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664 ※閑話 再会
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「ト、トルカタっ……! 大変よ、トルカタってばぁ!」
「あ? ノンノ?」
ついさっき仕事に送り出した妻が、血相を変えて帰ってきた。
忘れ物にしちゃあ大袈裟な慌てっぷりだよな。何かあったのか?
「なに戻ってきてんだよ? 今日お前は託児所の手伝いだったはず……」
「それどころじゃないのよトルカタ! シスターが……! シスターココが見つかったんだって!」
「なっ……!?」
ノンノの口から発せられた意外な人物の名前に、一瞬思考が追い付かない。
シスターココは孤児だった頃の俺やノンノが居た教会のシスターで、数年前から行方が分からなくなってしまっていたのに……。
まさかこのタイミングで見つかるなんて……!
「ど、どういうことだ……!? っていうかお前仕事に行ったんじゃなかったのかよ!? こんな話、いったいいつ誰に聞いたん……」
「仕事先のトライラムフォロワーの子に聞いたのっ! い、今聞いてきた話を説明するからっ……!」
俺の問いかけを遮って、ノンノが孤児に聞いた話を捲し立ててくる。
ノンノ本人も相当混乱していたようだが、要約するとこんな感じか?
トライラム教会のとある司祭が、その立場を利用して幾人ものシスターを弄んでいた。
なんとか無事に救出されたシスターたちだったけど、その司祭に負わされた心の傷は深く、今までは秘密裏に教会で養生していた。
けれど今回の新王の即位イベントの手伝いをきっかけに、皆でマグエルにやってきた。
そしてそのシスターの中に、かつて俺たちを世話してくれたシスターココが居たって……!?
「なんでも、スポット周辺を統括していた司祭が記録を改竄してたらしくってね? 教会側はつい最近まで、複数のシスター達が弄ばれているのに気付かなかったんだって……」
「なんだそりゃ……!? いくら立場ある人間が悪事を働いたにしても、シスターの行方を教会が把握出来てなくてどうすんだよ……!?」
「……仕方ないよトルカタ。今までの教会は、司祭からの報告を疑う余裕なんて無かったんだから……」
「…………ちぃっ!」
思わず教会に毒づいてしまった頭を冷やす。
悪いのはその司祭であって、教会関係者は被害者なんだ……! 責める相手を間違えんな……!
「そ、それでどうしようって話なのよっ……! 直ぐにシスターに会いに行った方がいいかしらっ……!? 私たちは無事だよって知らせるなら、早ければ早い方がいいんじゃ……」
「そ、そうだな……。会いには行かなきゃならねぇだろうけど……」
シスターとの再会を頭に描いた俺は、そこで想像が止まってしまった。
俺達の奴隷落ちを心から悲しんでくれていたシスターに、俺もノンノも無事でやってるって伝えるのは構わない。
けど、他の奴らのことを聞かれたとき、俺はなんて答えるべきなんだろう?
幸いにしてノンノとは再会できて、何とか買い取ってやることも、奴隷契約から解放してやることも出来たけれど……。
他にも何人か、教会出身の孤児を解放してやることは出来たんだけれど……。
けれど殆どの孤児奴隷は既に生きてはいなかったと、俺の口からシスターに伝えなきゃいけないのか……?
「い、いや……。今日のところはお互い仕事に向かおう。仕事先に迷惑をかけてまで会いに行ったって、あのシスターなら喜んじゃくれないだろ」
「……あっ! そ、そうだ! 私も仕事の時間、とっくに過ぎて……」
シスターと顔を合わせるのが途端に怖くなった俺は、適当な理由をつけて面会を先延ばしにする。
しかし俺のその呟きで、ノンノも仕事をすっぽかしてきたことを思い出してくれたみたいだ。
「あ~もーっ! 話の続きは帰ってからよっ! それじゃ行ってくるわねっ!?」
「あ、ああ……! いってらっしゃい……」
バタバタと走っていくノンノの背中を見送りながら、俺はどうすべきか分からなくなってしまう。
勿論シスターにも会いたいし、俺達の無事も知らせてやりたい。
けれどノンノもシスターも男に弄ばれて、男の俺には想像もつかないほどの辛い経験をしてきたのは間違いなくて……。
そんな2人が顔を合わせて、何か悪い事が起きたりはしないだろうか……?
2人が互いの過去を語るうちに、1度は閉じた辛い記憶のフタが開いてしまうような事にならないんだろうか……?
そんなことばかりが頭に浮かんでは消えて、シスターに会ってもいいのかどうかすら分からなくなってくる……。
「…………まぁ、仕事いくか」
これまた決断を先延ばしにして、まずは目先のことを片付ける事にしよう。
前回の依頼で貰った報酬をほぼ使い果たしてしまった俺の為に、パーティのみんなが選りすぐってくれた割のいい仕事なんだ。
シスターのことは気になって仕方ないけど、皆にだって迷惑をかけるわけにはいかないからな。
俺は素早く身支度を整え、未だ戸惑う頭を無理矢理動かし家を出た。
「いやいや。何を迷う必要があるんだよリーダー? かみさんと一緒に会いに行ってやりゃいいじゃねぇか」
報酬が上乗せされた護衛依頼をこなしながらパーティメンバーに相談してみると、他のメンバーが言葉を探している様子の中、ティキだけがノータイムで会いに行けと言ってきた。
コイツ、今まではどちらかと言うと、パーティのストッパーだったはずなんだけどな?
襲い掛かる魔物を切り捨てながら、訝しがるティキに返事をする。
「会いに行くべきなのは分かってるんだが……。教会に保護されたシスターたちはみんな男に弄ばれていたみたいでな……。ノンノも奴隷の間は同じような扱いを受けていたわけだし、なんか両者を会わせるのが怖くってよ……」
「そりゃ余計なお世話ってモンだぜ? アンタのかみさんも保護されたシスターもガキじゃねぇんだ。過保護はかえって物事を拗らせちまうと思うがな」
「確かに俺は過保護なのかもしれねぇが……。傷ついたノンノの姿を見ちまうとな、やっぱり心配なんだよ」
ノンノの所有者は比較的マシな所有者ではあったが、それでもノンノのことを丁重に扱ってくれたわけじゃない。
婚姻を結んだ今でもノンノは俺と同じベッドで寝ることは出来ないし、手と手が触れ合うだけで青い顔をしたりするんだ。
弄ばれるってのはさ。男の俺達の想像を絶するほどの苦痛なんだよ、きっと……。
「ま、アンタが生真面目で優しい男だってのは知ってるがよ。だけど、女ってモンを舐めすぎてるぜぇリーダー?」
「あん? どういうこった?」
「エイダたちを忘れたのかよリーダー? 女って奴ぁどれだけ打ちひしがれても、そこから立ち直って笑顔を取り戻せる強さってのを持ってるものなんだぜ?」
首を傾げる俺に、エイダたち欠けた宝玉のメンバーのことを思い出せと語るティキ。
魔物狩りパーティ、欠けた宝玉メンバーは、全員が野盗の慰み者にされたと聞いている。
なのにそんな事実を微塵も感じさせないように彼女たちは屈託なく笑い、今日も精力的に仕事をこなしていた。
「それこそ俺達男の想像を絶するほどに芯が強ぇ生き物なんだよ、女って奴は。ウダウダ悩んで手を拱いているくれぇなら、さっさと会わせてやった方がお互いのためだろうが?」
「……案ずるより産むが易しってか? いつもウダウダ悩んでいたお前に、こんなまともなことを言われちまうとはなぁ……」
「へっ、好きに言ってろ。だがよリーダー。悩んで答えが出せるモンなんて、世界にゃそうそう無ぇんだよ」
戦士になって明らかに攻撃力を増したティキが、襲いかかる魔物を片っ端から切り捨てていく。
最近はコイツ、暇さえあればトライラムフォロワーの連中と組み手してるみたいだからな。戦闘職の補正とティキの戦闘技術が上手く噛みあって、飛躍的に腕を伸ばしてるみたいだ。
「ま、最終的な判断は夫婦で話し合って決めりゃいいがよ。かみさんも会いに行きたがっていて、リーダーも会いに行くべきだと思ってんだろ? なら会いに行くべきだ、リーダー」
「ん……。確かにそういう風に解釈すると、俺とノンノは始めからシスターに会いたいってのは変わってないのか。ならこの仕事が明けたら行く事にするさ」
「それでいいと思うぜ。かみさんの言う事を素直に聞くのが夫婦円満の秘訣だって言うしよ」
「はっ! 未だ独身の癖しやがって、既婚者に夫婦円満の秘訣を語るなってんだ」
ティキに毒づきながらも、俺の悩みはすっかり解消されてしまっていた。やっぱ持つべきものは信頼できるパーティメンバーってな。
それにしても、さっきから1人でバッサバッサと魔物を切り捨てやがって。戦闘面でも随分と頼り甲斐が出てきたじゃないか。負けていられねぇな!
ティキに負けじと奮闘した俺は、早々に依頼を終えてマグエルに帰還することが出来た。
そしてノンノが仕事を終えて帰ってくるのを、ゆっくりと覚悟を決めながら待ったのだった。
「……うん。それじゃこれから会いに行こう。日が落ちてから会いに行くのは、シスターにちょっとだけ申し訳無いけどね?」
「そうは言っても、今の王国じゃ日中は誰もが仕事してるからな。日中に訪ねる方が迷惑になりかねんだろ」
帰ってきたノンノとも話し合って、すぐに出かける支度をする。
俺もノンノも日中は仕事があるし、シスターたちだって催しの手伝いをしているって話だからな。訪ねるのは人々が仕事を終える日没後しかない。
今から訪ねると夕食をアテにしているようにも思われかねないので、適当な料理を持参してトライラム教会に足を運んだ。
「反骨の気炎のメンバーさんを疑う気は無いですけど、万が一があっても困りますからね。面倒かとは思いますが確認にお付き合い願います」
しかし実際に教会に着いても直ぐにシスターたちに会うことは出来ず、なんの目的でシスターに会いに来たのか、俺達の言い分は本当なのかとしつこいくらいに確かめられた。
面倒で辟易させられちまったけど、それだけ教会がシスターのことを大切に扱ってると思えば腹も立たなかった。
俺達の名前を告げてもシスターココが会いたがらないなら諦めると告げて、待つこと数分。
記憶にある当時よりも幾分かやつれた印象のシスターが、慌てた様子で俺達の前に姿を現した。
「トルカタ……! ノンノ……! 本当に、本当に貴方達なんですか……!?」
「はいっ……! はいっ……! 私だよ、ノンノだよシスター! ずっと、ずっと会いたかったぁ……!」
シスターココが姿を現すと同時に、ノンノがその胸に向かって飛び込んだ。
「私も会いたかった……! ずっとずっと心配していました……! 今まで無事でいてくれて本当に……! 本当に……!」
飛び込んだノンノをしっかりと抱き締めたシスターココもまた、ノンノを強く抱き締めながら会いたかったと繰り返す。
抱き合う2人に少し置いて行かれてしまったような気分を味わいながらも、まずは俺も挨拶をする。
「夜分遅くに突然お邪魔して済みません。久しぶりですが会えて嬉しいです、シスターココ」
「あははっ! なぁにそのしゃべり方はっ? いくら久しいとは言え、私相手に畏まらなくてもいいんですよトルカタ。相変わらず真面目ですねぇ」
「ぐっ……! お、俺もいい歳になったんだよ。いつまでもガキじゃないんだから挨拶くらいするさっ……」
「えぇえぇ。よくぞ大人になってくれました……! 不甲斐無い私には貴方達を守ってあげる事が出来ませんでしたけど、それでもよくぞ大人になって、そして会いにきてくれましたね……!」
そう言ってシスターココはノンノを抱きしめながらも片腕を開いて見せた。
……シスター相手に畏まらなくていいと言われたばかりだし、これはシスターが望んでいる事だから仕方ない。
そんな風に自分に言い訳をしながら、広げられているシスターココの腕の中に飛び込んだ。
「こんなに立派になって……。さぞ苦労も多かったことでしょう。今日まで本当にお疲れ様でしたね……」
「シスターこそ大変な目に遭ってたって聞いてるんだけど。その……こうして俺に触れてるの、無理したりしてないか……?」
「ふふっ。我が子に触れることを無理だと感じる母なんて居ませんよ。私のことは何も心配要りません。祝福の神トライラム様が見守ってくださいますからね」
祝福の神トライラム……か。
俺が現実に心挫かれ信仰を失いかけていた時にも、シスターは決して腐らず信仰を貫いたんだろうな……。
「私よりも貴方達ですよ。貴方達のことを聞かせてください。トルカタ。ノンノ。貴方達はどうやって大人になって。どう過ごしているのか……。私に教えてくれますか?」
シスターココに抱き締められながら、俺とノンノは奴隷になった日々のことを赤裸々に訴える。
シスターや教会の人たちを責める気なんて毛頭ないけど、シスターが知りたがっているなら包み隠さず全てを話そう。
そう思って話し始めたんだけれど、やはりノンノは自分の奴隷時代の話になると、汗をかいたり目を泳がせたりしてかなり挙動不審になってしまった。
「はぁっ……! はぁっ……! ご、ごめんシスター……。はぁっ……! はぁっ……!」
「謝らなくていいんですよノンノ。謝らなくていいのです。よくぞ耐え切ってくれ……あら?」
シスターココが首を傾げたタイミングで、ノンノの体を淡い魔力の光が包み込む……。
しかし魔力の光は長くは続かず、ノンノの体から黒い何かを抜き取りつつも大気に還っていった。
光が消えた後、ノンノの震えが消えていて、小級の乱れや発汗の症状も無くなっているように思える。
「今の、は……? 今私の体に、いったい何が起こったんです?」
「あ~、そうでしたぁ……。祝福の神トライラム様は手加減が苦手なんでしたねぇ……」
不思議そうに首を傾げるノンノと、苦笑いを浮かべながら力いっぱい俺達を抱きしめてくれるシスター。
この日を境に、ノンノの症状が激的に改善された。
俺に触れることも、俺と共に眠ることも……。俺と愛し合うこともできるようになったのだ。
これも全てシスターのおかげですと後日お礼に伺うと、お礼はあの人にお願いしますねと、シスターは笑顔で礼拝堂にあるトライラム教会のシンボルマークを指さしたのだった。
「あ? ノンノ?」
ついさっき仕事に送り出した妻が、血相を変えて帰ってきた。
忘れ物にしちゃあ大袈裟な慌てっぷりだよな。何かあったのか?
「なに戻ってきてんだよ? 今日お前は託児所の手伝いだったはず……」
「それどころじゃないのよトルカタ! シスターが……! シスターココが見つかったんだって!」
「なっ……!?」
ノンノの口から発せられた意外な人物の名前に、一瞬思考が追い付かない。
シスターココは孤児だった頃の俺やノンノが居た教会のシスターで、数年前から行方が分からなくなってしまっていたのに……。
まさかこのタイミングで見つかるなんて……!
「ど、どういうことだ……!? っていうかお前仕事に行ったんじゃなかったのかよ!? こんな話、いったいいつ誰に聞いたん……」
「仕事先のトライラムフォロワーの子に聞いたのっ! い、今聞いてきた話を説明するからっ……!」
俺の問いかけを遮って、ノンノが孤児に聞いた話を捲し立ててくる。
ノンノ本人も相当混乱していたようだが、要約するとこんな感じか?
トライラム教会のとある司祭が、その立場を利用して幾人ものシスターを弄んでいた。
なんとか無事に救出されたシスターたちだったけど、その司祭に負わされた心の傷は深く、今までは秘密裏に教会で養生していた。
けれど今回の新王の即位イベントの手伝いをきっかけに、皆でマグエルにやってきた。
そしてそのシスターの中に、かつて俺たちを世話してくれたシスターココが居たって……!?
「なんでも、スポット周辺を統括していた司祭が記録を改竄してたらしくってね? 教会側はつい最近まで、複数のシスター達が弄ばれているのに気付かなかったんだって……」
「なんだそりゃ……!? いくら立場ある人間が悪事を働いたにしても、シスターの行方を教会が把握出来てなくてどうすんだよ……!?」
「……仕方ないよトルカタ。今までの教会は、司祭からの報告を疑う余裕なんて無かったんだから……」
「…………ちぃっ!」
思わず教会に毒づいてしまった頭を冷やす。
悪いのはその司祭であって、教会関係者は被害者なんだ……! 責める相手を間違えんな……!
「そ、それでどうしようって話なのよっ……! 直ぐにシスターに会いに行った方がいいかしらっ……!? 私たちは無事だよって知らせるなら、早ければ早い方がいいんじゃ……」
「そ、そうだな……。会いには行かなきゃならねぇだろうけど……」
シスターとの再会を頭に描いた俺は、そこで想像が止まってしまった。
俺達の奴隷落ちを心から悲しんでくれていたシスターに、俺もノンノも無事でやってるって伝えるのは構わない。
けど、他の奴らのことを聞かれたとき、俺はなんて答えるべきなんだろう?
幸いにしてノンノとは再会できて、何とか買い取ってやることも、奴隷契約から解放してやることも出来たけれど……。
他にも何人か、教会出身の孤児を解放してやることは出来たんだけれど……。
けれど殆どの孤児奴隷は既に生きてはいなかったと、俺の口からシスターに伝えなきゃいけないのか……?
「い、いや……。今日のところはお互い仕事に向かおう。仕事先に迷惑をかけてまで会いに行ったって、あのシスターなら喜んじゃくれないだろ」
「……あっ! そ、そうだ! 私も仕事の時間、とっくに過ぎて……」
シスターと顔を合わせるのが途端に怖くなった俺は、適当な理由をつけて面会を先延ばしにする。
しかし俺のその呟きで、ノンノも仕事をすっぽかしてきたことを思い出してくれたみたいだ。
「あ~もーっ! 話の続きは帰ってからよっ! それじゃ行ってくるわねっ!?」
「あ、ああ……! いってらっしゃい……」
バタバタと走っていくノンノの背中を見送りながら、俺はどうすべきか分からなくなってしまう。
勿論シスターにも会いたいし、俺達の無事も知らせてやりたい。
けれどノンノもシスターも男に弄ばれて、男の俺には想像もつかないほどの辛い経験をしてきたのは間違いなくて……。
そんな2人が顔を合わせて、何か悪い事が起きたりはしないだろうか……?
2人が互いの過去を語るうちに、1度は閉じた辛い記憶のフタが開いてしまうような事にならないんだろうか……?
そんなことばかりが頭に浮かんでは消えて、シスターに会ってもいいのかどうかすら分からなくなってくる……。
「…………まぁ、仕事いくか」
これまた決断を先延ばしにして、まずは目先のことを片付ける事にしよう。
前回の依頼で貰った報酬をほぼ使い果たしてしまった俺の為に、パーティのみんなが選りすぐってくれた割のいい仕事なんだ。
シスターのことは気になって仕方ないけど、皆にだって迷惑をかけるわけにはいかないからな。
俺は素早く身支度を整え、未だ戸惑う頭を無理矢理動かし家を出た。
「いやいや。何を迷う必要があるんだよリーダー? かみさんと一緒に会いに行ってやりゃいいじゃねぇか」
報酬が上乗せされた護衛依頼をこなしながらパーティメンバーに相談してみると、他のメンバーが言葉を探している様子の中、ティキだけがノータイムで会いに行けと言ってきた。
コイツ、今まではどちらかと言うと、パーティのストッパーだったはずなんだけどな?
襲い掛かる魔物を切り捨てながら、訝しがるティキに返事をする。
「会いに行くべきなのは分かってるんだが……。教会に保護されたシスターたちはみんな男に弄ばれていたみたいでな……。ノンノも奴隷の間は同じような扱いを受けていたわけだし、なんか両者を会わせるのが怖くってよ……」
「そりゃ余計なお世話ってモンだぜ? アンタのかみさんも保護されたシスターもガキじゃねぇんだ。過保護はかえって物事を拗らせちまうと思うがな」
「確かに俺は過保護なのかもしれねぇが……。傷ついたノンノの姿を見ちまうとな、やっぱり心配なんだよ」
ノンノの所有者は比較的マシな所有者ではあったが、それでもノンノのことを丁重に扱ってくれたわけじゃない。
婚姻を結んだ今でもノンノは俺と同じベッドで寝ることは出来ないし、手と手が触れ合うだけで青い顔をしたりするんだ。
弄ばれるってのはさ。男の俺達の想像を絶するほどの苦痛なんだよ、きっと……。
「ま、アンタが生真面目で優しい男だってのは知ってるがよ。だけど、女ってモンを舐めすぎてるぜぇリーダー?」
「あん? どういうこった?」
「エイダたちを忘れたのかよリーダー? 女って奴ぁどれだけ打ちひしがれても、そこから立ち直って笑顔を取り戻せる強さってのを持ってるものなんだぜ?」
首を傾げる俺に、エイダたち欠けた宝玉のメンバーのことを思い出せと語るティキ。
魔物狩りパーティ、欠けた宝玉メンバーは、全員が野盗の慰み者にされたと聞いている。
なのにそんな事実を微塵も感じさせないように彼女たちは屈託なく笑い、今日も精力的に仕事をこなしていた。
「それこそ俺達男の想像を絶するほどに芯が強ぇ生き物なんだよ、女って奴は。ウダウダ悩んで手を拱いているくれぇなら、さっさと会わせてやった方がお互いのためだろうが?」
「……案ずるより産むが易しってか? いつもウダウダ悩んでいたお前に、こんなまともなことを言われちまうとはなぁ……」
「へっ、好きに言ってろ。だがよリーダー。悩んで答えが出せるモンなんて、世界にゃそうそう無ぇんだよ」
戦士になって明らかに攻撃力を増したティキが、襲いかかる魔物を片っ端から切り捨てていく。
最近はコイツ、暇さえあればトライラムフォロワーの連中と組み手してるみたいだからな。戦闘職の補正とティキの戦闘技術が上手く噛みあって、飛躍的に腕を伸ばしてるみたいだ。
「ま、最終的な判断は夫婦で話し合って決めりゃいいがよ。かみさんも会いに行きたがっていて、リーダーも会いに行くべきだと思ってんだろ? なら会いに行くべきだ、リーダー」
「ん……。確かにそういう風に解釈すると、俺とノンノは始めからシスターに会いたいってのは変わってないのか。ならこの仕事が明けたら行く事にするさ」
「それでいいと思うぜ。かみさんの言う事を素直に聞くのが夫婦円満の秘訣だって言うしよ」
「はっ! 未だ独身の癖しやがって、既婚者に夫婦円満の秘訣を語るなってんだ」
ティキに毒づきながらも、俺の悩みはすっかり解消されてしまっていた。やっぱ持つべきものは信頼できるパーティメンバーってな。
それにしても、さっきから1人でバッサバッサと魔物を切り捨てやがって。戦闘面でも随分と頼り甲斐が出てきたじゃないか。負けていられねぇな!
ティキに負けじと奮闘した俺は、早々に依頼を終えてマグエルに帰還することが出来た。
そしてノンノが仕事を終えて帰ってくるのを、ゆっくりと覚悟を決めながら待ったのだった。
「……うん。それじゃこれから会いに行こう。日が落ちてから会いに行くのは、シスターにちょっとだけ申し訳無いけどね?」
「そうは言っても、今の王国じゃ日中は誰もが仕事してるからな。日中に訪ねる方が迷惑になりかねんだろ」
帰ってきたノンノとも話し合って、すぐに出かける支度をする。
俺もノンノも日中は仕事があるし、シスターたちだって催しの手伝いをしているって話だからな。訪ねるのは人々が仕事を終える日没後しかない。
今から訪ねると夕食をアテにしているようにも思われかねないので、適当な料理を持参してトライラム教会に足を運んだ。
「反骨の気炎のメンバーさんを疑う気は無いですけど、万が一があっても困りますからね。面倒かとは思いますが確認にお付き合い願います」
しかし実際に教会に着いても直ぐにシスターたちに会うことは出来ず、なんの目的でシスターに会いに来たのか、俺達の言い分は本当なのかとしつこいくらいに確かめられた。
面倒で辟易させられちまったけど、それだけ教会がシスターのことを大切に扱ってると思えば腹も立たなかった。
俺達の名前を告げてもシスターココが会いたがらないなら諦めると告げて、待つこと数分。
記憶にある当時よりも幾分かやつれた印象のシスターが、慌てた様子で俺達の前に姿を現した。
「トルカタ……! ノンノ……! 本当に、本当に貴方達なんですか……!?」
「はいっ……! はいっ……! 私だよ、ノンノだよシスター! ずっと、ずっと会いたかったぁ……!」
シスターココが姿を現すと同時に、ノンノがその胸に向かって飛び込んだ。
「私も会いたかった……! ずっとずっと心配していました……! 今まで無事でいてくれて本当に……! 本当に……!」
飛び込んだノンノをしっかりと抱き締めたシスターココもまた、ノンノを強く抱き締めながら会いたかったと繰り返す。
抱き合う2人に少し置いて行かれてしまったような気分を味わいながらも、まずは俺も挨拶をする。
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「あははっ! なぁにそのしゃべり方はっ? いくら久しいとは言え、私相手に畏まらなくてもいいんですよトルカタ。相変わらず真面目ですねぇ」
「ぐっ……! お、俺もいい歳になったんだよ。いつまでもガキじゃないんだから挨拶くらいするさっ……」
「えぇえぇ。よくぞ大人になってくれました……! 不甲斐無い私には貴方達を守ってあげる事が出来ませんでしたけど、それでもよくぞ大人になって、そして会いにきてくれましたね……!」
そう言ってシスターココはノンノを抱きしめながらも片腕を開いて見せた。
……シスター相手に畏まらなくていいと言われたばかりだし、これはシスターが望んでいる事だから仕方ない。
そんな風に自分に言い訳をしながら、広げられているシスターココの腕の中に飛び込んだ。
「こんなに立派になって……。さぞ苦労も多かったことでしょう。今日まで本当にお疲れ様でしたね……」
「シスターこそ大変な目に遭ってたって聞いてるんだけど。その……こうして俺に触れてるの、無理したりしてないか……?」
「ふふっ。我が子に触れることを無理だと感じる母なんて居ませんよ。私のことは何も心配要りません。祝福の神トライラム様が見守ってくださいますからね」
祝福の神トライラム……か。
俺が現実に心挫かれ信仰を失いかけていた時にも、シスターは決して腐らず信仰を貫いたんだろうな……。
「私よりも貴方達ですよ。貴方達のことを聞かせてください。トルカタ。ノンノ。貴方達はどうやって大人になって。どう過ごしているのか……。私に教えてくれますか?」
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シスターや教会の人たちを責める気なんて毛頭ないけど、シスターが知りたがっているなら包み隠さず全てを話そう。
そう思って話し始めたんだけれど、やはりノンノは自分の奴隷時代の話になると、汗をかいたり目を泳がせたりしてかなり挙動不審になってしまった。
「はぁっ……! はぁっ……! ご、ごめんシスター……。はぁっ……! はぁっ……!」
「謝らなくていいんですよノンノ。謝らなくていいのです。よくぞ耐え切ってくれ……あら?」
シスターココが首を傾げたタイミングで、ノンノの体を淡い魔力の光が包み込む……。
しかし魔力の光は長くは続かず、ノンノの体から黒い何かを抜き取りつつも大気に還っていった。
光が消えた後、ノンノの震えが消えていて、小級の乱れや発汗の症状も無くなっているように思える。
「今の、は……? 今私の体に、いったい何が起こったんです?」
「あ~、そうでしたぁ……。祝福の神トライラム様は手加減が苦手なんでしたねぇ……」
不思議そうに首を傾げるノンノと、苦笑いを浮かべながら力いっぱい俺達を抱きしめてくれるシスター。
この日を境に、ノンノの症状が激的に改善された。
俺に触れることも、俺と共に眠ることも……。俺と愛し合うこともできるようになったのだ。
これも全てシスターのおかげですと後日お礼に伺うと、お礼はあの人にお願いしますねと、シスターは笑顔で礼拝堂にあるトライラム教会のシンボルマークを指さしたのだった。
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