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4章 マグエルの外へ2 新たな始まり、新たな出会い
249 婚約者 (改)
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竜化ラトリアにビビった国王が、誰も望んでいない褒美を取り下げる。
どうやらようやく話が進みそうだ。
国王とラトリアの諍いなんてどうでもいいものを見せられて、未だに俺は認識すらされてない。
竜爵家救助に参加してないニーナとティムル、先日加入したばかりのヴァルゴにすら言及があったのに、である。
仮に叙爵の話が出たとしても、こんな国王に仕えたいとは思わないなぁ。
「……ラトリアよ。此度貴様がしたことは到底許される事では無いぞ。引いてやるのは今回だけだ。我が竜爵家に便宜を図る事は、今後一切無いと思ぇいっ!」
「はい。自分がしたことの重大さは分かっているつもりです。今はただ陛下の賢明なご判断と寛大な処置に、心より感謝申し上げます」
跪き、深々と国王に頭を下げるラトリア。
結局竜爵家を窮地に立たせてしまったけど、今回は完全にラトリアの自業自得なんだから俺が気にしてやる部分じゃないね。
ラトリアは、竜爵家が潰されてでも俺と王国との衝突を避けたんだから、むしろ忠臣と言えるのかもしれない。
「我は非常に不愉快だ……! さっさと出て行けっ!」
おっ、マジで? マジで帰っていいの?
やったね。結局なんのための登城だったのかは分からないけど、帰っていいなら帰ろ帰ろ。
「ラトリアよ。貴様がこの城の門を跨ぐ事は2度無かろう。精々この城をその目に焼き付けておくのだな」
「はっ。それでは失礼致します」
国王直々に退室の許可を出してくれたので、後ろを振り返り出口に向かう。
俺を先頭に、アッサリ踵を返すパーティメンバー。1拍遅れてラトリアもそれに続く。
それにしてもこの王の態度と、リーチェを側室に迎えようとした事を考えると、国王はリーチェの事情も建国の真相も知らなそうな感じがするなぁ。
やっぱり人間族じゃ、450年以上も前の話を正確に伝えるのは難しいのかもしれない。
となるとやはり目指すべきは、エルフの集落って事になるのかな。
「な、なに……? ま、待つが良いお前たち……」
それにしても、俺って結局名前を呼ばれることも発言することもなかったんだけど、マジで何のための登城だったんだよ。マジで馬鹿馬鹿しすぎる。
ラトリアも晴れて貴族籍を抹消されそうだし、もうこんな国王に跪く必要も無いよね。
「ま、待つのだラトリア!」
帰ろうと出口に向かう俺達の背中に、焦った国王が声をかけてくる。
いやお前が退室を命じたんだろうが。今更なに言ってんの?
「……はい。なんでございましょう?」
王の言葉に一応立ち止まり、振り返って軽く頭を下げるラトリア。
俺を含む他のメンバーは、大人組のティムルとリーチェすらもう頭を下げる気はなさそうだ。
「貴様、分かっておるのか!? このまま帰れば貴様の貴族籍抹消は免れぬと言っているのだ! だというのに、何をあっさりと退室しようとしておるのだっ!」
「恐れながら、今回私がしたことは、全てこの王国を滅亡の危機より救済する為に行なったことでございます。ですがそれら全てが、陛下に対して翻意を抱いていると思われても仕方のない行動であった事は自覚しております」
仕方ないって言うか、目の前で竜化して殺害を予告しちゃってるからね。
翻意を抱いてなくても通報されて取り押さえられる奴だから。
「こちらに非があるのですから逃げも隠れも致しません。陛下が下される処分を甘んじて受け入れるつもりですわ」
「処分を受け入れるだとぉ……!」
「……王よ。恐れながら口を挟ませてもらいます」
好きにしろと言い切るラトリアに、ぐぬぬと唸り始める国王。
そんな2人の様子を見て、恐らくさっき竜爵邸の事件の説明をしたと思われる、国王の脇に立っている中年の男が口を開いた。
「確かにラトリア様のしたことは、国家反逆罪にすら問える大問題と言えます。ですが何者かに陥れられ、当代当主と次期当主を喪い、自身も魔物に操られていたラトリア様が混乱して粗相をしてしまったと考えることも、出来なくはありません」
ん? なんだか面倒臭そうなことを言い出したな?
っていうかなんだこの流れ? まるで国王の殺害を宣言したラトリアをなるべく処分しないで済むように、国王サイドが調整したがっているみたいなんだけど……?
「ソクトルーナ家を陥れておきながら、長期間それを発覚すらさせなかった存在が存在する今、ラトリア様ほどの戦力をくだらない理由で放逐することは出来ません。貴女の報告では、方法は不明ですがデーモン種やロード種を操っているとの記述もありました」
男が真剣に語っている後ろで、国王がゆっくりと玉座を離れ退室していく。
……マジかよ? この場面で国王が離籍するとかありえるの?
そして王に剣を向けた事をくだらない理由なんて言っちゃっていいの? 何なのこの国?
「……正直申し上げますと、あの報告には私は懐疑的なのです。ですがもしもアウターエフェクトを操れる相手がスペルドの脅威となった場合、ルーナ竜爵家の戦力を期待出来ないのは痛手なのです」
「……左様でございますか」
ラトリア自身も、変な話の流れに少し辟易した雰囲気を漂わせてきている。
うーん。ラトリアだけ残して俺たちは帰っちゃダメかなぁ?
俺ってマジで何のために登城したのか、全く分からないんだけどぉ?
「あのような報告を上げておきながら先ほどの陛下への言動、少し腑に落ちません。ラトリア様は国家の危機を憂いながら、何故陛下を害してまで陛下の発言を撤回させたのです?」
「ゴブトゴ様。簡単な話でございます。陛下があのままお引きにならなければ、陛下はおろか国中の貴族が排され、スペルディア王国が事実上の滅亡を迎えてしまったことでしょう」
……俺だって大量殺人者になる気なんて一切無いんだよ?
この説明じゃ、俺って完全にアウターエフェクトと同じ扱いされてますよねぇ?
「王国が滅亡、ですか? 些か話が飛躍しすぎでは……?」
「ゴブトゴ様はそう思ったかもしれませんが、私はそうは思わなかったのです。ですから私は貴族籍を抹消されても、翻意を疑われてでも、この王国の存続を優先したまでですわ」
相手の男はゴブトゴという名前らしい。
ラトリアとゴブトゴは対等に接しているように見えるので、目上の相手ってワケでは無いのかな?
「確か報告では、ダンと言いましたかな? そちらの男性がそこまでの脅威であると、ラトリア様は仰るのですか?」
「いいえ。ダンさんは我が国の脅威になるわけではありません。スペルド王国が彼らと敵対しない限りは、ですが」
ゴブトゴが俺の名前を知っていた事に驚いたけど、自分の目の前で自分を介さずに自分の話をされるのってあまり気分が良くないよなぁ。
ただ相手もラトリアも貴族。俺が口を挟む権利などないのだ。スルーっと。
「ダン。発言を許す。何か言いたい事があったら言ってみるといい」
と思ったら、いきなり発言を求められてしまった。
でも質問が漠然としすぎてて、答えようがないんだけど?
「特にありません」
「……なにぃ?」
なので正直に答える事にする。
こんなのどうでもいいので帰っていいですか? という言葉はギリギリ飲み込んだ。
しかし俺の素っ気無い返答が気に食わなかったのか、ゴブトゴは眉を顰めた。
「……報告にはお前が支配状態のラトリア様を無力化し、マインドロードを滅ぼしたとあった。だが貴様は人間族、しかも去年の5月までは間違いなく村人であったという証言も得られている。ここまでに誤りは?」
「特にありません」
「……単刀直入に言うが、私はお前の存在が全く信用出来ない。お前がラトリア様を誑かしているのではないかと疑っている。ここまで言ってやっても、まだなにも言いたいことは無いのか?」
「特にありません」
勝手に疑ってろ。俺にとってはどうでもいい。
監視でも付けたきゃ勝手につければいい。人質でも取る気なら、真っ向から打ち破ってやるだけだ。
「ふん。ならばまずはその実力を示してもらおうか」
ゴブトゴが護衛たちに目配せすると、周囲の雰囲気が一気に剣呑なものに変わり始める。
20人を超える武装した兵士達が、武器を構えながらゆっくりと近づいてくる。
「お前にはこれから1人で王国騎士団と戦って、その実力を証明してもらう。異論は無いだろうな?」
「特にあり「ゴブトゴ様。それは敵対行為の1歩手前です。お考え直しを……!」
俺の言葉を遮るラトリア。確かに返事がワンパターンすぎたか。
しっかし実力の証明かぁ。面倒臭いなぁ。適当に終わらせよう。
全部の職業補正を最大限に活用して、ロングソードを一閃する。
さて。異論は無いなと確認されたってことは、発言の許可を得たってことだよね。
「俺は構いませんけど、その前に後ろの玉座、片付けた方が良いですよ?」
「玉座を? お前はいったいなに、をっ……」
俺の言葉を聞いて振り返ったゴブトゴは、斜めに両断された玉座を見て言葉を失う。
ゴブトゴは俺の動きに一切反応している様子はなかったから、何が起きたか分からないだろうな。
玉座の様子を認識したゴブトゴは、ゆっくりと振り返って俺を睨みつける。
「貴様……! 玉座を斬り捨てるなどと、自分がいったいなにをしたのか……!」
「俺はここにずっといましたけど? ゴブトゴ様もご覧になってたでしょう?」
補正を全開にした俺の動きは、リーチェやフラッタですら捉えきれないらしいからな。
戦える雰囲気を纏っていないこの男にも、動きを変えていない護衛の兵士たちにも俺の動きは感じ取れていないはずだ。
なので正面からすっとぼける。
「俺がこの場にいる時に偶然玉座が壊れただけでしょう? その原因を俺に擦り付けられても困りますが」
「なっ! 貴様っ……! よくも抜け抜けとそのような事をっ!」
「俺の武器はこのロングソードです。そして俺がゴブトゴ様の目の前にいたのは、この部屋の中の全員が見ていますよね? それとも誰も唱えてない魔法詠唱でも聞こえました?」
「ぬ、う……!」
「玉座を壊したのが俺だと言うなら、それをどうやって行なったのか説明していただかないと。一方的な決め付けでは流石に納得できかねますね?」
まぁ犯人は俺で間違いないんだがね。気配遮断を使用しながら、ゴブトゴの瞬きに合わせて玉座を切っただけだ。
こんな単純な犯行でも、知覚出来ない相手になら簡単に完全犯罪成立だ。
「というかですね。もしそれをやったのが俺だったとしたら、そのほうが問題ではないですか?」
「どういうことだ? いったい何の……」
「王国騎士団の実力は分かりませんが、1人残らずその玉座と同じ事にならなきゃいいですね? これからアウターエフェクトを操る相手と戦わなきゃいけないのに、王国騎士団が全滅してたら大変でしょう?」
「…………っ!!」
ゴブトゴは俺の言葉で気付いたようだ。
玉座の代わりに、自分がいつの間にか切り捨てられていたかもしれない可能性に。自分の死に気付くことすらなく生涯の幕を閉じる、その恐怖に。
青褪めるゴブトゴに、ラトリアがここぞとばかりに声をかける。
「ゴブトゴ様は玉座の後始末もしなければいけないでしょう。今日はこのあたりでやめておきませんか? 虎の尾を踏みながらも更に踏み込まれると言うなら、私はもう何も申し上げませんが」
「…………なるほど。ラトリア様の言葉、少し理解できた気がします。ラトリア様の言う通り、今日はこれまでにしましょう。どうぞお引取りを」
額の汗を拭いながらも威厳を失わない態度で、ゴブトゴは謁見の終了を宣言した。
もう謁見でもなんでもないよなこれ。国王とっくに退室してるし。
国王は暗君で、ゴブトゴが実際の政務を取り仕切ってる感じなんだろうか? それとも国王はフェイクだったり?
まさか操られてるって事はないよなぁ?
「それではご案内させていただきます」
メイドさんに先導されて、ようやく謁見の間を退室することが出来た。
次に登城命令が出ても絶対無視するわ。2度と来ないからなこんな場所。
メイドさんに先導してもらってるので、まだ無駄話は出来ない。俺達の情報を城の中で話したくないからね。
そして間もなく城から出られるとエントランスに差し掛かった時に、俺達を阻むように入り口に立ちはだかっている奴らがいた。
「ラトリア様! フラッタ様! ようやくお会いできました! どうか少しの間、私の話を聞いていただけませんか!?」
その中の1人が1歩踏み出して、ラトリアとフラッタに声をかけてきた。
その男は俺達の中では最も背が高いヴァルゴよりも更に高身長、顔も中性的なイケメンで、顔面勝負だったら全く俺に勝ち目は無いね。
「お久しぶりですラトリア様。そして初めましてフラッタ様。私はフトーク家当主、ブルーヴァ・ノイ・タルフトーク。フラッタ様の婚約者です」
ああ、この男がフラッタの元婚約者さんなのかぁ。
貴族家の当主であり高身長イケメンとは、なかなかの優良物件だったみたいだなぁ。
身のこなしだけ見ても戦えるのが伝わってくるほど、戦闘技術も磨いているようだ。
「ブルーヴァ様。ですからフラッタの件はもうご説明させていただいたはずです。竜爵家が大変特殊な環境にあった事は、ブルーヴァ様にもご理解いただけたと思っていたのですが……」
「特殊な状況だった事は理解しておりますが、それを理由に婚約を反故にされて黙っているわけには参りません。私は心よりフラッタ様をお慕いしているのですから」
俺が言ったら寒いセリフでも、イケメンが言うと絵になるもんだ。
そしてたった今告白をされたばかりのフラッタが、ラトリアの後ろから出てきてブルーヴァと対峙する。
「お初にお目にかかるブルーヴァ殿。妾がフラッタ・ム・ソクトルーナ。ゴルディアとラトリアの娘であり、其方の元婚約者だった女なのじゃ」
「元、などと悲しい事を言わないでくださいフラッタ様。お会いするのは初めてですが、今申し上げた通り私は貴女を心よりお慕いしているのです」
会うのは初めてなのに慕ってるってのはなんでなんだろうな?
フラッタの美貌ならひと目惚れって言われても納得がいくんだけど、会った事もないのに本気で好きなの?
「ブルーヴァ殿。妾は其方の想いに応えることは出来ぬのじゃ。何せ妾は、もう婚姻を結んだ身であるからのう」
言いながらフラッタは自分のステータスプレートをブルーヴァに手渡す。
婚姻が結ばれたステータスプレートを見詰めながら、それでも静かに口を開くブルーヴァ。
「フラッタ様。婚姻相手のダンという男性はこの男に間違いないですね? であるならば考え直してください。貴女ほどの竜人族が子を生さないなど、竜人族全体にとっての悲劇でしかありません」
「済まぬなブルーヴァ殿。妾如きが竜人族全体を背負う事などできぬのじゃ。妾は1人の女性としてダンに惹かれ、ダンを愛し、ダンと生涯を共にすると決めたのじゃ」
フラッタってば、俺のこと好きすぎでしょー!?
あーもう、今すぐお前をよしよしなでなでしたいなーっ!
「一方的に婚約を解消する形になってしまったのは申し訳ないと思っておるが、我がルーナ家も当主と次期当主が不在の為、迅速な対応が難しかったのじゃ。許せとは言わぬが、其方との婚姻を結びことはできぬと受け入れて欲しい」
申し訳なさそうに頭を下げるフラッタに、ブルーヴァは俯いて肩を震わせている。
「は……、ははっ……。受け入れて欲しい、だってぇ……?」
一瞬泣いているのかと思ったんだけど、明らかに様子がおかしいな?
「嫌だねフラッタ! お前は私のモノだ! 絶対に渡してなるものかっ! どんな手を使っても、絶対に手に入れてみせるんだよぉっ!」
ブルーヴァは持ったままのフラッタのステータスプレートに、懐から取り脱したスタンプ型のマジックアイテムを押し付ける。
何しやがったんだコイツ?
フラッタ・ム・ソクトルーナ
女 14歳 竜人族 竜化解放 魔導師LV21
装備 ドラゴンイーター ミスリルサークレット 聖銀のプレートメイル
ミスリルガントレット 飛竜の靴 竜珠の護り
フラッタを鑑定してみるも、状態異常の類いはないなぁ?
「ひゃははははははぁっ! これでフラッタは私のものだぁっ! その証拠にこれを見てみろぉっ!」
ブルーヴァは得意げに、持ったままのフラッタのステータスプレートを見せ付けてくる。
フラッタ・ム・ソクトルーナ 女 14歳 魔導師 仕合わせの暴君
ダン ニーナ ティムル リーチェ ヴァルゴ
ブルーヴァ・ノイ・タルフトーク(隷属)
「…………あ?」
フラッタのステータスプレートの契約が変更され、俺との婚姻契約が目の前の男の奴隷契約に上書きされている。
その事実に気づいた瞬間、俺の思考が真っ赤に染まる。
「俺のフラッタに、何してくれんだてめぇぇっ!!!」
思考すら介さずにロングソードを握る俺の右手。
ここが何処で相手が誰であろうが関係ない。
俺から家族を奪おうとする相手は、王だろうが神だろうが絶対に許さねぇっ!!
どうやらようやく話が進みそうだ。
国王とラトリアの諍いなんてどうでもいいものを見せられて、未だに俺は認識すらされてない。
竜爵家救助に参加してないニーナとティムル、先日加入したばかりのヴァルゴにすら言及があったのに、である。
仮に叙爵の話が出たとしても、こんな国王に仕えたいとは思わないなぁ。
「……ラトリアよ。此度貴様がしたことは到底許される事では無いぞ。引いてやるのは今回だけだ。我が竜爵家に便宜を図る事は、今後一切無いと思ぇいっ!」
「はい。自分がしたことの重大さは分かっているつもりです。今はただ陛下の賢明なご判断と寛大な処置に、心より感謝申し上げます」
跪き、深々と国王に頭を下げるラトリア。
結局竜爵家を窮地に立たせてしまったけど、今回は完全にラトリアの自業自得なんだから俺が気にしてやる部分じゃないね。
ラトリアは、竜爵家が潰されてでも俺と王国との衝突を避けたんだから、むしろ忠臣と言えるのかもしれない。
「我は非常に不愉快だ……! さっさと出て行けっ!」
おっ、マジで? マジで帰っていいの?
やったね。結局なんのための登城だったのかは分からないけど、帰っていいなら帰ろ帰ろ。
「ラトリアよ。貴様がこの城の門を跨ぐ事は2度無かろう。精々この城をその目に焼き付けておくのだな」
「はっ。それでは失礼致します」
国王直々に退室の許可を出してくれたので、後ろを振り返り出口に向かう。
俺を先頭に、アッサリ踵を返すパーティメンバー。1拍遅れてラトリアもそれに続く。
それにしてもこの王の態度と、リーチェを側室に迎えようとした事を考えると、国王はリーチェの事情も建国の真相も知らなそうな感じがするなぁ。
やっぱり人間族じゃ、450年以上も前の話を正確に伝えるのは難しいのかもしれない。
となるとやはり目指すべきは、エルフの集落って事になるのかな。
「な、なに……? ま、待つが良いお前たち……」
それにしても、俺って結局名前を呼ばれることも発言することもなかったんだけど、マジで何のための登城だったんだよ。マジで馬鹿馬鹿しすぎる。
ラトリアも晴れて貴族籍を抹消されそうだし、もうこんな国王に跪く必要も無いよね。
「ま、待つのだラトリア!」
帰ろうと出口に向かう俺達の背中に、焦った国王が声をかけてくる。
いやお前が退室を命じたんだろうが。今更なに言ってんの?
「……はい。なんでございましょう?」
王の言葉に一応立ち止まり、振り返って軽く頭を下げるラトリア。
俺を含む他のメンバーは、大人組のティムルとリーチェすらもう頭を下げる気はなさそうだ。
「貴様、分かっておるのか!? このまま帰れば貴様の貴族籍抹消は免れぬと言っているのだ! だというのに、何をあっさりと退室しようとしておるのだっ!」
「恐れながら、今回私がしたことは、全てこの王国を滅亡の危機より救済する為に行なったことでございます。ですがそれら全てが、陛下に対して翻意を抱いていると思われても仕方のない行動であった事は自覚しております」
仕方ないって言うか、目の前で竜化して殺害を予告しちゃってるからね。
翻意を抱いてなくても通報されて取り押さえられる奴だから。
「こちらに非があるのですから逃げも隠れも致しません。陛下が下される処分を甘んじて受け入れるつもりですわ」
「処分を受け入れるだとぉ……!」
「……王よ。恐れながら口を挟ませてもらいます」
好きにしろと言い切るラトリアに、ぐぬぬと唸り始める国王。
そんな2人の様子を見て、恐らくさっき竜爵邸の事件の説明をしたと思われる、国王の脇に立っている中年の男が口を開いた。
「確かにラトリア様のしたことは、国家反逆罪にすら問える大問題と言えます。ですが何者かに陥れられ、当代当主と次期当主を喪い、自身も魔物に操られていたラトリア様が混乱して粗相をしてしまったと考えることも、出来なくはありません」
ん? なんだか面倒臭そうなことを言い出したな?
っていうかなんだこの流れ? まるで国王の殺害を宣言したラトリアをなるべく処分しないで済むように、国王サイドが調整したがっているみたいなんだけど……?
「ソクトルーナ家を陥れておきながら、長期間それを発覚すらさせなかった存在が存在する今、ラトリア様ほどの戦力をくだらない理由で放逐することは出来ません。貴女の報告では、方法は不明ですがデーモン種やロード種を操っているとの記述もありました」
男が真剣に語っている後ろで、国王がゆっくりと玉座を離れ退室していく。
……マジかよ? この場面で国王が離籍するとかありえるの?
そして王に剣を向けた事をくだらない理由なんて言っちゃっていいの? 何なのこの国?
「……正直申し上げますと、あの報告には私は懐疑的なのです。ですがもしもアウターエフェクトを操れる相手がスペルドの脅威となった場合、ルーナ竜爵家の戦力を期待出来ないのは痛手なのです」
「……左様でございますか」
ラトリア自身も、変な話の流れに少し辟易した雰囲気を漂わせてきている。
うーん。ラトリアだけ残して俺たちは帰っちゃダメかなぁ?
俺ってマジで何のために登城したのか、全く分からないんだけどぉ?
「あのような報告を上げておきながら先ほどの陛下への言動、少し腑に落ちません。ラトリア様は国家の危機を憂いながら、何故陛下を害してまで陛下の発言を撤回させたのです?」
「ゴブトゴ様。簡単な話でございます。陛下があのままお引きにならなければ、陛下はおろか国中の貴族が排され、スペルディア王国が事実上の滅亡を迎えてしまったことでしょう」
……俺だって大量殺人者になる気なんて一切無いんだよ?
この説明じゃ、俺って完全にアウターエフェクトと同じ扱いされてますよねぇ?
「王国が滅亡、ですか? 些か話が飛躍しすぎでは……?」
「ゴブトゴ様はそう思ったかもしれませんが、私はそうは思わなかったのです。ですから私は貴族籍を抹消されても、翻意を疑われてでも、この王国の存続を優先したまでですわ」
相手の男はゴブトゴという名前らしい。
ラトリアとゴブトゴは対等に接しているように見えるので、目上の相手ってワケでは無いのかな?
「確か報告では、ダンと言いましたかな? そちらの男性がそこまでの脅威であると、ラトリア様は仰るのですか?」
「いいえ。ダンさんは我が国の脅威になるわけではありません。スペルド王国が彼らと敵対しない限りは、ですが」
ゴブトゴが俺の名前を知っていた事に驚いたけど、自分の目の前で自分を介さずに自分の話をされるのってあまり気分が良くないよなぁ。
ただ相手もラトリアも貴族。俺が口を挟む権利などないのだ。スルーっと。
「ダン。発言を許す。何か言いたい事があったら言ってみるといい」
と思ったら、いきなり発言を求められてしまった。
でも質問が漠然としすぎてて、答えようがないんだけど?
「特にありません」
「……なにぃ?」
なので正直に答える事にする。
こんなのどうでもいいので帰っていいですか? という言葉はギリギリ飲み込んだ。
しかし俺の素っ気無い返答が気に食わなかったのか、ゴブトゴは眉を顰めた。
「……報告にはお前が支配状態のラトリア様を無力化し、マインドロードを滅ぼしたとあった。だが貴様は人間族、しかも去年の5月までは間違いなく村人であったという証言も得られている。ここまでに誤りは?」
「特にありません」
「……単刀直入に言うが、私はお前の存在が全く信用出来ない。お前がラトリア様を誑かしているのではないかと疑っている。ここまで言ってやっても、まだなにも言いたいことは無いのか?」
「特にありません」
勝手に疑ってろ。俺にとってはどうでもいい。
監視でも付けたきゃ勝手につければいい。人質でも取る気なら、真っ向から打ち破ってやるだけだ。
「ふん。ならばまずはその実力を示してもらおうか」
ゴブトゴが護衛たちに目配せすると、周囲の雰囲気が一気に剣呑なものに変わり始める。
20人を超える武装した兵士達が、武器を構えながらゆっくりと近づいてくる。
「お前にはこれから1人で王国騎士団と戦って、その実力を証明してもらう。異論は無いだろうな?」
「特にあり「ゴブトゴ様。それは敵対行為の1歩手前です。お考え直しを……!」
俺の言葉を遮るラトリア。確かに返事がワンパターンすぎたか。
しっかし実力の証明かぁ。面倒臭いなぁ。適当に終わらせよう。
全部の職業補正を最大限に活用して、ロングソードを一閃する。
さて。異論は無いなと確認されたってことは、発言の許可を得たってことだよね。
「俺は構いませんけど、その前に後ろの玉座、片付けた方が良いですよ?」
「玉座を? お前はいったいなに、をっ……」
俺の言葉を聞いて振り返ったゴブトゴは、斜めに両断された玉座を見て言葉を失う。
ゴブトゴは俺の動きに一切反応している様子はなかったから、何が起きたか分からないだろうな。
玉座の様子を認識したゴブトゴは、ゆっくりと振り返って俺を睨みつける。
「貴様……! 玉座を斬り捨てるなどと、自分がいったいなにをしたのか……!」
「俺はここにずっといましたけど? ゴブトゴ様もご覧になってたでしょう?」
補正を全開にした俺の動きは、リーチェやフラッタですら捉えきれないらしいからな。
戦える雰囲気を纏っていないこの男にも、動きを変えていない護衛の兵士たちにも俺の動きは感じ取れていないはずだ。
なので正面からすっとぼける。
「俺がこの場にいる時に偶然玉座が壊れただけでしょう? その原因を俺に擦り付けられても困りますが」
「なっ! 貴様っ……! よくも抜け抜けとそのような事をっ!」
「俺の武器はこのロングソードです。そして俺がゴブトゴ様の目の前にいたのは、この部屋の中の全員が見ていますよね? それとも誰も唱えてない魔法詠唱でも聞こえました?」
「ぬ、う……!」
「玉座を壊したのが俺だと言うなら、それをどうやって行なったのか説明していただかないと。一方的な決め付けでは流石に納得できかねますね?」
まぁ犯人は俺で間違いないんだがね。気配遮断を使用しながら、ゴブトゴの瞬きに合わせて玉座を切っただけだ。
こんな単純な犯行でも、知覚出来ない相手になら簡単に完全犯罪成立だ。
「というかですね。もしそれをやったのが俺だったとしたら、そのほうが問題ではないですか?」
「どういうことだ? いったい何の……」
「王国騎士団の実力は分かりませんが、1人残らずその玉座と同じ事にならなきゃいいですね? これからアウターエフェクトを操る相手と戦わなきゃいけないのに、王国騎士団が全滅してたら大変でしょう?」
「…………っ!!」
ゴブトゴは俺の言葉で気付いたようだ。
玉座の代わりに、自分がいつの間にか切り捨てられていたかもしれない可能性に。自分の死に気付くことすらなく生涯の幕を閉じる、その恐怖に。
青褪めるゴブトゴに、ラトリアがここぞとばかりに声をかける。
「ゴブトゴ様は玉座の後始末もしなければいけないでしょう。今日はこのあたりでやめておきませんか? 虎の尾を踏みながらも更に踏み込まれると言うなら、私はもう何も申し上げませんが」
「…………なるほど。ラトリア様の言葉、少し理解できた気がします。ラトリア様の言う通り、今日はこれまでにしましょう。どうぞお引取りを」
額の汗を拭いながらも威厳を失わない態度で、ゴブトゴは謁見の終了を宣言した。
もう謁見でもなんでもないよなこれ。国王とっくに退室してるし。
国王は暗君で、ゴブトゴが実際の政務を取り仕切ってる感じなんだろうか? それとも国王はフェイクだったり?
まさか操られてるって事はないよなぁ?
「それではご案内させていただきます」
メイドさんに先導されて、ようやく謁見の間を退室することが出来た。
次に登城命令が出ても絶対無視するわ。2度と来ないからなこんな場所。
メイドさんに先導してもらってるので、まだ無駄話は出来ない。俺達の情報を城の中で話したくないからね。
そして間もなく城から出られるとエントランスに差し掛かった時に、俺達を阻むように入り口に立ちはだかっている奴らがいた。
「ラトリア様! フラッタ様! ようやくお会いできました! どうか少しの間、私の話を聞いていただけませんか!?」
その中の1人が1歩踏み出して、ラトリアとフラッタに声をかけてきた。
その男は俺達の中では最も背が高いヴァルゴよりも更に高身長、顔も中性的なイケメンで、顔面勝負だったら全く俺に勝ち目は無いね。
「お久しぶりですラトリア様。そして初めましてフラッタ様。私はフトーク家当主、ブルーヴァ・ノイ・タルフトーク。フラッタ様の婚約者です」
ああ、この男がフラッタの元婚約者さんなのかぁ。
貴族家の当主であり高身長イケメンとは、なかなかの優良物件だったみたいだなぁ。
身のこなしだけ見ても戦えるのが伝わってくるほど、戦闘技術も磨いているようだ。
「ブルーヴァ様。ですからフラッタの件はもうご説明させていただいたはずです。竜爵家が大変特殊な環境にあった事は、ブルーヴァ様にもご理解いただけたと思っていたのですが……」
「特殊な状況だった事は理解しておりますが、それを理由に婚約を反故にされて黙っているわけには参りません。私は心よりフラッタ様をお慕いしているのですから」
俺が言ったら寒いセリフでも、イケメンが言うと絵になるもんだ。
そしてたった今告白をされたばかりのフラッタが、ラトリアの後ろから出てきてブルーヴァと対峙する。
「お初にお目にかかるブルーヴァ殿。妾がフラッタ・ム・ソクトルーナ。ゴルディアとラトリアの娘であり、其方の元婚約者だった女なのじゃ」
「元、などと悲しい事を言わないでくださいフラッタ様。お会いするのは初めてですが、今申し上げた通り私は貴女を心よりお慕いしているのです」
会うのは初めてなのに慕ってるってのはなんでなんだろうな?
フラッタの美貌ならひと目惚れって言われても納得がいくんだけど、会った事もないのに本気で好きなの?
「ブルーヴァ殿。妾は其方の想いに応えることは出来ぬのじゃ。何せ妾は、もう婚姻を結んだ身であるからのう」
言いながらフラッタは自分のステータスプレートをブルーヴァに手渡す。
婚姻が結ばれたステータスプレートを見詰めながら、それでも静かに口を開くブルーヴァ。
「フラッタ様。婚姻相手のダンという男性はこの男に間違いないですね? であるならば考え直してください。貴女ほどの竜人族が子を生さないなど、竜人族全体にとっての悲劇でしかありません」
「済まぬなブルーヴァ殿。妾如きが竜人族全体を背負う事などできぬのじゃ。妾は1人の女性としてダンに惹かれ、ダンを愛し、ダンと生涯を共にすると決めたのじゃ」
フラッタってば、俺のこと好きすぎでしょー!?
あーもう、今すぐお前をよしよしなでなでしたいなーっ!
「一方的に婚約を解消する形になってしまったのは申し訳ないと思っておるが、我がルーナ家も当主と次期当主が不在の為、迅速な対応が難しかったのじゃ。許せとは言わぬが、其方との婚姻を結びことはできぬと受け入れて欲しい」
申し訳なさそうに頭を下げるフラッタに、ブルーヴァは俯いて肩を震わせている。
「は……、ははっ……。受け入れて欲しい、だってぇ……?」
一瞬泣いているのかと思ったんだけど、明らかに様子がおかしいな?
「嫌だねフラッタ! お前は私のモノだ! 絶対に渡してなるものかっ! どんな手を使っても、絶対に手に入れてみせるんだよぉっ!」
ブルーヴァは持ったままのフラッタのステータスプレートに、懐から取り脱したスタンプ型のマジックアイテムを押し付ける。
何しやがったんだコイツ?
フラッタ・ム・ソクトルーナ
女 14歳 竜人族 竜化解放 魔導師LV21
装備 ドラゴンイーター ミスリルサークレット 聖銀のプレートメイル
ミスリルガントレット 飛竜の靴 竜珠の護り
フラッタを鑑定してみるも、状態異常の類いはないなぁ?
「ひゃははははははぁっ! これでフラッタは私のものだぁっ! その証拠にこれを見てみろぉっ!」
ブルーヴァは得意げに、持ったままのフラッタのステータスプレートを見せ付けてくる。
フラッタ・ム・ソクトルーナ 女 14歳 魔導師 仕合わせの暴君
ダン ニーナ ティムル リーチェ ヴァルゴ
ブルーヴァ・ノイ・タルフトーク(隷属)
「…………あ?」
フラッタのステータスプレートの契約が変更され、俺との婚姻契約が目の前の男の奴隷契約に上書きされている。
その事実に気づいた瞬間、俺の思考が真っ赤に染まる。
「俺のフラッタに、何してくれんだてめぇぇっ!!!」
思考すら介さずにロングソードを握る俺の右手。
ここが何処で相手が誰であろうが関係ない。
俺から家族を奪おうとする相手は、王だろうが神だろうが絶対に許さねぇっ!!
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