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655 ※閑話 象徴
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「良いかみんなっ! 王国中が盛り上がる中、ヴァルハールだけが取り残されるわけにはいかぬのじゃっ! 人間族の王に興味が無い者は、兄上の当主就任を祝って騒ぐが良いのじゃーっ!!」
「うおーーーーっ! 竜爵家万歳! 竜人族ばんざーい!」
ヴァルハール中の酒場、食堂に顔を出しては、その場の者達を焚きつける。
妾が食事の代金を立て替えたのもあって、大喜びではしゃぐ皆の姿を見るのは嬉しいのじゃっ。
「ほ、本当にフラッタ様が全員の代金を……!? ど、どう見ても10人20人程度じゃなさそうですけど……!?」
「妾ではなくルーナ竜爵家の奢りなのじゃ! 人間族の王が飲食代を半分持つなら、もう半分を妾たち竜爵家が負担しようという話なのじゃーっ!」
未だに竜人族優遇の意識が根強く残るヴァルハールでは、人間族の王の就任に関心の薄い者が少なくないのじゃ。
なので即位を盛り上げる為に、あえて兄上の名前を出して場を暖める。
種族差別の意識を無くしたい母上と兄上は、何とか竜人族の意識を人間族の新王に向けたがっておったのじゃが……。
無理して興味無い人を祝わなくていいと、ダンの方から止めてきたのじゃった。
「今のヴァルハールはとても良い流れが出来つつあるよ。それを無理矢理歪めようとしちゃダメだ」
「良い流れか出来ているからこそ、その流れに便乗すべきではないのですか?」
「人の意識ってそんな簡単なもんじゃないでしょ。無理強いなんかしちゃったら反発が起こって台無しになるんじゃないかな。勿論最終的な判断はヴァルハールでしてもらって構わないけど、俺は慎重論を推すよ」
結局母上も兄上もダンの意見を尊重して、けれど少しずつでも人間族への興味を持って欲しいと、なるべく新王の即位の話も一緒にするようにしたのじゃった。
良く良く思い返せば、魔人族やエルフ族と話すようになったのもつい最近の話じゃからな。
これ以上性急に事を進めようとするのは、確かに無理を強いる事になっておったかもしれぬの。
何事も焦らず、1歩1歩着実に、なのじゃ。
……分かってはおるのじゃが、分かっていても難しいものじゃなぁ。
「フラッタ様ー。そろそろお時間になります。広場に向かってくださーい」
「もぐもぐ。む。もうそんな時間か。もぐもぐ」
幾つもの店をハシゴして、場を盛り上げながら腹を満たしておると、家の者に間もなく時間だと告げられる。
まだまだ食い足りぬが、予定を無視するわけにもいかぬか。仕方ない。
「時間の許す者は妾と共に広場に来るが良い! 兄上と新王を祝して、妾の剣を披露してやるのじゃーっ」
「えっ!? フラッタ様の剣を広場で……!? って、何をするんだ……?」
「知るかよっ! そんなことよりフラッタ様だ!」
妾が声をかけると、店中の者が妾に続かんと席を立つ。
しかし口いっぱいに料理を詰め込んだ皆を連れて歩いては、なんとも滑稽な雰囲気になってしまうのう。
「さぁ見るが良い皆の者ぉっ! これが母上より教わった妾の双剣なのじゃーーっ!」
ヴァルハールの中央広場で、定期的に剣舞を披露する。
個人の強さを尊ぶ竜人族を盛り上げるのは、強さを示すのが手っ取り早い。
そんな兄上の提案に乗って、全力で双剣を振って見せる。
「すげぇ……! 自分の体よりも巨大な剣を、ああも簡単に……」
「しかもただ振り回してるだけじゃねぇ……。体の動きも洗練されつくしていて無駄がない……。おかげで全然見えねぇが……!」
しかし残念ながら、ヴァルハールの皆はまだ妾の剣を目で捉えることも難しそうなのじゃ。
皆も職業浸透が進めば、そのうち妾の剣も見えるからの。今は精進あるのみなのじゃっ。
「これが最強の竜人族の剣……! 何と荒々しく、それでいて可憐な姿なのだろう……!」
「フラッタ様ーっ! フラッタ様ーーーっ!」
ヴァルハールの民に混じって、ペネトレイターたちやエルフェリアの者たちも盛り上がってくれているようじゃな。
彼らのように異種族も分け隔てなく持て囃す心意気、妾たち竜人族も学んでいかねばならぬのうっ。
「今日もお疲れ様フラッタ。お前のおかげでヴァルハールは最高の盛り上がりを見せてくれているそうだね」
領主邸に戻ると、忙しい執務の合間を縫って兄上が笑顔で出迎えてくれる。
多忙で兄上自身が見に来た事はないが、どうやら報告、連絡はしっかり受け取っておるらしい。
「フラッタは間違いなく史上最強の竜人族だからね。お前の振るう剣を見れば、みんなも奮い立って腕を磨いてくれると思うんだ。だから皆が目指すべき目標としての姿を示してあげて」
「最強と言われると少し微妙な気分なのじゃ~……。ダンにもヴァルゴにもまだ勝ったことが無いからの~……」
「ははっ。僕からしたら天上人の会話だけどね。でも僕だって負けていられない。僕は僕の歩幅でお前の背中を追いかけながら、父上から受継いだ剣を磨いてみせるよ」
自信に満ち溢れた兄上の笑顔に、妾も自然と笑顔になってしまうのじゃ。
父上はもう居ないけれど、父上が居た時と同じ雰囲気の我が家を、ようやく取り戻すことが出来た気がするのじゃ……。
「そうじゃ兄上。義姉上たちはどうされておるのじゃ? 今日は一緒ではないのかのう?」
「今日は竜王のカタコンベに潜ってるよ。多忙な僕に付き合っていたらみんなの戦闘訓練も職業浸透も遅れちゃうからね。初めて引率無しのアウター探索ってことになるかな」
ふむ。義姉上たちも頑張っておるようじゃのう。
しかし、付き添いの者が居ないというのは少々不安なのじゃ。竜王のカタコンベにはトラップが発生する場合があるから、万が一という事もありえるのじゃ。
「義姉上たちは大丈夫かのう……? 視界はマジックアイテムで確保できようが、構造やトラップは把握できぬであろう?」
「流石にそれは過保護すぎるよフラッタ。彼女達が単独で潜れる範囲にトラップが発生することは殆ど無いし、妻たちもちゃんと力をつけてきているんだから」
「し、しかしじゃな、お腹の子にもしものことがあったら……」
「……それは過保護を通り越して侮辱だよフラッタ? 僕ら竜人族にとってはね」
呆れたように溜め息を吐きながら、妾の頭に手を乗せてくれる兄上。
……兄上に撫でられるの、なんだか久しぶりのような気がするのじゃ。
「竜人族は短命な分屈強だ。それは妊婦も、そしてお腹の子だって変わらないんだ。そんなことはお前だって知ってるはずでしょ?」
「そ、そうは言うがのう……! トラップというのは肉体を超えて作用してくるものもあるのじゃっ……。だから妾、義姉上たちの事が心配で心配で……」
「……あ~そっか。ニーナさんやターニアさんの事があるから、アウターのトラップには人一倍不安なんだ?」
納得がいったような様子の兄上は、妾の頭を撫でるのを止めて、跪いて妾と目線を同じくした。
そして両手を妾の頬に当てたかと思うと、ぐにぐにと引っ張り始めたではないかっ!?
「にゃっ!? にゃにするのじゃ兄上~っ!? や、やめるのじゃ~っ!」
「フラッタ~? やっぱりお前は侮辱してるよ?」
「びゃっ!? しょ、しょんにゃつもりはっ……!」
「いーや、侮ってるね! 妻たちが呪われてしまった時、僕ではその呪いを解いてあげることは出来ないと思ってるんだろーっ!?」
からかうように意地の悪い笑顔を浮かべながら、妾の頬を両手で好き勝手に弄ぶ兄上。
お、怒ってはいないようじゃが、いい加減離すのじゃーっ! 妾の頬はもうダンのものなのじゃからーっ!
「兄上~っ! いい加減に……」
「僕はねフラッタ。父上にもお前にも、そしてダンさんにだって負けてやるつもりはないんだ」
「ふぇ……?」
不敵な笑顔を浮かべる兄上に、思わず意表を突かれてしまう。
そんな妾の様子に少し苦笑した兄上は、妾の頬から話した右手を改めて妾の頭の上に載せてくれた。
「もしも妻が呪われたら、必ず僕が解呪してみせる。もっと困難な事に遭遇しても、僕たち家族は必ず幸せになってみせるよ。自力でね?」
妾の頭を右手でぽんぽんと叩いた兄上は、立ち上がって窓の外に視線を移した。
「フラッタが優しく成長してくれて兄としては嬉しいんだけどね。ヴァルハールの領主として、竜人族の長たる竜爵としては、お前の優しさに甘えるわけにはいかないんだよ」
「す、済まぬ兄上……。兄上の邪魔をつもりは無かったのじゃ……。妾はただ……」
「あーっと、ごめんごめん。言い方が悪かったね。別にフラッタを責めてるわけじゃないんだ」
しどろもどろになった妾に、慌てて頭を下げる兄上。
だけど妾が過保護で、ヴァルハールの民の成長を邪魔しようとしていたことに変わりは……。
「フラッタ。お前とダンさんのおかげで、僕も母上も、ヴァルハールの皆もずっとずっと強くなれた。それは信じてくれるかい?」
しかし沈みそうになった妾の心を、窓の外を見たままの兄上が繋ぎとめる。
皆が以前より強く、そしてずっとずっと幸せになったのは妾が1番良く知っておるのじゃっ。
「も、もちろんなのじゃっ! 皆見違えるようになったのじゃ……!」
「だからねフラッタ。お前には僕たちやヴァルハールの皆を信じて欲しいんだ。もうヴァルハールにフラッタの庇護は必要ないんだって」
「…………っ。し、信じていたつもり、だったのじゃが、なぁ……」
「ははっ。お前が誰より優しいことは僕が1番知ってるから。だから落ち込む必要は無いよ」
ここで視線を妾に戻した兄上は、本当におかしそうに肩を揺らして笑ってくれたのじゃ。
優しさを悔やむ必要なんて無いんだよ。
兄上の笑顔から、そのような思いが伝わってくるようなのじゃ……。
「落ち込む必要は無いけど、お前はもう僕たちの事を振り返らなくてもいいんだ」
「え……?」
「父上の剣は僕が継いだ。母上の剣は僕の妻達が引き継ぐよ。だからフラッタ。お前は母上の剣を継ぐのではなく、母上の剣よりも先に進んで欲しいんだ」
一瞬妾が母上の剣を継ぐ事を否定しているのかと思ったのじゃが、どうやらそんなニュアンスではないの。
母上の剣を継ぐだけで満足せずに、もっと高みを目指せと、兄上はそう申しておるのか……?
「継ぐのではなく……進む、とはどういうことなのじゃ……?」
「さっきも言ったけど、お前は既に史上最強の竜人族だ。お前が進めば進むほど、竜人族の目指すべき到達点は高まっていくんだよ。だから後ろなんて振り返らずに、フラッタには行けるところまで行って欲しいと思ってるんだ」
妾の到達した場所が、そのまま竜人族の目指すべき場所となる。
だからどこまでも強さを求め、誰よりも高みに至ることこそ、妾が竜人族のために出来ることなのか……!
「竜爵家当主、シルヴァ・モーノ・ソクトルーナの名の下に、お前に新たな名を授けるよ」
「えっ!?」
「最強の竜人フラッタ。お前は今日よりグランを名乗るんだ。今日からお前は子供なんかじゃない。フラッタ・グラン・ソクトルーナと名乗るんだよ」
竜爵家当主の証であるモーノの名を継いだ兄上が、竜爵として正式に妾に新たな名前を贈ってくださった。
今日から妾はフラッタ・ム・ソクトルーナではなく、フラッタ・グラン・ソクトルーナと名乗らねばならぬらしい。
子供扱いされなくなるのは歓迎なのじゃが……。
「のう兄上。グラン……とは?」
「『偉大な』とか『凄い』という意味の古い言葉だよ。フラッタ、お前はこれより竜王を名乗り、全ての竜人族の目指すべき存在となり続けて欲しい」
「妾が……。妾が竜王……?」
兄上の言葉がなんだか実感出来ないのじゃ。
竜王と言われても現実感が感じられず、なんだかソワソワしてしまうのじゃ……。
思えば、竜王ブラックカイザードラゴンを滅ぼしてから更に腕を上げた自信はある。
しかし妾なんぞが竜王と呼ばれることに、どうしても違和感を拭い去れぬのじゃ……。
竜王とは強さの象徴。強さを崇拝する竜人族の頂点なのじゃ。
そんな名を、妾なんぞが背負っていいものとは思えぬのじゃ……。
「勿論、フラッタにだけ重責を負わせる気は無いよ。竜人族の生活と繁栄は、竜爵である僕が全力で引き受けるつもりだ。だから母上にお願いして、僕1人でこんなことを告げているわけなんだ」
「あっ……。ということは、母上は知っているのか……」
「それも勿論だよ。こんなこと母上に内緒では進められないから」
抜けているようでとっても勘の鋭い人だからねと、母上が聞いたらむくれそうな事を言いながら笑い兄上。
自分のステータスプレートを確認すると、既に妾は正式にフラッタ・グラン・ソクトルーナであるようじゃ。
竜王……か。重いのう……。
「でもさ、母上にいつまでも守ってもらうわけにはいかないだろ? 僕とお前は、双竜鬼と双竜姫の繋いだ未来そのものなんだからさ」
「……そう、じゃな。兄上の言う通りなのじゃ」
竜王を名乗るなど、まっこと恐縮ではあるが……。
妾はあのゴルディアとラトリアの娘なのじゃっ! ならば竜王にくらいなってみせようではないかっ!
兄上が竜人族の暮らしを護り、妾が強さの象徴として君臨する。
それが父上と母上が思い描いた、理想のヴァルハールの姿だというのであれば……。
カタコンベで眠る父上の耳にも轟くほどの、圧倒的な竜王になって見せるのじゃーーーっ!
「うおーーーーっ! 竜爵家万歳! 竜人族ばんざーい!」
ヴァルハール中の酒場、食堂に顔を出しては、その場の者達を焚きつける。
妾が食事の代金を立て替えたのもあって、大喜びではしゃぐ皆の姿を見るのは嬉しいのじゃっ。
「ほ、本当にフラッタ様が全員の代金を……!? ど、どう見ても10人20人程度じゃなさそうですけど……!?」
「妾ではなくルーナ竜爵家の奢りなのじゃ! 人間族の王が飲食代を半分持つなら、もう半分を妾たち竜爵家が負担しようという話なのじゃーっ!」
未だに竜人族優遇の意識が根強く残るヴァルハールでは、人間族の王の就任に関心の薄い者が少なくないのじゃ。
なので即位を盛り上げる為に、あえて兄上の名前を出して場を暖める。
種族差別の意識を無くしたい母上と兄上は、何とか竜人族の意識を人間族の新王に向けたがっておったのじゃが……。
無理して興味無い人を祝わなくていいと、ダンの方から止めてきたのじゃった。
「今のヴァルハールはとても良い流れが出来つつあるよ。それを無理矢理歪めようとしちゃダメだ」
「良い流れか出来ているからこそ、その流れに便乗すべきではないのですか?」
「人の意識ってそんな簡単なもんじゃないでしょ。無理強いなんかしちゃったら反発が起こって台無しになるんじゃないかな。勿論最終的な判断はヴァルハールでしてもらって構わないけど、俺は慎重論を推すよ」
結局母上も兄上もダンの意見を尊重して、けれど少しずつでも人間族への興味を持って欲しいと、なるべく新王の即位の話も一緒にするようにしたのじゃった。
良く良く思い返せば、魔人族やエルフ族と話すようになったのもつい最近の話じゃからな。
これ以上性急に事を進めようとするのは、確かに無理を強いる事になっておったかもしれぬの。
何事も焦らず、1歩1歩着実に、なのじゃ。
……分かってはおるのじゃが、分かっていても難しいものじゃなぁ。
「フラッタ様ー。そろそろお時間になります。広場に向かってくださーい」
「もぐもぐ。む。もうそんな時間か。もぐもぐ」
幾つもの店をハシゴして、場を盛り上げながら腹を満たしておると、家の者に間もなく時間だと告げられる。
まだまだ食い足りぬが、予定を無視するわけにもいかぬか。仕方ない。
「時間の許す者は妾と共に広場に来るが良い! 兄上と新王を祝して、妾の剣を披露してやるのじゃーっ」
「えっ!? フラッタ様の剣を広場で……!? って、何をするんだ……?」
「知るかよっ! そんなことよりフラッタ様だ!」
妾が声をかけると、店中の者が妾に続かんと席を立つ。
しかし口いっぱいに料理を詰め込んだ皆を連れて歩いては、なんとも滑稽な雰囲気になってしまうのう。
「さぁ見るが良い皆の者ぉっ! これが母上より教わった妾の双剣なのじゃーーっ!」
ヴァルハールの中央広場で、定期的に剣舞を披露する。
個人の強さを尊ぶ竜人族を盛り上げるのは、強さを示すのが手っ取り早い。
そんな兄上の提案に乗って、全力で双剣を振って見せる。
「すげぇ……! 自分の体よりも巨大な剣を、ああも簡単に……」
「しかもただ振り回してるだけじゃねぇ……。体の動きも洗練されつくしていて無駄がない……。おかげで全然見えねぇが……!」
しかし残念ながら、ヴァルハールの皆はまだ妾の剣を目で捉えることも難しそうなのじゃ。
皆も職業浸透が進めば、そのうち妾の剣も見えるからの。今は精進あるのみなのじゃっ。
「これが最強の竜人族の剣……! 何と荒々しく、それでいて可憐な姿なのだろう……!」
「フラッタ様ーっ! フラッタ様ーーーっ!」
ヴァルハールの民に混じって、ペネトレイターたちやエルフェリアの者たちも盛り上がってくれているようじゃな。
彼らのように異種族も分け隔てなく持て囃す心意気、妾たち竜人族も学んでいかねばならぬのうっ。
「今日もお疲れ様フラッタ。お前のおかげでヴァルハールは最高の盛り上がりを見せてくれているそうだね」
領主邸に戻ると、忙しい執務の合間を縫って兄上が笑顔で出迎えてくれる。
多忙で兄上自身が見に来た事はないが、どうやら報告、連絡はしっかり受け取っておるらしい。
「フラッタは間違いなく史上最強の竜人族だからね。お前の振るう剣を見れば、みんなも奮い立って腕を磨いてくれると思うんだ。だから皆が目指すべき目標としての姿を示してあげて」
「最強と言われると少し微妙な気分なのじゃ~……。ダンにもヴァルゴにもまだ勝ったことが無いからの~……」
「ははっ。僕からしたら天上人の会話だけどね。でも僕だって負けていられない。僕は僕の歩幅でお前の背中を追いかけながら、父上から受継いだ剣を磨いてみせるよ」
自信に満ち溢れた兄上の笑顔に、妾も自然と笑顔になってしまうのじゃ。
父上はもう居ないけれど、父上が居た時と同じ雰囲気の我が家を、ようやく取り戻すことが出来た気がするのじゃ……。
「そうじゃ兄上。義姉上たちはどうされておるのじゃ? 今日は一緒ではないのかのう?」
「今日は竜王のカタコンベに潜ってるよ。多忙な僕に付き合っていたらみんなの戦闘訓練も職業浸透も遅れちゃうからね。初めて引率無しのアウター探索ってことになるかな」
ふむ。義姉上たちも頑張っておるようじゃのう。
しかし、付き添いの者が居ないというのは少々不安なのじゃ。竜王のカタコンベにはトラップが発生する場合があるから、万が一という事もありえるのじゃ。
「義姉上たちは大丈夫かのう……? 視界はマジックアイテムで確保できようが、構造やトラップは把握できぬであろう?」
「流石にそれは過保護すぎるよフラッタ。彼女達が単独で潜れる範囲にトラップが発生することは殆ど無いし、妻たちもちゃんと力をつけてきているんだから」
「し、しかしじゃな、お腹の子にもしものことがあったら……」
「……それは過保護を通り越して侮辱だよフラッタ? 僕ら竜人族にとってはね」
呆れたように溜め息を吐きながら、妾の頭に手を乗せてくれる兄上。
……兄上に撫でられるの、なんだか久しぶりのような気がするのじゃ。
「竜人族は短命な分屈強だ。それは妊婦も、そしてお腹の子だって変わらないんだ。そんなことはお前だって知ってるはずでしょ?」
「そ、そうは言うがのう……! トラップというのは肉体を超えて作用してくるものもあるのじゃっ……。だから妾、義姉上たちの事が心配で心配で……」
「……あ~そっか。ニーナさんやターニアさんの事があるから、アウターのトラップには人一倍不安なんだ?」
納得がいったような様子の兄上は、妾の頭を撫でるのを止めて、跪いて妾と目線を同じくした。
そして両手を妾の頬に当てたかと思うと、ぐにぐにと引っ張り始めたではないかっ!?
「にゃっ!? にゃにするのじゃ兄上~っ!? や、やめるのじゃ~っ!」
「フラッタ~? やっぱりお前は侮辱してるよ?」
「びゃっ!? しょ、しょんにゃつもりはっ……!」
「いーや、侮ってるね! 妻たちが呪われてしまった時、僕ではその呪いを解いてあげることは出来ないと思ってるんだろーっ!?」
からかうように意地の悪い笑顔を浮かべながら、妾の頬を両手で好き勝手に弄ぶ兄上。
お、怒ってはいないようじゃが、いい加減離すのじゃーっ! 妾の頬はもうダンのものなのじゃからーっ!
「兄上~っ! いい加減に……」
「僕はねフラッタ。父上にもお前にも、そしてダンさんにだって負けてやるつもりはないんだ」
「ふぇ……?」
不敵な笑顔を浮かべる兄上に、思わず意表を突かれてしまう。
そんな妾の様子に少し苦笑した兄上は、妾の頬から話した右手を改めて妾の頭の上に載せてくれた。
「もしも妻が呪われたら、必ず僕が解呪してみせる。もっと困難な事に遭遇しても、僕たち家族は必ず幸せになってみせるよ。自力でね?」
妾の頭を右手でぽんぽんと叩いた兄上は、立ち上がって窓の外に視線を移した。
「フラッタが優しく成長してくれて兄としては嬉しいんだけどね。ヴァルハールの領主として、竜人族の長たる竜爵としては、お前の優しさに甘えるわけにはいかないんだよ」
「す、済まぬ兄上……。兄上の邪魔をつもりは無かったのじゃ……。妾はただ……」
「あーっと、ごめんごめん。言い方が悪かったね。別にフラッタを責めてるわけじゃないんだ」
しどろもどろになった妾に、慌てて頭を下げる兄上。
だけど妾が過保護で、ヴァルハールの民の成長を邪魔しようとしていたことに変わりは……。
「フラッタ。お前とダンさんのおかげで、僕も母上も、ヴァルハールの皆もずっとずっと強くなれた。それは信じてくれるかい?」
しかし沈みそうになった妾の心を、窓の外を見たままの兄上が繋ぎとめる。
皆が以前より強く、そしてずっとずっと幸せになったのは妾が1番良く知っておるのじゃっ。
「も、もちろんなのじゃっ! 皆見違えるようになったのじゃ……!」
「だからねフラッタ。お前には僕たちやヴァルハールの皆を信じて欲しいんだ。もうヴァルハールにフラッタの庇護は必要ないんだって」
「…………っ。し、信じていたつもり、だったのじゃが、なぁ……」
「ははっ。お前が誰より優しいことは僕が1番知ってるから。だから落ち込む必要は無いよ」
ここで視線を妾に戻した兄上は、本当におかしそうに肩を揺らして笑ってくれたのじゃ。
優しさを悔やむ必要なんて無いんだよ。
兄上の笑顔から、そのような思いが伝わってくるようなのじゃ……。
「落ち込む必要は無いけど、お前はもう僕たちの事を振り返らなくてもいいんだ」
「え……?」
「父上の剣は僕が継いだ。母上の剣は僕の妻達が引き継ぐよ。だからフラッタ。お前は母上の剣を継ぐのではなく、母上の剣よりも先に進んで欲しいんだ」
一瞬妾が母上の剣を継ぐ事を否定しているのかと思ったのじゃが、どうやらそんなニュアンスではないの。
母上の剣を継ぐだけで満足せずに、もっと高みを目指せと、兄上はそう申しておるのか……?
「継ぐのではなく……進む、とはどういうことなのじゃ……?」
「さっきも言ったけど、お前は既に史上最強の竜人族だ。お前が進めば進むほど、竜人族の目指すべき到達点は高まっていくんだよ。だから後ろなんて振り返らずに、フラッタには行けるところまで行って欲しいと思ってるんだ」
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だからどこまでも強さを求め、誰よりも高みに至ることこそ、妾が竜人族のために出来ることなのか……!
「竜爵家当主、シルヴァ・モーノ・ソクトルーナの名の下に、お前に新たな名を授けるよ」
「えっ!?」
「最強の竜人フラッタ。お前は今日よりグランを名乗るんだ。今日からお前は子供なんかじゃない。フラッタ・グラン・ソクトルーナと名乗るんだよ」
竜爵家当主の証であるモーノの名を継いだ兄上が、竜爵として正式に妾に新たな名前を贈ってくださった。
今日から妾はフラッタ・ム・ソクトルーナではなく、フラッタ・グラン・ソクトルーナと名乗らねばならぬらしい。
子供扱いされなくなるのは歓迎なのじゃが……。
「のう兄上。グラン……とは?」
「『偉大な』とか『凄い』という意味の古い言葉だよ。フラッタ、お前はこれより竜王を名乗り、全ての竜人族の目指すべき存在となり続けて欲しい」
「妾が……。妾が竜王……?」
兄上の言葉がなんだか実感出来ないのじゃ。
竜王と言われても現実感が感じられず、なんだかソワソワしてしまうのじゃ……。
思えば、竜王ブラックカイザードラゴンを滅ぼしてから更に腕を上げた自信はある。
しかし妾なんぞが竜王と呼ばれることに、どうしても違和感を拭い去れぬのじゃ……。
竜王とは強さの象徴。強さを崇拝する竜人族の頂点なのじゃ。
そんな名を、妾なんぞが背負っていいものとは思えぬのじゃ……。
「勿論、フラッタにだけ重責を負わせる気は無いよ。竜人族の生活と繁栄は、竜爵である僕が全力で引き受けるつもりだ。だから母上にお願いして、僕1人でこんなことを告げているわけなんだ」
「あっ……。ということは、母上は知っているのか……」
「それも勿論だよ。こんなこと母上に内緒では進められないから」
抜けているようでとっても勘の鋭い人だからねと、母上が聞いたらむくれそうな事を言いながら笑い兄上。
自分のステータスプレートを確認すると、既に妾は正式にフラッタ・グラン・ソクトルーナであるようじゃ。
竜王……か。重いのう……。
「でもさ、母上にいつまでも守ってもらうわけにはいかないだろ? 僕とお前は、双竜鬼と双竜姫の繋いだ未来そのものなんだからさ」
「……そう、じゃな。兄上の言う通りなのじゃ」
竜王を名乗るなど、まっこと恐縮ではあるが……。
妾はあのゴルディアとラトリアの娘なのじゃっ! ならば竜王にくらいなってみせようではないかっ!
兄上が竜人族の暮らしを護り、妾が強さの象徴として君臨する。
それが父上と母上が思い描いた、理想のヴァルハールの姿だというのであれば……。
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