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8章 新たな王と新たな時代2 亡霊と王
606 爆買い (改)
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「ねぇダン。会いに行ってみない? 私の両親とやらに」
ティムルの兄を名乗るティモシーという男に、せめて両親に会って欲しいと懇願された俺達。
正直ティモシーにはイラついていたので無視しようかとも思ったんだけど、お姉さんのひと言で会いに行く事に決まった。
ティモシーの案内で、どんどん集会所から離れていく。
両親がさっきの集会に参加していなかったのは分かったけど、ティモシーの家は結構離れた場所にありそうだ。
ぶっちゃけ、未だティモシーがティムルの血縁者なのか確証が持てないところだけれど、両親と会えばその辺もハッキリするんだろうか?
ティムルの両親に顔を合わせた時に怒りを爆発させないよう、両手に繋いだシャロとティムルの温もりを確かめ、静かに心を落ち着けながらティモシーの後を付いていった。
「着いたぞ。ここが我が家だ」
「やっとかぁ。思ったより遠かったなぁ~……」
ティモシーの案内で歩くこと約30分。
ようやく足を止めたティモシーに連れられてきたのは、クラクラットの外れにある少々みすぼらしい一軒家だった。
どうやら小さい武器屋を営んでいるらしく、店内には鉄製武器や鋼鉄製武器が並んでいるようだ。
「あら……。こんなに小さい家だったのね。もっとずっと広い気がしていたのに……」
店の前で立ち止まり、記憶を呼び起こそうと首を捻っているティムル。
店に見覚えが無いのではなく、見覚えがあるけどイメージが重ならないようだ。
久しぶりに家に帰ってくると、記憶より狭い気がすることってあるよねー。
「行こうティムル。遠い記憶を掘り返すよりも、当人たちに話を聞いたほうが早いよ」
「んっ、そうね。ったく、こんな小さな家の何処に私は閉じ込められてたんだか……」
腰に両手を当てて、気持ちを落ち着けるように深く息を吐くティムル。
生家らしい家を前にしても悪感情を抱いているようには感じないので、ここはさっさとご両親に話を聞くべきところだろう。
ティモシーに声をかけて、早速ご両親に取り次いでもらうことにする。
「……客じゃないなら帰ってくれ。俺に娘なんざ居たことねぇよ」
「夫の言う通りです。つまらない戯言に付き合うほど私たちも暇ではありません。どうぞお引取りを」
「なっ……!?」
……しかし武器屋の店長夫婦の反応は、俺達にもティモシーにも予想出来ないものだった。
鍛冶職人の割には痩せていて、少し頼りない印象を受けてしまう店主の男が面倒臭そうに娘の存在を否定し、化粧どころか汚れだらけの顔のままで接客する女性も店主に追従する。
2人の態度に、俺達を連れて来たティモシーが1番驚いているようだ。
夫婦の顔を注意深く観察すると、ティムルの面影を感じ無くもない。
けれど美人で女神のティムルお姉さんと比べるとあまりにもくたびれていて、正直比較するのが難しいなぁ。
チラリとティムルとシャロの様子を窺うと、夫婦の言葉に気分を害した様子は無く、これでなんの後腐れも無くクラクラットを去れると思っているのか少し嬉しそうだ。
ティムルも記憶に無いし、両親と紹介された相手にも帰れと言われた以上、もうここに留まる理由は無くなったね。
「親父!? お袋!? 2人とも何言ってんだよ!?」
凍りついた雰囲気の中、俺達をここに案内して来たティモシーだけが血相を変えて騒ぎ立てる。
ティムルの血縁を証明してくれると期待していた両親のまさかの反応に、俺達の様子をチラチラ窺いながらも食い下がり始めた。
「覚えてないわけないだろっ!? 長い間離れ離れだったけど、ティムルが15になるまでは一緒に暮らしてたんだから! 親父は人頭税だって支払ってただろうし、お袋は面倒だって見てたはずだっ!」
2人がティムルの世話をしていた姿を記憶しているとティモシーが必死に訴える。
けれど訴えを聞いた2人は小さく息を吐き、やれやれと首を振りながら静かにティモシーを諭し始める。
「……ティモシー。そんな下らない事を喚きたてる暇があるなら装備品の1つでも作ったらどうだ? クラクラットに身を置きながら、いつまで魔物狩りなんて続ける気なんだ」
「そうですよ。貴方ももう若くないのにいつまで経っても魔物狩りなんて続けてるから、嫁いでくれる女性も見つからないのですよ?」
「いっ、今は俺の話はしていない! ティムルの話をしてるんだ! 大体俺はノッキングスレイヤーの幹部として職人連合とも親しくしてるだろっ! それを否定される筋合いは無いはずだ!」
へぇ。ティモシーってノッキングスレイヤーの幹部なんだ? だからあの場に同席してたのね。
ティムルの兄って話が本当なら、ティモシーはもう35歳オーバーって事になるだろう。
平均寿命の短いこの世界で考えるなら、ティモシーはかなりベテランの魔物狩りって事になりそうだ。
しかしそんなティモシーの言葉を受けて、やはりやれやれとため息をつく老夫婦。
「ティモシー。ドワーフたる者、職人となって初めて一人前と認められるのだ。いくら魔物狩り共の幹部に上り詰めようが、物を作れないドワーフに発言権は無いぞ?」
「発言権が無いのは親父の方だろ! こんな街外れにこんな店を構えてたって、客なんか来やしねぇじゃねぇか!」
「ティモシーっ! 貴方父親に向かってなんてことを……! 謝りなさいっ!」
「本当のことだろうがっ! 謝れって言うなら、先に俺を侮辱した親父の方が謝るべきだろっ!!」
……なんだろう。突然ドロドロとした罵り合いが始まってしまったんだが?
夫婦にも娘の存在を否定されたし、俺達を案内して来たティモシーも俺達の存在を忘れてるっぽいし、このままこっそり帰っちゃ駄目かなぁ?
「……俺は仕事に戻る。店閉めるまで呼ばんでくれ」
「待てよ親父! まだ話は終わって……!」
「いい加減にしなさいティモシー! お父さんは忙しいんですよ! 貴方の戯言に付き合う暇は無いのです!」
「ティムルのっ……! 妹の話の……娘の話のどこが戯言なんだよぉっ!? 親父もお袋もいったいどうしちまったってんだよぉっ!?」
……う~ん。
これはいったいどう判断すべきなんだろうなぁ?
ティモシーは完全にティムルを自分の妹であると確信しているのに、両親にはそもそも娘なんて居ないんだけどー? って娘の存在を完全否定の姿勢を崩さない。
このまま帰っちゃってもいいっちゃ良いけど、ちょっとだけ気持ち悪く感じなくもないな?
店主が去り、店主の奥さんとティモシーが罵り合っている中で、ティムルとシャロに視線を向ける。
すると2人は、ご自由にどうぞーとばかりに、小さく肩を竦めてみせた。
2人とも、この家族の話には殆ど興味を持ってないっぽいなぁ。
ぶっちゃけ俺もあんまり興味無いんだけど、ティモシーの必死な様子を見るに、彼が嘘を吐いているようには思えなくてね……。
「はいはーいお2人さん。いい加減にみっともない真似は止めてくれるー?」
「「なっ……!」」
こっちはティムルお姉さんの出生の秘密が分かるかもー、と思ってついてきてるんだよ。
今日初めて会った家族のドロドロの家庭事情なんか、1ミリも興味無いんだってば。
「うちの家族の話に、部外者が口を……!」
「止めなさいティモシー! し、失礼しました……! 大変お見苦しいところを……!」
食って掛かろうとしたティモシーを一喝して、恥ずかしそうに慌てて頭を下げる女性。
なんかティモシーって誰からもぞんざいに扱われててちょっと憐れに感じてくるな? 1番ぞんざいに扱ったのは間違いなく俺だけど。
「お騒がせしてしまって済みません。いくら初対面の方の前でも配慮に欠けておりました。ですが……」
店主夫人は一旦頭を下げながらも、俺達を鋭い目つきで睨みつけてくる。
その視線が雄弁に、邪魔だから帰れと訴えかけてくる。
「今ご覧になった通り、我が家は少々取り込み中でして……。ご入り用の物が無いのでしたら、今日のところはお引取り……」
「あっ、じゃあ店の商品全部買うよ。それならもうちょっと付き合ってもらえるかな?」
「……は? ぜ、全部、ですか……?」
何言ってんだコイツ? みたいな表情を浮かべる店主夫人。
いや、さっき店主が客じゃないなら帰れって言ってたから、客として振舞えば話を聞いてくれるのかなってね。
店にはブルーメタル武器すら置いてないようだし、店の規模も小さくて買占めは余裕だ。
しかも鉄武器と鋼鉄武器はウェポンスキルジュエルに変換できるから無駄にもならないし、駆け出しの魔物狩りに貸し出す武器も足りてないからちょうどいい。
「これで足りるよね? お釣りは必要無いよ」
「…………え?」
インベントリから王金貨を3枚取り出し、未だ戸惑った様子の女性に握らせる。
けれど女性は1度握らされた手をもう1度開いて、手の平に乗っている王銀貨を見て固まってしまっている。
この反応は……。
もしかしてこの人、王金貨を見たことが無い?
「今渡したのは王金貨だよ。もしも信用出来ないのなら金貨に換えても良いけど?」
「あ……いえ……。王金貨、なのは分かり、ます……。これでも武器屋の端くれ、ですから……」
武器屋だから王金貨を見たことがある、かぁ。
この世界の装備品がいかに高額であるかを物語るような言葉だなぁ。
「じゃあその王金貨でこの店の商品を買い占めたいんだけど、全部持ってきてもらえる? あ、もしかして足りなかったり?」
「いえっ……! 充分です……! 充分すぎますぅ……! ちょちょっ、ちょっとだけお待ちを~っ……!」
ようやく店員としての業務を思い出したのか、王金貨を硬く握り締めてワタワタと動き出す店主夫人。
かと思えばバッと勢いよく振り返り、怒鳴りつけるようにティモシーの名前を呼んでいる。
「ティモシー! 貴方も手伝ってっ!」
「はぁ? なんだって俺が店の手伝いなんか……」
「つべこべ言わずにさっさと来なさいっ! お客様を待たせないでっ!」
「ひっ!? わ、分かったからそんなに怒鳴るなってぇ……」
母親の剣幕にビビッたティモシーも手伝って、直ぐに店中の商品が集められた。
鉄製、鋼鉄製までの品質の商品しか無い上に、バスタードソードや斧のように素材が多めの商品は置いていないようだ。
素材の流通はアウター管理局が調整してるって話だけど、充分な素材が供給されてるようには思えないな?
ま、いいや。とりあえず全部インベントリにぽいぽいぽいーっと。
「あ、あっさり全部収納してしまうなんて……。そ、そんなインベントリをお持ちの方がうちの商品なんて買う必要は無いんじゃ……?」
「客じゃなきゃ話も出来ないんでしょ? 商品も無くなったことだし、これでお互い落ち着いて話が出来るかなってさ」
「こ、この状況で落ち着けと言われても困るんですけど……。い、今お茶を用意しますね……」
パタパタと店の奥に消えていく奥さん。そして取り残される俺達とティモシー。
……ちょっと気まずいな? なんか適当に話しかけるか。
「なぁティモシー。職人連合とノッキングスレイヤーは仲がいいって聞いてたけど、対等な関係ってわけじゃないのか?」
「……クラクラットで職人よりも地位が高い職業なんかねぇよ。別に蔑ろにされるわけじゃないけどな」
俺の問いかけに、ティモシーは不貞腐れた様子で答えてくる。
魔物狩りが居ないと職人だって何も作れないんだけど、ドワーフ族は理屈抜きで職人最優先なのか。
「でもティモシーってあの場にいたわけだから、クラクラットの中心人物の1人なんじゃないの?」
「まっ、まぁなっ? へへっ、分かってるじゃねぇかっ」
「それなのに、職人じゃないってだけであんなに否定されちゃうものなの? ドワーフ族って」
「……ああ、そういうもんなんだよ。俺からすりゃあこんなケチな店で一生を過ごす方がナンセンスなんだがなぁ。親父とお袋に言わせりゃあ、それでも職人であるだけ親父の方が上なんだとさ」
肩を竦めながら、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに首を振るティモシー。
職人崇拝のクラクラットにおいては多分、ティモシーの考え方のほうが異端なんだろうな。
「よくそんな両親の元で魔物狩り……ノッキングスレイヤーを目指す気になったね?」
「はっ! プライドだけじゃあ腹は膨れねぇからな。ガキの頃から売れもしない武器屋を営む親父を見てきたんだ。職人なんか目指してられっかよ」
「お金の問題じゃないわ。ドワーフとしての誇りの問題なのよ。……何度言っても貴方は理解してくれないけど」
愚痴を溢すティモシーを、お茶を持って戻ってきた奥さんが嗜める。
でも俺としちゃあティモシーのほうに同意したいところだけどな。
さっきはティムルに食って掛かってきたティモシーだけど、こいつこそドワーフの教えに疑問を抱いてるようにしか見えないわ。
ティモシーの言う通り、誇りを大事にするあまりに子供に腹を空かせたままだなんて、狂ってると俺は思う。
ドワーフ族が培ってきた価値観を否定するわけじゃないけど、正直理解に苦しむよ。
「大変お待たせしました。大したおもてなしも出来ませんが……」
1人1人にお茶を配りながら、軽く俺に謝る奥さん。
普通にティムルにもお茶を出しているあたり、ティムルが嫌いで拒絶しているわけじゃないのか?
「それと……。ごめんなさい。主人は今更話すことなど無いと、1人工房に閉じこもってしまいまして……。お話をするのは私だけでも?」
「構わないよ。俺達がご夫婦に会いに来たのは、ティモシーに懇願されたからだからね。ティモシーも構わないんだろ?」
「あ、ああ。構わない。親父が同席すると拗れそうだしな……」
いや、ティモシーも色々危うかったんだよ?
何を自分の事を棚に上げて語ってるんだ、コイツは。
やれやれと上から目線で父親に呆れるティモシーに脱力していると、正面に座っている奥さんがゆっくりと頭を下げて感謝を伝えてくる。
「お客様。本日はお買い上げありがとうございました。ティモシーの言う通りこのお店はあまり繁盛してませんから、正直申し上げれば本当に助かりました」
「礼はいいから聞かせて欲しい。やはり貴方が妻の母親なんじゃないの? 俺にはティモシーが嘘を吐いているようには感じられなかったんだけど」
「…………っ」
俺の静かな問いかけに体を強張らせる奥さん。
この反応的に、やはり嘘を吐いていたのは店主夫婦の方だったらしい。
……けど、いったいどうして嘘を吐く必要があったんだ?
「別に怒っているとか、今更一緒に暮らしたいとか、そういう話をする気はないんだ。ただ妻の家族が生きているなら会わせてやりたいと思っただけで」
「……そう、ですか。なら話してもいいのかも……しれませんね……」
俺からは特に何も要求するつもりが無いことを告げると、話をするだけならばと気持ちが前向きになったようだ。
生活も苦しそうだし、商品を買い占めた俺に対するお礼の意味合いもあるのかもしれない。
ひと口お茶を口に含んだあと、彼女は俺とティムルを確認しながら呟いた。
「……そちらの女性が私たちの娘であると断言することは出来ません。ですがかつて私と夫との間には、ティムルという娘がいたのは、事実です……」
「…………」
先ほど完全に否定したからバツが悪いのか、搾り出すような声で、だけど確かにティムルという娘がいたと語る奥さん。
そんな奥さんの言葉を、感情を感じさせない眼差しで受け止めているティムル。
なんでさっき1度完全に拒否して来たのかは分からないけれど、どうやらようやく話が聞けそうだ。
未だにお姉さんは興味が無さそうなんだけど、クラクラットでティムルはどんな暮らしをしていたか、洗いざらい吐いてもらおうじゃないの。
ティムルの兄を名乗るティモシーという男に、せめて両親に会って欲しいと懇願された俺達。
正直ティモシーにはイラついていたので無視しようかとも思ったんだけど、お姉さんのひと言で会いに行く事に決まった。
ティモシーの案内で、どんどん集会所から離れていく。
両親がさっきの集会に参加していなかったのは分かったけど、ティモシーの家は結構離れた場所にありそうだ。
ぶっちゃけ、未だティモシーがティムルの血縁者なのか確証が持てないところだけれど、両親と会えばその辺もハッキリするんだろうか?
ティムルの両親に顔を合わせた時に怒りを爆発させないよう、両手に繋いだシャロとティムルの温もりを確かめ、静かに心を落ち着けながらティモシーの後を付いていった。
「着いたぞ。ここが我が家だ」
「やっとかぁ。思ったより遠かったなぁ~……」
ティモシーの案内で歩くこと約30分。
ようやく足を止めたティモシーに連れられてきたのは、クラクラットの外れにある少々みすぼらしい一軒家だった。
どうやら小さい武器屋を営んでいるらしく、店内には鉄製武器や鋼鉄製武器が並んでいるようだ。
「あら……。こんなに小さい家だったのね。もっとずっと広い気がしていたのに……」
店の前で立ち止まり、記憶を呼び起こそうと首を捻っているティムル。
店に見覚えが無いのではなく、見覚えがあるけどイメージが重ならないようだ。
久しぶりに家に帰ってくると、記憶より狭い気がすることってあるよねー。
「行こうティムル。遠い記憶を掘り返すよりも、当人たちに話を聞いたほうが早いよ」
「んっ、そうね。ったく、こんな小さな家の何処に私は閉じ込められてたんだか……」
腰に両手を当てて、気持ちを落ち着けるように深く息を吐くティムル。
生家らしい家を前にしても悪感情を抱いているようには感じないので、ここはさっさとご両親に話を聞くべきところだろう。
ティモシーに声をかけて、早速ご両親に取り次いでもらうことにする。
「……客じゃないなら帰ってくれ。俺に娘なんざ居たことねぇよ」
「夫の言う通りです。つまらない戯言に付き合うほど私たちも暇ではありません。どうぞお引取りを」
「なっ……!?」
……しかし武器屋の店長夫婦の反応は、俺達にもティモシーにも予想出来ないものだった。
鍛冶職人の割には痩せていて、少し頼りない印象を受けてしまう店主の男が面倒臭そうに娘の存在を否定し、化粧どころか汚れだらけの顔のままで接客する女性も店主に追従する。
2人の態度に、俺達を連れて来たティモシーが1番驚いているようだ。
夫婦の顔を注意深く観察すると、ティムルの面影を感じ無くもない。
けれど美人で女神のティムルお姉さんと比べるとあまりにもくたびれていて、正直比較するのが難しいなぁ。
チラリとティムルとシャロの様子を窺うと、夫婦の言葉に気分を害した様子は無く、これでなんの後腐れも無くクラクラットを去れると思っているのか少し嬉しそうだ。
ティムルも記憶に無いし、両親と紹介された相手にも帰れと言われた以上、もうここに留まる理由は無くなったね。
「親父!? お袋!? 2人とも何言ってんだよ!?」
凍りついた雰囲気の中、俺達をここに案内して来たティモシーだけが血相を変えて騒ぎ立てる。
ティムルの血縁を証明してくれると期待していた両親のまさかの反応に、俺達の様子をチラチラ窺いながらも食い下がり始めた。
「覚えてないわけないだろっ!? 長い間離れ離れだったけど、ティムルが15になるまでは一緒に暮らしてたんだから! 親父は人頭税だって支払ってただろうし、お袋は面倒だって見てたはずだっ!」
2人がティムルの世話をしていた姿を記憶しているとティモシーが必死に訴える。
けれど訴えを聞いた2人は小さく息を吐き、やれやれと首を振りながら静かにティモシーを諭し始める。
「……ティモシー。そんな下らない事を喚きたてる暇があるなら装備品の1つでも作ったらどうだ? クラクラットに身を置きながら、いつまで魔物狩りなんて続ける気なんだ」
「そうですよ。貴方ももう若くないのにいつまで経っても魔物狩りなんて続けてるから、嫁いでくれる女性も見つからないのですよ?」
「いっ、今は俺の話はしていない! ティムルの話をしてるんだ! 大体俺はノッキングスレイヤーの幹部として職人連合とも親しくしてるだろっ! それを否定される筋合いは無いはずだ!」
へぇ。ティモシーってノッキングスレイヤーの幹部なんだ? だからあの場に同席してたのね。
ティムルの兄って話が本当なら、ティモシーはもう35歳オーバーって事になるだろう。
平均寿命の短いこの世界で考えるなら、ティモシーはかなりベテランの魔物狩りって事になりそうだ。
しかしそんなティモシーの言葉を受けて、やはりやれやれとため息をつく老夫婦。
「ティモシー。ドワーフたる者、職人となって初めて一人前と認められるのだ。いくら魔物狩り共の幹部に上り詰めようが、物を作れないドワーフに発言権は無いぞ?」
「発言権が無いのは親父の方だろ! こんな街外れにこんな店を構えてたって、客なんか来やしねぇじゃねぇか!」
「ティモシーっ! 貴方父親に向かってなんてことを……! 謝りなさいっ!」
「本当のことだろうがっ! 謝れって言うなら、先に俺を侮辱した親父の方が謝るべきだろっ!!」
……なんだろう。突然ドロドロとした罵り合いが始まってしまったんだが?
夫婦にも娘の存在を否定されたし、俺達を案内して来たティモシーも俺達の存在を忘れてるっぽいし、このままこっそり帰っちゃ駄目かなぁ?
「……俺は仕事に戻る。店閉めるまで呼ばんでくれ」
「待てよ親父! まだ話は終わって……!」
「いい加減にしなさいティモシー! お父さんは忙しいんですよ! 貴方の戯言に付き合う暇は無いのです!」
「ティムルのっ……! 妹の話の……娘の話のどこが戯言なんだよぉっ!? 親父もお袋もいったいどうしちまったってんだよぉっ!?」
……う~ん。
これはいったいどう判断すべきなんだろうなぁ?
ティモシーは完全にティムルを自分の妹であると確信しているのに、両親にはそもそも娘なんて居ないんだけどー? って娘の存在を完全否定の姿勢を崩さない。
このまま帰っちゃってもいいっちゃ良いけど、ちょっとだけ気持ち悪く感じなくもないな?
店主が去り、店主の奥さんとティモシーが罵り合っている中で、ティムルとシャロに視線を向ける。
すると2人は、ご自由にどうぞーとばかりに、小さく肩を竦めてみせた。
2人とも、この家族の話には殆ど興味を持ってないっぽいなぁ。
ぶっちゃけ俺もあんまり興味無いんだけど、ティモシーの必死な様子を見るに、彼が嘘を吐いているようには思えなくてね……。
「はいはーいお2人さん。いい加減にみっともない真似は止めてくれるー?」
「「なっ……!」」
こっちはティムルお姉さんの出生の秘密が分かるかもー、と思ってついてきてるんだよ。
今日初めて会った家族のドロドロの家庭事情なんか、1ミリも興味無いんだってば。
「うちの家族の話に、部外者が口を……!」
「止めなさいティモシー! し、失礼しました……! 大変お見苦しいところを……!」
食って掛かろうとしたティモシーを一喝して、恥ずかしそうに慌てて頭を下げる女性。
なんかティモシーって誰からもぞんざいに扱われててちょっと憐れに感じてくるな? 1番ぞんざいに扱ったのは間違いなく俺だけど。
「お騒がせしてしまって済みません。いくら初対面の方の前でも配慮に欠けておりました。ですが……」
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その視線が雄弁に、邪魔だから帰れと訴えかけてくる。
「今ご覧になった通り、我が家は少々取り込み中でして……。ご入り用の物が無いのでしたら、今日のところはお引取り……」
「あっ、じゃあ店の商品全部買うよ。それならもうちょっと付き合ってもらえるかな?」
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いや、さっき店主が客じゃないなら帰れって言ってたから、客として振舞えば話を聞いてくれるのかなってね。
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「これで足りるよね? お釣りは必要無いよ」
「…………え?」
インベントリから王金貨を3枚取り出し、未だ戸惑った様子の女性に握らせる。
けれど女性は1度握らされた手をもう1度開いて、手の平に乗っている王銀貨を見て固まってしまっている。
この反応は……。
もしかしてこの人、王金貨を見たことが無い?
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「あ……いえ……。王金貨、なのは分かり、ます……。これでも武器屋の端くれ、ですから……」
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「じゃあその王金貨でこの店の商品を買い占めたいんだけど、全部持ってきてもらえる? あ、もしかして足りなかったり?」
「いえっ……! 充分です……! 充分すぎますぅ……! ちょちょっ、ちょっとだけお待ちを~っ……!」
ようやく店員としての業務を思い出したのか、王金貨を硬く握り締めてワタワタと動き出す店主夫人。
かと思えばバッと勢いよく振り返り、怒鳴りつけるようにティモシーの名前を呼んでいる。
「ティモシー! 貴方も手伝ってっ!」
「はぁ? なんだって俺が店の手伝いなんか……」
「つべこべ言わずにさっさと来なさいっ! お客様を待たせないでっ!」
「ひっ!? わ、分かったからそんなに怒鳴るなってぇ……」
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鉄製、鋼鉄製までの品質の商品しか無い上に、バスタードソードや斧のように素材が多めの商品は置いていないようだ。
素材の流通はアウター管理局が調整してるって話だけど、充分な素材が供給されてるようには思えないな?
ま、いいや。とりあえず全部インベントリにぽいぽいぽいーっと。
「あ、あっさり全部収納してしまうなんて……。そ、そんなインベントリをお持ちの方がうちの商品なんて買う必要は無いんじゃ……?」
「客じゃなきゃ話も出来ないんでしょ? 商品も無くなったことだし、これでお互い落ち着いて話が出来るかなってさ」
「こ、この状況で落ち着けと言われても困るんですけど……。い、今お茶を用意しますね……」
パタパタと店の奥に消えていく奥さん。そして取り残される俺達とティモシー。
……ちょっと気まずいな? なんか適当に話しかけるか。
「なぁティモシー。職人連合とノッキングスレイヤーは仲がいいって聞いてたけど、対等な関係ってわけじゃないのか?」
「……クラクラットで職人よりも地位が高い職業なんかねぇよ。別に蔑ろにされるわけじゃないけどな」
俺の問いかけに、ティモシーは不貞腐れた様子で答えてくる。
魔物狩りが居ないと職人だって何も作れないんだけど、ドワーフ族は理屈抜きで職人最優先なのか。
「でもティモシーってあの場にいたわけだから、クラクラットの中心人物の1人なんじゃないの?」
「まっ、まぁなっ? へへっ、分かってるじゃねぇかっ」
「それなのに、職人じゃないってだけであんなに否定されちゃうものなの? ドワーフ族って」
「……ああ、そういうもんなんだよ。俺からすりゃあこんなケチな店で一生を過ごす方がナンセンスなんだがなぁ。親父とお袋に言わせりゃあ、それでも職人であるだけ親父の方が上なんだとさ」
肩を竦めながら、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに首を振るティモシー。
職人崇拝のクラクラットにおいては多分、ティモシーの考え方のほうが異端なんだろうな。
「よくそんな両親の元で魔物狩り……ノッキングスレイヤーを目指す気になったね?」
「はっ! プライドだけじゃあ腹は膨れねぇからな。ガキの頃から売れもしない武器屋を営む親父を見てきたんだ。職人なんか目指してられっかよ」
「お金の問題じゃないわ。ドワーフとしての誇りの問題なのよ。……何度言っても貴方は理解してくれないけど」
愚痴を溢すティモシーを、お茶を持って戻ってきた奥さんが嗜める。
でも俺としちゃあティモシーのほうに同意したいところだけどな。
さっきはティムルに食って掛かってきたティモシーだけど、こいつこそドワーフの教えに疑問を抱いてるようにしか見えないわ。
ティモシーの言う通り、誇りを大事にするあまりに子供に腹を空かせたままだなんて、狂ってると俺は思う。
ドワーフ族が培ってきた価値観を否定するわけじゃないけど、正直理解に苦しむよ。
「大変お待たせしました。大したおもてなしも出来ませんが……」
1人1人にお茶を配りながら、軽く俺に謝る奥さん。
普通にティムルにもお茶を出しているあたり、ティムルが嫌いで拒絶しているわけじゃないのか?
「それと……。ごめんなさい。主人は今更話すことなど無いと、1人工房に閉じこもってしまいまして……。お話をするのは私だけでも?」
「構わないよ。俺達がご夫婦に会いに来たのは、ティモシーに懇願されたからだからね。ティモシーも構わないんだろ?」
「あ、ああ。構わない。親父が同席すると拗れそうだしな……」
いや、ティモシーも色々危うかったんだよ?
何を自分の事を棚に上げて語ってるんだ、コイツは。
やれやれと上から目線で父親に呆れるティモシーに脱力していると、正面に座っている奥さんがゆっくりと頭を下げて感謝を伝えてくる。
「お客様。本日はお買い上げありがとうございました。ティモシーの言う通りこのお店はあまり繁盛してませんから、正直申し上げれば本当に助かりました」
「礼はいいから聞かせて欲しい。やはり貴方が妻の母親なんじゃないの? 俺にはティモシーが嘘を吐いているようには感じられなかったんだけど」
「…………っ」
俺の静かな問いかけに体を強張らせる奥さん。
この反応的に、やはり嘘を吐いていたのは店主夫婦の方だったらしい。
……けど、いったいどうして嘘を吐く必要があったんだ?
「別に怒っているとか、今更一緒に暮らしたいとか、そういう話をする気はないんだ。ただ妻の家族が生きているなら会わせてやりたいと思っただけで」
「……そう、ですか。なら話してもいいのかも……しれませんね……」
俺からは特に何も要求するつもりが無いことを告げると、話をするだけならばと気持ちが前向きになったようだ。
生活も苦しそうだし、商品を買い占めた俺に対するお礼の意味合いもあるのかもしれない。
ひと口お茶を口に含んだあと、彼女は俺とティムルを確認しながら呟いた。
「……そちらの女性が私たちの娘であると断言することは出来ません。ですがかつて私と夫との間には、ティムルという娘がいたのは、事実です……」
「…………」
先ほど完全に否定したからバツが悪いのか、搾り出すような声で、だけど確かにティムルという娘がいたと語る奥さん。
そんな奥さんの言葉を、感情を感じさせない眼差しで受け止めているティムル。
なんでさっき1度完全に拒否して来たのかは分からないけれど、どうやらようやく話が聞けそうだ。
未だにお姉さんは興味が無さそうなんだけど、クラクラットでティムルはどんな暮らしをしていたか、洗いざらい吐いてもらおうじゃないの。
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