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6章 広がる世界と新たな疑問1 蜜月の日々
384 貨幣 (改)
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「俺とラズの話、聞いてみる気になってくれたかい?」
問いかけてくる様子とは裏腹に、聞かずにはいられないだろうと? ドヤ顔を見せてくるロイ殿下。
俺達と敵対する気は無いと言いながら、組織レガリアのことを口にするロイ殿下とラズ殿下。
神器のことも知っているみたいだし、確かに話を聞かないわけにはいかなそうだ。
警戒心を抱く俺に、あまり感情の篭っていない言葉で語り始めるラズ殿下。
「この馬鹿のせいで警戒させる事になってしまいましたが、私達は本当にダンさん達と敵対する気は無いんですよ。敵対したって勝ち目は無いですしね」
……敵対を避ける理由が勝ち目が無いから、か。なかなか強かっぽいなこの人は。
深窓の令嬢のような見た目のラズ殿下の言葉からは感情を感じられなくて、ロイ殿下以上に底が知れない。
しかし警戒心を抱く俺の前で沈黙を続けるのは得策ではないと思ったのか、ラズ殿下は俺が口を開く前に説明を始めてくれた。
「今回無理を言ってダンさん達とお会いする機会を作ってもらったのは、単純に興味があった事と、直接会ってお礼を申し上げたかったからなんです」
「興味はともかくお礼……? 俺と両殿下には面識はないと思うけど」
お礼と言われても全く心当たりが無い。
ラズ殿下とロイ殿下はもちろんのこと、マーガレット殿下とお会いしたのも最近になってからだし、以前会ったボンクラシモンは鬼籍に入られてるし?
ラズ殿下の言葉に全く心当たりが無い俺に、ロイ殿下が説明を引き継いでくれる。
「組織のレガリアと繋がりがあったのは本当さ。でもこの情報のせいで無駄に警戒させてしまったようでごめんよ。俺とラズがレガリアと通じていた理由は1つ。見目麗しい異性を調達して貰えていたからさっ!」
「……は?」
当然の様に言い切るロイ殿下に、思わず素で反応してしまう。
色狂いというリーチェから受けた説明に相応しい態度のロイ殿下と、相違ありませんとロイ殿下の言葉を肯定するラズ殿下。
いや、色狂い自体は別にいいとして、この人達王族でしょ?
組織レガリアなんかに頼らなくても、男も女も選び放題なんじゃないの?
「ナンセンスだねダンさん。王族の地位に集ってくる小バエどもに価値なんて無いのさっ」
「こ、小バエって……」
「これでも俺は恋愛至上主義でね。女性とは心から愛し合いたいと思ってるのさっ!」
「つまり王族という身分を隠して逢瀬を重ねるのに、レガリアにひと役買ってもらっていたというわけです」
淡々とした口調で語るラズ殿下だけど……。
組織レガリアとの関わり方が余りにも低俗すぎて、反応に困るんだよ?
「無能と言われてはおりますが、一応私どもは王族。衆人環視の中に囚われていますから。協力者無しには城から抜け出すのも容易ではなかったのです」
「しししっ、城から抜け……!? なななな……!?」
お花畑全開のロイ殿下の言葉を、ラズ殿下が分かりやすく解説してくれる。
そして2人の言葉を聞いたゴブトゴさんは、王族が自由に城から抜け出していたことを知って思いきりパニクっている。可哀想に。
……しかし、自分を無能と評する者を侮ることは出来ないな。無知の知って奴だ。
「いやぁ王子って身分を隠して女性と逢瀬を重ねるの、すっごい興奮するんだよ! そして身も心も重なり合った後に、実は王子なんだってネタばらしするとねっ、もう最高なんだっ!」
「城から出られない私達に代わって、私達の好みの異性を調査して探してもらっていたんですよね。レガリアからの見返り要求は特にありませんでした。私達を骨抜きに出来れば良かったのかもしれません」
なんかエロい妄想をしているっぽいロイ殿下と、俺の疑問に先回りして答えてくれるラズ殿下。
レガリアとの繋がりがあるってことは、レガリアが組織された経緯も知っているってことか……。
王族の自分達を色に溺れさせることこそがレガリアの狙いだと知りつつ、あえてその思惑に乗っかって色に溺れ続けたと。
「……って、その流れだと俺に感謝する理由は無くない? 俺ってレガリアをぶっ潰した張本人なんだけど?」
「はい。それではもう少し詳しく説明させていただいても?」
混乱冷めやらぬゴブトゴさんと、意識が彼方に飛んでいるロイ殿下を放置して、どうぞとラズ殿下に説明を求めた。
ラズ殿下の説明をひと言で表すなら、『遊ぶ金欲しさ』って奴だった。
組織レガリアは協力者ではあったけれど、必要以上にお金を工面してくれることはなかったらしい。
国庫から好き放題にお金を抜くのも限界があるので、2人ともデート資金に困り果てていたそうだ。
この時点で頭が痛くなる想いだし、ゴブトゴさんは実際頭を抱えていた。
遊ぶ金が欲しい。だけどお金が工面できない。
そんな時、毎年滞るはずの孤児の人頭税が支払われ、莫大な資金が国庫に納められた。
何事かと思って納税記録を確認すると、マグエルの納税記録に俺の名前を発見したと。
あの時はトライラム教会の要請で、孤児の納税は全部俺が代行する形になったからなぁ……。
更には昨年末あたりからヴァルハールの硬貨流通量が増え始め、マグエルを中心に国全体が潤い始め、国庫からバレずに抜ける金額も跳ね上がったと。
色事の次に豪遊も好きなお2人にとって、俺は正に救世主の様に映ったって?
なんか全然褒められてる気がしないし、そもそも思いっきり横領・着服してるのに悪びれてすらいないんだけどこの人達……。
「俺達はレガリアと違って、別に国民を苦しめる趣味は無いからね。国政に問題の無い範囲でしか着服しないから安心してよ」
「その上、今度は犯罪奴隷の有効活用方まで提示してくださいました。あれのおかげで始まりの黒からの硬貨産出量は跳ね上がってくれるはずです」
なるほどねぇ……。
別にこの2人の贅沢を助長していたわけじゃないけど、税金を好き勝手に横領できる身分のこの2人にとっては、国が富めば富むほど贅沢が許されるって図式が成り立っちゃったわけか……。
「どうです? これはもうお礼を言わずにはいられないでしょう?」
にっこりと笑って俺に頭を下げるラズ殿下。
国民の税金を思いっきり着服しておいて、礼も何もあったもんじゃないと思うけどなぁ……!?
……でも、この2人は自分達さえ満足していれば害の無いタイプに思える。
俺と敵対する気が無いのも本当だろう。
もし仮に俺が2人の不正を暴き、国庫の着服を止めさせようとした場合、この2人はあらゆる手を使って俺と敵対する道を選ぶ気がする。
敵対関係を回避するのは容易だけど、敵対してしまうと相当に厄介なタイプと見た。
「って、ヴァルハールの硬貨産出量が増えているのに、スペルディアでも硬貨の産出量が増えている? それってインフレを起こしたりする危険性があるんじゃ……」
「ん? インフレって何かな? お金が増えると良いことしか無いと思うけど?」
俺の言い分が理解できない様子のロイ殿下。
この世界にインフレって概念は無いのか。どっちかと言うと、お金の流通量が全然足りてないデフレに近い状態かな。
っというか、この世界の通貨ってドロップアイテムなんだよな?
国や銀行が発行している通貨とはそもそもシステムが違うんだ。地球の常識が当てはまらない可能性も……。
いや、ドロップアイテムだからこそコントロールが難しいんじゃないのか?
現状は問題が起こっていないみたいだけど、ヴァルハールとスペルディアで硬貨が生み出され続ければ、そのうちハイパーインフレと呼ばれるような大規模な物価上昇が起こるんじゃ……?
「えっと、上手く説明できるか分からないんだけど……。世界中に大量の硬貨が出回ることで、お金が有り触れた物になってその価値が下がり、相対的に商品の価値が上がってしまう現象が起こるんじゃないかって心配なんだよ」
「……なるほど? 要は通貨の過剰供給が起こりうるのではないかと心配されているのですね」
ぐっ……! インフレって概念が無いくせに、俺の拙い説明をひと言でまとめてきたよラズ殿下……!
どこが無能なんだよぉ。この人を無能扱いする方がよっぽど無能でしょぉ……?
「なぁるほど? ダンさんは変なことを気にするねぇ? 普通お金の流通量なんて気にしなくない? 為政者ですら」
為政者ですら気にしない、か。確かにその通りなのかもしれない。
特に、経済成長しているのかすら分からないこの国の貨幣の流通量を気にしたって、現状では意味が無いのかもしれないなぁ……。
「まっ、でも心配要らないよ。お金は多ければ多いほどいいんだ。過剰供給なんてありえないのさ」
そしてロイ殿下のほうもインフレの概念を完璧に把握しているようだ。
ハッキリ言って俺の方こそ敵対したくないな、この2人とは。
でも、過剰供給がありえないってどういうことだ……? 実際に産出量は増え続けているのに。
「これは一般には知られてない情報なんだっけ? でもま、ダンさんになら教えてもいいよね。どうかなラズ?」
「教えても良いというか……、教えた方が良さそうですね。あれだけの経済効果を発生させてきながら、実は通貨の過剰供給を懸念していたなんて驚きです。その心配が無いと知ったダンさんが、いったいどれ程の経済効果を齎してくださるのか……!」
終始冷静だったラズ殿下が、うっとりとした様子でお金について語っている。
……自分に正直っていうのは本当のようだ。
金と恋愛に関してさえ満足してもらえれば、もしかしたら国庫に手をつけることすら止めてもらえるかもしれない。
それにしても、通貨の過剰供給がありえない事情ってなんだろう?
そんな要素があるなら、現代日本でもガンガンお金を作って回すことが出来ただろうに。
「ダンさん。硬貨ってドロップアイテムなんだよ? インベントリにだって収納できるしね。こう考えると逆に不思議じゃないかい? 人間の商取引に使われるだけの何の価値も無いアイテムが、魔物から産出されるなんてさ」
回りくどいロイ殿下の言い回しに、なるほどと思う。
今まで俺は、魔物から硬貨が得られることを疑問になんて思ったことは1度も無かった。
それはきっと、この世界がゲーム的な世界だと認識していたからだろう。
ロールプレイングゲームでは、討伐した魔物からお金を得るのは一般的なシステムだ。
だからこの世界をデザインした誰かも同じことをしたんだろうと、深く考えずに受け入れていた。
だけどこの世界はゲームじゃなくて、ゲームを参考にデザインされたものでも無いのならば。
人間同士の取引にしか使えないようなアイテムが魔物からドロップするのは……。確かに違和感があるかもしれない。
「もったいぶらずに言っちゃうとね? 硬貨って触媒になるんだよ。硬貨を触媒にして、触媒にした硬貨と同価値のあらゆるドロップアイテムを生み出すことが出来るのさ」
「「「…………はぁっ!?」」」
俺とリーチェとヴァルゴ、そしてゴブトゴさんの声が重なる。
ゴブトゴさんも知らなかったってことは、この情報は組織レガリアから齎されたものってことか……。
ちっ……。あの亡霊ども、くだらねぇ真似しやがって……!
硬貨からドロップアイテムが得られるのであれば、それで救える多くの命だってあっただろうに……!
正に今クラメトーラまでの道を通したってのによぉ……。
硬貨から食用肉や水玉を生成できたのであれば、全く事情は変わってきたんじゃねぇか……! くそったれ……!
「……つまり、硬貨を触媒に欲しいドロップアイテムをイメージしてアイテム作成を発動すれば、任意のドロップアイテムを得られると?」
「わおっ!? ダンさんってその辺の王族よりもずっと色々なことを知ってるね? 大正解だよっ」
「ちなみにドロップアイテムの価格はどこでも一緒でしょう? その理由は、触媒になる硬貨を基準に決められているからなんです。装備品の価格も王国法で定めてあるんですよ」
宰相であるゴブトゴさんが触媒のことを知らなかったのに、それを基準に値段が決められているって……。
そこまで組織レガリアに好き勝手やられてたってことなのかな。
ドロップアイテムと装備品の価格が統一されているなら、それじゃ行商なんてどうやって……。
ってそうか。この世界はドロップアイテム以外はインベントリに収納することも、一定量以上移動魔法で運ぶことも出来ないんだった。
現にアッチンで出会った時のティムルは、巨大なバッグに荷物をパンパンに詰め込んでいた。
あの時のティムルはインベントリが使えなかったわけだけど、移動魔法での帰還を選択しなかったことを考えると、あの時の商材もドロップアイテムではなかったのだろう。
「この馬鹿があらゆるドロップアイテムと言ってしまいましたが、生み出せるのは素材のみだという話ですよ。装備品だったりマジックアイテムを硬貨から直接生み出すことは出来ないそうです」
「ま、これで通貨の過剰供給の心配が無いことは理解してもらえたかい? もし通貨の方が過剰だと判断すれば、ドロップアイテムに変えちゃえばいいだけなんだ」
ちぃっ! これを知ってさえいれば、金余りだった俺達にはいくらでも出来ることがあったってのになぁ……!!
収集が大変なのに価値の無い水玉って、いったいなんの意味のあるドロップアイテムなんだと思っていたけど……!
1リーフで水玉1つ生み出せると分かった今じゃ、その価値は大きく変わってくるじゃねぇかよ……!
ミスリルの装備品なんて、銀さえあればいくらでも用意できる。
レアドロップ品扱いでなかなか入手出来ない銀を、金で解決出来たなら……!
色々な想いが脳内を渦巻くけれど、過ぎてしまったことはもうどうしようもない。
今知りえた情報はこれから活用していけばいいんだ。落ち着けっ……!
「さっき2人はからお金が足りないようなことを言ってるけど……。つまりドロップアイテムを硬貨に変換することは不可能なんだ?」
「これまたご明察だね。少なくとも現時点では、硬貨の入手方法は特定のアウターで魔物を狩るしかないんだ。だから俺達は、スペルド王国内の硬貨産出量を跳ね上げてくれたダンさんに感謝してるんだ」
「それで無くても、ドロップアイテムである硬貨はインベントリに収納しておかないと、一定周期で魔力に還元されてしまいますからね。正直言って、まだまだ硬貨の流通量は不足していると思っていますよ?」
マジかよ。お金が自然消滅しちゃうわけ? この世界って。
そう考えると旅人を浸透させる重要性って計り知れないよな。防犯性も上がるし?
詳しく説明を聞くと、銅貨で5年前後、銀貨と金貨で15年前後で消滅することが確認済みであり、こっちの事実はゴブトゴさんも把握していたようだ。
徴収が滞っているのが分かっていても人頭税を廃止出来なかったのは、国庫に常に一定量の硬貨を収めておきたいからという理由もあるらしい。
まぁ大体は組織レガリアの嫌がらせだとは思うけどね。
王金貨は少なくとも100年以上は消失することは無く、現時点では消失を確認出来ていないらしい。
そして王金貨は金貨に、金貨は銀貨にと、硬貨同士であればアイテム作成で両替することも可能だとのこと。
「アウターエフェクトのドロップアイテムを生成することは可能なのかな? 素材のみって考えると、スキルジュエルやアウターレア装備なんかは無理だと思うけど」
「サラッととんでもない事言うねっ!? スキルジュエルやアウターレア武器は無理だと思う。けどアウターエフェクトのドロップアイテムまでは知らないよ? 見たこともないし」
んー、検証しておくべきだろうか?
でも別に素材には困ってないんだよなぁ。むしろ死蔵されてるドロップ品を換金したいわ。
まぁいいや。硬貨のことを知れたのは収穫だけど、そのせいでどっと疲れたよ。早く帰ってひと眠りしたい。
リーチェとヴァルゴと思いっきり運動したあとにねっ!
「興味深い話だったけど、両殿下のお礼は受け取っておくよ。それで用事はもう終わりかな?」
「いえ、もう1つお聞きしたいことがあるんですが……。その前に、まずはお手紙への対応を教えていただけますか? この馬鹿のせいで脱線してしまって、ダンさんの判断を聞きそびれてしまいましたから」
あ、そう言えば元々キュールって人物からの手紙のせいで呼び出されたんだっけ。
硬貨の話が衝撃的過ぎてすっかり頭から抜け落ちてたよ。
こっちの都合は特に無し。会って話をしたいだけなら適当に日程を調整してもらう様にお願いする。
ただし、連絡はゴブトゴさんを通じて行うことを原則とさせてもらう。俺達に直接接触してきても応じないよっと。
「手紙の件は確かに承った。正直両殿下のせいでそれどころではないのだが……。確実に伝えると約束する」
ゴブトゴさん、これから大変だろうなぁ……。両殿下が思いっきり税金を着服していたわけだし。
国を揺るがす大スキャンダルなのに、この2人は敵に回したくない凄みがある。そりゃゴブトゴさんも頭を抱えるよ。
「それとせっかく来てもらったのだ。ついでで申し訳ないが、以前頼まれていたマインドディプリート、とりあえず3つだけだがお渡ししておく」
「えっ、マジでっ!? サンキューゴブトゴさんっ」
「追加分はいつ渡せるのか約束出来そうにないがな。当面はコレで凌いで欲しい」
そして魔玉をひと回り大きくしたような、水晶玉のような見た目のマインドディプリートを受け取る。
このマジックアイテムは触れている相手の魔力を大気に還元する性能があるらしく、事故を起こさない様にと釘を刺された。
なんとなく軍事転用できそうな気がしないでもないけど、危険な思考はポイーッとします。
「手紙の件はこれで片付いたねっ。それじゃ俺達がダンさんに会いたかった本当の理由を告げさせて貰うよっ」
ロイ殿下が居住まいを正して真剣な表情を浮かべる。
……正直聞きたくないなぁ。
硬貨の話ですら衝撃的だったのに、これ以上碌でもない話を聞かされたくないっての。
とはいえ、この2人を放置するのも怖いし、聞くしかないんだろうけどなぁ。
俺の目の前で、両殿下は覚悟を決めるように頷き合う。
やがて、まるで一生に1度のお願いをする子供のような真剣な表情でロイ殿下が口を開いた。
「ダンさん! 貴方はいったいどうやって沢山の女性を満足させているんだいっ!?」
「……………………は?」
物凄く真剣に物凄く下世話な話題を切り出されて、相手が王族なのも忘れて素で聞き返してしまう俺。
あ~……。そう言えばこの人たち色狂いだったね。硬貨の話よりもシモの話のほうが重要なわけだ……。
想定とは別ベクトルで、想定通り碌でもない話になりそうだよぉ……。
問いかけてくる様子とは裏腹に、聞かずにはいられないだろうと? ドヤ顔を見せてくるロイ殿下。
俺達と敵対する気は無いと言いながら、組織レガリアのことを口にするロイ殿下とラズ殿下。
神器のことも知っているみたいだし、確かに話を聞かないわけにはいかなそうだ。
警戒心を抱く俺に、あまり感情の篭っていない言葉で語り始めるラズ殿下。
「この馬鹿のせいで警戒させる事になってしまいましたが、私達は本当にダンさん達と敵対する気は無いんですよ。敵対したって勝ち目は無いですしね」
……敵対を避ける理由が勝ち目が無いから、か。なかなか強かっぽいなこの人は。
深窓の令嬢のような見た目のラズ殿下の言葉からは感情を感じられなくて、ロイ殿下以上に底が知れない。
しかし警戒心を抱く俺の前で沈黙を続けるのは得策ではないと思ったのか、ラズ殿下は俺が口を開く前に説明を始めてくれた。
「今回無理を言ってダンさん達とお会いする機会を作ってもらったのは、単純に興味があった事と、直接会ってお礼を申し上げたかったからなんです」
「興味はともかくお礼……? 俺と両殿下には面識はないと思うけど」
お礼と言われても全く心当たりが無い。
ラズ殿下とロイ殿下はもちろんのこと、マーガレット殿下とお会いしたのも最近になってからだし、以前会ったボンクラシモンは鬼籍に入られてるし?
ラズ殿下の言葉に全く心当たりが無い俺に、ロイ殿下が説明を引き継いでくれる。
「組織のレガリアと繋がりがあったのは本当さ。でもこの情報のせいで無駄に警戒させてしまったようでごめんよ。俺とラズがレガリアと通じていた理由は1つ。見目麗しい異性を調達して貰えていたからさっ!」
「……は?」
当然の様に言い切るロイ殿下に、思わず素で反応してしまう。
色狂いというリーチェから受けた説明に相応しい態度のロイ殿下と、相違ありませんとロイ殿下の言葉を肯定するラズ殿下。
いや、色狂い自体は別にいいとして、この人達王族でしょ?
組織レガリアなんかに頼らなくても、男も女も選び放題なんじゃないの?
「ナンセンスだねダンさん。王族の地位に集ってくる小バエどもに価値なんて無いのさっ」
「こ、小バエって……」
「これでも俺は恋愛至上主義でね。女性とは心から愛し合いたいと思ってるのさっ!」
「つまり王族という身分を隠して逢瀬を重ねるのに、レガリアにひと役買ってもらっていたというわけです」
淡々とした口調で語るラズ殿下だけど……。
組織レガリアとの関わり方が余りにも低俗すぎて、反応に困るんだよ?
「無能と言われてはおりますが、一応私どもは王族。衆人環視の中に囚われていますから。協力者無しには城から抜け出すのも容易ではなかったのです」
「しししっ、城から抜け……!? なななな……!?」
お花畑全開のロイ殿下の言葉を、ラズ殿下が分かりやすく解説してくれる。
そして2人の言葉を聞いたゴブトゴさんは、王族が自由に城から抜け出していたことを知って思いきりパニクっている。可哀想に。
……しかし、自分を無能と評する者を侮ることは出来ないな。無知の知って奴だ。
「いやぁ王子って身分を隠して女性と逢瀬を重ねるの、すっごい興奮するんだよ! そして身も心も重なり合った後に、実は王子なんだってネタばらしするとねっ、もう最高なんだっ!」
「城から出られない私達に代わって、私達の好みの異性を調査して探してもらっていたんですよね。レガリアからの見返り要求は特にありませんでした。私達を骨抜きに出来れば良かったのかもしれません」
なんかエロい妄想をしているっぽいロイ殿下と、俺の疑問に先回りして答えてくれるラズ殿下。
レガリアとの繋がりがあるってことは、レガリアが組織された経緯も知っているってことか……。
王族の自分達を色に溺れさせることこそがレガリアの狙いだと知りつつ、あえてその思惑に乗っかって色に溺れ続けたと。
「……って、その流れだと俺に感謝する理由は無くない? 俺ってレガリアをぶっ潰した張本人なんだけど?」
「はい。それではもう少し詳しく説明させていただいても?」
混乱冷めやらぬゴブトゴさんと、意識が彼方に飛んでいるロイ殿下を放置して、どうぞとラズ殿下に説明を求めた。
ラズ殿下の説明をひと言で表すなら、『遊ぶ金欲しさ』って奴だった。
組織レガリアは協力者ではあったけれど、必要以上にお金を工面してくれることはなかったらしい。
国庫から好き放題にお金を抜くのも限界があるので、2人ともデート資金に困り果てていたそうだ。
この時点で頭が痛くなる想いだし、ゴブトゴさんは実際頭を抱えていた。
遊ぶ金が欲しい。だけどお金が工面できない。
そんな時、毎年滞るはずの孤児の人頭税が支払われ、莫大な資金が国庫に納められた。
何事かと思って納税記録を確認すると、マグエルの納税記録に俺の名前を発見したと。
あの時はトライラム教会の要請で、孤児の納税は全部俺が代行する形になったからなぁ……。
更には昨年末あたりからヴァルハールの硬貨流通量が増え始め、マグエルを中心に国全体が潤い始め、国庫からバレずに抜ける金額も跳ね上がったと。
色事の次に豪遊も好きなお2人にとって、俺は正に救世主の様に映ったって?
なんか全然褒められてる気がしないし、そもそも思いっきり横領・着服してるのに悪びれてすらいないんだけどこの人達……。
「俺達はレガリアと違って、別に国民を苦しめる趣味は無いからね。国政に問題の無い範囲でしか着服しないから安心してよ」
「その上、今度は犯罪奴隷の有効活用方まで提示してくださいました。あれのおかげで始まりの黒からの硬貨産出量は跳ね上がってくれるはずです」
なるほどねぇ……。
別にこの2人の贅沢を助長していたわけじゃないけど、税金を好き勝手に横領できる身分のこの2人にとっては、国が富めば富むほど贅沢が許されるって図式が成り立っちゃったわけか……。
「どうです? これはもうお礼を言わずにはいられないでしょう?」
にっこりと笑って俺に頭を下げるラズ殿下。
国民の税金を思いっきり着服しておいて、礼も何もあったもんじゃないと思うけどなぁ……!?
……でも、この2人は自分達さえ満足していれば害の無いタイプに思える。
俺と敵対する気が無いのも本当だろう。
もし仮に俺が2人の不正を暴き、国庫の着服を止めさせようとした場合、この2人はあらゆる手を使って俺と敵対する道を選ぶ気がする。
敵対関係を回避するのは容易だけど、敵対してしまうと相当に厄介なタイプと見た。
「って、ヴァルハールの硬貨産出量が増えているのに、スペルディアでも硬貨の産出量が増えている? それってインフレを起こしたりする危険性があるんじゃ……」
「ん? インフレって何かな? お金が増えると良いことしか無いと思うけど?」
俺の言い分が理解できない様子のロイ殿下。
この世界にインフレって概念は無いのか。どっちかと言うと、お金の流通量が全然足りてないデフレに近い状態かな。
っというか、この世界の通貨ってドロップアイテムなんだよな?
国や銀行が発行している通貨とはそもそもシステムが違うんだ。地球の常識が当てはまらない可能性も……。
いや、ドロップアイテムだからこそコントロールが難しいんじゃないのか?
現状は問題が起こっていないみたいだけど、ヴァルハールとスペルディアで硬貨が生み出され続ければ、そのうちハイパーインフレと呼ばれるような大規模な物価上昇が起こるんじゃ……?
「えっと、上手く説明できるか分からないんだけど……。世界中に大量の硬貨が出回ることで、お金が有り触れた物になってその価値が下がり、相対的に商品の価値が上がってしまう現象が起こるんじゃないかって心配なんだよ」
「……なるほど? 要は通貨の過剰供給が起こりうるのではないかと心配されているのですね」
ぐっ……! インフレって概念が無いくせに、俺の拙い説明をひと言でまとめてきたよラズ殿下……!
どこが無能なんだよぉ。この人を無能扱いする方がよっぽど無能でしょぉ……?
「なぁるほど? ダンさんは変なことを気にするねぇ? 普通お金の流通量なんて気にしなくない? 為政者ですら」
為政者ですら気にしない、か。確かにその通りなのかもしれない。
特に、経済成長しているのかすら分からないこの国の貨幣の流通量を気にしたって、現状では意味が無いのかもしれないなぁ……。
「まっ、でも心配要らないよ。お金は多ければ多いほどいいんだ。過剰供給なんてありえないのさ」
そしてロイ殿下のほうもインフレの概念を完璧に把握しているようだ。
ハッキリ言って俺の方こそ敵対したくないな、この2人とは。
でも、過剰供給がありえないってどういうことだ……? 実際に産出量は増え続けているのに。
「これは一般には知られてない情報なんだっけ? でもま、ダンさんになら教えてもいいよね。どうかなラズ?」
「教えても良いというか……、教えた方が良さそうですね。あれだけの経済効果を発生させてきながら、実は通貨の過剰供給を懸念していたなんて驚きです。その心配が無いと知ったダンさんが、いったいどれ程の経済効果を齎してくださるのか……!」
終始冷静だったラズ殿下が、うっとりとした様子でお金について語っている。
……自分に正直っていうのは本当のようだ。
金と恋愛に関してさえ満足してもらえれば、もしかしたら国庫に手をつけることすら止めてもらえるかもしれない。
それにしても、通貨の過剰供給がありえない事情ってなんだろう?
そんな要素があるなら、現代日本でもガンガンお金を作って回すことが出来ただろうに。
「ダンさん。硬貨ってドロップアイテムなんだよ? インベントリにだって収納できるしね。こう考えると逆に不思議じゃないかい? 人間の商取引に使われるだけの何の価値も無いアイテムが、魔物から産出されるなんてさ」
回りくどいロイ殿下の言い回しに、なるほどと思う。
今まで俺は、魔物から硬貨が得られることを疑問になんて思ったことは1度も無かった。
それはきっと、この世界がゲーム的な世界だと認識していたからだろう。
ロールプレイングゲームでは、討伐した魔物からお金を得るのは一般的なシステムだ。
だからこの世界をデザインした誰かも同じことをしたんだろうと、深く考えずに受け入れていた。
だけどこの世界はゲームじゃなくて、ゲームを参考にデザインされたものでも無いのならば。
人間同士の取引にしか使えないようなアイテムが魔物からドロップするのは……。確かに違和感があるかもしれない。
「もったいぶらずに言っちゃうとね? 硬貨って触媒になるんだよ。硬貨を触媒にして、触媒にした硬貨と同価値のあらゆるドロップアイテムを生み出すことが出来るのさ」
「「「…………はぁっ!?」」」
俺とリーチェとヴァルゴ、そしてゴブトゴさんの声が重なる。
ゴブトゴさんも知らなかったってことは、この情報は組織レガリアから齎されたものってことか……。
ちっ……。あの亡霊ども、くだらねぇ真似しやがって……!
硬貨からドロップアイテムが得られるのであれば、それで救える多くの命だってあっただろうに……!
正に今クラメトーラまでの道を通したってのによぉ……。
硬貨から食用肉や水玉を生成できたのであれば、全く事情は変わってきたんじゃねぇか……! くそったれ……!
「……つまり、硬貨を触媒に欲しいドロップアイテムをイメージしてアイテム作成を発動すれば、任意のドロップアイテムを得られると?」
「わおっ!? ダンさんってその辺の王族よりもずっと色々なことを知ってるね? 大正解だよっ」
「ちなみにドロップアイテムの価格はどこでも一緒でしょう? その理由は、触媒になる硬貨を基準に決められているからなんです。装備品の価格も王国法で定めてあるんですよ」
宰相であるゴブトゴさんが触媒のことを知らなかったのに、それを基準に値段が決められているって……。
そこまで組織レガリアに好き勝手やられてたってことなのかな。
ドロップアイテムと装備品の価格が統一されているなら、それじゃ行商なんてどうやって……。
ってそうか。この世界はドロップアイテム以外はインベントリに収納することも、一定量以上移動魔法で運ぶことも出来ないんだった。
現にアッチンで出会った時のティムルは、巨大なバッグに荷物をパンパンに詰め込んでいた。
あの時のティムルはインベントリが使えなかったわけだけど、移動魔法での帰還を選択しなかったことを考えると、あの時の商材もドロップアイテムではなかったのだろう。
「この馬鹿があらゆるドロップアイテムと言ってしまいましたが、生み出せるのは素材のみだという話ですよ。装備品だったりマジックアイテムを硬貨から直接生み出すことは出来ないそうです」
「ま、これで通貨の過剰供給の心配が無いことは理解してもらえたかい? もし通貨の方が過剰だと判断すれば、ドロップアイテムに変えちゃえばいいだけなんだ」
ちぃっ! これを知ってさえいれば、金余りだった俺達にはいくらでも出来ることがあったってのになぁ……!!
収集が大変なのに価値の無い水玉って、いったいなんの意味のあるドロップアイテムなんだと思っていたけど……!
1リーフで水玉1つ生み出せると分かった今じゃ、その価値は大きく変わってくるじゃねぇかよ……!
ミスリルの装備品なんて、銀さえあればいくらでも用意できる。
レアドロップ品扱いでなかなか入手出来ない銀を、金で解決出来たなら……!
色々な想いが脳内を渦巻くけれど、過ぎてしまったことはもうどうしようもない。
今知りえた情報はこれから活用していけばいいんだ。落ち着けっ……!
「さっき2人はからお金が足りないようなことを言ってるけど……。つまりドロップアイテムを硬貨に変換することは不可能なんだ?」
「これまたご明察だね。少なくとも現時点では、硬貨の入手方法は特定のアウターで魔物を狩るしかないんだ。だから俺達は、スペルド王国内の硬貨産出量を跳ね上げてくれたダンさんに感謝してるんだ」
「それで無くても、ドロップアイテムである硬貨はインベントリに収納しておかないと、一定周期で魔力に還元されてしまいますからね。正直言って、まだまだ硬貨の流通量は不足していると思っていますよ?」
マジかよ。お金が自然消滅しちゃうわけ? この世界って。
そう考えると旅人を浸透させる重要性って計り知れないよな。防犯性も上がるし?
詳しく説明を聞くと、銅貨で5年前後、銀貨と金貨で15年前後で消滅することが確認済みであり、こっちの事実はゴブトゴさんも把握していたようだ。
徴収が滞っているのが分かっていても人頭税を廃止出来なかったのは、国庫に常に一定量の硬貨を収めておきたいからという理由もあるらしい。
まぁ大体は組織レガリアの嫌がらせだとは思うけどね。
王金貨は少なくとも100年以上は消失することは無く、現時点では消失を確認出来ていないらしい。
そして王金貨は金貨に、金貨は銀貨にと、硬貨同士であればアイテム作成で両替することも可能だとのこと。
「アウターエフェクトのドロップアイテムを生成することは可能なのかな? 素材のみって考えると、スキルジュエルやアウターレア装備なんかは無理だと思うけど」
「サラッととんでもない事言うねっ!? スキルジュエルやアウターレア武器は無理だと思う。けどアウターエフェクトのドロップアイテムまでは知らないよ? 見たこともないし」
んー、検証しておくべきだろうか?
でも別に素材には困ってないんだよなぁ。むしろ死蔵されてるドロップ品を換金したいわ。
まぁいいや。硬貨のことを知れたのは収穫だけど、そのせいでどっと疲れたよ。早く帰ってひと眠りしたい。
リーチェとヴァルゴと思いっきり運動したあとにねっ!
「興味深い話だったけど、両殿下のお礼は受け取っておくよ。それで用事はもう終わりかな?」
「いえ、もう1つお聞きしたいことがあるんですが……。その前に、まずはお手紙への対応を教えていただけますか? この馬鹿のせいで脱線してしまって、ダンさんの判断を聞きそびれてしまいましたから」
あ、そう言えば元々キュールって人物からの手紙のせいで呼び出されたんだっけ。
硬貨の話が衝撃的過ぎてすっかり頭から抜け落ちてたよ。
こっちの都合は特に無し。会って話をしたいだけなら適当に日程を調整してもらう様にお願いする。
ただし、連絡はゴブトゴさんを通じて行うことを原則とさせてもらう。俺達に直接接触してきても応じないよっと。
「手紙の件は確かに承った。正直両殿下のせいでそれどころではないのだが……。確実に伝えると約束する」
ゴブトゴさん、これから大変だろうなぁ……。両殿下が思いっきり税金を着服していたわけだし。
国を揺るがす大スキャンダルなのに、この2人は敵に回したくない凄みがある。そりゃゴブトゴさんも頭を抱えるよ。
「それとせっかく来てもらったのだ。ついでで申し訳ないが、以前頼まれていたマインドディプリート、とりあえず3つだけだがお渡ししておく」
「えっ、マジでっ!? サンキューゴブトゴさんっ」
「追加分はいつ渡せるのか約束出来そうにないがな。当面はコレで凌いで欲しい」
そして魔玉をひと回り大きくしたような、水晶玉のような見た目のマインドディプリートを受け取る。
このマジックアイテムは触れている相手の魔力を大気に還元する性能があるらしく、事故を起こさない様にと釘を刺された。
なんとなく軍事転用できそうな気がしないでもないけど、危険な思考はポイーッとします。
「手紙の件はこれで片付いたねっ。それじゃ俺達がダンさんに会いたかった本当の理由を告げさせて貰うよっ」
ロイ殿下が居住まいを正して真剣な表情を浮かべる。
……正直聞きたくないなぁ。
硬貨の話ですら衝撃的だったのに、これ以上碌でもない話を聞かされたくないっての。
とはいえ、この2人を放置するのも怖いし、聞くしかないんだろうけどなぁ。
俺の目の前で、両殿下は覚悟を決めるように頷き合う。
やがて、まるで一生に1度のお願いをする子供のような真剣な表情でロイ殿下が口を開いた。
「ダンさん! 貴方はいったいどうやって沢山の女性を満足させているんだいっ!?」
「……………………は?」
物凄く真剣に物凄く下世話な話題を切り出されて、相手が王族なのも忘れて素で聞き返してしまう俺。
あ~……。そう言えばこの人たち色狂いだったね。硬貨の話よりもシモの話のほうが重要なわけだ……。
想定とは別ベクトルで、想定通り碌でもない話になりそうだよぉ……。
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