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序章 始まりの日々2 マグエルを目指して
030 美人シスター (改)
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今後の職業の育成方針について考えていたら、いつの間にか夜が明けてしまった。
意図せず徹夜してしまった俺を、目覚めたニーナが心配そうに覗きこんでくる。
「ダン、大丈夫? なんだか疲れてるみたいだけど……」
俺を気遣ってくれるニーナの優しさが寝不足の体に染み渡りますなぁ。
「うん大丈夫。ニーナに見蕩れてて、気付いたら朝になってただけだから」
「そうなの? 好きなだけ見てくれていいけど程々にね?」
くっ。あっさり流された。徹夜のテンションで変なこと言っても無駄だった。
夜の間にニーナの寝顔を見ながら、色々な意味で悶々と悩み続けていたんだけど、結局戦士を上げてから考えればいいやと思うことにした。世間ではこれを問題の先延ばしと言うそうですね?
戦士LV30になった未来の俺よ。どうか上手くやって欲しい。
それに鑑定と職業設定が使える時点で贅沢は言えないよなぁ。普通の人はギルドに行かないと転職できないらしいし、転職費用も金貨3枚と、まるで装備品並みの価格なのだから。
マグエルまでの道中に見てきた限りでは、この世界では結構な年齢の人でも4~6つくらいの職業しか育成していないような印象だ。
だけどこれも当たり前の話なのだ。半端に転職して引継ぎに失敗すると、育成にかけた年月が丸々消失してしまうんだから。
だからこの世界の人たちはそうならないように、かなり長期間転職をしないで研鑽を積むんだ。
ニーナと2人のパーティとは言え、スポットの入り口で1日戦っただけでLVが1つ以上上がる世界なのだ、本当は。でもそんなこと分からない他の人は、これでもかと経験値を稼いでからじゃないと怖くて転職できないのだろう。
今になってようやく、初回特典Bの強力さを実感する。
なるほどなぁ。確かに育成向きの特典だったわけだ。職業設定はギルドに行けば補えるけど、鑑定が無かったら俺も年単位で職業育成計画を考えていたのかもしれない。そう思うとゾッとする。
この世界の人たちが数年かけて転職している中で、俺は数ヶ月……、スポットで戦い続ければ1ヶ月もかからずに次の職業の育成に取り掛かれるわけだ。それも、確実に職業スキルを引継いで。
うん。やっぱ俺が文句を言ったら罰が当たりそうだね。
「……うーん。良く分からないけど、悩みは解決したのかな?」
俺の顔を覗き込んで、なんだか納得したように頷くニーナ。
なんでニーナには俺の頭の中が分かっちゃうのかなぁ? でもニーナが分かってくれるのが凄く嬉しい。
「あっはっは。やっぱりニーナには敵わないよ。うん大丈夫、ありがとね」
余計なことを考えてしまいそうになったら、ニーナの顔を見て落ち着こう。本当に奴隷に頭の上がらない所有者ですよ。
気分も一新、身支度を整えて部屋を出る。
ニーナと2人で朝食を済ませると、食べ終わったタイミングでティムルがわざわざ迎えに来てくれた。
家の管理者として孤児院との話に立ち会いたいのだそうだ。そりゃそうか。
ティムルを伴い3人でボロ屋敷改め我が家に向かう。まだ入居してないけど購入済みなのだから我が家でいいよね?
我が家の近くまで来ると、遠目で分かりにくいけど、家の前に若そうな女性が立っているのが見えた。
「あ、もう来てるみたいね。家の前にいるのが、マグエルのトライラム教会でシスターを務めているムーリよ」」
ティムルも人影に気付き、まだ俺達の声が相手に届かないうちに最低限の情報を共有してくれる。
「へぇ。なんとなく高齢の人をイメージしてたけど随分若そうだね」
えーっと、トライラム教会のムーリさんね。覚えたと思う。
しっかし若そうな人だな? ウチに話をしに来るくらいだし、ムーリさんって孤児院で1番偉い人なんじゃないの? 俺としては高齢のシスターよりも若いシスターの方が嬉しいけどさ。
「というかティムル。昨日から孤児院って言ったり教会って言ったり、結局どっちなのさ?」
普通に考えれば教会で孤児の面倒を見ているってことなんだろうけど、間違いがあったら失礼になりかねない。ちゃんと確認しておこう。
「ああごめんごめん。トライラム教会が正式で、孤児院は通称ね。各地の教会では孤児を預かってることが多いから、信心深い人じゃないと孤児院の印象が強いのよねぇ」
予想通り教会施設で孤児を引き取っているってことらしい。
予想通りのティムルの返答に満足していると、んー、と言いながらティムルが補足する。
「そうね、迷ったら教会と言えばいいわ。孤児院でも失礼には当たらないはずだけど」
なるほど。孤児を預かっているのは事実だから、孤児院と呼んでも別に失礼でもなんでもないのかな?
まぁ拘りが無ければ教会と呼ぶべきだろうね。正式には教会なんだし。
最低限の確認は出来たので、後は本人と話をすることにしよう。
ムーリさんに歩み寄ると流石にあちらも気付いたみたいだ。
「おはようムーリ。随分早くから待ってたのねぇ」
「おはようございますティムルさん。こちらはお願いする立場ですからね、家主さんをお待たせするわけにはいきませんから」
既に面識のあるらしいムーリさんとティムルが挨拶を交わす。
どうやらムーリさんは、若いのに随分真面目な性格をしているようだ。
挨拶を終えたティムルが、早速ムーリさんに俺達を紹介してくれる。
「それじゃ紹介させてもらうわね。こちらの2人が新しくここに住むことになります。男性がダンさん、女性がニーナさんよ」
「初めまして。今日からここに住むダンとニーナです。よろしくどうぞ」
「ニーナです。よろしくお願いします」
ティムルの紹介に乗っかって俺達2人も自己紹介。
ご近所さんに高圧的に出る意味はないから、友好的に接していこう。
「それでこちらの女性がムーリ。教会でシスターをしているわ」
「初めまして。ここマグエルのトライラム教会でシスターを務めさせていただいております、ムーリと申します」
俺達の紹介に続いて、今度はムーリさんの自己紹介のターンだ。
ムーリさんは見た目は20代前半……、下手したら10代なのかもしれない。腰まで伸ばしたストレートの金髪で、なかなかの美人さんだ。
出るところも出てますね。ていうかちょっと出過ぎじゃないですかね? この人凄くモテそう。孤児に求婚されてたりして?
ド迫力の兵器をぶら下げたムーリさんはよほど切羽詰まっているのか、すぐさま本題に切り込んでくる。
「それですね、本日はお2人にお願いがあって参りました」
「ティムルから聞いてますよ。井戸を使いたいんですよね?」
俺の確認に緊張した面持ちで頷きを返してくれた。
「井戸を使ってもらうのは構わないんですけど、いくつかお願いをしてもいいですか?」
「……っ、はい。私に出来る事であれば、なんでも……、仰ってください……!」
ん? 今なんでもって言ったよね?
っていうか震えながら自分の体を抱きしめて、それでも子供達の為には仕方ないんだ……、みたいな悲壮感出すのやめてもらえますぅ? うちの奴隷が見てますんでー。
「いや、そんなに構えなくてもいいですよ。そんな大したことじゃ無いんで」
ムーリさんはとっても魅力的な女性だと思う。
けどね、ぶっちゃけニーナで手一杯なんですよ、もうあらゆる意味で? 今の状況でもう1人とか背筋が凍りますってば。
「まずうちの井戸を使う分には構いませんけど、家の方にはあまり近寄らないよう言ってください。いくら子供達とはいえ、あまり自宅を他人に侵食されたくないので」
相手が子供であろうと他人は他人だ。引くべき線はしっかりと引く。
ここはあくまで俺とニーナの家なのだ。
「……あっ、はいっ! それは当たり前のことです! こっ、子供たちにはちゃんと言い含めておきます……!」
「お願いしますね」
俺の提示した条件が予想外だったのか、一瞬遅れて慌てて了承してくれるムーリさん。
うん。慌てたせいでぶるんっていったよ、ぶるんって。
「それと井戸の使用は日中のみでお願いします。日没後は敷地内には立ち入らないで下さい。俺かニーナが許可した場合は構いませんけどね」
夜はちょっぴり騒がしくしちゃうからね。情操教育に悪影響しか及ぼさないだろう。
しかも身近に美人シスターがいるんだもん。事案が発生しかねない。
「それも大丈夫です。基本的に井戸の使用は早朝だけの予定です。そもそも日没まで子供達を外に出すわけにはいきませんから」
俺の提示した条件が常識的な範囲に収まったものばかりだったおかげか、ムーリさんの態度からも段々緊張がなくなってきた。
それでも口調が丁寧なのは、普段からこの喋り方なのかもしれない。
「それとですね。ここってご存知の通り長年借り手がいなかったせいで、ご覧の通り荒れ放題で困ってたんですよ。教会の子供たちに庭の草むしりを頼むことって可能だったりしません?」
教会の子供達にこの家の整備を手伝ってもらう。これは昨晩ニーナと話し合って決めたことだ。
子供達と仲良くしたいと言ったニーナに、子供達との接点を増やしてあげたい。
「ええっと……。それは断っても、井戸の使用を差し止められたりは……?」
「ってことは無理ですか。いえ、井戸は使ってもらって大丈夫です。単純に草むしりを依頼できたらと思っただけです」
ってことは俺とニーナでここを整備しなきゃいけないのかぁ。めっちゃ時間かかりそうだなぁ。
「いえっ! 出来ないということはありませんっ!」
おおっとびっくりしたぁ。
ムーリさんがまた巨大な山脈をぶるんっと弾ませながら、慌てて俺の言葉を否定する。
「出来ないということは無いんですけど……。不躾なことを聞かせていただきますが、依頼ということは賃金を払っていただけたり……?」
「え? そりゃ仕事を頼むんですからお金は払いますよ」
井戸の使用料の対価としてこの荒れ放題の土地の整備を頼むのは流石に気が引ける。各街の井戸って基本的に無料で開放されてるみたいだし。
しかしここでちょっとした気がかりがあった。話を進める前に確認しておこう。
「ねぇティムル。子供達への依頼、斡旋所を通さないと不味かったりする?」
勝手に依頼しそうになったけど、街には街のルールがあるものだ。
シュパイン商会会長夫人に聞けばマグエルでのルールに抵触する心配はないと思うけど、どうかな。
だけど問われたティムルはきょとんとした表情で首を傾げている。
「なんで? 斡旋所は仕事を探す人と人手を必要としている人を結びつける場所でしょ? 依頼主と働き手が直接交渉できるんならそれでいいでしょ」
人材派遣会社的に仲介料とかで利益をあげているなら、勝手なことすんじゃねぇよ! って怖いお兄さんが詰め掛けてくる事態を想定したんだけど。
うん、ティムルがこの様子なら特に問題なさそうだな。ムーリさんに向き直る。
「ということなのでお願いできませんか? 働く人数と時間、あと報酬の相場が分からないので……。どの程度報酬が必要ですかね? そんなには出せませんけど」
「え、えええ!? こっちがほ、報酬額を決めるんですかっ!? えっと……! えっと……!」
分からないことは素直に聞いてみたんだけど、俺の質問はちょっと常識外れだったようだ。意図せずまたしてもムーリさんを驚かせてしまった。
俺のせいとはいえ、ちょっと落ち着いてくださいムーリさん。
貴女がお持ちの特大ボリュームの特定部位がぶるんっぶるんっと大きく揺れ動いてますから。
「ご主人様。ここからは私がお話して良いですか?」
俺とムーリさんの様子に埒が明かないと判断したのか、普段は奴隷として黙ってることが多いニーナが珍しく交渉事に口を挟んできた
珍しいとはいえニーナの提案にはなんの問題もない。大人しくニーナに譲る。
「ムーリさん、まずは分かることから教えてもらえますか? 働ける人数。働ける日。あ、もし可能でしたら、今日から来てもらえるとありがたいです」
「あ、はい。失礼しました……!」
ニーナの質問が具体的だったおかげか、問われたムーリさんは腕を組んで考え込んだ。
うん。腕を組んだだけなのに、この人がやると凶悪な絵面だね?
「除草作業に参加できる子は……、6~8人ですね。たまに斡旋所から仕事が回って来ることもありますので、毎回同じ人選は難しいです」
へぇ、孤児たちも斡旋所で働くことがあるのか。年齢制限とか無いんだな斡旋所って。
だけど、孤児って恐らく村人だよね? あまりいい仕事はもらえないんじゃないの?
「働ける時間は日中であればいつでも。働き始めるのは今日からでも大丈夫です。少なくとも4名は確保できるでしょう」
「では今日からお願いします」
ムーリさんの提案に即決で依頼を決めるニーナ。今日から来てもらえるのはありがたいね、荒れ放題だから。
それに俺たちと子供達の顔合わせも早い方がいい。
「私とご主人様は魔物狩りに行って留守にすることも多いので、私達の予定に合わせて随時依頼させていただきます」
依頼は今後とも続けていくつもりであることを匂わせてから、具体的な話に移るニーナ。
「人数が変動するということですから、報酬は個人払いではなくて教会へまとめて支払うという形にしましょう。人数に関わらず日当500リーフ、銀貨5枚をお支払いします」
「ぎ、銀貨5枚ですか!? そ、それは流石にいただきすぎでは……!」
うおっすげぇ! 腕を組んで圧縮されていた山脈が、ムーリさんが驚いた拍子にぶるるんっ! って弾けたよっ!? ナイスニーナ!
ってそうじゃないよ! ムーリさんの言う通りだよニーナっ! 銀貨5枚って昨日の日当越えてるじゃん! 赤字だよ赤字! 草むしり頼んで赤字ってなに!?
ティムルも口こそ出さないけど、すげぇびっくりした顔してるよっ!?
驚く俺達を華麗にスルーして、淡々とした口調でニーナは続ける。
「その代わり、最低4名は確保してもらいます。4名揃えられない時はお休みで構いません。別に急ぐ必要があるわけではないので」
急ぐ必要は無い、か。確かにそうなのかもな。
ニーナの呪いを解く方法を探すためにいつかはここも発たなきゃいけなくなるかもしれないけれど、それだって別に明確な期限があるわけじゃないのだから。
「どうでしょうムーリさん。この条件で引き受けてくださいますか?」
「も、勿論ですっ! 勿論引き受けさせていただきますっ……!
おお、ニーナに変わった途端に話がまとまってしまったよ。役に立たない所有者乙!
「ああ、ありがとうございます……! お2人との出会いは主神トライラムの御導きに違いありません……! ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」
破格の報酬という事もあってか、何度も何度も頭を下げるムーリさん。その度にムーリさんの一部がぶるんぶるんと勢い良く弾んでいる。お礼を言うべきなのは俺の方では?
今日除草する子供達を連れてきますっ、そう言ってムーリさんは巨大なおっぱいを揺らしながら大急ぎで教会に戻っていった。
もう少し眺めていたかったけど仕方ない。今のうちに少しニーナと話をしておこう。
「日当500リーフは払いすぎじゃない? まだ俺たちの日当すら500リーフに到達してないけど大丈夫なの?」
「えっと、毎日頼むわけではないですから、数日に1度くらいに頼む報酬ならこれでいいかなと思ったのですが……。ちょっと払いすぎでしたかね? 今からでも撤回しましょうか?」
「いやぁ……。あそこまで喜んでるところにやっぱやめまーす、は鬼畜過ぎるでしょ」
う~ん。数日に1度くらいの頻度であれば、そこまでの負担ではない、か? 俺達の職業のレベリングが進めば、もっと稼げるようになるはずだしね。
「いいさ。俺もまだまだ稼がないとって思ってたとこだしね。ステイルークに居た時に比べれば全然ヨユーだよ、ヨユー」
ちょうど強くならなきゃと思ってたところだ。
余裕がないくらいの方が、ケツに火がついてくれるだろ。
「それにしてもニーナの話を聞いたムーリさん、凄い喜びようだったね?」
おっぱいをぶるんぶるん弾ませながら喜ぶ金髪美人シスター。うん、本当に素晴らしい光景だった。これだけでマグエルに来た甲斐があったというものだよっ。
「ねぇティムル。やっぱ孤児院のテンプレに倣って、マグエルの教会も運営資金に苦しんでたりするの?」
「てんぷれ? っていうのがなんのことかは分からないけど、教会なんて何処も資金難でしょうねぇ」
流石にテンプレは通じなかったようだけど、ムーリさんの去っていった方向に同情の眼差しを向けながら、ティムルが教会の経済状況を説明してくれる。
「孤児たちの人頭税は教会払いになってるけど、資金難の教会では納税を賄いきれてなくてねぇ。流石に15歳未満の子供を奴隷にするのは王国法で禁止されてはいるけど、殆どの孤児は15歳で借金奴隷落ちなのよ」
ああ、孤児であろうと人頭税が免除されるようなことはないけど、一応は15歳までは待ってくれるわけね。
だけど15歳まで待ってもらえても、それまで滞納している税金を払うアテはないわけかぁ。
「ムーリもそれを食い止めようとして頑張ってるんだけど……、まぁ難しい話よねぇ」
孤児にも納税の義務があるのかよって思ったけど、人頭税ってそういうものなんだっけ。例外なく万人から徴収するみたいな。
むしろそれで奴隷を確保してるのかもしれないな。この考え方はあまり気持ちのいい話じゃないけど。
「教会も最低限の生活費は保障してくれてるけど、税金まで負担するのは流石に厳しいみたい。だから子供たちに少しでも働いてもらって、出来ることなら奴隷落ちを回避したいんじゃないかしら」
う~ん、ぶっちゃけこの国、税金が高すぎるんだよなぁ。一般的な年収が金貨15~20枚くらいらしいのに、人頭税が毎年金貨8枚だよ? 装備品も高いんだけど、人頭税はそれ以上の額なんだもん。
しかも家族が多ければ多いほど負担は倍増するわけだ。3人家族でも、生活費を極限まで切り詰めてギリギリ……、って感じなんじゃないのかなぁ。
「それにね? 14歳になった孤児は、奴隷落ちを回避しようとスポットに行って死ぬケースが凄く多いの。だからムーリも何とかしたいじゃないかしら」
黙っていても奴隷になるだけ。だったらいちかばちか魔物狩りで一攫千金狙いか……。
自分の場合を思い返すと、ナイフ、木の盾、皮の靴装備の俺がギリギリ相手できたのが、キューブスライムとホワイトラビットだった。
装備の整っていない状況でスポットに入るなんて、想像もしたくないほどに自殺行為だ。しかも孤児たちの殆どは村人のはずだろうし……。
「……難しい話ですね。人頭税は元々高額な上に、滞納すると罰則金が上乗せされますから」
ニーナも悔しそうな表情を浮かべながら、孤児たちの税金事情を説明してくれる。
「滞納の罰則金は2万リーフの加算。15年分全てに罰則金が付与されたとすると、払う納税額に30万リーフ上乗せされるわけです。15歳を迎えた孤児は、ほぼ確実に借金奴隷にされてしまいますね……」
ニーナもその滞納分の差額が払えなかったせいで俺の奴隷になっちゃったんだもんなぁ。
え~っと、8万×15年で120万リーフ。そこに延滞罰則金で30万リーフ。
……は? 合計、150万リーフぅ……?
ぜ、絶望的な金額過ぎる……。俺が貰った野盗の報奨金でも全く届かない金額じゃん……。
こんなの無理矢理スポットに入った程度じゃ、到底稼げる額じゃない。
……それでも他に方法がない、ってかぁ。
どこの世界も弱者は搾取されるばかりってか。世知辛いもんだよ、まったくさぁ。
意図せず徹夜してしまった俺を、目覚めたニーナが心配そうに覗きこんでくる。
「ダン、大丈夫? なんだか疲れてるみたいだけど……」
俺を気遣ってくれるニーナの優しさが寝不足の体に染み渡りますなぁ。
「うん大丈夫。ニーナに見蕩れてて、気付いたら朝になってただけだから」
「そうなの? 好きなだけ見てくれていいけど程々にね?」
くっ。あっさり流された。徹夜のテンションで変なこと言っても無駄だった。
夜の間にニーナの寝顔を見ながら、色々な意味で悶々と悩み続けていたんだけど、結局戦士を上げてから考えればいいやと思うことにした。世間ではこれを問題の先延ばしと言うそうですね?
戦士LV30になった未来の俺よ。どうか上手くやって欲しい。
それに鑑定と職業設定が使える時点で贅沢は言えないよなぁ。普通の人はギルドに行かないと転職できないらしいし、転職費用も金貨3枚と、まるで装備品並みの価格なのだから。
マグエルまでの道中に見てきた限りでは、この世界では結構な年齢の人でも4~6つくらいの職業しか育成していないような印象だ。
だけどこれも当たり前の話なのだ。半端に転職して引継ぎに失敗すると、育成にかけた年月が丸々消失してしまうんだから。
だからこの世界の人たちはそうならないように、かなり長期間転職をしないで研鑽を積むんだ。
ニーナと2人のパーティとは言え、スポットの入り口で1日戦っただけでLVが1つ以上上がる世界なのだ、本当は。でもそんなこと分からない他の人は、これでもかと経験値を稼いでからじゃないと怖くて転職できないのだろう。
今になってようやく、初回特典Bの強力さを実感する。
なるほどなぁ。確かに育成向きの特典だったわけだ。職業設定はギルドに行けば補えるけど、鑑定が無かったら俺も年単位で職業育成計画を考えていたのかもしれない。そう思うとゾッとする。
この世界の人たちが数年かけて転職している中で、俺は数ヶ月……、スポットで戦い続ければ1ヶ月もかからずに次の職業の育成に取り掛かれるわけだ。それも、確実に職業スキルを引継いで。
うん。やっぱ俺が文句を言ったら罰が当たりそうだね。
「……うーん。良く分からないけど、悩みは解決したのかな?」
俺の顔を覗き込んで、なんだか納得したように頷くニーナ。
なんでニーナには俺の頭の中が分かっちゃうのかなぁ? でもニーナが分かってくれるのが凄く嬉しい。
「あっはっは。やっぱりニーナには敵わないよ。うん大丈夫、ありがとね」
余計なことを考えてしまいそうになったら、ニーナの顔を見て落ち着こう。本当に奴隷に頭の上がらない所有者ですよ。
気分も一新、身支度を整えて部屋を出る。
ニーナと2人で朝食を済ませると、食べ終わったタイミングでティムルがわざわざ迎えに来てくれた。
家の管理者として孤児院との話に立ち会いたいのだそうだ。そりゃそうか。
ティムルを伴い3人でボロ屋敷改め我が家に向かう。まだ入居してないけど購入済みなのだから我が家でいいよね?
我が家の近くまで来ると、遠目で分かりにくいけど、家の前に若そうな女性が立っているのが見えた。
「あ、もう来てるみたいね。家の前にいるのが、マグエルのトライラム教会でシスターを務めているムーリよ」」
ティムルも人影に気付き、まだ俺達の声が相手に届かないうちに最低限の情報を共有してくれる。
「へぇ。なんとなく高齢の人をイメージしてたけど随分若そうだね」
えーっと、トライラム教会のムーリさんね。覚えたと思う。
しっかし若そうな人だな? ウチに話をしに来るくらいだし、ムーリさんって孤児院で1番偉い人なんじゃないの? 俺としては高齢のシスターよりも若いシスターの方が嬉しいけどさ。
「というかティムル。昨日から孤児院って言ったり教会って言ったり、結局どっちなのさ?」
普通に考えれば教会で孤児の面倒を見ているってことなんだろうけど、間違いがあったら失礼になりかねない。ちゃんと確認しておこう。
「ああごめんごめん。トライラム教会が正式で、孤児院は通称ね。各地の教会では孤児を預かってることが多いから、信心深い人じゃないと孤児院の印象が強いのよねぇ」
予想通り教会施設で孤児を引き取っているってことらしい。
予想通りのティムルの返答に満足していると、んー、と言いながらティムルが補足する。
「そうね、迷ったら教会と言えばいいわ。孤児院でも失礼には当たらないはずだけど」
なるほど。孤児を預かっているのは事実だから、孤児院と呼んでも別に失礼でもなんでもないのかな?
まぁ拘りが無ければ教会と呼ぶべきだろうね。正式には教会なんだし。
最低限の確認は出来たので、後は本人と話をすることにしよう。
ムーリさんに歩み寄ると流石にあちらも気付いたみたいだ。
「おはようムーリ。随分早くから待ってたのねぇ」
「おはようございますティムルさん。こちらはお願いする立場ですからね、家主さんをお待たせするわけにはいきませんから」
既に面識のあるらしいムーリさんとティムルが挨拶を交わす。
どうやらムーリさんは、若いのに随分真面目な性格をしているようだ。
挨拶を終えたティムルが、早速ムーリさんに俺達を紹介してくれる。
「それじゃ紹介させてもらうわね。こちらの2人が新しくここに住むことになります。男性がダンさん、女性がニーナさんよ」
「初めまして。今日からここに住むダンとニーナです。よろしくどうぞ」
「ニーナです。よろしくお願いします」
ティムルの紹介に乗っかって俺達2人も自己紹介。
ご近所さんに高圧的に出る意味はないから、友好的に接していこう。
「それでこちらの女性がムーリ。教会でシスターをしているわ」
「初めまして。ここマグエルのトライラム教会でシスターを務めさせていただいております、ムーリと申します」
俺達の紹介に続いて、今度はムーリさんの自己紹介のターンだ。
ムーリさんは見た目は20代前半……、下手したら10代なのかもしれない。腰まで伸ばしたストレートの金髪で、なかなかの美人さんだ。
出るところも出てますね。ていうかちょっと出過ぎじゃないですかね? この人凄くモテそう。孤児に求婚されてたりして?
ド迫力の兵器をぶら下げたムーリさんはよほど切羽詰まっているのか、すぐさま本題に切り込んでくる。
「それですね、本日はお2人にお願いがあって参りました」
「ティムルから聞いてますよ。井戸を使いたいんですよね?」
俺の確認に緊張した面持ちで頷きを返してくれた。
「井戸を使ってもらうのは構わないんですけど、いくつかお願いをしてもいいですか?」
「……っ、はい。私に出来る事であれば、なんでも……、仰ってください……!」
ん? 今なんでもって言ったよね?
っていうか震えながら自分の体を抱きしめて、それでも子供達の為には仕方ないんだ……、みたいな悲壮感出すのやめてもらえますぅ? うちの奴隷が見てますんでー。
「いや、そんなに構えなくてもいいですよ。そんな大したことじゃ無いんで」
ムーリさんはとっても魅力的な女性だと思う。
けどね、ぶっちゃけニーナで手一杯なんですよ、もうあらゆる意味で? 今の状況でもう1人とか背筋が凍りますってば。
「まずうちの井戸を使う分には構いませんけど、家の方にはあまり近寄らないよう言ってください。いくら子供達とはいえ、あまり自宅を他人に侵食されたくないので」
相手が子供であろうと他人は他人だ。引くべき線はしっかりと引く。
ここはあくまで俺とニーナの家なのだ。
「……あっ、はいっ! それは当たり前のことです! こっ、子供たちにはちゃんと言い含めておきます……!」
「お願いしますね」
俺の提示した条件が予想外だったのか、一瞬遅れて慌てて了承してくれるムーリさん。
うん。慌てたせいでぶるんっていったよ、ぶるんって。
「それと井戸の使用は日中のみでお願いします。日没後は敷地内には立ち入らないで下さい。俺かニーナが許可した場合は構いませんけどね」
夜はちょっぴり騒がしくしちゃうからね。情操教育に悪影響しか及ぼさないだろう。
しかも身近に美人シスターがいるんだもん。事案が発生しかねない。
「それも大丈夫です。基本的に井戸の使用は早朝だけの予定です。そもそも日没まで子供達を外に出すわけにはいきませんから」
俺の提示した条件が常識的な範囲に収まったものばかりだったおかげか、ムーリさんの態度からも段々緊張がなくなってきた。
それでも口調が丁寧なのは、普段からこの喋り方なのかもしれない。
「それとですね。ここってご存知の通り長年借り手がいなかったせいで、ご覧の通り荒れ放題で困ってたんですよ。教会の子供たちに庭の草むしりを頼むことって可能だったりしません?」
教会の子供達にこの家の整備を手伝ってもらう。これは昨晩ニーナと話し合って決めたことだ。
子供達と仲良くしたいと言ったニーナに、子供達との接点を増やしてあげたい。
「ええっと……。それは断っても、井戸の使用を差し止められたりは……?」
「ってことは無理ですか。いえ、井戸は使ってもらって大丈夫です。単純に草むしりを依頼できたらと思っただけです」
ってことは俺とニーナでここを整備しなきゃいけないのかぁ。めっちゃ時間かかりそうだなぁ。
「いえっ! 出来ないということはありませんっ!」
おおっとびっくりしたぁ。
ムーリさんがまた巨大な山脈をぶるんっと弾ませながら、慌てて俺の言葉を否定する。
「出来ないということは無いんですけど……。不躾なことを聞かせていただきますが、依頼ということは賃金を払っていただけたり……?」
「え? そりゃ仕事を頼むんですからお金は払いますよ」
井戸の使用料の対価としてこの荒れ放題の土地の整備を頼むのは流石に気が引ける。各街の井戸って基本的に無料で開放されてるみたいだし。
しかしここでちょっとした気がかりがあった。話を進める前に確認しておこう。
「ねぇティムル。子供達への依頼、斡旋所を通さないと不味かったりする?」
勝手に依頼しそうになったけど、街には街のルールがあるものだ。
シュパイン商会会長夫人に聞けばマグエルでのルールに抵触する心配はないと思うけど、どうかな。
だけど問われたティムルはきょとんとした表情で首を傾げている。
「なんで? 斡旋所は仕事を探す人と人手を必要としている人を結びつける場所でしょ? 依頼主と働き手が直接交渉できるんならそれでいいでしょ」
人材派遣会社的に仲介料とかで利益をあげているなら、勝手なことすんじゃねぇよ! って怖いお兄さんが詰め掛けてくる事態を想定したんだけど。
うん、ティムルがこの様子なら特に問題なさそうだな。ムーリさんに向き直る。
「ということなのでお願いできませんか? 働く人数と時間、あと報酬の相場が分からないので……。どの程度報酬が必要ですかね? そんなには出せませんけど」
「え、えええ!? こっちがほ、報酬額を決めるんですかっ!? えっと……! えっと……!」
分からないことは素直に聞いてみたんだけど、俺の質問はちょっと常識外れだったようだ。意図せずまたしてもムーリさんを驚かせてしまった。
俺のせいとはいえ、ちょっと落ち着いてくださいムーリさん。
貴女がお持ちの特大ボリュームの特定部位がぶるんっぶるんっと大きく揺れ動いてますから。
「ご主人様。ここからは私がお話して良いですか?」
俺とムーリさんの様子に埒が明かないと判断したのか、普段は奴隷として黙ってることが多いニーナが珍しく交渉事に口を挟んできた
珍しいとはいえニーナの提案にはなんの問題もない。大人しくニーナに譲る。
「ムーリさん、まずは分かることから教えてもらえますか? 働ける人数。働ける日。あ、もし可能でしたら、今日から来てもらえるとありがたいです」
「あ、はい。失礼しました……!」
ニーナの質問が具体的だったおかげか、問われたムーリさんは腕を組んで考え込んだ。
うん。腕を組んだだけなのに、この人がやると凶悪な絵面だね?
「除草作業に参加できる子は……、6~8人ですね。たまに斡旋所から仕事が回って来ることもありますので、毎回同じ人選は難しいです」
へぇ、孤児たちも斡旋所で働くことがあるのか。年齢制限とか無いんだな斡旋所って。
だけど、孤児って恐らく村人だよね? あまりいい仕事はもらえないんじゃないの?
「働ける時間は日中であればいつでも。働き始めるのは今日からでも大丈夫です。少なくとも4名は確保できるでしょう」
「では今日からお願いします」
ムーリさんの提案に即決で依頼を決めるニーナ。今日から来てもらえるのはありがたいね、荒れ放題だから。
それに俺たちと子供達の顔合わせも早い方がいい。
「私とご主人様は魔物狩りに行って留守にすることも多いので、私達の予定に合わせて随時依頼させていただきます」
依頼は今後とも続けていくつもりであることを匂わせてから、具体的な話に移るニーナ。
「人数が変動するということですから、報酬は個人払いではなくて教会へまとめて支払うという形にしましょう。人数に関わらず日当500リーフ、銀貨5枚をお支払いします」
「ぎ、銀貨5枚ですか!? そ、それは流石にいただきすぎでは……!」
うおっすげぇ! 腕を組んで圧縮されていた山脈が、ムーリさんが驚いた拍子にぶるるんっ! って弾けたよっ!? ナイスニーナ!
ってそうじゃないよ! ムーリさんの言う通りだよニーナっ! 銀貨5枚って昨日の日当越えてるじゃん! 赤字だよ赤字! 草むしり頼んで赤字ってなに!?
ティムルも口こそ出さないけど、すげぇびっくりした顔してるよっ!?
驚く俺達を華麗にスルーして、淡々とした口調でニーナは続ける。
「その代わり、最低4名は確保してもらいます。4名揃えられない時はお休みで構いません。別に急ぐ必要があるわけではないので」
急ぐ必要は無い、か。確かにそうなのかもな。
ニーナの呪いを解く方法を探すためにいつかはここも発たなきゃいけなくなるかもしれないけれど、それだって別に明確な期限があるわけじゃないのだから。
「どうでしょうムーリさん。この条件で引き受けてくださいますか?」
「も、勿論ですっ! 勿論引き受けさせていただきますっ……!
おお、ニーナに変わった途端に話がまとまってしまったよ。役に立たない所有者乙!
「ああ、ありがとうございます……! お2人との出会いは主神トライラムの御導きに違いありません……! ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」
破格の報酬という事もあってか、何度も何度も頭を下げるムーリさん。その度にムーリさんの一部がぶるんぶるんと勢い良く弾んでいる。お礼を言うべきなのは俺の方では?
今日除草する子供達を連れてきますっ、そう言ってムーリさんは巨大なおっぱいを揺らしながら大急ぎで教会に戻っていった。
もう少し眺めていたかったけど仕方ない。今のうちに少しニーナと話をしておこう。
「日当500リーフは払いすぎじゃない? まだ俺たちの日当すら500リーフに到達してないけど大丈夫なの?」
「えっと、毎日頼むわけではないですから、数日に1度くらいに頼む報酬ならこれでいいかなと思ったのですが……。ちょっと払いすぎでしたかね? 今からでも撤回しましょうか?」
「いやぁ……。あそこまで喜んでるところにやっぱやめまーす、は鬼畜過ぎるでしょ」
う~ん。数日に1度くらいの頻度であれば、そこまでの負担ではない、か? 俺達の職業のレベリングが進めば、もっと稼げるようになるはずだしね。
「いいさ。俺もまだまだ稼がないとって思ってたとこだしね。ステイルークに居た時に比べれば全然ヨユーだよ、ヨユー」
ちょうど強くならなきゃと思ってたところだ。
余裕がないくらいの方が、ケツに火がついてくれるだろ。
「それにしてもニーナの話を聞いたムーリさん、凄い喜びようだったね?」
おっぱいをぶるんぶるん弾ませながら喜ぶ金髪美人シスター。うん、本当に素晴らしい光景だった。これだけでマグエルに来た甲斐があったというものだよっ。
「ねぇティムル。やっぱ孤児院のテンプレに倣って、マグエルの教会も運営資金に苦しんでたりするの?」
「てんぷれ? っていうのがなんのことかは分からないけど、教会なんて何処も資金難でしょうねぇ」
流石にテンプレは通じなかったようだけど、ムーリさんの去っていった方向に同情の眼差しを向けながら、ティムルが教会の経済状況を説明してくれる。
「孤児たちの人頭税は教会払いになってるけど、資金難の教会では納税を賄いきれてなくてねぇ。流石に15歳未満の子供を奴隷にするのは王国法で禁止されてはいるけど、殆どの孤児は15歳で借金奴隷落ちなのよ」
ああ、孤児であろうと人頭税が免除されるようなことはないけど、一応は15歳までは待ってくれるわけね。
だけど15歳まで待ってもらえても、それまで滞納している税金を払うアテはないわけかぁ。
「ムーリもそれを食い止めようとして頑張ってるんだけど……、まぁ難しい話よねぇ」
孤児にも納税の義務があるのかよって思ったけど、人頭税ってそういうものなんだっけ。例外なく万人から徴収するみたいな。
むしろそれで奴隷を確保してるのかもしれないな。この考え方はあまり気持ちのいい話じゃないけど。
「教会も最低限の生活費は保障してくれてるけど、税金まで負担するのは流石に厳しいみたい。だから子供たちに少しでも働いてもらって、出来ることなら奴隷落ちを回避したいんじゃないかしら」
う~ん、ぶっちゃけこの国、税金が高すぎるんだよなぁ。一般的な年収が金貨15~20枚くらいらしいのに、人頭税が毎年金貨8枚だよ? 装備品も高いんだけど、人頭税はそれ以上の額なんだもん。
しかも家族が多ければ多いほど負担は倍増するわけだ。3人家族でも、生活費を極限まで切り詰めてギリギリ……、って感じなんじゃないのかなぁ。
「それにね? 14歳になった孤児は、奴隷落ちを回避しようとスポットに行って死ぬケースが凄く多いの。だからムーリも何とかしたいじゃないかしら」
黙っていても奴隷になるだけ。だったらいちかばちか魔物狩りで一攫千金狙いか……。
自分の場合を思い返すと、ナイフ、木の盾、皮の靴装備の俺がギリギリ相手できたのが、キューブスライムとホワイトラビットだった。
装備の整っていない状況でスポットに入るなんて、想像もしたくないほどに自殺行為だ。しかも孤児たちの殆どは村人のはずだろうし……。
「……難しい話ですね。人頭税は元々高額な上に、滞納すると罰則金が上乗せされますから」
ニーナも悔しそうな表情を浮かべながら、孤児たちの税金事情を説明してくれる。
「滞納の罰則金は2万リーフの加算。15年分全てに罰則金が付与されたとすると、払う納税額に30万リーフ上乗せされるわけです。15歳を迎えた孤児は、ほぼ確実に借金奴隷にされてしまいますね……」
ニーナもその滞納分の差額が払えなかったせいで俺の奴隷になっちゃったんだもんなぁ。
え~っと、8万×15年で120万リーフ。そこに延滞罰則金で30万リーフ。
……は? 合計、150万リーフぅ……?
ぜ、絶望的な金額過ぎる……。俺が貰った野盗の報奨金でも全く届かない金額じゃん……。
こんなの無理矢理スポットに入った程度じゃ、到底稼げる額じゃない。
……それでも他に方法がない、ってかぁ。
どこの世界も弱者は搾取されるばかりってか。世知辛いもんだよ、まったくさぁ。
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