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7章 家族みんなで冒険譚2 聖域に潜む危機
516 悪意の女王① 毒虫 (改)
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ショートソードで貫いた相手の姿を見て、一瞬思考が停止したあと全身がゾワリと総毛立つ。
生体察知の反応を追って大樹から掘り出されたのは、不快害虫と呼ぶのも憚られるような、この世の不快を全て詰め込んだようなおぞましい虫型生物だった。
「くくくく……くっそキモーい!! なんっじゃこりゃーっ!?」
「ダ、ダン!? どうしたのっ!?」
ティムルが慌てて声をかけてくれるけど、その問いかけに答える余裕も無いんだよっ! なんだこのキモ過ぎる生物はっ!
正直ショートソードで刺してるのが嫌になるんですけど!? 投げ捨てたい、この生物!
「生体察知を追いかけたら、木の中から見たことも無い気持ち悪い虫が出てきたんだよぉっ! キモ過ぎて泣きたいくらいだよぉっ!」
「新種の野生動物って事!? ダン、まずは毒見で毒の有無を調べて! 今すぐっ!」
「くっ……! 了解したくないけど了解っ!」
ビッタンビッタン暴れ回るムカデの体と、その両端のフッサフサの触手。
更にはその中央の蜘蛛型の胴体にはびっしりと複眼が並んでいて、虫って言うよりクリーチャーだよっ!
だけど毒見を発動すると、このキモい生物全てが真っ赤な魔力光に包まれた。
「っ……! 全員警戒! 見た目もキモいけど、それ以上に全身が猛毒だ! 毒見スキルによれば全身隈無く真っ赤っかだ!」
「赤いスキル光……最強レベルの毒持ちか。厄介だね……! って、まさかこの生体反応全てが毒持ちなのっ!?」
リーチェの気付きに、背中にゾクリとした怖気が走る。
え、ちょっと待って!? この反応が全部コイツらとか、俺達って今コイツに囲まれてる状況なの!?
「……っ!? っとぉ!」
全身に鳥肌が立つような寒気を覚えた瞬間、ショートソードの先のキモキモ生物が俺に向かって何かを飛ばしてきた。
恐らく蜘蛛みたいな胴体部分から糸みたいな物を吐き出したっぽいけど……。これまた例外なく猛毒判定みたいだ。
「毒を飛ばして攻撃してくるみたいだ。っていうかこれどうすればいいの!? 殺していいの!? それとも逃がしていいのっ!? とりあえずターニアは距離取っててっ」
「落ち着いてダン! 殺すのは最後! 下手すると同族の死が何らかのスイッチになる可能性は否定出来ないからねっ!」
「百足じゃねぇんだから、死んだ体からフェロモンとか勘弁してよっ!? いやアレって科学的根拠無いんだっけ!?」
「落ち着いてって言ってるでしょ! ダンの行動で野生動物のスイッチが切り替わる可能性があるんだ! 慎重に行動してっ!」
リーチェの言葉を頭に焼き付けて、無理矢理冷静さを取り戻す。
死ぬほど気持ち悪いけど、こんなので死んでられるか!
古の邪神と戦おうって奴が、虫如きにいつまでもビビってんじゃねぇっての!
「……取り乱して悪かった。とりあえず見た目と分かってる事の説明から行くよ」
「うん、お願い。ぼく達が知ってる生物の可能性もゼロじゃないから」
「それと木の上に居るメンバーは、木の中にはこいつらが常に居ると思って警戒するように」
「そのひと言は余計なのっ! 必要な言葉なのは分かるけどっ!」
俺の取り乱し様から、ニーナも嫌な予感がしてるんだろうな……。
ターニアもがっつり距離を取ってるし、多分この世界基準で見てもキモい生物なんだろう。
「俺が捕らえたのは人の頭くらいの大きさの、蜘蛛に似た胴体を持っている生物だ。その前後から百足に似た硬そうで細長い胴体が伸びてて、ビッタンビッタンのた打ち回ってる」
蜘蛛や百足って言葉はどうやらそのまま伝わっているようだ。
昆虫なんて殆ど見たことが無いけど、この世界にもしっかり虫が居るらしい。
そう言えば、蜘蛛の野生生物の糸を衣料用に使ってるなんて話もあったっけ?
「蜘蛛の胴体部分をショートソードで刺して数分。未だに動きに衰えは無さそうだ。百足の胴体の両端には2本ずつ大きくてフサフサした触手みたいなものが生えてて、それはそれでグネグネと気持ち悪く動き回っているね」
「くっ……! 聞きたくないけど詳細を聞かなきゃ始まらないのが辛いね……! 今のところ心当たりの生物は思い当たらないかな……!」
「全身の到る所が毒持ち。蜘蛛の胴体からはたまに毒の糸を吐き出せるようだ。速度は大したことないかな。蜘蛛の胴体はびっしりと無数の目で覆われていて、動体視力は非常に高そうに見えるね」
「な、なんだかんだで実物を見てるダンが1番落ち着いてきてない……? 想像してるだけの私たちのほうがダメージ大きいんじゃ……」
いやいやティムル、今の俺って職業補正で無理矢理生理的嫌悪感を押さえ込んでるだけで、これって実物を見た方が気持ち悪い気がするんだよ?
最終的にはみんなにも実物を見てもらわなきゃいけないんだろうけど、今は口頭での情報共有を優先しよう。
「ショートソードで刺しているから暴れてるけど、痛覚を持ってる感じではないね。出血もしてないし。それとかなり謎なのが、コイツら木の中を走り回っていたはずなのに木の中に空洞が見当たらないんだよ」
「木の中を透過しているじゃと? まるでスウォームワームみたいじゃなぁ?」
「スウォームワームは魔物だったけど、コイツは間違いなく実体を持った野生動物なんだよな。なのに木の中を傷つけずに移動できるようだ。スキルなのかなんなのかは不明だけど」
「それは厄介ですね……。そいつ等にとって木々は空気かもしれませんが、私たちにとっては装甲を纏われているのと変わりません。刃を届かせることすら面倒そうです」
とりあえず、現時点で判明している情報はこんなところか?
これ以上は直接見せるか、もしくはキュールさんに触心してもらうしかないけど……。流石に頼めないよなぁ……?
「ここからどうする? 一旦戻って全員とキモさを共有すればいいかな?」
「キモさは共有したくないけど、情報を共有しないことには始まらないわね。どうも通常の野生動物っぽくないし……」
「っていうかティムル。リーチェ。生体反応ってどうなってる? 地面の下にまでコイツらの反応ってあるかな?」
「えっと……。地中の反応は分かりにくいけど、多分生体反応は無いよ。そいつは地面には居ないんじゃないかな」
「そりゃ朗報だ。いきなり地面から現れられたら護衛も大変だったからな」
ま、樹海の中で木の中にこの生物が居るって状況で、地中が安全だからなんだって話なんだけどね?
もうこの聖域全体がコイツらの巣だと思って警戒するしかないよぉ……。
今後の方針に迷う俺達の耳に、意を決したような声色のキュールさんの声が届く。
「……ダンさん。遠慮無く言ってくれていいよ。触心を試せってね」
「……あー。お願いしたいのは山々なんだけど。そもそもこいつを連れて移動していいのかなぁ?」
「えーっ? それを言い出したらキリが無いよーっ!? ここは状況を打開する為にも踏み込むべきじゃないっ!?」
「馬鹿チャールっ! 軽々しく口を挟むなっ! 俺達は今守られてるだけの存在なんだからなっ!」
究明の道標のメンバーも、動かない状況に業を煮やし始めているか。
確かにキュールさんの触心を使ってもらえれば、未知の生物の情報が一気に得られる可能性は高いけど……。
「……ダン。君の周りの生体反応に変化はある?」
「リーチェ? いや、こいつを捕まえる前後では変化を感じられないな。未だに一定距離を保たれてる感じだ」
「ならそいつを連れて移動しても平気じゃないかな。少なくとも今の状態に問題があるなら、状況はとっくに動いてると思うんだ」
「なるほど、確かにそうかも。ショートソードでぶっ刺しててもリアクションが無いならセーフか。オッケー。連れて戻るよ」
方針が決まったので、調査組には一旦アナザーポータルで一気にみんなと合流してもらった。
俺はキモキモ生物君を運搬しなきゃいけないのでアナザーポータルを使用するわけには行かず、ショートソードの先の元気なお友達と共に、みんなの下に徒歩で移動したのだった。
……しかし案の定、みんなの反応は最悪だった。
「ぎゃーーーっ! ダンっ! 絶対こっち来ちゃ駄目なのーっ!」
「おおう、比較的野生児寄りのニーナでも駄目かぁ……」
一応の配慮としてかなり遠くから声をかけたんだけど、その遠くからでもウゾウゾと動く気配は感じ取れたらしい。
愛する家族から接近禁止令を出された俺は、毒虫君から定期的に吐き出される毒糸を油断なく避けながら、これからどうすべきかと頭を悩ませる。
「一応聞くけど、この生物に心当たりのある人はー?」
「誰も居ないってーっ! ヴァルゴも似た様な生物は見たこと無いんだってーっ!」
聖域の樹海で暮らしているヴァルゴすら初見か。
って言うかニーナ。リーチェが会話を繋いでることも忘れてない? そんなに叫ばなくっても会話できるからね?
「非常におぞましい生物のようですが、それが原因で聖域に異常が起こっているかどうかは判断できませんね……」
「……じゃのう。かなり警戒心が強く、樹木の中を移動するから目視も困難。かなり古くから存在していた生物だったとしても気付けんじゃろうな」
あ、そうだった。
ヴァルゴとフラッタの話を聞くまですっかり忘れかけてたけど、俺って別に新種の生物を探しに来たワケじゃないんだったよ。
この毒虫君が聖域の樹海の異常とは何の関わりも持たないのであれば、お互い綺麗さっぱり忘れて出会う前の2人にだって戻れるはずなのだ。
……うん。自分で言ってて、ありえないなって感じがビンビンするけどな?
つうか、さっき触心するって手を上げてくれたキュールさんですら近寄ってこないよ。
状況が動かなすぎて流石に暇になってきちゃったなぁ。
「ねぇねぇ。キュールさんの心の準備もまだ出来てないみたいだし、俺の方で色々試してみてもいいかな?」
「ぐっ……! す、済まない……! でも、ちょっと想像以上にアレでね……。もう少し時間を……!」
「キュールさんもこの調子だしいいんじゃない? でも試すって、何するのー?」
意外と1番平気そうにしてるのはアウラなのか。
子供の頃って虫が平気か苦手か、両極端に分かれるイメージあるよなぁ。
色々だよーとアウラに返事を返しつつ、まずは毒虫君を地面へと降ろしてみる。勿論刺したままだけど。
相変わらずウネウネビッタンビッタンと元気そうに暴れ回っているけれど、土の中に潜るような仕草は一切見せなかった。
木には潜れるけど、地面に潜ることは出来ないのか? それともショートソードが刺さってるから潜る素振りを見せないのだろうか?
次にショートソードに刺さった毒虫君を、適当な木の幹に押し当ててみる。
するとムカデの体の更に先端にある触手がウネウネウゾウゾと動き、その触手の先の幹が液体のように溶け出したのが分かった。
ちなみにその部分も猛毒判定が出ている模様。
実験結果は直ぐに家族のみんなにフィードバックする。
「つまり、毒を用いて木の中を液状化して移動している? でも生体反応の速度から察するに、相当の速さで動いてたよね?」
「地面には反応を示さないって事は、本当に植物にしか影響の無い毒なのかしら? いいえ、逆に地面にだけ影響が無い?」
リーチェとティムルが早速実験結果を検証し始める。
俺への攻撃として毒を飛ばしてくるあたり、地面にだけ影響の無い毒のように思えるけどな。
でもこの短時間で正確な生態を窺い知るのは難しいだろう。
「ねぇティムル。こんなこと言うのは本当に心苦しいんだけどさ。熱視で分析してみる気はあるかな?」
「ぐっ……! ダンの提案は当然過ぎる提案なのに、私の体が拒絶しちゃうぅぅ……!」
だよねー。未だに俺も気持ち悪いもんなぁ。
多分俺が比較的平気なのって、身体操作性補正あたりで脳内物質をコントロールしてるんじゃないかなって思うんだよね。
じゃないと流石に自分の落ち着きように説明がつかないもん。
「じゃあ次の提案ね。コイツ、トドメ刺していい? 仮に排除しなきゃいけなくなった場合に、確実に殺せるように試しておきたいんだけど」
「う~ん……。現時点でなんのリアクションもないし、殺しても平気だとは思うけど……」
「新しいサンプルが必要になったらそこらじゅうに居るみたいだしね。まずはちゃんと殺せるかを試しておきたいんだ」
まぁ聖域の樹海全土に広がる毒虫君を根絶する方法なんて思いつかないけどね?
攻撃魔法が適用されるならワンチャンあるかもしれないけど、毒虫君って野生動物だから魔法の効果適用外だよねぇ多分。
って感じで、その辺も含めて今のうちに検証しておきたいんだよ。
「んー。ママたちも踏ん切りがつかないみたいだし、パパの好きにしていいんじゃない? このままじゃ時間の無駄でしょー?」
「まぁまぁアウラ。ママたちも色んなことを想定してくれているんだよ。俺の好きにってなったら即殺するだけになっちゃうしさぁ」
「ちなみにダンさんはどのような方法で仕留めるつもりなんです? 普通に剣で?」
ん? ムーリ、変なこと気にするね。
殺害方法か。切断に対してどれだけ強いかってことも確認しておきたいところではあるけど……。
「まずは攻撃魔法が効くかどうかかな。フレイムランスとアイスコフィンが効果を及ぼせるかどうか試すつもり」
「なるほど。その2つが適用されれば範囲殲滅もしやすくなりますね……」
「まぁ望み薄だけどね。それで効果が無かったら剣でバラバラにして生命力を確認しようと思う。未だにダメージ入ってるようには見えないからね。斬撃に対してかなり強そうだ」
あとはフレイムランスでお湯を沸かして熱湯をかけるとか、実際に虫退治で使われてるような方法を試しておきたいね。
まずは殺せるかどうかの確認。その上で駆除が可能かを判断していかないと。
「ダンさんっ……! 覚悟は決まった! 決まったよ……! 私に触心を試させてくれないか……!」
「お、いいの? 無理はしなくていいんだよ?」
「いや、ダンさんの淡々とした態度を見ていたらね。学者としての自分の態度が恥ずかしくなってきてさ……」
いやぁ。この毒虫君を見てキモいと感じる感性は正常だと思うんだよ?
でもキュールさんの気が変わらないうちに試してもらおうかな?
カモーンキュールさん。蠱毒の底へようこそー。
猛毒の毒虫君に触れなきゃいけないので、生理的嫌悪感以上の覚悟が必要とされる気がするけどねー?
生体察知の反応を追って大樹から掘り出されたのは、不快害虫と呼ぶのも憚られるような、この世の不快を全て詰め込んだようなおぞましい虫型生物だった。
「くくくく……くっそキモーい!! なんっじゃこりゃーっ!?」
「ダ、ダン!? どうしたのっ!?」
ティムルが慌てて声をかけてくれるけど、その問いかけに答える余裕も無いんだよっ! なんだこのキモ過ぎる生物はっ!
正直ショートソードで刺してるのが嫌になるんですけど!? 投げ捨てたい、この生物!
「生体察知を追いかけたら、木の中から見たことも無い気持ち悪い虫が出てきたんだよぉっ! キモ過ぎて泣きたいくらいだよぉっ!」
「新種の野生動物って事!? ダン、まずは毒見で毒の有無を調べて! 今すぐっ!」
「くっ……! 了解したくないけど了解っ!」
ビッタンビッタン暴れ回るムカデの体と、その両端のフッサフサの触手。
更にはその中央の蜘蛛型の胴体にはびっしりと複眼が並んでいて、虫って言うよりクリーチャーだよっ!
だけど毒見を発動すると、このキモい生物全てが真っ赤な魔力光に包まれた。
「っ……! 全員警戒! 見た目もキモいけど、それ以上に全身が猛毒だ! 毒見スキルによれば全身隈無く真っ赤っかだ!」
「赤いスキル光……最強レベルの毒持ちか。厄介だね……! って、まさかこの生体反応全てが毒持ちなのっ!?」
リーチェの気付きに、背中にゾクリとした怖気が走る。
え、ちょっと待って!? この反応が全部コイツらとか、俺達って今コイツに囲まれてる状況なの!?
「……っ!? っとぉ!」
全身に鳥肌が立つような寒気を覚えた瞬間、ショートソードの先のキモキモ生物が俺に向かって何かを飛ばしてきた。
恐らく蜘蛛みたいな胴体部分から糸みたいな物を吐き出したっぽいけど……。これまた例外なく猛毒判定みたいだ。
「毒を飛ばして攻撃してくるみたいだ。っていうかこれどうすればいいの!? 殺していいの!? それとも逃がしていいのっ!? とりあえずターニアは距離取っててっ」
「落ち着いてダン! 殺すのは最後! 下手すると同族の死が何らかのスイッチになる可能性は否定出来ないからねっ!」
「百足じゃねぇんだから、死んだ体からフェロモンとか勘弁してよっ!? いやアレって科学的根拠無いんだっけ!?」
「落ち着いてって言ってるでしょ! ダンの行動で野生動物のスイッチが切り替わる可能性があるんだ! 慎重に行動してっ!」
リーチェの言葉を頭に焼き付けて、無理矢理冷静さを取り戻す。
死ぬほど気持ち悪いけど、こんなので死んでられるか!
古の邪神と戦おうって奴が、虫如きにいつまでもビビってんじゃねぇっての!
「……取り乱して悪かった。とりあえず見た目と分かってる事の説明から行くよ」
「うん、お願い。ぼく達が知ってる生物の可能性もゼロじゃないから」
「それと木の上に居るメンバーは、木の中にはこいつらが常に居ると思って警戒するように」
「そのひと言は余計なのっ! 必要な言葉なのは分かるけどっ!」
俺の取り乱し様から、ニーナも嫌な予感がしてるんだろうな……。
ターニアもがっつり距離を取ってるし、多分この世界基準で見てもキモい生物なんだろう。
「俺が捕らえたのは人の頭くらいの大きさの、蜘蛛に似た胴体を持っている生物だ。その前後から百足に似た硬そうで細長い胴体が伸びてて、ビッタンビッタンのた打ち回ってる」
蜘蛛や百足って言葉はどうやらそのまま伝わっているようだ。
昆虫なんて殆ど見たことが無いけど、この世界にもしっかり虫が居るらしい。
そう言えば、蜘蛛の野生生物の糸を衣料用に使ってるなんて話もあったっけ?
「蜘蛛の胴体部分をショートソードで刺して数分。未だに動きに衰えは無さそうだ。百足の胴体の両端には2本ずつ大きくてフサフサした触手みたいなものが生えてて、それはそれでグネグネと気持ち悪く動き回っているね」
「くっ……! 聞きたくないけど詳細を聞かなきゃ始まらないのが辛いね……! 今のところ心当たりの生物は思い当たらないかな……!」
「全身の到る所が毒持ち。蜘蛛の胴体からはたまに毒の糸を吐き出せるようだ。速度は大したことないかな。蜘蛛の胴体はびっしりと無数の目で覆われていて、動体視力は非常に高そうに見えるね」
「な、なんだかんだで実物を見てるダンが1番落ち着いてきてない……? 想像してるだけの私たちのほうがダメージ大きいんじゃ……」
いやいやティムル、今の俺って職業補正で無理矢理生理的嫌悪感を押さえ込んでるだけで、これって実物を見た方が気持ち悪い気がするんだよ?
最終的にはみんなにも実物を見てもらわなきゃいけないんだろうけど、今は口頭での情報共有を優先しよう。
「ショートソードで刺しているから暴れてるけど、痛覚を持ってる感じではないね。出血もしてないし。それとかなり謎なのが、コイツら木の中を走り回っていたはずなのに木の中に空洞が見当たらないんだよ」
「木の中を透過しているじゃと? まるでスウォームワームみたいじゃなぁ?」
「スウォームワームは魔物だったけど、コイツは間違いなく実体を持った野生動物なんだよな。なのに木の中を傷つけずに移動できるようだ。スキルなのかなんなのかは不明だけど」
「それは厄介ですね……。そいつ等にとって木々は空気かもしれませんが、私たちにとっては装甲を纏われているのと変わりません。刃を届かせることすら面倒そうです」
とりあえず、現時点で判明している情報はこんなところか?
これ以上は直接見せるか、もしくはキュールさんに触心してもらうしかないけど……。流石に頼めないよなぁ……?
「ここからどうする? 一旦戻って全員とキモさを共有すればいいかな?」
「キモさは共有したくないけど、情報を共有しないことには始まらないわね。どうも通常の野生動物っぽくないし……」
「っていうかティムル。リーチェ。生体反応ってどうなってる? 地面の下にまでコイツらの反応ってあるかな?」
「えっと……。地中の反応は分かりにくいけど、多分生体反応は無いよ。そいつは地面には居ないんじゃないかな」
「そりゃ朗報だ。いきなり地面から現れられたら護衛も大変だったからな」
ま、樹海の中で木の中にこの生物が居るって状況で、地中が安全だからなんだって話なんだけどね?
もうこの聖域全体がコイツらの巣だと思って警戒するしかないよぉ……。
今後の方針に迷う俺達の耳に、意を決したような声色のキュールさんの声が届く。
「……ダンさん。遠慮無く言ってくれていいよ。触心を試せってね」
「……あー。お願いしたいのは山々なんだけど。そもそもこいつを連れて移動していいのかなぁ?」
「えーっ? それを言い出したらキリが無いよーっ!? ここは状況を打開する為にも踏み込むべきじゃないっ!?」
「馬鹿チャールっ! 軽々しく口を挟むなっ! 俺達は今守られてるだけの存在なんだからなっ!」
究明の道標のメンバーも、動かない状況に業を煮やし始めているか。
確かにキュールさんの触心を使ってもらえれば、未知の生物の情報が一気に得られる可能性は高いけど……。
「……ダン。君の周りの生体反応に変化はある?」
「リーチェ? いや、こいつを捕まえる前後では変化を感じられないな。未だに一定距離を保たれてる感じだ」
「ならそいつを連れて移動しても平気じゃないかな。少なくとも今の状態に問題があるなら、状況はとっくに動いてると思うんだ」
「なるほど、確かにそうかも。ショートソードでぶっ刺しててもリアクションが無いならセーフか。オッケー。連れて戻るよ」
方針が決まったので、調査組には一旦アナザーポータルで一気にみんなと合流してもらった。
俺はキモキモ生物君を運搬しなきゃいけないのでアナザーポータルを使用するわけには行かず、ショートソードの先の元気なお友達と共に、みんなの下に徒歩で移動したのだった。
……しかし案の定、みんなの反応は最悪だった。
「ぎゃーーーっ! ダンっ! 絶対こっち来ちゃ駄目なのーっ!」
「おおう、比較的野生児寄りのニーナでも駄目かぁ……」
一応の配慮としてかなり遠くから声をかけたんだけど、その遠くからでもウゾウゾと動く気配は感じ取れたらしい。
愛する家族から接近禁止令を出された俺は、毒虫君から定期的に吐き出される毒糸を油断なく避けながら、これからどうすべきかと頭を悩ませる。
「一応聞くけど、この生物に心当たりのある人はー?」
「誰も居ないってーっ! ヴァルゴも似た様な生物は見たこと無いんだってーっ!」
聖域の樹海で暮らしているヴァルゴすら初見か。
って言うかニーナ。リーチェが会話を繋いでることも忘れてない? そんなに叫ばなくっても会話できるからね?
「非常におぞましい生物のようですが、それが原因で聖域に異常が起こっているかどうかは判断できませんね……」
「……じゃのう。かなり警戒心が強く、樹木の中を移動するから目視も困難。かなり古くから存在していた生物だったとしても気付けんじゃろうな」
あ、そうだった。
ヴァルゴとフラッタの話を聞くまですっかり忘れかけてたけど、俺って別に新種の生物を探しに来たワケじゃないんだったよ。
この毒虫君が聖域の樹海の異常とは何の関わりも持たないのであれば、お互い綺麗さっぱり忘れて出会う前の2人にだって戻れるはずなのだ。
……うん。自分で言ってて、ありえないなって感じがビンビンするけどな?
つうか、さっき触心するって手を上げてくれたキュールさんですら近寄ってこないよ。
状況が動かなすぎて流石に暇になってきちゃったなぁ。
「ねぇねぇ。キュールさんの心の準備もまだ出来てないみたいだし、俺の方で色々試してみてもいいかな?」
「ぐっ……! す、済まない……! でも、ちょっと想像以上にアレでね……。もう少し時間を……!」
「キュールさんもこの調子だしいいんじゃない? でも試すって、何するのー?」
意外と1番平気そうにしてるのはアウラなのか。
子供の頃って虫が平気か苦手か、両極端に分かれるイメージあるよなぁ。
色々だよーとアウラに返事を返しつつ、まずは毒虫君を地面へと降ろしてみる。勿論刺したままだけど。
相変わらずウネウネビッタンビッタンと元気そうに暴れ回っているけれど、土の中に潜るような仕草は一切見せなかった。
木には潜れるけど、地面に潜ることは出来ないのか? それともショートソードが刺さってるから潜る素振りを見せないのだろうか?
次にショートソードに刺さった毒虫君を、適当な木の幹に押し当ててみる。
するとムカデの体の更に先端にある触手がウネウネウゾウゾと動き、その触手の先の幹が液体のように溶け出したのが分かった。
ちなみにその部分も猛毒判定が出ている模様。
実験結果は直ぐに家族のみんなにフィードバックする。
「つまり、毒を用いて木の中を液状化して移動している? でも生体反応の速度から察するに、相当の速さで動いてたよね?」
「地面には反応を示さないって事は、本当に植物にしか影響の無い毒なのかしら? いいえ、逆に地面にだけ影響が無い?」
リーチェとティムルが早速実験結果を検証し始める。
俺への攻撃として毒を飛ばしてくるあたり、地面にだけ影響の無い毒のように思えるけどな。
でもこの短時間で正確な生態を窺い知るのは難しいだろう。
「ねぇティムル。こんなこと言うのは本当に心苦しいんだけどさ。熱視で分析してみる気はあるかな?」
「ぐっ……! ダンの提案は当然過ぎる提案なのに、私の体が拒絶しちゃうぅぅ……!」
だよねー。未だに俺も気持ち悪いもんなぁ。
多分俺が比較的平気なのって、身体操作性補正あたりで脳内物質をコントロールしてるんじゃないかなって思うんだよね。
じゃないと流石に自分の落ち着きように説明がつかないもん。
「じゃあ次の提案ね。コイツ、トドメ刺していい? 仮に排除しなきゃいけなくなった場合に、確実に殺せるように試しておきたいんだけど」
「う~ん……。現時点でなんのリアクションもないし、殺しても平気だとは思うけど……」
「新しいサンプルが必要になったらそこらじゅうに居るみたいだしね。まずはちゃんと殺せるかを試しておきたいんだ」
まぁ聖域の樹海全土に広がる毒虫君を根絶する方法なんて思いつかないけどね?
攻撃魔法が適用されるならワンチャンあるかもしれないけど、毒虫君って野生動物だから魔法の効果適用外だよねぇ多分。
って感じで、その辺も含めて今のうちに検証しておきたいんだよ。
「んー。ママたちも踏ん切りがつかないみたいだし、パパの好きにしていいんじゃない? このままじゃ時間の無駄でしょー?」
「まぁまぁアウラ。ママたちも色んなことを想定してくれているんだよ。俺の好きにってなったら即殺するだけになっちゃうしさぁ」
「ちなみにダンさんはどのような方法で仕留めるつもりなんです? 普通に剣で?」
ん? ムーリ、変なこと気にするね。
殺害方法か。切断に対してどれだけ強いかってことも確認しておきたいところではあるけど……。
「まずは攻撃魔法が効くかどうかかな。フレイムランスとアイスコフィンが効果を及ぼせるかどうか試すつもり」
「なるほど。その2つが適用されれば範囲殲滅もしやすくなりますね……」
「まぁ望み薄だけどね。それで効果が無かったら剣でバラバラにして生命力を確認しようと思う。未だにダメージ入ってるようには見えないからね。斬撃に対してかなり強そうだ」
あとはフレイムランスでお湯を沸かして熱湯をかけるとか、実際に虫退治で使われてるような方法を試しておきたいね。
まずは殺せるかどうかの確認。その上で駆除が可能かを判断していかないと。
「ダンさんっ……! 覚悟は決まった! 決まったよ……! 私に触心を試させてくれないか……!」
「お、いいの? 無理はしなくていいんだよ?」
「いや、ダンさんの淡々とした態度を見ていたらね。学者としての自分の態度が恥ずかしくなってきてさ……」
いやぁ。この毒虫君を見てキモいと感じる感性は正常だと思うんだよ?
でもキュールさんの気が変わらないうちに試してもらおうかな?
カモーンキュールさん。蠱毒の底へようこそー。
猛毒の毒虫君に触れなきゃいけないので、生理的嫌悪感以上の覚悟が必要とされる気がするけどねー?
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