82 / 100
未開の地で
82 帰還 (改)
しおりを挟む
結局ミシェルは、俺がどれだけしつこく問い質しても詳細を語ることは無かった。
しかし話をはぐらかす様子は俺に心配をかけまいという決意を感じるものではなく、まるで俺を驚かそうとサプライズを計画しているように見えるほどに上機嫌だった。
「心配しないでソイル。貴方のために自分を犠牲にする気なんて無いからねっ」
そんなミシェルの様子のおかげで俺も少し落ち着くことが出来たんだが、なんでミシェルはこんなに上機嫌なんだろうな?
元々聖教会に所属するのが夢だった、とか?
「私の望む未来の為の選択だって言ったでしょ? もう少し自分の先生を信用したらどうなのっ?」
「……そりゃあミシェル先生の事はこの世の誰より信用してるけどよぉ。ミシェル先生は人が良過ぎるから、平気で自分の身を投げ打っちまいそうでさぁ」
「あははっ。自身の身を投げ打って、視力と片腕を失ってでもみんなの為に死力を尽くした人が何か言ってるなー?」
「ぐっ……! そ、それは……!」
ミシェルの言葉に反論の言葉を失ってしまう。
けれど俺の怪我の事を揶揄できるようになった辺り、ミシェルも大分落ち着いてきたのかもしれない。
「でもソイル、私のことを人がいいって評するのは早いと思うわよー? 私だって利己的に動くし、その為に誰かを騙すことだってあるんだからっ」
パメラとの会話のあとのミシェルは、終始この調子ですこぶる上機嫌だった。
嬉しくて堪らない様子のミシェルの言葉から察するに、聖教会に所属する事は本当にミシェル自身の望みのように思える。
だけど……ミシェルが誰かを騙すぅ? 全く想像がつかねぇんだが……。
「ねえソイル。貴方、私がその怪我を治療するのを期待して待ってるって言ってくれたわよね? ならその怪我が治るまで私に同行してもらってもいい?」
「ん? そりゃ別に構わねぇよ。この状態じゃ依頼書を読むことも出来ねぇし、イコンに戻ってもやることが無いからな」
今回の依頼の成功報酬を考えれば、慎ましく生活すればもう仕事をする必要は無いかもしれない。
けれどやっぱり、出来ることなら冒険者は辞めたくなかった。
「ただ依頼の完了を報告しに、トゥムちゃんには会いにいかないといけねぇけどさ」
「あー……。流石にトゥムさんには怒られちゃいそうだなぁ……」
上機嫌だったミシェルの声が若干沈む。
そう言えばミシェルとトゥムちゃんは、いつの間にか滅茶苦茶仲良くなってたんだっけ。
「怒ってくれりゃあいいんだけど、なぁ……」
でも真面目なトゥムちゃんのことだ。
ミシェルを責めるよりも、俺に依頼を紹介した自分を責めてしまいそうだな。
やっぱり彼女ともちゃんと話をしないといけないだろう。
「トゥムちゃんだけじゃなくガンツにも怒られそうだぜ……。張り切って打ってもらった剣を人にあげちゃいましたってのは、流石に不味いよなぁ……」
「……ふふ。確かにガンツさんには怒られちゃうね。じゃあイコンに行ったら一緒に怒られようねっ」
いやぁ、いい歳して怒られたくないんだけどなぁ。
だけど少しだけ軽くなったミシェルの声を聞いて、ガンツに怒られるのも悪くないかなと思ってしまうのだった。
ミシェルと2人きりの馬車の中で他愛の無い話を楽しんでいると、なんだか周囲が騒がしくなってくる。
段々大きくなるその音は、どうやら大勢の人の歓声のようだった。
「ソイルっ! 防衛拠点に帰ってきたよ! みんな外で私たちを出迎えてくれてるみたい!」
外の様子を確認したミシェルが、弾んだ声で報告してくる。
ようやく未開地域を抜けて帰還することが出来たかぁ。
とんでもない依頼だったぜ、まったくよぉ。
「「「うぉーーーーーっ!!」」」
歓声の中を馬車で進み、防衛ポイントに到着する。
今日はもう日が落ちてしまっているので、防衛拠点に戻らずにここで1泊するらしい。
しかしニクロムが防衛ポイントまで顔を出してくれているらしいので、俺とミシェルとパメラ、そして討伐隊からはウェットを選出して、報告をしにニクロムの元へ向かった。
「……っ。コホン」
久々に会ったニクロムは、俺の怪我の様子を見て一瞬だけ息を呑んだ。
しかし流石に軍人だけあって、この程度の負傷者など見慣れているのだろう。
直ぐに気を取り直して依頼の報告を求めてきた。
俺達の動向の報告は聖騎士であるパメラが、討伐隊の動向についてはウェットが報告し、聞いているニクロムの方からはカリカリと何かを書き記しているような音が聞こえてくる。
「……将軍はお亡くなりになったのか。あれでも戦闘力だけは高い男だったのだがな、よくぞ撃退できたものだ」
「フラスト将軍は禁忌魔法に手を出していた。その為に将軍の知人には聖教会からの調査が行われる可能性が高い。ニクロム殿にも調査の手が及ぶと思うが、疚しいことが無ければ素直に協力して欲しい」
厳しい口調のパメラの言葉に、了解したとだけ短く返事をするニクロム。
フラストとニクロムの普段の関係性は分からないけれど、少なくともこの防衛拠点では直属の部下扱いだったはずだ。
真面目に防衛任務をこなしていたニクロムにとっては、とんだとばっちりだな……。
「しかし、ニクロムが最前線まで顔を出しているとはな。まだ俺達の任務が成功したかどうかも分かってなかっただろうに」
「いやいや。お前がここの指揮を頼んでいったのだろう。忘れてしまったのか?」
「……あれ? そうだったっけ?」
レオナも未開地域に同行させるから、ここの直接指揮をニクロムに任せたんだったか?
……やべぇ、普通に忘れてたぜ。
「それに3日ほど前から、モンスターの定期的な襲撃は終わっていたからな。ソイルたちが討伐に成功したのだろうと予想はついていたんだ。その怪我については流石に想像していなかったがね」
「くくっ。だろうな」
あえて俺の負傷に言及することで、腫れ物扱いはしないとアピールしているのか?
俺自身も気落ちしてるわけじゃないし、ニクロムの態度は普通にありがたいな。
「この怪我に関しては、治るアテがあるから気にしなくていいぜ。冒険者の俺としちゃあ、依頼の達成や報酬のほうが気になるかな?」
「ああ。皆からの報告を直ぐにサイザスに送り、依頼は無事終了したと連絡しておこう」
ニクロムの口から直接任務終了を宣言されて、ようやく肩の荷が下りたような気がした。
「サイザスの冒険者ギルドで報酬を受け取れるようにしておくからな。忘れずに受け取っていってくれ。ソイルの報酬には期待していいぞ」
「ハッ! 防衛責任者の覚えが良くなる程度には役に立てたようで何よりだ」
ニクロムが小さく笑った気配がした。
なんだかんだ言って、コイツにも大分世話になっちまったもんだなぁ。
「それと討伐隊の評価だが、依頼達成が遅れた責任は、全てフラスト将軍にあったと報告しておこう」
「まままっ、マジっすか!?」
ニクロムからの思いもよらない提案に、ウェットが上ずった声を上げた。
降格なんてした日にゃあ、冒険者としての評判ガタ落ちだもんなぁ。
「故人に罪を被せるようで少しバツが悪いが、将軍のしたことを思えばこの程度の責任は取ってもらわないとな」
ダラダラと討伐任務を引き延ばしたことも最悪だが、討伐対象のモンスターを前に逃亡した事実は最悪すぎた。
しかもそれを聖騎士であるパメラに見られてしまっているわけだからな。
王国軍としては、いっそ全ての責任をフラストに押し付ける気なのかもしれない。
「指揮個体との戦闘においても貢献したようだし、討伐隊の面々を罰しても仕方なかろう。各自安心するよう伝えておいてくれ」
「ああああ、ありがてぇ……! 恩に着ますぜニクロムの旦那!」
防衛隊の連中に横暴に振舞っていた事は許せねぇけど、変に冒険者を処分してしまったら問題が起こりかねないか。
ましてや今回の依頼は国からの協力要請。
ここであまり下手を打つと、今後国からの要請に応えてくれる冒険者がいなくなる可能性がある。妥当な判断か。
ニクロムへの報告を済ませた俺達は、防衛ポイントの休憩所に通された。
そこで俺達は久々に見張りも立てずに、安心して眠りについたのだった。
しかし話をはぐらかす様子は俺に心配をかけまいという決意を感じるものではなく、まるで俺を驚かそうとサプライズを計画しているように見えるほどに上機嫌だった。
「心配しないでソイル。貴方のために自分を犠牲にする気なんて無いからねっ」
そんなミシェルの様子のおかげで俺も少し落ち着くことが出来たんだが、なんでミシェルはこんなに上機嫌なんだろうな?
元々聖教会に所属するのが夢だった、とか?
「私の望む未来の為の選択だって言ったでしょ? もう少し自分の先生を信用したらどうなのっ?」
「……そりゃあミシェル先生の事はこの世の誰より信用してるけどよぉ。ミシェル先生は人が良過ぎるから、平気で自分の身を投げ打っちまいそうでさぁ」
「あははっ。自身の身を投げ打って、視力と片腕を失ってでもみんなの為に死力を尽くした人が何か言ってるなー?」
「ぐっ……! そ、それは……!」
ミシェルの言葉に反論の言葉を失ってしまう。
けれど俺の怪我の事を揶揄できるようになった辺り、ミシェルも大分落ち着いてきたのかもしれない。
「でもソイル、私のことを人がいいって評するのは早いと思うわよー? 私だって利己的に動くし、その為に誰かを騙すことだってあるんだからっ」
パメラとの会話のあとのミシェルは、終始この調子ですこぶる上機嫌だった。
嬉しくて堪らない様子のミシェルの言葉から察するに、聖教会に所属する事は本当にミシェル自身の望みのように思える。
だけど……ミシェルが誰かを騙すぅ? 全く想像がつかねぇんだが……。
「ねえソイル。貴方、私がその怪我を治療するのを期待して待ってるって言ってくれたわよね? ならその怪我が治るまで私に同行してもらってもいい?」
「ん? そりゃ別に構わねぇよ。この状態じゃ依頼書を読むことも出来ねぇし、イコンに戻ってもやることが無いからな」
今回の依頼の成功報酬を考えれば、慎ましく生活すればもう仕事をする必要は無いかもしれない。
けれどやっぱり、出来ることなら冒険者は辞めたくなかった。
「ただ依頼の完了を報告しに、トゥムちゃんには会いにいかないといけねぇけどさ」
「あー……。流石にトゥムさんには怒られちゃいそうだなぁ……」
上機嫌だったミシェルの声が若干沈む。
そう言えばミシェルとトゥムちゃんは、いつの間にか滅茶苦茶仲良くなってたんだっけ。
「怒ってくれりゃあいいんだけど、なぁ……」
でも真面目なトゥムちゃんのことだ。
ミシェルを責めるよりも、俺に依頼を紹介した自分を責めてしまいそうだな。
やっぱり彼女ともちゃんと話をしないといけないだろう。
「トゥムちゃんだけじゃなくガンツにも怒られそうだぜ……。張り切って打ってもらった剣を人にあげちゃいましたってのは、流石に不味いよなぁ……」
「……ふふ。確かにガンツさんには怒られちゃうね。じゃあイコンに行ったら一緒に怒られようねっ」
いやぁ、いい歳して怒られたくないんだけどなぁ。
だけど少しだけ軽くなったミシェルの声を聞いて、ガンツに怒られるのも悪くないかなと思ってしまうのだった。
ミシェルと2人きりの馬車の中で他愛の無い話を楽しんでいると、なんだか周囲が騒がしくなってくる。
段々大きくなるその音は、どうやら大勢の人の歓声のようだった。
「ソイルっ! 防衛拠点に帰ってきたよ! みんな外で私たちを出迎えてくれてるみたい!」
外の様子を確認したミシェルが、弾んだ声で報告してくる。
ようやく未開地域を抜けて帰還することが出来たかぁ。
とんでもない依頼だったぜ、まったくよぉ。
「「「うぉーーーーーっ!!」」」
歓声の中を馬車で進み、防衛ポイントに到着する。
今日はもう日が落ちてしまっているので、防衛拠点に戻らずにここで1泊するらしい。
しかしニクロムが防衛ポイントまで顔を出してくれているらしいので、俺とミシェルとパメラ、そして討伐隊からはウェットを選出して、報告をしにニクロムの元へ向かった。
「……っ。コホン」
久々に会ったニクロムは、俺の怪我の様子を見て一瞬だけ息を呑んだ。
しかし流石に軍人だけあって、この程度の負傷者など見慣れているのだろう。
直ぐに気を取り直して依頼の報告を求めてきた。
俺達の動向の報告は聖騎士であるパメラが、討伐隊の動向についてはウェットが報告し、聞いているニクロムの方からはカリカリと何かを書き記しているような音が聞こえてくる。
「……将軍はお亡くなりになったのか。あれでも戦闘力だけは高い男だったのだがな、よくぞ撃退できたものだ」
「フラスト将軍は禁忌魔法に手を出していた。その為に将軍の知人には聖教会からの調査が行われる可能性が高い。ニクロム殿にも調査の手が及ぶと思うが、疚しいことが無ければ素直に協力して欲しい」
厳しい口調のパメラの言葉に、了解したとだけ短く返事をするニクロム。
フラストとニクロムの普段の関係性は分からないけれど、少なくともこの防衛拠点では直属の部下扱いだったはずだ。
真面目に防衛任務をこなしていたニクロムにとっては、とんだとばっちりだな……。
「しかし、ニクロムが最前線まで顔を出しているとはな。まだ俺達の任務が成功したかどうかも分かってなかっただろうに」
「いやいや。お前がここの指揮を頼んでいったのだろう。忘れてしまったのか?」
「……あれ? そうだったっけ?」
レオナも未開地域に同行させるから、ここの直接指揮をニクロムに任せたんだったか?
……やべぇ、普通に忘れてたぜ。
「それに3日ほど前から、モンスターの定期的な襲撃は終わっていたからな。ソイルたちが討伐に成功したのだろうと予想はついていたんだ。その怪我については流石に想像していなかったがね」
「くくっ。だろうな」
あえて俺の負傷に言及することで、腫れ物扱いはしないとアピールしているのか?
俺自身も気落ちしてるわけじゃないし、ニクロムの態度は普通にありがたいな。
「この怪我に関しては、治るアテがあるから気にしなくていいぜ。冒険者の俺としちゃあ、依頼の達成や報酬のほうが気になるかな?」
「ああ。皆からの報告を直ぐにサイザスに送り、依頼は無事終了したと連絡しておこう」
ニクロムの口から直接任務終了を宣言されて、ようやく肩の荷が下りたような気がした。
「サイザスの冒険者ギルドで報酬を受け取れるようにしておくからな。忘れずに受け取っていってくれ。ソイルの報酬には期待していいぞ」
「ハッ! 防衛責任者の覚えが良くなる程度には役に立てたようで何よりだ」
ニクロムが小さく笑った気配がした。
なんだかんだ言って、コイツにも大分世話になっちまったもんだなぁ。
「それと討伐隊の評価だが、依頼達成が遅れた責任は、全てフラスト将軍にあったと報告しておこう」
「まままっ、マジっすか!?」
ニクロムからの思いもよらない提案に、ウェットが上ずった声を上げた。
降格なんてした日にゃあ、冒険者としての評判ガタ落ちだもんなぁ。
「故人に罪を被せるようで少しバツが悪いが、将軍のしたことを思えばこの程度の責任は取ってもらわないとな」
ダラダラと討伐任務を引き延ばしたことも最悪だが、討伐対象のモンスターを前に逃亡した事実は最悪すぎた。
しかもそれを聖騎士であるパメラに見られてしまっているわけだからな。
王国軍としては、いっそ全ての責任をフラストに押し付ける気なのかもしれない。
「指揮個体との戦闘においても貢献したようだし、討伐隊の面々を罰しても仕方なかろう。各自安心するよう伝えておいてくれ」
「ああああ、ありがてぇ……! 恩に着ますぜニクロムの旦那!」
防衛隊の連中に横暴に振舞っていた事は許せねぇけど、変に冒険者を処分してしまったら問題が起こりかねないか。
ましてや今回の依頼は国からの協力要請。
ここであまり下手を打つと、今後国からの要請に応えてくれる冒険者がいなくなる可能性がある。妥当な判断か。
ニクロムへの報告を済ませた俺達は、防衛ポイントの休憩所に通された。
そこで俺達は久々に見張りも立てずに、安心して眠りについたのだった。
0
お気に入りに追加
17
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる