ミスリルの剣

りっち

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ミスリルの剣

99 ミスリルの剣 (改)

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 早朝の訓練場に、木剣を打ち合う音だけが響き渡る。


 聖騎士じゃない俺達が聖教会の施設を利用するのは、毎回妙に気を使ってしまう。

 ハルフース様には気にしなくて良いって言われてるけど、どうにも落ち着かないんだよなぁ……。


 すっかり日課となった朝食前の朝稽古に励んでいると、訓練場に勢い良く駆け込んでくる気配が感じられた。


「おっはよー隊長! ただいま戻ったよーっ!」

「……早朝からでかい声出すんじゃねぇよポーラ。まだ寝てる人もいるかもしれねぇんだからよ」


 数日間聖教会から離れていたポーラが、元気良すぎる帰還の報告をしてくる。


 まったく、さっきまでカンカンと打ち合う木剣の音しか聞こえなかったってのによ。

 騒がしい朝稽古になっちまいそうだぜ。


「やっぱりいくつか召魔の門が現れているっぽいねー。モンスターの発生件数が明らかに増えてる地域が幾つもあったよー」

「今回の発生はちょっと早いな? 何も無けりゃいいんだが……」

「こらーーーっ! 俺との手合わせ中に報告を受けるんじゃねぇよーーっ! もっと集中しやがれ師匠ーーーっ!」


 俺と訓練中のウィルが、ふざけんなー! と大声を出す。

 ポーラといいウィルといい騒ぎすぎだっつうの。今が早朝だって事を忘れてんのかコイツらは。


「別に集中してないワケじゃねぇよ。目の前の相手に集中しつつ周囲に気を配る訓練をしてるだけだ。お前こそ余計なこと考える前にもっと集中しろって」

「嘘吐くんじゃねぇ! 今絶対考え事してたろ! くっそーーっ! 絶対1本取ってやるーーーっ!」

「ポーラ。報告書をまとめてエマに話を聞いておいてくれ。最適な調査順を何パターンか提出するように」

「りょーかいっ。朝ごはん食べたら行ってくるねー」

「だああああっ! 俺と手合わせしながらほのぼの会話すんな、この馬鹿師匠ーーっ!」


 早朝の訓練場にウィルの叫び声が谺する。


 こんな感じで取り乱しているウィルだが、振るっている剣には乱れを感じない。

 以前と違って、精神的な動揺を剣に伝える事は無くなったらしい。こいつも成長したもんだ。


 だがやはり騒ぎすぎたために、聖教会側からクレームが寄せられてしまった。

 明日の訓練はちょっとキツめに絞ってやらねぇとなぁ?




 ハルフース様の復元魔法で治療してもらった俺は、ミシェルと共に召魔の門の調査と破壊に特化した部隊を1から新設する事になった。

 ハルフース様は新設部隊に関して一切の口出しをせず、俺とミシェルの自由にさせてくれると仰ってくれたのはいいが、逆に言えば完全に手探りの状態で、自分たちで人集めから始めなければいけなかったのには驚かされた。


 人手の足りない聖騎士から部隊員を募るわけにはいかず、かと言って世間に公表されていない召魔の門に関する情報を公開するわけにもいかず、広く公募することも出来なかった。


 覚悟が足りないメンバーを集めて頭数だけ揃えても、いざって時に使い物にならなければ話にならない。

 そんなこんなで、人集めは思った以上に難航した。


 召魔の門の恐ろしさを既に知っていて、召魔の門の破壊に対して有用な能力や資質を併せ持ち、そして召魔の門の情報を公開しても問題ない相手。

 その条件に当てはまるメンバーを探した結果、当てはまったのがサイザス防衛戦で一緒に戦ったメンバーだった。



 サイザスで極限の防衛戦を強いられたポーラたちは、無限にモンスターを生み出す召魔の門の危険性を身を持って体験している。

 更には召魔の門の行き着く先に現れる、召魔獣との遭遇経験まであるのだ。


 ウィルは召魔の門どころか召魔獣との戦いでも役に立つことを証明して見せてくれたし、召魔の門の情報を公開するのにもなんら問題が無い。

 他にメンバー集めのアテもなかった俺とミシェルは、駄目元で新設部隊への参加をオファーしてみたのだが、意外にもみんな乗り気で参加してくれたのだった。





「たいちょーの言う通り、今回の発生はちょっと早いよねー。でもその分、発生してる数は少なめっぽいかなー?」


 足が早く動作も機敏なポーラは、戦闘では遊撃よりの前衛を任せつつ、任務前の偵察、調査を担当する斥候役だ。

 戦闘力も機動力も高いので単独行動に向いたポーラは、任務前の事前調査で大いに活躍してくれている。


「住民が多い地域から優先するか、近場から順に潰して全体の調査の終了を早めるか、って感じだな。発生した直後なら召魔獣が出てくる危険性は低そうだけど、どうする師匠?」


 膨大な魔力を有しながら剣の腕も磨いているウィルは、戦闘面での我が部隊のエースだ。

 未だに召魔の門を剣で破壊するまでには至っていないが、不測の事態が起こってもこいつがいればどうとでもなるという安心感を感じられる良いエースに成長してくれたと思う。


「隊長。ポーラの報告から、現在発生が確実視されている召魔の門を優先したルートと、まだ調査を終えていない場所の視察も兼ねた旅のルートを考えてみました。確認してください」


 数枚の地図を抱えて俺を訪ねてきたエマには、部隊の参謀役、作戦立案などを主に任せている。


 不測の事態にテンパってしまう癖はなかなか抜けてくれないが、平時には観察力も注意力も高く記憶力も悪くない。

 そして臆病な分慎重で、事態の想定も大げさなくらいに取り組んでくれる、我が部隊の頼れるブレインだ。


 他のメンバーに比べると戦闘力で若干劣るものの、戦闘に特化しがちな他のメンバーと合わせると、逆にバランスが取れているように感じられる。


「んー、出来れば既に発生している召魔の門の破壊を優先したところだな。二度手間にはなっちまうが、ここは安全性を優先するべきだろ」

「はい。ではこちらが破壊を優先した後に、各地を調査しながら聖教会に帰還する案のルートです」


 俺の判断を聞いて、すぐさま新しい地図を広げるエマ。


 いったい何パターンの地図を用意して来ているんだか……。

 頼りになる参謀様には頭が上がらねぇな。


「見ての通り、発生が確認されている召魔の門の数は少なめだ。だがその分調査には時間が取られると思ってくれ」


 部隊員を集めて、エマから提案されたルートを全員に周知する。


 1度破壊を優先して各地を回った後に、他の地域を調査しながら帰還する事になるのだ。

 今回の旅は少し長引いちまうかもしれねぇな。


「長旅になるならチャンス。今度こそ既成事実を作ってお嫁に貰ってもらう」

「聖教会は監視が厳しくてチャンスが無いものね。出発前にエマも巻き込んで作戦を考えましょっ」


 召魔の門の破壊任務をバカンスか何かだと勘違いしているトリーとレオナが、頭が痛くなるような事を相談していやがる。

 注意してぇところなんだが、下手に突くと藪から蛇が飛び出してきそうで、迂闊に声もかけられねぇ。


 召魔の門の破壊は攻撃魔法で行なうのが常識だ。

 以前俺は剣で破壊に成功したこともあるが、あれをやると剣が消失してしまい、その後の事態に対応できなくなっちまうからな。


 攻撃魔法の使い手なんてミシェルがいれば充分だと思わなくもなかったが、何らかの理由でミシェルが作戦に参加できなかったりした場合に召魔の門が破壊できなくなったら意味が無い。

 なのでトリーとエマにも積極的に門の破壊の経験を積ませて、将来的にはミシェルの代役を務められるくらいにまで成長してもらいたいところだ。


「ソイルさーん。要望通りに予算を組みましたけど……ちょっと節約しすぎじゃないですー? 冒険者時代から過剰に節制していたケチなソイルさんらしい要望ですけど、もうちょっと使ってくれないと来期の予算を減らされちゃうんですけどー?」

「冒険者時代の話を持ち出すのは感心しないなぁトゥムちゃん。会計を任されている人間が無駄金を使えって勧めてくるのもどうかと思うんだが?」


 部隊の事務、そして聖教会や外部の人間との折衝役に選ばれたのは、意外な事にトゥムちゃんだった。

 イコンの冒険者ギルドの受付嬢として充実した日々を送っていたはずのトゥムちゃんだったが、ミシェルからの参加要請に二つ返事で応じてしまったときは本当に驚いたぜ。


 正直言って、俺の冒険者時代を知っているトゥムちゃんに部隊に参加されるとやり辛いったらねぇんだが、だからこそミシェルはトゥムちゃんの参加を強く希望した。


『この部隊ではソイルに面と向かって強く意見を通せる人がいない。それはきっとソイルにとっても私達にとっても、あまり良いことじゃないと思うんだ』


 なんて言われちまったらなぁ。

 たとえ頭が上がらなくても、トゥムちゃんの入隊を反対するわけにもいかなくなっちまったよ。


「トリーちゃん。その作戦、私も乗らせてもらえますー? 予算は適当に引っ張ってきちゃうんでっ」

「トゥムちゃんよぉ……。部隊長の前で堂々と横領の話をするのやめてくれねえかなぁ?」

「トゥムが参加するなら百人力。今度こそソイルを落としてみせるの」


 トゥムちゃんとトリーは相性がいいのか、組ませると大体碌な事にならねぇ。

 任務遂行に関しては頼りになるんだがなぁ……。


「予算が潤沢にあるならやっぱりお酒ですかね? 依頼を達成した高揚感と安堵感に包まれた隙を狙って一気に……、みたいな」


 具体的な作戦立案に移行してんじゃねぇよエマ!

 お前はストッパー役だろうが!


 大体、隙を突くって作戦を本人の目の前で堂々と話し合ってたら意味ねぇだろ。突然ポンコツ化してんじゃねぇ。


「問題はミシェル様の存在と、ソイルさんの身持ちの固さだよね。お酒くらいで流されてくれるかしら?」


 ひそひそと下らないこと言ってんなよレオナ。

 なんで男の俺が身持ちの固さを責められなきゃならねぇんだよ。


 っていうかミシェル様、なんて言うくらいに慕っているなら、いい加減諦めやがれ。


「み~ん~な~……? 妻の私の目の前で、夫を陥れる算段を練らないでくれるかなぁ~……!?」


 俺の隣りで鬼の形相を浮かべて仁王立ちする、副隊長のミシェル。

 今にも呪文詠唱をぶっ放しそうな雰囲気だ。


 俺とミシェルは部隊を新設するのと平行して、なんと結婚する事になったのだ。

 一応正式には俺がダイン家に婿入りするという形式を取っているが、ダイン家には報告のみで済ませ、ほぼ平民同士が結婚したのと変わらない感覚だ。


 部隊の新設に忙しく、それが終わっても世界中にランダムで発生する召魔の門の対応を専門に引き受けることになったのだ。

 ダラダラと祝福を受ける暇なんて無かったからな。


 入籍後は大聖堂の近くに小さな新居を構え、2人で慎ましく生活していく予定だったのだが、連日部隊員の誰かが必ず押しかけてくるため、騒がしくも賑やかな日々を送らせてもらっている。

 そんなことを思うと隣りに立つミシェルのことが愛おしくなって、みんなの前だってのについつい肩を抱いてしまう。


「安心しろよミシェル。お前が治してくれた俺のこの目には、いつだってお前しか映ってないから」

「ソ、ソイルの事は信用してるけど、だけど安心なんてできないってばぁ~……。夫がかっこよすぎると、妻としては心配しちゃうんですぅ!」

「妻が綺麗過ぎて他の女に目を向ける余裕もねぇよ。そんな暇があったら1秒でも長くお前を見詰めていたいからな、ミシェル」

「だあああああっ! 作戦会議しろよおおお! なんなんだよこの部隊は! 色ボケすぎんだろ! なんでこんな師匠から未だ1本も取れないんだよ、くっそーーーーっ!」


 ウィルの叫びで我に返り、慌てて作戦会議を再開するいつもの流れだ。


 美しい妻、気心の知れた友人、将来性ある若者たちと、いつか自分を確実に越えてくれる弟子の存在。

 まさかこの俺がこんなに幸せな日々を送れるなんて、夢にも思ってなかったぜ。


 この幸福な日々をいつまでも続けられるように、今回もまた召魔の門の発見と破壊に精を出すとしますかねぇ。




 聖教会所属、教皇ハルフースの直属の部隊である、対召魔の門に特化した専門の特務部隊『ミスリルソード』。


 その任務が秘匿されているにも拘らず、後に人々から英雄と呼ばれるようになる者たち。

 ミスリルソードは迅速に召魔の門を発見・破壊し、稀に出現する召魔獣さえモノともせずに滅してしまい、人々をモンスターの脅威から護り続けたという。


 ドラゴン型の召魔獣の討伐。

 召魔の門に魅入られ魔人化した犯罪者の抹殺。


 人類が脅威に晒される時、人々が英雄の存在を待ち望んだ時に、常にそこにはミスリルソードの存在があったと言われている。


 その部隊名に相応しく、隊員全てが薄青く輝くミスリル武器を携行する中で、部隊長の男だけが唯一ミスリルの武器を使用しなかった。

 妻から贈られたと言われる美しい白刃を戦場に煌かせながら人々を守るその姿に人々は英雄を幻視し、『閃迅のソイル・ダイン』の二つ名は、大魔導師『閃天のミシェル・ダイン』の名と共に、後の世に長く語り継がれていったのだった。


 FIN
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