異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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5章 王国に潜む悪意4 戦いの後

362 ※閑話 抗った先で (改)

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「赤き妖炎。紅蓮の侵食。焦熱の火焔。滲み出たる煉獄の聖火。炎天より招きし猛火で、眼界総てに緋を灯せ。フレイムフィールド」


 槍を構えた魔人族の男が、範囲攻撃魔法フレイムフィールドを発動する。

 詠唱が終わると瞬く間に広範囲に炎の海が広がって、そこに足を踏み入れた魔物が一斉に術者を睨みつける。


 しかし無数の魔物に殺意を向けられた男は、それでも槍を構えて不敵な表情を崩していない。余裕だねぇ!


「魔物は攻撃魔法の使用者を優先して襲うはずだ! 加勢の人たちに命張ってもらうのは申し訳ねぇが、この機会を逃すんじゃねぇぞぉ!?」

「了解! うおおらぁぁぁっ!」


 援軍に駆けつけてくれた相手を矢面に立たせながら、それでも彼らの負担を少しでも減らす為に警備隊に檄を飛ばす。


 情けない話ではあるが、背を向けた魔物に斬りかかるくらいなら俺らでもこなせらぁっ!

 負担ばかりかけて申し訳ねぇが……、。踏ん張ってくれよ、魔人族のダンナ!


「はっ! せぃっ!」


 しかし祈るような気持ちで見ている俺の目の前で、魔人族の男は流れるような槍捌きで、向かってくる魔物を次々と貫いていきやがる。

 凄まじい使い手だぜ……。心配ご無用ってかぁ?


「お、おいフロイ……! お前こんな人たちとどうやって知り合ったんだよ……!?」

「知り合いの知り合いって奴だよ。俺も詳しくは知らねぇんだ」


 そのあまりに華麗な槍捌きに、思わず手を止め見入ってしまうステイルーク警備隊の同僚達。

 ……って、返事を返すために俺まで手を止めてしまったじゃねぇか。くそっ!


「手を止めてんじゃねぇぞお前らぁ! ステイルークの防衛を誰とも知らない人たちに任せっぱなしでいいのかぁっ!?」

「あっ、フロイっ!?」


 雄叫びを上げながら、先陣を切って魔物の背中に突っ込んで行く。


 ……悔しいが、俺には魔物の群れの正面に立てるほどの実力は無ぇ。

 ならせめて、正面に立っている彼らの手助けくらいはしないと格好つかねぇよなぁ!?


「フロイに続けぇ!! 最初から最後まで魔人族の皆さんに頼りっきりじゃ、ステイルーク警備隊の名が泣くぞーーっ!?」

「「「うおーーーーーーっ!!」」」


 1度は心折れてしまった同僚達も、獅子奮迅の活躍を見せる槍使いたちに感化され始め、1人、また1人と魔物の群れに突撃していく。

 ここが正念場って奴だ。警備隊の意地って奴を見せてやろうぜぇっ!




「くっそ……! キリが、ねぇ……!」


 奮起するステイルーク警備隊。

 けれど押し寄せる魔物の数は尋常じゃなくて、魔人族に正面を任せてなお、次第に押され始める俺達。


「ぎゃああっ!」

「モラン!? ちっ、下がれ! 無理すんじゃねぇ!」


 また1人、魔物の攻撃を受けて動きを止めてしまう。

 くっ、みんなよくやってくれているけど、流石に被弾が増えてきやがったな……! こんな数の魔物と戦う想定で訓練なんてしたことねぇから、対応出来なくても仕方ねぇが……!


「フロイっ! モランがやられた! 誰か交替を……!」

「交替の人員なんて居るわけねぇだろ! モランを死なせたくなきゃテメェが踏ん張りやがれ、ケイツ!」


 ギリギリの状態から助けを呼ぶ仲間の声に、応えてやることも出来やしねぇなんて……!


 くっそぉっ……! 俺達ってこんなに弱かったのかよ!?

 ダンに援軍を用意してもらって、その人たちに最前線に立ってもらっておきながら、それでも生き残ることが出来ないくらいにっ……!


 歯を食い縛って自分の非力さを呪う俺の前で、魔物の波に飲み込まれていく仲間達。

 それが分かっているのに、魔物が邪魔で駆け寄ることすら出来やしねぇっ……!


「ここは俺が引き受けよう」

「あっ……!?」


 颯爽と現れた人影が、魔物を貫き蹴散らしていく。

 無力な俺の前で仲間の窮地を救ってくれたのは、やっぱり加勢にきてくれた魔人族の1人だった。


「慈愛の蒼。自然の緑。癒しの秘蹟。ヒールライト」

「……い、痛みが引いて……!」

「動けるようになったなら下がってくれ。ここはまだ危険だ」


 回復魔法を唱えながらも魔物の群れに突っ込み、襲いかかる魔物を槍で難なく撃退していく。

 その姿に俺は、仲間が助かった安堵、仲間を助けてもらった感謝、そして自分の不甲斐なさに無力感を抱いてしまった。


 ……くそ。騎士になった程度で満足してたら、生まれ育ったステイルークすら守れねぇのか……!

 もっと、もっと強くなってやる! もっと強くなって、次こそは自分の手でステイルークを守るんだ……!


 だから今回は、他人に頼ってでも生き延びさせてもらうぜぇ!


「全員ぜってぇ死ぬんじゃねぇぞぉっ!? 魔人族の皆さんに思い切り頼ってもいいから、絶対に死ぬなぁっ!」


 自分の弱さへの怒りだけで槍を握り、がむしゃらに魔物を狩り続けた。





「はぁっ……! はぁっ……! ど、どうなってんだ……?」


 どれだけ時間が経ったのか分からない。

 けれどいつの間にか魔物の群れは姿を消していて、警備隊のみんなは疲れきった顔で地べたに座り込んでいた。


「お、お前らまだ休むのは……。くぅ……!」


 魔物の群れが途切れたことで俺の集中力も途切れてしまい、突如震えだした膝を制御できずに膝をついてしまう。

 そんな俺達と違って、油断なく周囲を警戒している魔人族の皆さん。敵わねぇわぁ……。


 魔人族の皆さんに頼りきりで申し訳ないけど、今のうちに休ませてもらうぜぇ……。


「おーいケイツ~……。誰か死んだ奴はいるかぁ……?」

「信じられねぇけど全員生きてるぜ~……。何人か死んだほうが良かったかぁ……?」


 はっ、相変わらず下らねぇ冗談を言いやがって、ケイツの野郎……。

 今はクタクタだから、お前の冗談に付き合ってやれる余裕はねぇんだよぉ……。


 武器だけは何とか手放さなかったが、もう立ち上がる体力なんて残ってねぇぞ?

 頼むからこれで打ち止めになってくれぇ……。


 だがそんな俺の想いは、魔人族の男からの報告で掻き消される。


「フロイ殿。街の方角から誰かがこちらに来ている気配がするぞ。複数人の足音がこちらに向かって来ているようだ」

「ったぁ~、マジかよぉ……? 気配とか足音とか、俺にはなに1つ感じ取れねぇんだが……」


 また新手とか勘弁してくれよぉ……って思っちまったけど、街の方角からこっちに向かってきてるなら援軍の可能性も高いな……!

 もしそうならありがてぇ……!


「あ、フロイさ~んっ!」

「えっ……!? な、なんでアンタがここに……!?」


 やがて現れた相手は、おーいと右手を大きく振って俺の名前を呼んでいる。

 疲れ切った俺達の前に姿を現したのは、ラスティさんを含む冒険者ギルドの職員たちだった。


「こちらの指揮はフロイさんが執ってらっしゃるってことで間違いないですか!? 至急報告したい事があるんですけどっ」


 随分急いだ様子のラスティさん。だがその様子に悲壮感は無い。

 獣爵家の対応が前向きなものだったのか? ひょっとして、警備隊と交替して前線を警戒してくれるとか?


 ……っとと、不味い不味い。黙ってねぇで返事しないとな。


「仰る通り、恐れ多くも現場の指揮を任されてますよ。騎士になんてなるもんじゃないっすね」


 この場に現れたラスティさんの明るい雰囲気に引っ張られて、軽口を叩く余裕が出てきたらしいや。

 まだ事態が終息したわけでも無いのに気を抜いてんじゃねぇぞ、俺。


「それで、報告ってのはなんです? 伝令のわりには人数が多いようっすけど」


 報告なら1人、大事を取るにしても3人もいれば充分なはずなのに、ラスティさんを筆頭に、ステイルークの冒険者ギルドに勤めている7名全員がこの場に足を運んでいるようだった。

 移動魔法で俺達を輸送する為に、冒険者ギルドの全職員が駆り出されたということなのか?


 しかし交替の希望を抱く俺にラスティさんが告げたのは、俺の期待なんか軽々と飛び越える吉報だった。


「はいっ。たった今ダンさんから、この森で魔物を生み出していた元凶の排除に成功したとの報告がありましたっ。魔物の数が途切れたら、もうそれ以上の魔物が生み出されることはないそうですっ!」


 興奮気味に語るラスティさん。

 魔物の元凶を排除? というか魔物を生み出す元凶ってなんだよ?


 本当にダンの野郎は次から次へと訳の分からないことを言いやがるぜ……。今度また詳しく説明してもらわねぇと……。


「つまり防衛成功ですよフロイさんっ! ステイルークは壊滅せずに済んだんですっ! 皆さんが持ち堪えてくれたおかげですよっ!」


 疲れた頭でぼーっとしながらラスティさんの報告を聞いていると、自分の興奮が伝わらないのがもどかしいように、ラスティさんは座り込む俺の手を取って声を張り上げた。


「ちょ……! ちょっとラスティさん……!」

「貴方達ステイルーク警備隊が、ステイルークを壊滅から守ってくれたんですっ! 皆さん、本当にありがとうございますっ!」


 心から感謝の言葉を口にするラスティさん。

 だけど美人に手を握られながら至近距離で見詰められてる俺の方は、気が気じゃねぇんだよっ。


 だがラスティさんの張り上げた声は俺以外の奴らにも聞こえたらしく、動揺する俺を差し置いて、生き延びた安心感と勝利した高揚感で、泣いたり笑ったりの大合唱が始まり出した。

 あ~もうっ、うるせぇったらありゃしねぇ!


「本当にお疲れ様でしたっ。このあとの警戒は獣爵家が引き継いでくれますので、皆さんは帰還してゆっくりお休みくださいねっ。あ、魔人族の皆さんは出来ればもう1日くらい滞在してもらっていいですか? 警備隊の皆さんの消耗も激しいですから」


 テキパキと現場で指揮を執るラスティさん。

 その姿は急遽現場指揮を執る事になった俺とは大違いで、実に堂に入ったものだった。
 

 ダンとニーナを追い出したことをずっと気に病んでいたラスティさんは、2人の無事に加えて、死別したと思っていた姉のターニアさんが生きている事を知って、それまで以上に元気良く働いている。

 そんなラスティさんと最近は何かと話す機会も増えたけど、照れ臭くって今一歩仲良くなりきれずにいた気がする。


「……せっかく拾った命だ。当たって砕けろってな」


 村人のまま記憶も財産も失くし、それでも何も諦めずに全てを手に入れてしまったダンの姿を思い出す。

 手に入れたいものがあるんだったら、ウジウジ考える前に行動しなくっちゃ始まらねぇんだよな、ダン!


「な、なぁ! ラスティさん……!」

「あ、はい? なんですかフロイさん」

「こ、今回の祝勝会を兼ねて、警備隊のみんなでパーッと騒ごうと思ってるんだけどさ。冒険者ギルドの職員もい、一緒にどうだい……?」

「祝勝会ですかっ! いいですねっ!」


 手際よく指示を出す彼女の手を止めてまで声をかけたってのに、緊張して早口で捲し立てちまった……!

 だがラスティさんは動揺する俺の様子を気にも留めず、笑顔で応対してくれた。


「ですが……。安全なステイルークに居ただけの私たちが、命懸けで戦った皆さんの祝勝会に参加するのは……」

「ほ、ほらっ! 今回の防衛戦では冒険者ギルドの職員達も頑張ってたじゃねぇかっ! なら俺達はもう戦友みたいなもんだろっ!?」

「……ありがとうございます。直接前線に出て、命懸けで戦ってくださった皆さんに戦友と呼ばれるのはとっても嬉しいです」


 誘いを断りそうだったラスティさんを引きとめる為に何気なく放った俺の言葉に、驚くほど真剣に感謝を返してくれるラスティさん。


 いや、冒険者ギルドのサポートがあっての魔物狩りであり、警備隊に決まってるじゃねぇかよ。

 なんて余計な事を口にする必要はねぇか。


「やりましょう祝勝会! きっと他の職員も喜んで参加してくれると思いますよっ」

「な、ならいいんだけどよ……」


 弾けるような笑顔を返してくれるラスティさんに見蕩れながら、突然の誘いを不審に思われなかった事に安堵する。


 本当は他の奴らなんて呼びたくはないんだがよ。いきなり2人でってのは、流石に急ぎすぎだよな?

 仲良くなるにしても、まずはお友達からってな。


 所帯持ちを羨む暇があったなら行動しろってね。

 失敗なんてしたくはねぇが、後先考えてたら誰かに先を越されちまうかもしれねぇ。


 なにせニーナの叔母だけあって、最高に美人だからなぁこの人は。

 今まで結婚して無かったのが不思議で仕方ねぇくらいによ。


「それじゃ戻りましょう! 私たちが守ったステイルークへっ!」


 笑顔で差し出されたラスティさんのステータスプレートに、自分のプレートを重ね合わせる。

 ラスティさん直々のポータルで帰還させてもらった俺は、彼女と仲良くなるための第1歩として、警備隊と冒険者ギルドの合同祝勝会の日取りを話し合うのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「「「シュ、シュパイン商会が俺達と専属契約を結びたいぃっ!?」」」


 突然リーダーから持ち込まれた話に、仲間と声を揃えて叫んじまった。

 いったい何がどうなってそんな話になったんだよ? ちゃんと説明してくれねぇと理解が追いつかねぇよリーダー……!




 スポットで身動きが取れなくなっていたガキども、幸福の先端を無事に送り届けた日。

 トライラム教会の孤児出身であるリーダーはガキどもと交流できるのが嬉しいらしく、なんだかんだと教会に長居してしまった。


 暇潰しがてら、何人かとは手合わせもしたんだけど……。俺より強い奴が普通に何人もいやがるんだが?


 ガキどもと交流していると孤児院のスポンサーらしい人物が帰ってきたらしく、俺達もそのタイミングでお暇させていただいたんだが……。



 いつもの店でパーティのみんなと夕食を取っていると、リーダーがとんでもない話を持ち込んでくれたってわけだ。


「い、いくらなんでもジョーダンきついぜリーダー! 俺達とあの商会には大した繋がりもないのに、いったいなんで突然そんな話になったんだ!?」


 俺だけじゃなく、他のメンバーもリーダーに食って掛かりそうな勢いだ。

 そりゃあ大商会との専属契約なんて願ってもいねぇけどよぉ……。慎重に相手を見極めねぇと、食い物にされて終わっちまうだけだろ?


 俺達のようなただの魔物狩りに、商人を出し抜くことなど出来はしないだろう。

 上手い話にゃ裏があるもんだぜ? リーダー。


「ティキの言う通り、俺達とシュパイン商会には殆ど繋がりは無い。だけど幸福の先端とトライラムフォロワーの子供達は別なんだ。今回の話は、幸福の先端を救助したことで得られた縁なんだよ」

「あ~? そう言えばガキ共とシュパイン商会は、結構前から業務提携を行なってたんだったか……」


 シュパイン商会が魔物狩りの物資を提供し、トライラムフォロワーからはドロップアイテムを提供する。

 両者がそんな協力関係を結んだのは結構前に騒ぎになったから、マグエルに居る奴なら誰でも知っていることだ。


 提携先のガキ共を救助したから、そのお礼に専属契約を……ってわけか?


「……いや、やっぱり変だろリーダー」


 トライラムフォロワーと既に協力体制があるシュパイン商会が、俺達と組むメリットなんて何も無いはずだ。


 今日手合わせした感じだと、ガキどもはあの年齢で俺達よりもよほど腕が立つように思えた。

 職業浸透とやらで複数の職業スキルを使える奴も少なくなかった。既にスポットの最深部まで到達している奴もいるらしいエリート集団だ。


 そんなガキどもと提携しているシュパイン商会が、俺達のような木っ端魔物狩りと専属契約を結ぶとはとても思えない。

 やはりこの話、裏があるんじゃねぇのか……?


「くく……。ティキのその疑り深さには良く助けられたな」


 だけど、用心する俺を面白そうに笑うリーダー。

 そんなリーダーの様子に、俺はなんだか毒気が抜かれてしまう。


「いやいや、普段から用心深いのはアンタも一緒だろ? なんで今回はそんなに乗り気なんだよ?」

「それがな? あの子たちは実力は確かなんだが、あの年齢のせいでまだまだ見縊られることも多いらしい。だからシュパイン商会はもっと年長の魔物狩りとの契約を増やしたいと、以前から思っていたそうなんだ」


 前々からシュパイン商会が考えていた事に、たまたま俺達の条件が合ったってことか?

 見た目や年齢に限れば、確かに俺達のほうが厳つくてベテランに見えるだろうけどよ……。


「ま、つまりはタイミングが良かったってだけさ。運だよ運」

「……いや、それもおかしいだろリーダー。確かにガキどもは実力と見た目がかけ離れちゃいるがよ、それでもマグエルでアイツらを知らない奴なんてもういないだろ? 見縊られる事なんてあるとは……」


 ちゃんとした戦闘訓練を受け、知識も装備も充分。

 組織としての力もあって、シュパイン商会とトライラム教会という強大な後ろ盾もあるあいつらを侮る奴なんていないだろ。


 少なくとも、ここマグエルでは。


「そうだ。ティキの言う通り、ここマグエルでトライラムフォロワーを侮る奴なんていない。なのにシュパイン商会が大人を雇いたがっている意味……。分かるかみんな?」


 挑戦的な笑みを浮かべたリーダーの問いかけに、俺や他のメンバーの顔にも次第に理解の色が現れ始める。

 マグエルでは必要の無い大人を雇う意味。それってつまり……。


「トライラムフォロワーは知っての通り、トライラム教会の孤児で構成されたアライアンスだ。今はマグエルでしか活動していないそうだが、スポットで経験を積んだ子供達が国中に巣立っていく日も遠くないとシュパイン商会は睨んでるんだ」


 トライラム教会とシュパイン商会。

 どっちも国中に広がる……、教会に至っては国を跨いで活動している巨大組織だ。


 その両者が手を組んだ以上、王国中でトライラムフォロワーが活躍する日も確かに遠くないのかもしれねぇ。


「ス、スポットから……! マグエルの外に活動の場を広げるのか……!?」

「そういうことだ。長年マグエルにしがみ付いてきたがよ、そろそろ俺達も外に目を向けていい頃合いなんじゃないかってな。今回の話はその良いきっかけになると思うんだよ」


 不敵に笑うリーダーの様子に、誰かがゴクリと唾を飲む。

 スポットを踏破して王国中を駆け巡る、そんな断魔の煌きのような活躍に憧れない魔物狩りなんて居るわけがねぇ……!


「……あいつらに比べりゃ俺達なんて、落ち零れもいいところだ」

「リーダー?」

「俺達だけじゃない、俺に専属契約の話を持ってきたシュパイン商会の商人も同じことを言ってたんだ。トライラムフォロワーの子供達は、大人の自分たちには眩し過ぎますってな」


 大人になった自分たちには、教会のガキ共は眩し過ぎるって?

 はっ。今まで誰からも見下されていた教会のガキ共が、いつの間にか羨望されるようになっちまってたとはねぇ……。


「それでもよ……! あいつらが俺達よりもずっと優秀なのは分かってるけど、それでも子供のあいつらにはまだ必要なんだ……! 寄り添ってやれる大人の存在って奴が」


 リーダーの目は真剣だ。

 トライラムフォロワーのガキ共に、自分が辿った辛い道を歩ませたくないっていう強い意志が伝わってくる。


「……でもよリーダー。寄り添う大人なら沢山いるんじゃねぇのか?」


 教会の大人たち、シュパイン商会、そしてトライラムフォロワーを指導しているらしい魔物狩りとか。

 トライラムフォロワーは、過保護に思えるほど沢山の大人に守られている気がするんだが?


「いや、今子供達の周りにいるのは導く人たちだ。その人たちも子供達に必要な存在だけど、子供達に寄り添って子供達と同じ視点で活動している大人の存在ってまだ居ないように思えるんだ」


 導く者と寄り添う者の違いか。分かるようで分からねぇかな。

 だってよリーダー。俺達に寄り添っていたのは俺達だけで、導いてくれる人なんか誰もいなかったじゃねぇか。


「……悪い。ちょっと私情を挟みすぎたな……」


 困惑する俺や他のメンバーの様子を見て、リーダーは俺達に熱意が伝わっていないのに気付いたらしい。

 小さく咳払いをして話題を変えた。


「要は、シュパイン商会の契約は信用しても問題ないってことを言いたかったんだ。子供達への想いは蛇足だったぜ。面目ない」


 恥ずかしそうに鼻頭を人差し指の先で掻きながら、そっぽを向いて俺達に詫びるリーダー。

 つまりシュパイン商会の要望と俺達の出会いの時期がたまたま一致しただけで、シュパイン商会に俺達を騙そうとする意思は無いと判断したわけだな?


「ったく、回りくどいぜリーダー……」

「悪い悪い。契約するメリットもこれからちゃんと説明するから、出来ればみんなにも前向きに考えて欲しい。俺の私情抜きでも絶対に逃したくない契約なんだよ。えっとな……」


 そこから説明された契約内容というのが、まさに破格の条件だった。


 国中に展開しているシュパイン商会の全店舗で受けられる割引や優待措置、トライラムフォロワーを通した戦闘訓練と職業浸透に関する知識の共有、今後取り扱う予定の、ウェポンスキルが付与された武器の優先的購入権などなど。

 あまりにも凄まじい待遇なのにノルマのようなものは存在せず、子供達が巣立つ日に備えて腕を磨いておくのが要望って……。


「いやいや、流石にありえねぇだろこんな話!?」

「始めは俺も信じられなくて、契約内容を何度も確認したんだ。間違いないよ」


 食って掛かる仲間たちを冷静に諭すリーダー。

 きっとリーダーも同じように、シュパイン商会のモンにこうやって突っかかったんだろうなぁ……。


「商人が言ってたんだがな。トライラムフォロワーを筆頭に、これからスペルド王国は大きく変わっていくらしいんだ。今までの常識は過去のものとなり、新しい波に乗れた奴から成功していくんだってよ」

「スペルド王国が、変わる?」

「……俺は正直、この話を聞いた時に震えたんだ。だってマグエルで活動している俺達は、新しい波ってやつの片鱗を既に何度も目の当たりにしてきたじゃないか……!」


 新しい時代の波。その予兆。


 孤児たちが奴隷に落ちることも無くなり、それどころか瞬く間にスポットを踏破してしまったこと。

 街中が好景気に沸き、街中どこもかしこも笑顔で満ち溢れ、誰もが明日を心待ちにしている毎日。


 確かに今までじゃ考えられないようなことがマグエルではいくつも起こっちゃいるけど……。

 この変化がマグエルに留まらずに、やがては王国中に……?


 またしても戸惑う俺達に、リーダーは挑戦的な視線を向けてくる。

 その目は雄弁に語っていた。『この話を聞いて、お前らはワクワクしないのか?』と。


「俺にとっての魔物狩りは、単に生活の為のものだったんだ。だけどシュパイン商会の話を聞いて欲が出ちまった。魔物狩り生活の先に何が待っているのか、それを確かめたくなっちまったんだよ」

「魔物狩りの、先……?」

「マグエルでセコセコ稼いで、いつか適当にくたばるだけだと思っていた魔物狩りの生活に、俺の知らなかった未来が待っているらしいんだよ……! それを確かめたいんだよ、お前らと一緒に……!」


 俺の知らなかった未来……。


 そんなリーダーの言葉に、女奴隷を買うために貯金をしていたことを思い出す。

 あれだって今の生活を抜け出したくて、いつくたばるともしれない俺を待っていてくれる人が欲しくて始めた、それまでの俺には考えられなかった未来を目指した行為だったのかもしれねぇ……。


 なんだ? 心臓がドクドクと波打ってやがる。胸の奥で何かが疼いていやがる。

 無性に叫び出したい衝動が沸き起こる。いてもたってもいられない、ソワソワした気持ちが湧いてくる。


 他のメンバーも顔が高潮し、目が輝き始めている。

 コイツらのこんな顔初めて見たぜ。結構長い付き合いだっていうのにな。


「はははっ! ティキ、お前なんて顔してんだよ!?」

「あぁ? いったい俺がどんな顔してるって……」

「教会で会ったガキどもみてぇに、キラッキラした目ぇしやがって! いつもは安い酒みてぇに濁った目をしてやがるくせによぉっ!」


 他のメンバーに笑われるまで、俺も同じ顔をしている事に気付かなかった。

 ちっ、お前だって同じ表情してんだよっ。笑ってんじゃねぇや!


 ……笑われるのは気分悪いはずなんだけど、なんだか今日の夕食はいつもの倍美味しく感じられた。


 ったく、いつもの店が繁盛するわけだぜ。

 マグエルじゃあ客のほうが勝手に、料理を美味しく食ってくれるんだからよぉ。
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