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1章 巡り会い2 囚われの行商人
051 奴隷購入 (改)
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帰宅したら2人ともまだ起きていたので、さっそく奪還してきた腕輪を見てもらう。
「ただいまー。これってリーチェので間違いない?」
「うっそだろ!? 君と出会ってまだ1日も経ってないじゃないか!」
「同じタイミングでうちに押しかけてきた人が言っていいセリフじゃないですよ、リーチェさん」
驚くリーチェに冷静にツッコミを入れるニーナ。ド正論である。
ほいっ、とリーチェに世界樹の護りを渡して、無事に奪還完了だ。
「うん。間違いないよ。これは僕の世界樹の護り。僕が産まれた時から身につけてきた、僕の半身で間違いないよ……」
「状況的に間違いないとは思ってたけど、リーチェ本人に確認してもらえて安心したよ」
リーチェは受け取った腕輪を、まるで我が子のように愛おしそうに胸に抱いている。
俺もニーナとのパーティ登録が完了したステータスプレートが愛おしいぜっ。
「それじゃ今日は休もうか。流石にちょっと疲れちゃったよ。リーチェは明日、ネプトゥコの警備隊詰め所に付き合ってね」
これにて一件落着である。
ネフネリさんはどう出るんだろうなぁ。公式には何も被害が出てないんだから動けないとは思うけど。
「ま、待ってくれよ! せめて説明してくれないかな!?」
「いや、なんか凄い疲れたから、説明とか全部明日にさせてくれ。って、リーチェの寝室の準備できてなかったりするの?」
「いえ大丈夫です。ティムル用に用意したベッドを地下に運び込みましたから。細かい調整は明るくないと出来ませんし、今日のところはこれ以上できることはありません」
なるほど、ティムル用に用意したベッドを流用したのね。つまりティムル用のベッドは無いと。なるほどなるほど。
とにかく、寝床の用意も済んでいるなら何も問題ないな。今日はもう休もう。
今は一刻も早くあの生暖かい感触を忘れたいんだ。自分にだってついてるけど、人のに触れる趣味はないんだよ俺にはぁっ!
「じゃあ今日は休ませてくれ。大切なものだったんだろ? 今日はそれを抱いて大人しく寝てくれ」
「あ、ちょ待ってくれよダン……!」
待たずにニーナの肩を抱いて2階に向かう。リーチェはそのまま置き去りだ。
今日会ったばかりのリーチェを放置していくのは無用心な気もするけど、アイツ中身フラッタだからね。その気になったら正面から俺たち2人を瞬殺できる実力があるはずだ。
つまり警戒しても仕方ない。
なんだか色々あって疲れたし、リーチェが家にいる事を完全に無視して、肩に触れた何かを振り払うようにニーナを求めた。
それに明日ティムルを迎えられる可能性もあって、もしかしたらニーナと2人きりで過ごす最後の夜になるかもしれない。そう思ったら、なんだか歯止めが利かなかった。
俺の全てを受け止めた後、ニーナは俺を胸に抱いた。
「ねぇダン。以前ダンは、私がダンのことを買い被ってるって言ったよね? でもさぁ、ティムルに会いに行って2日で犯人に辿り着いて、リーチェさんと会ったその日に盗難品を取り返してきた人を見てる私が、何を買い被ってるって言うのかなぁ?」
からかうように言った後、俺の頭をぎゅーと抱きしめてくれるニーナ。
いやいや、あれは俺が動かなくても近々発覚してたと思うけどねぇ。多分パーティとかに普通に着けていってお披露目したんじゃないかなあの人。
俺なんて、こうやってニーナに抱きしめられてると他の事なんかどうでも良くなる程度の、しょーもない男でしかないっすよ……。
翌朝目覚めるとニーナの胸の中。ニーナに抱かれてそのまま眠っちゃったんだなぁ。
ニーナの呪いを解くと決めたのに、結局呪いも解けないままでティムルを迎えることになってしまった。そんな情けない俺を、いつも力いっぱい抱きしめてくれるニーナ。
呪いを解いて結婚したら、色んなところを見て回ろう。色んなものを君と一緒に見て過ごしたいな。
「ん、んん……。んー、おはよう、ダン……」
おっと、つい腕に力が入ってニーナを起こしちゃったか。
起こしちゃったのは申し訳ないけど、このまま2度寝させるのは勿体無いよねぇ。
いつもはニーナからしてくれる目覚めのキス。今日は俺から口を合わせて、ニーナが寝てしまわないようにニーナの口の中を騒がしくする。
ニーナが目を覚ましてくれるまでだいぶ時間がかかったけど……。ニーナ、お前とっくに起きてたよねぇ?
朝からご機嫌なニーナと身支度を済ませて1階に下りると、リーチェが暇そうに食堂で待っていた。そういやこいつ、料理できないんだった。
ニーナと2人で朝食の準備をしながら、リーチェも交えて昨晩の報告と今後の予定を話し合う。
「君の事は変わった奴だとは思ったけれど……、まさかここまでの男だとは思わなかったな」
「俺が何もしなくとも恐らくあの女は近いうちにボロを出して、世界樹の護りは見つかってたと思うけどね」
「そうだったとしても、君が見つけて僕に届けてくれた事実は変わらないさ。世界樹の護りを見つけてくれてありがとう、ダン」
リーチェに感謝の言葉を告げられるも、あまりに簡単な奪還劇にちょっとだけバツが悪い。
ティムルに聞いてはいたけど、正直あそこまでザル警備だとは思わなかった。屋根と壁があるだけで、安全性は屋外と変わらないよあれじゃあ。
「リーチェはインベントリ使える、よな? 冒険者なんだし。悪いけどティムルを購入するまでは、世界樹の護りは仕舞っておいて欲しいんだけど」
「了解。君の指示に従うよ。そういう約束だったからね」
「……あれ? リーチェさんインベントリ使えるのに、なんで盗難被害に遭ったんですか? いくら入浴中とは言え、インベントリに仕舞っておけば安全でしたのに」
ニーナが首を傾げながらリーチェに問う。
そういやそうだな? ポータルが使えるって事は、インベントリも使えるってことだ。世界樹の護りは装備品扱いでインベントリに収納できるんだから、盗難に遭う心配は本来ないよな?
聞かれたリーチェは気まずそうに目を逸らしながら回答してくれた。
「いやぁ……。入浴や水浴びのたびにいちいちインベントリを開くのが面倒でさ。流石に外で水浴びするときはインベントリに収納してたけど、宿での入浴や水浴びなんかの時はただ外して置いてたんだよ。無用心だったと反省してる」
ああ、そう言えばリーチェって中身フラッタだもんね……。
インベントリの詠唱なんて数秒で終わるだろうに、まったくもう。
「盗んだ人が悪いに決まってますけど、リーチェさんも出来るだけ自衛してください。半身なんていうほどに大切なものなのでしょう?」
「うん。肝に銘じるよ。僕はちょっと、人の悪意に鈍感すぎた」
神妙な面持ちでニーナの言葉に頷くリーチェ。
盗難被害に遭ったから、俺と会った時に悪意がどうこう言ってたのかな?
朝食を済ませた後、リーチェと2人でネプトゥコの警備隊詰め所に向かう。
ニーナは本日のソロ狩りはお休みだ。その代わりに夕食を奮発してくれる予定。今夜はティムルの歓迎会だもんね。
詰め所に着くと打ち合わせた通りに、まずはリーチェがティムルに賠償請求。ティムルもそれを受け入れて無事に? 借金奴隷になった。
ティムルが奴隷売却されたお金は20万リーフ。これはリーチェに支払われる。
世界樹の護りは金貨数万枚の価値があるとすら言われる代物らしいけど、そんなもの払える人が居るわけもない。なのでこれに関してはリーチェは泣き寝入りするしかなかったのだ。本来は。
ティムルが奴隷になったと同時に、その奴隷商人に購入を申し込む。しかしこの奴隷商人、こっちの足元を見やがったのか、ニヤニヤしながら60万リーフも吹っ掛けてきやがった。
買えるもんなら買ってみろってか? 舐めやがって。
今まで貯めた魔玉を全て売り払って40万リーフは持っていた。そこにリーチェが受け取った20万リーフを合わせて即金で購入。奴隷商人の目の前に叩きつけてやった。
払えると思ってなかったのか、60万リーフを叩きつけられた奴隷商人は固まってしまった。自分の提示した金額を受け取らないわけにもいかず、粛々とティムルの所有権を俺に譲る奴隷商人。ざまぁ。
ちなみにこの奴隷商人はシュパイン商会所属だった。もう潰れちまえよシュパイン商会。
こんな感じで俺の中でシュパイン商会の評価は地に落ちたけど、ティムルとの奴隷契約は滞りなく終了した。
ダン 男 25歳 行商人
ニーナ
ニーナ(所有) ティムル(所有)
ティムル 女 32歳 行商人
ダン(隷属)
ステータスプレートにも、ちゃんと奴隷契約が反映された。
ティムルはまだパーティ組んでないから、パーティメンバーの表示がないのか。
「これでティムルは正式に俺の女だからね。ティムルには悪いけど、行商は一旦休業してもらうよ。ニーナと俺と、歩いて世界を回ってほしい」
「ええ。行商に未練は無いわ。ジジイの指示で商人やってただけだしね。そんなことより、2人と一緒に生きていけるのが本当に嬉しいの……」
ティムルと抱き合い、口付けを交わす。
人目? 窮地から救い出したお姫様にキスするのはお約束でしょ。そこに人目があるかどうかなんてどうでもいい。
思う存分、人目も憚らずに舌を躍らせる。まるでティムルは俺の女だとマーキングするかのように、徹底的に舌を絡ませた。
どのくらい繋がっていたのか分からなかったけど、俺たちがようやく離れた時には部屋には誰も残っていなかった。
その事実がおかしくて、ティムルと2人で笑い合ったあとに、もう1度キスを再開したのだった。
ティムルと2人で手を繋いで部屋を出ると、別室でリーチェが涙目になっていた。
「遅いよ! 長いよ! 待ちくたびれたよ! そういうのは帰ってからやってくれたまえよーっ!」
微妙に赤面しながら俺達に抗議してくるリーチェ。
いや待ってる必要ないじゃん? お前もポータル使えるんだしさぁ。
「なんでわざわざ待ってたんだよ? ニーナも家にいるんだから、先に帰ってても問題なかったろ?」
「そういうわけにもいかないのっ! 僕はそのドワーフ女……、いやティムルに言わなきゃいけない事があるから」
言わなきゃいけないこと? なんかあったっけ?
そんなことを考えていると、リーチェがティムルに向かって、深々と頭を下げた。
「ティムル。今回は僕の不注意と横着で、君に多大な迷惑をかけてしまった。本当に済まない。今回の事は僕の心がけ1つで、どうとでも防げることだった。本当に、申し訳なかった……!」
ティムルに向かって謝罪の言葉を口にしながら、直角になるほど深く頭を下げているリーチェの姿に、思わず息を吐いてしまう。
……はぁ、凄いなぁ。こういうところがやっぱり中身フラッタって感じだよ。
英雄譚に語られるほどの大人物でありながら、エルフのくせにドワーフに頭を下げられる。自分の過ちを認め、誠実に相手に謝罪する。
これが翠の姫エルフ、リーチェの本質。
「……頭を上げてもらえるかしら、リーチェさん」
そんなリーチェに、ティムルは優しげに声をかける。
そしてリーチェが頭を上げたのを確認してから、やっぱり優しげな声で語りかける。
「リーチェさんが謝る必要は無いわ。謝るのはこちらよ。シュパイン商会の内輪揉めに貴女を巻き込んでしまってごめんなさいね」
今度はティムルが、リーチェに向かって深々と頭を下げた。
そうなんだよな。ティムルもリーチェも結局は被害者なんだ。どっちが悪いって話じゃないんだよ。
「リーチェさんが気に病むことは何もないわ。私にとって、商会にいることこそが苦痛で、ダンの物になれたのは幸せなのだから。リーチェさん。私をシュパイン商会から解放してくれて、本当にありがとうございました」
俺のモノになることが幸せなんて言われると、嬉しい反面、身が引き締まる想いだ。
俺はニーナとティムル、2人の女性をちゃんと幸せにすることが出来るのかな。
……いや、これって傲慢なんだったな。
俺はただ、2人の居場所であり続けよう。そうすればニーナもティムルもちゃんと自力で幸せになってくれるはず。
「ティムル。リーチェ。言いたい事は終わった? なら早く帰ろう」
未だお互いに頭を下げている2人に声をかける。キリがないってば。
「今日はニーナが豪勢な夕食を用意してくれるっていうからさ。みんなで食べよう。ティムルもリーチェも、みんなで一緒にさ」
俺の言葉に嬉しそうに頷いてくれる2人。さぁ帰ろう、俺達の家に。
ニーナと2人きりの生活に、何の不満もありゃしないんだけどさ。
あの家って広すぎて、ニーナと2人きりで夕食を取っていると、なんだか物足りなく感じていたんだよね。
今日からは、今までの物足りなさが恋しくなるくらいに騒がしい夕食になりそうだけどさ。
「ただいまー。これってリーチェので間違いない?」
「うっそだろ!? 君と出会ってまだ1日も経ってないじゃないか!」
「同じタイミングでうちに押しかけてきた人が言っていいセリフじゃないですよ、リーチェさん」
驚くリーチェに冷静にツッコミを入れるニーナ。ド正論である。
ほいっ、とリーチェに世界樹の護りを渡して、無事に奪還完了だ。
「うん。間違いないよ。これは僕の世界樹の護り。僕が産まれた時から身につけてきた、僕の半身で間違いないよ……」
「状況的に間違いないとは思ってたけど、リーチェ本人に確認してもらえて安心したよ」
リーチェは受け取った腕輪を、まるで我が子のように愛おしそうに胸に抱いている。
俺もニーナとのパーティ登録が完了したステータスプレートが愛おしいぜっ。
「それじゃ今日は休もうか。流石にちょっと疲れちゃったよ。リーチェは明日、ネプトゥコの警備隊詰め所に付き合ってね」
これにて一件落着である。
ネフネリさんはどう出るんだろうなぁ。公式には何も被害が出てないんだから動けないとは思うけど。
「ま、待ってくれよ! せめて説明してくれないかな!?」
「いや、なんか凄い疲れたから、説明とか全部明日にさせてくれ。って、リーチェの寝室の準備できてなかったりするの?」
「いえ大丈夫です。ティムル用に用意したベッドを地下に運び込みましたから。細かい調整は明るくないと出来ませんし、今日のところはこれ以上できることはありません」
なるほど、ティムル用に用意したベッドを流用したのね。つまりティムル用のベッドは無いと。なるほどなるほど。
とにかく、寝床の用意も済んでいるなら何も問題ないな。今日はもう休もう。
今は一刻も早くあの生暖かい感触を忘れたいんだ。自分にだってついてるけど、人のに触れる趣味はないんだよ俺にはぁっ!
「じゃあ今日は休ませてくれ。大切なものだったんだろ? 今日はそれを抱いて大人しく寝てくれ」
「あ、ちょ待ってくれよダン……!」
待たずにニーナの肩を抱いて2階に向かう。リーチェはそのまま置き去りだ。
今日会ったばかりのリーチェを放置していくのは無用心な気もするけど、アイツ中身フラッタだからね。その気になったら正面から俺たち2人を瞬殺できる実力があるはずだ。
つまり警戒しても仕方ない。
なんだか色々あって疲れたし、リーチェが家にいる事を完全に無視して、肩に触れた何かを振り払うようにニーナを求めた。
それに明日ティムルを迎えられる可能性もあって、もしかしたらニーナと2人きりで過ごす最後の夜になるかもしれない。そう思ったら、なんだか歯止めが利かなかった。
俺の全てを受け止めた後、ニーナは俺を胸に抱いた。
「ねぇダン。以前ダンは、私がダンのことを買い被ってるって言ったよね? でもさぁ、ティムルに会いに行って2日で犯人に辿り着いて、リーチェさんと会ったその日に盗難品を取り返してきた人を見てる私が、何を買い被ってるって言うのかなぁ?」
からかうように言った後、俺の頭をぎゅーと抱きしめてくれるニーナ。
いやいや、あれは俺が動かなくても近々発覚してたと思うけどねぇ。多分パーティとかに普通に着けていってお披露目したんじゃないかなあの人。
俺なんて、こうやってニーナに抱きしめられてると他の事なんかどうでも良くなる程度の、しょーもない男でしかないっすよ……。
翌朝目覚めるとニーナの胸の中。ニーナに抱かれてそのまま眠っちゃったんだなぁ。
ニーナの呪いを解くと決めたのに、結局呪いも解けないままでティムルを迎えることになってしまった。そんな情けない俺を、いつも力いっぱい抱きしめてくれるニーナ。
呪いを解いて結婚したら、色んなところを見て回ろう。色んなものを君と一緒に見て過ごしたいな。
「ん、んん……。んー、おはよう、ダン……」
おっと、つい腕に力が入ってニーナを起こしちゃったか。
起こしちゃったのは申し訳ないけど、このまま2度寝させるのは勿体無いよねぇ。
いつもはニーナからしてくれる目覚めのキス。今日は俺から口を合わせて、ニーナが寝てしまわないようにニーナの口の中を騒がしくする。
ニーナが目を覚ましてくれるまでだいぶ時間がかかったけど……。ニーナ、お前とっくに起きてたよねぇ?
朝からご機嫌なニーナと身支度を済ませて1階に下りると、リーチェが暇そうに食堂で待っていた。そういやこいつ、料理できないんだった。
ニーナと2人で朝食の準備をしながら、リーチェも交えて昨晩の報告と今後の予定を話し合う。
「君の事は変わった奴だとは思ったけれど……、まさかここまでの男だとは思わなかったな」
「俺が何もしなくとも恐らくあの女は近いうちにボロを出して、世界樹の護りは見つかってたと思うけどね」
「そうだったとしても、君が見つけて僕に届けてくれた事実は変わらないさ。世界樹の護りを見つけてくれてありがとう、ダン」
リーチェに感謝の言葉を告げられるも、あまりに簡単な奪還劇にちょっとだけバツが悪い。
ティムルに聞いてはいたけど、正直あそこまでザル警備だとは思わなかった。屋根と壁があるだけで、安全性は屋外と変わらないよあれじゃあ。
「リーチェはインベントリ使える、よな? 冒険者なんだし。悪いけどティムルを購入するまでは、世界樹の護りは仕舞っておいて欲しいんだけど」
「了解。君の指示に従うよ。そういう約束だったからね」
「……あれ? リーチェさんインベントリ使えるのに、なんで盗難被害に遭ったんですか? いくら入浴中とは言え、インベントリに仕舞っておけば安全でしたのに」
ニーナが首を傾げながらリーチェに問う。
そういやそうだな? ポータルが使えるって事は、インベントリも使えるってことだ。世界樹の護りは装備品扱いでインベントリに収納できるんだから、盗難に遭う心配は本来ないよな?
聞かれたリーチェは気まずそうに目を逸らしながら回答してくれた。
「いやぁ……。入浴や水浴びのたびにいちいちインベントリを開くのが面倒でさ。流石に外で水浴びするときはインベントリに収納してたけど、宿での入浴や水浴びなんかの時はただ外して置いてたんだよ。無用心だったと反省してる」
ああ、そう言えばリーチェって中身フラッタだもんね……。
インベントリの詠唱なんて数秒で終わるだろうに、まったくもう。
「盗んだ人が悪いに決まってますけど、リーチェさんも出来るだけ自衛してください。半身なんていうほどに大切なものなのでしょう?」
「うん。肝に銘じるよ。僕はちょっと、人の悪意に鈍感すぎた」
神妙な面持ちでニーナの言葉に頷くリーチェ。
盗難被害に遭ったから、俺と会った時に悪意がどうこう言ってたのかな?
朝食を済ませた後、リーチェと2人でネプトゥコの警備隊詰め所に向かう。
ニーナは本日のソロ狩りはお休みだ。その代わりに夕食を奮発してくれる予定。今夜はティムルの歓迎会だもんね。
詰め所に着くと打ち合わせた通りに、まずはリーチェがティムルに賠償請求。ティムルもそれを受け入れて無事に? 借金奴隷になった。
ティムルが奴隷売却されたお金は20万リーフ。これはリーチェに支払われる。
世界樹の護りは金貨数万枚の価値があるとすら言われる代物らしいけど、そんなもの払える人が居るわけもない。なのでこれに関してはリーチェは泣き寝入りするしかなかったのだ。本来は。
ティムルが奴隷になったと同時に、その奴隷商人に購入を申し込む。しかしこの奴隷商人、こっちの足元を見やがったのか、ニヤニヤしながら60万リーフも吹っ掛けてきやがった。
買えるもんなら買ってみろってか? 舐めやがって。
今まで貯めた魔玉を全て売り払って40万リーフは持っていた。そこにリーチェが受け取った20万リーフを合わせて即金で購入。奴隷商人の目の前に叩きつけてやった。
払えると思ってなかったのか、60万リーフを叩きつけられた奴隷商人は固まってしまった。自分の提示した金額を受け取らないわけにもいかず、粛々とティムルの所有権を俺に譲る奴隷商人。ざまぁ。
ちなみにこの奴隷商人はシュパイン商会所属だった。もう潰れちまえよシュパイン商会。
こんな感じで俺の中でシュパイン商会の評価は地に落ちたけど、ティムルとの奴隷契約は滞りなく終了した。
ダン 男 25歳 行商人
ニーナ
ニーナ(所有) ティムル(所有)
ティムル 女 32歳 行商人
ダン(隷属)
ステータスプレートにも、ちゃんと奴隷契約が反映された。
ティムルはまだパーティ組んでないから、パーティメンバーの表示がないのか。
「これでティムルは正式に俺の女だからね。ティムルには悪いけど、行商は一旦休業してもらうよ。ニーナと俺と、歩いて世界を回ってほしい」
「ええ。行商に未練は無いわ。ジジイの指示で商人やってただけだしね。そんなことより、2人と一緒に生きていけるのが本当に嬉しいの……」
ティムルと抱き合い、口付けを交わす。
人目? 窮地から救い出したお姫様にキスするのはお約束でしょ。そこに人目があるかどうかなんてどうでもいい。
思う存分、人目も憚らずに舌を躍らせる。まるでティムルは俺の女だとマーキングするかのように、徹底的に舌を絡ませた。
どのくらい繋がっていたのか分からなかったけど、俺たちがようやく離れた時には部屋には誰も残っていなかった。
その事実がおかしくて、ティムルと2人で笑い合ったあとに、もう1度キスを再開したのだった。
ティムルと2人で手を繋いで部屋を出ると、別室でリーチェが涙目になっていた。
「遅いよ! 長いよ! 待ちくたびれたよ! そういうのは帰ってからやってくれたまえよーっ!」
微妙に赤面しながら俺達に抗議してくるリーチェ。
いや待ってる必要ないじゃん? お前もポータル使えるんだしさぁ。
「なんでわざわざ待ってたんだよ? ニーナも家にいるんだから、先に帰ってても問題なかったろ?」
「そういうわけにもいかないのっ! 僕はそのドワーフ女……、いやティムルに言わなきゃいけない事があるから」
言わなきゃいけないこと? なんかあったっけ?
そんなことを考えていると、リーチェがティムルに向かって、深々と頭を下げた。
「ティムル。今回は僕の不注意と横着で、君に多大な迷惑をかけてしまった。本当に済まない。今回の事は僕の心がけ1つで、どうとでも防げることだった。本当に、申し訳なかった……!」
ティムルに向かって謝罪の言葉を口にしながら、直角になるほど深く頭を下げているリーチェの姿に、思わず息を吐いてしまう。
……はぁ、凄いなぁ。こういうところがやっぱり中身フラッタって感じだよ。
英雄譚に語られるほどの大人物でありながら、エルフのくせにドワーフに頭を下げられる。自分の過ちを認め、誠実に相手に謝罪する。
これが翠の姫エルフ、リーチェの本質。
「……頭を上げてもらえるかしら、リーチェさん」
そんなリーチェに、ティムルは優しげに声をかける。
そしてリーチェが頭を上げたのを確認してから、やっぱり優しげな声で語りかける。
「リーチェさんが謝る必要は無いわ。謝るのはこちらよ。シュパイン商会の内輪揉めに貴女を巻き込んでしまってごめんなさいね」
今度はティムルが、リーチェに向かって深々と頭を下げた。
そうなんだよな。ティムルもリーチェも結局は被害者なんだ。どっちが悪いって話じゃないんだよ。
「リーチェさんが気に病むことは何もないわ。私にとって、商会にいることこそが苦痛で、ダンの物になれたのは幸せなのだから。リーチェさん。私をシュパイン商会から解放してくれて、本当にありがとうございました」
俺のモノになることが幸せなんて言われると、嬉しい反面、身が引き締まる想いだ。
俺はニーナとティムル、2人の女性をちゃんと幸せにすることが出来るのかな。
……いや、これって傲慢なんだったな。
俺はただ、2人の居場所であり続けよう。そうすればニーナもティムルもちゃんと自力で幸せになってくれるはず。
「ティムル。リーチェ。言いたい事は終わった? なら早く帰ろう」
未だお互いに頭を下げている2人に声をかける。キリがないってば。
「今日はニーナが豪勢な夕食を用意してくれるっていうからさ。みんなで食べよう。ティムルもリーチェも、みんなで一緒にさ」
俺の言葉に嬉しそうに頷いてくれる2人。さぁ帰ろう、俺達の家に。
ニーナと2人きりの生活に、何の不満もありゃしないんだけどさ。
あの家って広すぎて、ニーナと2人きりで夕食を取っていると、なんだか物足りなく感じていたんだよね。
今日からは、今までの物足りなさが恋しくなるくらいに騒がしい夕食になりそうだけどさ。
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