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1章 巡り会い2 囚われの行商人
047 リーチェ (改)
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待っていたのは、フラッタとは違う方向性に完成された至高の芸術品。
うなじが見えるくらいに短い白髪、こちらに向けられた双眸は深い翠色をしている。肌は褐色で、俺が持っているエルフのイメージとは少しかけ離れている。
座っているので身長は分からないけど、ニーナより低いことはなさそうだ。
エルフという言葉から勝手に神聖なイメージを抱いていたけど、目の前の相手は全体的に薄汚れていて、歴戦の勇士といった出で立ちだ。警備隊の詰め所にいるためなのか、武器は携帯していないみたいだね。
そしてその無骨な雰囲気にも負けないほどの美貌が、彼女の魅力を更に引き上げているように感じられた。
「ダン。こちらが今回盗難の被害に遭ったリーチェさんだ。今回お前に会ってくれたのは、完全にリーチェさんのご厚意であることを忘れるなよ」
案内人の声で我に返る。
……我に返る? 俺、見蕩れてしまってたのか?
これからニーナに続いてティムルを引き取るって時に、他の女に目を奪われてる場合じゃないだろ。しっかりしろ!
「本日は会ってくれてありがとう。俺は行商人のダン。ティムルの……、容疑者のドワーフの女性の友人だ」
気を取り直し、案内人の言葉を引き継いでまずは自己紹介。
「話は伝わっているかと思うけど、俺は彼女が窃盗を指示したとは思ってない。それを証明する為に世界樹の護りを見つけたいと思ってる」
俺の言葉を黙って聞いているリーチェさん。
その翠の瞳は、ずっと俺の方に向けられている。
「ふむ。君からは悪意を感じない。いいだろう。話をしようじゃないか。さ、かけたまえ」
偉そうだなこいつ。いや、偉そうっていうか、芝居がかったしゃべり方って言うのかな?
っていうか悪意? 目利き持ちなのかな? それともエルフの種族特性?
いずれにしてもそんなもの感じ取れるなら、ティムルが関わってないのは1発で分かりそうなもんだけどねぇ。これは聞いてみたほうが早いか。
リーチェさんの対面に用意された席に腰を下ろす。
「えっと、今悪意って言ったけど、ティムルからも悪意を感じたのか? ティムルが悪意を持っていたなんて、俺には信じられないんだけど?」
「彼女はドワーフで僕はエルフだ。彼女が僕に嫌がらせをするのに悪意など持つ必要はない。ドワーフとはそういう種族だからね」
こいつ、僕っ娘か! ……ってそれはどうでもいいわ。
やれやれとでも言いたげに、肩を竦めて見せるリーチェさん。
いちいち言動がわざとらしい……、けどコイツくらいの美形だと似合うもんだねぇ。
種族間のイザコザについては知らないので、下手に触れないほうがいいな。普通に盗難品の情報と、盗難に遭ったときの話を聞くべきか。
俺が次に何を話すか迷っていると、リーチェさんはその様子を別の意味で捉えたようだ。
「ああ、勘違いしないで欲しい。種族的にエルフとドワーフの仲が悪いのは周知の事実だけど、僕は世界樹の護りさえ返ってくれば文句はないんだ。だから君が彼女を助ける為に盗難品を見つけたいというのは、実に理に適った行動だと思っているよ」
ふぁさぁ、っと前髪をかきあげながら語るリーチェさん。
ほんとに文句ないんですぅ? お前がティムルを犯罪者にしたがってるって聞いてるんですけどぉ?
「お褒めに預かり光栄だね。それじゃ早速話をさせてもらおうかな。リーチェさんにとっては重複した質問になっちゃうかもしれないけど……」
「遠慮せずに何でも聞いてくれて構わない。僕にとっては世界樹の護りの奪還以上に優先すべき事はないからね」
俺の行動を理に適っているなんて評価した通り、合理的な人なのかもしれない。目的の為には感情的になったり、手間を惜しんだりするつもりはないと。
「不勉強な行商人で恥ずかしいところなんだけど……。世界樹の護りってのがどんなもので、どんな外見と効果があるのか教えてもらえる?」
「世界樹の護りというのは、エルフが新しく産まれた時に両親から贈られるブレスレットでね。アクセサリーとしての効果はそれほど高いわけではないけど、僕にとっては両親から贈られた大切な品なんだ。
高価なものなんじゃなくて、思い出の品なのか。両親から贈られた物なのであれば絶対に取り戻そうと思うのも頷けるね。
「外見的には木製の腕輪だよ。装飾はそれほどでもないけど、鮮やかな翠が美しい腕輪さ」
翠色をした木製の腕輪か。自慢げに語るリーチェの様子から、世界樹の護りを如何に大切に思っていたのかが窺える。
って、あれ? 思い出の品なんて盗んでどうするの? マジで嫌がらせ目的なのか?
「大切な品だというのは理解できたけど、他人の思い出の品なんて盗んで何の意味があるんだ? リーチェさん本人と何か取引するつもりとか?」
「おっと、横から失礼する。ダン。それについては俺が説明してやるよ。リーチェさんはエルフだから、他の種族とは認識がちょっと違うんだ」
横というより背後から、俺を案内してきた男が口を挟む。
「エルフの工芸品ってのは高い魔法効果を持つアクセサリーとして有名でな。全体的に高値で取引されるんだよ。しかも世界樹の護りはエルフが産まれた時に贈られる、エルフ1名につき1つしか生産されない腕輪だ。ここまで言えば盗む動機については理解してもらえるだろ?」
なるほど、そういうことか。
リーチェ本人にとっては思い出の品でしかないけど、他人から見たら実用性があって希少価値も高い、超高額アクセサリーということなのね。補足説明どもっす。
「他人様の親が子供に贈ったアクセサリーだと知っていて盗むとは、なんとも胸糞悪い話だこと」
「おや、分かってくれるかい? こう見えて僕は結構長いこと旅をしているんだけど、この話を理解してくれる人はあまりいないよ?」
旅をしてるのね。それであまり身奇麗にしてないのか。
この人の場合、素材が良すぎるからなぁ。どれほどぞんざいに扱っても、この人の魅力が損なわれる事はなさそうだ。
俺的には親から子供に贈った物だと知ったうえで盗む方が信じられないけど……。あ、そうか。
「金銭的価値を知っている奴からしたら、親との思い出よりも金って話? うわぁ……、言いそうだわ」
「うんうん。まさにそれだね。僕達エルフはなかなか子宝に恵まれないから、子供の誕生は本当に種族全体で祝福されるんだよ。その想いをお金に換えるなんて、まったくナンセンスな話さ」
君は行商人らしくない考え方をしてるねぇ、なんて笑われてしまった。うん。行商人じゃないから仕方ないんだ。
それにしても、エルフってあんまり子供生まれないのね。それだと子供の生まれない他種族とくっつくケースは少なそうだ。
「って、そこまで大切な物なら肌身離さず持ってたんじゃないのか? そんなものどうやって盗まれたんだ? 相手が相当な手練れだったとか?」
「いくら大切なものでも湯浴みにまで持っていけないよ。木製だしね。この街の宿で湯を楽しんでいる間に盗まれてしまったというわけさ」
え、この世界にもお風呂文化あるの? フォーベアで泊まった高級宿にも入浴施設はなかったけどなぁ。
「女性しか入れないはずの場所なのだけど、どうやら宿の従業員が手引きしたみたいでね。高級宿だと思って油断したよ」
悔しそうに舌打ちするリーチェ。
高級宿の従業員もグルか。確かにそれでは黒幕がいると思われるのは……、その黒幕が大商人のティムルであると考えられるのは自然か。
それにしてもリーチェと話していて、あまりティムルに対する悪感情を感じない。リーチェがティムルに対して強く責任を追及したがってるって聞いてたんだけど、微妙な食い違いを感じるな?
うん、これは本人に聞いたほうが早いな。
「はは。よくそういう事を本人に聞けるね? まあいいけど」
言葉とは裏腹に、リーチェは少し楽しそうだ。
「君の言う通り、僕は別にあのドワーフ女のことなどどうでもいいさ。だけどあのドワーフ女は窃盗の実行犯の上司だと言うし、窃盗があった高級宿を運営している商会の重鎮という話だったからね」
「へ? リーチェが宿泊してた宿ってシュパイン商会が経営してたの?」
「そうそう、シュパイン商会。そこが経営していた宿で間違いないよ。彼女をつつけば商会側から何らかの反応が得られると思ったんだけど……。切り捨てられたらしいね?」
ティムルを追い詰める事で商会側のリアクションを窺ってたのか。
リーチェは抜け目なさそうな相手だと思うけど、ティムルに個人的な悪感情を抱いていないのならありがたいな。
「元々僕は、最近起こったっていう商隊虐殺事件の調査を依頼されてここに来たんだ。だから滞在費も依頼人持ちでね。ネプトゥコで1番の高級宿に通されたのさ」
な、なんか色々繋がってるなぁ……。
商隊襲撃事件があったからフラッタに会ったり、ティムルが奴隷になったり、リーチェがこの街に来たり。
「元々は壊滅した商会が経営してた宿だったらしいけど、今回シュパイン商会が買い取って経営を引き継いだんだってさ。あのドワーフ女がネプトゥコに来た用事も、壊滅した商会の穴埋めが目的だったと聞いてるよ?」
ああ、マルドック商会の空席を狙ってきてたのか。
確かにそういう仕事はフットワークの軽いティムルが適任って感じがする。
「商隊襲撃事件の調査を依頼されたって事は、リーチェは凄い実力者なんだな。リーチェって……、ってごめん。いつの間にか普通に呼び捨てにしちゃってたな」
「はは。そのままで構わない。そのままリーチェと呼んで欲しい。さん付けで呼ばれるのはあまり好きじゃないんだ」
そう? なら遠慮なく呼ばせてもらうとする。
「リーチェってさ、盗難に遭った世界樹の護りを見た場合、絶対に自分の物だって見分けることは可能?」
「可能だね。産まれてからずっと身につけてきたんだ。絶対の自信があるよ。それにやり方は明かせないけど、僕の物だって証明する方法もある。偽物や代替品は絶対に見抜けるよ」
なにか魔法的な手段で見抜けるのかな? 装備品だっていう話だしな。
ま、代わりの品をご用意しましたー、が通用しないことは分かった。
「それじゃ次だ。世界樹の護りは工芸品ともアクセサリーとも聞いた。世界樹の護りはインベントリに収納は可能なのか?」
「それも可能だね。ちゃんと魔法効果のあるアクセサリーだから」
そうなるといくらでも隠蔽は可能か。めんどくさいなぁ。
「最後にもう1個。もしも世界樹の護りを発見できた場合、リーチェに連絡を取る方法は? 今日みたく、警備隊経由で連絡すればいいのかな?」
というかそもそもの話、いつまでネプトゥコに滞在すんの? 時間制限とかある?
「滞在期限は特に決まってないけど、1日でも早い朗報を期待するよ」
リーチェ側に時間的な制限は無しね。
「宿を追い出された僕は、お詫びも兼ねてと領主館に泊めていただいていてね。君……、ダンだっけ? ダンが直接会いに来ても門前払いにさせられてしまうかもしれない。警備隊経由のほうが問題が起きないと思うかな」
商隊襲撃の調査を依頼されてるリーチェを、マルドック商会と繋がってたらしい領主が泊めていいの?
いやこれに疑問を持つのは危うい。こんな情報、ほとんどの人が持ってないはずなのだから。
おのれフラッタ! 余計なことを教えやがってぇ!
……とにかく、リーチェに連絡を取る方法は警備隊経由でOKと。
後は今聞いたことをティムルとも共有して、もう少し情報を整理しよう。
「リーチェ。今日は会ってくれてありがとう。リーチェから聞いた話を参考に、もう1度ティムルと相談させてもらうよ」
完全に関係者はシュパイン商会で固められている印象だ。だからティムルが疑われるのも無理はないし、逆にティムルなら気付ける何らかの情報もあるかもしれない。
「ってことで、またティムルとの面会お願いねー」
「お前何時間いる気だよまったく。まぁ今回のは必要そうだから大目に見るけどよぉ」
後ろにいる男に、ティムルとの面会継続をお願いしておく。
あれってもう面会でもなんでもない気がするけどなっ。
「ダンは少し変わってるね。これは少し期待が持てそうだ。本当は僕が自分で探したいんだけど、流石に依頼をすっぽかす訳にもいかなくてさ」
「ただの行商人にあまり期待されても困るけど、ティムルの為にも最善は尽くすさ」
ニーナとも約束したし、ティムルにも貰ってやると約束した。その為に世界樹の護りの奪還が必須であるなら、必ずこの手で見つけてみせる。
話が終わったので席を立つ。
がその時に、リュックにまだ差し入れが余ってたことに思い至った。
……せっかくだしリーチェにもあげるか。お近付きのしるしって事で。
「うん? 何のことだい? へぇ、警備隊とドワーフ女に差し入れを? これ、ダンが作ったんだ? ありがたくいただくよ。もぐもぐ」
咀嚼。硬直。
数秒後、リーチェの「うまあああああ!?」の絶叫が、詰め所全体に響き渡る。
いやいや、そりゃ俺は好きな味だけども、そこまで絶賛するほどのものかねぇ?
う~ん……、日本の料理の最低水準って物凄く高いんだなぁ。
うなじが見えるくらいに短い白髪、こちらに向けられた双眸は深い翠色をしている。肌は褐色で、俺が持っているエルフのイメージとは少しかけ離れている。
座っているので身長は分からないけど、ニーナより低いことはなさそうだ。
エルフという言葉から勝手に神聖なイメージを抱いていたけど、目の前の相手は全体的に薄汚れていて、歴戦の勇士といった出で立ちだ。警備隊の詰め所にいるためなのか、武器は携帯していないみたいだね。
そしてその無骨な雰囲気にも負けないほどの美貌が、彼女の魅力を更に引き上げているように感じられた。
「ダン。こちらが今回盗難の被害に遭ったリーチェさんだ。今回お前に会ってくれたのは、完全にリーチェさんのご厚意であることを忘れるなよ」
案内人の声で我に返る。
……我に返る? 俺、見蕩れてしまってたのか?
これからニーナに続いてティムルを引き取るって時に、他の女に目を奪われてる場合じゃないだろ。しっかりしろ!
「本日は会ってくれてありがとう。俺は行商人のダン。ティムルの……、容疑者のドワーフの女性の友人だ」
気を取り直し、案内人の言葉を引き継いでまずは自己紹介。
「話は伝わっているかと思うけど、俺は彼女が窃盗を指示したとは思ってない。それを証明する為に世界樹の護りを見つけたいと思ってる」
俺の言葉を黙って聞いているリーチェさん。
その翠の瞳は、ずっと俺の方に向けられている。
「ふむ。君からは悪意を感じない。いいだろう。話をしようじゃないか。さ、かけたまえ」
偉そうだなこいつ。いや、偉そうっていうか、芝居がかったしゃべり方って言うのかな?
っていうか悪意? 目利き持ちなのかな? それともエルフの種族特性?
いずれにしてもそんなもの感じ取れるなら、ティムルが関わってないのは1発で分かりそうなもんだけどねぇ。これは聞いてみたほうが早いか。
リーチェさんの対面に用意された席に腰を下ろす。
「えっと、今悪意って言ったけど、ティムルからも悪意を感じたのか? ティムルが悪意を持っていたなんて、俺には信じられないんだけど?」
「彼女はドワーフで僕はエルフだ。彼女が僕に嫌がらせをするのに悪意など持つ必要はない。ドワーフとはそういう種族だからね」
こいつ、僕っ娘か! ……ってそれはどうでもいいわ。
やれやれとでも言いたげに、肩を竦めて見せるリーチェさん。
いちいち言動がわざとらしい……、けどコイツくらいの美形だと似合うもんだねぇ。
種族間のイザコザについては知らないので、下手に触れないほうがいいな。普通に盗難品の情報と、盗難に遭ったときの話を聞くべきか。
俺が次に何を話すか迷っていると、リーチェさんはその様子を別の意味で捉えたようだ。
「ああ、勘違いしないで欲しい。種族的にエルフとドワーフの仲が悪いのは周知の事実だけど、僕は世界樹の護りさえ返ってくれば文句はないんだ。だから君が彼女を助ける為に盗難品を見つけたいというのは、実に理に適った行動だと思っているよ」
ふぁさぁ、っと前髪をかきあげながら語るリーチェさん。
ほんとに文句ないんですぅ? お前がティムルを犯罪者にしたがってるって聞いてるんですけどぉ?
「お褒めに預かり光栄だね。それじゃ早速話をさせてもらおうかな。リーチェさんにとっては重複した質問になっちゃうかもしれないけど……」
「遠慮せずに何でも聞いてくれて構わない。僕にとっては世界樹の護りの奪還以上に優先すべき事はないからね」
俺の行動を理に適っているなんて評価した通り、合理的な人なのかもしれない。目的の為には感情的になったり、手間を惜しんだりするつもりはないと。
「不勉強な行商人で恥ずかしいところなんだけど……。世界樹の護りってのがどんなもので、どんな外見と効果があるのか教えてもらえる?」
「世界樹の護りというのは、エルフが新しく産まれた時に両親から贈られるブレスレットでね。アクセサリーとしての効果はそれほど高いわけではないけど、僕にとっては両親から贈られた大切な品なんだ。
高価なものなんじゃなくて、思い出の品なのか。両親から贈られた物なのであれば絶対に取り戻そうと思うのも頷けるね。
「外見的には木製の腕輪だよ。装飾はそれほどでもないけど、鮮やかな翠が美しい腕輪さ」
翠色をした木製の腕輪か。自慢げに語るリーチェの様子から、世界樹の護りを如何に大切に思っていたのかが窺える。
って、あれ? 思い出の品なんて盗んでどうするの? マジで嫌がらせ目的なのか?
「大切な品だというのは理解できたけど、他人の思い出の品なんて盗んで何の意味があるんだ? リーチェさん本人と何か取引するつもりとか?」
「おっと、横から失礼する。ダン。それについては俺が説明してやるよ。リーチェさんはエルフだから、他の種族とは認識がちょっと違うんだ」
横というより背後から、俺を案内してきた男が口を挟む。
「エルフの工芸品ってのは高い魔法効果を持つアクセサリーとして有名でな。全体的に高値で取引されるんだよ。しかも世界樹の護りはエルフが産まれた時に贈られる、エルフ1名につき1つしか生産されない腕輪だ。ここまで言えば盗む動機については理解してもらえるだろ?」
なるほど、そういうことか。
リーチェ本人にとっては思い出の品でしかないけど、他人から見たら実用性があって希少価値も高い、超高額アクセサリーということなのね。補足説明どもっす。
「他人様の親が子供に贈ったアクセサリーだと知っていて盗むとは、なんとも胸糞悪い話だこと」
「おや、分かってくれるかい? こう見えて僕は結構長いこと旅をしているんだけど、この話を理解してくれる人はあまりいないよ?」
旅をしてるのね。それであまり身奇麗にしてないのか。
この人の場合、素材が良すぎるからなぁ。どれほどぞんざいに扱っても、この人の魅力が損なわれる事はなさそうだ。
俺的には親から子供に贈った物だと知ったうえで盗む方が信じられないけど……。あ、そうか。
「金銭的価値を知っている奴からしたら、親との思い出よりも金って話? うわぁ……、言いそうだわ」
「うんうん。まさにそれだね。僕達エルフはなかなか子宝に恵まれないから、子供の誕生は本当に種族全体で祝福されるんだよ。その想いをお金に換えるなんて、まったくナンセンスな話さ」
君は行商人らしくない考え方をしてるねぇ、なんて笑われてしまった。うん。行商人じゃないから仕方ないんだ。
それにしても、エルフってあんまり子供生まれないのね。それだと子供の生まれない他種族とくっつくケースは少なそうだ。
「って、そこまで大切な物なら肌身離さず持ってたんじゃないのか? そんなものどうやって盗まれたんだ? 相手が相当な手練れだったとか?」
「いくら大切なものでも湯浴みにまで持っていけないよ。木製だしね。この街の宿で湯を楽しんでいる間に盗まれてしまったというわけさ」
え、この世界にもお風呂文化あるの? フォーベアで泊まった高級宿にも入浴施設はなかったけどなぁ。
「女性しか入れないはずの場所なのだけど、どうやら宿の従業員が手引きしたみたいでね。高級宿だと思って油断したよ」
悔しそうに舌打ちするリーチェ。
高級宿の従業員もグルか。確かにそれでは黒幕がいると思われるのは……、その黒幕が大商人のティムルであると考えられるのは自然か。
それにしてもリーチェと話していて、あまりティムルに対する悪感情を感じない。リーチェがティムルに対して強く責任を追及したがってるって聞いてたんだけど、微妙な食い違いを感じるな?
うん、これは本人に聞いたほうが早いな。
「はは。よくそういう事を本人に聞けるね? まあいいけど」
言葉とは裏腹に、リーチェは少し楽しそうだ。
「君の言う通り、僕は別にあのドワーフ女のことなどどうでもいいさ。だけどあのドワーフ女は窃盗の実行犯の上司だと言うし、窃盗があった高級宿を運営している商会の重鎮という話だったからね」
「へ? リーチェが宿泊してた宿ってシュパイン商会が経営してたの?」
「そうそう、シュパイン商会。そこが経営していた宿で間違いないよ。彼女をつつけば商会側から何らかの反応が得られると思ったんだけど……。切り捨てられたらしいね?」
ティムルを追い詰める事で商会側のリアクションを窺ってたのか。
リーチェは抜け目なさそうな相手だと思うけど、ティムルに個人的な悪感情を抱いていないのならありがたいな。
「元々僕は、最近起こったっていう商隊虐殺事件の調査を依頼されてここに来たんだ。だから滞在費も依頼人持ちでね。ネプトゥコで1番の高級宿に通されたのさ」
な、なんか色々繋がってるなぁ……。
商隊襲撃事件があったからフラッタに会ったり、ティムルが奴隷になったり、リーチェがこの街に来たり。
「元々は壊滅した商会が経営してた宿だったらしいけど、今回シュパイン商会が買い取って経営を引き継いだんだってさ。あのドワーフ女がネプトゥコに来た用事も、壊滅した商会の穴埋めが目的だったと聞いてるよ?」
ああ、マルドック商会の空席を狙ってきてたのか。
確かにそういう仕事はフットワークの軽いティムルが適任って感じがする。
「商隊襲撃事件の調査を依頼されたって事は、リーチェは凄い実力者なんだな。リーチェって……、ってごめん。いつの間にか普通に呼び捨てにしちゃってたな」
「はは。そのままで構わない。そのままリーチェと呼んで欲しい。さん付けで呼ばれるのはあまり好きじゃないんだ」
そう? なら遠慮なく呼ばせてもらうとする。
「リーチェってさ、盗難に遭った世界樹の護りを見た場合、絶対に自分の物だって見分けることは可能?」
「可能だね。産まれてからずっと身につけてきたんだ。絶対の自信があるよ。それにやり方は明かせないけど、僕の物だって証明する方法もある。偽物や代替品は絶対に見抜けるよ」
なにか魔法的な手段で見抜けるのかな? 装備品だっていう話だしな。
ま、代わりの品をご用意しましたー、が通用しないことは分かった。
「それじゃ次だ。世界樹の護りは工芸品ともアクセサリーとも聞いた。世界樹の護りはインベントリに収納は可能なのか?」
「それも可能だね。ちゃんと魔法効果のあるアクセサリーだから」
そうなるといくらでも隠蔽は可能か。めんどくさいなぁ。
「最後にもう1個。もしも世界樹の護りを発見できた場合、リーチェに連絡を取る方法は? 今日みたく、警備隊経由で連絡すればいいのかな?」
というかそもそもの話、いつまでネプトゥコに滞在すんの? 時間制限とかある?
「滞在期限は特に決まってないけど、1日でも早い朗報を期待するよ」
リーチェ側に時間的な制限は無しね。
「宿を追い出された僕は、お詫びも兼ねてと領主館に泊めていただいていてね。君……、ダンだっけ? ダンが直接会いに来ても門前払いにさせられてしまうかもしれない。警備隊経由のほうが問題が起きないと思うかな」
商隊襲撃の調査を依頼されてるリーチェを、マルドック商会と繋がってたらしい領主が泊めていいの?
いやこれに疑問を持つのは危うい。こんな情報、ほとんどの人が持ってないはずなのだから。
おのれフラッタ! 余計なことを教えやがってぇ!
……とにかく、リーチェに連絡を取る方法は警備隊経由でOKと。
後は今聞いたことをティムルとも共有して、もう少し情報を整理しよう。
「リーチェ。今日は会ってくれてありがとう。リーチェから聞いた話を参考に、もう1度ティムルと相談させてもらうよ」
完全に関係者はシュパイン商会で固められている印象だ。だからティムルが疑われるのも無理はないし、逆にティムルなら気付ける何らかの情報もあるかもしれない。
「ってことで、またティムルとの面会お願いねー」
「お前何時間いる気だよまったく。まぁ今回のは必要そうだから大目に見るけどよぉ」
後ろにいる男に、ティムルとの面会継続をお願いしておく。
あれってもう面会でもなんでもない気がするけどなっ。
「ダンは少し変わってるね。これは少し期待が持てそうだ。本当は僕が自分で探したいんだけど、流石に依頼をすっぽかす訳にもいかなくてさ」
「ただの行商人にあまり期待されても困るけど、ティムルの為にも最善は尽くすさ」
ニーナとも約束したし、ティムルにも貰ってやると約束した。その為に世界樹の護りの奪還が必須であるなら、必ずこの手で見つけてみせる。
話が終わったので席を立つ。
がその時に、リュックにまだ差し入れが余ってたことに思い至った。
……せっかくだしリーチェにもあげるか。お近付きのしるしって事で。
「うん? 何のことだい? へぇ、警備隊とドワーフ女に差し入れを? これ、ダンが作ったんだ? ありがたくいただくよ。もぐもぐ」
咀嚼。硬直。
数秒後、リーチェの「うまあああああ!?」の絶叫が、詰め所全体に響き渡る。
いやいや、そりゃ俺は好きな味だけども、そこまで絶賛するほどのものかねぇ?
う~ん……、日本の料理の最低水準って物凄く高いんだなぁ。
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