ミスリルの剣

りっち

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サイザス防衛戦

50 討伐隊 (改)

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 ニクロムとの会話から3日。今日は討伐隊が帰還してくる予定の日だ。今のところはまだ帰ってきてねぇけどな。


 低クラス冒険者への防衛参加要請の反応はかなり良いらしいが、近場の低クラス冒険者は既に集まりきってしまっているので、まだ新しくこの場に現れた者はいない。

 交通費を冒険者ギルド経由で負担してやっているので、各地から大量の若者が馬車でこの地を目指して移動中とニクロムが言っていた。


「おいみんな……。今日が討伐隊の帰還予定日だぜ……」

「はぁ……。せっかく最近は楽しくなってきてたのになぁ……」


 しっかし、上司が帰ってくるニクロムが緊張しているのは分かるんだが、低クラス冒険者達にもピリピリした緊張感が漂っているのはなんでなんだ?

 指揮官が嫌われてるにしたって、高クラス冒険者って駆け出しにとって憧れの存在のはずなのになぁ。




「あ、もしかして帰ってきたのか?」


 昼を過ぎ、日が暮れ、間もなく夜という時間帯。

 予定が遅れて今日は帰還しないのか? そう思い始めた時に、未開地域から沢山の馬車が姿を現した。


 なんだありゃ? 商隊じゃねぇんだぞ? 物資が必要なのは分かるがよ、あんなんで未開地域の探索なんて捗るもんなのか?

 まぁ未開地域なんて入ったことのない俺が言う筋でもねぇんだが。


「討伐隊だ! みんな下がれ下がれーーっ!」

「解体も素材も諦めろ! どうせあいつら討伐には成功してない! また集めりゃいいんだ!」


 馬車が見えると、現在防衛の当番にあたっている冒険者達が全力で後方に下がってくる。


「んー? 何やってんだあいつら……って、はぁっ!?」


 若い冒険者達の動きに首を傾げた瞬間、馬車から放たれた攻撃魔法によって、みんなで設置した柵が粉々に吹き飛ばされてしまう。

 ……いやいやっ、なにやってんだこいつら!?


 驚く俺と粉々になった柵、そして避難した若者達を意に介することなく、大量の馬車は停車することなく駆け抜けて行ってしまった……。

 な、なんだありゃあ……って、まずはみんなの無事を確認しないと!


「おおいっ、だいじょうぶかぁっ!? お互い怪我が無いか確認してくれぇっ!」

「大丈夫ーっ! 怪我人もいないよーっ!」


 俺の呼びかけに、ポーラが元気に答えてくれる。

 心配して若者たちに駆け寄るが、どうやら防護柵が粉砕されただけで怪我人は居なかったようだ。


 いや、幸運にも怪我人が出なかっただけで、人がいるところに攻撃魔法を放つなんざ正気の沙汰じゃねぇぞ!? いくら馬車が通るのに防護柵が邪魔だったにしても、他にやり方ってモンが……!


「アイツら、いっつもああなんだよ!? ほんっとアッタマきちゃう!」

「い、いつもって……。嘘だろ……?」

「しかもこんなことをしておきながら、出発までに遠征物資は整えておけとか言って、準備は全部こっちに押し付けてくるしさぁっ!」


 元気印のポーラが先陣を切って不平を洩らすと、そうだそうだと他の奴らも口々に怒りを吐き出し始める。


 何度も何度も今のように攻撃魔法で柵を破壊して駆け抜けていくため、始めのうちは討伐隊が帰還するたびに多数の負傷者が出ていたようだ。

 しかも苦労して設置した防護柵も毎回破壊されてしまうので、設置に慣れていない若者たちはどんどんモチベーションが低下してしまったらしい。


「確かに王国軍の奴等は冒険者を見下しがちだがよ……。いくらなんでもこれは……」


 いつもあんな感じって、流石に冗談だよな……?


 防衛拠点が落とされたら、たとえ指揮個体の討伐に成功しても防衛失敗でしかない。

 いくら若く駆け出しの冒険者しか居ないとはいえ、防衛組を蔑ろにするメリットなんてなに1つ無いはずなのに……。


 混乱しながらも防護柵を修理し、若い奴らの怒りを聞いてやりながら3度ほどモンスターの襲撃を撃退する。

 防護柵も設置し終えたし、モンスターに怒りをぶつけてコイツらも落ち着いてくれたみたいだし、この場は若者に任せて指揮官とやらに会いに拠点へと馬を飛ばした。




「なんだぁ……? 討伐隊の奴ら、いったい何処にいきやがった?」


 拠点に到着するも、ここにも馬車が殆ど無かった。

 拠点も通過して、討伐隊のメンバーは一気にサイザスに戻ったのか?


 未だに混乱した頭のまま、ニクロムのいる部屋に足を運んだ。


「ソイル。こちらにいるのが今作戦の総指揮を執られているフラスト将軍だ」


 部屋にいたのは全身から野獣のようなギラついた魔力を放つ初老の男だった。

 顔面は傷だらけだが、その傷が白髪と男の雰囲気に妙にマッチしているように感じられた。


 その男は入室した俺を一瞥した後、嘲る様に失笑した。


「……つまらん。ニクロムが評価する男と言うから期待してみれば、なんだ貴様は? 生まれたばかりの赤子の方がよほど魔力を宿しておるわ、この木偶が」

「……へぇ」


 吐き捨てるフラストの言葉に俺は逆に感心してしまった。

 俺の魔力感知ではフラストの魔法の発動を感じ取れていなかったってのに、コイツは俺の魔力量をひと目で見抜いてきたんだ。

 つまり魔力感知の魔法を使わずに俺の魔力量を見抜いたって事になる。


 人間性はとても褒められたもんじゃ無さそうだが、実力者ってことは間違いないらしいね。

 木偶呼ばわりされて愛想良く対応してやる義理もねぇけどな。


「はっ。まさか言い返す気概も無いとはな」


 フラストに言葉を返す必要性を感じなかったので沈黙を選択すると、フラストは俺の行動を別の意味に解釈したらしい。


「たとえBクラスであっても貴様のような木偶は討伐隊には要らぬ。我等が討伐を終えるまで若造どもとここで遊んでおるが良いわ」


 ふむ。図らずも期待通りの流れになってくれたようだ。


 どっち道、魔力の少ない俺が討伐隊に参加するのは難しいんだよ。

 交代制で充分な休憩が取れる防衛組だからこそ役に立てることがあるだけだからな。


「これより10日ほど休息日を設けた後、討伐隊は再度出発する。それに合わせて遠征用の準備を済ませておけ。木偶の貴様でもその程度は出来るだろう」


 言うだけ言って、フラストはさっさと部屋を出ていってしまった。


 いや、遠征の準備はしてやるけどよ、10日間の休息日ってなんだよ?

 そりゃ未開地域に居た討伐隊にゃ疲れも溜まってるのかもしれねぇが、お前らがグースカ寝てる間もこの場所は襲われ続けてんだぞ……?


 困惑する俺に対して、ニクロムは今まで見たことが無いほどにニコニコとしながら上機嫌に話しかけてきた。


「ははっ! 助かったぞソイル。将軍の下らない愚痴に付き合わされずに済んだのだからなっ!」

「うええ……。どんな褒められ方だよ……」


 若い連中を無視して攻撃魔法をぶっ放すことも大概だが、書類仕事で余裕の無いニクロムに帰還の度にずーっと愚痴を語ってくるって?

 どうやって出世したんだよそんな奴……。


 直属の部下であるはずのニクロムにこれだけ嫌われるって、狙ってもなかなか出来なくねぇか……?


「将軍と討伐隊のメンバーはこれからサイザスで休養に入る。次回の遠征に必要な物資はリストに纏めておいたので、リストをチェックしながら万全な用意をして欲しい」

「フラストが言ってた遠征の準備って奴ね。まぁ頼まれればやるけどよ……」


 肩を竦めながら、ニクロムから書類を受け取る。


 若い連中には働かせ続けておきながら、自分らはサイザスで豪遊するってわけか。

 休息の大切さなんて今更語ることでもないが……。若者たちが頑張ってくれている状況を考えたら、少しくらい自粛してもらいたいもんだぜ。


 それにしても目を付けられなくて良かった。あんな指揮官の下で死地に赴くなんてやってられねぇからな。

 若い連中とも仲が悪いみたいだし、正直言って頭が痛いぜぇ……。ほとんど不在なのが唯一の救いだな。


 フラストの野郎……。俺を木偶なんて評する前に、未だ討伐に成功していない討伐隊のほうを馬鹿にしやがれってんだ。
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