ミスリルの剣

りっち

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サイザス防衛戦

55 束の間 (改)

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「ミミミミシェル・ダインっ!? ほっ、本物ぉっ!?」


 ミシェルを見たレオナが泡を食っている。

 どうやら魔法使いを目指す者にとってミシェルの名を知らない者はいないらしく、レオナだけではなく低クラス冒険者の中でも結構な人数が驚いていた。


「おうおう。俺の先生は随分と有名人みたいだなぁ」

「いや、ミシェル様にとってはこれが普通の反応だぞ? イコンにいながらミシェル様のことを知らないソイルの方が信じられん」


 俺の呟きに呆れながら返答するパメラ。


 う~ん、情報収集を怠ったつもりはないんだが、確かに我ながらおかしいと思っちまうな。

 ネクスなんて近場にこんな有名人がいたことに、なんで俺は気付かなかったんだ?


「……まさか」


 パメラの指摘で思い当たる。もしかしたら俺は、魔法系の情報を無意識に遮断していたのかもしれない、と。

 ミシェルのこともそうだけど、戦闘に役立つ魔力操作に関する情報も一切知らなかったってのは、我ながらない。


 以前の旅の時に、ミシェルは呼吸や瞬きにすら魔力を走らせていると言っていたけど、新人たちの指導をしたことで、魔力制御技術は無意識にコントロールできるような技術ではないことが分かった。

 ミシェルクラスの熟練の魔法使いになると、呼吸や瞬きの様に無意識で制御できるっていうだけの話だったのだ。

 
 けれど若い連中の中には、Eクラスのうちに魔力制御の存在だけは知っている者も少なくなかった。魔力制御技術は習得していなくても、魔力制御という概念自体は一般的なものだったらしい。

 だから、真面目に情報収集していたのであれば必ず引っかかっていたはずなのだ。


 ……意図的に避けでもしない限りは。


「はぁ~……」


 今になって痛感するぜ。長らくCクラスのまま燻っていたあのクソッタレな生活。

 その原因は結局全部俺、ぜーんぶ俺の自業自得だったってわけじゃねぇかぁ。


 ……本当に、何処までも果てしなく落ち零れだったんだな、俺ってよ。





「え? ミシェル達も新人の指導を手伝ってくれんのか?」

「私たちが防衛戦に参加するメリットは無いしね。いいでしょっ?」


 討伐隊が帰還するまではミシェル達も動けないので、ミシェルはレオナと共に魔法の指導を担当し、パメラとスティーブは剣術と体術の指導を手伝ってくれた。


「ミミミ、ミシェル・ダイン様の指導が受けられるなんてぇ~!」


 ミシェルによる魔法の指導にはレオナも参加していて、終始感激した様子で熱心に魔法を磨いていた。

 レオナの魔力量だって決して少なくはないんだが、天才ミシェルと一般的な魔法使いとの隔絶された才能の差というものをまざまざと見せ付けられたような気分だ。


 ……ま、レオナ自身が大喜びで指導を受けているから何も問題はねぇんだけどさ。




「うむ。君は筋がいいなっ! その調子で励みなさい!」

「あっ、ありがとう聖騎士様っ!」


 パメラとスティーブによる前衛講座も好評で、俺のように我流で荒れてしまった剣と違い、正式な指導者の下で磨き抜かれた2人の技術は若者たちには大いに参考になったようだ。

 俺の担当は弓と解体になってしまったなぁ。それはそれでいいんだが、ちょっとだけ悔しいかな?




「っだぁー! また負けたぁーっ!」

「ざけんな。流石にそう簡単に負けてやらねぇっての」

「くっそ、パメラー! アドバイスくれーっ!」


 だっていうのに、なぜか模擬戦では俺が1番人気で、若い連中が暇を見つけては俺に挑んできやがる。

 ウィルに至ってはもう何度返り討ちにしてやったのかも覚えてねぇよ。


「ソイル、覚悟して。ソイルから1本取ってお嫁さんにしてもらうから」

「そんな約束をした覚えはねぇんだが? 大体トリーは後衛だろうが」


 後衛であるトリーが前衛の俺と模擬戦してどうするんだよ? 大人しく魔法の練習しとけっての。

 戯言を抜かすトリーをあしらっていると、順番待ちの連中の声が耳に届く。


「トリーったら抜け駆けしてぇ……! お姉ちゃんの方が絶対先にもらってもらうんだからっ」

「あっはっは! それじゃ私も頑張って1本取ろうかなーっ」

「トリーが参加してるんだから、魔法使いの私だって参加していいですよねっ……!?」


 エマ、模擬戦の目的が変わってるんだが? そしてポーラよ、普通に1本取ることを目標にしてくれ。特典なんかついてねぇから。

 純粋な魔法使いであるレオナに至っては、俺と模擬戦をしても得られるものはねぇだろうがっ。


 っていうか、面白がって3人に順番譲ってんじゃねぇぞ他の奴らぁっ!


「ははは。モテモテではないかソイル! これはお嬢様もうかうかしては……、お、お嬢様……?」

「ソ~イ~ル~? トリーやレオナが参加してるんだから……、私も胸を借りていいかしらぁ?」

「げっ……! っていうかお前も後衛だろうがミシェル……!」


 スティーブの茶化しに、ドスの利いたミシェルの声が聞こえてくる。
 
 レオナといいミシェルといい、魔法使いが剣士と模擬戦してどうすんだよっ!


「覚悟しなさい! ソイルなんか、私の呪文詠唱で消し炭にしてやるんだからーーっ!」

「ふっざけんな! お前が言うと洒落になってねぇんだよ! なんでモンスターの撃退には成功してるのに、仲間に消し炭にされなきゃなんねぇんだよ!?」


 絶えずモンスターに襲撃されている場所とは思えないほど、賑やかで楽しい日々が瞬く間に過ぎていく。

 その間も若い冒険者たちは急激に腕を上げ続け、俺自身もパメラとスティーブに相手をしてもらうことで感覚が研ぎ澄まされていった。


 未開地域に足を踏み入れることすら初めてだってのに、向かう先にはあの黒い渦が待っているかもしれねぇんだ。万全を期さないとな……!




「見えたぞっ! 防護柵を片付けてくれー!」


 そして帰還予定日に、予定通り討伐隊が帰還してくる。

 魔法をぶっ放されないように防護柵を撤去して道を開けてやると、前回同様に最前線は素通りしていく討伐隊。



 少し時間を置いて、討伐隊のスケジュールを確認する為にニクロムのところに顔を出した。


「ソイルは今まで通りにしておいてくれ。討伐隊への参加に関しては聖騎士様と打ち合わせをするそうだ」

「……了解。それまで大人しくしとくよ」


 フラストを殴っちまったせいでひと悶着あるかと思っていたが、どうやらニクロムがミシェルのことをフラストに伝えたらしい。

 呪文詠唱使いミシェル・ダインと聖騎士パメラの要請ならと、フラストは俺の討伐隊参加に一切の口を挟まなかった。


 魔力量至上主義のあの野郎からすれば、ミシェルの存在は絶対的な強者に映ったのもしれねぇなぁ。





「フラスト将軍と打ち合わせてきたぞ。討伐隊は通常通り10日の休養期間を経て、再度1ヶ月間の遠征に出発する予定だ」

「遠征スケジュール自体はいつも通りか……」


 俺は同席を許されなかったが、討伐隊の作戦会議に参加したパメラが情報を共有してくれる。


「今までは指揮個体の発見にも至っていなかったが、次回は魔力感知が出来るソイルが参加するからな。次回でケリをつけたいところだ」

「まぁなぁ。稼げる現場ではあるけど、もう若い連中の指導も充分だし、流石の俺もイコンが恋しくなってきたぜ」


 パメラの期待に応えられるかは分からねぇが、俺の魔力感知が今まで黒い渦を発見できていたのは間違いないからな。

 モンスターたちの襲撃に渦が関係しているのだとすれば、俺の能力で元凶を発見できる可能性は低くないはずだ。


 よし。1発で発見と討伐まで成功できるように、いっちょ気合入れますかねぇ!





「嘘だろ……? こう来るかよあの野郎……」

「え、え~っと……。ソイル、パメラ。これ、どうする……?」


 討伐隊への参加に張り切る俺だったが、休養を半分で切り上げた討伐隊が俺達を置き去りにして出発してしまったことで、入れた気合が全部抜けていくような気分になってしまった。

 ミシェルの問いかけにも答える気力が湧かず、なんだか全てが馬鹿らしく感じられてしまう。


 フラストさぁ。俺を嫌いなだけならまだしも、聖教会の意向まで無視してどうすんだよ……?
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