異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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5章 王国に潜む悪意2 それぞれの戦い

315 マモンキマイラ③ 商人の男と獣人の娘 (改)

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 インパクトノヴァでマモンキマイラを吹き飛ばすと、クリープリーパーたちの発生が止まった。

 既に出現していたクリープリーパーたちも地面に融けていき、ここでの戦闘が終わったのだと確信する。


 熱視状態でウェポンスキルと攻撃魔法を連射したけれど、オリハルコンダガーに魔力吸収+が付与されているおかげで魔力枯渇の兆候もない。


「ふぅ……。って、ひと息吐くにはまだ早いわよね」


 幸いにも大きな怪我も無く勝利を収めることが出来たのだから、開拓村周辺の状況を確認して、早く他の場所に行かなきゃいけないわ。

 次に向かうべきは……。

 戦力が1番少ないと思えるステイルークで、ニーナちゃん母娘と合流するのがいいかしらね?


「虚ろな経路。点と線。偽りの庭。妖し……って、これは?」


 まずは森を出ようとアナザーポータルの詠唱を始めた私は、周辺の魔力が高い濃度を保ったまま空間に漂ったままでいる事に気付く。

 マモンキマイラは自然発生した魔物じゃないからか、私に吸収されて職業浸透を促進してくれるわけでもなく、ドロップアイテム化することもない膨大な魔力が行き場を失って宙を彷徨っているみたい。


「高濃度の魔力が結晶化せずに行き場を失っている? こんなもの初めて見たわ……」


 これ、このままにしておいて平気なのかしら?

 でもこんなもの見たことも聞いたこともないし、どうすればいいかなんて分からないわねぇ。


「あっ、動き出した?」


 迷う私の目の前で宙を漂う魔力が集まり始め、2つの大きな塊を形成する。

 熱視状態で警戒しているけれど、敵意みたいなものは感じない。


 このまま放置して移動するのも怖いけど、下手に手を出してどんな反応が返ってくるのか読めないのも厄介ね。


 やがて2つの魔力の塊のうちの1つが淡く輝き出し、光が当てられた空間に映像が浮かび上がる。

 魔力の光によって映し出されたのは、シュパイン商会元会長であるエロジジイ、ロジィの生涯だった。


「これは……。触媒となった者の記憶、かしら」


 スペルド王国の田舎町で、この世界ではありふれている貧困家庭に生まれたロジィ。


 毎年の納税をこなすのに精一杯で、常に余裕の無い両親の諍いを見ながら育った少年時代。

 非力な人間族だったロジィは人をよく観察し、強者に尻尾を振る事でしか身を守ることができなかった。


 極貧の家庭に生まれた己の運命を呪い、非力な人間族に生まれた出自を呪い……。

 怒りと妬みに心が擦り切れていくような日々の中で彼が出会ったのは、ロジィと同じく貧しい家庭に生まれながらも決して腐らず、立身出世を誓って努力しているキャリアという少女だった。


「……キャリア様は、本当に始めからジジイと一緒に過ごされてきたのね」


 自分の力を元から諦め、それゆえに他者を見極め頼る事に長けていたロジィと、自分の力を信じ研鑽を重ねる一方で、他者と迎合することが苦手で周囲とぶつかることも多かったキャリア。

 2人はお互いに足りないものを相手の中に見出して、やがて手を取り合うようになる。


「映像だけじゃなくって、2人の憤りや、お互いが惹かれ合う想いまで……」


 映像ともにジジイの記憶、音や感情まで伝わってくる。

 この魔力の塊はジジイとネフネリの魂なの? これはジジイの記憶が魔力を通して伝えられてきてるってこと?



 保身に長け他人を利用することが上手いけれど、自分を信じられず野心を抱くことが出来なかったロジィ。

 大きな野心を抱きそれに相応しい努力を重ねながら、周囲とぶつかり協力しあうことが出来ずに埋もれていたキャリア。

 そんな2人は寄り添うことで、自分たちの境遇に反旗を翻す。


 実務の一切をキャリアが取り仕切り、折衝部分をロジィが引き受ける事で2人の歯車は上手く噛み合い、行商をメインとしたシュパイン商会はどんどん業績を伸ばしていく。


「この頃は本当に上手くいっていたんですね。そう、この頃までは……」


 けれど商会が大きくなるにつれて、2人の歯車は狂っていく。

 他人に取り入り利用することしか出来ないロジィは努力を知らず、一方キャリアは妥協を知らずに協調性が無かった。


 どれほど商会が大きくなっても歩みを止めようとしないキャリアを、次第に鬱陶しく感じ始めるロジィ。

 商会自体が大きくなって、周りに合わせる必要が無くなっていったキャリア。


 かつてはお互いを補い合っていた部分が、どんどん醜く目障りに感じるようになっていく。


 ロジィは頂点を目指す気など無かった。

 そこそこ裕福な暮らしをして、好きな時に女を抱ける生活に満足しきっていた。


 キャリアは妥協する気など無かった。

 商会をまだまだ大きくしようと常に目を光らせ、志を同じくする者達を取り込んで自身の勢力を拡大していった。

 
 そんな2人が袂を分かったのは、必然だったのかもしれない。


「成功するためには手を取り合うしかなく、けれど成功してしまったら破局するしかなかった、か……」


 自分は満足していたのに。充分に幸せを感じていたのに。


 キャリアさえ居なければ。

 キャリアが野心を捨て、安定を求めてさえいれば。


 そんな想いが魔力を通して伝わってくる。


「はぁ~……。ジジイらしいと言うかなんと言うか……あら?」


 そのあまりにも自分勝手で馬鹿馬鹿しい言い分に呆れていると、もう1つの魔力の塊も輝き出した。


 2人の命を絶った者として見届ける義務があるかもしれないけど……。

 ぶっちゃけ全然興味が持てないわねぇ。


 物心ついたときには既に両親は無く、15歳までトライラム教会で孤児として過ごしたネフネリ。

 15歳になった時点で奴隷として販売され、その時居合わせたロジィの目に止まり、後に彼の妻となる。


「トライラム教会の孤児から、いきなりシュパイン商会会長夫人の生活に成り上がっちゃったら、浮かれちゃうのも無理ないのかもしれないけどさぁ……」


 ロジィに買われた時点で生娘ではなかったネフネリにはロジィに対する嫌悪感もさほど無く、仕事として完全に割り切って抱かれていたの?

 毎日お腹を空かせ、絶望に満ちた幼少期を送っていたネフネリにとって、ロジィに購入された後の日々は正に夢のような生活だったみたいね。


 ジジイに購入される程度には容姿が優れていたネフネリは、孤児時代からとてもモテていて、自身の容姿にはかなり自信を持っていた。

 美味しいものを食べ良い服を着てふかふかのベッドで眠る日々を、ネフネリは自分に捧げられて当然の生活なのだと受け入れた。

 ロジィに求められるのも容姿が優れている証拠だと、まんざらでもなかったって?


「ジジイと相性が良すぎたのか悪すぎたのか……。少なくとも、一緒にさせちゃダメなやつらだったみたいねぇ……」


 与えられて当然。拾われて当然。

 だって自分は美しいのだから。


 世の中の男は全て自分の美貌の前に頭を垂れて、自分の意思で金品を捧げ生涯を捧げる養分でしかない。

 ネフネリはそう信じて疑わなかったのね。


 与えられて当然だと思っている人間は、何を与えられても決して満足することが出来ない。

 孤児時代には想像も出来なかったほどの贅沢な生活を許されておきながら、自分の美貌に見合った生活はまだまだこの程度ではない。

 世界一の美貌の持ち主には世界一の生活こそが相応しいのだと、自分が思い描いた世界一の成功者の生活を実現する為に、商会のお金を湯水の如く使い込んでいたですってぇ……?


「……なんかこれ以上聞く価値を見出せないわねぇ」


 ネフネリの魂なんて、今すぐ叩き切ってやった方が良くない?


 容姿に絶対の自信を持っていたネフネリは、ジジイに捨てられても気にしなかった。

 ネフネリにとって男とは道具に過ぎず、利用するものという認識しかないから、古くなって使えなくなった道具を手放すみたいな気持ちだったのかしら。


 容姿に自信を持っていたネフネリは、いつからかある女性に強い執着を見せるようになる。

 その相手とは絶世の美貌を称えた翠の姫エルフという異名を持つ建国の英雄、リーチェ・トル・エルフェリアその人だった。


「あのリーチェに対抗心を燃やせるその気概だけは買ってあげるわ……。普通の女だったらリーチェをひと目見て、絶対に敵わないと悟りそうなものなのにねぇ」


 ……もしかしたら、実際にリーチェを見たことが無いからこその対抗心だったのかもしれないけれど。


 リーチェに憧れと嫉妬を抱きつつ過ごしていたネフネリはある日、彼女が身につけている超希少な装飾品の事を耳にする。

 新しく作り出すことは出来ず世界に数点しかない、基本的に里から出てこないエルフたちの事を考えると世界に1つしかないと言っても過言ではない、世界樹の護りという名のアクセサリー。


 世界最高峰の価値を持つ装飾品は、世界最高峰の美貌を持つ自分にこそ相応しい。

 聞いているこっちが恥ずかしくなるような勘違いをしたネフネリは、リーチェの動向を調べ、ずっと機会を伺っていたみたい。


「ここまで拗らせちゃうのも、ある意味才能なのかしら……?」


 自分は女神の如き美貌を持つ女ネフネリ。世界中の男は自ら傅き、世界の全ては自分の手にあるべきだ。


 自分に逆らう者など許さない。

 自分に手に入れられない者などあってはならない。


 魔力を通して伝わってくるネフネリの想いにウンザリさせられちゃうわぁ……。


「はぁ~……。確かに他者に取り入ることも才能だし、他者を虜にする美貌だって持って生まれた才能だと思うわよ?」


 相手をするのも嫌だけど、ロジィに弄ばれた者として、ネフネリに陥れられた者として、この自分勝手な2人に言ってやりたくなってしまった。

 魂だけになった2人に私の言葉が届くのかは分からないから、きっとこれは私の自己満足でしかないけれど。


「でも、アンタたちはさぁ……。どこまでも、全てを失っても他人任せだったじゃない」


 淡く発光しながら不満を垂れ流す2人の魂に、無意味と知りつつ言葉を贈る。


「自分の境遇を呪っては他人を恨み、与えられた幸せを維持する努力もせずにただ貪り、何も生み出すことが出来なかったアンタらが地獄に落ちたってさぁ。不思議でもなんともないじゃないの」


 違いすぎるの。

 アンタたち2人と私が出会ったあの2人は、何もかもが違い過ぎるのよ。


 自分の責任なんて何も無いのに、どれだけニーナちゃんが諭しても自分を責め続けていたダン。

 生きたい気持ちを押し殺し、ダンの負担になる事を嫌って生き延びる事を諦めたニーナちゃん。


 持つのは自分の体とお互いへの想いだけ。

 そんな2人がどれ程の想いをして今の生活に辿り着いたかなんて、貴女達は興味が無いでしょう?


「キャリア様が運営するシュパイン商会に頼りきっていたロジィ。ロジィの妻という立場に甘え切っていたネフネリ。自分の力で動かせるものがなにもないアンタたちが他人の都合で破滅するなんて当たり前でしょ?」


 犯罪者として投獄された私に、キャリア様ですら差し伸べてくれなかった手を差し伸べてくれた、ダンとニーナちゃん。

 買われた後に知った2人の生活。


 あの時の2人にとって、60万リーフというお金がいったいどれ程の重みを持っていたのか……。

 私にだって想像も出来ない。


「キャリア様に感謝する気持ちが残っていたなら、ロジィに拾われたことに恩を感じることがあったのなら、アンタ達にも違う結末が待っていたのかもしれないのにさ」


 意外にも私の言葉が届いたのか、2つの魔力体からは抗議するような感情が伝わってくる。


 お前だって拾われただけの癖に。

 お前だって他人に拾ってもらっただけの癖に。


 お前だって変わらない。お前と自分に違いなど無い。

 だからお前が幸せになるのはおかしい。間違っている。


 怒りと妬み、憎悪の感情が魔力を伝って私に届けられる。


「……あはっ。確かにね」


 だけどその感情を受け止めた私は、少しだけ笑ってしまった。


 確かに私もダンとニーナちゃんに拾われただけで、この2人とそんなに大きな差はなかったのかもしれないわね。

 ロジィに捨てられた後、自暴自棄になって色んな男に体を許していた私は、1歩間違えたらネフネリのようになっていたのかもしれない。


 でも私はそうならずに済んで、幸せな日々を享受できている。

 私とコイツらとは、いったい何が違ったんだろう?


「……私とアンタたちの違いは、拾ってくれたダンがロジィと比べ物にならないくらいにいい男で、そのダンに拾ってもらえる程度に私が美人だったってだけよ」


 辿り着いた答えを、頭に浮かんだままの形で口にする。


「私が幸せになるのが間違いだとしても、ダンは私が幸せにならないと許してくれないの。私がどんなに不幸でも、ダンは強制的に私を世界一幸せな女にしてくれた」


 仕合わせの暴君。

 巡り合わせの奇跡で出会えた、我が侭な私の旦那様。




「私を買ってくれてありがとうロジィ。私を陥れてくれてありがとうネフネリ。貴方達2人のおかげで私はダンと巡り合うことが出来たわ」


 愛するお嫁さんがいれば他になにも要らないと本気で考える無欲な人なのに、お嫁さんの笑顔を守るためだけに命を削って、どこまでも強くなってしまったダン。

 そんな大切なあの人に出会えたのは、きっとこの2人がいてくれたから。


「ありがとう2人とも。私に幸せを届けてくれて感謝してるわ」


 ……なぜだろう。

 2人に感謝を伝えた時、マモンキマイラを滅ぼした時よりもずっと胸がすっとした。


 この2人を心底嫌っていたのは間違いないのに。

 感謝なんて、今まで全然考えたことがなかったのに。


 微笑みながら感謝を伝えた私に、2人の魂は激しい怒りをぶつけてくる。

 許さない。ズルい。お前だけ幸せになんて絶対にさせてやらない。


 あまりにも醜いむき出しの悪感情に晒されるけれど、私の心は穏やかなままだ。

 今更この2人にどう思われていたって、そんなの全然構わない。


 愛するダンと愛する家族に受け入れられていれば、世界中を敵にしたって構わないのだから。

 ロジィとネフネリの憎悪なんて、取るに足らない些細なことのように思える。


 怒りをぶつけても憎しみを伝えても動じない私に苛立ったのか、2人の魂の黒い感情はどんどん強くなってく。

 その感情に、消えたはずのクリープリーパーを生み出す魔法陣が地面に浮かび上がった。


「……これは、まだ何かあるの?」


 2人の憎悪が魔法陣を再起動した?

 ということは、まだ戦闘は終わっていないの?


 オリハルコンダガーを構えて警戒していると、魔法陣からクリープリーパーのものと思われる細くて長い腕が、無数に飛び出してくる。


「えっ……」


 しかし地面から突き出された歪な腕は私に襲い掛かることは無く、感情を爆発させている2つの魂に絡みついていく。

 次から次へと地面から生えてくる全ての腕は2人の魂を捕らえ、地面に引きずり込もうとする。


 さっきまでの憎悪の感情が消え去り、2人の魂から絶望と恐怖、そして私に助けを求める想いが伝わってくる。

 そんな2つの魂が地面に引きずり込まれていくのを、私は笑顔で見送ってあげた。


「さようなら2人とも。アンタたちのこと、大っ嫌いだったわーっ」


 騒がしかった2つの魂を引き摺りこんだ後、魔法陣は何事も無く消失した。

 残されたのは、笑顔で手を振る私だけ。


 周囲の魔力も正常な状態に戻ったようで、私に決着がついた事を教えてくれる。


「……さて」


 戦闘が終わってから余計な時間を取られてしまったわね。

 開拓村の状況を確認しつつ、すぐに他の場所に救援に向かうとしましょう。


「虚ろな経路。点と線。偽りの庭。妖しの箱。穿ちて抜けよ。アナザーポータル」


 アナザーポータルで転移する私の目に、2人の魂が引きずり込まれた地面が映る。

 あんなに騒がしかった2人などこの世界には元々存在していなかったかのように、そこにはただ何も無い地面があるだけだった。
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