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8章 新たな王と新たな時代2 亡霊と王
599 実演 (改)
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「ティムル! 俺だよ! お前の兄のティモシーだよ! ははっ! まさか妹のお前が最高の職人だったなんてなっ!」
「ん、ん~~……???」
クラクラットの職人連中に呼び出された俺達の前に突如現れた、ティムルの兄を自称する男。
嬉しそうに笑っているティモシーと名乗る男に対して、ティムルは自分の記憶を掘り返すように首を傾げている。
これは惚けているんじゃなくて、本気で相手が誰だか分かっていないな?
この場に居るくらいだからティモシーもクラクラットの首脳陣の1人なんだろうけど、職人連合の親方衆とは微妙に離れた位置に座っているようだ。
職人連合に所属しているわけじゃないのかな?
「おーいティムル! いい加減返事をしてくれよ! ティムルー?」
全く反応を示さないティムルに、先ほどまで上機嫌に笑っていたティモシーも不穏な空気を感じ取ったようだ。
しかし当のティムルは額に右手を当てて、う~んう~んと唸っている。
「相手はああ言ってるけど……。どうするティムル? そもそも本当にお前のお兄さんなの?」
「う~ん……。ごめんねダン。お姉さん、クラクラットに居た時の事を本当によく覚えてないの……。クラクラット出身だったことすら忘れてたくらいだしさぁ……」
「兄が居たかどうかすら覚えてないの?」
「う~ん……。ごめんなさい……?」
当時冷遇されていたから思い出したくないとかではなくて、本気で記憶の片隅にも残っていないようだ。
もうスペルド王国で暮らした時間のほうが長いとは言え、故郷で過ごした時間を綺麗さっぱり忘れてしまうなんてちょっと疑問だ。
けどまぁティムルが覚えていないって言うんだから、ティモシーにはそのまま伝えるしかないかぁ。
「ごめんティモシーさん。妻はアンタの事を全く覚えてないみたいなんだー」
「なっ!?」
「とりあえずアンタの話は後にしてもらっていい? このままじゃ話が進まないし、いい加減周りの皆さんも我慢の限界みたいだよー?」
「後回しにって! アンタなに、言って……」
俺に食って掛かろうとしたティモシーは、ここでようやく自分が周囲に睨みつけられている事に気付いたようだ。
特に職人連合の連中なんて、視線だけでティモシーを殺そうとしているんじゃないかっていうくらい殺意を込めた眼差しをティモシーを向けている。
「あ……そ、その……。は、話を遮って済みませんでした……」
周囲の迫力に圧されて大人しく着席するティモシー。
けどこんな空気でティムルの紹介をさせられるこっちの身にもなって欲しいんだよ?
「……妻の紹介はもういいよね? アンタらが会いたがってたドワーフは妻で間違いないよ。それじゃ今度はアンタらが妻を呼び出した用件のほうを伺わせてもらいたいな」
言うだけ言って、ドワーフたちが何か言い出す前にとっとと着席してしまう。
しかし席に着いた後もティムルはうんうん唸っているし、ドワーフたちは想定外の出来事にざわついてしまって話が進まない。
なら今のうちにお姉さんと話をしておこうかな。
「ティムルー。ティムルがドワーフの里に居た時のことで覚えてることって何があるかなー?」
「え~……? 正直冷遇されてたことは覚えてるけど、もう具体的な内容まで覚えてないわねぇ……。さっきの男はおろか、両親の顔も名前も思い出せないし……」
「……冷遇されていたことが辛くて、記憶を封じ込めてしまった、とかじゃなく?」
「う~ん……? そういうのともまた違う気がするのよねぇ~……」
確かに記憶を探るティムルにトラウマをかけているような様子は見受けられない。
冷遇されていたことは覚えているなら、ショックで記憶を閉ざしたって感じではないけど……。
「確か私って、そもそも殆ど他のドワーフと交流が無かったんじゃなかったっけ……」
「クラクラットに住んでいながらドワーフと交流が無い? それってどういうこと?」
「ほら。私ってこの土地を捨てて別の場所で暮らせばって発言して、それがきっかけで冷遇されたって言ったでしょ? あれって確か、私が10歳にも満たない頃の話だったと思うのよね」
「なっ……!? そんな、そんな小さな頃の発言だったの……!?」
……思えばティムルは、いつもどっかのジジイに買われたあとの話ばかりしていた気がする。
それって商人としての人生が始まったという意味で、クラクラットを出た後の方が印象が深かったのかと思っていたけれど……!
「確かこの地を否定した私は、家の奥に軟禁されていたんじゃなかったかしら? だから兄はおろか父も母も覚えてないの。辛うじて、母が食事を運んで来てくれた事は覚えてるけど……」
「ま、さか……! そんな幼い頃から閉じ込められていて、15で売り払われるまでずっと軟禁生活が続いて……!?」
「……多分ねー。私はいつも小さな窓から聞こえる人の話し声を聞いていた気がするわ。外の様子が見たくって、必死になって手を伸ばしてたんだっけ……」
少しずつ過去の記憶を掘り返していくティムル。
ティムルは俺が思っていたよりもずっと幼い頃の何気無い発言で、故郷の事を何も憶えておけないほどに人との交流を絶たれてしまっていたらしい。
男尊女卑のクラクラットでは女性という時点で立場が低く、更にクラメトーラの地を否定したティムルは、家族にとっても外に出せない存在となってしまった。
食事を運んできた母には罵られ、たまに出会う他のドワーフにも面汚しだの落ち零れだの罵倒されてきたそうだ。
「……でもティムルって、ドワーフ族がリーチェに対してどんな感情を抱いているかとかも知ってたじゃない。人との交流を絶たれていたならそんな話は知らなくない?」
「ん~? リーチェに関しては商人になってから知ったのよ? カラソルさんを筆頭に、クラクラットから飛び出したドワーフは少なくないからねー。私みたいな境遇のドワーフもいっぱいいたし」
「そんな、そんなあっさり語っていいようなことじゃ……!」
「それにあくまで軟禁、幽閉されていたわけじゃないわ。ま、外出しても罵倒されるだけだったから、殆ど部屋に篭ってた気がするけど」
1つ1つ手繰り寄せるように幼かった頃の記憶を呼び起こすティムル。
軟禁されて罵倒されていたと言う割に、ティムルの言葉には特になんの感情も込められていないように感じられた。
「ダンが私の為に憤ってくれているのは分かるんだけどねぇ。私自身にはもう憤るほどの印象すら残ってないのよ」
「憤るほどの、印象さえ……」
「お姉さんの人生は、貴方とニーナちゃんに出会ったときから始まったって思ってるからねー。私の母親はキャリア様だと思ってるし?」
「……そっか。話を聞いてるとドワーフを滅ぼしたくなってくるけど、今のティムルが幸せで居てくれるならそれでいいや」
だけどティムルをそんな風に扱っておきながら、今更親しげに話しかけてきたティモシーの正気は疑うけどね?
ティムルが幼少期をほぼ記憶していないのも異常だけど、兄を名乗るティモシーが親しげに話しかけてくるのも異常だよ。
「ティ、ティムルさん! ワシはエウレイサ、職人連合の長を務めさせてもらっておる者です!」
「お、ようやく話が進みそうだね」
ティムルとの話を終えて、ティムルとシャロの温もりを感じて気持ちを落ち着けていると、どうやらようやく話がまとまったのか、職人連合のエウレイサが全ドワーフを代表して話しかけてきた。
「アンタは既に失われたドワーフの秘技に到った、世界最高の職人と聞いておる! だからもし良ければ、この場で何か1つ作ってはもらえんじゃろうか!?」
開口一番、単刀直入に名匠の力が見てみたいと懇願してくるエウレイサ。
そんなエウレイサに、少し困った表情を浮かべたティムルが答える。
「えーっと、ごめんなさいエウレイサさん。もう少し具体的に指定してもらって良いかしら? 何かと言われても困るんだけど……」
「むむ……。しかしワシらには上級レシピで何が作れるかが分からんのです。なので指定のしようがないと言いますか……」
「それに、素材もこっちで用意しろって言うの? 重銀や神鉄の素材を、貴方達へのパフォーマンスで消費しろって仰っているのかしら?」
「そ……それはですな……。えと……」
2人の会話の流れに、周囲のドワーフたちも少しずつざわつき始める。
やっぱり名匠だなんて嘘なんだとか、これだから女は信用出来ないんだとか、好き勝手なことを喚く奴等も出てくる始末だ。
自分が頭を下げる立場であることも忘れて、この期に及んでもまだティムルの実力を疑うなんて、ドワーフたちの目利きって本当に腐ってんじゃないのかな?
「……素材の代金は私がお支払い致します。ですからダンさん、ティムルさん。どうかエウレイサさんのお願いに応えてはいただけないでしょうか?」
次第に剣呑な雰囲気が漂い始める中、凜とした声が場に響き渡る。
声の主に目を向けると、カラソルさんが真剣な眼差しをこちらに向けていた。
「いいのカラソルさん? 神鉄装備の素材って、銀、重銀にアウターエフェクトの素材だよ? 聖銀装備の時点で王金貨に届いてるのに、いったいいくら支払うと思ってる?」
「……いくらでも必ず支払って見せます。何年かかっても、どんな方法を用いても必ずお支払い致します! ですからどうか……!」
「……そこまで言うなら考えなくもないけどさぁ」
本当にカラソルさんは立派な人だと思う。
ドワーフ族の将来を憂うからこそ里を出て、里から零れ落ちる命を救い続けた偉人と言ってもいいほどの人だ。
……なんで尊敬されるべきこの人が里では疎まれ、そして疎まれながらもここまで種族の為に尽くせるんだろう。
「どうしてカラソルさんがそこまでする必要があるの? 貴方はクラメトーラを追いやられたドワーフでしょうに」
「このまま話が終わってしまっては、ドワーフ族の未来が閉ざされてしまうからですよ! ダンさんとティムルさんに見限られるという事は、それほどのことだと私は思ってるんですっ!」
カラソルさんの言葉に込められた熱意に、シャロが目をまん丸にして驚いている。
その一方でティムルは、ちょっとバツの悪そうな表情を浮かべて俺を見てくる。
カラソルさんからお金を取る気なんて無いってこと、お姉さんにはバレバレのようだ。
「……なぁ職人連合の皆さんよ。商売人のカラソルさんにここまで言わせておいて、アンタらは何とも思わないのか?」
「えっ……?」
不退転の覚悟を滲ませていたカラソルさんは、俺の言葉が自分に向けられなかった事に驚いている。
ティムルも元々素材の代金なんてもらう気は無いんだよ?
アウターエフェクト素材なんて、家族全員のインベントリに溢れるくらい余ってるからね。
「ティムルに礼を尽くしているように見せかけて、一方的にティムルを呼びつけ、その能力を証明しろと要求するその厚顔無恥さ。要求の内容さえ漠然としていて、素材を用意する気も代金を払う気も無い。雁首揃えて甘えすぎじゃねぇのアンタら?」
「なっ……!? 甘えだとぉ……!?」
「挙句の果てに、普段は嫌っている商売人に尻拭いをしてもらっておいて、事の成り行きを黙って見守る始末。よくそれで親方なんて名乗れるもんだよ。恥ずかしくないの?」
「ぐっ……! そ、それは……!」
ドワーフたちは技術を尊び、職人を敬う種族だと聞いていたけど、敬われている職人達があまりにも甘えすぎてて全く尊敬出来ない。
ティムルやカラソルさんのようにクラメトーラを出たドワーフたちはシビアな考え方と危機感を持っているのに、クラメトーラにしがみ付いたドワーフたちの甘えと傲慢さには辟易するよ。
「ティムル。エウレイサさんの御望み通り、なんか適当に……神鉄のダガーでも作ってあげてくれる?」
「えっ……!?」
戸惑うエウレイサを無視して、ティムルに武器の素材を渡していく。
上級レシピを使った何かを作れと要望される可能性は考慮してきたからな。それ用に武器の素材は用意してきたのだ。
「出来れば材料作りから見せてあげて欲しいんだけど……。頼んで良いかな?」
「了解よーっ。皆さんも1度しか見せませんから、見逃したとか言わないように気を付けてくださいねー?」
サクサクっとテンポ良く、ブルーメタルダガー、エレメンタルダガー、そしてミスリルダガーを製作するティムル。
この場で熱視が発現する奴が居たらどうしようかと思ったけど、どうやら取り越し苦労だった模様。
流石にクラメトーラの首脳陣が一堂に会しているこの場所では、全てのドワーフが熱視を発現済みなんだろう。
「それじゃここからが重銀武器になりますよー。2度は見せませんので見逃さないでくださいねー? 抗い、戦い、祓い、貫け。力の片鱗。想いの結晶。顕現。ダマスカスダガー」
「「「おおおっ……!」」」
目の前で新たに作り出された重銀武器に、周囲のドワーフがどよめき出す。
そんな周囲の反応なんかスルーして、ティムルにホイっとサンダーソウルを投げ渡す。
「それじゃこれが最後、神鉄武器の製作になりまーす。見逃さないように注意してくださいねー?」
「ま、待ってくれぇっ!! 重銀武器をもう少しゆっくり……」
「そういうのは自分で作れるようになって自分でやってよ。こっちはもうアンタらに付き合う気は一切無いんだ。作っちゃっていいよティムル」
「あはーっ。ごめんなさいねー。私は夫の言う事が最優先なのでーっ。抗い、戦い、祓い、貫け。力の片鱗。想いの結晶。顕現。オリハルコンダガー」
「「「あああああっ!!?」」」
「「「おおおおーーっ!!」」」
重銀武器が消費されたことへの悲鳴と、神鉄武器の作成を目の当たりに出来た感動の声が入り混じる。
涼しい顔をしたティムルに素材から一気に作り上げられたオリハルコンダガーには、『伝雷』というウェポンスキルが付与さえているようだ。
出来上がったオリハルコンダガーを即座にインベントリに回収する。
「待ってくれ! もう少しじっくり……」
「これで満足した? これが全ドワーフの頂点、名匠ティムルだよ。じゃあもう2度と俺達に関わるな」
「はぁっ!? ちょ、いったいなにを……!」
シャロとティムルを抱き寄せて席を立つ。
お前らに神鉄武器作成を見せたのは、2度と会いたくないからだ。
しかし部屋を退室しようとする俺の前に、決意に満ちたカラソルさんが立ちはだかる。
「……先ほども申し上げたはずです。貴方たちに見限られるわけにはいかないと……!」
「……本当にカラソルさんは凄いね。ある意味俺と敵対してでも止めようって覚悟を感じるよ」
決死の覚悟で、本当に命懸けで俺の前に立っているようなカラソルさんの決意には苦笑するしかない。
職人連合の集会所で職人連中が1人も動き出さない中、クラメトーラから逃げ出して商人として生きてきたカラソルさんだけが俺達を引き止めるなんて滑稽すぎるな。
……だけど、ごめんねカラソルさん。
貴方がそうやって頑張れば頑張るほど、俺は未だに動き出さない職人連中に価値を見出せなくなってしまうんだよ?
「ん、ん~~……???」
クラクラットの職人連中に呼び出された俺達の前に突如現れた、ティムルの兄を自称する男。
嬉しそうに笑っているティモシーと名乗る男に対して、ティムルは自分の記憶を掘り返すように首を傾げている。
これは惚けているんじゃなくて、本気で相手が誰だか分かっていないな?
この場に居るくらいだからティモシーもクラクラットの首脳陣の1人なんだろうけど、職人連合の親方衆とは微妙に離れた位置に座っているようだ。
職人連合に所属しているわけじゃないのかな?
「おーいティムル! いい加減返事をしてくれよ! ティムルー?」
全く反応を示さないティムルに、先ほどまで上機嫌に笑っていたティモシーも不穏な空気を感じ取ったようだ。
しかし当のティムルは額に右手を当てて、う~んう~んと唸っている。
「相手はああ言ってるけど……。どうするティムル? そもそも本当にお前のお兄さんなの?」
「う~ん……。ごめんねダン。お姉さん、クラクラットに居た時の事を本当によく覚えてないの……。クラクラット出身だったことすら忘れてたくらいだしさぁ……」
「兄が居たかどうかすら覚えてないの?」
「う~ん……。ごめんなさい……?」
当時冷遇されていたから思い出したくないとかではなくて、本気で記憶の片隅にも残っていないようだ。
もうスペルド王国で暮らした時間のほうが長いとは言え、故郷で過ごした時間を綺麗さっぱり忘れてしまうなんてちょっと疑問だ。
けどまぁティムルが覚えていないって言うんだから、ティモシーにはそのまま伝えるしかないかぁ。
「ごめんティモシーさん。妻はアンタの事を全く覚えてないみたいなんだー」
「なっ!?」
「とりあえずアンタの話は後にしてもらっていい? このままじゃ話が進まないし、いい加減周りの皆さんも我慢の限界みたいだよー?」
「後回しにって! アンタなに、言って……」
俺に食って掛かろうとしたティモシーは、ここでようやく自分が周囲に睨みつけられている事に気付いたようだ。
特に職人連合の連中なんて、視線だけでティモシーを殺そうとしているんじゃないかっていうくらい殺意を込めた眼差しをティモシーを向けている。
「あ……そ、その……。は、話を遮って済みませんでした……」
周囲の迫力に圧されて大人しく着席するティモシー。
けどこんな空気でティムルの紹介をさせられるこっちの身にもなって欲しいんだよ?
「……妻の紹介はもういいよね? アンタらが会いたがってたドワーフは妻で間違いないよ。それじゃ今度はアンタらが妻を呼び出した用件のほうを伺わせてもらいたいな」
言うだけ言って、ドワーフたちが何か言い出す前にとっとと着席してしまう。
しかし席に着いた後もティムルはうんうん唸っているし、ドワーフたちは想定外の出来事にざわついてしまって話が進まない。
なら今のうちにお姉さんと話をしておこうかな。
「ティムルー。ティムルがドワーフの里に居た時のことで覚えてることって何があるかなー?」
「え~……? 正直冷遇されてたことは覚えてるけど、もう具体的な内容まで覚えてないわねぇ……。さっきの男はおろか、両親の顔も名前も思い出せないし……」
「……冷遇されていたことが辛くて、記憶を封じ込めてしまった、とかじゃなく?」
「う~ん……? そういうのともまた違う気がするのよねぇ~……」
確かに記憶を探るティムルにトラウマをかけているような様子は見受けられない。
冷遇されていたことは覚えているなら、ショックで記憶を閉ざしたって感じではないけど……。
「確か私って、そもそも殆ど他のドワーフと交流が無かったんじゃなかったっけ……」
「クラクラットに住んでいながらドワーフと交流が無い? それってどういうこと?」
「ほら。私ってこの土地を捨てて別の場所で暮らせばって発言して、それがきっかけで冷遇されたって言ったでしょ? あれって確か、私が10歳にも満たない頃の話だったと思うのよね」
「なっ……!? そんな、そんな小さな頃の発言だったの……!?」
……思えばティムルは、いつもどっかのジジイに買われたあとの話ばかりしていた気がする。
それって商人としての人生が始まったという意味で、クラクラットを出た後の方が印象が深かったのかと思っていたけれど……!
「確かこの地を否定した私は、家の奥に軟禁されていたんじゃなかったかしら? だから兄はおろか父も母も覚えてないの。辛うじて、母が食事を運んで来てくれた事は覚えてるけど……」
「ま、さか……! そんな幼い頃から閉じ込められていて、15で売り払われるまでずっと軟禁生活が続いて……!?」
「……多分ねー。私はいつも小さな窓から聞こえる人の話し声を聞いていた気がするわ。外の様子が見たくって、必死になって手を伸ばしてたんだっけ……」
少しずつ過去の記憶を掘り返していくティムル。
ティムルは俺が思っていたよりもずっと幼い頃の何気無い発言で、故郷の事を何も憶えておけないほどに人との交流を絶たれてしまっていたらしい。
男尊女卑のクラクラットでは女性という時点で立場が低く、更にクラメトーラの地を否定したティムルは、家族にとっても外に出せない存在となってしまった。
食事を運んできた母には罵られ、たまに出会う他のドワーフにも面汚しだの落ち零れだの罵倒されてきたそうだ。
「……でもティムルって、ドワーフ族がリーチェに対してどんな感情を抱いているかとかも知ってたじゃない。人との交流を絶たれていたならそんな話は知らなくない?」
「ん~? リーチェに関しては商人になってから知ったのよ? カラソルさんを筆頭に、クラクラットから飛び出したドワーフは少なくないからねー。私みたいな境遇のドワーフもいっぱいいたし」
「そんな、そんなあっさり語っていいようなことじゃ……!」
「それにあくまで軟禁、幽閉されていたわけじゃないわ。ま、外出しても罵倒されるだけだったから、殆ど部屋に篭ってた気がするけど」
1つ1つ手繰り寄せるように幼かった頃の記憶を呼び起こすティムル。
軟禁されて罵倒されていたと言う割に、ティムルの言葉には特になんの感情も込められていないように感じられた。
「ダンが私の為に憤ってくれているのは分かるんだけどねぇ。私自身にはもう憤るほどの印象すら残ってないのよ」
「憤るほどの、印象さえ……」
「お姉さんの人生は、貴方とニーナちゃんに出会ったときから始まったって思ってるからねー。私の母親はキャリア様だと思ってるし?」
「……そっか。話を聞いてるとドワーフを滅ぼしたくなってくるけど、今のティムルが幸せで居てくれるならそれでいいや」
だけどティムルをそんな風に扱っておきながら、今更親しげに話しかけてきたティモシーの正気は疑うけどね?
ティムルが幼少期をほぼ記憶していないのも異常だけど、兄を名乗るティモシーが親しげに話しかけてくるのも異常だよ。
「ティ、ティムルさん! ワシはエウレイサ、職人連合の長を務めさせてもらっておる者です!」
「お、ようやく話が進みそうだね」
ティムルとの話を終えて、ティムルとシャロの温もりを感じて気持ちを落ち着けていると、どうやらようやく話がまとまったのか、職人連合のエウレイサが全ドワーフを代表して話しかけてきた。
「アンタは既に失われたドワーフの秘技に到った、世界最高の職人と聞いておる! だからもし良ければ、この場で何か1つ作ってはもらえんじゃろうか!?」
開口一番、単刀直入に名匠の力が見てみたいと懇願してくるエウレイサ。
そんなエウレイサに、少し困った表情を浮かべたティムルが答える。
「えーっと、ごめんなさいエウレイサさん。もう少し具体的に指定してもらって良いかしら? 何かと言われても困るんだけど……」
「むむ……。しかしワシらには上級レシピで何が作れるかが分からんのです。なので指定のしようがないと言いますか……」
「それに、素材もこっちで用意しろって言うの? 重銀や神鉄の素材を、貴方達へのパフォーマンスで消費しろって仰っているのかしら?」
「そ……それはですな……。えと……」
2人の会話の流れに、周囲のドワーフたちも少しずつざわつき始める。
やっぱり名匠だなんて嘘なんだとか、これだから女は信用出来ないんだとか、好き勝手なことを喚く奴等も出てくる始末だ。
自分が頭を下げる立場であることも忘れて、この期に及んでもまだティムルの実力を疑うなんて、ドワーフたちの目利きって本当に腐ってんじゃないのかな?
「……素材の代金は私がお支払い致します。ですからダンさん、ティムルさん。どうかエウレイサさんのお願いに応えてはいただけないでしょうか?」
次第に剣呑な雰囲気が漂い始める中、凜とした声が場に響き渡る。
声の主に目を向けると、カラソルさんが真剣な眼差しをこちらに向けていた。
「いいのカラソルさん? 神鉄装備の素材って、銀、重銀にアウターエフェクトの素材だよ? 聖銀装備の時点で王金貨に届いてるのに、いったいいくら支払うと思ってる?」
「……いくらでも必ず支払って見せます。何年かかっても、どんな方法を用いても必ずお支払い致します! ですからどうか……!」
「……そこまで言うなら考えなくもないけどさぁ」
本当にカラソルさんは立派な人だと思う。
ドワーフ族の将来を憂うからこそ里を出て、里から零れ落ちる命を救い続けた偉人と言ってもいいほどの人だ。
……なんで尊敬されるべきこの人が里では疎まれ、そして疎まれながらもここまで種族の為に尽くせるんだろう。
「どうしてカラソルさんがそこまでする必要があるの? 貴方はクラメトーラを追いやられたドワーフでしょうに」
「このまま話が終わってしまっては、ドワーフ族の未来が閉ざされてしまうからですよ! ダンさんとティムルさんに見限られるという事は、それほどのことだと私は思ってるんですっ!」
カラソルさんの言葉に込められた熱意に、シャロが目をまん丸にして驚いている。
その一方でティムルは、ちょっとバツの悪そうな表情を浮かべて俺を見てくる。
カラソルさんからお金を取る気なんて無いってこと、お姉さんにはバレバレのようだ。
「……なぁ職人連合の皆さんよ。商売人のカラソルさんにここまで言わせておいて、アンタらは何とも思わないのか?」
「えっ……?」
不退転の覚悟を滲ませていたカラソルさんは、俺の言葉が自分に向けられなかった事に驚いている。
ティムルも元々素材の代金なんてもらう気は無いんだよ?
アウターエフェクト素材なんて、家族全員のインベントリに溢れるくらい余ってるからね。
「ティムルに礼を尽くしているように見せかけて、一方的にティムルを呼びつけ、その能力を証明しろと要求するその厚顔無恥さ。要求の内容さえ漠然としていて、素材を用意する気も代金を払う気も無い。雁首揃えて甘えすぎじゃねぇのアンタら?」
「なっ……!? 甘えだとぉ……!?」
「挙句の果てに、普段は嫌っている商売人に尻拭いをしてもらっておいて、事の成り行きを黙って見守る始末。よくそれで親方なんて名乗れるもんだよ。恥ずかしくないの?」
「ぐっ……! そ、それは……!」
ドワーフたちは技術を尊び、職人を敬う種族だと聞いていたけど、敬われている職人達があまりにも甘えすぎてて全く尊敬出来ない。
ティムルやカラソルさんのようにクラメトーラを出たドワーフたちはシビアな考え方と危機感を持っているのに、クラメトーラにしがみ付いたドワーフたちの甘えと傲慢さには辟易するよ。
「ティムル。エウレイサさんの御望み通り、なんか適当に……神鉄のダガーでも作ってあげてくれる?」
「えっ……!?」
戸惑うエウレイサを無視して、ティムルに武器の素材を渡していく。
上級レシピを使った何かを作れと要望される可能性は考慮してきたからな。それ用に武器の素材は用意してきたのだ。
「出来れば材料作りから見せてあげて欲しいんだけど……。頼んで良いかな?」
「了解よーっ。皆さんも1度しか見せませんから、見逃したとか言わないように気を付けてくださいねー?」
サクサクっとテンポ良く、ブルーメタルダガー、エレメンタルダガー、そしてミスリルダガーを製作するティムル。
この場で熱視が発現する奴が居たらどうしようかと思ったけど、どうやら取り越し苦労だった模様。
流石にクラメトーラの首脳陣が一堂に会しているこの場所では、全てのドワーフが熱視を発現済みなんだろう。
「それじゃここからが重銀武器になりますよー。2度は見せませんので見逃さないでくださいねー? 抗い、戦い、祓い、貫け。力の片鱗。想いの結晶。顕現。ダマスカスダガー」
「「「おおおっ……!」」」
目の前で新たに作り出された重銀武器に、周囲のドワーフがどよめき出す。
そんな周囲の反応なんかスルーして、ティムルにホイっとサンダーソウルを投げ渡す。
「それじゃこれが最後、神鉄武器の製作になりまーす。見逃さないように注意してくださいねー?」
「ま、待ってくれぇっ!! 重銀武器をもう少しゆっくり……」
「そういうのは自分で作れるようになって自分でやってよ。こっちはもうアンタらに付き合う気は一切無いんだ。作っちゃっていいよティムル」
「あはーっ。ごめんなさいねー。私は夫の言う事が最優先なのでーっ。抗い、戦い、祓い、貫け。力の片鱗。想いの結晶。顕現。オリハルコンダガー」
「「「あああああっ!!?」」」
「「「おおおおーーっ!!」」」
重銀武器が消費されたことへの悲鳴と、神鉄武器の作成を目の当たりに出来た感動の声が入り混じる。
涼しい顔をしたティムルに素材から一気に作り上げられたオリハルコンダガーには、『伝雷』というウェポンスキルが付与さえているようだ。
出来上がったオリハルコンダガーを即座にインベントリに回収する。
「待ってくれ! もう少しじっくり……」
「これで満足した? これが全ドワーフの頂点、名匠ティムルだよ。じゃあもう2度と俺達に関わるな」
「はぁっ!? ちょ、いったいなにを……!」
シャロとティムルを抱き寄せて席を立つ。
お前らに神鉄武器作成を見せたのは、2度と会いたくないからだ。
しかし部屋を退室しようとする俺の前に、決意に満ちたカラソルさんが立ちはだかる。
「……先ほども申し上げたはずです。貴方たちに見限られるわけにはいかないと……!」
「……本当にカラソルさんは凄いね。ある意味俺と敵対してでも止めようって覚悟を感じるよ」
決死の覚悟で、本当に命懸けで俺の前に立っているようなカラソルさんの決意には苦笑するしかない。
職人連合の集会所で職人連中が1人も動き出さない中、クラメトーラから逃げ出して商人として生きてきたカラソルさんだけが俺達を引き止めるなんて滑稽すぎるな。
……だけど、ごめんねカラソルさん。
貴方がそうやって頑張れば頑張るほど、俺は未だに動き出さない職人連中に価値を見出せなくなってしまうんだよ?
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