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6章 広がる世界と新たな疑問3 ホムンクルス計画
452 ※閑話 子供 (改)
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「どうかなピレ姉? ピレ姉から見て何か分からないところはある?」
突然尋ねて来たチャールとシーズが、2人で作ったという職業の資料を私に見せてくれる。
2人は万人に見てもらう資料を作っているとかで、魔物狩りに参加していない私の意見を聞きに来たんだ。
「悪いなピレーネ。マグエルの孤児って大体みんな魔物狩り始めてるだろ? だから魔物狩りをしてない奴の意見って聞き難くってさ~」
「ううん。私に協力出来ることがあるのは嬉しいよ。読み終わるまでちょっと待ってね……」
不満を零すシーズに応えながら、2人から渡された資料に目を通す。
戦えない私から見ても、どの職業にどのような補正があって、どのスキルがどんな効果なのかと言うことが分かりやすくまとめられているように思う。
魔玉発光を用いた浸透までの目安、前提となる職業、浸透した先にある上位職業についても簡潔にまとめられていて、私達より小さな子にも読みやすいんじゃないかな?
そう言って資料を返却する私に、大きく息を吐きながら安堵した表情を見せる2人。
2人も魔物狩りとして訓練している他に、毎日本当に頑張って資料作りをしてるんだなぁ。
今日は孤児院の仕事がお休みなので、それを知ってか突然やってきたチャールとシーズと、久しぶりに3人で一緒に過ごしている。
マグエルに新しく出来た孤児院はとっても清潔で、食事も十分な量を用意してもらえる。
お世話している子たちも知り合いが多くてとっても働きやすいのに、1日で銀貨1枚ももらえる上に10日に1度以上休む事が義務付けられてるの。
しかもお休みの日までお賃金をいただけるなんて、未だに信じられないよ……。
15歳で終わると思っていた私の人生は、14歳が終わる間際に劇的な変化を遂げた。
王国中から集められた当時14歳だった孤児は、その兄弟と一緒にここマグエルの孤児院でお世話になる事になった。
これからどんな生活が待っているのだろうと不安に思う私達とは違って、シスターたちは本当に嬉しそうに私達を送り出してくれたっけ……。
「あ、新しく来た子? 私はコットン、この花壇の管理を任されてるの」
「ピ、ピレーネです……。って、こんなに立派な花壇を、コットンが管理してるの?」
「ピレーネもお花が好きなんだ? 嬉しいなっ。マグエルの子たちはみんな畑の方にしか興味が無くって」
元々マグエルでお世話になっていたという同い年のコットンとは直ぐに仲良くなった。
お花のお世話なんてしたことがなかったけれど、丁寧に教えてくれるコットンのおかげで楽しくお世話することが出来た。
マグエルの孤児たちは、誰もお花に興味を持ってくれなかった。
確かにそう言っていたはずのコットンは、何も知らない私に的確に仕事を教えてくれた。
「……ねぇコットン。貴女なんだか、人に教え慣れてない?」
「ふふ、まぁね~っ」
そんな風に問いかける私にコットンは、私の話を聞いてくれるのはお花を好きな人だけなんだよって嬉しそうに笑っていた。
「次はこれを運べばいいんだな? 任せとけっ」
孤児たちの稼ぎ頭、孤児だけで構成された初めての魔物狩りパーティ『幸福の先端』。
そのリーダーのワンダは、元々マグエルでお世話になっていたということもあって、コットンも頼りやすいみたい。
魔物狩りの合間に、ちょくちょく花壇のお世話を手伝ってくれた。
だけど、稼ぎ頭のワンダに雑務を頼むのは気が引けてしまう……。
幸福の先端の他のメンバーは花壇にあまり興味が無いみたいだし、ワンダも無理しなくていいからね?
「ははっ! 俺は他のみんなよりも疲れ難いんだよ、このくらいなんてことないさっ」
職業の話はあまり分からなかったけれど、旅人に転職すると他の人よりも疲れにくくなるみたい。
だからワンダは他の誰よりも熱心に訓練をしながら、積極的に私とコットンを手伝ってくれた。
コットンがワンダはお調子者だって言ってたけど……全然そんな風には感じないなぁ? 凄く頼り甲斐のある男の子じゃないの?
「だああああああくっそー! もう1回! もう1回やるぞダンっ!」
そんなワンダも、この孤児院を作ったっていう人の前ではすっごく子供っぽくなっちゃう。
普段はあんなに頼り甲斐があるのに、まるで子供みたいにダンさんに纏わり付くワンダを見て、なんだか可愛いと思ってしまった。
「何回でも付き合ってやるけど、カッカしないで冷静になりな。実力が上の相手と戦うのに冷静さまで欠いてちゃ話にならないっての」
「気合で負けてたらそれこそ勝負にならないだろっ! 今度こそ絶対1本取ってやるからなーっ!」
幸福の先端6人を同時に相手取りながら、涼しい顔で駄目出ししているダンさん。
スポットの最深部で稼いでいるって話だし、大人の魔物狩りって凄いんだなぁ。
そして迎えた年末。本来私の人生が閉ざされるはずだった日……。
けれどこの日は教主イザベル様の立会いの下、14歳の孤児たちの納税が行われたのだった。
「そうだ、お礼……! って、シスターは!? 教主様やダンさん達は!?」
「ダンたちなら話があるとかで、教主様と一緒に応接室に行っちまったぜ?」
借金の無くなったステータスプレートを見てトライラム様に感謝をしていると、いつの間にかダンさん達が居なくなっていた。
私も他の子たちも、嬉しすぎてついお礼を言いそびれちゃったの……。失敗したなぁ……。
滞納していた人頭税が無くなったその夜はなんだか全然現実感がなくて、明日目が覚めたら全てが夢だったんじゃないかと逆に不安になった。
だからこの日は、私と同じような気持ちでいたコットンと抱きあって眠りについたっけ……。
「元々小さな子供達の面倒を見ていた貴女達なら、なぁにも難しいことはありませんからねーっ?」
「「がっ、がんばりますっ……!」」
15歳になっても奴隷になる必要が無くなった私は、コットンと一緒に修道士に転職して、マグエルの孤児院で正式に働き始めた。
転職の時にスペルディアの教会に顔を出したら、みんな私のステータスプレートを信じられないといった顔で食い入るように見てたなぁ。
孤児院のシスターとして充実した日々を送りながら、コットンと2人で楽しく花壇を管理する毎日。
積極的に手伝ってくれたワンダはとうとう冒険者になって、スペルディアの教会への送り迎えで一緒に過ごすことが増えた。
だからそんなワンダに求婚されても、私は嬉しいとしか思わなかったなぁ。
……流石に、コットンと一緒に貰われるとは思ってなかったけど?
「それにしてもピレーネが妊娠とはね。去年の今頃なんて大体塞ぎこんでた記憶しかないってのに、たった1年で見事にひっくり返っちまったな~……」
シーズの言葉に、嬉しさと恥ずかしさでいっぱいになってしまう。
15歳で終わると思っていた私が、好きな人との新しい命を宿すことが出来るなんて、未だに信じられないの……!
今までのスペルド王国では、人頭税が賄えないという理由で子供を諦める人が多かった。
この国ではよっぽどのお金持ちでもない限り、子供のお世話は1人か2人が関の山なのだ。
だからこそ、両親が健在でも教会に預けられる孤児はあとを絶たなかった。
けれどマグエルでは魔物狩りとダンさんたちを中心に物凄い勢いでお金が流れ始めて、今まで諦めていた出産に挑戦する人たちがとても多くなっているの。
そんなおめでたいムードのマグエルの中で、自分も祝福されながら子供を身篭ることが出来るなんて奇跡としか思えない……。
「私達ですら、2人パーティなのに自分の人頭税を払えちゃいそうだもんねぇ。それこそワンダ達なら、いくら子供を作っても余裕で養えちゃいそう」
自分達も魔物狩りを始めたチャールだからこそ、ワンダ達の稼ぎの凄さを実感しているのかもしれない。
好きな人と何人でも子供を作れるなんて、こんなに幸せなことってないよぉ……!
「はっはっは! 旦那を想って蕩けるのは後にしろって! 今は職業浸透を進めようぜ、ピレーネ」
私をからかいながら勢い良く立ち上がるシーズ。
これから私は2人に護衛されながら、スポットで職業浸透を進める予定なんだ。
全くシーズったら。悪ぶりながらも、相変わらず面倒見がいいんだから。
妊娠した私が魔物狩りに同行するなんて。
以前ならそんな危険な事は出来ないって断っていたと思う。
だけど今の私達なら分かるんだ。新しく命を育むことになるからこそ、今よりも強くなっておかなければいけないのだと。
……なんて偉そうな事を言ってしまったけれど、戦闘訓練を受けていない私ははっきり言ってお荷物だ。
チャールとシーズに守られながら、2人が狩った魔物から職業浸透を進めさせてもらうことしかできない。
なんだかズルをしているような気持ちになってしまうけど、非戦闘員の護衛と職業浸透の手伝いはチャールとシーズに限らず、トライラムフォロワーの子たちはみんなやっていることだったりするの。
『この国の全ての人間が戦えるとは限らない。けれど、戦えない人間にも職業の加護は絶対に必要だ』
ダンさんが言い始めたこの考え方はトライラム教会でも大きな共感を得られ、戦えなかったシスターたちの職業浸透なども着々と進められているみたいなんだよね。
今や殆どのシスターがインベントリを使えるようになっているし、教会兵の皆さんも護衛の訓練に最適だと喜んでいるんだ。
「行ったぜチャール! 通すなよ!?」
「まっかせなさい! ピレ姉には指1本触れさせないんだからーっ!」
戦えない私が見ても安心感を覚えるほど、2人は危なげなく魔物を狩り続ける。
2人は普段からスポットに潜っているそうだから、足手纏いの私が居ても問題ない場所をしっかり選定して魔物を迎え撃っているみたい。
この2人なんて、私よりマグエルに北のが遅かったはずなのに、本当に逞しく成長しているなぁ……。
「ピレーネは申し訳無いとばっかり思ってるみたいだけどさ。俺達にだってちゃんとメリットがあるから誘ってんだぜ?」
「え、私ってただの足手纏いじゃ……? 私を連れまわすメリットなんてあるの?」
「まーもちろん、婚姻、出産祝いって面も無くはないけどなー?」
にひひっと、まるで男の子のように笑うシーズ。
どうやらシーズは、出産には体力の消耗が激しいと聞いて、出産までに私を旅人に転職させたいと思ってくれているようだった。
「それに、私達は2人しか居ないから、知り合いじゃないと護衛訓練が出来ないんだ。今後は調査や発掘で非戦闘員と一緒になる可能性も高いのにねっ?」
護衛対象に万が一を起こすわけにはいかないから仕方ないんだけどさぁ~何て言いながら、プリプリと頬を膨らませているチャール。
不満を零すチャールの姿からは、将来への希望が満ち溢れているように見えた。
「……チャールは凄いなぁ。そんな先のことまでしっかりと考えて行動してるなんて」
「ははは! そんないいもんじゃないんだって!」
「えっ?」
思わず零れた私の言葉を、アウターの中で豪快に笑い飛ばすシーズ。
この大きな笑い声で魔物が集まってきても、2人には蹴散らす自信があるんだね。
「チャールって昔っから、なーんかタイミングが悪いだろ? だから護衛任務とかでもタイミング悪くトラブルが発生しそうでビビってんだよっ」
「んなっ!? かっ、考え無しよりはいいでしょーっ!? ダンだって慎重すぎるくらいでちょうどいいって言ってくれたもーん!」
スポットの中、魔物の領域でも普段と変わらない2人の様子に、なんだか妙に安心感を覚えてしまう。
魔物の領域でも普段通りの2人が、すっごく頼もしく見えるよ。
日没までスポットの入り口付近で魔物を狩り続け、日が落ちきる前にマグエルに帰還した。
「徒歩での移動が面倒臭いんだよねー。贅沢な悩みだってのは分かってるんだけどさー」
「ダンやワンダ達を見てるとどうしてもなぁ。移動魔法のある無しで浸透の効率も段違いだって言うしよぉ」
冒険者ギルドに向かいながら、移動魔法でもっと効率的に稼ぎたいとぼやく2人。
普段の2人はもう少し深いところで魔物を狩っているみたいだけど、護衛中は万が一も起こさないようにと、余裕を持って魔物に対処できる場所でしか戦う気は無いんだって。
これで2人とも戦闘職じゃないって言うんだから、訓練と装備品って本当に凄いなぁって思う。
そして私を庇いながらも全く息切れもせず、大量のドロップアイテムをインベントリに回収していた2人を見ていると、私も早く旅人になってみたいなぁと思わされちゃうよ。
2人も戦士に転職できたら、私を連れてももう少し深いところまで潜ってくれるつもりみたいだけど。
「愛する男と愛を育み、子供を育てる、かぁ。悪いけど俺には全然想像できねぇなぁ」
「うんうん。私達が子供を作れるなんて思ったこともなかったもんねー。他のみんなも私達と同じ意見だと思うなー」
冒険者ギルドでドロップ品の売却処理を待っている間、チャールとシーズがしみじみと呟いた。
身篭って改めて思うのは、子供って未来の結晶そのものみたいだってことだ。
子供が産めるから未来を信じられる。未来が閉ざされていないから子供が産めるんだ。
多くの子供達の未来が閉ざされてきたこの国が閉塞感に満たされていたのは、今にして思えば当然だったのかもしれないなぁ。
「子供が生まれたらあんまり身動きできなくなっちゃいそうなもんだけど、ピレーネの場合は旦那が冒険者やってるから、いつでもどこでもひとっ飛びで行けるよな。なんかもうほんと、去年と今年で常識が違いすぎて戸惑うぜ」
「あはは。私達も冒険者になってポータルを使えるようになったら、子供を育てながら世界中を旅できるんじゃないの? シーズ~っ、貴女も遠慮せずに誰かを好きになってもいいんだよっ」
「ばばばば、馬鹿言ってんじゃねえよこの馬鹿チャール! 俺はそういうのはいいんだよ! 俺は今の生活が充実しまくってるから余計な事は考えてないんだっての!」
珍しくチャールにからかわれて真っ赤に赤面するシーズ。この調子じゃまだまだ好きな人なんて現れないかしら?
だけどシーズって面倒見も良くって頭もいいから、案外こういう男勝りな娘ほどあっさりと婚姻を結んじゃったりしてね?
2人が子供を産んだら、世界中を飛び回る2人に代わって私が孤児院で面倒を見てあげるからさ。早く2人も子供を作ってくれないかなっ?
戦えない私が2人に出来る恩返しなんて、そのくらいしかないもんねっ。
突然尋ねて来たチャールとシーズが、2人で作ったという職業の資料を私に見せてくれる。
2人は万人に見てもらう資料を作っているとかで、魔物狩りに参加していない私の意見を聞きに来たんだ。
「悪いなピレーネ。マグエルの孤児って大体みんな魔物狩り始めてるだろ? だから魔物狩りをしてない奴の意見って聞き難くってさ~」
「ううん。私に協力出来ることがあるのは嬉しいよ。読み終わるまでちょっと待ってね……」
不満を零すシーズに応えながら、2人から渡された資料に目を通す。
戦えない私から見ても、どの職業にどのような補正があって、どのスキルがどんな効果なのかと言うことが分かりやすくまとめられているように思う。
魔玉発光を用いた浸透までの目安、前提となる職業、浸透した先にある上位職業についても簡潔にまとめられていて、私達より小さな子にも読みやすいんじゃないかな?
そう言って資料を返却する私に、大きく息を吐きながら安堵した表情を見せる2人。
2人も魔物狩りとして訓練している他に、毎日本当に頑張って資料作りをしてるんだなぁ。
今日は孤児院の仕事がお休みなので、それを知ってか突然やってきたチャールとシーズと、久しぶりに3人で一緒に過ごしている。
マグエルに新しく出来た孤児院はとっても清潔で、食事も十分な量を用意してもらえる。
お世話している子たちも知り合いが多くてとっても働きやすいのに、1日で銀貨1枚ももらえる上に10日に1度以上休む事が義務付けられてるの。
しかもお休みの日までお賃金をいただけるなんて、未だに信じられないよ……。
15歳で終わると思っていた私の人生は、14歳が終わる間際に劇的な変化を遂げた。
王国中から集められた当時14歳だった孤児は、その兄弟と一緒にここマグエルの孤児院でお世話になる事になった。
これからどんな生活が待っているのだろうと不安に思う私達とは違って、シスターたちは本当に嬉しそうに私達を送り出してくれたっけ……。
「あ、新しく来た子? 私はコットン、この花壇の管理を任されてるの」
「ピ、ピレーネです……。って、こんなに立派な花壇を、コットンが管理してるの?」
「ピレーネもお花が好きなんだ? 嬉しいなっ。マグエルの子たちはみんな畑の方にしか興味が無くって」
元々マグエルでお世話になっていたという同い年のコットンとは直ぐに仲良くなった。
お花のお世話なんてしたことがなかったけれど、丁寧に教えてくれるコットンのおかげで楽しくお世話することが出来た。
マグエルの孤児たちは、誰もお花に興味を持ってくれなかった。
確かにそう言っていたはずのコットンは、何も知らない私に的確に仕事を教えてくれた。
「……ねぇコットン。貴女なんだか、人に教え慣れてない?」
「ふふ、まぁね~っ」
そんな風に問いかける私にコットンは、私の話を聞いてくれるのはお花を好きな人だけなんだよって嬉しそうに笑っていた。
「次はこれを運べばいいんだな? 任せとけっ」
孤児たちの稼ぎ頭、孤児だけで構成された初めての魔物狩りパーティ『幸福の先端』。
そのリーダーのワンダは、元々マグエルでお世話になっていたということもあって、コットンも頼りやすいみたい。
魔物狩りの合間に、ちょくちょく花壇のお世話を手伝ってくれた。
だけど、稼ぎ頭のワンダに雑務を頼むのは気が引けてしまう……。
幸福の先端の他のメンバーは花壇にあまり興味が無いみたいだし、ワンダも無理しなくていいからね?
「ははっ! 俺は他のみんなよりも疲れ難いんだよ、このくらいなんてことないさっ」
職業の話はあまり分からなかったけれど、旅人に転職すると他の人よりも疲れにくくなるみたい。
だからワンダは他の誰よりも熱心に訓練をしながら、積極的に私とコットンを手伝ってくれた。
コットンがワンダはお調子者だって言ってたけど……全然そんな風には感じないなぁ? 凄く頼り甲斐のある男の子じゃないの?
「だああああああくっそー! もう1回! もう1回やるぞダンっ!」
そんなワンダも、この孤児院を作ったっていう人の前ではすっごく子供っぽくなっちゃう。
普段はあんなに頼り甲斐があるのに、まるで子供みたいにダンさんに纏わり付くワンダを見て、なんだか可愛いと思ってしまった。
「何回でも付き合ってやるけど、カッカしないで冷静になりな。実力が上の相手と戦うのに冷静さまで欠いてちゃ話にならないっての」
「気合で負けてたらそれこそ勝負にならないだろっ! 今度こそ絶対1本取ってやるからなーっ!」
幸福の先端6人を同時に相手取りながら、涼しい顔で駄目出ししているダンさん。
スポットの最深部で稼いでいるって話だし、大人の魔物狩りって凄いんだなぁ。
そして迎えた年末。本来私の人生が閉ざされるはずだった日……。
けれどこの日は教主イザベル様の立会いの下、14歳の孤児たちの納税が行われたのだった。
「そうだ、お礼……! って、シスターは!? 教主様やダンさん達は!?」
「ダンたちなら話があるとかで、教主様と一緒に応接室に行っちまったぜ?」
借金の無くなったステータスプレートを見てトライラム様に感謝をしていると、いつの間にかダンさん達が居なくなっていた。
私も他の子たちも、嬉しすぎてついお礼を言いそびれちゃったの……。失敗したなぁ……。
滞納していた人頭税が無くなったその夜はなんだか全然現実感がなくて、明日目が覚めたら全てが夢だったんじゃないかと逆に不安になった。
だからこの日は、私と同じような気持ちでいたコットンと抱きあって眠りについたっけ……。
「元々小さな子供達の面倒を見ていた貴女達なら、なぁにも難しいことはありませんからねーっ?」
「「がっ、がんばりますっ……!」」
15歳になっても奴隷になる必要が無くなった私は、コットンと一緒に修道士に転職して、マグエルの孤児院で正式に働き始めた。
転職の時にスペルディアの教会に顔を出したら、みんな私のステータスプレートを信じられないといった顔で食い入るように見てたなぁ。
孤児院のシスターとして充実した日々を送りながら、コットンと2人で楽しく花壇を管理する毎日。
積極的に手伝ってくれたワンダはとうとう冒険者になって、スペルディアの教会への送り迎えで一緒に過ごすことが増えた。
だからそんなワンダに求婚されても、私は嬉しいとしか思わなかったなぁ。
……流石に、コットンと一緒に貰われるとは思ってなかったけど?
「それにしてもピレーネが妊娠とはね。去年の今頃なんて大体塞ぎこんでた記憶しかないってのに、たった1年で見事にひっくり返っちまったな~……」
シーズの言葉に、嬉しさと恥ずかしさでいっぱいになってしまう。
15歳で終わると思っていた私が、好きな人との新しい命を宿すことが出来るなんて、未だに信じられないの……!
今までのスペルド王国では、人頭税が賄えないという理由で子供を諦める人が多かった。
この国ではよっぽどのお金持ちでもない限り、子供のお世話は1人か2人が関の山なのだ。
だからこそ、両親が健在でも教会に預けられる孤児はあとを絶たなかった。
けれどマグエルでは魔物狩りとダンさんたちを中心に物凄い勢いでお金が流れ始めて、今まで諦めていた出産に挑戦する人たちがとても多くなっているの。
そんなおめでたいムードのマグエルの中で、自分も祝福されながら子供を身篭ることが出来るなんて奇跡としか思えない……。
「私達ですら、2人パーティなのに自分の人頭税を払えちゃいそうだもんねぇ。それこそワンダ達なら、いくら子供を作っても余裕で養えちゃいそう」
自分達も魔物狩りを始めたチャールだからこそ、ワンダ達の稼ぎの凄さを実感しているのかもしれない。
好きな人と何人でも子供を作れるなんて、こんなに幸せなことってないよぉ……!
「はっはっは! 旦那を想って蕩けるのは後にしろって! 今は職業浸透を進めようぜ、ピレーネ」
私をからかいながら勢い良く立ち上がるシーズ。
これから私は2人に護衛されながら、スポットで職業浸透を進める予定なんだ。
全くシーズったら。悪ぶりながらも、相変わらず面倒見がいいんだから。
妊娠した私が魔物狩りに同行するなんて。
以前ならそんな危険な事は出来ないって断っていたと思う。
だけど今の私達なら分かるんだ。新しく命を育むことになるからこそ、今よりも強くなっておかなければいけないのだと。
……なんて偉そうな事を言ってしまったけれど、戦闘訓練を受けていない私ははっきり言ってお荷物だ。
チャールとシーズに守られながら、2人が狩った魔物から職業浸透を進めさせてもらうことしかできない。
なんだかズルをしているような気持ちになってしまうけど、非戦闘員の護衛と職業浸透の手伝いはチャールとシーズに限らず、トライラムフォロワーの子たちはみんなやっていることだったりするの。
『この国の全ての人間が戦えるとは限らない。けれど、戦えない人間にも職業の加護は絶対に必要だ』
ダンさんが言い始めたこの考え方はトライラム教会でも大きな共感を得られ、戦えなかったシスターたちの職業浸透なども着々と進められているみたいなんだよね。
今や殆どのシスターがインベントリを使えるようになっているし、教会兵の皆さんも護衛の訓練に最適だと喜んでいるんだ。
「行ったぜチャール! 通すなよ!?」
「まっかせなさい! ピレ姉には指1本触れさせないんだからーっ!」
戦えない私が見ても安心感を覚えるほど、2人は危なげなく魔物を狩り続ける。
2人は普段からスポットに潜っているそうだから、足手纏いの私が居ても問題ない場所をしっかり選定して魔物を迎え撃っているみたい。
この2人なんて、私よりマグエルに北のが遅かったはずなのに、本当に逞しく成長しているなぁ……。
「ピレーネは申し訳無いとばっかり思ってるみたいだけどさ。俺達にだってちゃんとメリットがあるから誘ってんだぜ?」
「え、私ってただの足手纏いじゃ……? 私を連れまわすメリットなんてあるの?」
「まーもちろん、婚姻、出産祝いって面も無くはないけどなー?」
にひひっと、まるで男の子のように笑うシーズ。
どうやらシーズは、出産には体力の消耗が激しいと聞いて、出産までに私を旅人に転職させたいと思ってくれているようだった。
「それに、私達は2人しか居ないから、知り合いじゃないと護衛訓練が出来ないんだ。今後は調査や発掘で非戦闘員と一緒になる可能性も高いのにねっ?」
護衛対象に万が一を起こすわけにはいかないから仕方ないんだけどさぁ~何て言いながら、プリプリと頬を膨らませているチャール。
不満を零すチャールの姿からは、将来への希望が満ち溢れているように見えた。
「……チャールは凄いなぁ。そんな先のことまでしっかりと考えて行動してるなんて」
「ははは! そんないいもんじゃないんだって!」
「えっ?」
思わず零れた私の言葉を、アウターの中で豪快に笑い飛ばすシーズ。
この大きな笑い声で魔物が集まってきても、2人には蹴散らす自信があるんだね。
「チャールって昔っから、なーんかタイミングが悪いだろ? だから護衛任務とかでもタイミング悪くトラブルが発生しそうでビビってんだよっ」
「んなっ!? かっ、考え無しよりはいいでしょーっ!? ダンだって慎重すぎるくらいでちょうどいいって言ってくれたもーん!」
スポットの中、魔物の領域でも普段と変わらない2人の様子に、なんだか妙に安心感を覚えてしまう。
魔物の領域でも普段通りの2人が、すっごく頼もしく見えるよ。
日没までスポットの入り口付近で魔物を狩り続け、日が落ちきる前にマグエルに帰還した。
「徒歩での移動が面倒臭いんだよねー。贅沢な悩みだってのは分かってるんだけどさー」
「ダンやワンダ達を見てるとどうしてもなぁ。移動魔法のある無しで浸透の効率も段違いだって言うしよぉ」
冒険者ギルドに向かいながら、移動魔法でもっと効率的に稼ぎたいとぼやく2人。
普段の2人はもう少し深いところで魔物を狩っているみたいだけど、護衛中は万が一も起こさないようにと、余裕を持って魔物に対処できる場所でしか戦う気は無いんだって。
これで2人とも戦闘職じゃないって言うんだから、訓練と装備品って本当に凄いなぁって思う。
そして私を庇いながらも全く息切れもせず、大量のドロップアイテムをインベントリに回収していた2人を見ていると、私も早く旅人になってみたいなぁと思わされちゃうよ。
2人も戦士に転職できたら、私を連れてももう少し深いところまで潜ってくれるつもりみたいだけど。
「愛する男と愛を育み、子供を育てる、かぁ。悪いけど俺には全然想像できねぇなぁ」
「うんうん。私達が子供を作れるなんて思ったこともなかったもんねー。他のみんなも私達と同じ意見だと思うなー」
冒険者ギルドでドロップ品の売却処理を待っている間、チャールとシーズがしみじみと呟いた。
身篭って改めて思うのは、子供って未来の結晶そのものみたいだってことだ。
子供が産めるから未来を信じられる。未来が閉ざされていないから子供が産めるんだ。
多くの子供達の未来が閉ざされてきたこの国が閉塞感に満たされていたのは、今にして思えば当然だったのかもしれないなぁ。
「子供が生まれたらあんまり身動きできなくなっちゃいそうなもんだけど、ピレーネの場合は旦那が冒険者やってるから、いつでもどこでもひとっ飛びで行けるよな。なんかもうほんと、去年と今年で常識が違いすぎて戸惑うぜ」
「あはは。私達も冒険者になってポータルを使えるようになったら、子供を育てながら世界中を旅できるんじゃないの? シーズ~っ、貴女も遠慮せずに誰かを好きになってもいいんだよっ」
「ばばばば、馬鹿言ってんじゃねえよこの馬鹿チャール! 俺はそういうのはいいんだよ! 俺は今の生活が充実しまくってるから余計な事は考えてないんだっての!」
珍しくチャールにからかわれて真っ赤に赤面するシーズ。この調子じゃまだまだ好きな人なんて現れないかしら?
だけどシーズって面倒見も良くって頭もいいから、案外こういう男勝りな娘ほどあっさりと婚姻を結んじゃったりしてね?
2人が子供を産んだら、世界中を飛び回る2人に代わって私が孤児院で面倒を見てあげるからさ。早く2人も子供を作ってくれないかなっ?
戦えない私が2人に出来る恩返しなんて、そのくらいしかないもんねっ。
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「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
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毎日更新していこうと思います
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