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序章 始まりの日々1 呪われた少女
012 パーティ (改)
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気付くと辺りは薄明るくなっていた。どうやら夜が明けたようだ。
そんないつもと変わらない朝に1つだけ変わった、右手に伝わる感触。
いつの間にか2人とも眠っちゃったみたいだけど、寝ている間もずっと手を握ってたんだな。
重ねられた手から視線を移し、隣りで眠っているニーナさんの顔を見る。
……夕べの会話を思い出すと、頭を抱えて転げ回りたくなってくるよぉ。
でもこの子を見捨てるなんて、出来るわけないよね。
今日は普段よりも少し寝坊したのか、既に外は大分明るい。そのおかげでニーナさんの顔が良く見えた。
……本当に可愛い子だと思う。俺の好みとか関係なく、誰が見ても可愛いって言うと思うねっ。
っと、そう言えば明るいところでニーナさんの顔を見たのってこれが初めてかも?
「……ん、んん」
俺があまりにも見続けてしまったせいか、ニーナさんを起こしてしまったようだ。
身じろぎをしながらも決して手だけは離さないニーナさん。
「あっ……、ダン。おはよう……」
一瞬驚いた顔をしながら、直ぐに安心しきったように欠伸を噛み殺しているニーナさん。
寝顔も凄く可愛かったけど、明るいところで起きているニーナさんを見れたのが本当に嬉しい。
なんだかニーナさんの雰囲気が柔らかくなってる気がするなぁ。
「んー? ダン、どうかしたぁ?」
コテンと首を傾げながら、ニーナさんが俺の様子を窺ってくる
「……あ、ああごめんごめん。なんでもないよ」
思わず見蕩れてしまってたなんて、恥ずかしくて言えない。
1度息を吐いて必死に平静を装いながらニーナさんに挨拶を返す。
「おはようございますニーナさん。ゆっくり眠れました?」
「んもぅダン。なんでまた喋り方戻ってるの? 昨日、もっと砕けた話し方になってたのにぃ。私、あの喋り方のほうが好きだよ?」
首を傾げながら不満を漏らすニーナさん。
あまりにも可愛すぎて、危うく心臓が止まるところだったぜ。
てか軽々しく好きとか言わないでっ! 男の子って単純なんですからっ!
「あーっと、恥ずかしい話なんですけど、実は他人と話すのが苦手でして……。会話する時は、この話し方の方が話しやすいんです」
実際は他人と話すのが苦手なんじゃなくて、ニーナさんみたいな可愛い娘と話すのに慣れてないんですけどもぉ!
「えー? でも昨日の最後の方は普通に喋ってたよ?」
ほっぺたを膨らませながら、不満げに俺を見詰めるニーナさん。
まるでその茶色の瞳に魅入られてしまったかのように、俺は指1本動かせなくなってしまう。
「ねぇダン。私たちこれから一緒にいるんでしょ。ずっとそんな喋り方してたら疲れちゃうよぅ」
繋いだ手に力を込めながら、ニーナさんが見詰めてくる。
ニーナさんの眼差しも、繋いだ手の感触も、俺には刺激が強すぎるよぉ!
や、やばいっ。
このままでは心臓が停止を通り越して、爆発してしまう……!
「ニ、ニーナさん。まずは朝食を取って、これからのことを話しましょう! 奴隷商人との打ち合わせも、きちんと共有しておきたいですしっ!?」
死力を尽くしてニーナさんから視線を逸らした俺は、手を振り払うことも出来ずに必死に真面目な話題を探した。
そんな俺に対してニーナさんは手こそ放してくれなかったけど、責めるような眼差しは止めて、代わりににっこりと微笑みを浮かべてくれた。
「うん。そうだね。まずはご飯食べよ。一緒に、ね? ふふ」
あ、あれー? 確かに一目見て可愛い人だと思ったけど、それでもこんなに可愛かったかなー?
なんかもう全部放り投げてずっと2人で話していたくなる衝動を堪えて、なんとか朝食を貰ってくることができた。
この間、ずっと手は繋いだままです。
本日の朝食はパンとスープだった。
食器はスプーンだから、左手だけでも何とかいけそうかな?
い、いい加減手を離して貰えないかなぁ……!? は、放して欲しくなくもあるけどぉ……!
チェリーの俺には刺激が強すぎる! こういう時は仕事の会話だ! ビジネストークで難局を乗り切るんだっ!
「そ、そうそう。ニーナさんって外出は許されてます? もし可能であるなら、俺の兎狩りに同行してもらえたらありがたいんですけど」
「うん。別に何も言われて無いから大丈夫。一緒に行きたいっ」
俺のお誘いに満面の笑みで乗っかってくれるニーナさん。
ビ、ビジネストークでも乗り切れないだとぉ……!?
しかしニーナさんは笑顔から一転、しょんぼりした顔で呟いた。
「あ、でも私って早く動けないから、ダンの邪魔にな……」
「いえ大丈夫です。むしろニーナさんの移動速度を把握しておきたいですから」
ニーナさんの言葉を意識して遮る。
しょんぼりしないでっ。ニーナさんは邪魔なんかじゃないんだってばっ。
「それにお役人には聞かせられない話もありますし、街の外の方がお話しやすい部分もあると思うんですよね」
「そうなの? じゃあ一緒に行く。私、戦うことも逃げる事もできないから、ダンに迷惑かけると思うけど……、宜しくお願いします」
俺の言葉を鵜呑みにしたわけじゃないだろうけど、一緒に行かない理由を探しても仕方ないと思ったんだろう。ニーナさんはぺこりとお辞儀した。可愛い。
「はい。お願いされます。俺も頼りにならないと思いますけどね」
お願いされたはいいとして、俺だって大して戦えるわけじゃないんですよねぇ。
しかし、鑑定によるとニーナさんって村人LV10なんだよなぁ。
多分村人って10でカンストだよね? このまま一緒に戦っても経験値が無駄になっちゃうよぉ。
……ん~、けどステイルークにいる間に下手なことをするのは危険かぁ。奴隷契約時に、ステータスプレートも出さなきゃいけないだろうし。
経験値、勿体無いなぁ。勿体無いけど……、仕方ないかぁ。
「ねぇダン。一緒に行くならダンとパーティを組みたいんだけど……、ダメかなぁ?」
ウンウンと悩む俺に、頭を上げたニーナさんが思いつめたような表情でパーティを組みたいと申し出てきた。
パーティってなに? ゲーム的なシステムなら分かるけど、この世界でのパーティって何を指すんだ?
「えっと済みません。パーティってなんですか? 組むって……、どうやって?」
「あそっか。ダンは忘れちゃってるんだったね」
息を吐いて納得したかのように表情を崩すニーナさん。
忘れてるってか、元々知らないんですぅ。嘘ついててごめんなさい。
「えっとね、パーティっていうのはステータスプレートを介して最大6人まで登録できる仲間の事で、魔法効果とか魔物を倒した経験をパーティメンバーで共有できるの」
おお、ここでも大活躍のステータスプレートさん。流石は誰かと繋がる為の端末だ。
ニーナさんの説明を聞いた感じ、普通にロールプレイングゲームのパーティシステムだと思って良さそうだ。経験を共有ってのは、恐らく経験値をメンバーで分配するってことだよね?
「組み方は簡単だよ。お互いのステータスプレートをくっつけて、パーティを組みたいって思えばいいだけなの」
私も父さん母さんとしか組んだことないけどねっ、と笑うニーナさんが可愛い。
う~ん。パーティシステムかぁ。デメリットもあるのかな?
例えば経験値が分配されてしまうとレベリングが遅くなったりしそうでちょっと不安ではあるけど……。ニーナさんからのお願いを断るなんて選択肢があるはずもないよなっ。
「それじゃニーナさんさえ良ければパーティを組みましょうか。初めてなので間違ってたら指摘してくださいね」
「あはっ。なんにも難しいことなんてないのっ。さぁさぁステータスプレートを出してっ」
ウキウキと俺を急かすニーナさんに逆らわずにステータスプレートを呼び出す。
そのままお互いのプレートを接触させて、ニーナさんとパーティを組みたいと念じてみると、なんとなく手応えを感じた。
今のが多分パーティ登録が完了した手応えだよな? ニーナさんと目に見えない何かで繋がったような不思議な感覚。でも、不思議と不快感は感じなかった。
「ダン。自分のステータスプレートを見てみて?」
ニーナさんに促されて、自分のステータスプレートに視線を落す。
ダン 男 25歳 村人
ニーナ
おおっ!? 俺のプレートに、ニーナさんの名前が記載されてるぅ!
なんかいいな、パーティ登録っ。
「これでパーティ結成だよ。組んでくれてありがとうっ」
たったこれだけの事で、本当に嬉しそうにお礼を言うニーナさん。
「ちなみにね。私が奴隷になることを決めたのは、奴隷の情報は所有者のステータスプレートに記載されるから、奴隷はステータスプレートの提示を免れる機会が多くなるからなんだ」
ああ、奴隷は人ではなくて物扱いになるのか……。
ニーナさんを物扱いしたくは無いけれど……、他ならぬニーナさんの命を守るためには必要なことなのか……。
「実際に試したことは無いけどね? 父さんにそう教わったの」
「なるほど。ステイルークから離れればニーナさんのことを知る人も少ないでしょう。ステータスプレートさえ見せなければ普通に生活できるかもしれませんね」
「んー。働いたり戦ったりは難しいかもだけど、白い目で見られなくて済むかも」
ステータスプレートの提示を免れても、呪いそのものの効果で働くのは厳しいのかぁ……!
甲斐性の無い所有者としては、可愛い奴隷さんを養っていけるのか既に心配なんですけどぉ……。
「そーれーよーりー……!」
そこで一旦言葉を切ったニーナさんは、腰に手を当てて、怒ったように詰め寄ってくる。
って近い! 近すぎますニーナさん!
「ダンっ。いつまで私のことをさん付けで呼ぶつもり? パーティも組んだんだしさ、これから私のことはニーナって呼んでっ」
彼女いない歴が年齢と一緒の俺を甘く見てもらっちゃ困るよ!? 女の子を呼び捨てなんて、そんなハードル高いこと出来るわけが……!
せ、せめて時間稼ぎをだなっ……!
「……そっ、それはステイルークを出るまでは止しましょうよぉ。呼び慣れませんし、周囲にあまり目を付けられたくもないですしっ……?」
「やだっ! 大体目を付けられたくないって、一緒に行動してパーティも組んでるんだから一緒でしょ!」
まぁ全くその通りなんですけどねっ!? でも俺にとっては最後の砦なんですぅ!
「ニーナって呼んでっ。ニーナって呼んでっ。ニーナ、ニーナ、ニ~ナ~!」
俺の胸倉を掴む様にして、俺の顔を覗き込む様に上目遣いで捲し立てるニーナさん。
ず、ずるいよぉっ! なんで怒ってる姿まで可愛いんだよぉっ!
こんなのっ……、こんなの俺に耐えられるわけないじゃないかぁっ……!
「だああああっ、分かりましたから止めてくださいニーナさ……、ニーナ……」
勢いでニーナさんと言いかけたら睨み付けられてしまった。なのでさん付けを止めて呼び捨てにしてみたわけですけど……。
はっずぅ! なんだこれ、恥ずかしすぎるぅぅぅ! 顔から火が出そうだよぉっ!
恥ずかしすぎて、ニーナさん改め、ニーナの方を向けないよぉ!
「うんっ。それじゃ早く行こっ。ダン」
納得したようにニコッと笑って、俺の手を掴むニーナさん。
「あ、あれ~? ニーナさ……、ニーナって、こんな感じの人でしたっけぇ……?」
俺の我がままでって話だったのに、なんで俺の方が振り回されてんのよ?
笑顔のニーナに引き摺られるようにして、俺は宿を後にした。
ニーナと手を繋いだまま、ステイルークの街を歩く。
「ふふふーん。こんな気分で街を歩ける日が来るなんて、思ったことなかったなぁ」
俺と手を繋いだまま、鼻歌交じりに足を動かすニーナ。
もしかしたら、こんな風に堂々と人前に出たことすら初めてだったのかもしれないな……。
とにかく、ニーナが楽しそうで何よりですねっ。
「それよりも済みません。同行をお願いしたのは俺なのに、ニーナの装備を1つも用意できなくて……。ってニーナ、その靴って……?」
ニーナ
女 16歳 獣人族 村人LV10
装備
状態異常 呪い(移動阻害)
ニーナが履いているのは手作り感満載の、靴と言うよりサンダルに近いデザインの履物だった。
でもニーナは靴を履いているのに、鑑定しても装備品は何も無いことになっている。いったいどういうことだ?
「あ、わかった? この靴は装備品じゃなくて、父さんが作ってくれたものなんだっ。最近は自分でも随分手直ししてたんだよ?」
ニーナが嬉しそうに、この靴は手作りなのだと教えてくれる。
つまり手作り品は装備扱いにならないってこと? 装備品とそうじゃない靴の違いって、なんだ?
いや、むしろ装備品ってどうやって作ってんだろ?
うん。とりあえずお金貯まったら、まずはニーナの靴を買おう。思い出の靴を履き潰させるのは忍びないもんな。
そんなことを思いながら、ニーナと一緒にステイルークの外に出た。
ステイルークからは大分離れて、周囲に人の姿もなくなったところでニーナにお願いをする。
「それじゃ済みませんがニーナ、1度呪いを見せてもらっていいですか? 戦闘する前にニーナの全力の移動速度を把握しておきたいので」
「うん。分かってる。今から走ってみせるから、よく見ててね?」
もしかしたら渋られるかな? と思っていたんだけど、意外とニーナはあっさりと了承してくれた。ニーナの方も俺が呪いを把握していないのは危険だと思ってくれたのかもしれないな。
そしてニーナは走って見せてくれたんだけど……、その姿はひと言で言えば異様だった。
ニーナはちゃんと走っていて、体の動きはかなり激しいのに、何故か移動速度だけが遅い。速度だけがジョギングレベルだ。
なんだろ。昔のゲームで、ドットのキャラクターがその場でずっと足踏みをしてるのを連想した。
これが移動阻害の呪いか……。これが全力の移動速度となると、確かに戦うのも働くのも難しいかもしれないな……。
「はぁっはぁっはぁっ、わか、た? はぁっはぁっ」
「お疲れ様ですニーナ。ちょっと……、思ってたより凄い光景で、びっくりしました」
片で息をしているニーナに、リュックから水筒を出して渡してあげる。
「というか、ニーナは普通に走ったのと同じように疲れるんですね?」
「んく、んく、ぷはぁ。うん。私の動きは変わらないの。と言っても私は生まれつきこうだから、私にとってはこれが普通なんだけどね」
「う~ん、これは実際に見せてもらわないと想像もできませんねぇ……」
移動阻害の呪いの想像以上の効力に少し眩暈を覚えるけど、それをニーナに悟らせるわけにはいかない。彼女の息が整うのを待ってから彼女を励ます。
「でもニーナ。俺が思ったよりずっと早い移動速度でしたよ? 俺なんかいつも歩いて森まで行ってたんで」
ニーナを励まそうとした自分の発言が胸に刺さる。
今まで移動阻害の呪いより遅いペースで狩場まで移動してた俺、無事死亡。
今後の移動速度の基準となるだろうニーナの移動速度に慣れる意味も兼ねて、これからなるべくジョギングで移動することにした。
時間が無いとか言いながらのんびりしすぎてたね……。反省しなきゃなぁ。
しかし、ジョギングペースでニーナと並走していた俺は、ある事実に気付いてしまった。
もしかして……、移動が阻害されてるニーナよりも、俺って体力なくないかな……?
衝撃の事実に折れそうになる膝を奮起させ、最後の方は意地だけでなんとか森まで休まずに走りきった。
流石に森に到着した瞬間に休憩取ったけどね。きっついわぁ。
そして森では初めてパーティでの兎狩りを開始する。
と言っても丸腰で丸裸状態のニーナを戦わせるわけにもいかないので、いつもの狩りとそんなに変わらないのはご愛嬌って奴だ。
変わったことと言えば、回避行動が取れないニーナにホワイトラビットの突進を向かわせるわけにはいかないので、出会い頭の突進を正面から受け止めるようになったこと、恐らく獲得経験値が分配されて俺に入る分が減っている事くらいかな?
パーティを組むメリット、どこー?
ただ実感しにくい恩恵として、他の魔物や野生動物の奇襲を受ける確率は減った……、と思う。
離れた場所から戦闘を見ているニーナのおかげで、今までよりも戦闘だけに集中できた。
「ダンは凄いねぇ。んー、動けない私はどうすれば魔物と戦えるかなぁ」
何度目かの兎を狩り終えたとき、ニーナが感心した様に呟いた。
動けないニーナが戦う方法かぁ……。
「そうですねぇ。単純に考えれば遠くから攻撃すれば良いと思いますけど。弓矢とか魔法とか……、ですか」
イメージは固定砲台かな? 機動力を射程で補うみたいな。
問題は、ニーナの分のナイフすら買えてないのに弓に手を出せるとは思えないことと、魔法使いにどうやってなるのか分からないことか。
攻撃魔法があること自体は間違いないんだよ。断魔の煌きさん? が白い雷を放っていたからね。
「魔法かー。魔法使いってどうやってなればいいんだろ?」
ニーナも知らないのね。そもそもニーナも箱入り娘だし仕方ないか。
「以前父さんが貴族様には魔法使いが多いって言ってたんだけど、詳しくは教えてくれなかったの」
「また貴族ですか。この世か……、この国の貴族は情報を操作して、民衆が力をつけないようにしてるのかもしれませんね」
思わずこの世界、と言いそうになってしまった。危ない危ない。
貴族社会のことなんて何にも分からないけど、出来ればお近付きにはなりたくないなぁ。
「俺も記憶が無いしニーナも箱入り娘だから、俺達2人で生活するのって色々と大変そうですねぇ?」
「うんっ。先の事はなにも分からないけど、すっごく苦労しそうだよねっ」
言葉とは裏腹に、弾けるような声のニーナ。
「これからいーっぱい苦労していこうねっ、2人一緒にさっ!」
眩しいくらいの笑顔で、楽しそうに苦労しようと言うニーナ。
苦労するっていうのは生きているって事だ。一緒に苦労するっていうことは、2人で人生を共有するってことなんだと思う。
思うけど……、できれば苦労は少なめでお願いしますよぉ。
そんないつもと変わらない朝に1つだけ変わった、右手に伝わる感触。
いつの間にか2人とも眠っちゃったみたいだけど、寝ている間もずっと手を握ってたんだな。
重ねられた手から視線を移し、隣りで眠っているニーナさんの顔を見る。
……夕べの会話を思い出すと、頭を抱えて転げ回りたくなってくるよぉ。
でもこの子を見捨てるなんて、出来るわけないよね。
今日は普段よりも少し寝坊したのか、既に外は大分明るい。そのおかげでニーナさんの顔が良く見えた。
……本当に可愛い子だと思う。俺の好みとか関係なく、誰が見ても可愛いって言うと思うねっ。
っと、そう言えば明るいところでニーナさんの顔を見たのってこれが初めてかも?
「……ん、んん」
俺があまりにも見続けてしまったせいか、ニーナさんを起こしてしまったようだ。
身じろぎをしながらも決して手だけは離さないニーナさん。
「あっ……、ダン。おはよう……」
一瞬驚いた顔をしながら、直ぐに安心しきったように欠伸を噛み殺しているニーナさん。
寝顔も凄く可愛かったけど、明るいところで起きているニーナさんを見れたのが本当に嬉しい。
なんだかニーナさんの雰囲気が柔らかくなってる気がするなぁ。
「んー? ダン、どうかしたぁ?」
コテンと首を傾げながら、ニーナさんが俺の様子を窺ってくる
「……あ、ああごめんごめん。なんでもないよ」
思わず見蕩れてしまってたなんて、恥ずかしくて言えない。
1度息を吐いて必死に平静を装いながらニーナさんに挨拶を返す。
「おはようございますニーナさん。ゆっくり眠れました?」
「んもぅダン。なんでまた喋り方戻ってるの? 昨日、もっと砕けた話し方になってたのにぃ。私、あの喋り方のほうが好きだよ?」
首を傾げながら不満を漏らすニーナさん。
あまりにも可愛すぎて、危うく心臓が止まるところだったぜ。
てか軽々しく好きとか言わないでっ! 男の子って単純なんですからっ!
「あーっと、恥ずかしい話なんですけど、実は他人と話すのが苦手でして……。会話する時は、この話し方の方が話しやすいんです」
実際は他人と話すのが苦手なんじゃなくて、ニーナさんみたいな可愛い娘と話すのに慣れてないんですけどもぉ!
「えー? でも昨日の最後の方は普通に喋ってたよ?」
ほっぺたを膨らませながら、不満げに俺を見詰めるニーナさん。
まるでその茶色の瞳に魅入られてしまったかのように、俺は指1本動かせなくなってしまう。
「ねぇダン。私たちこれから一緒にいるんでしょ。ずっとそんな喋り方してたら疲れちゃうよぅ」
繋いだ手に力を込めながら、ニーナさんが見詰めてくる。
ニーナさんの眼差しも、繋いだ手の感触も、俺には刺激が強すぎるよぉ!
や、やばいっ。
このままでは心臓が停止を通り越して、爆発してしまう……!
「ニ、ニーナさん。まずは朝食を取って、これからのことを話しましょう! 奴隷商人との打ち合わせも、きちんと共有しておきたいですしっ!?」
死力を尽くしてニーナさんから視線を逸らした俺は、手を振り払うことも出来ずに必死に真面目な話題を探した。
そんな俺に対してニーナさんは手こそ放してくれなかったけど、責めるような眼差しは止めて、代わりににっこりと微笑みを浮かべてくれた。
「うん。そうだね。まずはご飯食べよ。一緒に、ね? ふふ」
あ、あれー? 確かに一目見て可愛い人だと思ったけど、それでもこんなに可愛かったかなー?
なんかもう全部放り投げてずっと2人で話していたくなる衝動を堪えて、なんとか朝食を貰ってくることができた。
この間、ずっと手は繋いだままです。
本日の朝食はパンとスープだった。
食器はスプーンだから、左手だけでも何とかいけそうかな?
い、いい加減手を離して貰えないかなぁ……!? は、放して欲しくなくもあるけどぉ……!
チェリーの俺には刺激が強すぎる! こういう時は仕事の会話だ! ビジネストークで難局を乗り切るんだっ!
「そ、そうそう。ニーナさんって外出は許されてます? もし可能であるなら、俺の兎狩りに同行してもらえたらありがたいんですけど」
「うん。別に何も言われて無いから大丈夫。一緒に行きたいっ」
俺のお誘いに満面の笑みで乗っかってくれるニーナさん。
ビ、ビジネストークでも乗り切れないだとぉ……!?
しかしニーナさんは笑顔から一転、しょんぼりした顔で呟いた。
「あ、でも私って早く動けないから、ダンの邪魔にな……」
「いえ大丈夫です。むしろニーナさんの移動速度を把握しておきたいですから」
ニーナさんの言葉を意識して遮る。
しょんぼりしないでっ。ニーナさんは邪魔なんかじゃないんだってばっ。
「それにお役人には聞かせられない話もありますし、街の外の方がお話しやすい部分もあると思うんですよね」
「そうなの? じゃあ一緒に行く。私、戦うことも逃げる事もできないから、ダンに迷惑かけると思うけど……、宜しくお願いします」
俺の言葉を鵜呑みにしたわけじゃないだろうけど、一緒に行かない理由を探しても仕方ないと思ったんだろう。ニーナさんはぺこりとお辞儀した。可愛い。
「はい。お願いされます。俺も頼りにならないと思いますけどね」
お願いされたはいいとして、俺だって大して戦えるわけじゃないんですよねぇ。
しかし、鑑定によるとニーナさんって村人LV10なんだよなぁ。
多分村人って10でカンストだよね? このまま一緒に戦っても経験値が無駄になっちゃうよぉ。
……ん~、けどステイルークにいる間に下手なことをするのは危険かぁ。奴隷契約時に、ステータスプレートも出さなきゃいけないだろうし。
経験値、勿体無いなぁ。勿体無いけど……、仕方ないかぁ。
「ねぇダン。一緒に行くならダンとパーティを組みたいんだけど……、ダメかなぁ?」
ウンウンと悩む俺に、頭を上げたニーナさんが思いつめたような表情でパーティを組みたいと申し出てきた。
パーティってなに? ゲーム的なシステムなら分かるけど、この世界でのパーティって何を指すんだ?
「えっと済みません。パーティってなんですか? 組むって……、どうやって?」
「あそっか。ダンは忘れちゃってるんだったね」
息を吐いて納得したかのように表情を崩すニーナさん。
忘れてるってか、元々知らないんですぅ。嘘ついててごめんなさい。
「えっとね、パーティっていうのはステータスプレートを介して最大6人まで登録できる仲間の事で、魔法効果とか魔物を倒した経験をパーティメンバーで共有できるの」
おお、ここでも大活躍のステータスプレートさん。流石は誰かと繋がる為の端末だ。
ニーナさんの説明を聞いた感じ、普通にロールプレイングゲームのパーティシステムだと思って良さそうだ。経験を共有ってのは、恐らく経験値をメンバーで分配するってことだよね?
「組み方は簡単だよ。お互いのステータスプレートをくっつけて、パーティを組みたいって思えばいいだけなの」
私も父さん母さんとしか組んだことないけどねっ、と笑うニーナさんが可愛い。
う~ん。パーティシステムかぁ。デメリットもあるのかな?
例えば経験値が分配されてしまうとレベリングが遅くなったりしそうでちょっと不安ではあるけど……。ニーナさんからのお願いを断るなんて選択肢があるはずもないよなっ。
「それじゃニーナさんさえ良ければパーティを組みましょうか。初めてなので間違ってたら指摘してくださいね」
「あはっ。なんにも難しいことなんてないのっ。さぁさぁステータスプレートを出してっ」
ウキウキと俺を急かすニーナさんに逆らわずにステータスプレートを呼び出す。
そのままお互いのプレートを接触させて、ニーナさんとパーティを組みたいと念じてみると、なんとなく手応えを感じた。
今のが多分パーティ登録が完了した手応えだよな? ニーナさんと目に見えない何かで繋がったような不思議な感覚。でも、不思議と不快感は感じなかった。
「ダン。自分のステータスプレートを見てみて?」
ニーナさんに促されて、自分のステータスプレートに視線を落す。
ダン 男 25歳 村人
ニーナ
おおっ!? 俺のプレートに、ニーナさんの名前が記載されてるぅ!
なんかいいな、パーティ登録っ。
「これでパーティ結成だよ。組んでくれてありがとうっ」
たったこれだけの事で、本当に嬉しそうにお礼を言うニーナさん。
「ちなみにね。私が奴隷になることを決めたのは、奴隷の情報は所有者のステータスプレートに記載されるから、奴隷はステータスプレートの提示を免れる機会が多くなるからなんだ」
ああ、奴隷は人ではなくて物扱いになるのか……。
ニーナさんを物扱いしたくは無いけれど……、他ならぬニーナさんの命を守るためには必要なことなのか……。
「実際に試したことは無いけどね? 父さんにそう教わったの」
「なるほど。ステイルークから離れればニーナさんのことを知る人も少ないでしょう。ステータスプレートさえ見せなければ普通に生活できるかもしれませんね」
「んー。働いたり戦ったりは難しいかもだけど、白い目で見られなくて済むかも」
ステータスプレートの提示を免れても、呪いそのものの効果で働くのは厳しいのかぁ……!
甲斐性の無い所有者としては、可愛い奴隷さんを養っていけるのか既に心配なんですけどぉ……。
「そーれーよーりー……!」
そこで一旦言葉を切ったニーナさんは、腰に手を当てて、怒ったように詰め寄ってくる。
って近い! 近すぎますニーナさん!
「ダンっ。いつまで私のことをさん付けで呼ぶつもり? パーティも組んだんだしさ、これから私のことはニーナって呼んでっ」
彼女いない歴が年齢と一緒の俺を甘く見てもらっちゃ困るよ!? 女の子を呼び捨てなんて、そんなハードル高いこと出来るわけが……!
せ、せめて時間稼ぎをだなっ……!
「……そっ、それはステイルークを出るまでは止しましょうよぉ。呼び慣れませんし、周囲にあまり目を付けられたくもないですしっ……?」
「やだっ! 大体目を付けられたくないって、一緒に行動してパーティも組んでるんだから一緒でしょ!」
まぁ全くその通りなんですけどねっ!? でも俺にとっては最後の砦なんですぅ!
「ニーナって呼んでっ。ニーナって呼んでっ。ニーナ、ニーナ、ニ~ナ~!」
俺の胸倉を掴む様にして、俺の顔を覗き込む様に上目遣いで捲し立てるニーナさん。
ず、ずるいよぉっ! なんで怒ってる姿まで可愛いんだよぉっ!
こんなのっ……、こんなの俺に耐えられるわけないじゃないかぁっ……!
「だああああっ、分かりましたから止めてくださいニーナさ……、ニーナ……」
勢いでニーナさんと言いかけたら睨み付けられてしまった。なのでさん付けを止めて呼び捨てにしてみたわけですけど……。
はっずぅ! なんだこれ、恥ずかしすぎるぅぅぅ! 顔から火が出そうだよぉっ!
恥ずかしすぎて、ニーナさん改め、ニーナの方を向けないよぉ!
「うんっ。それじゃ早く行こっ。ダン」
納得したようにニコッと笑って、俺の手を掴むニーナさん。
「あ、あれ~? ニーナさ……、ニーナって、こんな感じの人でしたっけぇ……?」
俺の我がままでって話だったのに、なんで俺の方が振り回されてんのよ?
笑顔のニーナに引き摺られるようにして、俺は宿を後にした。
ニーナと手を繋いだまま、ステイルークの街を歩く。
「ふふふーん。こんな気分で街を歩ける日が来るなんて、思ったことなかったなぁ」
俺と手を繋いだまま、鼻歌交じりに足を動かすニーナ。
もしかしたら、こんな風に堂々と人前に出たことすら初めてだったのかもしれないな……。
とにかく、ニーナが楽しそうで何よりですねっ。
「それよりも済みません。同行をお願いしたのは俺なのに、ニーナの装備を1つも用意できなくて……。ってニーナ、その靴って……?」
ニーナ
女 16歳 獣人族 村人LV10
装備
状態異常 呪い(移動阻害)
ニーナが履いているのは手作り感満載の、靴と言うよりサンダルに近いデザインの履物だった。
でもニーナは靴を履いているのに、鑑定しても装備品は何も無いことになっている。いったいどういうことだ?
「あ、わかった? この靴は装備品じゃなくて、父さんが作ってくれたものなんだっ。最近は自分でも随分手直ししてたんだよ?」
ニーナが嬉しそうに、この靴は手作りなのだと教えてくれる。
つまり手作り品は装備扱いにならないってこと? 装備品とそうじゃない靴の違いって、なんだ?
いや、むしろ装備品ってどうやって作ってんだろ?
うん。とりあえずお金貯まったら、まずはニーナの靴を買おう。思い出の靴を履き潰させるのは忍びないもんな。
そんなことを思いながら、ニーナと一緒にステイルークの外に出た。
ステイルークからは大分離れて、周囲に人の姿もなくなったところでニーナにお願いをする。
「それじゃ済みませんがニーナ、1度呪いを見せてもらっていいですか? 戦闘する前にニーナの全力の移動速度を把握しておきたいので」
「うん。分かってる。今から走ってみせるから、よく見ててね?」
もしかしたら渋られるかな? と思っていたんだけど、意外とニーナはあっさりと了承してくれた。ニーナの方も俺が呪いを把握していないのは危険だと思ってくれたのかもしれないな。
そしてニーナは走って見せてくれたんだけど……、その姿はひと言で言えば異様だった。
ニーナはちゃんと走っていて、体の動きはかなり激しいのに、何故か移動速度だけが遅い。速度だけがジョギングレベルだ。
なんだろ。昔のゲームで、ドットのキャラクターがその場でずっと足踏みをしてるのを連想した。
これが移動阻害の呪いか……。これが全力の移動速度となると、確かに戦うのも働くのも難しいかもしれないな……。
「はぁっはぁっはぁっ、わか、た? はぁっはぁっ」
「お疲れ様ですニーナ。ちょっと……、思ってたより凄い光景で、びっくりしました」
片で息をしているニーナに、リュックから水筒を出して渡してあげる。
「というか、ニーナは普通に走ったのと同じように疲れるんですね?」
「んく、んく、ぷはぁ。うん。私の動きは変わらないの。と言っても私は生まれつきこうだから、私にとってはこれが普通なんだけどね」
「う~ん、これは実際に見せてもらわないと想像もできませんねぇ……」
移動阻害の呪いの想像以上の効力に少し眩暈を覚えるけど、それをニーナに悟らせるわけにはいかない。彼女の息が整うのを待ってから彼女を励ます。
「でもニーナ。俺が思ったよりずっと早い移動速度でしたよ? 俺なんかいつも歩いて森まで行ってたんで」
ニーナを励まそうとした自分の発言が胸に刺さる。
今まで移動阻害の呪いより遅いペースで狩場まで移動してた俺、無事死亡。
今後の移動速度の基準となるだろうニーナの移動速度に慣れる意味も兼ねて、これからなるべくジョギングで移動することにした。
時間が無いとか言いながらのんびりしすぎてたね……。反省しなきゃなぁ。
しかし、ジョギングペースでニーナと並走していた俺は、ある事実に気付いてしまった。
もしかして……、移動が阻害されてるニーナよりも、俺って体力なくないかな……?
衝撃の事実に折れそうになる膝を奮起させ、最後の方は意地だけでなんとか森まで休まずに走りきった。
流石に森に到着した瞬間に休憩取ったけどね。きっついわぁ。
そして森では初めてパーティでの兎狩りを開始する。
と言っても丸腰で丸裸状態のニーナを戦わせるわけにもいかないので、いつもの狩りとそんなに変わらないのはご愛嬌って奴だ。
変わったことと言えば、回避行動が取れないニーナにホワイトラビットの突進を向かわせるわけにはいかないので、出会い頭の突進を正面から受け止めるようになったこと、恐らく獲得経験値が分配されて俺に入る分が減っている事くらいかな?
パーティを組むメリット、どこー?
ただ実感しにくい恩恵として、他の魔物や野生動物の奇襲を受ける確率は減った……、と思う。
離れた場所から戦闘を見ているニーナのおかげで、今までよりも戦闘だけに集中できた。
「ダンは凄いねぇ。んー、動けない私はどうすれば魔物と戦えるかなぁ」
何度目かの兎を狩り終えたとき、ニーナが感心した様に呟いた。
動けないニーナが戦う方法かぁ……。
「そうですねぇ。単純に考えれば遠くから攻撃すれば良いと思いますけど。弓矢とか魔法とか……、ですか」
イメージは固定砲台かな? 機動力を射程で補うみたいな。
問題は、ニーナの分のナイフすら買えてないのに弓に手を出せるとは思えないことと、魔法使いにどうやってなるのか分からないことか。
攻撃魔法があること自体は間違いないんだよ。断魔の煌きさん? が白い雷を放っていたからね。
「魔法かー。魔法使いってどうやってなればいいんだろ?」
ニーナも知らないのね。そもそもニーナも箱入り娘だし仕方ないか。
「以前父さんが貴族様には魔法使いが多いって言ってたんだけど、詳しくは教えてくれなかったの」
「また貴族ですか。この世か……、この国の貴族は情報を操作して、民衆が力をつけないようにしてるのかもしれませんね」
思わずこの世界、と言いそうになってしまった。危ない危ない。
貴族社会のことなんて何にも分からないけど、出来ればお近付きにはなりたくないなぁ。
「俺も記憶が無いしニーナも箱入り娘だから、俺達2人で生活するのって色々と大変そうですねぇ?」
「うんっ。先の事はなにも分からないけど、すっごく苦労しそうだよねっ」
言葉とは裏腹に、弾けるような声のニーナ。
「これからいーっぱい苦労していこうねっ、2人一緒にさっ!」
眩しいくらいの笑顔で、楽しそうに苦労しようと言うニーナ。
苦労するっていうのは生きているって事だ。一緒に苦労するっていうことは、2人で人生を共有するってことなんだと思う。
思うけど……、できれば苦労は少なめでお願いしますよぉ。
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