がこの世に齎した救世の力、3つの神器……!?」
この世界で最も大きなコミュニティに成長していたアルフェッカという土地に、女神の使者として神器を授ける事にした。
始めは疑って掛かったアルフェッカの人たちも、魔法強化を施された私の身体能力、精霊魔法の力に圧倒されて、次第に私の言う事を受け入れてくれるようになった。
「か、母さんはこんなにも隔絶した存在だったんですね……! 女神と共にこの世界を形作った原初の4人の1人だけあります……!」
「理論的には貴方にも同じことが出来るはずなんだけどね~。まだ魔法強化システムは実用段階まで完成していないからなぁ」
魔法強化を一切施されなくても、この世界の人たちは逞しく生き抜いてくれていた。それは本当に素晴らしいことだと思う。
けれど精霊魔法が使えない皆さんは、魔物から得られる魔力の結晶体をあまり有効活用出来ていないようだった。
だから職業システムをこの世界に齎したいと思っているんだけれど、ルーラーズコアを用いて一気に全世界に職業システムを普及させることは出来ないみたいだったし、どうやってこの世界の人たちに魔法強化を齎せばいいのか私には分からなかった。
「やはり行ってしまうのですね母さん。寂しくなります……」
「ごめん……。だけどこのままじゃ貴方は独りぼっちのままで、自分の家族を持つことも出来なくなっちゃうから」
長きに渡って世界を旅し、少年だったエルフもいつしか精悍な男性へと成長を遂げた。
こうなってくると、次は彼にお嫁さんを用意してあげなきゃいけないので、研究所に戻ってナーチュアクレイドルの調整に専念する事にしたのだ。
他の種族の女性とでは子供を作ることが出来ないし、『テレス人』と『エルフ』の間にも子供を作ることは出来ないのだから……。
「私が女性エルフを連れてくるまで、アルフェッカで見聞を広めなさいね? 精霊魔法の訓練も怠っちゃダメだよ?」
「分かっていますよ。母さんの息子として、女神を模した存在として恥ずかしくない男になってみせます!」
逞しく育ってくれた息子に頼もしさを覚えながら、私はアルフェッカの地を後にした。
次にこの地を訪れるときは、彼のお嫁さんを連れて来る時だ。だからそれまで頑張ってね。
……だけど、恐らくここが私の過ちだったのだ。
この世界にたった独り残された私が、同じく世界に独りしかいないエルフの彼を置いていってはいけなかっただろう……。
「うん。調整も順調。この分ならあと30年もしないうちに外に出せるかな?」
ナーチュアクレイドルで調整中の女性エルフの創造も順調で、私は少し気が抜けた日々を送っていた。
彼と2人で世界中を旅するのは楽しくも過酷な日々で、頼れる人の居ない私は手探りで子育てをしながら旅を続けるのは気の抜けない時間だった。
けれど彼も立派に成長してくれたし、こうして慣れ親しんだ研究所に戻ってきた途端に気が抜けてしまうのも致し方ないというものだろう。
「ん~……。彼のお嫁さんはもうすぐ紹介できそうだけどぉ……。職業システムの方はもうちょっとかかりそうかなぁ?」
職業システムと名付けられた段階的な魔法強化処理は、魂に直接作用させなければいけない為にルーラーズコアで一気に普及させることは出来そうになかった。
1人1人の魔法強化具合によって個々に段階を踏まなければならず、個人単位で魔法強化を行える施設が必要になってくるようだ。
「個別に強化処理を行なえるマジックアイテムかぁ。どんなものを用意すればいいんだろうねぇ?」
私の問いかけは宙に浮かんでは消えていく。
今はもう、私の独り言を拾ってくれるお節介な友人は残っていないのだ。
だからどれだけ悩もうとも、私自身が独りで正解を導き出すしかない。
けれど気が抜けてしまった私はなかなか研究にも身が入らず、女性エルフの調整が終わるその日まで、結局職業システムを活用する方法を見出すことが出来なかった。
「とうとう私の許婚に会えるんだねっ。ここまで長かったなぁ~っ……!」
「旅慣れてない貴女にアルフェッカまでの道程は苛酷だったと思うけど、これからはエルフ同士助け合って生きていけると思うよー」
調整が終わった女性エルフを連れて、再度アルフェッカを訪れた。
彼と別れて既に100年以上の時が経過しているけれど、エルフが長命であることは分かっている。
魔物に殺されるほど軟弱に育てた覚えも無い。きっと元気にしているはずだ。
しかし、久しぶりに見たアルフェッカは、私の記憶とは大きくかけ離れていたのだった。
「なに……これ……!? アルフェッカに何が起きたの……!?」
鞭で叩かれ荷物を運ぶ人。疲れた表情で蹲る人。何日も食べていないかのように痩せ細って倒れている人……。
かつて笑顔が溢れていたアルフェッカは見る影もなく、街全体が陰惨な雰囲気に覆われていた。
あまりの変わり様に愕然としながらも、この街に独り残した息子のことが心配になった。
適当な人を捕まえ、彼のことを問い質す。
「ごめんなさい! この街にエルフの青年はまだ居るかしら!?」
「あ……? エルフって、王様のことかぁ……? まだ居るよ、居るに決まってるよ……。老いねぇわ変な力を使えるわで、忌々しくもずっと王様の椅子に座ったままだよぉ……!」
「王様って……。アルフェッカは王政なんかじゃなかったはずなのに……。しかもあの子が王って、いったいどうなって……」
ワケが分からず混乱した私の頭を冷やしてくれたのは、一緒に連れて来た女性エルフ、娘の存在だった。
そうだ。まずは彼とこの娘を会わせなきゃ。じゃないと子孫を残すことも出来ないんだから……!
「……行きましょう。彼がどうして王様なんかやっているのかは分からないけど、エルフを名乗っている以上王様が彼で間違いないはずよ」
「だ、大丈夫なの……? アルフェッカの雰囲気も母さんに聞いてた話とは大分違うみたいだけど……」
「だいぶ違うからこそ話を聞かなきゃいけないわ。私たちが不在の間に、彼に何があったのかをね」
不安がる娘の手を引いて、王となった息子の下に足を運ぶ。
突然王に会いに来た私の存在はかなり怪しまれたけれど、1度精霊魔法を見せた瞬間周囲の態度は一変し、直ぐに彼との再会は叶ったのだった。
しかし再会した息子は、かつての息子と同一人物だとは思えないほどに変わり果てていた。
「息災で何よりだなぁ母よ。その娘が俺の妻か?」
再会した息子は沢山の女性を侍らせ、私の前でも傲慢な態度を隠さなかった。
それはまさしく独裁者の姿であり、当時の息子の面影など一片たりとも残っていなかった。
「素晴らしい。俺好みの美しさだ。ご苦労だったな母よ。褒美をやろう。なにがいい?」
「……貴方にいったい何があったの? 貴方はアルフェッカでなにをしたの……!?」
「何を怒っているのだ? 俺はただ神に選ばれた存在として、この地に住まう民を導いてやっているに過ぎん」
極々当然のように、自分が特別な存在であると言い放つ目の前の男。
これがかつての息子の成長した姿とは、どうしても納得がいかない……!
「神に……選ばれたって……。貴方いったいなにを言ってるの……?」
「母こそどうしたのだ? 俺は女神を模して作られ、女神と同質の存在である母に育てられた、言わば神の器であろう? だから選ばれし者の責務として、民の上に立ち導いてやっているだけのことだ」
「ふざけないでっ!! コルもミルもカルも、人の上に立とうなんて1度だって考えたことがない優しい人たちだった!! 女神の名を借り独裁者として振舞う貴方は、誰よりも深くあの3人を侮辱しているわっ!!」
この世界でたった1人1000年を生きられるエルフという長命種であり、この世界でたった1人精霊魔法を使える存在として、息子は増長しきっていた。
この世界の誰とも異なるスペックを持った自分は特別な存在に違いないと、世界を旅して見識を広めた事が悪い方向に働いてしまったようだった。
「今すぐ王様ごっこを止めなさい! 貴方は神の器なんかじゃない! エルフ族っていう、ただそういう特徴を持った種族というだけの話なのっ!」
「その特徴こそが神に選ばれた何よりの証拠だと思うのだがな? まぁいい。理解が得られないなら去るがいい。これでもかつては親子だったのだ。今すぐ娘を置いて去るなら見逃してやってもいい」
「見逃して……? 随分な自信じゃない……。だけど母さんを舐めないで! 貴方を放っておくわけにも、この娘を貴方に渡すわけにもいかないわっ!」
「……そうか。なら仕方ない。お別れだ母よ」
「はぁ? いったいなにを……がぁっ!?」
彼が右手を上げた瞬間、全身がバラバラに引き千切られるような感覚が全身を襲った。
堪らず地面に這い蹲り、真っ赤になった視界で彼を睨む。
「母さん!? 母さんどうしたのっ!?」
「なぁ……。なに、をぉ……?」
「驚いたな……。腐っても原初の女神と同質の存在か。まさか崩界に耐えうるとは……」
崩界……!? コイツ、よりにもよってミルが人類の最後の希望にと開発した始界の王笏を私に向かって……!?
「生きているのには驚いたが、流石に満身創痍のようだな。おい、娘を捕らえろ」
「やっ、やだぁっ! 放してっ……! 母さんっ! 母さーんっ……!」
「や……めて……! 彼女に、手を出さない、で……!」
「安心しろ。彼女もまた神に選ばれしエルフなのだろう? なら悪いようにはせんよ。俺と共に人々を導いてもらわねば困るからな」
激痛で動けない私の前で、複数人の男に取り押さえられて拘束される娘。
必死に精霊魔法で抵抗しようとしているけれど、まだ生まれたばかりの彼女の精霊魔法は人を征圧出来るような代物じゃない……!
くそ……! こんなことになるなんて夢にも思ってなかったから……!
「我が妻の命は保証するが、母の命は俺の手で確実に断たせてもらおう。かつての女神と同等の力を持つ貴女が俺に賛同しないのであれば、それは脅威でしかないのだから」
片手剣を手に、ゆっくりと私に近付いてくるかつての息子。
その瞳からは一切の感情が読み取れず、私を殺す事になんの感情も抱いていないように思えた。
……でも、このまま殺されるわけにはいかない!
私にはまだやらなきゃいけない事が残っているのだから!
「ベル、ごめんっ……!」
「なにっ!?」
娘に謝りながら精霊魔法を全開にして、突風を起こして自分の流した血を吹き上げた。
その一瞬の目晦ましで周囲が動きを止めた瞬間、娘を見捨てて全力でその場を走り去った。
崩界のダメージで全身がバラバラになりそうなほどの激痛を訴えてくるけれど、魔法強化された私の動きについて来れる者はおらず、私は何とか無事に逃げ果せることが出来たのだった。
だけど、私が失ったものは多すぎて……。
「ごめん……。ごめんねベルベッタ……! 助けてあげられなくてごめん……! だけどどうして……! どうしてこんなことをしたのよ、ガルオースぅ……!」
崩界を受けた肉体よりも、心の方がバラバラになりそうだ。
この日私は3人から託された息子のガルオースと、娘のベルベッタを一遍に失ってしまったのだった……。
安らかな寝息を立てている少年の頭を撫でながら、私はどうしたらいいのか分からない気持ちでいっぱいになってしまう。
先日とうとうナーチュアクレイドルから、1人の男性テレス人が誕生した。
しかし悲願だったその生命はルーラーズコアによってエルフ族と命名され、私たちテレス人とは別の生命であると判断されてしまったようだった。
確かに魔法強化具合が違いすぎるから、魔力だけを見たら同じ種族とは判定出来ないかもしれないけどさぁ……。
「『みんなを犠牲にしてまでテレス人を存続させなくたっていい』……。そんな私の本音が反映されちゃったのかもね……」
私に魂を譲渡した3人は、テレス人の存続を心から望んでいたはずだ。
だからテレス人の創造に失敗したのはきっと、残された私がそれを本気で望んでいなかったから……。
独りになって考えれば考えるほど、3人に合わせる顔がなくなってしまう。
「……3人に合わせる顔も無いけれど、だからと言って今更投げ出すことも出来ないよね」
どれだけ嘆いても、もう3人は居ないんだ。
どれだけ悔いても、この少年をこの世に生み出した責任は取らなきゃいけないんだ。
これからたった独りでこの少年の人生を背負わなければ行けないと思うと不安で押し潰されそうだったけれど、私にはもう逃げる場所なんて残されていなかった。
「え、『ドワーフ族』? 『竜人族』? 『人間族』って……」
少年を連れて数百年ぶりに研究所の外に出ると、この世界の常識は大きく変化を遂げていた。
異世界から訪れたかつての人々はルーラーズコアによって新たな種族名を与えられ、完全にこの世界の住人として暮らしていた。
既に自分たちが異世界からの異邦人であることを覚えているものなど、もう誰も居なかった。
私はナーチュアクレイドルで女性エルフの創造を試みながら、少年のエルフと共に世界を旅する事にした。
「へ、変世の3女神ぃ……!?」
最早自分たちが異邦人であったことも忘れ去っていたこの世界の人たちだったけれど、コル、ミル、カルのことはこの世界を生み出した3人の女神として伝えてくれていた。
どうして私の名前だけが伝わっていなかったんだろうと思い返してみると、私って殆ど研究所に引きこもってて人前に姿を現さなかったからなんだろうなぁ……。
「え? 母さんと3人の女神様はご友人だったんですか……!?」
「そうだよー。3人ともすっごく素敵な人でね? 自分よりも他人のことを思いやる、とっても優しい人たちだったんだ。貴方の体はそんな素敵な女神様を模して形作られているんだよー?」
「僕の体は、女神様を模して……」
私をたった独りでこの世界に置いていったことはまだ許していないけど……。
それでも3人がこの世界から忘れられていない事がなんだか無性に嬉しかった。
3人は献身的にこの世界に尽くしてくれていたから、語り継がれている神話もとても好意的なものばかりだった。
なんだか友人として誇らしい気分になっちゃうなぁ!
あ、そうだ。折角3人が女神として敬われているなら、それを利用しない手はないよねっ?
「こ、これが変世の3女神がこの世に齎した救世の力、3つの神器……!?」
この世界で最も大きなコミュニティに成長していたアルフェッカという土地に、女神の使者として神器を授ける事にした。
始めは疑って掛かったアルフェッカの人たちも、魔法強化を施された私の身体能力、精霊魔法の力に圧倒されて、次第に私の言う事を受け入れてくれるようになった。
「か、母さんはこんなにも隔絶した存在だったんですね……! 女神と共にこの世界を形作った原初の4人の1人だけあります……!」
「理論的には貴方にも同じことが出来るはずなんだけどね~。まだ魔法強化システムは実用段階まで完成していないからなぁ」
魔法強化を一切施されなくても、この世界の人たちは逞しく生き抜いてくれていた。それは本当に素晴らしいことだと思う。
けれど精霊魔法が使えない皆さんは、魔物から得られる魔力の結晶体をあまり有効活用出来ていないようだった。
だから職業システムをこの世界に齎したいと思っているんだけれど、ルーラーズコアを用いて一気に全世界に職業システムを普及させることは出来ないみたいだったし、どうやってこの世界の人たちに魔法強化を齎せばいいのか私には分からなかった。
「やはり行ってしまうのですね母さん。寂しくなります……」
「ごめん……。だけどこのままじゃ貴方は独りぼっちのままで、自分の家族を持つことも出来なくなっちゃうから」
長きに渡って世界を旅し、少年だったエルフもいつしか精悍な男性へと成長を遂げた。
こうなってくると、次は彼にお嫁さんを用意してあげなきゃいけないので、研究所に戻ってナーチュアクレイドルの調整に専念する事にしたのだ。
他の種族の女性とでは子供を作ることが出来ないし、『テレス人』と『エルフ』の間にも子供を作ることは出来ないのだから……。
「私が女性エルフを連れてくるまで、アルフェッカで見聞を広めなさいね? 精霊魔法の訓練も怠っちゃダメだよ?」
「分かっていますよ。母さんの息子として、女神を模した存在として恥ずかしくない男になってみせます!」
逞しく育ってくれた息子に頼もしさを覚えながら、私はアルフェッカの地を後にした。
次にこの地を訪れるときは、彼のお嫁さんを連れて来る時だ。だからそれまで頑張ってね。
……だけど、恐らくここが私の過ちだったのだ。
この世界にたった独り残された私が、同じく世界に独りしかいないエルフの彼を置いていってはいけなかっただろう……。
「うん。調整も順調。この分ならあと30年もしないうちに外に出せるかな?」
ナーチュアクレイドルで調整中の女性エルフの創造も順調で、私は少し気が抜けた日々を送っていた。
彼と2人で世界中を旅するのは楽しくも過酷な日々で、頼れる人の居ない私は手探りで子育てをしながら旅を続けるのは気の抜けない時間だった。
けれど彼も立派に成長してくれたし、こうして慣れ親しんだ研究所に戻ってきた途端に気が抜けてしまうのも致し方ないというものだろう。
「ん~……。彼のお嫁さんはもうすぐ紹介できそうだけどぉ……。職業システムの方はもうちょっとかかりそうかなぁ?」
職業システムと名付けられた段階的な魔法強化処理は、魂に直接作用させなければいけない為にルーラーズコアで一気に普及させることは出来そうになかった。
1人1人の魔法強化具合によって個々に段階を踏まなければならず、個人単位で魔法強化を行える施設が必要になってくるようだ。
「個別に強化処理を行なえるマジックアイテムかぁ。どんなものを用意すればいいんだろうねぇ?」
私の問いかけは宙に浮かんでは消えていく。
今はもう、私の独り言を拾ってくれるお節介な友人は残っていないのだ。
だからどれだけ悩もうとも、私自身が独りで正解を導き出すしかない。
けれど気が抜けてしまった私はなかなか研究にも身が入らず、女性エルフの調整が終わるその日まで、結局職業システムを活用する方法を見出すことが出来なかった。
「とうとう私の許婚に会えるんだねっ。ここまで長かったなぁ~っ……!」
「旅慣れてない貴女にアルフェッカまでの道程は苛酷だったと思うけど、これからはエルフ同士助け合って生きていけると思うよー」
調整が終わった女性エルフを連れて、再度アルフェッカを訪れた。
彼と別れて既に100年以上の時が経過しているけれど、エルフが長命であることは分かっている。
魔物に殺されるほど軟弱に育てた覚えも無い。きっと元気にしているはずだ。
しかし、久しぶりに見たアルフェッカは、私の記憶とは大きくかけ離れていたのだった。
「なに……これ……!? アルフェッカに何が起きたの……!?」
鞭で叩かれ荷物を運ぶ人。疲れた表情で蹲る人。何日も食べていないかのように痩せ細って倒れている人……。
かつて笑顔が溢れていたアルフェッカは見る影もなく、街全体が陰惨な雰囲気に覆われていた。
あまりの変わり様に愕然としながらも、この街に独り残した息子のことが心配になった。
適当な人を捕まえ、彼のことを問い質す。
「ごめんなさい! この街にエルフの青年はまだ居るかしら!?」
「あ……? エルフって、王様のことかぁ……? まだ居るよ、居るに決まってるよ……。老いねぇわ変な力を使えるわで、忌々しくもずっと王様の椅子に座ったままだよぉ……!」
「王様って……。アルフェッカは王政なんかじゃなかったはずなのに……。しかもあの子が王って、いったいどうなって……」
ワケが分からず混乱した私の頭を冷やしてくれたのは、一緒に連れて来た女性エルフ、娘の存在だった。
そうだ。まずは彼とこの娘を会わせなきゃ。じゃないと子孫を残すことも出来ないんだから……!
「……行きましょう。彼がどうして王様なんかやっているのかは分からないけど、エルフを名乗っている以上王様が彼で間違いないはずよ」
「だ、大丈夫なの……? アルフェッカの雰囲気も母さんに聞いてた話とは大分違うみたいだけど……」
「だいぶ違うからこそ話を聞かなきゃいけないわ。私たちが不在の間に、彼に何があったのかをね」
不安がる娘の手を引いて、王となった息子の下に足を運ぶ。
突然王に会いに来た私の存在はかなり怪しまれたけれど、1度精霊魔法を見せた瞬間周囲の態度は一変し、直ぐに彼との再会は叶ったのだった。
しかし再会した息子は、かつての息子と同一人物だとは思えないほどに変わり果てていた。
「息災で何よりだなぁ母よ。その娘が俺の妻か?」
再会した息子は沢山の女性を侍らせ、私の前でも傲慢な態度を隠さなかった。
それはまさしく独裁者の姿であり、当時の息子の面影など一片たりとも残っていなかった。
「素晴らしい。俺好みの美しさだ。ご苦労だったな母よ。褒美をやろう。なにがいい?」
「……貴方にいったい何があったの? 貴方はアルフェッカでなにをしたの……!?」
「何を怒っているのだ? 俺はただ神に選ばれた存在として、この地に住まう民を導いてやっているに過ぎん」
極々当然のように、自分が特別な存在であると言い放つ目の前の男。
これがかつての息子の成長した姿とは、どうしても納得がいかない……!
「神に……選ばれたって……。貴方いったいなにを言ってるの……?」
「母こそどうしたのだ? 俺は女神を模して作られ、女神と同質の存在である母に育てられた、言わば神の器であろう? だから選ばれし者の責務として、民の上に立ち導いてやっているだけのことだ」
「ふざけないでっ!! コルもミルもカルも、人の上に立とうなんて1度だって考えたことがない優しい人たちだった!! 女神の名を借り独裁者として振舞う貴方は、誰よりも深くあの3人を侮辱しているわっ!!」
この世界でたった1人1000年を生きられるエルフという長命種であり、この世界でたった1人精霊魔法を使える存在として、息子は増長しきっていた。
この世界の誰とも異なるスペックを持った自分は特別な存在に違いないと、世界を旅して見識を広めた事が悪い方向に働いてしまったようだった。
「今すぐ王様ごっこを止めなさい! 貴方は神の器なんかじゃない! エルフ族っていう、ただそういう特徴を持った種族というだけの話なのっ!」
「その特徴こそが神に選ばれた何よりの証拠だと思うのだがな? まぁいい。理解が得られないなら去るがいい。これでもかつては親子だったのだ。今すぐ娘を置いて去るなら見逃してやってもいい」
「見逃して……? 随分な自信じゃない……。だけど母さんを舐めないで! 貴方を放っておくわけにも、この娘を貴方に渡すわけにもいかないわっ!」
「……そうか。なら仕方ない。お別れだ母よ」
「はぁ? いったいなにを……がぁっ!?」
彼が右手を上げた瞬間、全身がバラバラに引き千切られるような感覚が全身を襲った。
堪らず地面に這い蹲り、真っ赤になった視界で彼を睨む。
「母さん!? 母さんどうしたのっ!?」
「なぁ……。なに、をぉ……?」
「驚いたな……。腐っても原初の女神と同質の存在か。まさか崩界に耐えうるとは……」
崩界……!? コイツ、よりにもよってミルが人類の最後の希望にと開発した始界の王笏を私に向かって……!?
「生きているのには驚いたが、流石に満身創痍のようだな。おい、娘を捕らえろ」
「やっ、やだぁっ! 放してっ……! 母さんっ! 母さーんっ……!」
「や……めて……! 彼女に、手を出さない、で……!」
「安心しろ。彼女もまた神に選ばれしエルフなのだろう? なら悪いようにはせんよ。俺と共に人々を導いてもらわねば困るからな」
激痛で動けない私の前で、複数人の男に取り押さえられて拘束される娘。
必死に精霊魔法で抵抗しようとしているけれど、まだ生まれたばかりの彼女の精霊魔法は人を征圧出来るような代物じゃない……!
くそ……! こんなことになるなんて夢にも思ってなかったから……!
「我が妻の命は保証するが、母の命は俺の手で確実に断たせてもらおう。かつての女神と同等の力を持つ貴女が俺に賛同しないのであれば、それは脅威でしかないのだから」
片手剣を手に、ゆっくりと私に近付いてくるかつての息子。
その瞳からは一切の感情が読み取れず、私を殺す事になんの感情も抱いていないように思えた。
……でも、このまま殺されるわけにはいかない!
私にはまだやらなきゃいけない事が残っているのだから!
「ベル、ごめんっ……!」
「なにっ!?」
娘に謝りながら精霊魔法を全開にして、突風を起こして自分の流した血を吹き上げた。
その一瞬の目晦ましで周囲が動きを止めた瞬間、娘を見捨てて全力でその場を走り去った。
崩界のダメージで全身がバラバラになりそうなほどの激痛を訴えてくるけれど、魔法強化された私の動きについて来れる者はおらず、私は何とか無事に逃げ果せることが出来たのだった。
だけど、私が失ったものは多すぎて……。
「ごめん……。ごめんねベルベッタ……! 助けてあげられなくてごめん……! だけどどうして……! どうしてこんなことをしたのよ、ガルオースぅ……!」
崩界を受けた肉体よりも、心の方がバラバラになりそうだ。
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「魂と体のバランスが取れてないって言うなら、新しいのあげよっか?」
そう言い始めたその男は、「ハクト」と名乗った。
新しい体を手に入れて、意気揚々と生活を再開した薫次は、次第にあることに気づき始め……。
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