ミスリルの剣

りっち

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ミスリルの剣

87 幕間 (改)

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「ダ、ダイン家の馬車は毎回無茶しすぎなんだよぉ……!」

「お、おかしいなぁ……? 私も乗ってるのに、毎回考慮されてる気がしないのよねぇ……」


 スティーブの馬車でイコンの街を出た俺達は、昼夜を問わず走る馬車に揺られて、たった1日でネクスまで辿り着いてしまった。


 馬が潰れないのかと心配になったけれど、いつの間にかイコンで新しい馬を用意してあったらしい。

 さすが貴族家、金の使い方が豪胆だわ……。


 ネクスに到着したのは昼前くらいの時間帯。ミシェルがお膳立てをしてくれている食事会は夕食だ。

 なので一旦全員でダイン家の屋敷で休息を取る事になった。


「お久しぶりですねソイルさん。この度は大変な目に遭ったそうですが、逆に隙が無くなっているあたりがソイルさんらしいですよ」

「はっ! 開口一番減らず口を叩いてくるのもグリッジらしいぜ?」

「心外ですね? 私はソイルさんの身を案じただけですのに。ではどうぞこちらへ。ゆっくりとお寛ぎくださいね」


 久しぶりに再会したグリッジに、お互い憎まれ口を叩き合いながらも笑い合う。

 しかし案内された客室で寛いでいると、意外な事にジェシーとステファニーが顔を出した。


「この度はミシェルお嬢様の護衛を立派に果たしていただいたそうですね。ダイン家の使用人として、お嬢様の専属侍女として、心より感謝申し上げます」

「ご苦労ですわ。晩餐会の準備が整うまで気兼ねなくお休みなさいな」


 相変わらず固い口調のジェシーと、上から目線のステファニー。

 しかし2人から悪感情は伝わってこなくて、本当にただ挨拶をしにきたように思えた。


「意外だな? お前らは俺を殺したいほど憎んでいるかと思ってたが」

「……個人的には嫌っておりますが、個人的な感情で当家のお客様に無礼があってはいけません。今の貴方はダイン家の客人でお嬢様の護衛なのですから」

「家に招いた客人に万が一の事態があっては、ダイン家の恥になってしまいます。ですから貴方も余計な事は考えず、晩餐会まで疲れを癒すが良いですわ」


 いや、お前が顔を出したせいで休むタイミングを失してしまったんだが?


 そう抗議しようとして、何とかギリギリ思い留まった。

 せっかく相手が友好的に接してきているのに、俺から喧嘩を売ってどうするんだって話だな。


「ダイン家の心遣いに感謝して休ませて貰うよ。それじゃひと眠りしたいから、晩餐会まで1人にしてくれっか?」

「……貴方、随分と隙が無くなりましたわね。以前よりも自然体でありながら隙が全く見つからない。どうやったのかは存じませんけど、かなり腕を上げたように見えますわ」


 つまらなそうに呟いて、静かに部屋を出ていくステファニーとジェシー。

 せ、世間話しながらもこっちの隙を窺ってやがったのかあいつは。おっかねぇなぁ……。





「ソイルさん。そろそろ起きて、晩餐会の準備を始めてもらえますか?」

「……ん、グリッジか?」


 起床を急かすグリッジの声に起こされる。


 ベッドで寝るつもりだったってのに、いつの間にかソファに座ったまま寝ちまってたらしいな。

 サイザスから続いた強行軍で、思った以上に疲労してたか。


「ふわぁ~……」


 グリッジの前で気を張っていても仕方ない。盛大に欠伸をしながら背伸びをする。


「今って何時くらいだ? 俺ってどのくらい眠ってたんだ?」

「間もなく日没ですよ。お召し物を用意させてもらいましたので、晩餐会までに着替えていただけます? その間に洗濯やメンテナンスは済ませておきますので」

「そりゃ助かるけど、いいのか? 俺達は明日には発つ予定らしいのに」


 グリッジから着替えを受け取って、手探りでモタモタと着替え始める。


「鍛冶屋には少し無理させてしまいますけど、お嬢様に同行していただくソイルさんには万全でいていただかないといけませんからね。ダイン家からは同行者を出せませんし」

「あ? グリッジもスティーブも来ないのか?」


 予想していなかったグリッジの言葉に、思わずマヌケ面を晒して聞き返してしまう。

 今までミシェル最優先だったダイン家の使用人たちが、聖教会に向かうミシェルに1人も同行しないなんて。


「ってちょっと待てよ。それじゃ聖教会まで誰が馬車を操縦するんだ? 俺はこの通りの状態なんだが」

「それは勿論、パメラさんとお嬢様が交替して御者をお務めになる予定だそうですよ」

「はぁっ!? パ、パメラはともかくとして、ミシェルが御者をってなんの冗談だよ!?」

「冗談ではありませんよ。これからはお嬢様が馬車を扱わなければならない場面も増えると思いますからね。その予行練習のようなものです」


 慌てる俺に冷静に言葉を返してくるグリッジ。

 彼の言葉には、ミシェルに対する深い信頼感が感じられた。


「ご心配には及びません。前回の旅で御者を務められなかったのが悔しいと言って、問題なく御者をこなせるように練習済みですから。私とスティーブから見ても問題ない技術を既に身につけていらっしゃいますよ」

「あ、あ~。ミシェルなら言いそうだなぁ……」


 ミシェルって自分を貴族令嬢だと自覚していないところがあるからな。

 イコンでは端仕事もやりたがったし、御者を務めたいなんて言い出しても驚くには値しねぇか。


「だけどミシェルはともかく、よくお前やミシェルの親父さんが許可したな? 御者を務める貴族令嬢なんて聞いたこともねぇんだが」

「前回の旅でも言ったと思いますが、ミシェルお嬢様が人々の為に世界中を旅して回らなければならないのは、前々から分かっていたことですから。旅に必要な技術を身につけさせる事を止めるなんて私は勿論、当家の主人も望んでいません」

「……なんか、俺なんかよりもずっと苦労してるんだな、ミシェルってさ」


 悪戦苦闘しながら着替えを済ませた俺は、今まで着ていた服や装備品を全てグリッジに手渡した。


「確かにお預かりします」


 薄汚れたい服と装備品を丁寧に受け取ったグリッジは、手早く綺麗に畳んで部屋の外にいた使用人に手渡しているみたいだ。


「お嬢様がしているのは、苦労ではなくて努力ですよソイルさん。ソイルさんがしていたことが苦労でしょう」


 ダイン家が責任を持って整備しておきます、と告げて俺の荷物を持って立ち去っていく使用人を送った後、呆れたように肩を竦めるグリッジ。

 苦労と努力? 確かにその2つは別のもんだろうけど、グリッジの言っていることがいまいちピンとこねぇな。


「ふむ。着替えも済んだようですし少しお話しましょうか。ミシェルお嬢様が今までされてきた努力と、そんなお嬢様とダイン家の関係性を」


 客室のドアを閉めたグリッジは手馴れた手付きでお茶を用意し、ソファに座るように促してきた。


 ミシェルが努力してきたであろうことなんて今更聞くまでもねぇんだが、ミシェルとダイン家の関係性ってなんだ?

 そしてなんでグリッジは、俺にそんなものを聞かせようとしているんだ?


 混乱しながらもグリッジと向き合う位置に腰掛ける。

 ミシェルの事情なんて考えたこともなかったが、俺なんかの世話をここまで焼いてくれるミシェルの事を、俺はあまりにも知らなすぎるかもしれない。


 俺が対面に腰を下ろした事を確認したグリッジは、お茶をひと口飲んだ後に、静かな口調で語りだしたのだった。
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