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661 ※閑話 与太話
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「……済まんがキュール。もう1度言ってもらえるか? ちょっと頭がお前の言葉を受け入れるのを拒否してしまったようでな。理解できなかった」
「……気持ちは分かりますが何度聞いても同じですよ陛下。先日エリクシールを消費させてしまったお詫びとして、サークルストラクチャーとマインドディプリートを30個ずつ夫から預かって参りました」
「…………やはり幻聴ではなかったのかぁ」
玉座に座ってガックリと肩を落すカレン陛下。
ダンさんと関わってしまった以上、この程度のことは慣れていくしかないですよ?
ダンさんから大量のマジックアイテムを預かった私はすぐさま帝都フラグニークと連絡を取り、そしてさっさと預かり物の受け渡しを済ませてしまう事にしたのだ。
ダンさんに無理矢理広げられたせいでインベントリには余裕があるけど、それにしたって邪魔だったからねぇ。
「ちなみに夫は、エリクシールの希少性を考えるとこれでも釣り合っていない。追加の献上品も検討中だと申し上げておりましたよ?」
「えぇぇい! 確かに! 確かにありがたいが限度というものがあるわーーーっ! というかキュール! お前が止めなくてどうするんだーっ!」
「いやぁ~……。陛下が転職魔法陣の設置と魔法使い職の少なさに苦労されていたのは知ってましたから、つい?」
「助かるよ!? ありがたいよ!? それは認めよう! だが限度があるわっ! 加減しろ加減をーーーっ!!」
陛下が悶えながら全力でダンさんにツッコミを入れている。
けどこの場に居ても動じなそうなダンさんに、居合わせていない場所でツッコミを入れても意味が無いと思いますよ?
それにムーリさん曰く、ダンさんは加減が最高に下手らしいですからねぇ……。
「うぉっほん!! ……陛下、いくら臣下しかいない城内とは言え取り乱しすぎです。未だ陛下のお立場は危ういとご自覚なさいませ」
「あ、ああ。済まないなローファ。ちょっとキュールの報告が想像を絶していたものでな……」
「……ほう? 陛下が私の苦言に素直に頷かれるとは、ひと皮向けましたかな?」
普段やり合ってばかりの陛下の珍しい反応に、大臣殿が驚きに目を見張った。
けれど恐らく、陛下は大臣殿に構う余裕もないくらい疲れきっていただけだと思いますよ?
今まで私と陛下がダンさんのことを話す時は、限られた者しか立ち入りが許されていない最奥の間が多かった。しかし私がダンさんの妻となり帝国を離れたことで、私は最奥の間に足を踏み入れる資格を失ってしまった。
ということで現在は城にある会議室で、普段より沢山の人間と共に陛下と話をしている。
毎回陛下とお話をする度に最奥の間に足を運ぶのが面倒だったので、私としては歓迎すべき変化なんだけど……。そのせいで陛下に迷惑をかける可能性が高まったのは事実だろうね。
「陛下が取り乱すのも無理は無いですが……。此度の贈答品は陛下が帝国民の支持を得る為には非常に大きな意味を持つことでしょう。ありがたいことです」
「それはそうだろうな……。王国でマインドディプリートが一般に開放されたと聞いて、態々王国まで足を運ぶ魔物狩りまで居たくらいだ。転職魔法陣の不足も深刻だった。根本的な解決にはならんが効果は大きかろう」
大臣殿と会話しながら、チラリと私に視線を向ける陛下。
今の視線は、根本的な解決の為にマジックアイテムの製法を教えろという意味かな?
だけど、それに関しても既に話し合ってきてるんだよね~。
「サークルストラクチャーはともかく、マインドディプリートは厳重に管理されないと危険です。なので製法の一般公開はしない方針のようです」
「…………私は別に何も言っていないが?」
私の答えが意にそぐわないものだったのか、不貞腐れたように顔を背ける陛下。
でもね陛下。目は口ほどに物を言うと言いますよ?
あんなに物欲しそうな視線を送られたら、流石に私だって察してしまいますって。
「ですが、サークルストラクチャーが不足しているなら個人的に用意してもいいと夫は申しておりましたよ」
「なにっ!? それは本当か!?」
「はい。サークルストラクチャーの不足は庶民への影響が大きいですから。王国から広まる職業浸透の知識を帝国の民にも享受して欲しいと、夫はかなり協力的みたいですね」
「はっ! 見ているのは私ではなく、どこまでも一般の民ということか! だが構わん! 法外で無ければ対価も払おう! キュールよ、直ぐに頼んでくれるか!」
あ、不味い。対価について話し合うのを忘れてたぁ……。
ダンさん達はドウゾドウゾって全部ブン投げちゃいそうだけど、陛下としては無料ってわけにはいかないよね……。
これは帰ってから皆と相談しよう。私の独断では答えられないね。
「対価については夫に確認し忘れておりましたが、陛下はどの程度の数をお望みですか?」
「あればあるほどいいなっ! 可能であるなら1000くらいは欲しい! が、勿論そんな無茶を言う気はないから安心しろ。先方に負担のかからない量で構わない。極論すれば1つ用意してもらうだけでもありがたいからな」
1000個かぁ……。私のインベントリだけじゃ運搬するのは難しいなぁ。でもダンさんのことだから、恐らく即日用意しちゃうんだろうなぁ。
陛下。口は災いの元とも言いますから、軽はずみな発言は控えた方がいいですよ? 言いませんけど。
「今までは王国から1つ2億リーフも支払って購入していたのだからな。本来の価値と比べて法外すぎなんだ。あのボンクラ、誘いを断ったことをいつまでも根に持ち吹っ掛けおって……!」
「あ~……。だから陛下が即位されてからは転職魔法陣が増やせなかったのですね。まさかの私情でしたか……」
「王国が製法を独占している以上、どうしても下手に出ざるを得なかったからな。あのボンクラが死んで再交渉の機会を窺っていたのだが、まさかこんな形で新たな供給先を得られるとはなっ」
「ちなみにですけど、製法の公開を控えるのは一般層に向けての話なので、陛下宛てに持ってきた報告書には記載してありますよ?」
「って、なんだそれはーーーっ!? それでは大喜びした私が馬鹿みたいではないか!? 何故その報告を後回しにした!? なぜだ!? 答えろキュールーーーっ!!」
く……! 不味いな、陛下を弄り倒すのは思ったより楽しいじゃないか……!
ダンさん性格悪いなぁなんて思っていたけど、これは気をつけないと癖になりそうだねぇ……。
「あとで報告書に目を通してもらえば分かりますけど、まぁまぁ大変な素材を用意する必要があるんですよ。なのでとりあえず先ほど注文いただいた分は夫に伝えておきますね」
「ちっ! ニヤニヤしおって……! 貴様ダンに嫁いでから性格が悪くなっていないか!?」
「朱に交われば赤くなるとも言いますから、影響はあると思いますよ?」
「そこは否定しろーっ! 仮にも皇帝をおちょくっているのを、そんなあっさり流すんじゃないわーーっ!!」
全力で叫ぶカレン陛下を、大臣殿を含めた周りの者たちが必死に宥めている。
不思議なものだなぁ。以前から陛下とは親しくさせてもらっていたつもりではあるけど、帝国を出た今の方がずっと気安く接しているような……。
あれ? そう言えばいつも陛下に気安くなりすぎると直ぐに釘を刺してきたカルナス将軍が居ないな?
「陛下。カルナス将軍の姿が見当たらないようですけど、もしやあの時の怪我が治ってなかったり?」
「ふんっ。カルナスは謹慎中だ。当分城には上げんつもりだよ」
「えっ!? 将軍って陛下の護衛も兼任していたはずですよね? 大丈夫なんですか?」
「こう見えて私も腕に覚えはある。それにダンにあそこまであっさりやられるようでは護衛失格だと、カルナス自らが謹慎を申し出てな。己を鍛えなおしたいなどど言って、『狂乱の渓谷』に1人で潜っているよ」
奈落や終焉の箱庭と同じく、公式にはまだ最深部が確認されていないアウターに1人で潜っているのか。
ダンさんに一方的にあしらわれたからねぇ。流石の将軍も堪えちゃったようだ。
「私の意に反してお前の夫に斬りかかった処分の意味も込めている。妻であるキュールにとっては面白くない処分かもしれんが、そっちには被害が出なかったんだから目を瞑ってくれ」
「こっちは別に構いませんよ。敵が多いらしい陛下の護衛が減ったのが心配なだけです」
「心配には及ばない。カルナスに頼らずとも、常に自分の身くらい自分で守るつもりだからな。それにお前が持ってきた土産のおかげで、敵対勢力も目に見えて減ってくれるだろうよ」
あ、そうか。どこまでも一般庶民のことを重視しているダンさんと、庶民の支持を得たい陛下って、もしかして滅茶苦茶相性がいいのかもしれない。
ダンさんが世界全体を良くしようとしているところに便乗するだけで、陛下の支持率は磐石の物になりそうだ。
……けど、私から引っかきまわすのは止めておこう。
以前ラトリアさんがダンさんを王国貴族に推薦しようとして、危うく王国を滅ぼされかけたって震えながら語ってたもんなぁ……。
さてと、お土産も渡したことだし、そろそろ本題に入るとしようかな。
「陛下。スペルド王国の新王即位式が終わったあと、王国で6種族の代表が集まる種族代表会議が開催されるのはご存知ですよね?」
「ん? ああ勿論だ。だが我ら帝国には関わりの無い話であろう?」
「いえ、これはまだ王国側に確認していないのですが、出来れば陛下も出席していただいた方が宜しいかと」
「……どういうことだ?」
陛下の判断を否定してまで参加を促す私の様子に、この話題が重要だと判断したのだろう。
一気に緊張感を纏い、真剣みを帯び始めるカレン陛下。
「私の出席を望むにしても、なぜ王国に進言する前に私に話した? 王国側に私の参加を推薦する流れではダメだったのか?」
「多分ですけど、王国は陛下の招待を拒否しますよ。陛下を招きたい事情は、王国としては伏せておきたい情報のはずですから。なので出来れば王国には伝えず、陛下自らが王国に参加を要請して欲しいんですよ」
「…………つまり、種族代表会議出はそれほどの議題が話し合われると? どんな内容だ? と言いたいところだが、最奥の間でなくば言えぬか?」
「いえ、大丈夫ですよ。たとえ誰に聞かれても、こんな話まともに取り合う人は居ませんからね」
「…………仕合わせの暴君に会ったことがなければ、か」
へぇ。流石は陛下だ。ダンさんにたった1度会っただけで、これから公開される情報が規格外なのだろうと覚悟を決めたみたいだね。
ま、神器をポーンと放り出す男だもんねぇダンさんって。
代々識の水晶を受継いできたラインフェルド家としては、嘘みたいな存在に違いないよ。
「キュールが構わないと言うなら話してくれ。いったい種族代表会議では何が話し合われるのだ?」
「王国側が持ち込む議題は知らないですけどね。私の夫は、アウターの人工的な創造と、その調整について話し合いたいと申し上げておりますよ」
「……………………は?」
覚悟を決めた陛下だったけど、それでも流石に受け入れられなかったか。
側近の連中も同じように呆けた顔をしているけれど、下らないと言う侮蔑の感情が色濃く混じっている感じだねぇ。
「荒唐無稽な話に聞こえると思いますが、実は夫以前にレガリアが、異界の門を人為的に開くマジックアイテムの作成に成功しているんです」
「……聞いてないぞ、キュール?」
「済みません。非常に危険なマジックアイテムな上に、実際に使われるとは思ってもみなかった代物なので、私自身忘れていたんです。なにせ使用すると使用者が100%魔物化してしまいますので」
「ふん。黙っていたことには目を瞑ってもいいが、なんでそんな危険なマジックアイテムを今更引っ張り出す? アウターを増やす算段でもあるのか? 何の為に?」
「……世界の均衡を保つ為に、です」
「……………………」
私の言葉に、周囲の連中は完全に興味を無くしたようだ。
私が誇大妄想か何かに囚われたのだろうと、失笑しているのが感じられる。
……正面で私を見据える陛下以外は。
「……世界の均衡とはなんだ? 具体的に説明せよ」
「はい。この世界に満ちている魔力のバランスのことです。この世界は異界から流れ込む魔力と、この世界独自の魔力の2種類が一定のバランスを保って成立しているのではないかという見識が得られましたので」
「アウターを人工的に増やしたいと言ったな? つまり今は世界の魔力バランスが崩れていると?」
「仕合わせの暴君はレガリアと雌雄を決する際、エルフェリアのアウター宿り木の根を消滅させています。なので現在は異界からの魔力の供給源が1つ断たれている状況だと判断しています」
周囲の者は興味を失っているようだけれど、他ならぬ陛下の真剣な様子に誰も口を挟もうとはしてこない。
こういう場面で陛下を嗜めそうな大臣殿も口を挟んでこない辺り、私の話に興味は無くても帝国が種族代表会議に参加する必要性はあると思っているんだろうねぇ。
「1つ聞こう。何故ダンは王国や我々に情報公開する気なんだ? 世界の均衡を保つ為に必要であるというのなら勝手にやればいいではないか」
「それは夫が遠い先の未来のことまで憂慮しているからです。レガリアが消え、職業浸透の知識が広まった王国は、これから爆発的に人口が増えていくことが予想されます。そして人口とは増えれば増えるほど増加速度が増していきますよね?」
「続けろ」
「夫は自身の死後に均衡が崩れることを恐れ、為政者にアウター生成の方法を公開するつもりなんですよ。1人の権力者が勝手に扱えないよう、種族の代表が集まる会議でアウターの発生、管理について話し合うつもりなんです」
「…………ふむ」
一瞬考え込んだ陛下だったけど、すぐに小さく頷いて私から外した視線を大臣殿に送る。
「ローファ。キュールの話の真偽は別にして、私が種族代表会議への参加を要請するのは帝国にとって、そして私にとってプラスになるか?」
「なります。と言うか、出席しない事がマイナスになると言った方が正解でしょうな。陛下が人間族代表として見られていないと喧伝されかねません。是が非でも出席すべきかと」
「逆に、出席する事によるデメリットは?」
「そこはなんとも言えませんな。初めて開催される会議ですから内容も期間も未知数です。強いてあげれば、陛下が確実に帝国を留守にするタイミングを知られてしまうこと、でしょうか」
「なら出席すべきだな。王国にそのように伝えておくように」
「畏まりました。直ぐに手配致します」
陛下の指示にすぐに動いた大臣殿は、部下の者に小声で細かく指示を出し始めた。
そんな大臣殿から視線を私に戻した陛下は、これでどうだと言わんばかりに肩を竦めておどけて見せた。
「貴様の与太話を信じたわけではないぞ? 単純に帝国にとって必要であると判断しただけだ」
「ありがとうございます。今はそれで充分です」
「はっ! お前の夫は冗談みたいな存在だからな。与太話で済ますべき話を現実に起こしそうで戦々恐々としているよ」
「それに関しては同感ですよ。私も夫と話していると世を儚みたくなりますから」
「世界の均衡か。既にお前たちは王国も帝国も越えた先を見据えているのだな……」
いや、違うんですよ陛下。ウチの旦那、実はただ我が侭なだけなんです。
なるべく沢山の人を不幸にしたくなくて、自分が死んだ後すら不幸にしたくないから、常に自分が居なくても機能する仕組みを考えてるんですよね。
誰よりも世界の幸せを願うダンさんは、この世の誰よりも我が侭な暴君様なんです。
そんな暴君についていくのは最高に刺激的で、そして毎日ぐったりさせられちゃうんですよねぇ?
「……気持ちは分かりますが何度聞いても同じですよ陛下。先日エリクシールを消費させてしまったお詫びとして、サークルストラクチャーとマインドディプリートを30個ずつ夫から預かって参りました」
「…………やはり幻聴ではなかったのかぁ」
玉座に座ってガックリと肩を落すカレン陛下。
ダンさんと関わってしまった以上、この程度のことは慣れていくしかないですよ?
ダンさんから大量のマジックアイテムを預かった私はすぐさま帝都フラグニークと連絡を取り、そしてさっさと預かり物の受け渡しを済ませてしまう事にしたのだ。
ダンさんに無理矢理広げられたせいでインベントリには余裕があるけど、それにしたって邪魔だったからねぇ。
「ちなみに夫は、エリクシールの希少性を考えるとこれでも釣り合っていない。追加の献上品も検討中だと申し上げておりましたよ?」
「えぇぇい! 確かに! 確かにありがたいが限度というものがあるわーーーっ! というかキュール! お前が止めなくてどうするんだーっ!」
「いやぁ~……。陛下が転職魔法陣の設置と魔法使い職の少なさに苦労されていたのは知ってましたから、つい?」
「助かるよ!? ありがたいよ!? それは認めよう! だが限度があるわっ! 加減しろ加減をーーーっ!!」
陛下が悶えながら全力でダンさんにツッコミを入れている。
けどこの場に居ても動じなそうなダンさんに、居合わせていない場所でツッコミを入れても意味が無いと思いますよ?
それにムーリさん曰く、ダンさんは加減が最高に下手らしいですからねぇ……。
「うぉっほん!! ……陛下、いくら臣下しかいない城内とは言え取り乱しすぎです。未だ陛下のお立場は危ういとご自覚なさいませ」
「あ、ああ。済まないなローファ。ちょっとキュールの報告が想像を絶していたものでな……」
「……ほう? 陛下が私の苦言に素直に頷かれるとは、ひと皮向けましたかな?」
普段やり合ってばかりの陛下の珍しい反応に、大臣殿が驚きに目を見張った。
けれど恐らく、陛下は大臣殿に構う余裕もないくらい疲れきっていただけだと思いますよ?
今まで私と陛下がダンさんのことを話す時は、限られた者しか立ち入りが許されていない最奥の間が多かった。しかし私がダンさんの妻となり帝国を離れたことで、私は最奥の間に足を踏み入れる資格を失ってしまった。
ということで現在は城にある会議室で、普段より沢山の人間と共に陛下と話をしている。
毎回陛下とお話をする度に最奥の間に足を運ぶのが面倒だったので、私としては歓迎すべき変化なんだけど……。そのせいで陛下に迷惑をかける可能性が高まったのは事実だろうね。
「陛下が取り乱すのも無理は無いですが……。此度の贈答品は陛下が帝国民の支持を得る為には非常に大きな意味を持つことでしょう。ありがたいことです」
「それはそうだろうな……。王国でマインドディプリートが一般に開放されたと聞いて、態々王国まで足を運ぶ魔物狩りまで居たくらいだ。転職魔法陣の不足も深刻だった。根本的な解決にはならんが効果は大きかろう」
大臣殿と会話しながら、チラリと私に視線を向ける陛下。
今の視線は、根本的な解決の為にマジックアイテムの製法を教えろという意味かな?
だけど、それに関しても既に話し合ってきてるんだよね~。
「サークルストラクチャーはともかく、マインドディプリートは厳重に管理されないと危険です。なので製法の一般公開はしない方針のようです」
「…………私は別に何も言っていないが?」
私の答えが意にそぐわないものだったのか、不貞腐れたように顔を背ける陛下。
でもね陛下。目は口ほどに物を言うと言いますよ?
あんなに物欲しそうな視線を送られたら、流石に私だって察してしまいますって。
「ですが、サークルストラクチャーが不足しているなら個人的に用意してもいいと夫は申しておりましたよ」
「なにっ!? それは本当か!?」
「はい。サークルストラクチャーの不足は庶民への影響が大きいですから。王国から広まる職業浸透の知識を帝国の民にも享受して欲しいと、夫はかなり協力的みたいですね」
「はっ! 見ているのは私ではなく、どこまでも一般の民ということか! だが構わん! 法外で無ければ対価も払おう! キュールよ、直ぐに頼んでくれるか!」
あ、不味い。対価について話し合うのを忘れてたぁ……。
ダンさん達はドウゾドウゾって全部ブン投げちゃいそうだけど、陛下としては無料ってわけにはいかないよね……。
これは帰ってから皆と相談しよう。私の独断では答えられないね。
「対価については夫に確認し忘れておりましたが、陛下はどの程度の数をお望みですか?」
「あればあるほどいいなっ! 可能であるなら1000くらいは欲しい! が、勿論そんな無茶を言う気はないから安心しろ。先方に負担のかからない量で構わない。極論すれば1つ用意してもらうだけでもありがたいからな」
1000個かぁ……。私のインベントリだけじゃ運搬するのは難しいなぁ。でもダンさんのことだから、恐らく即日用意しちゃうんだろうなぁ。
陛下。口は災いの元とも言いますから、軽はずみな発言は控えた方がいいですよ? 言いませんけど。
「今までは王国から1つ2億リーフも支払って購入していたのだからな。本来の価値と比べて法外すぎなんだ。あのボンクラ、誘いを断ったことをいつまでも根に持ち吹っ掛けおって……!」
「あ~……。だから陛下が即位されてからは転職魔法陣が増やせなかったのですね。まさかの私情でしたか……」
「王国が製法を独占している以上、どうしても下手に出ざるを得なかったからな。あのボンクラが死んで再交渉の機会を窺っていたのだが、まさかこんな形で新たな供給先を得られるとはなっ」
「ちなみにですけど、製法の公開を控えるのは一般層に向けての話なので、陛下宛てに持ってきた報告書には記載してありますよ?」
「って、なんだそれはーーーっ!? それでは大喜びした私が馬鹿みたいではないか!? 何故その報告を後回しにした!? なぜだ!? 答えろキュールーーーっ!!」
く……! 不味いな、陛下を弄り倒すのは思ったより楽しいじゃないか……!
ダンさん性格悪いなぁなんて思っていたけど、これは気をつけないと癖になりそうだねぇ……。
「あとで報告書に目を通してもらえば分かりますけど、まぁまぁ大変な素材を用意する必要があるんですよ。なのでとりあえず先ほど注文いただいた分は夫に伝えておきますね」
「ちっ! ニヤニヤしおって……! 貴様ダンに嫁いでから性格が悪くなっていないか!?」
「朱に交われば赤くなるとも言いますから、影響はあると思いますよ?」
「そこは否定しろーっ! 仮にも皇帝をおちょくっているのを、そんなあっさり流すんじゃないわーーっ!!」
全力で叫ぶカレン陛下を、大臣殿を含めた周りの者たちが必死に宥めている。
不思議なものだなぁ。以前から陛下とは親しくさせてもらっていたつもりではあるけど、帝国を出た今の方がずっと気安く接しているような……。
あれ? そう言えばいつも陛下に気安くなりすぎると直ぐに釘を刺してきたカルナス将軍が居ないな?
「陛下。カルナス将軍の姿が見当たらないようですけど、もしやあの時の怪我が治ってなかったり?」
「ふんっ。カルナスは謹慎中だ。当分城には上げんつもりだよ」
「えっ!? 将軍って陛下の護衛も兼任していたはずですよね? 大丈夫なんですか?」
「こう見えて私も腕に覚えはある。それにダンにあそこまであっさりやられるようでは護衛失格だと、カルナス自らが謹慎を申し出てな。己を鍛えなおしたいなどど言って、『狂乱の渓谷』に1人で潜っているよ」
奈落や終焉の箱庭と同じく、公式にはまだ最深部が確認されていないアウターに1人で潜っているのか。
ダンさんに一方的にあしらわれたからねぇ。流石の将軍も堪えちゃったようだ。
「私の意に反してお前の夫に斬りかかった処分の意味も込めている。妻であるキュールにとっては面白くない処分かもしれんが、そっちには被害が出なかったんだから目を瞑ってくれ」
「こっちは別に構いませんよ。敵が多いらしい陛下の護衛が減ったのが心配なだけです」
「心配には及ばない。カルナスに頼らずとも、常に自分の身くらい自分で守るつもりだからな。それにお前が持ってきた土産のおかげで、敵対勢力も目に見えて減ってくれるだろうよ」
あ、そうか。どこまでも一般庶民のことを重視しているダンさんと、庶民の支持を得たい陛下って、もしかして滅茶苦茶相性がいいのかもしれない。
ダンさんが世界全体を良くしようとしているところに便乗するだけで、陛下の支持率は磐石の物になりそうだ。
……けど、私から引っかきまわすのは止めておこう。
以前ラトリアさんがダンさんを王国貴族に推薦しようとして、危うく王国を滅ぼされかけたって震えながら語ってたもんなぁ……。
さてと、お土産も渡したことだし、そろそろ本題に入るとしようかな。
「陛下。スペルド王国の新王即位式が終わったあと、王国で6種族の代表が集まる種族代表会議が開催されるのはご存知ですよね?」
「ん? ああ勿論だ。だが我ら帝国には関わりの無い話であろう?」
「いえ、これはまだ王国側に確認していないのですが、出来れば陛下も出席していただいた方が宜しいかと」
「……どういうことだ?」
陛下の判断を否定してまで参加を促す私の様子に、この話題が重要だと判断したのだろう。
一気に緊張感を纏い、真剣みを帯び始めるカレン陛下。
「私の出席を望むにしても、なぜ王国に進言する前に私に話した? 王国側に私の参加を推薦する流れではダメだったのか?」
「多分ですけど、王国は陛下の招待を拒否しますよ。陛下を招きたい事情は、王国としては伏せておきたい情報のはずですから。なので出来れば王国には伝えず、陛下自らが王国に参加を要請して欲しいんですよ」
「…………つまり、種族代表会議出はそれほどの議題が話し合われると? どんな内容だ? と言いたいところだが、最奥の間でなくば言えぬか?」
「いえ、大丈夫ですよ。たとえ誰に聞かれても、こんな話まともに取り合う人は居ませんからね」
「…………仕合わせの暴君に会ったことがなければ、か」
へぇ。流石は陛下だ。ダンさんにたった1度会っただけで、これから公開される情報が規格外なのだろうと覚悟を決めたみたいだね。
ま、神器をポーンと放り出す男だもんねぇダンさんって。
代々識の水晶を受継いできたラインフェルド家としては、嘘みたいな存在に違いないよ。
「キュールが構わないと言うなら話してくれ。いったい種族代表会議では何が話し合われるのだ?」
「王国側が持ち込む議題は知らないですけどね。私の夫は、アウターの人工的な創造と、その調整について話し合いたいと申し上げておりますよ」
「……………………は?」
覚悟を決めた陛下だったけど、それでも流石に受け入れられなかったか。
側近の連中も同じように呆けた顔をしているけれど、下らないと言う侮蔑の感情が色濃く混じっている感じだねぇ。
「荒唐無稽な話に聞こえると思いますが、実は夫以前にレガリアが、異界の門を人為的に開くマジックアイテムの作成に成功しているんです」
「……聞いてないぞ、キュール?」
「済みません。非常に危険なマジックアイテムな上に、実際に使われるとは思ってもみなかった代物なので、私自身忘れていたんです。なにせ使用すると使用者が100%魔物化してしまいますので」
「ふん。黙っていたことには目を瞑ってもいいが、なんでそんな危険なマジックアイテムを今更引っ張り出す? アウターを増やす算段でもあるのか? 何の為に?」
「……世界の均衡を保つ為に、です」
「……………………」
私の言葉に、周囲の連中は完全に興味を無くしたようだ。
私が誇大妄想か何かに囚われたのだろうと、失笑しているのが感じられる。
……正面で私を見据える陛下以外は。
「……世界の均衡とはなんだ? 具体的に説明せよ」
「はい。この世界に満ちている魔力のバランスのことです。この世界は異界から流れ込む魔力と、この世界独自の魔力の2種類が一定のバランスを保って成立しているのではないかという見識が得られましたので」
「アウターを人工的に増やしたいと言ったな? つまり今は世界の魔力バランスが崩れていると?」
「仕合わせの暴君はレガリアと雌雄を決する際、エルフェリアのアウター宿り木の根を消滅させています。なので現在は異界からの魔力の供給源が1つ断たれている状況だと判断しています」
周囲の者は興味を失っているようだけれど、他ならぬ陛下の真剣な様子に誰も口を挟もうとはしてこない。
こういう場面で陛下を嗜めそうな大臣殿も口を挟んでこない辺り、私の話に興味は無くても帝国が種族代表会議に参加する必要性はあると思っているんだろうねぇ。
「1つ聞こう。何故ダンは王国や我々に情報公開する気なんだ? 世界の均衡を保つ為に必要であるというのなら勝手にやればいいではないか」
「それは夫が遠い先の未来のことまで憂慮しているからです。レガリアが消え、職業浸透の知識が広まった王国は、これから爆発的に人口が増えていくことが予想されます。そして人口とは増えれば増えるほど増加速度が増していきますよね?」
「続けろ」
「夫は自身の死後に均衡が崩れることを恐れ、為政者にアウター生成の方法を公開するつもりなんですよ。1人の権力者が勝手に扱えないよう、種族の代表が集まる会議でアウターの発生、管理について話し合うつもりなんです」
「…………ふむ」
一瞬考え込んだ陛下だったけど、すぐに小さく頷いて私から外した視線を大臣殿に送る。
「ローファ。キュールの話の真偽は別にして、私が種族代表会議への参加を要請するのは帝国にとって、そして私にとってプラスになるか?」
「なります。と言うか、出席しない事がマイナスになると言った方が正解でしょうな。陛下が人間族代表として見られていないと喧伝されかねません。是が非でも出席すべきかと」
「逆に、出席する事によるデメリットは?」
「そこはなんとも言えませんな。初めて開催される会議ですから内容も期間も未知数です。強いてあげれば、陛下が確実に帝国を留守にするタイミングを知られてしまうこと、でしょうか」
「なら出席すべきだな。王国にそのように伝えておくように」
「畏まりました。直ぐに手配致します」
陛下の指示にすぐに動いた大臣殿は、部下の者に小声で細かく指示を出し始めた。
そんな大臣殿から視線を私に戻した陛下は、これでどうだと言わんばかりに肩を竦めておどけて見せた。
「貴様の与太話を信じたわけではないぞ? 単純に帝国にとって必要であると判断しただけだ」
「ありがとうございます。今はそれで充分です」
「はっ! お前の夫は冗談みたいな存在だからな。与太話で済ますべき話を現実に起こしそうで戦々恐々としているよ」
「それに関しては同感ですよ。私も夫と話していると世を儚みたくなりますから」
「世界の均衡か。既にお前たちは王国も帝国も越えた先を見据えているのだな……」
いや、違うんですよ陛下。ウチの旦那、実はただ我が侭なだけなんです。
なるべく沢山の人を不幸にしたくなくて、自分が死んだ後すら不幸にしたくないから、常に自分が居なくても機能する仕組みを考えてるんですよね。
誰よりも世界の幸せを願うダンさんは、この世の誰よりも我が侭な暴君様なんです。
そんな暴君についていくのは最高に刺激的で、そして毎日ぐったりさせられちゃうんですよねぇ?
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