異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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5章 王国に潜む悪意2 それぞれの戦い

320 ドリームスティーラー② お呪い (改)

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 自分の体に意識を巡らせ、自分の状態を確認する。

 私の体には熱が戻ってきていて、手足はやっぱり寒いけど、それでもちゃんと力が入る。


 職業補正は本人の意思に寄り添う力。

 さっき私の体から熱が失われてしまったのは、きっと私の心が折れてしまったからなんだと思う。


 私が戦う意志を投げ出さない限り、職業の加護は私を決して見放したりしないのっ。


「絶影! 絶影! 絶影ーっ!!」


 改めて武器に重連撃を纏わせ、絶影で斬りつけていく。

 けどこれだけじゃさっきの焼き直しでしかなくて、当然独立した腕の壁に阻まれてドリームスティーラーに刃が届く事はない。


 熱と力を取り戻したとはいえ、極低温の中に長時間晒されて体温と体力を奪われている事実は揺るがず、動きは重く精彩を欠いている。

 そんな私の様子を見て危険は無いと判断したのか、またしても私と自分との間に切り離した腕で作った壁を挟み、恐らくアイスコフィンの発動魔法陣を展開するドリームスティーラー。
 

 私とドリームスティーラーの間は腕の壁で阻まれ、お互いの姿は視認できない状態のはず……。

 仕掛けるのはここからなんだからっ!


 元々目なんてついていないドリームスティーラーに視界があるかどうかは賭けだけど、視界を遮る腕の壁に自ら接近して遮蔽物にする。


「ここで気配遮断発動。からのポータル!」


 詠唱短縮スキルで即座にポータルを発生させ、そして躊躇無く飛び込む。


 転移先はドリームスティーラーの真後ろ。

 気配を消して視線を切った上での私の転移に、ドリームスティーラーは気がついていない。


「ここから反撃させてもらうの、絶影っ!」


 ドリームスティーラーの背中に、真一文字の切り傷が刻み込まれる。

 そして展開中だった攻撃魔法陣も霧散し、アイスコフィンがキャンセルされる。


 戸惑いながらも振り返るドリームスティーラーの仕草を見ながらポータルを発動し、こちらに顔を向けられる前に転移し、そして絶影を叩きつける。

 獣人族の優れた敏捷性をあえて捨て去り、移動魔法を繰り返した高速転移斬撃。


 ダン命名、『肉体の状態が万全でないなら、魔法を使えばいいじゃない』作戦なのっ。


 移動魔法と、射程を無視できる絶影の相性は抜群。

 移動魔法を回避に使うだけに留めず、とうとう攻撃にまで利用し始めたダンのアイディアなの。


 ドリームスティーラーが私を呪いと言ったことで思い出したダンとの会話。

 私と呪いの不思議な関係性。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「こんな感じで気配遮断と移動魔法を組み合わせると、殆ど一方的に攻撃できるようになると思うんだ」


 気配遮断で認識を阻害し、高速詠唱を最大限に駆使したポータルの発動で敵を幻惑する、敏捷性とは全く異なるベクトルの超高速戦闘。

 それをさも当然といった風に私に実演して見せるダン。


「絶影が使えるニーナなら、かなり遠距離に転移しても攻撃を仕掛けられると思う。竜王を基準にするなら、イントルーダーは大概巨大だろうしさ」


 ……ダンはあっさり提案してくれるけど、見せられた私の身にもなって欲しいの。



 高速で転移魔法を連続使用しながら、魔物察知で常に自分と魔物の位置を把握。

 その上絶影と攻撃魔法の並行使用とか、やることが多すぎるのーっ!


「我が家で1番敏捷性が高いのは間違いなくニーナだ。獣化したニーナより早い敵が現れるとは思ってないけど、今見せたように発想次第でニーナの速度を超えることは出来ると思うんだよね」


 発想次第。発想の転換。

 敏捷性で追いつけないのであれば、別の要素を持って私の速度を超えようという考え方。


 でもダンって、深獣化した私の動きにも普通についてくるよね?

 そのダンが敏捷性を使わない戦術を編み出すのは、微妙に納得いかないんですけどーっ?


 むくれる私を抱き寄せて、いつものように頭を撫でてくれるダン。

 う~、こんなことで誤魔化されないんだからねっ?


「俺が居た世界には、本当に沢山の物語があってね。それは全部創作だったんだけどさ、職業補正を弱める魔法とか、逆に無限に加速する能力とかがあってもおかしくないと思うんだ」


 デバフと呼ばれる弱体化の能力や、バフと呼ばれる自己強化の能力?


 でもそれって創作なんでしょ?

 実際にそんな能力があるわけじゃないじゃない。


 支援魔法士を浸透させている私たちの知らない強化魔法があるとは思えないよ?


 作り話でも想定の取っ掛かりには充分使えるんだよと、私の頬にキスをしながらダンは笑う。

 
「それに敏捷性って、体調にモロに左右される補正だとも思うからさ。散漫とか酩酊とか、自分の敏捷性補正を発揮できない状況に追い込まれることもあるかもしれないでしょ? 自分は世界最速だから誰にも負けない! って言ってる奴ほど脆かったりするから」


 ……ダンの強さの根源って、こんな風に絶対に思考をやめないことなんじゃないかなぁ。


 間違っていても、下らない些細なことでも、ダンは常に頭を回転させている。

 こんなに強くなっても、私達を守り切れるか心配で仕方ないんだね。


 私の体を優しく弄りながら、ダンは話を続けていく。


「竜王のカタコンベで呪物の短剣を拾った時のこと、覚えてるかな?」

「ん? 覚えてるけど、あの時がどうかしたのー?」

「あの時ニーナが言っていた『今まで自分を縛るものでしかなかった呪いが、今度は私の力になるなんて』って言葉、ずっと印象に残っててさ……」


 その言葉は確かに覚えてるけど、そんなに深い意味を込めたつもりはなくて、なんとなく思った事を口にしただけだよー?


「移動阻害の呪いに苦しめられたニーナだからこそできる移動魔法の活用法があるんじゃないかなって、そう考えたら思いついたんだよ」


 私の体を弄るのをやめて両腕を背中に回し、私を優しく抱きしめてくれるダン。

 頬ずりしてくるダンが可愛くて仕方なくて、私も力いっぱいダンを抱きしめ返す。


 私が何気なく言った言葉まで拾ってくれるダンが、好きで好きで堪らないのっ!


「俺のいた世界では呪いはまじないとも言ってね? おまじないって言うのは幸せを呼び込む祈りみたいなものなんだ。ニーナを呪っていた力は反転して、きっとニーナを守る力になってくれるんだよ」

「呪いが、幸せを願う祈りなの……?」


 ダンが言ってること、よく分からないの。

 でも、呪われた日々があったからこそダンに抱きしめてもらえる今があるんだとすれば、確かに私の呪いは最高の幸せを呼び込むおまじないになってくれたのかもしれないなぁ……。


 ダンとゆっくり、長く深く口付けを交わす。

 名残惜しそうに強く舌に吸い付きながら口を離したダンは、少しだけバツが悪そうな表情を浮かべた。


「ニーナの事を心から愛してる。でも大好きなニーナをこんなに深く愛せるのは、きっとニーナが呪われていたからだと思う」


 そうかもしれない。

 優しいダンは、きっと相手が不幸であればあるほど強く思い入れてしまうから。


「ずっと呪われて苦労してきたニーナにこんなこと言うのはどうかと思うんだけど……。俺はニーナの呪いを全否定することが出来ないよ。……ごめんね?」

「あはっ。それじゃダンの代わりに私が言ってあげるねっ。私、呪われて生まれて来て良かったの。呪いのおかげでダンと出会うことが出来たからっ!」


 ダンを愛することが出来て本当に幸せ。

 この幸せに辿り着くには呪いが必要なのだとしたら、私は何度生まれ変わっても呪いをこの身に宿して生まれてきたいと思うの……。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ポータルによる転移からの、絶影を用いた無限射程の斬撃の嵐。

 ドリームスティーラーが振り返る頃には次の場所に転移し絶影を放つ。


 移動魔法、絶影、高速詠唱、魔力吸収、魔法妨害が揃って初めて成り立つ、魔法でしか到達できない超高速移動攻撃に、ドリームスティーラーは防戦一方になっている。


 その斬撃はまるで災害のように、標的を無慈悲に飲み込んでいく。

 全方向から休みなく飛んでくる斬撃はドリームスティーラーに刻み込まれ続け、それなのにドリームスティーラーは私の姿を捉えられない。

 
 ダンが教えてくれた、私の新しい戦い方。

 無慈悲に相手を飲み込み滅ぼす斬撃の嵐、『ムービングディザスター』。



 私の動きに対応できないと判断したドリームスティーラーは、体から生えている無数の腕の殆どを切り離しドーム状に壁を作ることで、全方位からの斬撃を阻む。

 でも殻に閉じ篭っちゃったら、私に反撃するのを諦めたのと同じなの。

 ここは畳み掛けるところだよねっ!


「獣化、発動!」


 獣化は身体能力が上がるけれど、職業補正が追加されるわけじゃない。

 だから獣化しても絶影の威力が上がるわけじゃないんだけど、狐獣人である私の獣化は、攻撃魔法の威力を高めてくれる。


 目にも留まらぬ嵐の勢いは、これからどんどん増していくの。


「神代より誘われし浄命の旋律。精練されし破滅の鉾。純然たる消滅の一矢。汝、我が盟約に応じ、万難砕く神気を孕め。インパクトノヴァ」


 ドリームスティーラーを覆う腕の壁が破裂する。


 獣化したことで強化されたインパクトノヴァを絶影とポータルの合間に詠唱し、ダガーの泣き所でもある1撃の威力の低さを覆す。

 そして高速詠唱スキルのおかげで、インパクトノヴァを挟んでも姿を認識される前にポータルで転移することが出来るの。


 職業補正を得る前から散々ダンとキスしていたおかげか、舌の扱いには自信があるのっ。


「やめて、やめてくれニーナァァァ! どうして父さんにこんな酷いことをするんだぁぁぁぁ!!」


 嵐の中心から轟く、かつて父さんだった存在の声。

 その声は絶望と嘆きに満ちていて、聞く者の心を揺さぶってくる。


 ……でもこの声は父さんの声じゃない。

 たとえ父さん本人の声だったとしても、私を愛してくれた父さんの声ではないんだ。


 私の心は動かない。ただ目の前の魔物を滅ぼすことしか頭にない。


「なんで、なんでお前が幸せになるんだよぉぉぉぉ!? おかしいだろ、そんなの絶対におかしいだろうがぁぁぁ!!」

「……あはっ」


 悲壮感漂う父さんの声に、思わず笑いが零れてしまった。

 だって父さんったら、ダンとはまるっきり逆の事を叫んでるんだもの。


「お前が居なけりゃ、俺とターニアは離れ離れになることは無かったんだ!! お前が居なければ俺達家族がバラバラになることは無かったんだ!! お前のせいで……、お前のせいでお前のせいでええええええ!!」


 うん。私の存在が父さんにとって呪いだったのかもしれないね。

 私が生まれたせいで父さんが不幸になってしまったというのは、私には否定することは出来ないよ。


 でもごめんね父さん。

 私の存在がこの世界の誰を不幸にしていたとしても、私が幸せになっちゃいけない理由にはならないんだ。


 身を守る腕が全て吹き飛び、無防備になった体にインパクトノヴァを撃ち込み、巨大な体の端から順に吹き飛ばしていく。

 その度にドリームスティーラーは痛みと絶望を訴えるように絶叫する。


「やめろニーナ! お前はいったいどれだけ俺から奪えば気が済むって言うんだ!? 俺から未来を奪い、幸福を奪い、愛する家族を奪っておきながら、俺の命まで奪うつもりなのかぁぁぁぁ!!」


 父さんの叫びが耳に届く。

 けれど彼の訴えは心には響かない。


 どれだけ悲痛な叫びを聞いても、私の心は凪いだままだ。


 ふふ、父さんは幸せ者だね。断末魔の悲鳴を聞いてくれる相手がいるんだから。

 あの時たった独りで寝ていた私も、私が旅立った後に独りあの家で私を待ち続けていた母さんも、死ぬ間際に悲鳴をあげても聞いてくれる人はいなかったんだよ?


「好きなだけ喚けばいいよ。きっと父さんに捨てられた人も、同じように父さんに縋っていたと思うから」


 近づく終わりの時を感じ、私は深獣化を発動する。

 お尻の尻尾が2本になって、インパクトノヴァの威力が跳ね上がる。


 魔力吸収と絶影の組み合わせは強すぎるね。

 消耗が激しい深獣化を気軽に発動できちゃうんだから。


 巨大だった体がどんどん吹き飛んでいき、反撃も出来ずにただ父さんの声で絶叫し続けるだけのドリームスティーラー。


「嫌だ嫌だ!! 嫌だあああああああああああっ!! やめろニーナ、やめてくれええええええ!! 俺はこんなところで死にたくない!! 俺は世界の全てを手に入れる男なんだ!! こんなところで死んでいい男じゃないんだああああ!!」


 インパクトノヴァの衝撃と絶影に切り刻まれながら、魔物とは思えないほど必死の命乞いをしてくるドリームスティーラー。

 その声は父さんそのもので、魔物が発している叫びとはとても思えない。


 ……でも、たとえこの嘆きが父さんのものであったとしても。私がすることは変わらない。


「なんでだああああ!! 俺は自分の力でのし上がって、人頭税だって払い切って、戦う力だって身につけた! あのルインを独占して、誰もが羨むほどの成功を手中に収めることだって出来たんだ!! その俺が、なんでこんなところで終わらなきゃ、死ななきゃいけないんだよぉぉぉ!! そんなの許されるわけがないだろうがああああああ!!」

「別に貴方に許されなくったってどうでもいいの」


 体の殆どが吹き飛んで、残ったのは耳障りな言葉を捲し立てる頭部だけ。


「貴方が死ぬ理由はね。王国に仇なして、ダンと私と敵対したからだよ。貴方の都合も運命も、貴方の死にはなぁんにも関係ないの」


 ダガーを手放し両手を頭部に向けて翳す。


「神代より誘われし浄命の旋律。精練されし破滅の鉾。純然たる消滅の一矢。汝、我が盟約に応じ、万難砕く神気を孕め」

「止めろ止めろ……! 止めてく……!」

「……さよなら父さん。インパクトノヴァ」


 私の最大威力のインパクトノヴァが撃ち込まれ、粉々に吹き飛ばされるドリームスティーラーの頭部。

 吹き飛ぶ寸前のドリームスティーラーの口角が上がったように見えたのは、きっと私の思い込みに違いない。


「ごめん父さん。私は父さんの幸せのために死ぬ道よりも、自分の幸せのために貴方を殺す道を選ぶの……」


 ドリームスティーラーを滅ぼしたことでアークティクブリザードの効果が消えて、周囲の気温が少しずつ上がっていく。


「ニーナ……! お疲れ様……お疲れ様なの……!」


 自力で解除できない深獣化のせいで魔力枯渇を起こした私を、ポータルでやってきた母さんが優しく抱きしめてくれた。


 ごめんみんな。せっかくイントルーダーを倒したのに、すぐには動けそうもないの。

 でも魔力枯渇を起こしちゃったから、動けなくても仕方ないよね?


「母さん……。私、私ね……。うっ、うああああああああっ!!」


 魔力枯渇の苦しみも忘れて母さんに縋って泣く私を、何も言わずに抱きしめてくれる母さん。

 頭を優しく撫でられる感触に気が抜けたのか、私はまるで幼い子供に戻ったみたいに母さんの胸の中で意識を手放した。
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